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小説(転載) 【青春】初恋と純愛の四季[風の青表紙]

官能小説
12 /03 2022
FC2官能小説より

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出会いから
 百合子は、いつもの通り、一番最後まで残ってから部室に戻った。  秋の夕日が窓を赤く染めて、部室の周辺は薄暗くなりかかっていた。 もうだれも居ないと思った百合子は、部室のドアを半開きのままにしていた。 百合子はジャージーを脱いで汗を拭き、キュロットを脱ぎブルマをおろそうとした。  部室内は、夕焼けで赤く染まっていた。

 男子生徒が、とつぜん百合子の前に現れた。  ブルマの片足を脱いだところで、百合子は「ハッ!」となって男子生徒を見上げた。  目の前に、百合子と同級生の祥太郎が、上半身裸で、ショーツ姿。  百合子は電気ショックにかかったように、全身身動きできなくなり、なぜか、 目が潤んでかすんでくる。 百合子に起きた変化は、それだけでなかった。  百合子の心臓ではなく下腹が(ドン、ドン)と響いて、その辺も潤ってくるのを感じた。  百合子は、自分自身に驚いた。 自分の体の中の変化に狼狽し、 頭の中の整理がまるでつかなかった。

 驚いて立ち尽くすだけの祥太郎自身も、目を潤ませて静かに同級生百合子の目を見つめていた。  百合子は、いま自分がどんな姿でいるのかを自覚できないでいた。  百合子のブルマはすでに床に落ちていた。 百合子は、薄物のスリップ一枚を着けて、 日焼けして紅くなっている両腕で、程よく膨らんだ白い胸を抱えていた。 

 ふたりが通う県立高校で、男女共学がはじまってまだそれほど年月が経っていない。  最初は男子校だったから、女生徒の数は男子生徒に比べてひじょうに少なかった。 県内でも有数の進学校だ。  そこに合格してくる女子生徒は、やはり大学を目指す逸材が多い。 数の多い男子生徒は、 数も少なく頭の良い同窓の女生徒よりも、同じ町にある他の女子高の生徒と付き合うという風潮があった。  一方で女子は、男子は選り取り見取りの感があったが、百合子の同級の佐藤祥太郎は、 見るからに、貧しい家庭で暮らしてるのだとわかっていた。

 ふたりにはなにもなかったような日々が過ぎていき、冬が来た。  百合子は、校内で祥太郎と行き交うときに、その眼差しから、自分の下腹部のかすかな疼きに狼狽しながらも、 心の何処かで、いつか(そうなるのかしら…?)と、なにか分からない漠然とした(そうなる…)ことを感じていた。  ふたりは、薄暗い部室で肌を見せ合ってから、互いの意識は変ってしまっていた。  だがまだそれを意識できないでいる。 祥太郎は、制服姿で百合子に行き合ったときの、百合子の変化に気づいた。  それを祥太郎は、彼女の自意識下にない(誘い…)に映った。 またしばらくすると、普通に百合子とすれ違って、 百合子の頬が少し紅潮することに気づいた。

Beethoven fur Elise:
http://www.youtube.com/watch?v=4n5ZSqMU0Jw

 部活でひとり遅くなった百合子が、部室から家に帰ろうとしたとき、校舎の二階のどこからか、ピアノの音が聞こえた。  なぜか胸が(ドキンッ)となった。 (まさか?)と百合子、薄暗い階段をゆっくりとその教室の方へ向かっていった。  ピアノはだれでも知ってる「エリーゼのために」だった。 百合子は忍び足になった。 そして、ピアノのある空き教室を覗くと、 その男子生徒の姿から、一目で祥太郎が弾いてると分かった。 また百合子の胸が(ドキ)となって、目が潤んできた。  (自分の心の動揺が恐くなって…)急いでその場から立ち去った。 不可解な胸のときめきは、 家に帰って自分の部屋に入ってからも続いていた。

 冬休みが近づく頃になると、祥太郎と百合子は、同級生として仲良くなった。 男女混合数人のグループができて、 合唱したり、トランプをしたりで、空いてる時間を皆で過ごすようになった。 進学校なので、塾がある者はそれが最優先。  部活は(いい加減公認)だから、 勉強に自信がある者は、授業を受けることすら(いい加減で良い)ような校風。 その気になれば、夜遅くまで校舎内でダベッていれた。  やがて祥太郎と百合子は、一緒に下校するようになり、そうなってすぐに、ふたりは手を握り合って、校門から出るようになった。  ある夕暮れのこと、人通りのなくなった通りで、祥太郎は百合子の肩に手を回して歩いた。 そして、いつもの別れ道になった。


更新日:2011-12-05 09:52:57

 祥太郎と百合子の、下校時のいつもの別れ道、そのすぐ横に、小さな神社があって、ふたりは別れを惜しむかのように足を踏み入れた。 すでに宵闇が迫っている時間、薄暗くなっていて、人目を気にしなくても良い。 しばらく寄り添ったまま、無言の時間が経って、突然、祥太郎の口から、 「僕らは、もう別れよう…」という言葉が、洩れた。 百合子は、すぐに彼の言う言葉をのみ込めなかった。 「え? 別れるって…?」  それからしばらく祥太郎は、自分でもなにをしゃべってるのか分からない言葉を、百合子の顔を見ないで言いつづけた。  つまり祥太郎は、百合子とこのまま付き合っても、男として百合子の将来に自信が持てないという意味のことを、必死になって、 百合子に伝えようとしたようだ。 彼の話の途中から百合子は、かなり激しく泣き出してしまった。  それも次第に興奮が納まらなくなり、両目から涙をたらたらと流して、泣きじゃくった。 「なぜ…?」 「どうして…?」と、 それだけを口にしては又、子供のように泣きじゃくるだけだった。 この日ふたりは、いつもより大分遅くなってから別れた。  一人になった百合子は、彼が口にした(別れる)と言う意味が、どうしても、いまだに解せない。  (…だって、別れるって言う関係に、まだなってない私、祥太郎さんと…)と、激しく泣いた割には、彼の言うことばの意味を、解せないでいた。

ラ・カンパネラ:
http://youtu.be/xbT38E6U0po

 高校が短い冬休みになった。 短くてもふたりにすごく長い間に思われ、休みに入ってから三日目にはもう、祥太郎の方から、「これから出て来れない?」と、百合子に電話した。 百合子は即決でOK! 冬休み中に登校して、ふたりはピアノがある空き教室に入った。 「祥太郎さん、ピアノを弾いて聞かせて?」と百合子が言うと、「弾けないよ、俺」 「だって私、祥太郎さんが弾いてるの、見たわよ?」 「ああ、あれか。オアソビだよ。 それより君が弾いてくれよ」 「私だってできないわ」 「習ってたって言ってたじゃ」 「中学になって辞めたわよ。 下手だけど、いい?」と、百合子はピアノの前に腰掛けた。 正直なところ、祥太郎はマズイ展開になったとおもった。 好きになってどうしょうもない百合子のピアノを傍で聞かせられたら、自分の気持ちがどうなるか怪しくなる。 百合子とは家庭のレベルが違いすぎるのだ。 自分の家の貧しさからくる劣等感で、また彼女から離れようとする気持ちが強まるはずだ。  だが、そんな祥太郎の気持ちなどお構いなしに、百合子はピアノの鍵盤に白く細い指を打ちだした。 曲は、「カンパネラ」。




更新日:2011-09-20 09:23:30

 この年の暮れが迫ってきた。 祥太郎の家は見るからにボッコの借家で、両親とふたりの妹の五人家族で暮らしていた。  狭いながら楽しい我が家というわけにはいかず、この日も祥太郎は、することもなくただテレビを観ていた。  玄関のブザーが鳴り、母が立っていった。 すぐに、「祥太郎、あんたにお客さん。 同級生だって…」と母。  祥太郎が玄関にでてみると、百合子が、はにかんだ笑みを浮かべて立っていた。 (やばい!ボッコの家を見られた!)と顔が赤らんだが、「おお、どうした?」と平静を装う。  「これ、みなさんで食べてもらおうと思って…」と、白い紙の箱を渡された。 なかを見なくてもショートケーキが4,5個入ってるお土産だとわかった。  「ああ、ありがと」と、急いで受け取り、急いで部屋に戻り母親に渡して、急いで家の外に出た。 気をきかせた母が、「お茶でも飲んでってもらえばいいのに…」と言う声を無視して、祥太郎がドアを閉めようとすると、 「おじゃましました~」と、ドアの隙間から百合子は、家の中に向かって声をあげた。  百合子を促して、まずこの家から離れようとする祥太郎に、「お母さんとお話ししたかったのに~」と百合子、 少しすねた言い方をした。 なにも他意がないと判るその百合子の言い草に、いよいよ祥太郎は、自分との境遇の違いを感じて、うれしいのか、哀しいのかわからない気分だ。

 せっかく家まで訪ねてきてくれたのに、ふたりで行くところがない。 祥太郎の財布の中身は百円玉数個だけ。 仕方ないから一番近くの公園に百合子を誘った。 この時祥太郎は、好きな百合子を招き入れる自分の部屋もないことを卑下しなかったのは、ふたりの妹が居るからだった。 年頃の妹に比べたら、男の自分が贅沢など言えない。  ず~と後になって考えてみると、この日を境にして、祥太郎は大学進学をあきらめた。 それで、この百合子とずっと付き合っていけるかどうかわからない。  しかし、この日の祥太郎は確実に大人への一歩を踏み出した。 百合子と出会えたからだ。 正太郎のこの時に生まれた確信は、彼を少しすがすがしい気分にさせた。  そして、手を握り合っていた百合子は、そんな祥太郎の気持ちが、はっきりと、伝わっていた。 (祥太郎君は、日毎に大人になっていく…)と。 (置いていかれたくない、わたし…)。

 公園とは名ばかりの寂れた公園でのデート。 取りとめのない話は尽きず、時間だけが過ぎた。  「寒くない?」と祥太郎。 「私は平気だけど、祥太郎くんは?」  「そろそろ帰る?」 「そうする?」 「送ってくよ」 「いいわよ」 「送っていくってッ」と、ふたりは重い腰をあげた。 電車で一駅、駅から歩いて、百合子の家が近づいてくると、 「ねえ、お腹、空かない?」 「え?」 「ラーメンでも、食べない?」 「いいよ。 俺、金もってないから…」 「お金なら私 持ってるから、行こう?」  百合子は、ただ単純にもっと祥太郎と一緒に居たかっただけ。 百合子が前に来たことがあるというラーメン店に入った。 ふたりは一緒にラーメンを食べた。 この日、ふたりの仲は(友達)から(恋人)に格上げされた。  無論、ふたりにそんな意識はなにもないのだが、ふたりを見る周囲の目がそうなった。 だがそれは、ふたりにとって、(最初の破局)を迎える要因にもなった。

ショパン 別れの曲:
http://youtu.be/fKuv_Xp7BOc

 ラーメン店を出たふたりはもう、恋人同士に見えた。 ふたりの意識だけが、まだそう思っていないだけだ。  祥太郎は、はじめて目にする百合子の家の前まで送ってきた。 すでに夜になっていた。 (じゃぁ)と言って、祥太郎が百合子の家の前で別れようとした時、すばやくそれを制した感じの百合子、「ちょっとっ」と、祥太郎の手を取ると、家の裏側に引っぱってきた。 (な、なに?なに?)と、祥太郎が怪訝に思って、百合子の顔を見詰めた、…っと同時だった。 百合子の顔が(さっ)と寄ってきて、(ちゅっ)と、唇を塞がれた。 …っと同時に、祥太郎の両腕が、(がっしり)と、百合子の上体を羽交い絞めにした。 そのまま、ふたりの間の時間だけが止まった。 一分なのか、30分なのか、唇を合わせたままの祥太郎と百合子に時間の感覚がなくなった。 暮れの押し迫った寒い夜空は澄み切っていて、満天の星々がやけにきらきらときれいに見えた。

 百合子の母幸子が、暮れの買出しで遅くなりタクシーを使って家の前に帰ってきた。 その時、娘の百合子らしき女生徒と男の子が手を繋いで、 家の裏の方に駆けていくのを目にした。 幸子は家の中に入り、すぐ風呂場に向かった。 明りを点けずに そっと外を覗くと、娘の百合子が男性と抱き合って、キスしていた。 (まさか、あの子が…)と、長女のしてる事に、衝撃を受けた。
 
更新日:2011-09-20 09:28:10

 三人姉妹の中で長女の百合子がいちばん奥手だと、母の幸子は思ってきた。 (高校生にもなって、男性に興味がないのかしら?)と、 日頃は心配までしていたが、 目のまえで娘が男と抱擁している現場を見せられると、母親としての保護心が優先する。 しばらくして、娘百合子は家の中に入ってきたが、 その晩は娘になにも問わなかった。 翌日になってから幸子は娘から、(昨夜の男生徒)のことをいろいろと聞き出した。  娘は、「好きなのか嫌いなのか、自分でまだ、よくわからない…」と答えた。 百合子が母親に嘘を言った訳ではない。  好き嫌いのレベルを越えてしまっていたが、自分でそれを理解できないだけだった。

 年が明けて新年を迎えた、1月四日。 皆どっかへ出はらって祥太郎一人、家でテレビを見ていた。 昼過ぎになって、玄関にブザーが鳴り、 出てみると、着物姿の中年の女性が立っていた。 「祥太郎君? 私、百合子の母です」 「はあ…」 「ちょっとお話できますか?」 「はあ、 どうぞ…」 それからの2、30分、祥太郎は、なにを相手に言われて、なにを答えていたのか、ほとんど記憶していない。…っと言うより、 ただただ相手の言うことに(はい…)(はい…)と相槌を打ってただけのような気がする。 兎に角、最後に玄関先で、 「じゃあなたも、ちゃんと勉強、頑張ってね」と言われたことだけは、祥太郎の頭に残った。 ようするに、お互い勉強が大事な時だから、今のうちに(別れなさい!)というアドバイスだ。 だが、突然の招かれざる珍訪問者の、 強烈過ぎる精神的な衝撃が、次第に和らいでいくに従っても、祥太郎の百合子への想いには、なんの変化もみられない。 

 一方、最初百合子も母に問い詰められてそうだった。  だが、母が祥太郎君の家まで行って、「ちゃんとお話してきましたから…」と告げられた瞬間、百合子は、一瞬だけ立ち眩みがした。  だが、百合子もまた祥太郎と、ある意味同じように、立ち眩みがした僅かッ2.3秒の間に、少女から一瞬で(女)に脱皮していた。  そして、それが女としての百合子の苦悩のはじまりになった。 別な言い方をすると、この瞬間から、女としての母との永い永い闘いのはじまりでもあった。  愛する男を侮辱してしまった。 それも自分の母が、なのだ。 もう彼に逢えないと思った。  まだ冬休み中の校舎に、百合子はひとりでやってきた。 宿直の先生に お節ち料理の差し入れを持って行ってから、 百合子はひとりピアノのある教室に入った。 無意識でピアノの蓋を開けると、無意識でショパンを弾き始めていた。「別れの曲」…。 不思議なことが、 百合子の心の中に起きた。 別れという寂しい曲を弾いてるのに、なぜか、ぐんぐん、ぐんぐんと、自信が湧いてくる。 女としての母を越えるには、 男をもっと愛さなければ越えれない。 その力が百合子のなかに湧いてきた。

ショパン ノクターン:
http://youtu.be/pcJM4Uu2j_0



更新日:2011-09-20 09:31:27

高校三年生になって

 短い冬休みが終わり、そして短い三学期が終わり、春になった。
クラス替えがあったが、なぜか(奇跡的に)祥太郎と百合子は、また同じクラスになっての高校三年生。 今まで、このふたりになにか変化があったような、なにもなかったような高校生活がスタートした。

 百合子と祥太郎は、部室で出合ってから3ヶ月ほどの間に、恋におちた。 しかしふたりともはじめてのことで、 未だにそれがなんなのか判っていなかった。 あるいは恋に堕ちるのが速すぎたかも知れない。 百合子は昨年の暮れに、 衝動的にはじめて異性とキスしたが、それだってあまり記憶に残らなかった。 (あの時)は、ただそうしたかったからそうしたまでで、 ふたりの仲がそれでどうなった訳でもない。 それよりも、百合子にとっては「母」の存在が大きく立ちはだかった。  母を母親と思えなくなった。 今までのように娘として甘えられなくなった。 つまり、母を女として見るようになり、その中に自分自身の「女」を見出そうとした。  好きな祥太郎から、自分がどう見られているのか、それがひどく気になってきた。  果たして彼は、私の女としてどこに魅力を感じるのだろう? そうなって百合子は、頻繁に鏡を見るようになった。  女として綺麗にならないといけない。 顔だけでなく姿形も気になるから、自分の歩く姿は、どんな?と、気にするようになる。  髪型だって気になり、頻繁に黒髪に指を絡ませるようになった。

 一方、祥太郎の方は、相当に悩みが深まった。 百合子とキスした。 いや、実際は(された!)だが、 それで一気に恋の苦悶地獄に堕とされた。 キスされたが、それが好きだという証とは思えないし、本気なら、 その後ふたりの仲が、急展開するはずなのに、そうならない。 だが、(百合子を独占したい!)という欲望だけは、強烈になった。 独占欲は嫉妬心とおなじモノらしい。 彼女の家族にも、仲の良い友達にさえも、祥太郎は嫉妬心が起きた。 校内で百合子が、 他の男子生徒と立ち話してても、嫉妬心がめらめらと燃え上がる。 その反面、あまり百合子にベタベタされると、それを制するようにもなった。  そんなことよりも、昨年の暮れからの百合子の変貌ぶりには、呆気にとられた。 日ごと、日ごとに、綺麗になっていくからだ。  まず眼差しが変った。 そして又笑顔が優しくなった。 前より一層級友にも分け隔てなくなるから、 他の男生徒が百合子に付きまとうことが多くなった。 その度に、祥太郎の胸が高鳴り、訳もない嫉妬心に苛まれる。

 桜がちらほら咲きはじめた春先、百合子は母に、古いセーターを探してと頼んだ。  「なにするの?」 「あったら、解いて、マフラーを編みたいのよ」 「あんた、編めるの?」 「だから、かあさん、教えて? ね?」と、 百合子は母親に両手を合わせた。 百合子の母は、それで単純にうれしくなり、いそいそと箪笥の奥の洋服箱をひっぱりだした。  (この娘が、編み物をねぇ~?!) ないと思った古いセーターは、いっぱいあった。 「解ける?あんた」 「できないわよ」  「じゃ、教えてあげる」 母と娘は、縁側に出て古いセーターを解きだした。 「マフラーって、だれかにプレゼントするの?」 「えぇ…」  「だれに?」 「かあさんが、逢いにいった、彼よ…」 その時、一瞬だけ母親の手が止まった。 それに気づいた百合子は、 「彼を、好きになったみたぃ、私…」と、笑顔で答えた。 「ふぅ~ッ!」と母、わざと大げさな吐息を、一息吐いてから、「ほら、ここからまず解くの、 いい?」と、娘にセーターを丸ごと一着手渡した。 その日の内に、百合子はマフラーを2本編み上げた。 一本は祥太郎君へ、 もう一本は父にプレゼントする気だ。 父に手渡す時、(彼)のことを話してやろうとした。 その時の様子から百合子は、(男性)という者も研究しないといけないと思っている。
 その夜の夕食後、百合子は父の書斎に入った。 「パパ、プレゼント!」 「おっ、なんだ?」 「手編みのマフラーだよ?」  父はうれしそうな笑顔でさっそく首に巻いてみたりした。 「パパ? 私ね、男の子と キスしちゃった!」 「好きになったのか?その子を」  「うん!」 「マ、勉強に差し障りないようにナ?」 「うん、それよりサ、パパは かあさんのどこが好きなの?」 「なに?」  それからしばらくの間、百合子は父と母との出会いについて聞き出そうとしたが、結局は、父親にはぐらかされて、部屋から追い出された。

フジコ・リスト愛の夢:
http://youtu.be/7OfHoXJh9wg


更新日:2011-09-20 13:15:10

 彼のために綺麗になりたい!っという百合子の想いは、テストの成績より優先するようになり、その上、自分に強い(自己催眠)を掛けるまでになった。 (私は、キレイッ!)と、願って!思い込んで! 歯を磨きながら、 髪を梳かしながら、つくり笑いをしながら、横目での流し目の練習をしながら、百合子は、鏡をみるようになった。 兎に角、祥太郎に(気に入られたい!)一心だ。  風呂に入ってる時間も倍になり、シャワーだけで済ますことがなくなった。 そんなことをしばらく続けていると、他人の目からも、百合子は周りから(浮いた存在のようなカンジ)の、オーラを発光しはじめて、誰の目から見ても、信じられないほど、きれいになった。  本人が本気で、初恋に発酵しはじめると、誰の目にも良くわかる。 (私は綺麗だ!)との自己催眠は、顔だけでなく、全身に及ぶ。 特に百合子のこの年齢だと、(女の一生分)の女性ホルモンを分泌してしまうから、胸が膨らみ、腰がクビレ、ヒップアップし、足首が細くなってしまう。  それもごく短時間のうちに女性に生まれ変わる。 一人前の女性になるには、肉体だけでは駄目だ!とも、聡明な百合子は識っているから、 ホコリを被ったままだったピアノの前に座り、子供の頃から習い覚えたショパンを弾いて、心を清めようとした。  来週東京の上野で、好きな画家の展覧会がはじまる。 (一緒にはムリかもしれない…)と思いつつ、百合子は(一緒に絵を観に…)と、 祥太郎を誘ってみた。 すると、自称(貧乏人)の彼は、「ドンコウでよければ、行かれるかも…」 つまり、 電車賃の高い新幹線でなければ、可能らしい。 この時祥太郎は、学校に無断でアルバイトをしていた。  「校則」は、どんなアルバイトも禁止。例外として、新聞配達と郵便配達だけは認める、だ。 だが祥太郎は、担任にだけ (極めて少ない「就職組」)だとすでに申告していた。 「就職組」は、高三になると(自由登校)が増え、バイトもある程度(黙認)される。  百合子には話していないが…。

 祥太郎君と一緒に上京できる!と、喜び浮かれた百合子は、これで、好きなセザンヌを観に行くという当初のことはどうでも良くなった。  しかし問題が起きた。 来週の日曜日は百合子の生理予定日、(サイアクぅ~ッ)。 …で、母に相談。 「かあさん? おねがぃ!」 「なによ、改まったりして…」  「かあさんのお友達、薬局、やってるよね?」と百合子。 処方箋の要る(生理を遅らせる飲み薬)を「買って来て!」と、頼み込んだ。 始め母は、 娘がその薬を(別の目的)で服用すると勘違いした。  百合子は(別の目的)をまだ知らない。 頭の良い百合子は、母の表情から、服用目的を誤解されたと気づいた。  だから、「彼と展覧会に行く…」為と正直に言って、しぶしぶ母を納得させて、薬をゲットした。  だが、百合子がこの薬を飲み続けて生理を遅らせたのはいいが、処方箋に載ってない(副作用)が百合子の心身に起きたことを、ずっと後になってから、 思い知らされた。

 この日はまる一日、祥太郎と百合子は一緒に居られた。 恋人気取りのふたりには、新幹線の五倍も遅いドンコウ列車の中も、 好き同士の二人にはかえってよかった位だった。 話すことは尽きないが、丸一日も彼と一緒にハシャイだ百合子は、帰りの電車の中で眠くなった。  知らず知らずにまどろみ、ごく自然に、隣りの彼の肩に、頭を傾しげた。 そのままスヤスヤと、安らぎに満ちて眠り込んだ。  それで、祥太郎の胸が一気に高まった。 幸せな気分に胸が高揚したが、それに反して、信じられない安らぎも生まれた。  (俺はこの一瞬を、生涯ッ忘れない!)ハズだ、絶対にッ!と祥太郎はひとりの男として感激までしていた。 (もしこれから、この百合子と別れる!ことになっても)この瞬間の幸せを得られただけで、満足だ!、と。  だが、この時の祥太郎の感動とは裏腹に、まどろむ百合子の心身に、ある(異変)がはじまっていた。 単純に言うと(メスの性欲)が沸騰しだした。 そしてある意味(悪いタィミング)で、祥太郎が(そっ)と百合子が膝の上で組んだ手を、握った。  なので百合子の心身に満ちて、もう溢れそうになった(メスの性欲)が、ここぞとばかりに、触れられた男の手を通って外部に流れ出した。  それは真っ赤に燃えたマグマが、出口が見つかって、その噴火をもっと激しくしたかのようだ。 この現象が、無理矢理(生理を遅らせられた)の彼女の女芯の叛乱だとしても、(この後のふたりの間)を、百合子の(女としての生き様)を、決定的に変えてしまった。 変えたというより、決定づけた。 ふたりの恋が愛に昇華した瞬間でもあった。

 東京から一緒にドンコウに乗って帰って、夜になり、祥太郎は百合子を、彼女の家の前まで送ってきた。
更新日:2011-09-20 13:27:56

 夜になり、祥太郎は百合子を、彼女の家の前まで送ってきた。  玄関の前に来ても、百合子は握り合った手を離そうとしないから、無言のまま祥太郎は、一緒に百合子の家の裏側に回った。  「疲れたね?」と百合子、家の垣根の狭いコンクリートの上に、ふたり並んで腰掛けた。  ここはふたりがファーストキスした場所だ。 今はあの時よりずっと遅い時間になっていた。  今度は、祥太郎の方から百合子の顔に顔を寄せていき、キスした。 百合子は(そっ)と両目を閉じた。  軽く触れ合ったお互いの唇の動きが激しくなった。 祥太郎は百合子の上体を両手で、しっかり抱きしめて、 やがて唇を放すと、 百合子の項に唇を這わせ、百合子の顎を舐め、百合子の顔を上向きにして、細い首の周りに唇を這わせつづけた。  百合子は(じっ)となって、祥太郎の成すに任せきりになり、全身から力を抜いてしまっていた。

 今のふたりにはいくら時間があっても足りないが、やがて時計の針は、夜の11時近くにまでなった。  祥太郎は焦ってきた。 もうこれ以上百合子を引き止めて置けないと思った。  なんとかして百合子を家の中に入るように言い含めるのだが、首を横に振って、無言で(イヤイヤ)をして、 なかなか祥太郎の言うことを聞いてくれない。 祥太郎には、それはそれで切ないほどうれしいのだが、まだ高校生のふたりだ。 これ以上百合子の家族に迷惑をかけれない。  ついに祥太郎は自分だけ立ち上がって、動こうとしない百合子の腕をひっぱった。 その途中から百合子は泣き出した。 泣き止ませようと、祥太郎はまた百合子の横に腰を下ろすと、涙をぽろぽろ流した顔のままの百合子に唇を吸われ、唇を噛まれ、 左の耳たぶまで、噛まれた。 その時だ。 百合子の家の風呂場に(ぱっ)と明りが灯った。 ふたりは同時に後ろを振り向き、 風呂場の明りを一緒に見てたが、それで、ようやく百合子は腰をあげて、家の中に入ることにした…、ようだ。  とりあえず祥太郎は(ほっ)とした。 玄関の前に来て、門を開けた。 だが百合子は、まだ祥太郎の手を離そうとしない。  仕方ないから玄関のドアの前まで一緒に来た。 片手で百合子が、ドアを(そっ)と開けた。  それでもまだ祥太郎の手はしっかり握り締めていた。 まわりの家々が寝静まった深夜、お互い声を上げられない。 いよいよ祥太郎は焦ってきて、 (いい加減に手を離せッ!)と、百合子の顔を睨んだ。 すると百合子は、首を横に振るばかり、その上(なんと!) 祥太郎を自分と一緒に家の中に引きずり込もうとした。 (薬の副作用からきた性の暴走で)理性を失った百合子は、 愛する男を自分の部屋に引きずり込もうと、躍起になり、まわりの状況も、後先のことも、なにも考えようとしない。  そんな百合子に、祥太郎は一瞬、(百合子の頭がおかしくなったのか?)と感じたが、女として愛に目覚めた百合子にすれば、 ちゃんと覚めて冷静のつもりだった。  もしこの場に母が姿を見せたら、「かあさん? 彼を今晩家に泊めるから、もう遅いし…。 なにか、夜食ある?」と、 母に向かって言葉をかける(段取りまでも)ちゃんと頭の中で考えていた。 まともな青春ならどんな暴走でも許される!と、 今の百合子にはもう、恐いものはなにもなかった。 百合子の母は、娘がまた彼氏と家の裏でいちゃついてるのを知っていて、それでも11時までは、 待ってくれて、そして(もう家に入りなさい!)という合図に明りを灯した、と百合子は想像できた。 母の思いやりに感謝すると同時に、 女として対抗心も百合子の中に生まれていた。



更新日:2011-09-25 13:55:12

 (いや、いや! 私を置いていかないでッ!)と、まるで半狂乱になってしがみつく百合子を、無理矢理家の中に押し込んで、 無理矢理ドアを締めた祥太郎、逃げるようにその場を後にした。 夜の12時近くになってしまい、家までは歩いて帰るしかない。  百合子の家の前から歩いた経験はないが、一時間以上かかるはずだ。 その途中で雨が降ってきた。  ずぶ濡れになっても、この夜の祥太郎の心はひどく高揚していたので、雨が降ってきたことも、それで濡れ鼠になってることも、気に留めることはなかった。  しかし翌朝になり高熱を出した。 風邪をひいたくらいで学校を休んだことのない祥太郎だが、今回だけは、起き上がれなかった。  まともに登校した百合子が、担任から祥太郎が風邪で休むと聞いて、泣きたくなった。 自分の我がままから帰りが遅くなり、 彼は冷たい雨に濡れたまま家に帰ったからだとわかった。 祥太郎は学校を三日休んだ。  四日目の授業が始まる前、ずっと早めに登校していた百合子の前に祥太郎が姿を見せた。  この瞬間、百合子は泣き出したいほどうれしくて、まわりに誰も居なければ、彼に飛びついて、抱きしめていただろう。  祥太郎はただにこにこ顔で、「やあー」と声をかけてきただけだ。 百合子の顔を見たその祥太郎の顔に、奇妙な表情が浮かんだ。  その時、授業の始まりのベルが鳴り、それぞれそれぞれの席に着いた。  (マっ、マズイよ! どっ、どうしよう?)と祥太郎、頭が混乱した。 百合子の耳の後ろ下と、反対側の首筋に、くっきりとキスマークが刻まれていた。 あれから三日間ッ、ずっと、そのまま人目にさらしていたとしたらっ?!  たぶん、百合子自身は、なにも気にしてはいない、ハズ。 彼女がそれをキスマークだと、知ってるのか知らないのか、それも祥太郎には判らないから、なおさら不安だった。

フジ子・ノクターン:
http://youtu.be/xuCtoy3Yvbk

 その日の昼休み、隣の教室の男生徒が祥太郎の机の横にやってきた。 「俺のオヤジがあんたを家に連れて来いって。 会いたいらしいよ…」 「え?なんだろう?」 彼の名は桜木尚。 顔だけは知っていた。 そう彼に答えなが百合子の姿を見ると、2、3人の女子と一緒に教室から出ていくところだ。 どっかで一緒に昼飯を食うんだろう。 誰かあのキスマークのことを彼女に注意でもしてくれたらいいけど…、と祥太郎、淡い期待を抱いた。 その日の下校時、祥太郎は桜木の家に招かれて、行った。 彼の家が近づくにつれて、「あ、この辺って、百合子の家の近く?」と彼に聞くと、「ああ、そうだよ。百合子とは、小学から中学まで一緒だよ」との答え。 なんとはなしに彼に対して親近感が増した。 彼の家にあがり彼の父と面会した。 彼の父は両足が不自由で、自宅で塾を経営していた。 「君と尚とで、どうだ? ジャズバンドを組んでみないか?」と、彼の父に言われた。 「はあ、でも、俺、旨くないっすよ」 「楽譜が読めればいいよ、下手でも…」という訳で、桜木尚はトランペット、祥太郎はサックス。 あと、ピアノとドラムの仲間を探して、ジャズカルテットを結成することになった。 彼の父は結構有名な音楽家らしく、スタンダードジャズの編曲をしてくれるらしい。 なぜ祥太郎に声が掛かったかというと、「就職組み」だからだった。 だがこの日から、この(桜木家)は、祥太郎の生涯に渡ってお世話になる運命の糸が、結ばれた日でもあった。

更新日:2011-09-20 13:48:48

桜散る校内でのふたりは
 どんな手ずるで探し当てたのか、尚が、ピアノが弾ける女子生徒とドラムを持ってる男子学生を見つけてきた。 尚の父親が編曲してくれた楽譜をパート毎に持って、練習がはじまった。  リズムセクションのピアノとドラムはなんの苦もなく演奏できたが、祥太郎はそういうワケにいかないから、ほとんど毎日、尚の家にいって、彼の父親の前でふたりで練習に明け暮れた。 四人揃っての練習は月に二回ほどに決めていた。  このジャズバンドの目的は、秋の文化祭で全校生徒の前で、レパートリーの三曲は頑張って披露しよう! という計画を立てた。 その内に、祥太郎は週に一度か二度、尚の家に泊まりこむようになり、練習に没頭した。 

 百合子は、英語が得意で、英会話のスピーチコンテストの県大会で入賞するほどだから、大学の進学ではその方面を目指そうとしていた。 担任の先生には、ちょっと無理かもしれないと言われてるが、出来れば上智大学の外国語学部に入学したいと思っていた。

 校庭の桜が満開の、風香るすがすがしい季節を迎えた。 授業が午前中で終わり、隣のクラスの尚と打ち合わせをして、 クラスに戻ると、百合子の姿がなかった。 この頃、祥太郎と百合子は一緒に帰れるかどうか、いつも確認し合っていたので、祥太郎は百合子の姿を探して、 校内をうろついた。 どこにも見当たらない。 「百合子、見なかった?」と同級の女生徒に聞くと、「その辺に居なければ図書館じゃない?」と言う。  祥太郎が図書室に行くと、百合子が居た。 静かに歩いて、百合子のまん前の席に腰をおろした祥太郎は、 じっとただノートをとってる彼女を見つめた。 百合子は、目の前に祥太郎が来たことに気づかず、熱心にノートをとっている。  祥太郎はまた、胸が苦しくなった。 百合子は難関の上智を狙って、必死に勉強に打ち込んでいる。 それに比べ、自分は進学をあきらめて、 ジャズにうつつを抜かしてるのだ。 百合子のためにこれでいいのか?と、悲愴的になり、絶望的にすらなった。

 百合子は、熱心に英語のテキストに集中していたが、いつも心のどこかに祥太郎の影が居座っていた。  それを、勉強のじゃまだと思ったこともない。 しかし、頭のどっかで、(わたしは祥太郎君のナンなの?)という疑問がひそんでいた。  彼と一緒に居るのが当たり前になり、一緒だと楽しい! 一緒だと落ち着く! なによりも、嬉しいっ!  そうして、あまりに自分の気持ちが単純過ぎて、(ひとり芝居をしてるのかしら?)とも、感じる。  自分の気持ちの、彼に対する一途さが、邪魔だと思うことも、たまにあった。  そうなる時は、決まって、(抱かれた! 裸になって、彼に強く抱きしめられたいッ!)という、 体のどこかから突きあがる欲求が、 時と場所を選ばないで、百合子の心が襲われる。   こうなる自分を百合子は許せない。 はしたないと思う。 男女の真実の愛は、そんなことより、もっと神聖なはずだ。

 春の柔らかい陽射しが射す静かな図書室で、百合子は、今の自分が幸せなのか不幸なのかわからなくなった。 エンピツを持った手の甲で、 百合子は(そっ)と唇に触れた。 すると、彼とキスしたときの感触が、まざまざと思い起こされた。 (だめ!いまは勉強に集中するの!)と、 自分の心を戒めて、ふと面をあげて、前を見た。 「きゃッ」 いきなり百合子は短い悲鳴をあげた。  目の前に座っていた祥太郎の顔を見て、幽霊かなにかと、驚いた。

 百合子にとって、祥太郎とふたりでいる空間は、時間の経過とともに、 そのひとつひとつが、貴重になってくる。 かけがえのないもの。 今の自分が在るために、 私は女に生まれ、今まで生きて来たのだ、と…。

 ふたりで一緒に、校門にむかって歩くと、春風に乗って、桜の花びらが舞い落ちてきた。  ふたりは無言のまま肩を並べて歩いている。  百合子は、この道が、ずっとずっと続けばいいと思う。  このままでいい! いまのふたりのこの距離でいい!  ずっとずっと彼の横にいたい! ただ一途に百合子は、こうして彼の近くに居たいと思った。  この時から、百合子の気持ちの中から「将来」という考えが、 (ぽろり)と落ちてしまった気がした。 祥太郎との将来は想像できず、 ずっとこのままでいるような錯覚におちた。  百合子には「現在(いま)」しかなくなった。 少しでも長く、この「現在」が 続くことだけを祈った。 (どうか、壊れたりしませんようにっ!)と、祈った。



ショパン 別れの曲:
http://youtu.be/fKuv_Xp7BOc




更新日:2011-10-24 09:50:43

 祥太郎は、なんとなく百合子と離れたくなくなり、「家まで送るよ…」と言う。 「うん」と、百合子は素直に頷いた。  いつもより帰りが早いので、少しだけ回り道して川原にでた。 やはりここでも桜が咲いていて、川風に小さな花びらが舞っている。  桜の木の下でふたりは並んで腰をおろした。 それからしばらくふたりは、 膝を立て、草の上にじっと座っていた。 他愛のない会話が続いてる途中で、 百合子の頭が、そっと祥太郎の肩に乗ってきた。 いつの間にか百合子は、 祥太郎の肩に頭を傾げたまま眠ってしまった。
 祥太郎に肩を揺すられて、百合子が目を開けると、まわりに夜が降りてきていた。  「どうした? 百合子。 なにか、恐い夢でも、みた?」 「いつから寝てた、わたし…」 そう答えた百合子の目尻には、彼が言うとおり、恐い夢を見たあとの 涙がうっすらと溜まっていた。 百合子は、夢を見ていた。  痛くて、切ない夢だった。 夢の中で夢から覚めた百合子が、側に居た祥太郎が居なくなり、 キョロキョロと探した。すると彼は川の向こう岸に立って、手を振っていた。  「さようなら~、百合子~」 そう言って彼は、向こうへ走っていった。


エリーゼのために:
http://www.youtube.com/watch?v=4n5ZSqMU0Jw


 桜が満開に咲き競ってた時は、それこそあっと言う間で、見渡す限り青葉が目に鮮やかな季節がきた。  祥太郎はジャスの練習に夢中のあまり、今までのように百合子といつもべったりという訳にいかなくなった。  彼女への想いは強まっていくばかりだが、いつまで経っても祥太郎は、百合子を独占したいのに、 彼女の(選択権)は広げて置く方がいいと思う。 回りには、俺よりずっと裕福なヤツも、大学に進学する頭のいいヤツも、 いっぱい居る。 その中から百合子が、付き合ってみたいというヤツが現れたら、それはそれでしょうがないことなのだ。  本気で百合子の幸せだけを考えたら当然だ。 そう考えてる祥太郎は、百合子と一緒の時間が減っても気にしないようにした。
 そんな、祥太郎の(願い)が叶ってしまった。 高校生最後の夏休みが近づいてきたある日、 百合子は中学時代の同級生からラブレターをもらった。 (ずっと好きだった。今でも好きだから、つき合ってほしい!)と書いてある。  その同級生の家も覚えていた百合子は、わざわざ彼の家まで訪ねていって、「ごめんなさい。 わたし、好きな人が居るから、これ、 返します」と言って、手紙を彼に渡すと、「でも俺、あきらめないから」と言われた。

 日曜日だし、ラブレターのことは彼にちゃんと言っておこうと、百合子は電車に一駅乗って、祥太郎の家にむかった。  彼の家の玄関には鍵が掛かっていて、人の気配もしない。 そんな気のなかった百合子だが、(祥太郎に逢えない)となった途端に、 胸が張り裂けそうなほど、彼に逢いたいッ!という、切羽詰った気持ちになった。 (学校かしら?)と、百合子は日曜の校舎に入って、 あちこちと祥太郎を探したが、どこにも人の気配もしない。 (あ、そうか! 尚君の所だッ!) きっとジャズの練習してるのだと、 百合子は自宅と同じ方角の桜木君の家を訪ねた。 家の玄関を開けて、「ごめんくださ~い。 こんにちわ~」と声を出すと、 なんと、祥太郎本人が尚君の家の奥から出てきた。 「あ、百合子、なんだ」 「あ、いえ、べつに…」と百合子。  ココを訪ねてきた目的を、彼の顔を見た途端忘れてしまった。 祥太郎はそのまま靴を履き、玄関の外へ出た。 「行こう」 「うん」。

 ふたりは近くの河川敷の芝生に並んで腰をおろした。 この前のように、座ってすぐに、百合子は(そっ)と祥太郎の肩に頭を傾げた。  この時、祥太郎の頭の中では、(愛してる! 百合子を、愛してる!)と、口に出して言いたくて、どうしょうもない気になった。  だが又々、口に出して言ってしまったら、(百合子の将来を拘束してしまう)という懸念が心に湧いてくる。 それで又ためらった。  口に出して言わなくても、きっと彼女はわかってくれると思って、そっと百合子の手を握ってみた。
 百合子は、もうなにも考えていない。 幸せなら、なんの不安もないし、(祥太郎君の優しさは、もう私の体と心に染み込んでしまってる)と、幸せだった。 幸せすぎて、瞼を閉じようとして、百合子は不安になった。  あの時のように、不可解な夢を又見てしまうかもしれない。 なんの夢だったか思い出せないが、痛いほど辛い夢だった。 「祥太郎君ッ! 抱いてッ!」 百合子は突然声をあげた。 少し怯んだ表情を浮かべた祥太郎だが、両腕で百合子の上半身を抱え込んだ。  「もっと強く! もっと強く抱いてっ!」 祥太郎は思いっきり腕に力を込めた。 「もっと、もっと強く!」 (ほ、骨が、折れちゃうよ?)…。












更新日:2011-09-22 09:52:35

 息苦しくなるほど強く抱き締められてるのに、百合子は、自分がどっかへ消えてってしまいそうで、(もっと、もっと強く!)と、心の中でも 叫び続けた。 幸せすぎて恐くなった。 どうすればいいのか分からない。 自分の形相が鬼女のようになってる。 その時、 (そっ)と彼の唇が、唇に触れた。 思わず百合子は、(ガッ)と彼の唇を歯で噛んだ。 すると同時に、(ドンドン、ドンッ)と、 自分の腰の奥で太鼓が鳴った。 (え?なにっ?)と顔を離して、彼の顔を見上げると、 彼の下唇から、(ツッー)と、真っ赤な鮮血が一筋、滴り落ちるのが、百合子の目に入った。


 高校生最後の夏休みになった。  ようやく、百合子に噛まれた祥太郎の唇の傷も治ってきたが、内心祥太郎は、彼女に噛まれた唇の傷が(一生消えないで残ってくれた方)がいいような気もした。 だが、百合子とキス出来なくなり、彼女は傷が治るまで、キスさせようとしない。 夏休みに入ってすぐに、百合子は、三週間だけ東京巣鴨のアメリカ大使館員の屋敷で、バイトを兼ねた住み込みのべビィシッターをすると言う。 YWCAの紹介らしい。 それを聞いた祥太郎は、最初正直なところ、(大丈夫だろうか?)と不安になった。 いかんせん、百合子の性格は、人を疑うということを知らない。 都会で、又は、まわりから隔離された外国人のお屋敷で、うら若い女性がひとり住み込むのは、心配でしょうがない。  それを百合子に言うと、「だったら、逢いにきてよ…」と言う。 その外人家族は途中で一旦帰国して、百合子は一人になるらしい。 何気に聞き流していた祥太郎だが、(え?ふたりっきになれるのか!)と、アブナイ想像が膨らんだ。

 女の人を好きになると心を汚さないんだと、この頃の祥太郎は思っていた。 年がら年中、逢いたい!百合子に逢いたいと!と、そればっかり、寝ても覚めても思ってると、祥太郎の感覚がそれに麻痺したようで、逢えないことが苦痛でなくなり、逆に、逢えない辛さが、幸せな気分にもさせた。
  夏休みの後半になって、ようやく東京の百合子から、「明日から、私ひとりになるの。 来れる?」と電話がきた。 祥太郎は喜び勇んで電車に乗り、巣鴨駅で降りて改札口にいくと、百合子が待っててくれた。 かなりの軽装の百合子、Tシャツに膝上のスパッツ、サンダル履き姿だ。 軽装だが、祥太郎は目のやり場に困った。 百合子が眩しくてしょうがない。 東京のど真ん中だと言うのに、今の百合子の姿が一番都会に溶け込んでるように感じた。 巣鴨の駅から10分ほど歩いて、大きな洋館に着いた。 大きな鉄の門構えで、広い邸内、まるでお城みたな感じがした。

DaveBrubeck-TakeFive:
http://youtu.be/vmDDOFXSgAs

 アメリカの外交官の屋敷に入って、ただっ広い居間に、ど~んと大きな暖炉があった。 そこに今どき珍しい大きなステレオのスピーカーが置かれていて、祥太郎が思わず近寄って見ると、モダンジャズのCDコレクションが豪華に揃ってる。 「かけてもいいのかな?」と、百合子に聞くと、「いいわよ」と答えて、一人で屋敷の奥くの方へ行ってしまった。 デーブブルーぺックの「ティク-5」、祥太郎はこの曲をマスターするよう、朝から晩までサックスを吹いている。 途中で一週間ほど、百合子に咬まれた唇のせいで、パートのリード楽器が吹けず、仲間に迷惑をかけた。 だが、傷口が開かないように力を抜いて吹いたら、自分なりに[透明な音]が出せた気がした。
 やがて、祥太郎と百合子に、ふたりっきりの夜が来た。 祥太郎が先に風呂にひとりで入った。 それから、百合子手作りの夕食を一緒に食べた。


 聞きなれない朝鳥の鳴き声で、祥太郎が目を覚ました。 一瞬、(ここ?どこ?)と感じた。 部屋のカーテンが大きく開けられていて、 屋外の木立の透き間から射し込む朝日に、祥太郎がベッドを下りて、窓際に寄ると、屋敷内の庭に百合子の姿。  Tシャツに白いショートパンツ姿で、 庭木に水をまいている。 その百合子の姿が、まるで別人に見えた。 声をかけようとしてためらった。 祥太郎はパンツ一丁、上半身まだ裸だ。  先に百合子が、祥太郎の姿を見つけ、笑顔で、片手を大きく振った。 (はやく下りてきて、水撒きを手伝いなさい)と、言ってるようだ。







更新日:2011-09-25 12:26:20

クリスマス・イブは、ふたりっきりで
 やがてふたりの高校生最後の年の瀬が押し迫った。
 「ねえ、祥太郎君、クリスマスに京都、行かない?」 「いいけど、大丈夫なの?」 「へいきよ。 両親には卒業旅行って言うから…」  自称(貧乏人)の祥太郎だが、バイトをしてたので少し余裕がある。 …で、京都まで新幹線に乗って、ふたりは出かけた。 自由席なので、ふたりはおなじ車両だが、離れ離れの席しか空いていなかった。 この車中で、ふたりにちょっとしたアクシデントが起こった。  祥太郎が座っていた席に、百合子が歩いてきて、「祥太郎さん、私をつけてきた人が乗ってるの、この電車に…」 「え?!ツケテきた?」  「前に話した中学まで一緒だったヒト…」 「あの、ラブレターをくれたってヤツ?」 「私、ちゃんと話してくるから、心配しないで。 ね?」 そう言って、 百合子は、後方の別の車両へ歩いていった。 祥太郎の気持ちは穏やかでなくなった。 百合子と祥太郎がカップルだと判ってまでも、 付けて来てるという相手の心境を察すると、マトモじゃない気がする。 ここは男として、自分も出向くべきかどうか、祥太郎は迷った。  迷ってる間に、百合子が戻って来た。 「彼、わかってくれたみたい。 次の駅で降りて、帰るって…」と百合子、なにもなかったかのような穏やかな表情だ。  電車が次の駅に止まり、乗客が降りて、ようやくふたりは並んで座れた。 祥太郎は百合子に、しつこく(ヤツ)のことを聞きだすと、どうも最近、 ストーカーまがいの行動をとってたようだ。 「もう彼のことは忘れましょう? それより、今晩どこで泊まる?」と百合子、祥太郎の腕に手を回して、体を寄せてきた。  百合子の服装は膝上のワンピース姿。 祥太郎は少し気持ちが乱れてたので、大胆な行動に出た。 まわりの乗客の視線を気にしながら、百合子の膝の上に手を乗せて、 閉じた百合子の内股に手を忍ばせていった。 「…、やめて…」と、低く呟いた百合子が、祥太郎の横顔に顔を伸ばし、彼の頬に、(チュッ)とキスして離れ、 祥太郎の手を握って、押しもどした。

 祥太郎と京都で一泊して帰ってきてから、百合子は、年末年始を家族とともに家で過ごし、新年を迎えても、ずっと 祥太郎とは逢ってなかった。 彼に(逢いたい!)という気持ちを、以前ほど感じない。 たまにそんな自分の気持ちを、(なぜだろう?)と 思うこともある。 彼と、男と女の関係になって、もう絶対に離れられない(安心感からだろうか?)とも感じる。
 一方、祥太郎は、ある意味百合子以上に、(逢いたい!)という緊迫感がなくなっていた。 ふたりの間に時空を越えたテレパスを感じ、  想いが通じるという確信が生まれていた。 だから、あまり(逢いたい!抱きしめたい!)と思うと、それがダィレクトに百合子に通じて しまうようで、男としての意地が許さない。 (もう百合子は俺のオンナだ!)みたいな、うぬぼれた自負心がそうさせた。

 高校三年の三学期が始まる頃になり、逢いたい気持ちに負けたのは、百合子の方だった。 もしかしたら?と思って、桜木君の家に行くと、 百合子の期待通り祥太郎が居た。 ふたりはいっしょに河川敷に行き、川原に並んで腰を下ろした。 だが、ずっとふたりの気持ちは上の空。  話すことは山ほどあるようで、なにもなかった。 (抱き合いたい!)と、ただそれだけが、ふたりの気持ちを重くしていた。  「祥太郎さん、私の家に来ない?」 「だ、だめだよ…」 「だめ?」 「まずいよ。まじで…」 百合子は(しゅん)となった。  (しゅん)となって俯き加減の、百合子の横顔を見た祥太郎に、強烈な衝動が襲い掛かった。  もう百合子を愛しくて切なくて、どうしょうもなくなり、 百合子の手を握ると、(バッ)と立ち上がった。 「行こう!」 「ど、どこへ?」 「街へ出よう。さ、早く!」 「ぇぇ…、わかった…」  そう答えて祥太郎に手を引かれて百合子が立ち上がると同時に、(チュッ)と、顔をあげて祥太郎の唇に、百合子はキスした。

 ふたりは隣街の映画館がある周辺を、しっかり手を握り合って歩き回り、繁華街の裏通りの端の方にある、さびれた(連れ込み宿)みたいなホテルを見つけた。 祥太郎は、百合子の気持ちを心配して、表情を読もうとすると、少し緊張気味で、一層祥太郎にしがみ付いてくる感じだ。 「入ろう?」と促すと、百合子は(こっくり)うなずき、(ぎゅっ)と手の握りを強くした。 ホテルのドアを開けて、一歩中に入ると、祥太郎の方が今度は緊張して、百合子は、度胸が据わったカンジになった。 「休憩って、できますか?」と、受付のオジサンにかけた祥太郎の声が、少し震えていた。

更新日:2011-09-29 19:05:13

E P I L O G U E☣✸⊗☸✹☣✸⊗☸✹☣✸⊗☸
 エピローグ


 小 川 百合子は、18歳の誕生日をまえに、亡くなった。
その年の、暮れが押し迫った深夜、救急車で病院に運ばれるとき、
この地方では何十年ぶりかの、雪が降りはじめていた。
集中治療室に入って、母親の手を握り締めた百合子が、
 「かあさん…、雪が降ってきたョ…」と、
うれしそうに微笑んで、つぶやいた言葉が、
百合子の、この世での最期の一言になった…

╔══╗ ♫
║██║♫♪
║ ◎♫♪♫エリーゼのために-Beethoven➷
╚══╝ http://www.youtube.com/watch?v=4n5ZSqMU0Jw

 祥太郎は、親友の家に居た。 「オマエにお客さん…」と、言われて、
玄関に出てみると、喪服姿の百合子の母親が、立っていた。
彼女の母は、祥太郎の顔を、ただじっと見詰めているだけで、
しばらくはただ無言で、だが、細かく体を振るわせてるように、みえた…

╔══╗ ♫
║██║♫♪
║ ◎♫♪♫DaveBrubeck-TakeFive➷
╚══╝ http://youtu.be/e1S_vA0ougg

 急に、 ほんとうにそれは、急に…
目の前に、静まり返った黒い闇が浮かんだ。
闇のなかに、二本のレールが、冷たく伸びている。
その間を、百合子が、ゆっくり歩いている。
やがて、明るい光が煌々と照らしながら、 しかし
百合子は、それに、気づかないようだ…

╔══╗ ♫
║██║♫♪
║ ◎♫♪♫別れの曲➷
╚══╝ http://youtu.be/fKuv_Xp7BOc

 祥太郎の目の前を、百合子が歩いていた。
見覚えのある場所だが、どこか、思い出せない。
百合子が振り向くと、こっちを見て、ほほえんだ。
「あなたに会えてうれしかったわ。でも私、もう行かなくちゃ…」
「ちょっと待てよ、百合子…」
「なようなら、祥太郎さん…」


 祥太郎の、全身に雪が積もっていたが、
もう寒さをなにもかんじなかった…







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更新日:2012-01-13 09:02:29

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。