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小説(転載)  『哀しみの始まり』

官能小説
05 /29 2015
  優しい家族に支えられて、私はいくらか落ち着きを取り戻していましたが、
 やはり四十九日の法要は、辛いものとなりました。
 もし、夫が側にいてくれなかったら、私は深い罪の意識で泣き崩れていたかも知れ
ません。
 亡くなられた岸田和代さんの法要は、とても寂しいものでした。
 四十九日ともなれば、ご親族と、近隣のごく限られた方々しかお見えにならないの
は当然なのでしょうが、
 あまりの人の少なさは、私の心を暗くさせ、あの事故を辛い記憶として蘇えらせま
した。

  隣町に新しくできたスーパーへ買い物に行った帰りに、
 私が運転する車と、岸田和代さんが乗る自転車とが、接触事故を起こしました。
 その事故は、道幅の狭い十字路で起きました。
 交差する道の手前で一時停止をして、それから車を発進させたのですが、その直後
に、横から来た自転車の前輪にバンパーが接触しました。
 当り前ですが、その程度の接触で私に怪我があるはずもなく、車のバンパーもほん
のかすり傷でした。
 でも、バランスを崩して転倒された岸田さんは、そのはずみで道路に側頭部を強く
打ちつけられ、その二日後にお亡くなりになりました。
 たまたま事故の様子を見ておられた方が証言してくださり、私に過失のないことが
認められました。
 事情を知っておられる方は皆さん、
 「あれは不幸な事故だった」と私を慰めてくださいました。
 「身のこなしの軽い者なら、いや、普通の運動神経がある者だったら、そんな転ん
で死ぬわけがない、あの人、太りすぎなんだよ」と、
 乱暴な言い方をする人もいました。
 私にしてみれば、自分の関わった事故で相手の方が亡くなったという哀しい現実
は、たとえどんな表現を使ったとしても、
 忘れることは出来ませんでした。

  法要から帰った夜、私はずいぶん迷いました。
 本当に迷いましたが、思い切って岸田さんのご主人にお電話しました。
 それは、法要の席で耳にした言葉と、息子さんの健一君が寂しそうな目をしてうつ
むく姿に、私の心が痛んだからなのです。
 健一君はお母さんを亡くされてからずっと、学校へ行っていないそうでした。
 さしでがましい、と言うより加害者の私がお電話するのは、大変なお叱りを受ける
失礼な事なのですが、と非礼をお詫びしてから、
 「息子さんのことで、 、」と切り出しました。
 岸田さんは奥さんのお葬式の時も、そして今日も、加害者の私をずっと無視され続
けた方でした。
 、 、ギャンブルで背負った借金を死んだ女房の慰謝料で清算した、酒飲みのろく
でなし、 、
 人がいろいろ口にすることを、私も聞いたことがありました。
 だから、と言えば失礼なのですが、それだけに健一君のことがとても気になりまし
た。
 岸田さんは私の申し出を最初はお断りになりましたが、繰り返してお願いすると
「好きにしたらええ」と了解なさいました。
 私は自分の家族にも話を聞かせるつもりで、リビングの電話を使いました。
 「なんでお母さんが、あいつの昼飯、作りに行かなきゃならないんだよ、
 そんなの変だよ」 
 高校二年になる息子が怒った顔を私に向けました。
 中学三年の娘も、「健一君だっけ、その子、気持ちは分かるけど、ちょっと甘えて
るわよ」と厳しい言葉を口にして、
 「お母さん優しい人だからからなあ、でも私、そういうの嫌っ」
 そう言って顔をそむけました。
 子供たちは、「あれは事故だし」「飛び出してきた相手のほうが悪い」「お母さん
のほうが被害者だ」と私に反対しました。
 でも、夫は同意してくれました。
 しばらく黙っていた夫は、いつものように思慮深くて寛容な眼差しで、私がしよう
とすることに頷いてくれました。
 ただその後で、私の決意を確かめるように言葉をかけてくれました。
 「だけどな、圭子、分かっているとは思うが、それが逆効果になることもあるし、
それに、いつまで続けるつもりなんだ、
 そういう事はやり始めるより、やめる時のほうが難しいぞ」
 私も、そのことは最初から覚悟していました。

  翌日の月曜日、私は岸田さんのお宅に行きました。
 お葬式と昨日の四十九日は、タクシーを使いましたので気付かなかったのですが、
駅から歩いてみると、
 この街のさびれた雰囲気がよく分かりました。
 ひとつ大通りをはさむと、私が買い物に行った大きなスーパーがあり、そちら側は
新興の住宅街でした。
 事故を起こした十字路とは少し距離がありましたが、なるべくその場所を意識しな
いように歩きました。
 途中の小さなスーパーで焼きそばの材料を買いそろえ、十一時くらいにお宅へ着く
と、
 二度、呼び鈴を鳴らしました。
 誰も出てくる気配はなくて、呼び鈴の音だけが大きく響きました。
 ――健一君、今日は学校へ行ったのかしら、
 私は二歩下がって、様子を見ました。
 岸田さんのお宅は古い木造の平屋建てで、あまり立派なものではありませんでし
た。
 似たような造りの家々が軒を連ねていましたが、不思議と物音も無く、辺りはひっ
そりとしていました。
 急に玄関の引き戸がきしむ音をたてて開き、健一君が姿を見せました。
 「おはよう、健一君」
 私は自分の息子に対するような気持ちで、健一君に接しようと決めていました。
 加害者として卑屈になったり、逆に、開き直ったりしないように心がけました。
 「ほんとに、来たのか」
 明らかにいま起きてきた様子の健一君は、眠そうな目で私を見るなり、一言呟いて
顔をそむけました。
 おそらく岸田さんから話は聞いていたのでしょうが、私を家の中に入れてくれる意
志はなさそうに見えました。
 こうして向かい合うと、中学一年の健一君は小柄な少年というのがよく分かりま
す。
 「お昼ご飯、作りに来たのよ」
 健一君はしばらく私から顔をそむけていました。
 加害者の私はさぞかし恨まれているだろうと思いましたが、その横顔は不思議と穏
やかなものでした。
 「俺、寝る」
 また小さい声で言った後、玄関の引き戸を開け放したまま、家の奥に入って行きま
した。
 その開いた引き戸が、健一君の了承と私は受け取りました。
 昨日の法要でいくぶん勝手のわかっているお宅に上がらせてもらい、私は、居間に
ある小さなお仏壇にお焼香しました。
 ご位牌に向うと涙が出そうになってしまうので、すぐに立ち上がり、お昼の支度を
始めました。
 ――カーテン、どうしようかしら
 お仏壇のある居間が食事をする場所らしくて、丸いテーブルが畳の上に置いてあり
ました。
 お昼の用意を済ませて健一君を呼ぶまえに、窓とカーテンを開けて、こもった空気
を入れ換えようかと思いました。
 たぶん古い家の造りがそう感じさせるのでしょう、カーテンが閉っていますと、蛍
光灯に照らされた部屋もなぜか暗く見えました。
 お天気のいい日のお昼ご飯に、その暗い雰囲気はふさわしくありませんでした。
 ――どうしようかしら
 それはこのお宅に上がらせてもらってからすぐに思ったことなのですが、やはり、
よそさまのお宅なので遠慮しました。
 「健一君、お昼できたわよ」
 大きい声で私が呼ぶと、意外に、健一君はすぐやって来ました。
 少しお線香の匂いが残っていたのか、お仏壇にちらっと目を向けてから、すぐに畳
の上にあぐらをかいてお昼を食べ始めました。
 よほどお腹がすいていたのか、何も喋らないで、もの凄い勢いで私の作った焼きそ
ばを食べていました。
 一応、私の分もお皿に盛っていたのですが、「これも食べていいわよ」と差し出す
と、残さないで全部食べてくれました。
 レタスのサラダも食べ終えた健一君は、すぐに立ち上がって居間から出て行こうと
しました。
 「明日は何がいい、何か食べたい物あるかしら」
 私の言葉でふり向いた健一君は、不思議そうに私を見ました。
 「明日も、来んのか、なんでだ」
 「いいじゃないの、お昼ご飯、作りに来るだけなんだから」
 「なんでだ」
 「焼きそば、美味しかったでしょ」
 「、 、 」
 「明日は、チャーハンにするわね」
 しばらく私を見ていた健一君は、何も言わずに居間から出て行きました。
 健一君の表情は、登校拒否をしている少年とは思えないほど、穏やかなものでし
た。
 暗い雰囲気の部屋を和ませるような、あどけなさを見せていました。
 後片付けをして私が帰ろうとすると、奥から「玄関、鍵なんかしてねえぞ」と声が
しました。
 そのすぐ後に、「飯まで、寝てっからな」とまた声が聞こえました。 

  帰り道、私は少なくとも健一君が中学にふたたび通い始めるまでは、昼食を作り
続けようと思いました。
 そうしなければ、私の気が済まない理由があったのです。
 誰も知らない、私を苦しめる理由。
 あの十字路で、確かに一時停止しましたが、車を発進する時、私は前方をしっかり
見ていなかったのです。
 助手席に置いた買い物袋が倒れそうになって、それに気を取られた時、事故が起き
ました。
 言い訳になってしまいますが、私もまったく前を見ていなかったのではなく、岸田
さんの自転車にはっきり気付きました。
 すぐにブレーキをかけましたが、接触は避けられませんでした。
 たぶん買い物袋に気を取られなくても、結果は同じものになったでしょう。
 でも、そうでは無いかも知れません。
 私は警察の方が事故の検証をされている時、正直にその事を話そうとしました。
 これは、決して嘘ではありません。
 本当です。
 ただ「わし、見とったけどなあ」と事故の検証に割り込んでこられた方が、事故の
様子をいろいろ話されているのを聞いていくうちに、
 正直に告白するタイミングを失ってしまいました。
 二日後、岸田和代さんが亡くなられたと知らせを受けて、私の全身が凍りつきまし
た。
 今ではそのことが、誰にも知られたくない心の秘密となって、私を苦しめていま
す。
 運命という言葉を使うのは卑怯かも知れませんが、事故のすべてが私にとって、ま
たそれは亡くなられた岸田和代さんにとっても、
 定められた運命だったのでしょうか。
 健一君を立ち直らせることは、事故を起こした私の定められた運命につながってい
るように思えました。
 私は罪の意識から逃れたくて、少しでも気持ちを楽にしたくて、健一君のお昼ご飯
を作ることで自分自身への慰めを見出そうとしました。
 でもその気持ちと同じように強く、本気で健一君のことが心配でしてた。

  火曜日、水曜日も、私は健一君のお昼を作りに行きました。
 何も喋らないで、黙って食べていましたが、いつも残さないで全部食べてくれまし
た。
 でも、お昼ができるまでは寝ていて、学校へ行くような様子はまったくありません
でした。
 私はあえて何も言わず、お昼を食べさせてあげた後は、すぐに帰りました。
 男所帯の岸田さんのお宅は、汚れが目立ち、お掃除してあげようかと思ったり、ま
た、夕食の下ごしらえをして帰ろうかと思ったり、
 つい主婦としていろいろ世話をしたくなる自分を抑えました。
 お昼の献立も、もう少し工夫しようかとも思いましたが、敢えて簡単なものにしま
した。
 母親づらしてあれこれ振舞うのは、健一君がもっとも望まないことのように思えま
したし、亡くなった和代さんにも失礼な気がしました。
 毎日、暖かい食事を食べさせてあげることで、健一君の気持ちが少しでも前向きに
なればと願っていました。
 水曜の夜、夫に健一君の様子を尋ねられて、私が答えると、
 夫も、「そのほうがいいかも知れないな」と賛成してくれました。
 そして夫は、この家と岸田さんのお宅を往復する私に「無理するなよ」と言って、
丁寧に私の肩をもんでくれました。
 結婚生活を通して常に変わらない夫の優しさに、私は深く感謝しました。 

  木曜日、鶏肉と野菜をたっぷり入れた雑炊を作るつもりで、健一君のところに行
きました。
 お仏壇の前で手を合わせると、やはり目頭が熱くなってしまいます。
 気を取り直して雑炊の準備を始めると、いつもは呼ぶまで起きてこない健一君が居
間にやって来ました。
 相変わらず髪の毛は寝癖がついてぼさぼさでしたが、ちょっと真剣そうな顔つき
で、私が来たときにお焼香させてもらった
 線香の煙を見つめていました。
 健一君の気持ちに微かでも変化が表れたのか、その変化が良い方へ向かっているの
か、それとも悪い方へ向かっているのか、
 私には分かりませんでした。
 でも、いい機会だと思って、これまでずっと閉めていたカーテンと窓を開けようと
思いました。
 「今日はお天気もいいし、部屋の空気、入れ換えるわね」
 私は台所から居間へ行き、カーテンと窓を勢い良く開け放ちました。
 十月になったばかりの爽やかな風がさっと部屋に流れ込み、その心地良さは私に
とって、健一君への一歩前進のような錯覚をもたらしました。
 「これから天気のいい日はいつも開けるわよ」
 すぐ隣りの台所へ行きながら健一君にふり返ると、畳にあぐらをかいてテレビを見
ていました。
 丸いテーブルに雑炊の準備ができるまで、健一君は私を無視するようにテレビに顔
を向けていましたが、
 私の作った雑炊を一口食べると、
 「うめえ」
 小さな声で呟いたあと、熱い雑炊を一気に平らげてくれました。
 これまでずっと黙っていた健一君が、たとえ一言でも私の料理を誉めてくれたこと
に喜びを感じました。
 その喜びは昨晩の夫との会話と、肩をもんでくれた夫の優しい手を思い出させ、そ
れを懐かしむように私は自分の手のひらを肩にもっていきました。
 「肩、こってんのか」
 肩においた手のひらで、私が肩の張りを気にしていると勘違いしたような健一君
が、
 「俺、いっつも、母ちゃんにやってたから、叩いてやるよ」
 立ち上がって私の後ろに回ってくれた健一君を、拒む理由などありません。
 初めて示してくれた健一君の優しさと、亡くなられた和代さんを偲ばせる『母ちゃ
ん』という言葉に、私は胸が熱くなりました。
 ときおり涼しい風が舞いこむ明るい部屋の中で、健一君は肩を叩いてくれました。
 いつも叩いていたと言う通り、心地良い手加減で、私の肩も、そして心もほぐして
くれました。
 「ほんとに上手だわ、だけど健一君、あなたちゃんとお風呂に入ってるの、ちょっ
と匂うわよ」
 「やっぱそうか、いま風呂がぶっ壊れてて、銭湯なんだ」
 「いつ行ったの」
 「ええっと、おとといかな」
 私の問いかけに、次々と答えてくれる健一君がとても可愛く思えました。
 「そのパジャマも匂うわよ、あとで脱ぎなさい、洗ってあげるわ」
 「そっか」
 「ほかにも洗濯物があったら出しなさい」
 さしでがましい事はしないつもりでしたけれど、匂いを放つパジャマを着ている健
一君がとても可哀想に思えました。
 「あらあら、ほんとに上手ね」
 親指なのでしょう、今度は指圧に変えた健一君は、私の肩の線から首すじに気持ち
の良い圧力をかけてくれました。
 しだいに、片方の手では叩きながら、もう一方の手では指圧をしたりと、いろいろ
な組み合わせで私の肩をほぐしてくれました。
 「佐々木のおっちゃんがよ、すげえ美人って言ってたぞ」
 「えっ、何の話し」
 「おっちゃん、昨日おばさんが帰るとこ、見たんだってよ」
 「あら、いやだわ」
 「酒飲みながら話してた、けど、おばさんのことペチャパイ、て笑ってた」
 「そんな」
 「そんでも、背が高くって、細い女にはちょうど釣り合ってる、て誉めてたぞ」
 「、 、 」
 「セーター着てただろ、だから形わかってよ、俺もそう思う、でかい胸の女はバカ
に見えっぞ、俺の母ちゃん、デカパイだった」
 「、 、 」
 「おばさん、かっこいいぞ」
 「、 、 」
 私が言葉を返せなくなったのは、話の内容への抵抗感もありましたが、それより
も、
 健一君の手の動きに戸惑いを覚えたからでした。
 片方の手は確かに指圧でしたが、もう一方の手はさするように肩を撫ではじめ、そ
の手は私のブラジャーのラインに沿って下がって行き、
 背中で留めたホックにまで達していました。
 その日の私は、ベージュのロングスカートと白いブラウス、その上にスカートと同
色系のカーディガンを着ていました。
 お昼を作るときにカーディガンを脱いでいましたので、ブラウスの柔らかい布地を
通して、ブラジャーのラインは健一君の手に
 はっきり伝わっているはずでした。
 私は判断に迷いました。
 健一君が意図的にそうしているのか、それとも指圧から優しいマッサージに変えて
くれただけなのか。
 でも、健一君の両方の手が、左右のブラジャーのラインに沿って上下し始めたと
き、私は不安を感じました。
 ――どういうつもりなの、健一君
 ある意志をもって健一君が私に触れているのなら、それを許すつもりはありませ
ん。
 その手がゆっくりと私の両わきに向かって来ると、もう黙っていることはできませ
んでした。
 ふり向いて健一君に声をかけようとした時、
 「俺、母ちゃんに、いっつも、こうしてた」
 「そ、そうなの」
 マッサージを断ろうとしていた私は、『母ちゃん』と口にした健一君に気勢をそが
れてしまって、つい曖昧な返事になりました。
 両わきを固く閉じた腕に触れ、、上下にさすってくれている手のすぐ先には、私の
乳房がありました。
 でもそれ以上、前に回りこんでくる様子はなく、しばらくそうしていた健一君はふ
たたび、私の両肩に手をおいてくれました。
 ――健一君、お母さんを懐かしんでいたのね
 ほっとした私も、次の瞬間には体を緊張させました。
 首すじに触れた片手を、そこからなぞるように手前に滑らせ、その指先をブラウス
の中に差し込もうとしてきました。
 私はさっとその手を押さえました。
 「健一君、ありがとう、もういいわ、とっても気持ち良かったわよ」
 柔らかい表現の言葉を使いましたが、私は両手でしっかり押さえていました。
 「そっか、良かったか、そっか」
 健一君は私に拒まれたことを気にすることもなく立ち上がり、「ちょっと待って
な」と言葉を残して、居間から出て行きました。
 私には、健一君のことが理解できませんでした。
 乳房に直接触れようとした健一君からは、少年が性の目覚めによって女性の体によ
せる好奇心や、切ない欲求などではなく、
 もっと自然で、その行為が日常的なものであるかのような雰囲気が感じられまし
た。
 いま私に見せた表情にも、いやらしさは微塵もありませんでした。
 もし、健一君の表情から性的な卑しさや、下品な欲望をほんの少しでも感じとって
いれば、私はお昼の後片付けもせずに、
 すぐにでもこの場から立ち去っていたでしょう。

  居間に戻ってきた健一君は、両手にダンボール箱を抱えていました。
 「母ちゃんの物だぞ」
 正座している私の側にその箱を置くと、ふたを開けて中を見せてくれました。
 ――何、これ、
 ほとんど現実感を失ってしまった私の耳に、健一君の声が断片的に聞こえてきまし
た。
 、 、 木曜日、 、父ちゃん、 、夜中まで工場、 、母ちゃん、 、やった
ら、 、何回も、 、
 私の虚ろな頭に一つの言葉が浮かびました。
 ―― 近、親、相、姦
 その時、私の両手首に帯のような物が絡みつきました。
 急に両手を持ち上げられ、その両手を強い力で後ろに引かれたために、私は真後ろ
に倒されました。
 「健一君っ」
 両手の自由が利かなくなり、引き伸ばされた両腕の先を見ると、幅のある何か手錠
のような物で手首を拘束されていました。
 しかもそれは壁にあるフックに固定されていました。
 健一君は窓に近づき、カーテンを閉めました。
 「母ちゃんとは、いっつも、夜だったからな」
 陽射しをさえぎられて急に目の前が暗くなった私は、なおさら不安、いいえ、恐怖
を感じました。
 亡くなった和代さんと健一君の許されない関係と、あの箱の中にあった物を結びつ
けると、おぞましさに鳥肌が立ちました。
 箱の中には、束になった黒いロープに埋もれるようにして、色々な大きさや形をし
た卑猥な道具、鎖のついた皮製品など、
 ぎっしり詰っていました。
 すぐに目が慣れてきて、蛍光灯の明りのもとで健一君の表情がはっきりと見えまし
た。
 正座したまま倒されたのでロングスカートが膝までめくれ上がり、私が両足をすり
合わせて露出を防ごうとする姿を、
 じっと見つめていました。
 ただ、不思議と健一君の表情には、男の欲望を感じさせる醜さはありませんでし
た。
 「母ちゃん、こんなの好きなんだぞ」
 これまで私も気付かなかったのですが、健一君が示す壁には、高さや位置を変えて
数本のフックが打ち込まれていました。
 私の両手首が固定されているのは最も低い位置にあるフックでした。
 「俺と母ちゃんの秘密だぞ、父ちゃんはバカだから、なんに使うのか知らねえん
だ」
 ――なんておぞましい
 身の毛もよだつ変質的な行為が繰り返されたに違いないこの部屋が、汚らわしいも
のに思えました。
 健一君の手がブラウスのボタンに伸びてきた時、私は身をよじって抵抗しました。
 そんな私を、健一君はとても不思議そうに見つめ、
 「あれえ、おばさんが殺した母ちゃんの代わりに、なってくれるんだろ、だから、
いっつも来てたんだろ」
 ――私が、殺した
 「母ちゃんと、木曜はいっつも、やってたから」
 ――健一君は、私にお母さんを殺されたと思っている
 「母ちゃん、いっつも俺に命令するんだ、だから、木曜はするんだ」
 ――健一君
 私しか知らないあの秘密を、健一君に見抜かれているように思えました。
 深い罪の意識が蘇えると共に、私の体から、力が抜けていきました。
 同時に私は、健一君の心は病んでいると思いました。
 ひょっとしたら、精神の一部分が破綻しているのかも知れません。
 近親相姦と変質的な行為、 、『母ちゃんに命令された』、 、一体どのような経
験を少年の健一君はしてきたのでしょう。
 「おばさん、綺麗だぞ」
 健一君は、私のブラウスのボタンを丁寧にはずし始めました。
 表情はとても穏やかでした。
 「待って、健一君、私の手を自由にして」
 「最初は、いっつもこうだぞ」
 「でも」
 「母ちゃんの代わりだろ」
 ――これが、私の償い
 私は素肌をさらす覚悟はしましたが、健一君と体の交わりをもつ事だけは、断じて
避けたいと思っていました。
 それだけは、許されないことです。
 無理やり私の両手を拘束した健一君ですが、彼を見ていると、自分が満足したいの
ではなく、相手を満足させたいようでした。
 その顔には、男の欲望めいたものは表れていませんでした。
 「健一君、パジャマは脱がないって約束して」
 「なんでだ、脱がなきゃできねえだろ、母ちゃん、すっげえよろこんでたぞ、何度
もしろって言われたぞ」
 「私は、気持ち良くならないわ」
 「そっか」
 パジャマを着た健一君に、私は全裸にされました。
 健一君が閉めたカーテンがゆらゆら揺れる部屋で、私は素肌をさらして身を横たえ
ていました。
 手首を拘束されているので、上半身にブラウスとブラジャーが残っていましたが、
全裸には変わりありません。
 ショーツを脱がされるときは、恥ずかしさで体が震えましたが、健一君はそんな私
から優しい手つきでショーツを下ろしていきました。
 静かな部屋の中で、自分でも意外なほど、気持ちは落ち着いていました。
 健一君の穏やかな表情が、私に不安や恐怖を忘れさせました。
 「おばさん、母ちゃんと違うぞ、すっげえ綺麗だ」
 健一君は、今年で四十二歳になる私の全身を舐めてくれました。
 それは、両足をそろえて横たわる私の体に、ゆっくり時間をかけて行なわれまし
た。
 最初は、足の指先から始まりました。
 足の指を舐められるなんて、初めての経験でした。
 パンプスを履いていた私の足は少し蒸れているはずなのに、その足の指さえ舐めて
くれる健一君に、不思議な愛しさを感じました。
 私は、夫以外の男性を知りません。
 私も大人の女ですから、知識としては色々な性の営みについて知っていますが、ど
ちらかと言えば、夫との行為は淡白だったと思います。
 でも私はそれで充分満足でしたし、女の悦びも教えてもらいました。
 健一君は、夫とはまったく違っていました。
 「おばさんの体、白いな」
 優しい手つきで私の体に触れ、舌を這わせてきました。
 「やっぱり、ペチャパイだな」
 円を描くように乳房の中心に向かって舐め上げては、丹念に乳首を吸ってくれまし
た。
 「ちっちゃい乳首だけど、黒いな」
 とても中学一年の少年がする愛撫とは思えないほど、健一君は巧みでした。
 「でも俺、デカパイより、おばさんのがいい」
 もし両手が自由だったら、健一君を優しく抱きしめてあげたかもしれません。
 「おばさんのオッパイ、好きだぞ」
 健一君の腰が私の太腿に触れて、それで分かるのですが、彼は勃起していませんで
した。
 そのことからも、そして変わらずに穏やかな表情からも、健一君には積極的な性欲
がないことを感じました。
 きっと、主導権は母親の和代さんが持っていて、健一君は求められるままに行為を
繰り返してきたのでしょう。
 首すじから再び下がって、体の中心に移ってきた健一君は、しばらく眠りにつくよ
うに、私の陰毛に顔を埋めていました。
 私は、濡れていました。
 疼くような性の塊が、私の中に生まれたのは事実でした。
 でも、これ以上は許されないことです。
 「健一君、もうやめようね、私、満ち足りた気分よ」
 「ここ、まだなんにもしてねえぞ、もうやめてもいいのか」
 「ええ、もういいのよ」
 私の太腿を開こうとしていた健一君は、あっさり手を離してくれました。
 ――健一君、あなたは優しい子だわ
 彼はゆっくりと私から離れていきました。
 でも、起き上がろうとして中腰になった健一君が、「わあ、立ってきた、俺、立っ
てきた」と、
 急にパジャマのズボンを手で押さえました。
 「こんなの初めてだ、いっつも、母ちゃんが舐めるまで、立たねえのに、わあ、
立ってきた」
 そのまま這うようにダンボール箱に近付き、中から鎖のついた革製品をつかみ出し
ました。
 それは足かせでした。
 「おばさん」
 「何するの、健一君」
 「おばさん、俺、やりたくなった、すっげえやりたくなった、こんなの初めてだ」
 ――健一君、あなたは、そんな子ではないはずよ
 体をひねって逃れようとする私の片方の足首に、鎖のついた足かせがはめられまし
た。
 ――どうして、信じてたのに
 健一君はその鎖を壁に向かって引きつけると、上の位置にあるフックにかけまし
た。
 私は、両足が開いてしまうのを防ごうと、上向きに伸びきった足へ、もう一方の足
をくの字に曲げて膝をすり合わせました。
 「健一君、やめなさいっ」
 「ここの部屋じゃ、いっつも、こうするんだ」
 もう一方の足首もつかまれて足かせをはめられると、もう私には抗う術がありませ
んでした。
 「いやっ、こんなのいやーっ」
 その鎖も、高い所に打ち込まれたフックにかけられ、私は上向きに大きく足を開い
た姿を、健一君の前にさらしました。
 生まれて初めて、屈辱的な姿にされました。
 ――こんな、ひどすぎるわ
 女性の人格を打砕く、惨めな姿でした。
 ズボンとブリーフを一緒に脱いだ健一君のペニスが、勃起していました。
 小柄な少年とは思えない、異常な大きさでした。
 「母ちゃん、俺のこと、奇形児って言うんだ」
 私は顔をそらして、目を閉じました。
 「小五のとき、プールの後で、デカチンっていじめられて、でも、母ちゃん、それ
は自慢だよって言ってくれて、それからなんだ」
 健一君が近寄ってくる気配がしました。
 「なあ、おばさんも、俺のこと、デカチンって思うか」
 「鎖を外して、すぐに外しなさいっ」
 私は顔をそむけて言いました。
 でも健一君は、私の股間に迫ってきました。
 「おばさん、濡れてっぞ、それに母ちゃんより、ビラビラしてる」
 ほころびかけている陰唇がひらかれました。
 「さわらないでっ」
 「ビラビラ黒いけど、中は綺麗だぞ、だけどおばさんのここ、ちっちぇえなあ、母
ちゃんと全然違うぞ」
 「健一君、馬鹿なことはやめて、すぐに鎖を外しなさい」
 「俺、立ったんだ、おばさんと、やりたいんだ」
 健一君がのしかかってきて、彼のペニスが膣に触れたとき、夫の優しい顔が浮かび
ました。
 「やめなさい健一君っ」
 「やりたいんだ、おばさん」
 「いやーっ」
 「おばさんっ」
 膣口に強い圧力を感じ、その衝撃で私はのけぞりました。
 「うっっ」
 「おばさんっ」
 「うっ、 、なんて、ことを、 、」
 ゆっくり増していく強い圧力が、まぎれもなく健一君のペニスが挿入されたことを
教えていました。
 ――ひどい、どうして
 膣口を無理やり広ろげられる痛みは、そのまま心の哀しみへと続いていきました。
 夫しか知らない私は、初めて違う男性を受け入れてしまった哀しみに、涙を流しま
した。
 絶対に許されないはずの性交が、始まりました。
 健一君は、近親相姦の事実を裏付ける巧みで、力強い腰使いで私に挑んできまし
た。
 野太いペニスが深く膣内をえぐり、出し入れが繰り返されました。
 「もう、やめて」
 「おばさん、すげえ、母ちゃんと全然違う」
 「お願い、やめて」
 「けど、おばさん濡れてっぞ」
 こんな時にも健一君の目は、綺麗に澄んでいました。
 醜い欲望にとらわれた男の目ではなく、純真な少年そのものでした。
 その目を見ると、こんな形でレイプする健一君を憎もうとしても、憎みきれません
でした。
 「最初は浅くって母ちゃん、言ってたから、もう深くしても、いいな」
 ――えっ、これが、浅い 
 健一君がさらに腰を沈めてきた時、それまでの凄まじいペニスの勢いも、健一君に
とっては、ほんの前戯だったことを思い知らされました。
 「うっっ」
 「わあ、きついぞ、おばさん」
 深々と打ちこまれた健一君のぺニスは、わたしが夫とのセックスでは経験したこと
のない奥深い所をこすり、突きました。
 ――恐い、深すぎる
 健一君は決して慌てず、ゆっくりと様々に角度を変えて、突いてきました。
 夫との交わりでは既に終っている時間以上に健一君は持続し、しかも果てる気配は
まったくありませんでした。
 「やりたい」と言っていた言葉とは違って、健一君は自分のためというより、
 相手を悦ばすことが義務のように自らを制御していました。
 とても少年の行為とは思えませんでした。
 繰り返される巧みな性技に、私の呼吸は乱されていきました。
 「健一君やめて、もうやめなさい」
 「おばさん、すっげえ濡れてきた」
 私は戸惑い、怖れました。
 健一君の言うとおり、私は感じ始めていました。
 私の耳にも、擬音を記すのが恥ずかしくなるほど、粘り気のある淫らな音が聞こえ
ていました。
 中学一年の少年の前で痴態をさらすのは、四十二歳の女にとって、あまりにも惨め
なことです。
 健一君の前で恥をさらしたくない、と必死に耐えても、自分ではどうにもならない
ほど追い詰められていきました。
 「おばさん、静かだな、母ちゃんだったら、もう二回は、いってるぞ」
 「健一君、お願い、笑わないで」
 「なんだ、俺、笑ってねえぞ」
 夫とは遥かに違う力強さで腰を使いながらも、健一君には余裕がありました。
 私はもう耐え切れませんでした。
 「でも、笑わないで」
 「なに言ってんだよ、わけわかんねえぞ」
 余裕を見せる少年の前で、私は乱れていきました。
 「おばさん、気持ちいいのか」
 「、 、あっ、」
 「なんだ、おばさん、気持ちいいのか」
 「あっ、 ああっ、」
 「もっと、良くしてやるぞ」
 健一君はさらに動きを巧みに、速くしました。
 「ああっ、いやっ、」
 「おばさん、可愛い声だすんだな、可愛いぞ、おばさん」
 淫らに悶える私と、余裕のある健一君、大人の女と少年という関係が、逆転してい
ました。
 「わたし、はっ、恥ずかしいっ」
 「おばさん、いいのか」
 「いやっ、あっ、ああっっ」
 私が一度、達しても、健一君は果てませんでした。
 健一君が私のお腹の上に射精してくれたのは、それからずいぶん時間が経ってから
でした。
 彼は優しく、私の足かせを外してくれました。  

  服を着て、そのままになっていたお昼の後片付けを始めた頃には、もう四時を過
ぎていました。
 台所で洗い物をする私の側に、健一君が来ました。
 「おばさん、明日も来るのか」
 「あなたのお父さん、今日は遅いの」
 「父ちゃん、夜中まで帰らないぞ」
 「そう、お父さんには電話しておくから、明日、病院に行きましょうね」
 「なんでだ、俺、どこも痛くねえぞ」
 健一君には、やはり専門の医師による診断と治療が必要だと思われました。
 長い間の、異常な行為を伴なう近親相姦で、彼はきっと、心の奥深くが傷ついてい
るに違いありません。
 素直で、純真な心をもつが故に、求められるまま、母親の和代さんとの異常な関係
を続けてきたのでしょう。
 そういう意味では、和代さんは悪い母親です。
 カウンセリングの過程で、私とのことも明らかになるかも知れませんが、それでも
いいと思いました。
 「お医者さんにね、あなたの思っていること、話すだけでいいのよ」
 「なんだそれ」
 「明日、朝の九時に、起きて待ってなさい」
 不思議そうな顔をする健一君を側にして、私は洗い物を続けました。
 「健一君、お父さんが遅いとき、晩ご飯はどうしてるの」
 「工場の食堂、内緒で食わせてもらってる」
 「そうなの」

  帰宅してから、健一君のパジャマを洗濯してあげるのを忘れていたことに気付き
ました。
 同時に、彼との激しい行為と、初めて知った深い悦びの記憶が思い出され、私は顔
を赤らめました。
 ――恥ずかしい
 確かにあの時、体を拘束されて、屈辱的な姿でレイプされたことに間違いありませ
ん。
 でも、穏やかな表情から、私を求める純真な表情に変えた健一君に、そしてまた、
自分のことより私を悦ばせるのが義務のように
 自らを制御していた健一君に、切ないほどの愛しさを覚えました。
 屈辱的な姿にされたことも、少年の純真な悪戯に思えて、私はすべてを許してあげ
たのです。
 子供たちや、夫を前にしても、なぜか罪悪感はありませんでした。
 素直で、優しい健一君でしたが、やはり、彼には専門医の診断と治療が必要です。
 会社にお電話した際の、岸田さんお答えは、
 「わし、そんなことよう知らんで、勝手にしたらええ、まったく、あんたもうるさ
い女や」
 慎重に言葉を選んで、表現が大袈裟にならないように気遣いましたが、岸田さんは
私の話をよく聞いてくださいませんでした。
 岸田さんは、健一君のことに、まるで無関心のようでした。
 ――可哀想な健一君
 その夜、久しぶりに、夫から求められました。
 ひょっとしたら、私の表情がいつになく色めいていたのかも知れません。
 この時ばかりは、夫に申し訳ない気持ちになりました。
 たとえ相手が少年とはいえ、別の男性を肉体的に、そして精神的にも受け入れてし
まった自分のことを詫びました。
 私は体調を理由に、夫を拒みました。
 健一君の余韻が残ってる体で、夫と交わるのが怖かったのです。
 もし交われば、健一君とはかけ離れた夫の肉体的な弱さを、実感することになるで
しょう。
 そのことで、夫を軽んじてしまう自分が怖かったのです。 

  金曜日、健一君はすでに起きていました。
 私が玄関の引き戸を開けると、廊下を走ってやって来ました。
 「俺、きちがいか、父ちゃん言ってた、俺、きちがいか」
 私はこの時、岸田さんに憎しみすら覚えました。
 あれほど言葉を選んだのに、岸田さんは一体どんな酷いことを健一君に言ったので
しょうか。
 「俺、きちがいか、おばさんも、そう思うか」
 「何言ってるのっ、健一君、あなたは優しい子よ」
 薄っすら目に涙を溜めている健一君を、抱きしめてあげました。
 「ごめんなさいね、パジャマ」
 「あっ、洗濯か」
 「今日は、洗ってあげるわ」
 病院には予約を入れておいたのですが、今日、健一君を連れて行くのはやめようと
思いました。
 気持ちが落ち着くまで、様子をみたほうが良さそうです。
 「健一君、朝ご飯、食べたの」
 「まだ食ってない」
 「何か作ってあげましょうね」
 昨日、お仕事で遅く帰られたはずの岸田さんが、まだいらっしゃると思っていまし
たが、「競輪」と健一君が呟きました。
 もしいらっしゃれば健一君のことについて、一言でも、抗議をせずにはいられませ
んでした。 

  台所で、冷蔵庫にあったハムを刻んでいる私の側に、健一君がやって来ました。
 玄関で抱きしめてあげたとき気付いたのですが、髪からシャンプーの匂いがしてい
ました。
 「お風呂、入ったのね」
 「銭湯行った、それ、なに作ってんだ」
 「オムレツだけど、ハム入れないほうがいいの、 、そうだわ健一君、早く着替え
なさい、パジャマ洗ってあげるから」
 「あの、そうじゃなくて、俺、立ってきた、今日のおばさん、綺麗だから、立って
きた」
 「そんな、健一君、 、」
 病気と言えば、やはり健一君に失礼でしょうが、でも、彼の心の病が木曜日だけに
現れると思っていた私は、
 その言葉に驚きました。
 今日は人目の多い病院に行くつもりでしたので、普段着ではなく、きちんとした
スーツを着ていました。
 それにお化粧も少し時間をかけましたので、健一君にはいつもと違って見えたのか
も知れません。
 そのつもりは全くなかった私も、パジャマのズボンとブリーフを脱いだ健一君の下
半身を見たとき、気持ちが揺れました。
 ――私は、あの健一君のもので
 昨日の深い悦びの記憶が、背中をつき抜けました。
 「母ちゃんも、ここでするの、好きだったぞ」
 「えっ、台所で」
 「ここの時は最初、母ちゃん、じゃなくて、おばさんが俺を、舐めるんだ」
 健一君は仁王立ちするように、私に向かって腰を前に出しました。
 もし、他の男性から、それがたとえ夫からであっても、そのような態度で要求され
たら、「馬鹿にしないで」と、
 相手の男性に平手打ちをしたかも知れません。
 でも、健一君の穏やかな顔を見ていると、何もかも、すべて許してあげたくなりま
した。
 「どうしても、私に、させたいの」
 「うん」
 並んで立つと、私の肩ほどもない身長の健一君でした。
 その彼の足元に、私はひざまずきました。
 勃起しているペニスに指をからめて、舌を這わせると、そのペニスはさらに充血
し、硬度を増しました。
 ――健一君
 両手で口許を隠しながら、彼のペニスを口に含むと、改めてその大きさを思い知り
ました。
 私はゆっくり、前と後ろに頭を揺らせました。
 口の中を満たしている大きさで、舌を使って愛撫してあげたくても、苦しくてでき
ませんでした。
 「おばさん、下手だな」
 ――ひどいわ、健一君、こんなに一生懸命してるのに
 健一君が、揶揄や悪意ではなく、素直な思いを言葉にしたのが分かるだけに、彼を
悦ばせてあげられない自分が哀しくて、口惜しかった。
 「おばさん、もういいぞ」
 私は台所のシンクに向かって、モスグリーンのスーツを着たまま立たされました。
 後ろからセミタイトのスカートをまくられて、ストッキングとショーツを一緒に膝
まで下ろされたとき、
 恥ずかしさで顔が熱くなりました。
 健一君に言われて、両足をひらき、そしてお尻を後ろにつき出すようにした時、
「恥ずかしい」と呟いて、顔を伏せました。
 「おばさん、濡れてる」
 「それは、 、」
 「俺、なんにも、してないぞ」
 「でも」
 「入れるぞ、おばさん」
 後ろから、私の中に入ってくる健一君は、逞しくて、優しかった。
 「あっ、ああっ」
 「おばさん」
 目の前にある窓のすりガラスが、眩しいほどでした。
 朝のこんな時間に、服を着たまま台所という日常的な場所で、中学一年の少年と
セックスしてい自分が嘘のようでした。
 それに、自分で恥ずかしくなるほど、性的な快楽を貪欲に求めていました。
 ただ、少し不安があって、彼なら余裕を持って膣の外に射精してくれるでしょう
が、この姿勢でどうするのか気になりました。
 私も女ですから、スーツのスカートに精液が飛び散ることを、ちょっと心配しまし
た。
 自分を失わないうちに、息を乱しながら彼に尋ねました。
 「、 、あの、射精は、どう、するの、 、」
 「台所じゃ、いっつも、出さねえぞ」
 「そう、 、」
 すべてを忘れて、私は行為に没頭していきました。
 シンクのふちを両手でしっかりつかんで、彼の動きに合わせながら、自ら腰を使い
ました。
 心も体も、彼と一緒になりました。
 「あっ、あっ」
 「おばさん、俺っ」
 「ああっ」
 「俺っ」
 「あっ、ああっっ」
 私が慎みも忘れて悶え、快楽にのけぞった時、膣内にしぶきを浴びました。
 「健一君っ、いやーっ」
 「俺っ、おばさんっ」
 両腕を私のお腹に巻きつけて、必死にしがみついてくる健一君から、逃れることは
できませんでした。
 ――どうして、射精しないって言ったのに
 深い悦びの余韻も消し飛んでしまうほど、私は怯えました。
 ――妊娠するかも知れない
 私の年齢や、生理の周期から考えれば、その可能性は低いはずなのですが、
 なぜか私には、受精が確実なように思えました。
 力を抜いた健一君が、ゆっくり私から離れると、
 急に声を上げました。
 「ごめんなさい、ごめんなさい」
 いつも素朴な言葉使いの健一君とは別人のように、そして声の響きも幼い子供のよ
うに、
 何度も謝りながら、泣きはじめました。
 「、ごめんなさい、 、ごめんなさい、 」
 ――健一君
 私は亡くなった和代さんを、憎みました。
 きっと和代さんは膣内へ射精することを固く禁じ、それに失敗してしまったときの
健一君を、
 激しく叱責したのに違いありません。
 何か恐ろしいもの対して、怯えて泣いているように見える彼の姿に、その叱責の苛
烈さが表れていました。
 ――健一君、辛かったでしょう
 昨日私に挑んできた時も、私が口を使って愛撫してあげた時も、あれほど余裕の
あった健一君が、
 私に射精しました。
 しかも、震えて泣いてしまうほどの心の傷がありながら、それでも私のような女に
夢中になってくれて、彼は射精しました。
 そんな健一君を愛しく思えてなりませんでした。
 床に両手をついて泣きじゃくる健一君を、私はしっかり抱きしめました。
 「いいのよ、気にしなくてもいいのよ」
 なおも健一君は、私の腕の中で何度も謝り、泣き続けました。
 「健一君、私のこと、好きになってくれたの」
 私が尋ねると、彼は謝るのをやめて、何度も頷いてくれました。
 「好きな私に、我慢できなかったのね」
 「そうだ」
 「だったら、気にしなくていいのよ」
 「ほんとか」
 「あなたの部屋に、連れて行って」
 健一君の部屋の中で、私は着ているものすべてを脱ぎました。
 彼の部屋の汚れも、長く日に当たっていない布団の匂いも、気になりませんでし
た。
 私は、彼のされるままに、体をひらきました。
 彼が望めば、何でもしました。
 私の人生で、もっとも濃厚な時間でした。 

 私の哀しみは、いつから始まったのでしょう。
 あの事故の時から、 
 それとも、健一君と心も体も結びついた時からなのでしょうか。
 彼の心の苦しみを知った翌日、あの家にもう健一君はいませんでした。
 その日の朝、岸田さんに連れられて、よその土地に行ったそうです。
 ご近所の方にお聞きしたとき、人前もはばからずに、泣きました。 

 居所はわかっていましたし、彼の心の病が心配で、そして彼に会いたくて訪ねて
行きました。
 でも、その土地で健一君が学校に行く姿を目にした時、私は彼に声をかけることが
できませんでした。
 まっすぐ前を見て歩いていく健一君は、とても大人びて見えました。
 強い男性に見えました。
 何も言わずに去り、連絡もくれない健一君は、少年の彼なりに色々なことを考えて
いるのでしょう。
 私も考えました。
 逃れられない現実、
 それは、成長していく彼の何倍もの速さで、私が老いていくという現実です。
 綺麗だと言ってくれた私の体が老いていく様を、彼にさらすのは耐え切れないこと
でした。
 もう二度と、彼に会うことはないでしょう。
 その数週間後、私は中絶の手術を受けました。


( 完 )

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。