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小説(転載) 佐和子(未完)

近親相姦小説
10 /08 2016
続きを読みたいが掲載サイトは消滅。

「・・帰ってこなかった。仕事かしら?」
首をかしげる。きちんと整頓されている部屋で今日も待っている。夕食は、冷えきってしまった。又温めなくてはならない・・・。
ふーっ、と深いため息が自然とでた。
時計は、既に、12時を示している。昨日は、この時間には戻ってきていた。だから待っていたけれど・・・。
「もう食べてしまおうかしら。でも・・・もし、敏夫さんが帰ってきたら申し訳ないもの・・。」
結婚してからずっとこうだ。見合いをして2回ぐらいで結婚して、忙しいという理由で新婚旅行もまだだけれど・・。次の連休にはいこうと言ってくれた。プロポーズをしてくれたのも敏夫さんで・・。でも、帰ってこなかった。
ご飯は、いつも6時にはできる。最初の時に、できるだけ早く帰って来るからと言って・・その次の日には、朝帰りだった。
「・・ただいま。」
帰ってきた。
「おかえりなさい。」
急いで立ち上がって、玄関に迎えにいく。
「・・・なんだ、起きてたのか・・寝ていいっていったのに。」
「でも・・・、あの・・ご飯にする?おふろにする?」
「どっちもいいよ。もう食べてきた。朝にでも、風呂は入るから。・・まさか待ってたのか?」
驚いたような顔・・いけなかったかしら。やっぱり、明日からは早く食べてしまおう。
「いいえ。もう食べてしまったわ。でも、敏夫さんが帰ってくるまでと思って。じゃ、寝るのね。鞄を・・。」
「ん・・。」
軽い鞄。いつも驚くほどに・・・。
「おまえも寝ろよ。明日は、6時には起こしてくれ。早朝出勤なんだ。」
「・・はい。」
歩きながら、横目で台所を見る。きちんと用意された二人分の食事・・。
「なんだ・・。食べてないんだな。」
こちらをちらとも見ずに言う。
「ええ。」
消え入りそうに小さい声。恥ずかしい・・。
敏夫さんは、もう何も言わなかった。黙って、自分の寝室にはいると服を脱いでねまきに着替えると、すぐに寝てしまった。
「おやすみなさい。」
壁の横に付いた電気のスイッチを押し、その部屋をゆっくりと出た。
返答はなかった。

ミャーオ。
猫の鳴き声・・?
声をしたほうを見た。
・・黒い・・・闇のような猫が、ごみ捨て場の囲いに寝そべって長い尻尾を垂らしていた。
「あら、いやだ。何処の猫かしら・・。朝に、黒猫を見るなんて不吉よね。そう思わない?小野さん。」
「ええ・・・そうね。」
でも・・綺麗なのに。黒い瞳・・きらきらと光って夜の闇のよう・・・。
「きゃっ。」
突然、黒猫が飛びかかってきた。言葉が分かったかのように・・。
しゅっ、と真紅の血の筋が手の甲に走った。
ぽたりと滴のように筋から血が地面に向かって落ちる。
「・・・大丈夫?小野さん。」
しっ、しっ。
松本さんは、手で猫を追った。
猫は、何故か心配そうにこちらを見ていたが、やがて身を道路の方に踊らせると、消えて行った。

「でも・・小野さんって、綺麗よねえ。痩せてるし・・羨ましいな、私。」
「そう?あまり、物を食べないからかしら?」
「食べないの?でもね、お昼とかお腹すいてくるのよねえ。ついついお菓子とかに手が行ってしまうのよ。暇だから・・・。」
いいなあ、と佐々木さんはこちらを見た。
少し無遠慮な人だ。でも、近所付き合いだから・・・。
「あ、そういえば・・ほら、お向いの中田さん。今度、離婚するんですって。私は、絶対あのふたりって離婚するっておもってたの。夫婦仲がとても悪かったのよ。夜中でも、怒鳴り声はしたし。物投げる音までしたもの。」
「そうなの。」
気の無い返事。視線は、軽く宙をさまよってしまう。
あ!
「ねえ、佐々木さん。ちょっと聞きたいのだけど・・貴方の夫・・帰って来るのはいつごろなの?」
佐々木さんは気恥ずかしそうにしながらも答えてくれた。
「・・なに?帰るの?・・いつもは7時ぐらいかな。二人で、ご飯食べて、はやいうちに子供をつくろうっていってるのよ。だから夜の方は大変・・。子供はね、二人ぐらいにしようと思っているの。なんていったって、最近の子は一人っ子で寂しいでしょ。かくいう、私も夫もそうなの。お互い一人っ子で寂しかったことだけ覚えてるから。でも、なかなか出来なくて・・・。もしかすると、二人とも出来にくい体質なのかも・・・。でも、どうしたの?」
「あの・・・。ううん。聞いてみたかっただけ。」
聞かない方がいい。でも、佐々木さんの夫も敏夫さんと同じ会社に勤めてるはずなのに・・。なんで、あんなに残業が多いのかしら。あれでは、敏夫さんがまいってしまう・・。
「ねえ、貴方のとこはどうなの?お盛んでしょうねえ、夜の方も・・。新婚だし。」
「ええ、そうね。」
思わず言葉を濁してしまう。
まだ新婚の初夜も何もやったことがなかった。今考えれば敏夫さんはプロポーズの言葉もなかった気がする。・・・ただ、結婚しただけの二人にすぎない。
敏夫さんは帰ってきて寝る。只それだけだった。やっぱり変なのだろうか。
返事を渋っていると、佐々木さんはなにか感じるところがあったらしかった。女特有のかんが働いたのかもしれない。
「どうしたの?」
「・・ねえ、小野さん。お隣の片山さんでも誘って今度ショッピングにいきましょうよ。たまには、息抜きでも。・・ね」
「そうね」
内心、大きな安堵のため息を付いていた。

「もう結婚してるなんて・・」
マンションの前にたたずむのは年の若い少年と青年の丁度境のような男だった。黒系統のシンプルな服を着て、腕には猫を抱いていた。
冬のさなかで、黒っぽい服装をしている人は多かったが、それでも、男は目だっていた。際だつ美貌がそうさせるのか・・それとも、腕の中の黒猫がそうさせるのか・・。
するり、と黒猫が男の腕から抜け出した。
柔軟な肉食獣の動き。
「鏡・・・?どうしたんだ・・」
マンションの10階の玄関の影から、ある姿を認めた。
「・・確かここは、動物可だったな。・・なかなか・・」
くすりと口元で笑みを浮かべた男は、黒猫が戻ってこないのにゆっくりときびすをかえすと元来た路を戻っていった。
振り返ることはなかった。


「あら?」
佐々木さんが、驚いたように声を上げた。
どうしたのかしら?視線が、背後に注がれていた。
後ろを向くと、そこには朝見た黒猫が塀に寝そべって、朝と同じように尻尾をこちら側に垂らしてじっと見ていた。知的な輝きが、猫の瞳の中にみた気がした。
「黒猫だなんて・・。何処かでこんな猫かってた?管理人さんにいって放り出して貰いましょう。いくら、動物が可でもこんなのを飼う人もいないでしょう。ねえ」
「・・ええ、でも綺麗ね・・。あの毛並みビロードみたい」
「もしかして、あれ小野さんの猫なの?」
「いいえ。でも、無闇に外に出すことはないとおもうわ。外は寒いのだもの。たぶん、ここなら少しは温いのでしょうね」
「そう?」
いぶかしげな佐々木さんは嫌悪するように猫を見ている。
もしかしたら彼女は猫が嫌いなのかも知れない。黒い猫、といっても最近は珍しくもない。
「もしかすると、飼い主が探しているかもしれないわ。ほら、首輪もある」
猫の首に輝くのは銀の輝き。
「ほんとだ。・・でも、どうするの?こんな所に、猫がいたら不気味だわ・・」
「私の部屋に連れていっておくわ。管理人さんにでもいっておきましょう。どうせ、一人では寂しいのだし・・」
本音がつい、ぽろりと口をついて出た。
はっとして佐々木さんを見たが気が付いていないようだった。
「そう?」
「ええ、ほら、おいで猫ちゃん」
手を、猫の方へ差し伸べた。朝のように、又ひっかかれてしまうかもしれないという漠然とした考えが頭の中で浮かんでは沈み、浮かんでは沈みを繰り返していた。
ミャオーウ。
可愛らしい声で、黒猫は一声なくと音もなく腕の中に入った。
「あら、なれてるのね。ちょっと、さわらさせて・・」
いたっ。
差し伸べようとした指に猫が軽く爪を閃かせた。
「いたっ!・・・いやあね。だから猫なんてきらいなのよ。気紛れで」
傷ついた指を胸に、さっさと佐々木さんはマンションの中に入っていった。
「駄目でしょ。あんな事をしては・・」
馬の耳に念仏ならぬ、猫の耳に念仏だとは分かっていてもつい怒ってしまう。
ミャウっ。
わかったとでもいうのか、短く一声なくと首をすぼめて丸くなって猫は眠りについていった。
「しょうがないわね」
肩をすくめると、猫を起こさないようにして、自分の部屋に帰っていった。

「・・なんだ。猫を飼い始めたのか?」
敏夫さんは、やはり夜遅く帰ってきて、そう呟いた。
別に、黒猫をちらとみただけで何も言わなかった。
反対も賛成も・・・。
「ええ・・一応、預かっていると言うか・・いい?」
「いいよ」
「そう。ありがとう」
ソファーに優雅に寝そべっていた猫を抱き抱えるといつものように自分の寝室にいこうとした。
「・・佐和子」
どす黒い予感が、胸を駆け抜けていった。
後ろに、敏夫さんのいる気配がした。
「なに?」
「・・いや・・・、その猫の名前、なんて言うんだ?」
「鏡・・というの」
「かがみ?どういう根拠でつけたんだ?」
「首輪に名前が彫ってあったのよ。細い銀で編まれた鎖が首輪になっていて・・・プレートが付いていたの」
「もしかすると、金持ちの猫かも知れないぞ。・・なあ、こちらに座らないか?」
好色そうな顔が優しさと言う仮面を付けた敏夫さんの上に見えかくれしていた。「・・・どうしたの?」
不思議だった。心無しか、今日の敏夫さんは何処か苛立っているようだった。
「いいからこいよ!」
怒鳴られた。
素直にいくべきか否か・・。結局、いこうとした。でも、足が動かなかった。
「どうかしたのか?佐和子」
猫撫で声でささやく。
怒鳴ったり、宥めたり・・・。
「もういい」
しびれをきらした敏夫さんは、さっさと布団に潜り込むと寝てしまった。
「ごめんなさい・・・。おやすみなさい。」
気が付かなかった。敏夫さんが、布団の中でこちらの様子を伺っていたことに。
そう言うのが精一杯で、、電気を消すと駆けるようにして別の部屋に飛び込んだ。
ぼすんと、布団が搖れた。
「なんで、私は動けなかったのかしら・・」
理由は分かっていた、分かっていたからこそ、動けなかったのだ。
鏡はしばらく布団の上でじっとしていたが、着替えて横になるとちゃっかりと潜り込んで来た。
「・きゃっ、鏡・・・。くすぐったい。慣れてるのね。誰かと一緒に寝るの・・。気持ちいい、おまえの毛皮。・・ひっかかないでね」
取り留めもなく囁きかけた。
ぱちん、と手元の明りを消すと部屋は真っ暗になった。
ブラインドから半月の月の明りが差し込んできた。雲が切れた所からの一時の光だった。
月明りに照らされて、部屋の中がぼんやりと浮かんでいるように見えた。鏡も見えた。
じいっとこちらに視線を傾けていた。
闇色の目が、こちらの目を捕らえて離さなかった。
観察されているよないないようななんだか変な気分だった。
「おやすみなさい。鏡」
ゆっくりと眠りに付こうとしていた時だった。
カチャリとドアノブを回す音がした。
・・・誰?・・・・敏夫さん・・・。
ふっと顔をあげると、風に揺られるようにドアが動いていた。
「あら、きちんと締めて無かったのね」
立ち上がって、ドアに近づいて閉めようとした。
ぬっと、手が横からのびてきて私の腕を掴んだ。
顔を向けると、亡霊のように敏夫さんが立っていた。
そして、表情の無い顔で、抱き寄せると驚愕しておののいている唇に自分のを強く重ねた。
「んっ!」
息が出来なかった。余りにも、強かったからかもしれない。いい知れない嫌悪がぞわぞわと背中を這いあがってくる。
「んんんんっ!」
自由な方の手で、おもいっきり胸を叩いた。
びくともしない。
さめた眼でみていた敏夫さんは、突然ぱっと手で突き飛ばした。
「きゃっ!」
驚いて、尻もちをついた。
「おまえ・・・・と、結婚するんじゃなかった」
低く呻くように呟くと、再び何事もなかったように自分の部屋に帰っていた。
尻餅を付いたままいるのを冷たく見おろしてから。
手の甲でおもいっきり唇を拭きゆっくりと立ち上がった。
自分でも、痛いほどで、なぜそういう行動をとったのか理解できなかった。
結婚したのに。
そう頭では理解しながらも、心の何処かで拒否していた。
部屋の中にはいると、ベットの上で、鋭い視線を鏡が送ってきていた。自分の行動を責めているような気もしたし、他の理由のような気もした。
沈黙してすっと布団の中に身体を擦り込ませた。
先ほどの、敏夫さんのキスがまだ口元でくすぶっている気がしていた。
そう思っていると、突然、鏡が布団の中に潜り込んで来て、唇をぺろりと嘗めた。そして、中に入ってもぞもぞと胸の辺りにすり寄せてきた。こそばゆかったが、腕を回して鏡を抱くと眠りに付いた。
微かな安堵と共に・・・。

「聞いたわよ。小野さん。昨日の猫を飼い始めたんですってね。気持ち悪くない?御主人いやがらないの?」
早速、早々と情報を嗅ぎ付けた松本さんが話しかけてきた。
「ええ、別に構わないみたい」
「名前は?」
「鏡っていうのよ」
といって、名前のいきさつについて敏夫さんにしたのと同じ様なことをいった。
「そうなの・・ふうん。あのね、そういえば、昨日、他のマンションの人が貴方の家の猫みたいなのを抱えた人にあったんですって・・。男だったらしいわ。どう思う?」
きらりと、松本さんは目を光らせた。
「どう思うって?」
「だからね、その人が飼い主ではないかって・・」
「そうかもしれないわね。・・・あら、噂をすれば影。ほら、おいで鏡」
松本さんの後ろに、黒猫の影を認めた。覚えのある姿だった。
ミャーオゥ
跳ぶと、伸ばした腕の中に入った。もちろん爪は引っ込めたままだ。
「驚いた。すごくなれてるのね。でも・・・・」
「でも?」
「ううん・・。何でも・・。あ、管理人さんよ。誰か連れてる。すっごく美形な男の人・・ああいうのって、グラビア誌にでもでてきそうね・・・ね、あの人って何となく小野さんに似てない?」
あまりジロジロと見るのは失礼だと思ったが、そう言われては見ないわけには行かない。
道を折れてとおりずぎるとおもった二人の内、管理人さんと目が合い、松本さんと私は軽く頭を下げた。予想に反してまっすぐに、管理人さんと男はこちらにきた。
「おはよう。やっといた。小野さん。・・・」
はげ上がった頭を照れくさそうに撫で付けながら管理人さんが声を上げた。
「おはようございます。どうか?」
鏡は男にちらりと目を向けたが動かなかった。
「いや・・その黒猫の事なんだが・・こちらの方が自分の猫だと言って・・」
「まあ、鏡の?」
「そうらしいんです。・・・じゃ、じんぼさん。私はこれで・・」
「ありがとうございました」
良くみれば、男は少年のようでありまた成人した者のようでもあった。微妙な差が、よく調和していた。でも、まだ、少年に近かった。それでいて、身を覆う美は超越したものがある。
思わず、ほうっとため息を付いた。
「・・あの。小野さん。またね」
後ろの方で照れるような何とも言えない声がして、振り返ると松本さんはもう去っていた。
困ったような、何とも言えない感情が朝のごみ捨て場に漂っていた。
意を決して、顔を上げた。周囲の視線も気になる。
「・・あの、じんぼさん・・でしたね。こんな所で立ち話もなんですから・・私の部屋におよりになってください」
「・・だが・・」
予想していたよりも低い声だった。
「気にしないでもいいんです。今、主人はおりませんし・・」
いった後に、これではなんだか彼を誘ってるみたいだと思った。
じんぼさんは、少し微笑んで応えた。他意はないようだった。
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
唇から漏れた緊張気味の若々しい返答に嬉しくなった。
くすくすと笑いが漏れた。
「どうかなさったんですか?」
「いいんですよ。楽にどうぞ。鏡は、元々、前の飼い主がさがしにきたら返して上げようと思ってたんです。だからね、お茶でも飲む位に考えて下さい。私の少しの間の話相手だとでも」
「はい・・」
すぐに歩き始めた。エレベーターを使うことにした。幸い、誰もおらず無人だった。
ボタンを⑩にするとすぐに動き始めた。
「ああ、そういえば・・。じんぼなんて言うんですか?」
「つくもです。つくもで結構です」
「へえ、変わった名前。高校生なんですか?」
自然な疑問が口をついてでた。
「いいえ。こう見えても結構年をとってまして」
「私より年下でしょう?・・着いたわ。はいどうぞ」
かちゃりとドアのぶを回してつくもを部屋にいれた。目の端に、自分達を興味深そうに見ている佐々木さんや中田さんが映った。
「おじゃまします」
礼儀正しい態度できちんと靴を脱ぐとそこに立った。
「あら、ごめんなさい。はい、スリッパ。どうぞ、こちらよ」
腕の中の鏡は相変わらずじっとしている。
マンションの構造は普通の部屋と変わらない。敢えて言うなら、欲しいものが何もないので必要最低限の物しかおいてないことは少し他人にとって驚く事かも知れない。敏夫さんも、本も読まなければTVも見ないので買って一ヶ月ぐらいのTVはどのチャンネルがどのようなのかさえあまり知らない。
「どうぞ座って頂戴。飲物を何かもって来るわ。貴方は、何がお好き?コーヒー?紅茶?オレンジジュースも一応在るけど」
「あの・・ミルクをいただけますか?冷たいのを」
「猫舌なの?」
ミャアと、腕の中ですねるように鏡が鳴いた。
「わすれてたわ。ごめんね。ミルクいる?」
みゃあ、と了解して胸に擦りよった。
「あらっ、いやあね。鏡、くすぐったいじゃない。駄目よ。くすぐったいって。ほら、降りて待っててね」
鏡はふと上を向くとちろりと真っ赤な舌を出して頬をなめた。ざらりとした感触がした。そして、とん、と軽く床に飛び降りると悠々とつくもの方へ歩いていった。
佐和子が台所へいったのを見届けると、鏡はつくもの側に飛び上がって寝そべった。
「鏡・・やりすぎだ・・あんなに・・・・ちがう。それよりも、彼女はどうだ?夫の方は・・」
鏡は闇色の眼をつくもに向けただけで何も言わなかった。
「まあいいか。様子を見よう。なんといっても、花嫁なのだから」
「花嫁がどうしたの?」
はっとしたようにつくもが顔を上げた。
「あら、驚いたの?はいどうぞ、ミルク。鏡も」
テーブルの上にコップを置いた。近くに、ミルクを注いだ皿を置く。
「ありがとうございます。いただきます」
「これもどうぞ。昨日作ったのだけど・・敏夫さんは甘いもの嫌いだって言うから・・」
少し残念そうな佐和子の表情。
「おいしそうですね。何ですか?」
「一応、莓のゼリーなのだけど・・甘いのは大丈夫?」
「いただきます」
スプーンを取り上げて軽くすくって口へ運んだ。じっと、佐和子はその様子を見守っている。
つくもが最初のひとかけらを食べ終わった。
「おいしいですよ。莓のつぶがぷちぷちしている」
「ほんとう!!」
ほっとしたように佐和子が微笑んだ。
「よかった。ね、それよりも、無理して敬語はいいわ」
「はい。それよりも本当に良かったんですか?いまさらなんだけど・・・。俺なんかを部屋にいれて」
まぁ、じんぼさんは俺というのね。
「まあ、ここまで来ていて・・それはないでしょ。いいのよ。どうせ、何をするわけでもないんだし。それとも、こんな人妻に、送り狼ならぬ迎え狼にでもなるっていうの?」
佐和子は首を傾げる。
「ねぇ、先程の話をぶり返してなんなのだけれども・・あなたって今何歳なの?気になるわ」
わずかに苦笑された。
「高校生じゃないな」
「高校じゃないってことは大学生なの?私の弟と同い年ぐらい」
「なんて言うの?」
「弟のこと?雅俊って言うの」
表情に暗い陰りが広がっていくのをつくもは見落とさなかった。
無理に振り切るように佐和子の口元に笑いが浮かんだ。自嘲ともなんとも言い様の無い笑みに見えた。
「それよりも、じんぼさんの事が聞きたいわ」
「俺?・・・話す事なんてそんなにないなぁ・・・」
佐和子は、弟と同じ様な美貌の同い年のようなつくもを気に入ってしまっていた。会ったばかりだと言うのに・・不思議だった。昔からよく知っていたきがする。
けれど、同時につくもは嫌なこと・・忌むべき過去を同時に佐和子の心におもいださせた。刻みつけられていた決して忘れられない・・けれど、忘れてしまいたい過去。
自動車のヘッドライト、雨でスリップした車。・・そしてなにより、なにより・・・!!!
「さ・・、佐和子さん。聞いてるの?佐和子さんってば」
「えっ?」
端正な顔がアップになる。
「きゃっ!!」
思わず退こうとして、その一瞬後に自分が今ソファーに腰掛けている事実を思い出す。
「あら、何のお話をしていたのかしら。ごめんなさい。少し気が飛んでいたみたい。許して」
「じゃ、俺の御願い聞いてくれたら」
「何かしら」
いたずらっぽく瞳が輝いた。
「俺の花嫁になるってのはどう?」
その目にどきどきした。
「絶対無理よ。第一、今日会ったばかりで何を突然言い出すかと思ったら。私だって、人妻ですからね」
「抱けもしないないくせに」
ぽつりと呟いた言葉。
・・つくも?
「なに?」
「ううん。なんでもない。今はね・・」
そういったつくもの瞳は、今まで、話していたものの眼とは思えないほどの深い暗闇を髣髴とさせた。
「あなたって・・・なにか変わってる」
「何が?」
くすっと笑って、すっと立ち上がった。
「帰るの?」
佐和子は不安気な顔をしているに違いないと思った。自分は今、雅俊の姿をつくもに重ねているのだとも思った。それが、辛いことだとは分かっていたけれども。
「うん。今はね。これ以上長居すると変な気もおこりそうだし・・」
ぺろっと、舌を出した。
「・・馬鹿。もう少し、可愛い子にそう言う事はいいなさい。私にいってもしかたないでしょ」
それと安堵感が少し。
よかった。つくもはまた来る。
「だからね。鏡置いていっていいかな」
「鏡?」
「うん。来る理由がないと来にくいし、それに、鏡も佐和子を気に入ったみたいだから無理に連れて帰るのも忍びないし・・いい?」
「ええ。私も、鏡が気に入っていたからいいけど」
「じゃあ、帰るね。鏡。しっかり護るんだぞ」
みゃー!と、一声鳴いた鏡はちらりと去り行くつくもに眼を向けただけでソファーから離れなかった。
「ま!」
その様子を見た佐和子が笑いながら、つくもを玄関まで送っていった。
「じゃあね。佐和子。あ!」
「え?」
つくもが突然驚いたように、横を差した。と、同時に佐和子の頬に形のよい唇を近づけて軽く触れた。
「きゃっ!!」
驚いて見返したとき、つくもはもう靴を履いて戸を開けていた。にこにこと手を振っている。
「ばいばい」
「さようなら」
満面の笑みに、思わず返答してしまったがその後、「あ!」と見たときには遅かった。猫のように、身軽に去っていってしまっていた。
「神保つくも・・か」
佐和子は、低く呟くとくすりと笑いながら鍵をかけなおし再び部屋に入っていった。閉めるとき、見張るようにこちらを見ていた隣の人の表情が見えた。

「お帰りなさい。敏夫さん。今日は早かったのね」
「あぁ。・・・どうしたんだ?」
「え?」
驚いて見返す。
「だから・・・、い、や・・なんでもない。ご飯は」
「できてるわ。食べますか?」
不自然な二人。不自然な会話。続かない。何も続かない。
「今日は?」
「シチューなの。おいしいのよ」
「・・私はシチューは嫌いなんだ。今度からはもう作るな」
敏夫さんの顔がみえない。
「知らなかったわ。ごめんなさい」
「いい。今日はもういらない。風呂は?」
「涌いてるわ」
敏夫さんの鞄が今日は至極重たく感じる。いつもより、重い鞄。
「そうか」
冷たい横顔。違う。こんなこと言いたいのではないのに・・。
「入りますか?」
「入る。鞄は私の部屋の机の上に置いて置いてくれ」
「はい」
敏夫さんはそのまま寝室に入った。着替えをとりにいったんだろう。
かちゃり。
敏夫さんの部屋は冷たい冬の息吹が感じられる。結婚してからずっとそう思っていた。ドアノブをまわす音さえも・・。
冷たい色の部屋。
モノトーンの部屋は孤独を連想させる。
神経質そうに整えられた書棚。
何もない机上。
塵一つ、染み一つない部屋。
じっとりと手にまとわりつくような鞄を机上に持ち上げて置いた。
そそくさと、まるで逃げ出すようにその部屋から出た。



・・・・・・一日中雨だった。
梅雨でもないのにうんざりするほど降る。
弟の雅俊はこの頃変だった。
眼を見張るように、美しくしなやかに成長していく雅俊。
大学の二年に上がった姉の私などすべてとうの昔に抜かしていた。
でも、変だった。
いや、たぶん変なのは私。
変なものの正体は・・・耐えがたいほどの苦しさ。
しなやかな、それでいて伸びやかな美が雅俊を包み込む。事実、確実に女の子から貰うラブレターの数も増えている。
変なのは私・・・・たぶんそう。たぶん。
雨が、窓の外でまるで霧のように降り続いているのを見守りながら、そっと硝子に映った雅俊の方に眼を向けてみる。
雅俊は本を読んでいた。大きなソファーにゆったりと腰を掛けて、難解な本を読んでいた。
でも、時折思いだしたようにこちらを見る。
何も言わない。そして、再び深淵のような黒の瞳を本へと戻す。
端正な横顔。
すらりとした体躯。
長いまつげの下に伏せられた黒い蒼氓。
じゃまっけに組まれた長い足。
恋・・・だと思った。
血のつながった実の弟に私はいま確かに恋をしている。
・・罪ではない。
罪悪感はなかった。想うだけなら、良い。たとえそれが実の弟であろうとも想いに罪はない。
いつか未来の私は今の私を嘲り笑うのだ。実の弟に恋をした昔の私はばかだったと。そして、笑って話すに違いない。実は私はおまえに恋をしていたのだと。
・・私は、悪いことなどしていない。
もう一度、雅俊を見た。眼が・・あった。
破滅への序曲・・・・・。
それが流れるとしたら・・たぶんこの瞬間を置いて他にはなかった。
曇った硝子に映っていたのは、不安そうなそれでいて嬉しそうな女の顔だった。そして、二つ視線が絡み合っていた。

「・・こんにちは。鏡元気ですか?」
昨日の今日である。
「ええ。いま、出かけてるけどね・・入って」
「お邪魔します」
ふっと、つくもが台所へ向けた視線に映ったのは鍋。
無造作に、それでいて迷いが溢れている。
「あれどうしたの?」
「え?・・・あ・・。・・なんでもないの。単に捨てにくくて・・おいてあるだけ」
「なに?」
「シチュー・・でも、気に入らないから捨てるの」
泣きたい気分。
「いつ作ったの?」
「昨日」
「もったいない」
沈黙した。
「まだお昼前だね。俺、お腹すいたな。シチュー好きなんだよね・・食べたいな」
言葉の端々に温もりがある。
熱い物は苦手だって昨日言ってたばかりなのに。
「そうね。まだちょっと早いけど・・食べましょうか・・。ありがと」
潤みかけた眼をそっと拭いて台所にはいって悩んでいたシチューの鍋を火にかけた。時折、焦げないように玉じゃくしでかき混ぜてやる。
つくもは手際よくその辺の戸棚から皿やスプーンをとりだして用意している。
やがてシチューはことこととおいしそうになりはじめ火を消した。
「あつっ!」
スプーンを口に運んでいたつくもが小さく叫んだ。
「どうしたの?やっぱり熱かった?」
心配して、自分のスプーンを置くとつくもの方へ行った。
猫舌だといっていたのを思い出した。
「ごめんなさい。できるだけ温くしたつもりだったのだけど・・」
みせて。
そう言って、つくもの顎に手を置いて顔をこちらに向けた。
「舌みせて」
つくもは素直に舌を出した。
微かに赤くなっていた。
「赤くなってる。ごめんなさいね。もっと温くすればよかった」
つくもは舌を引っ込めた。
そして、ゆっくりと見返した。
誰かと似ている瞳がじっと見つめた。
いつの間にか、スプーンを置いて自由になった手で顎を持っていた私の手をそっと握り、もう一方の手を私の頭の後ろに回して顔を近づけると唇に自分のをそっと重ねた。
呆然と眼を開けたまま見ていた。
短いほんの一瞬だった。
「・・・・・?」
「・・ごめんなさい。つい」
遊び?本気・・?昨日会ったばかりの人にキスをされるとは思わなかった・・でも、不思議といやではなかった。身をよじるような嫌悪も全くと言っていいほど浮かばない。
それほど他人と接触するのが好きではない。だが、そうでない人もいるのだ。たとえば今のように。
「えーと。いいわよ。冗談なのでしょう」
顔が赤くなっているようなきがした。
「冗談じゃない。本気だからね」
「・・・」
「謝らないよ。悪いことしたとおもってないから」
そうきっぱりと言った。
泣きそうな気がした。
きゅと唇の端を噛んだ。まだ唇に感触が残っている。
「・・・・スープが冷めない内に食べましょう。もう大丈夫よね」
「信じてないね。いいよ。じきに分かるから」
「はいはい」
自然と、キスされたことを許している自分に気が付いて苦笑した。


「お帰りなさい。今日は遅かったのね」
「あぁ」
「ごは・・」
「飯はもういらない。上司が奢ってくれた。風呂だけはいる」
「そう」
鞄が重い。
「みゃー」
足元で、鏡が鳴いた。いつの間にきたのか・・。
昨日のように、ドアを開けるとき冷たくなかった。
鏡は部屋の中にするりとはいると当然のようにそこにいた。
それだけで冷たさは薄れていた。
「ありがとう。鏡」
鞄を机の上に置いて、そして、擦り寄ってきた鏡を抱き上げるときふと見た視線の先に机の下に落ちていた領収書が映った。
几帳面な敏夫さんにしては珍しいこともあるものだと、物珍しげに取り上げてみたそれは車のそれだった。何十万もする鞄。その領収書。
「何をしている。佐和子」
はっ、として後ろを向くと敏夫さんが立っていた。
「人の物を勝手にみるな」
「これはどうしたの?」
手が震えていた。声も・・・。
敏夫さんは鞄など持っていない。
「それは・・・なんでもない。用がすんだらでていけ」
「でも・・払いが貴方に・・」
「佐和子。おまえは、私に、何を言いたいのだ。家から勘当同然のおまえとしぶしぶ結婚してやったのは私だ。その私に何を言う」
敏夫さんに紛れもない嫌悪の表情が浮かんでいる。
「・・・・・」
言葉がでてこない。追い打ちをかけるように続く。
「でていけ。ここへは二度とはいるな」
「は・・い。ごめんなさい」
鏡を腕に抱えたまま、昨日よりももっと酷い気分でその部屋から出た。


私たちは近所でも評判の美貌の姉弟だった。
だれもが平凡だと評す両親から生まれでた私たちは・・なのにやけに違っていたのだ。
父は身一つで先代から継いだ会社を大きくしたような人だった。母が亡くなるまでは、別の会社に勤めていたが、その後辞めて、自分の両親の家業を継いだ。
母は覚えている記憶の中でいつも笑っている。痩せた小さい人だった。
その母が雅俊を産んですぐに癌で死んで、父は私たちを新しく結婚した妻に任せた。
母にも父にも全く似ていない私たちは父にとって他人も同然だったのかも知れない。証拠に、物心着いた頃から、一般常識による父と言うものを味わったことがなかった。小学校や中学校でも友達が話す冗談や怒る父親の像から、漠然と自分の父の事を考えてみたりした。
養母とそれほど上手くいかなかった私たちは、普通の姉弟よりは遥かに仲が良くなった。三才違いの二人。誰それが、兄弟と喧嘩したとか聞いても雲上の出来事にしか過ぎなかった。私たちは互いに隠し事をしなかった。
しかし、私の身体が女らしく丸みを帯び、弟が男らしくなるに連れ無くなった。
私も弟もたぶん気が付いてしまったのだ。
隠された真実に・・。
父の会社は順調に発展を遂げていった。


近所でなんとなく話から避けられるときがつき始めたのはつくもがきだしてから一ヶ月後の事だった。
いつの間にか、重要な回覧版が抜かされていたり、思いだしたようにきたばかりの夕刊が消えたり・・話に入り込もうとしても冷たい視線を送られた後、みんなが塵ぢりになってしまったり・・。
ある日、玄関の方で音がするのでみてみたら、何処かの子供が犬のふんをとってきておいて逃げていった。側を見ると、近所の人たちが穏やかに談笑していた。・・・そう、穏やかに。
何故なのかは分からなかった。ただ、孤独というものが在ることを感じていた。
「佐和子さん・・・?なにしてるの」
端麗なつくも。
「それ・・・・」
穏やかに微笑んでみせた。・・たぶん、そう見えただろう。他人には。


「佐和子ってキレイよね」
高校に入ったばかりの頃出来た友人が言った台詞を覚えている。
友人には、なんとかとかいう好きな先輩がいたらしい。
これがどうとか、趣味はどうとか・・。
確かに、先輩とやらの外見は良かったが、ただそれだけだった。
その先輩とのダブルデートと名義上はそうなっていたものを利用して友人は先輩に接触を計った。
直後に、私はまさにその先輩に夜道でキスをされた。
「なにしてるんだ」
たまたま通りかかった雅俊が声を掛けたので、驚いた先輩は飛び上がって逃げていった。雅俊は呆然とする私の腕を掴んで、引きずるように家へと連れ帰った。掴まれた腕が、先輩のキスよりも痛かった。
見上げた雅俊の横顔は固く凍り付いていた。雅俊はまだ中学生だった。なのに、背はすでに自分と同じほどあった。女と見間違うほどに端正な横顔だった。
後でどう歪曲されたのか、私が先輩とキスしていたという噂は友人に届いた。私が黙っていたことに、
「へんにいい子ぶってばっかみたい」
と、去っていった。
その三年後だろうか・・雅俊が新入生代表として入学してきたときその友人は再び私の友人となった。きりりとした顔立ちになってきた雅俊のファンはそれを境に更に増加していったと思う。


「ねえ、佐和子。もしかして、俺のせいで嫌な眼にあってないか?」
つくもが思いをふりきるように告げたのは家の横の硝子が石によって壊されたときだった。
「もし、俺がここにくるせいならもうこないけど」
「・・・いやよ。お願い。別にたいしたことないんだから」
「でも・・・・」
「いいのよ。あれは、私が受ける罰」
「罰?」
「そう・・・・・」

敏夫さんは、この頃帰ってこない。
愛想が尽きたのか。限りない過去に・・。
結婚しなければ良かったかも知れない。
そうすれば、もう少し穏やかにこのときを迎えれたかも知れないのに。
敏夫さんは自分を一生抱かないだろう。
子供もできない。
汚れているから・・・・。
三時を回った時計を見つめながら、最近の習慣になったように夕飯を捨てた。
あれ以来、時がどの様にして過ぎているのか分からない。
食事も思いだしたようにとっているきがする。とにかく何をするにも億劫なのだ。ただ、主婦として、決められたように買物をし、掃除をして、洗濯をして、食事を作る。夜は鏡と寝ているようなきがする。
いたずら電話にも事欠かない。
一時間ずっと無言のものも在れば、変なよがり声をだしてるみたいなのもある。夜のほとんどの時間は、それのせいでつぶれてしまっているのかもしれない。
ご近所では、無視される。
もういまさらどうでもいい・・・。
感覚が麻痺しているような・・。奇妙な感じ。
鏡が鳴いている。
鳴いて・・・・。


雅俊・・・。
一人部屋に篭もって考えていると、もやもやとした空想が勝手に私と雅俊を作り上げていく。
首筋に掛かる熱い吐息。
私は雅俊だけを見つめて、そして雅俊も私だけを見つめている。
静かに、私たちの影が重なり会って・・・・・・・・・・。
外には、いつかのように雨が降っている。激しい雨だった。
のどに渇きを覚えて、階下に降りる。
窓をうちすえるようにしてふる雨の向こうでまたいつかのように雅俊がソファで本を読んでいた。
ふっと雅俊は顔を上げた。
私と眼があって・・・。
離れなかった。
苦悩を抱えるように・・どうして?・・辛そうな顔で眼を再び下へやった。
この瞬間遊びを思い付いた。
胸の内で、これの何処までが遊びで何処までが本気なのか良く分からなかった。このときの私は遊びであると定義する以外にこれを実行するすべを知らなかったのだ。
夜はかなり更けていって、雅俊が寝室に行こうとするまでじっと見守っていた。その日はいつもよりやけに遅くまで読みふけっていて、私はそれが終わるのを黙って待っていた。
やがて、読み終わる。
いつものように雅俊が本を閉じて寝に行こうとしたときだった。
私はゆっくりと立ち上がって雅俊の方へ歩いて行った。どこかしら、夢のような感覚があった。実際、夢に近かったに違いない。
「雅俊」
私は雅俊の名を久しぶりに呼んだ。口の中で、その名を何度も転がしていてもなお心地よい響きだった。
「なに?」
雅俊の動作はやけに鈍かった。・・いや、そう感じた。
「ちょっと」
かがんでと頼む仕種をする。昔、よく秘密を打ち明け会ったときのように。
頭一つ以上も高くなった雅俊は、側にきてすこし屈んでくれた。
「なに?」
もう一度繰り返した。
ああ、夢にまで見た雅俊の顔がこんなに側に・・。
私は歓喜に撃ち震えた。
「どうした・・」
ちいさく震えているのに気が付いた雅俊は恐る恐るのように私の肩をもった。
ひどく私に触れることを恐がっている。
私は気が付かなかった。もしくは、気が付かない振りをした。
同じ目線の雅俊の頭の後ろに腕を回して、夢にまでみていた雅俊の唇に自分のそれを合わせた。
嫌われてもしかたないと思った。
これは遊び。
でも、心の何処かで本気だった。
「姉さん・・・・・」
熱く漏れたひとことが現実へ引き戻した。
「あ・・・・」
私は唇を放した。
雅俊に嫌われたくなかった。しかたないと思っていてもそれでも・・・。
「ごめ」
目をそらして駈け去ろうとした。その直後、雅俊が私を強く抱きしめた。
眼を見開いて呆然と天井を見上げる私に雅俊の端正な顔が重なる。
見開いていた眼は、ゆっくりと閉じられ、そして、互いが互いを奪い尽くすようキスを繰り返しながら長いこと抱き合っていた。
「夢だ」
長い抱擁の後に、雅俊は呟いた。
私は何度もうなずきながらそして再び長いキスをしたのだった。
・・・これは、罪である。
・・・私たちは、間違っている。
窓の外では、相変わらずひどい雨がふっていた。

「始めまして・・・というべきかしら」
敏夫さんが帰ってこなくなってから半年たっただろうか?
随分と考えた末に、考え付いた結末がこれであった。
敏夫さんは、不倫をしている。
興信所を使い、ようやく探り当てた女性はきれいな人だった。
「津山京子といいます。貴方が佐和子さんね。夢のような綺麗な人ね・・・貴方は」
「私が?」
夢のような・・・夢はもうついえてしまった。夢はみない。
「夢はみないわ」
「そう・・、残念だわ。で・・・、私に何のようなの?」
ショートカットにきちんと切りそろえられた耳元でイヤリングが搖れた。大きく開いたむなもとを飾るのは豪華なダイヤのペンダントだった。
「あの人と別れて下さい」
「誰の事?」
「敏夫さん」
「敏夫・・・ああ彼ね、貴方のとこに戻りたくないんですって、半年前からずっと私のマンションにきてるのよ。かわいそうね」
最後の言葉は誰に向けられているのか。
「お願いです。別れて下さい」
「・・弟なんかとできてた人の言う言葉とはおもえないわね」
はっ、と息を飲む音が心の中で響いた。
知っている・・何故・・・。
「驚いたようね。私だって、別に、貴方の事なんか知りたくもないのだけど・・敏夫さんがね酔うたんびに呟いてるのよね。俺はかわいそうな男だ。俺ほど、かわいそうな奴はいない、ってね。馬鹿よね」
「知らなかった。俺・・・・?酔って・・話すの?あのことを貴方に」
「誰にもいってないわよ。私はね。もちろん、敏夫も。だけどね。激しく後悔はしてるみたいだから。貴方も・・そう?」
「後悔・・・敏夫さん。何も言わなかったのに・・・何で?私は、汚れてるから後悔してるの?・・・でも、いいえ、違う。そういう人じゃない。別の後悔」
悩んでいる間、津山さんは真面目な顔をしてこちらをじっと見ていた。
「後悔・・は、私との結婚。抱かないのじゃなくて・・抱きたくない。普通の男性だけど・・。そうなのね。そう・・・・・」
「分かったの?」
「いやだわ。私は、いや。あそこだけは・・・」
いやいやと首を振りながら、でも、心の片隅であそこに戻りたがっている自分がいた。雅俊の死んだ家。・・・そして、心を奪われてしまった家。
「戻りたくない」
「そう。・・傷つくのは自分なのにね。私、知ってるのよ。敏夫さん。貴方を抱きたがってる。でも、ね。貴方のおとうさまがね・・」
「私の父・・・?」
首をかしげる。父がどうしたのだろうか。そういえば、敏夫さんは結婚の結納の時、父からの言づてを聞いて何かしら青ざめていたような・・・。
たぶんその時は、雅俊と私の事だろうと・・ばかり。
「抱くな、っていわれたんですって。おまえは、佐和子を抱くな。その代わり、愛人をいくら作ってもいい。いくら、その愛人に金が掛かっても構わない・ってね。汚れた血は、残すなって」
「父が・・」
そんなに嫌っていたのだろうか・・娘を・・実の・・。言われてみれば思い出す。あのことがあってから父は私と一度もまともにあっていない。
いわれたことばはたった一つ。
「おまえも死ねば良かったのに・・」
これは罰なのだろうか・・。罪を犯した者に対する罰なのだろうか・・。死ねば良かったのに。死ねれば良かったのに。
思わず両手で顔を覆った。
津山さんは哀れむようにじっとこちらを見ていたが、ゆっくりとした口調で行った。
「貴方に私にとやかく言う権利など無いわ。私は愛人ではない。愛人ではなかった。貴方さえいなければ、私たちは結婚して幸せな家庭を築いていたはずなのに・・。ねえ・・」
陰湿な声音だった。
周囲の話し声など自分たちには届かない。
「敏夫ね。最近、滅多に笑わないの。前はあんなに屈託なく笑ってたのに、笑わないのよ。貴方のせいよ。綺麗がなんだって言うの、お金がなんだって言うのよ。私たちが幸せになる権利を奪ったのは貴方よ。
私は貴方が憎いわ。佐和子さん。
何もしない癖に・・・貴方なんて、だいきらいなタイプだわ。死ねばいいのに。死になさいよ。そうすれば、敏夫も幻から抜け出せる。貴方が綺麗だからいけないのよ。みんな、その蝶々みたいな見かけの綺麗さに惑わされて、深みにはまってくのよ。敏夫はたぶん、貴方を何回も空想の中で犯してるわよ。
私を抱くときでも何も感じて無いみたい。だから私は、必死で追いつこうと思って綺麗になったわ。
・・・・でも・・だめ。私は、醜いんだもの。
敏夫にとって私はただの人形だわ。意味があるのは貴方だけ。妻であるのに抱くことの出来ない。
だから・・・・そう。貴方がいなくなればいいんだわ。
死ねばいいのよ。
だからね。死になさい」
津山さんはとてもいいおもいつきをしたかのように穏やかに笑った。
簡単に命令した。


私は雅俊が好きだった。
早熟だった雅俊とはちがって、私はまだだれかと身体を交わしたことがなかった。だから雅俊は壊れ物を抱くように優しく私を扱った。
思いもしなかった場所に、雅俊が身体を入れてきて、想像を超える痛みに私が顔を歪めると、何度も何度も優しいキスの雨を降らしてくれた。
破瓜の痛みはそれはもう思っていた以上だったけれども、それでも雅俊の腕の中にいるという心地よさに私は夢心地だった。
両親が出かけると、私は雅俊の部屋へ行く。そして、雅俊と私は同じベットの中でささやきあった。
「あいしてる」
と、何故なのかは私には分からなかった。
何故、雅俊が好きで、愛していられるのか・・・。
雅俊も同じだったに違いない。
私を抱きながら、不思議にとおい眼をして何もない空間を見ていた。
何もない・・。
私たちには未来がなかった。
好きが愛に変わり、やがて愛し合うようになってからますます未来は縁遠いものになって行った。
いつだったか・・・部屋に遊びに行っていたときだった。
机の上に、真っ青な空のパズルが未完成のまま置いてあった。
それはうっすらとほこりを被っていた。だがそれ以上手を付ける様子はない。
私たちは未完成のパズルだった。
欠けたままのピースは私たちの未来。
そして、それは永遠に完成することはなかった。
何故、パズルをやらなくなったのか知らない。私は聞こうとしなかったし、雅俊もまた話そうとはしなかった。
肌を合わせる度に、どうしてか互いに焦燥感が募った。いままでのすれ違った時を補うほどに、私達は何度も何度も高みへと登った。


私は敏夫さんに抱かれたくない。
いいえ、雅俊以外の誰にも人に抱かれたくない。これだけが、残されたたった一つの真実。
かちゃり。
誰だろう?
「佐和子・・・・」
「あ、敏夫さん。おかえりなさい」
当り前のような・・、当り前に。
「ご飯?おふろ?」
「佐和子・・・・」
敏夫さんは変だった。瞳の奥に狂おしいほどの炎が燃え盛っていた。
緊張の糸が一気に・・・切れた。
足が勝手に動く。
逃げた。
おわれる猫は私。
おう犬は・・・敏夫さん。
狂った・・狂犬。
厭だった。嫌悪するほどに。
狂犬は過たず猫を捕らえた。美しい綺麗な猫。汚さずにはいられない。汚したくなる猫・・・。
狂った犬は己をとどめるすべをしらず・・そして、また、きれいなだけのか弱い猫に犬をとどめる力はなかった。
周囲の物は辺りに飛んで破壊された。
ゆっくりと獲物を追いつめて行く。
笑み・・・。
歪んだ笑みが浮かび、いやらしく唇を曲げた。
鼻孔は広がり、荒い鼻息を出していた。
頬は痩け、焦燥していた。
「いたっ・・・・・・・・・・」
逃げだそうとした私はひどく腕を捕まれ、足を引っかけられて床に転がされた。その上に、敏夫さんは馬乗りになった。
片手で、簡単に私の手首を掴み、もう一方の手でブラウスを引き裂いた。
布の悲鳴が辺りにこだまして、再び私の所へ戻って来る。
敏夫さんの指がブラジャーのしたに入って胸を強く押し上げるように間探る。
逃げようとすれば、容赦なく髪を捕まれ引き戻される。
これも罰なのか。
これは罰なのか。
・・っ!!!!
嘘だ。
これは、違う。
これは罰ではない。私が犯した罪に対する罰ではない。
これは違う。
このような罰を受けなくてはならない道理はないのだ。


終末は簡単にやってきた。
あっけなさ過ぎるほどに・・・。
いつものように私と雅俊は寄り添って服を着るのも忘れて疲れて眠っていた。
父は帰って来るはずではなかった。
父は帰ってこないはずだった。
「ただいま」
珍しく機嫌の良い父の声。
「雅俊。佐和子・・・?もう寝たのか?」
私の隣に眠っていた雅俊の顔がびくっと搖れた。
父の怒りの恐れ・・・違う。
私たちが引き離されてしまう恐れだった。
部屋で寝ていた私たちは努力もせずに見つかってしまった。
予告もなしに父が開けてしまったために・・。
中を覗いてしまったために。
暫しの間呆然と・・立っていた。
私たちは言い訳さえ許されなかった。
父は虚脱状態から抜け出すと、つかつかと私たちに歩み寄って力一杯に殴りすえた。私も、雅俊も。いや・・これは正確ではない。
私は抵抗らしい抵抗はしなかった。雅俊も同様だったが、違っていたのは、父が感極まって私の顔を平手打ちしようとしたとき無言でかばったことだった。
「出ていけ」
拳を震わせながら、父がそう言ったとき私は反論をしようとはしなかった。
反論など出来るわけもなかった。
服を静かにきて、雅俊と穏やかに視線を絡み合わせるとすっと父の側をすり抜けて自分の部屋にいき、服だけ軽くまとめて再び雅俊の部屋に戻った。
なのに雅俊は消えていた。
父は黙ってそこに立っていた。
「・・・雅俊は?」
答えはない。
どさっ、っと、私の手から荷物が落ち、身を翻すと、玄関の戸を開けて外に飛び出した。靴を履くのももどかしい。
「まさとし・・・・・・・雅俊っ?」
必死で探した。
置いて行かれた。置いて行ったのか?
雅俊が?私を?
「雅俊?」
歩道橋の階段を上って、上から辺りを眺めようとしたときだった。

キーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!

私にははっきりと見えた。
つんざくような車のブレーキの音。
あとに響いたドスという音。
ぽーん、とゴム鞠のように空に跳んでそして五、六メートル跳んで動かなくなった・・・・・・・・・・。
青の信号機。
動かない物体を照らし出す車のヘッドライト。
動かない・・・・ひと。
周囲に黒い染みがじわじわと広がっていって・・奇妙な形に折れ曲がってしまった首。少しはなれて、存在する・・ひとの腕。
「ま・・・ま・・・・。」
よく見えた・・・・・見たくなかった。
見たくなかった。
見たくない!!
「・・・・う・そよ・・・・・・・・・」
首を振って、振って・・・・。
動かない。
動かない。
死んだ。
死んだ。
あっけなく死んだ。
事実が壊れた機械のように頭の中で回転しているのを理解しながら、ようやく、雨が激しくふっているということに気が付いたのだった。


「い・・・やぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


スカートの中に進入した敏夫さんの掌がが私の股の間をまさぐる。意図していることは明白だった。
「助けて・・雅俊、雅俊っ」
首を振って、敏夫さんからのがれようと近付く顔を両手で押しのける。
足をばたばたと動かそうとする。
「チィっ!いいかげんにしろ!!」
バシッ
頬を思いきり殴られた。
かばってくれるひとはもういない。
雅俊はもういない。
「助けて・・・誰か、いやよ・・。助けて・・」
私は敏夫さんの妻だった。
妻になろうとした。
妻であろうとした。
なのに・・・抱かれたくない。・・いや・・。
「だれか・・・・つくも、鏡・・・・・助けて・・。鏡・・か。う・・んっ」
呼ぶ声は塞がれてしまった。
敏夫さんが、唇を重ねてきたのだ。
生温いなめくじのような感触に吐き気がこみ上げる。
開いた唇の間から、別の生き物のような舌が侵入して、歯の裏側をねちょりと舐めた。
避けようとしても無駄な抵抗だった。
ぎりっ
しょっぱい血の味がした。
敏夫さんの唇から、一筋の赤い流れが伝わった。
「・・っこの・・っ」
手を振り挙げて、殴ろうとした。
私は来るべき時に備えてぎゅっと眼をつぶった。
「っ!!!・・・ぎゃぁぁぁぁーーーーー!」
突然、敏夫さんが手を離して悲鳴を上げた。
身体の上から重みが消えた。
・・なに・・!?
うっすらと、恐る恐る眼を開けてみると、両手で顔を覆って、床の上で転げ回っている敏夫さんの姿と、「ふぅぅぅ」と全身の毛を逆立てて威嚇している鏡がいた。
「・・か、鏡」
拘束からのがれたすきに乱れびりびりにされた服を四つん這いで這うようにしてかき集めると、後ざすって立ち上がり逃げた。
敏夫さんはまだ低くうめいていた。
「さ・・」
足首を掴もうと手を伸ばす。
「いやっ!」
その一方でたらたらと両手の隙間から血が流れ出ている。
鏡がするどい爪で引っかいたのだ。
背後から迫るような獣のような呻き声は止むことがなかった。

逃げなきゃ・・・。
私は、思った。何処へ・・・。
何処へ逃げるというのだろう。
逃げ場はないのに。
「あんたなんか死んでしまえばいい・・。死になさい」
津山さんの言葉。
「おまえも死ねば良かったのに」
父の言葉。
死んでしまえば・・・死ねば・・私は逃れられるの?
私は罪から・・逃れられる?
生まれてきたのが罪なら、死ねばいい。
それが望み。
未来にあったものは・・・死だったのか。
私が弟を愛しながらも、何処かとてつもなく冷めた自分が死を多方面からじっと見つめていた。
今なら分かる。
雅俊もまた死を見つめていた。
出来損なったパズルは、永遠に完成される事なく放置された。
死がそこにあった。
私はいつしか雅俊が死んだのを目撃した歩道橋にきていた。
雨は降っていない。
けれど、濡れた感じのする歩道もアスファルトで舗装された道路もあの時のようだった。
夜の車のヘッドライトがあの時のように道路で反射して光っている。
だけど、雨は降っていない。
歩道橋を歩く人は、驚くほど少ない。

死のう。
唐突にそう思った。
身体はすぐに実行に移された。遠い何処かで、誰かが体を動かしてるみたいだった。
雅俊も母親も待っている。
私は身を乗り出して、宙に体が投げ出された。
落ちる瞬間に、つくもの私の名を呼ぶ声と、そして、落ちかけた腕を強く掴まれたのを感じていた。
それは、弟ではなかった。・・けれど、至極私に近く、雅俊と同じように私を愛しているような気がした。

「・・・俺たちの一族は・・近親相姦の血なんだ。原因は分からないのだけれど・・・。佐和子達が愛し合ったのも当然なんだ。
俺が、早く気が付けば良かったんだ。そうすれば、君は雅俊と離れる事なく暮らして行けたのに・・・。たぶん、俺と君達は悩む事なく共に暮らせたのに。
ねえ・・前に言った話を憶えてる俺達の花嫁になってくれないか・・・嘘じゃない。最初からそう思ってた。俺の名字は神保って言う。聞いたことなかったか?神保は君の、そして雅俊の本当の母親の名字なんだ。君の母親もまた実の兄と結ばれて君たち姉弟を産んだ。俺は、君とは母がちがう・・つまりは異母姉弟ということになるのかな」
佐和子は初めて聞く話ばかりだった。だが、遠い昔に雅俊によく似た人をみたきがした。
「それが、俺達の父親ー佐和だよ。彼はまだ生きてる。父もまた妹を愛していた。もちろん俺の母親のことも大切にしていた。だが、父の妹に対する想いとは比べものにならなかった。俺の母親はそれは当たり前だと言っていた。父はだけど、妹が亡くなってから変わった。笑わなくなり、そして・・・。
母親はいつも俺に言っていた。俺にも姉か妹がいたら、その気持ちが分かるよ・・と。互いの心が心を求めて、身体を合わせるのだって。俺にはよく分からなかったよ。君を見るまではね。
間違っているのかもしれない。
たぶんそうなんだろう。
ねぇ、佐和子・・・・・・・・・俺は・・君ととても血が近い人間だけれど、やっぱり君を抱いてみたいと思ってる。君はどう?」
佐和子は戸惑った。
そんなに一気に知らない話ばかりされても分からない。整頓も付かない。
つくもが自分の異母姉弟?
「思い出せない?母親が言うには、小さい頃・・一年くらい一緒に暮らしていたって言うのに。お風呂も一緒だったて。写真もある。小さい頃からとっても可愛かったよ」
「わからないわ。じゃ・・・私と雅俊は・・実の兄妹から産まれたっていうの・・だから・・・雅俊を好きになったって・・一体なんなの。・・・私は・・何?」
「どうしようもないんだって言ってた。止められないんだって。理屈じゃないんだよ・・奥底に眠った本能が引き寄せて」
「どうして今なの」
「俺にもよくわからない。君が幸せに暮らしてるならそれで構わないと思った。君たちの一生に俺は関わらないで置こうと・・だけど・・雅俊は死んだっていう・・そして、佐和子。君は結婚したと。あの・・・小野という男と」
ぎゅっとつくもは佐和子の手を握った。
「これだけは、君のお父さんに感謝しなければ」
「どうして」
感謝?
どうして感謝?
「君は知らないんだね。君の身体に流れる血の悪戯を」
「どういうこと」
「君はね・・・一族以外の男と子をなすという意味で結ばれることは出来ないんだよ」
目が見開かれる。
・・以外の男とできない。
「本当に奇跡だ・・・・・」
「父はっ!知っているの・・あなたたち・・いえ・・・実の母の一族のことを」
「知っている。すべて話したと言っていた。もっとも彼の時は、当時のまま止まっているのだけどね」
「一族・・」
ぎゅと自分の身体を抱き締める。
そんなことがあってもいいのか。
唇を咬み切れそうなほどつよく噛みしめる。
「・・つくも・・・・・・・・・・・・私をその人の所へ連れていって」 

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。