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小説(転載) 「シャコンヌ」

近親相姦小説
06 /27 2018
掲載サイトは消滅。
題名  「シャコンヌ」

厳しい冬の寒さも日を追うごとに、ゆっくりとだが
西の空からやってくる柔らかな陽射しが、人を優し
くさせてくれるようになった。

麗らかなる小春日和。
それは寒さで硬く、そして重たくなった身体を優し
く揉み解してくれる。
同様に温かみのある音色で人々の心を優しく揉み解
してくれる場所があった。

そこは閑静な住宅地。
都会の喧騒など、まるで無縁な場所であった。
その優しいヴァイオリンの音色は、その場所の
一番の高台にある高級住宅から流れてきた。

『相澤』
その家の表札はそうあった。
だがそこはクラシック音楽の愛好家なら誰でも知っている
有名な人物の家だった。

相澤慶子。日本が世界に誇る天才ヴァイオリニスト。
13才で『日本クラシック音楽大会』で一位評価。
いきなり日本のトップクラスの評価を受ける。
続いて14才の時に『チャイコフスキーコンクール』
一位評価。
いきなり全世界の人達を驚かせた。

以来世界各地で行なわれる国際大会で軒並み一位評価を受けた。
勿論それに併せて各国の交響楽団からの演奏依頼も数多く受けた。

デビューから40年の長きに渡って国内外から最高の評価を受け
続ける世界最高のヴァイオリニストの1人だった。

今日も朝から練習に余念が無かった。
だが世間では日曜日。のんびりとした空気が辺り一面に漂っていた。
家の二階から、大きなあくびをしながら1人の男が降りてきた。
慶子の一人息子、憲吾だった。

日頃は朝から忙しく動き回るのだが、今日は久しぶりの休み。
ゆっくりと寝ていたようだった。

「はああ・・・おはよう母さん。今日も精が出るねぇ。」
その声を耳にした慶子は、ヴァイオリンを弾く弓を止めた。

「あらあらごめんなさい。起こしちゃった?」
凄く済まなさそうな表情を浮かべて憲吾の傍にそっと
寄ってきた。

「いいよ気にしないで。そりゃあ凄くヘタな音だったら怒るけど、
母さんの音は綺麗で心休まるから、凄く気持ちが良いんだ。」
「まあ、そう。嬉しいわ。ありがとう憲吾。」

柔らかい笑顔で優しい息子を見る慶子。
息子の憲吾は今年28になる。
音楽的才能は受け継ぐ事が出来なかったせいか、大学卒業後は、
普通に一般商社に就職をして、営業課の一社員として忙しく
働いていた。

慶子は聴く人をたちまちに虜のする素晴らしい音楽的才能を神から授かったが、
同様に彼女を見に来る全ての人々を、たちまち魅了してしまう、その素晴らしい
容姿をも慶子は授かっていた。

日本人離れした手足の長さ。そしてスラリと均整の取れた肢体。
慈愛溢れる優しげな瞳。どことなく物憂げな表情は、日本は元
より海外の男たちを熱狂させた。

多くの男たちが慶子の前に現れた。
資産家の息子、会社オーナー。野球、サッカー選手。
ありとあらゆる階層から求愛をされた。
中には、某国の大統領もいた。

だが結局その中の誰一人として、望みを果たした者はいなかった。
慶子は幼馴染みの、隣の牛乳屋の息子と結婚した。
幼い頃の約束を見事果たして・・・
25でのゴールインだった。

優しげな物の言い方をする人だったが、実に芯の強い女性であった。
望めば億万長者の妻にでもなれたのに、結局選んだ男性は名もない
牛乳屋の息子だった。
幼き頃の気持ちをそのまま大事にして、何事にもブレずに思いを貫
いたのであった。
そして人知れず2人の身内だけで慎ましい結婚式を挙げた。

一枚の写真があった。
甘えた表情で男の胸に身体を寄せる慶子が写っていた。
こんな無防備に写っている慶子の姿は珍しかった。

国内外のコンサートの時や、雑誌のインタビューの際
に使われる写真は、いつもすまし顔。
優しい微笑も、どこか構えている風だった。

一枚の写真だけが残った。
つまり慶子の幸せな家族写真は、これ一枚きり。
この写真を写した次の日彼は交通事故で、慌しくこの世
を去ってしまった。可愛い女房を残して。

慶子の嘆きは幾日も続いた。
ヴァイオリンを持つのも止めた。
涙が枯れる事は無かった。

寝食を忘れるぐらいに泣き続けた。
死ぬつもりだった・・と後に言っていた。

結局死ねなかった。そこに神の意思があった。
絶望の日々において、慶子は自身の身体の異変に気付いた。

お腹の中に新しい生命が宿っていた。
絶望が希望へと転化したのは言うまでもない。
自分が一番愛した人の命を引き継げる喜びを得た。

その時、目の前に見える風景に色彩が甦った。
生活における様々な雑音も聞こえるようになった。
懐かしい匂いも、味覚も思い出せる事が出来た。
これも全て、このお腹の子供のお蔭。

この生命を無くしてなるものか。
春、夏、秋、冬、季節は巡る。十月十日。
膨らむ希望。膨らむお腹。

そして誕生。3500グラム。元気な男の子。
慶子は5年の休暇を取った。
人は、その生涯における基礎を最初の5年で築くと云う。
慶子は、我が子に、愛した男のように優しく思いやりに溢れ
人を慈しむのに労を厭わない。そんな人間にしようと、その
ありったけの情熱と愛情を、濃密に5年懸けて注ぎ込んだ。

そして息子・憲吾が小学生に上がるのに合わせて、ヴァイオ
リニストとしての生活を再開させた。
溢れる愛情を注ぎ込んだ次に、彼女が教えようとしたものは
自立だった。
母親が不在でも、淋しさを堪えて一人で生きて行けるような
強い意志を持った子にする為だった。

自宅を出る時、いつも慶子の心は痛んだ。
悲しそうな顔の憲吾。出来れば出て行きたくは無かった。
だけど甘やかすと憲吾の為にならないと考えて、後ろ髪
を引かれれる思いを断ち切って出て行った。

「ママァ!!」
泣き叫ぶ声が聞こえる。
祖母に抱かれている憲吾。手足をばたつかせている。
大粒の涙でぐちゃぐちゃになった顔。
だけど振り切って足を前に出す慶子。
ポロポロと大粒の涙がこぼれる。
ごめんね、ごめんね・・・心の中でひたすら謝る。


1年、2年と経つと、いつしか憲吾は母親思いの子供になった。
演奏会の日、家を空ける際にも、いつも笑顔で見送った。
勿論、淋しさを見せない演技だった。
そんな顔を見せると、母はいつも悲しそうな顔になるから。
母の言う事は、みんな守った。
わがままは言わない。言えば直ぐに無理をする母だったから。

優しい母。決して怒ったりしない。
穏やかな笑みと優しい口調で諭す。

自分の事よりも我が子の事を真っ先に思いやる母。
幼い憲吾はこの美しくて優しい母を一生守ると心に誓った。

以来20年余り、憲吾と慶子の2人だけの生活が続いた。

父親譲りの体格を受け継いだ憲吾は、バレーボールに青春の
熱情全てを注ぎ込んだ。180cmを超える背丈、がっちり
とした肩幅。文句の無い素晴らしい身体。
一方母親から譲り受けたものは、その甘いマスクだった。

母親同様、よくモテた。いや今もそうだが。
憲吾は女性に優しかった。
それは相手を喜ばせるだけの媚びた優しさでは無かった。

相手の目を見て喋るのは母慶子と同じクセ。
そして母親譲りの美しく優しい笑みを絶やさない。
それだけで相手を思いやる気持ちが伝わる。
勿論、話は最後までちゃんと聞く。自分の意見はその後。

それらは計算された行動ではなかった。
その女性を見つめる先には、いつも慶子がいた。
憲吾は母を通じて女性を見ていた。

当然女性達はアツクなる。が決して勘違いではない。
憲吾の態度はいつも同じだったから。
絶対に冷たくなる事も、怒り出す事も無かった。

女性達にとっては居心地の良い優しさだったのである。
お蔭で彼の周囲は、優しい笑顔が花盛り。
温かい空気が彼の周りに漂う毎日。
憲吾にとっては、それが一番だった。
女性の淋し気な顔を見るのが大キライだった。

幼い頃見た母の大粒の涙は、生涯忘れない。
何もして上げれなかった。ただ傍に立っているだけ。
淋しい時、そっと抱きしめては静かに肩を震わせていた。

演奏の時見せる華やいだ表情などどこにも無かった。

「ママァ、泣いちゃあだめだよ。だめだったらぁ」
そう言ってはいつも泣き始めるのは憲吾からだった。
「あらあら、また泣いちゃったのねぇ。しょうがない憲吾くん。」

優しい笑みを憲吾に向けながら、そっとハンカチで目元を拭って
くれた。
憲吾の泣き顔が慶子を勇気づけた。
息子の前では、せめて笑顔でいようと誓う慶子。

2人ぼっちの母子。互いの温もりだけが生きていく上での糧だった。



「コンサートはもうすぐだね。」
「うん。そうよ。」
「久しぶりの国内でのコンサートだから力入ってるね。」
「候補曲がたくさんあって選ぶのに一苦労だわ。」

トレーニングルームはリビングの隣にある部屋にあったが、
憲吾が覗くと辺り一面に楽譜が散乱していた。
曲目は既に大筋で決まっていたのだが、アンコール曲を何に
するのかを未だに決めかねていた様子だった。

「オーソドックスに『ツィゴイネルワイゼン』がいいんじゃないの?」
「確かに派手な舞踊曲は盛り上がるわね。でもありきたりじゃない?」

そう言うと慶子は、すっとヴァイオリンを構えて弾き始めた。
力強い音色。重厚な旋律が、ずっしりと腹に響く。
そして一転、明るく派手な音調へと変わる。ジプシーの溢れん
ばかりの熱情が、部屋中に響き渡った。
そして一気に弾き飛ばした。


一瞬静まった部屋に小さな拍手が鳴った。
憲吾の爽やかな笑顔こそが評価の全て。
慶子は、その顔を満足げに見つめていた。


「さすがだね母さん。躍動感のあるジプシーが目の前に現れた
みたいだ。これならお客さんも、気持ち良く帰れるんじゃない?」
「そう?憲吾が言うのなら、これにしよっかな。」
両肩を、ひょいっと上げて笑みがこぼれる小首を傾げる。

慶子にとって憲吾は、大事な観客であり批評家であった。
小さい頃から慣れ親しんで来た母の音色である。
体調の良し悪しなど最初の一音で判ってしまうぐらいに
ヴァイオリニスト相澤慶子に関してだけは的確なジャッ
ジメントを下す事ができた。

憲吾の一言で、慶子の悩み事はあっさり解消した。
「ああ、これでちょっとはすっきりしたわ。ありがとう憲吾。」
「どういたしまして。だけど母さん凄く力入ってるね。」
「だって久しぶりの国内でのコンサートですもの、これが張り
切らずにいられますか。」

ほんの少し頬を膨らませて力説する慶子。

「はいはい、分かりました。あはは・・」
憲吾は慶子の肩に手を回して、食卓の方に足を向けた。
「それよりさ、もう朝食済ましたの?」
「ごめんね。まだなの。ちょっと練習に集中しちゃったみたい
・・・へへ。」

ペロっと舌を出してイタズラ顔を見せる。
憲吾が台所を覗くと、食卓には何も置かれてはなかった。

「何がまだだよ。何にも用意出来てないじゃないさ。」
「あらホントだわ。どうしようかしら?ねえ憲吾くん。」
そう言って小首を傾けて甘えた笑顔で憲吾を見る。

まただよ・・まったく。
仕方なさそうにため息交じりの返事をする。
「もうしょうがないなあ。俺が作るからちょっと待っててよ。」
「まあ、それはかたじけないなあ~。あはは・・」

憲吾は料理を作るのは苦ではなかった。むしろ好きな方であった。
小さい頃、母がいない間の孤独な時間を料理を覚える事で埋めて
行った。理由は、やはり母の負担軽減にあった。

あるとき慶子が慣れない環境での演奏旅行の連続で、心身ともかな
り参った事があったのだが、そのとき憲吾少年が見た母は、憔悴し
きっていて今にも倒れそうな危うさがあった。

みようみまねで作ったおにぎりを差し出すと、慶子は一口パクつくと
”ありがとう。美味しいわ憲吾くん”と言って見せた何ともいえない
暖かな笑顔を憲吾は今でもはっきりと覚えていた。

憲吾は手際良く用意をしていった。
コーヒーを作り、トーストでパンを焼く間に、フライパンの上にタマゴ
を落としてハムを乗っける。
そしてものの数分で完成。美味しく焼けたパンの匂いが鼻をくすぐる。

「さあ、ちょっと遅めの朝食を頂こっか。」
「さすがねぇ~憲吾。鮮やかだわ。うふふ・・」

久しぶりに2人で囲む食卓に会話が弾んだ。

「ねえ憲吾。今日の予定はどうなっているの?」
「丸々の休みだから、1日中寝ていようかなと思ってる。」
「まあ、勿体ない。どこか行く所ないの?」
「ちょっと疲れているんだ。明日からも仕事が立て込んでいるし・・」

憲吾は背もたれに上半身を預けて天井を眺めた。
そして”ふぅ~”と大きく息を吐いて何気に首を2度3度振った。

「あらら随分とお疲れのようね。しっかりと体調管理してる?」
「さあ~どうかな?最近忙しくなってきたから食事には気をつけている
けど・・・」
「ホント?自分の身体なんだから、あまり無茶しちゃダメよ。いい?」
「ああ、分かってるよ。」
「あなたにもしもの事があったら、私これからどうしていいか判らなく
なるもの・・」

寂しげな表情で憲吾を顔を見る慶子。
幼い頃から、ずっと見続けて来たその表情に憲吾はいつも心苦しくなった。
”また、そんな顔で俺を見るのか・・”
慶子が国内コンサートに力を入れているのも、その間だけは自宅で息子と
一緒にいられるからなのである。

慶子ほどの実力と人気ともなると、国外からの招待も当然の如く頻繁に受け
ていた。昨今のクラシックブームが隆盛を極めてきたといっても、その数は
まだまだ欧米の比ではなかった。

一向に減らない海外演奏。親子水入らずの生活など殆ど無かったと言っても
良かった。
それでも人生の全てを注ぎ込んだヴァイオリンを捨てる事など考えた事は、
一度も無かった。
当然ヴァイオリンも、そして息子憲吾も命懸けで愛してきた慶子にとって、
生きていくいう現実において止む終えない決断をしてきたのであった。

離ればなれの生活を選択した以上、慶子の奏でる音色には何ともいえない
切なさとか温かみとかが一層にじみ出るようになっていた。

卓越した技術と体力任せの迫力を前面に魅せる海外演奏者は沢山いたが、
慶子は、その上に女性特有の線の細かさと柔らかさの上に、慈愛に満ちた
母の様な温かさを加えた魅力で、まさに全世界のクラシックファンの人々
の心を捉えたのであった。

「じゃあさ、この疲れを癒してくれる曲をリクエストしてもいいかい?」
「ええ、いいわよ。この朝食のお礼も兼ねて弾いてあげる。」
「ありがとう母さん。それじゃあねえ・・」

憲吾はカップに残ったコーヒーを飲み干すと、ゆっくりと腕組みをして、
思案顔を浮かべた。
慶子はテーブルの上に両肘をついて、首を乗っけながら、にこにこと笑顔で
憲吾を見つめている。

しばらく考えた憲吾は、軽く頷いて口を開いた。
「よし。それじゃあ、リクエストします。」
「グノー作曲『夜の調べ』にしま~す・・・でしょ?うふふ。」

あっ・・と口を開けたまま憲吾は言葉を飲み込んでしまった。
慶子は、とろけるような笑顔を見せて席を立った。

「何だあ。やっぱり分かっちゃった?」
見透かされた恥ずかしさから、頭を掻きつつ苦い笑顔を見せる憲吾。
「そりゃあ、あなたがこんな小さい頃から子守唄代わりに弾いて聞かせて
いたもの。直ぐに分かったわ。」

慶子はヴァイオリンを構えると、ゆっくりと弾き始めた。

ゆっくりと響き渡る低音の調べ。
慶子は華やかなりしパリ郊外を流れるセーヌ河のほとりに1人佇でいる
自分を思い浮かべた。
立ち並ぶノートルダム大聖堂、ルーヴル宮、エッフェル塔。
静かにふけ行く夕暮れ時、立ち並ぶガス燈に灯る暖かな明かりの群れが
気持ちを家路に向けさせてくれる・・・
一転、ヴァイオリンが奏でる高音の響きが、自宅に灯る優しい明かりを
思い浮かばせる・・・
懐かしい光りよ。あそこには愛しい我が子が一人待っていてくれている。

慶子は、この曲を弾く度に涙が溢れて仕方がなかった。
郷愁感を誘うメロディのせいだろうか・・
憲吾も、このメロディを聞く度に、何ともいえない安堵感を覚えていた。
母が奏でる優しい音色のせいだろうか・・

天に昇るような高音がエンディングとして響き渡ると、ゆっくりと弓を
ヴァイオリンから離した。甘い幻想がはるか彼方に去って辺りから日常
の静けさが戻って来た。

「お金払って聞きに来る人たちに申し訳無いなあ。イイヨ、実にイイ。」
「ありがとう。じゃあ1万円頂こうかしら?」
「ちょ、ちょっと待って。月末まで待ってくれます?今はちょっと苦しく
て・・・」

53とは思えない可愛らしい微笑。慶子のジョークに付き合う憲吾。
まるで仲の良い姉弟のよう。

「しょうがないなあ・・それじゃあね、お昼御飯も作ってもらおうかしら、
良いよね?憲吾くん。」
「ああ、ず、ずるいよ母さん。今日折角の休みなんだぜ。ゆっくりしたい
のになあ・・」

慶子のジョークに付き合ったばっかりに・・悔やんでも後の祭りだった。
「ねえ、ダメ?」
上目使いでお願いのポーズ。これがダメ押し。断れなかった。
「分かったよ。作ります。作らせて頂きますよ。もうしょうがないなあ・・」
「わあ、よかったあ・・これで練習に没頭できるわ。うふふ・・」

子供みたいに無防備なまでの笑顔に、憲吾もただ笑って従うしかなかった。
慶子も憲吾が断るはずが無い事を知りぬいての作戦だったのだ。
小さい頃から一生懸命に母に尽くそうとする息子を愛しい思いで見ていたから。
慶子にとって憲吾に甘えるのが最高の息抜きだった。


昼前になって、憲吾は商店街に買出しに出かけた。
慶子もトレーニングルームに篭って練習を開始した。

日曜日の商店街は、ちょっと閑散としていて静かだったが、
憲吾がやって来た時、ちょっとした賑わいが起こった。
「よう憲ちゃん。折角の日曜日なのに大変だね。」
「あらら、買出しなの?それだったらウチへ寄りなよ。」
「新鮮なトマト入ったよ憲ちゃん。」

憲吾の周りに小さな輪が出来た。
しょっちゅう買い物をする為、商店街の人たちとは、周知の
仲となっていた。
ここに移り住んだのは彼が10才の時だった。
その頃には既に月の半分を一人で過ごす為、生活用品や日々の
食財の買出しは憲吾の役目だった。
その可愛い少年の手助けをみんなは喜んで引き受けてくれた。

ー世界的なヴァイオリニストが近所に越してくるー

この話を聞いた商店街の人たちは沸き立った。
都心から離れた侘しい町の一角にある商店街には、お世辞にも、
あまり賑わっているとは言えなかった。
そこに降って涌いたようなその話に、人々は喜びを隠せなかった。
これで、かつての賑わいを取り戻せれるーそう思うのも当然だった。

「皆様、これから私たち親子2人何かとご迷惑をお掛けするかとは
思いますが、どうか仲良くお付き合いの程をよろしくお願いします。」

慶子は越してきた初日に憲吾を連れて商店街に挨拶に出向いた。
ヒロインの登場にどよめく周囲。自然と2人を中心に大きな輪が出来た。
慶子の美しさに商店街の父ちゃん達は、鼻の下が伸びっぱなし。
呆れた母ちゃん連中は、可愛らしい笑顔の憲吾に夢中になった。

慶子のきさくで腰の低い態度に、皆一同感心した。
自分の美しさや才能を鼻にかける様子など微塵も無く、優雅で優しさが
溢れる振る舞いに誰もがファンになった。

以来、滅多には顔を出さないが、その分憲吾が皆から慕われた。
感心な孝行息子を見守って十数年。父ちゃん母ちゃん連中からも
憲ちゃんの愛称で呼ばれていた。

「ねえ、おいちゃんさあ、この『世界的ヴァイオリニスト相澤慶子も絶賛の
キュウリ』っての止めてくれる?母さんキュウリ苦手でさ、これ俺の好物な
んだよね。」
八百屋の店頭に大きく張り出した紙を前に憲吾が、困った表情で八百屋の親父
に注文をつけた。
「え?そうなの?いつも沢山買っていくから、そうじゃないかなと思ったんだ
けど違うの?あっちゃあ・・でもまあ今更撤回してもしょうがないか。
しょうがない、このままにしてても良いだろ。な?」

あっけらかんとした親父の笑顔に憲吾も二の句が告げなかった。
「でもさあ・・」
「まあお母さんの名前を出すとさ、どこでも売れ行きが違ってくるんだよね。」
「でも、このまま嘘の表示をされててもどうかなあ・・」
「じゃあさ、ここに『の息子が・・』って追加しておくからさ、それで勘弁して
よ憲ちゃん。この白菜も2,3個おまけしちゃうからさ。な?えへへ・・」

親父の寄り切り勝ちであった。大きな白菜の魅力の前に憲吾は負けた。
ちょっと困ったような、でも思いがけない褒美が嬉しいような複雑な
表情の憲吾だった。

それを見た八百屋の親父は、すぐさま店の奥に走って行った。
そして何やら手に持って再び憲吾の前にやって来た。
「白菜だけじゃあ何だから、もう1つ良いものあげようかな。」

そう言って親父の右手が開くと、中から小さな葉っぱが出てきた。
「わあ、これって四つ葉のクローバーじゃないの。すっごくきれいだなあ。」
その葉は、ちょっと太い茎に均等に大きく4枚ついていた。
これほど見事な四つ葉のクローバーは今まで見た事など無かった。
興味深く眼を輝かせながら、その葉を見つめる憲吾だった。

「白菜が入った箱の中にあったんだ。どうだ凄いだろ?」
「うん。こんな大きなモノは珍しいんじゃないかな。」
「気に入ったのなら、それやるよ。」
「おじさんありがとう。早速母さんに見せてみるよ。」
「先生にかい?ああそうか四つ葉のクローバーってのは幸運の印って
言うからなあ。何かお願い事したら叶うかもしれないな。」

憲吾は自分の願いより、まず何よりも母の願い事を叶えてあげたかった。
すぐそこまで迫ってきたコンサートの成功を一番願っているのは、他ならぬ
慶子自身だったからだ。
それは憲吾の思う何倍も強いはずだ。久しぶりの国内での演奏。
すんなり受け入れてもらえるかどうか、やってみなければ分からない事だった

いつもよりナーバスになっているのは、傍にいてよく分かっていた。
気持ちを溜め込む性質なので、限界量を超えると目に見えてイラだつ
のが常だった。憲吾にあたる事もしばしば・・
機嫌の良い時には必要以上に甘える仕草をするのも、その裏返しだった。

憲吾も心得たもので、そういう時にはちょっと突っついて溜め込んだ気持ちを
吐き出させて鬱積を発散させたりもしていた。
勿論甘えてきた時には、言う事そのまま全てを満たしてやるよう心掛けた。
ちょっと反発するのは演技に他ならない。
そのまま”うん、うん、”と素直に聞いてやると、発散への”誘発”スイッチ
が入らないからという理由からだった。

こうやって大好きな母の為にあれこれと手を尽くす憲吾が、その葉っぱを手にし
た時、真っ先に自分が願うより、母自身に願い事をしてもらおうと考えたのは
当然の流れだった。

そして沢山の買い物を済ませて自宅へと帰る道で、遠方からヴァイオリンの音色
が聞こえてきた。
(ああ、これはシャコンヌだな。)
憲吾は、アルペジオ(分散和音。指で弾きながら音を出す方法)気味に響く音色
が奏でる印象的な旋律を聞いた。

ここで少しだけ説明させていただくと・・
ヨハン・セバスチャン・バッハ作曲
「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調」
が正式名のヴァイオリン曲の中でも特に技巧を駆使する難曲中の難曲。
旋律を弾きつつ伴奏も兼ねる為、三重音、四重音がしょっちゅう出て
くるので、和音とリズムをどう弾き綴るかが焦点のまさしくヴァイオ
リニストの技量が試される一曲なのである。

その時憲吾は慶子の凄まじいまでの意気込みを改めて実感した。
そして帰る道々で、じっと佇んで聞き込んでいる人たちを何人も見かけた。
それだけ素晴らしい演奏だったのが分かる。
憲吾は改めて相澤慶子の素晴らしさを認識したのであった。

家に帰ると、直ぐに料理に取り掛かった。
そして、ほんの1時間ほどで昼食の用意が完了した。
その頃には、慶子も練習を一旦終えていた。

憲吾の呼びかけに直ぐにやって来た。
だが額に汗を浮かべて浮かない表情の慶子を見た憲吾は、その時一抹の
不安を覚えた。
「納得できないの?母さん。」
「うん。そうなの、ちょっと感じが掴めなくてね・・」
「じゃあさ、この食事を食べて気分を入替えよっか。」
「そうね。じゃあ早速いただこうかしら。」

なぜ?とか、どうして?といった言葉は絶対言わない。
当たり前だ。彼女レベルの才能などまったく無い以上、何を言っても
無駄なのだ。手助けにすらならない。邪魔なだけなのだ。

憲吾は、慶子にリラックスしてもらう事だけに神経を使ってきたのだ。
勿論慶子も分かっていたからこそ、憲吾にだけ素の自分を見せていた。

「ねえ、母さん。今日さ八百屋のおじさんから、こんなものを貰っちゃ
ったんだ。」
そう言うと、憲吾は貰ったばかりの四葉のクローバーを食卓の上に置いた。

「まあ。キレイねえ。それに凄く大きいわ。」
「だろ?俺も気に入っちゃったんだ。」
「これって幸運を呼ぶものなんでしょ?何かお願い事でもしたら?憲吾。」
「俺は遠慮しとくよ。それよりも母さんの方でしょ?」
「私?えぇー?そんなお願いする事なんて何も無いわよ。」
眼をパチクリとさせて憲吾の顔を見つめる慶子。

「ああそうなの。それじゃあ俺が持っててもしょうがないし・・・
勿体ないけど捨てようか。」
突然憲吾はぶっきらぼうな口ぶりで切り返して、葉っぱをゴミ箱に向って
投げようとした。すると・・
「ああん。何言ってるのよ。勿体ないじゃないの。こんなきれいに揃っている
葉っぱってそうザラには無いわよ。」
慶子は慌てて身を乗り出し、振り上げた憲吾の右腕を掴んでその動きを止めた。

「でも俺、そんなに関心無いし・・」
「あなた、さっき気に入ったって言ってたじゃないの。」
「そうだっけ?そんな事言ったっけなあ?」
「もう!ふざけないでよ。いいわ、これ私が貰っておくわね。」

慶子は憲吾から取上げた四つ葉のクローバーを大事そうに胸ポケットに入れた。
それを見た憲吾は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「四つ葉のクローバーにはさ、神様の意思が含まれているって誰かが
言ってたよなあ。」
「へ、へえぇぇ・・そうなんだ。ふううん。」

憲吾は慶子の目が妙に泳いでいるのを見て、思わず笑い声を出しそうになった。
自身の不安を悟られないように、普段通りに振舞ってはいるのだが、憲吾には
全てお見通しだった。
ひと目、物腰が柔らかくて優しい雰囲気があるのだけど、こと自分自身の場合
に至ってはとても厳しく、決して弱い部分を見せようとはしなかった。
必要以上に毅然とした態度を見せる慶子。息子の前では特にそうだった。

短い昼食タイムも過ぎ憲吾が後片付けを始めると、慶子はトレーニングルームへ
と向った。そして再びバッハのジュコンヌを弾き始めるのであった。

荘厳な旋律が響き渡る中、憲吾は洗物を終えると自室に戻って、もう一眠りしよう
とベットに潜り込んだ。
慶子がつむぎ出す音色は、優しい子守唄。
耳から優しく流れ込んでくるのはまるで母の吐息のような甘い響きだった。
癒されるように憲吾は、いつしか深い眠りについたのであった。

・・・・・・・・・・・・

目の前に小さなはしごが立っていた。
視線を上に向けると、随分上の方まで延びているではないか。
憲吾は、どうしても昇ってみたいという気持ちになった。
そして、ゆっくりと取っ手を握りしめ台に足を乗っけた。

どのぐらい昇ったのだろうか?
何時の間にか辺りは、真っ青な空ばかり、ふと下を見ると街並みは米粒の
ように小さくなっていた。
もう引き返せなかった。ひたすら上を目指すのみだ。

すると大きな雲が次第に近づいて来た。
憲吾は、ゆっくりと昇っていくと、雲の上に小さな家が立っていた。
憲吾は雲の上に、恐る恐る足を置いてみた。
ふわふわした絨毯のような心地良さが足元から伝わった。

ふと頭上から、ヴァイオリンが奏でる美しい音色が聞こえて来た。
(これはメンデルスゾーン”歌の翼に”だ。)
憲吾は、何ともいえない心地良さが全身を包んでいるのを感じた。
頭上では、数十羽の小鳥たちが飛び回っている。
(ここはどこだ?何て美しい風景なのだろう。)
憲吾は、立ち尽くしたまま辺りを見回した。

その時目の前の家に、強い陽射しが当たった。
美しい黄金色の輝き。だけど不思議と眩しくは無かった。
その時、ヴァイオリンの旋律が変わった。

(今度はシューベルト”アヴェ・マリア”だ。何て美しい音色なんだ!)
憲吾が不思議そうに耳を傾けていると、突然目の前の家の玄関のドアが
開く音が聞こえた。

(誰かいるのか?)
ゆっくりと開くドア。中から強い光が憲吾めがけて射して来た。
まばゆいばかりの光りを背に誰かが現れた。
首から下を白い布に覆われた女性。「あっ!」憲吾は思わず声を上げた。

「か、母さん?え?これって?」
まるで神話に出てくる様な出で立ちで現れたのは慶子だった。
彼女は柔らかく優しい笑みを絶やさずに、憲吾の傍までゆっくりと歩み寄った。
憲吾はどういう訳か、身体が動かなくなっていた。
ただ呆然と慶子の前に佇むだけ・・・

まばゆい光りに包まれた慶子の顔は、普段以上に美しかった。
そして白くきめ細かい肌艶。そして柔らかく弾力に富む肌。
そこには53の女性では考えられないほどの若さが溢れていた。

「憲吾、私キレイかしら?」
「も、もちろんさ。ここまでキレイな女性は見たことがないよ。」
「そう。嬉しいわ。ありがとう憲吾。」

そっと首筋にキス。憲吾の背中に電流が走った。
両手が、慶子の腰に回った。ぎゅっと抱きしめる。
しっとりした温もりと、肉厚のある重量感が手から全身へと伝わった。

慶子の右手が、憲吾の頬を優しく撫でた。
女性らしい柔らかい感触が、オトコの感性をくすぐる。
両手に力が入る。慶子はかすかに声を漏らした。

「ああ・・待っていたのよ憲吾。もっと強く抱きしめて・・」
それはいつも耳にしていた”母”の声ではなかった。
甘く切ない男恋しい”女”の声そのものだった。

「母さん。俺・・」
憲吾の腕に更に力が入る。
「ああっ!!」
慶子の顔が妖しく歪む。眉間に力が入るや苦悶の表情。
近づく顔と顔。こんなに接近するのは初めてだった。
憲吾の心臓は高鳴った。

上目使いで憲吾を見上げる慶子。寂しげな瞳が潤んでいた。
「帯を解いてくれる?」
慶子はそう言うと、顔を憲吾の胸に押し当てた。
「う・・ん。」
震える手付きで、背中で蝶々結びされた純白の帯を解き始める。

胸の辺りの布が緩んだ。そしてかすかに見え隠れする隆起。
憲吾の興奮も高まる。そして帯が下に落ちた。

憲吾は両手で胸元の布を左右に開こうとした。
その時、慶子の両手が憲吾の手首を掴んだ。
「その前にキスして。ね?憲吾。」

慶子はそっと目を閉じて、顎を突き出した。
憲吾は迷いも無く左手を顎に添えて、顔を近づけた。
辺り一面に、シューベルト”アヴェ・マリア”が鳴り響いていた。

あと数ミリという時、美しい旋律が一転、不協和音を奏で始めた。
物凄い雑音。女性の悲鳴に近かった。ヒステリックなまでの高音が、
耳の中で劈いた。
「な、なんだ?どうしたんだ?」
すると辺りが急に揺れ始めた。

耳が痛い。凄い騒音が憲吾の耳を直撃した。
立っては入られなくなった。慶子にしがみ付くが、その時いきなり
目の前から慶子が消えた。
どこだ?どこに行ったの?母さん。かあさぁぁぁぁぁぁぁーーん!

不安に駆られた憲吾が、辺りを見回すが誰もいない。
明るい陽射しが消え、暗黒の空が広がった。突然に降り注ぐ雨と吹き
すさむ風が、我が身を痛めつける。
その時、再び雑音が鳴り響いた。
うわあああ!
堪らず大声を出した。するといきなり足元の絨毯が割れて憲吾は、
その深い闇の中へと落ちて行ったのだった。
・・・・・・・・・・・・・

「うわあああ。」
憲吾は目を、かっと見開いた。
ぼんやりと眼に入ってきたのは見覚えのある電灯。
左右を見渡すと、数々の家具が見えた。
(ゆ、夢か・・・)
憲吾はゆっくりと身体をベットから起こした。
熱い・・・全身から汗が吹き出ていた。ベットリと濡れた感触が
背中に感じる。
(何という夢だったんだ。俺が母さんと・・)
胸の鼓動は、早く打っているのが分かった。興奮が醒めない。

外は、陽が落ちかかっていた。ガラス戸が朱色に染まっていた。
時計を見ると、17時を少し回ったぐらいだった。

その時、ヴァイオリンの音色が鳴り響き始めた。
(なんだあ。母さんたら、まだ練習していたのか。よくやるなあ。)
バカバカしい夢の後だったから、何となく照れくさいような感傷に
囚われた。
(だけど、母さんはキレイだったなあ。)
憲吾は、”くすっ”と小さく鼻で笑ってしまった。
ちょっとだけ幸せな夢を見たのだと思うように心に言い聞かせた。
最後の暗転は神様からの自戒なのだ。もう忘れよう・・・

「おおう。」
急に寒気が襲った。かいた汗が冷えたのだろう。着替えをしなくては。
憲吾はシャワーを浴びようと風呂場へと急いだ。

トレーニングルームからは、ヴァイオリンの音色が途切れる事無く、
聞こえて来た。

シャワーを浴びている間も、そのヴァイオリンの音色は絶える事が
無かった。勿論憲吾は耳を傾けている。
(あれ?)
その時、憲吾はその音色の異変に気付いた。
(変だなあ。音が震えているぞ。うん・・かすかだが揺れている。)

ちょっと聞いただけでは判らないぐらいの微妙な揺れと違和感。
長年、慶子のヴァイオリンを聞き続けてきた憲吾だからこその発見
だった。
(練習のしすぎだ。疲れで音がブレているんだ。)

憲吾はシャワーを終えるとジャージの上下を着こみ、急ぎ足でトレー
ニングルームに向った。
ヴァイオリンの音色は、悲鳴を上げていた。憲吾はゆっくりとドアを
開けた。

部屋はまるでサウナの中のように、熱くむせ返っていた。
その中で全身汗ビッショリの慶子が、一心不乱に弾いていた。
背中といい、胸の周りといい、服が汗をピッチリと吸い取っていて、
至る所が透けて見えていた。

喘ぐような苦悶の表情が、凄く艶かしい。
憲吾の脳裏に、先程の夢がオーバーラップした。
母に女を感じたあの一瞬が甦った。
キスを求めた衝動が、胸の中で動き始めた。
ぼぅ~と見とれている憲吾。

音が1つ大きく外れた。その瞬間はっと我に帰る。
(バカな。何を考えているんだ。)
憲吾は母の異変を心配する息子の気持ちを取り戻した。

「何やってるんだよ母さん。もう音なんて無茶苦茶になってるじゃないか。」
憲吾の怒気を含んだ声が部屋全体に響き渡った。
だが、それでも一向に止める気配などまるで無い。一体どうしたのだ?

「もういいかげんにしろ!」
憲吾が慶子の両肩をがっちりと握り締めた。
ようやく弓が弦から離れた。音は途切れた。
その時、慶子の腰がぐらりとふらつくと、力無く憲吾の身体に倒れこんだ。

がっちりと抱き抱える憲吾。華奢な肩は汗でびっしょりだった。
濡れた髪が首筋に垂れているのを見た奎吾は、胸が高鳴るのを覚えた。
初めて見る乱れた母だった。

「今までこんな無茶なんてした事なんて一度もなかったのに、どうしてなんだ?」
「ご、ごめんなさい。どうしても以前思っていた感じが思い出せなくて、それで・・」
「それで、無理して弾き続けていたんだね?」

慶子は、疲れがピークなのか喋るのも辛いようで、その問いに無言でゆっくりと
頷くだけだった。
憲吾はすぐさまタオルを持ってきて、慶子の額や、首筋などを拭いてあげた。

慶子は憲吾の胸に顔を寄せた。
ドキリと胸に矢が刺さったような痛みを感じる憲吾。
「ああ、こうしていると気持ち良いわ。ありがとう。あなた。」
心地良さそうに、ほっと安堵したような口調だった。

「もうこれ以上しても、無駄だからもう止めようよね。」
確かに疲れから、目に見えて音もリズムもバラバラになっていた。
これ以上は無理だ。体力の限界は明らかだった。

憲吾は優しく諭した。だが、慶子は違っていた。
「もうちょっとなの。もうちょっとで掴めるの。だからもう少しやらせて。
ねえお願いだから、あなた。」
疲れた表情が、何ともいえない程艶かしく色っぽかった。
だが眼は真剣さで溢れていて力強かった。

憲吾は、ゆっくりと慶子の身体を抱え起こした。
「分かったよ。俺も付き合うよ。でももう少しだけだぜ。」
「ありがとうあなた。それじゃあ私の身体を支えてくれない?」
「OK!」

憲吾は後ろから慶子の腰を両手で支えながら立った。
慶子は、多少ふらつきながらも、ヴァイオリンを構えると、その震えも
ピタリと収まった。そして力強い音色が鳴り響いた。
再びシャコンヌを弾き始めた。

先程までの乱れなど、どこにも無かった。
ここにきて、最高の音色が現出したようだ。

「母さん凄いよ。さっきとは比べものにならない程のデキだよ。」
「あなたが私を支えてくれてるからよ。」
「もう掴んだでしょ?」
「もう少しってトコね。」

慶子は更に力強く弦を弾いた。
「いつも私を助けてくれてありがとう。愛してるわ。あなた。」

憲吾は、さっきから慶子の様子が妙だと感じていた。
彼自身、”憲ちゃん”、”憲吾、憲吾くん”と言われてきたけど、
”あなた”という言われ方をされたのは、今回初めてだった。

だが憲吾は、何故か嬉しい気持ちになった。
母と子とか、年上の女性と年下の男性との関係とかではなく、対等な
男女の間柄を強調するのを”あなた”という言葉は含んでいる。
憲吾は、慶子から”あなた”の言葉を聞いて、男の本能が疼くのを
覚えた。
一度闇に消えた夢の続きが、今現実になるのでは、との気持ちもあった。
でも、それはありえない。という気持ちも勿論併せてあった。

「俺もだよ母さん。」
憲吾は震えがちに相槌の声を出した。

だが慶子は、熱心に弾き続けていた。
勿論返事は返ってはこなかった。
(ふっ・・俺はなにやってるんだか。)
当たり前の常識を認識した。己のバカさ加減を密かに恥じた。

「ねえ、いつものようにしても良いわよ。」
突然の慶子の要求。だが憲吾には何のことやらさっぱり分からない。
「いつもの・・・って何?」
「何よう。あなたがいつもしている事よ。忘れたの?」
「え?何の事だい?」

困惑する憲吾。後ろからでは慶子の表情も分からない。

「あなた私の胸が大好きって言ったじゃない。」
「ええ?」
開けっぴろげな慶子の言葉に驚く憲吾。
変だ。やっぱり変だ。慶子の人格が変わってしまったのか?
さっきからの喋り方も変だ。まるで恋人に向って喋っている
みたいに、甘えるようなタメ口だった。

「ほら、早くぅ~。」
慶子のせかす声に押され、憲吾は腰に当てていた両手を慶子の
胸の上に置いた。
柔らかく弾力性に富んだ隆起物、そして手に吸い付くような肌触り。
憲吾は我を忘れて、何度も何度もそれを揉み砕いた。

「あっはああん。気持ち良いわ。ねえあなたもそうでしょ?」
「あっ・・ああ。勿論だよ。母さんのおっぱいって柔らかいんだね。」

背後から胸を揉まれても、慶子のヴァイオリンは美しい音色を奏で続け
ていた。
憲吾は、慶子の不可解な行動を詮索する気持ちなど、既に吹っ飛んでいた。
夢に見た幻想に心を奪われてしまったようだった。

憲吾は慶子の首筋に舌を這わした。
すると慶子の背中が少し震えたのが分かった。
「はあああん。もっと強く抱いて。お願い憲幸さん。」
慶子の言葉に、憲吾の手が止まった。
(憲幸って・・・父さんの名前じゃないか。)

その時、憲吾は初めて理解した。自分と父親を間違えている・・と。
でもなぜ、そんな有り得ない事が起こったんだろう?

(ああ、そうかあ!)
憲吾の脳裏に、あの四つ葉のクローバーが浮かんだ。
慶子が何か願をかけたのであろうというのが分かった。
そしてその願い事が何であったのかも。

原点回帰。おそらく迫って来るコンサートに不安を覚えた慶子は、
すがる思いで、がむしゃらに練習に明け暮れた昔に思いを馳せた
のに違いなかった。
それが有ろう事か、恋人(父)の存在までひっくるめて幻惑して
しまったのだろう。

今の慶子は、30年前の状態にいるのだろう。
神様の仕掛けた魔法にかかっている。
力強く若々しい演奏は、当時の勢いのある慶子だからこそなのだろう。

憲吾の手が動き始めた。
左手で胸を触りつつ、右手を下に移動させる。
スカートのおなかの部分に付けられたボタンを外すと、あっけなく
スカートは下に落ちて行った。

黒のパンティだけの下半身が露わになった。
そして右手を素早く、その中に滑り込ませた。

滑らかに動く人差し指と中指の2本の指。
クリトリスを擦ると、慶子の口から声が漏れた。
そして、しっとりと濡れる感触が指に伝わって来た。

「気持ちいいのか慶子。」
「ええ、とっても。この音色を聞いてよ憲幸さん。」
官能的な高音と低音が織りなす三重音。シャコンヌは求めていた。

憲吾の指の動きが激しさを伴ってきた。
「あんあんあん・・・ああああん。す、すごく痺れちゃう。イイわ。」
激しく喘ぐ慶子。憲吾の愛撫は、強くなっていく。

「おおお慶子。久しぶりだ。お前を抱きしめるのは・・・」
憲吾の様子もどうも変だ。
スムーズな指使い。まるで以前から慣れ親しんだ様な動き具合だ。
「あああん。憲幸さん。愛してる。とっても愛してるわ。」
「俺もだ。こんな日がもう一度来るなんて・・・おお・・愛してるぞ慶子!」

ヴァイオリンの音色は更に高音が力強く鳴り響いた。
「早く、早くちょうだああい。憲幸さん、早くううう・・」
憲吾はジャージを引き下ろすと、慶子の足を広げさせ、そのまま後ろから
差し込んだ。
「あうううう!!か、硬いわ。凄く大きいわ。最高よ。」
慶子が歓喜の声を上げた。
そして互いが立ったままのSEXが始まった。

ヴァイオリンを弾きながら、”オトコ”を受け入れる慶子。
そして激しく後ろから突上げる憲吾。
激しく肉がぶつかり合う音と、ヴァイオリンが奏でる高貴な音色とのアンサンブル。

「おおおお!」「ああん、あああああん!」
互いの高まりを感じる声が交差する。
「もうダメだ。イキそうだ。」「イッてぇ。そのままイッてちょうだい!」
憲吾の腰が更に激しさを増した。
「ああああああ、出るううう!」「いっぱい出してぇぇぇぇ・・おねがああい!」

若く勢いのある放流が慶子の身体に注ぎ込まれた。
その瞬間ヴァイオリンが放り出された。狂わんばかりの激情の音色が途切れた。

慶子は、そのまま憲吾に身体を預けるように倒れ込んだ。
がっちりと受け止める憲吾。
「しっかりしてよ”母さん”!!」

だが慶子は、そのまま気を失ったまま憲吾の腕の中で眠ってしまっていた。
その表情は穏やかで、優しい笑みを浮かべての寝顔だった。


翌朝・・・穏やかな陽射しが東の空から降り注ぎ始める。
山々の緑が金色に輝く時、人々の生活する音があちらこちらから聞こえ
始めてきた。
そしてここでも目覚まし時計が、けたたましく鳴り響いた。
するとベットの上に、すっぽりと被さった布団の中から、ゆっくりと手が
伸びてきて、ベットの前にある棚の上を、あちらこちらと探索した。
そしてその手が、ようやく探し当てると、それは、あっと言う間にベット
の中に引き擦り込まれていった。
暫くすると、その音は消え布団の中から憲吾が、ゆっくりと這出てきた。

そして大きなあくびを1つ、2つ・・時計の針は5時30分を指していた。
良く寝たみたいだ。だがぼんやりとした気持ちが全身に残っていた。
昨日の出来事の余韻を思い出すと、今でも不思議な思いに駆られてくる。

夢だったのか?
だが慶子と重なり合った事実を身体が覚えていた。
鈍い痺れが、腰の周りを覆っていた。
自分が何をやったのか・・

その”客観的”な事実は頭の中で、はっきりと理解出来ていた。

母とSEXをした。だけど不思議と爽やかな気持ちだった。
おぞましさなど、これっぽっちも感じなかった。
素晴らしい感動が甦ってくる。 美しくて可愛い母。当然だろう。

四つ葉のクローバーがもたらした魔法。
この真実を前に、信じられないなんて言葉は嘘になる。

慶子の女としてのあられの無い姿が脳裏に過ぎる。
素晴らしい感触が再び手の中に甦った。
憲吾は、ぎゅっと握り締めるとベットから飛び起きた。

昨日あれから、泥のように眠り続ける慶子を気遣って
今朝の食事の用意は自分がしなければと思ったからだ。

コンサートはもう真近だ。慶子のコンディションが気に
掛かる。昨日は何も食べていなかったから尚更だった。
憲吾の心配も当然だった。
朝食はしっかり取ったほうが良い。
憲吾は、静かな足取りで下に下りて行った。

だが憲吾が階段を下りた時、台所の方から、何やら
やっている物音がしていた。
憲吾が、覗くと、白い上下のパジャマ姿の慶子が忙しく
動いて食事の用意をしていた。
「母さん。起きて大丈夫なの?」
「ああ憲吾おはよう。今朝はバカに早起きねえ。どうしたの?」
「どうしたじゃないよ。昨日母さんが練習のし過ぎでぶっ倒れ
ちゃったから、今日は俺が朝食の用意をしようと思って早起き
したんじゃないか。」
「あら、そう。それはごめんねえ。私大丈夫よ。ほらこのとおり・・」

慶子はラジオ体操のような動きで、両手を左右上下に回して見せた。
そして両足も屈伸して元気さをアピールした。
「ね!ほら物凄く元気がでちゃってさ・・あはは。」

いつもの笑顔で語りかける。憲吾はほっとした表情で慶子を見た。

「良かったよ。昨日ぶっ倒れた時はどうしようかと思ったよ。」
「心配かけてごめんなさいね。どうしても思っていた音が出なくて
焦ってイラついちゃって・・迷惑かけちゃったわ。」
「いいよ。母さんが元気になってくれたから、それだけで嬉しいよ。」

憲吾は、慶子の肩をそっと抱いた。
華奢な肩。首筋のうなじが色っぽい。
だが、昨日のような衝動は起きなかった。
やはり母は母なのだ。

「もう少しで出来上がるからさ、それまでにお風呂入っちゃいなさい。
あなた昨日私に付きっ切りで入っていないでしょ?」
「どうして分かるのさ?」
「私はあなたの母親ですよ。直ぐに分かっちゃうもんなのよ。へへ・・」

憲吾はおどけた表情をする慶子を見て、嬉しい気持ちになった。
純粋に子供として・・・

「はいはい。分かりました。それではお言葉に従いまして私入らせて頂きます。」
「はいはい。どうぞどうぞ。」
2人は顔を見合わせて、互いに笑い合った。

憲吾は、用意された湯船にどっぷりと浸かった。
春先の朝風呂は、何とも言えない程爽快だった。

憲吾は昨日の出来事を振り返った。
素晴らしい慶子の肉体は、勿論の事、それをあたかも
初めから知っていたかのように振舞った自分自身に驚いた。

ひょっとしてあれは父親が自分に乗り移っていたのではないか?
母は、父を見たに違いない。あんな切なくて甘える表情の母を
見た事が無かった。息子にでは無く、最愛の男に対しての向けら
れた女の顔だった。

憲吾は、何となく面白くない感情が沸き起こった。
何時まで死んだ男を思っているのだろう。
昨日母を抱いたのは、紛れも無く自分自身なのだ。

憲吾は、今まで思いも寄らなかった感情に囚われていた。
母は俺の女だ。あの慈愛に溢れた美しく優しい笑顔は、全て
自分自身に向けられたものなんだ。誰にもやらない。決して・・

憲吾は、自身から湧き上がる昂ぶった感情に驚いた。
幼い頃誓った「母を守る」思いは、今形を変えて目の前にあった。

湯で、2度3度と顔を洗う。そして息を1つついた。
神は気付かせてはていけない感情を呼び起こしてしまった。

憲吾は、風呂から上がると、そのまま食卓へと向った。
料理は全て出来上がっていた。豪勢な品が幾皿もあった。
おそらく深夜から取り掛かっていたのだろう。

その時、憲吾が辺りを見回す仕草をした。
慶子がいない。忽然と消えた。
だが皿からは、幾本もの湯気が静かに揺らめいていた。

「母さん?」
憲吾は声を出して様子を伺った。
一体どこにいったのだろう?憲吾はもう1度呼んでみた。

ガチャッ!
ドアが開く音がした。
憲吾が、敏感にその音に反応した。
その視線は、トレーニングルームに向けられた。

(あっ!)
その時、憲吾はだらしなく口を大きく開けてしまった。
何気ないいつもの空気が一変した。

その部屋から、ゆっくりと黒のドレスに身を包んだ女性が出てきた。
胸のラインギリギリの所をなぞるように際どく両肩全開のオフショ
ルダードレス。
憲吾の表情が固まった。
慶子は優しく微笑むと、ゆっくりとお辞儀をした。

「昨日は、大変ご面倒をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした。
お蔭で昨日は食事ができませんでした。ごめんなさいね。
ですから今日はお詫びを兼ねて、私の手作り料理と来るコンサートへ向
けての仕上げ具合を診てもらうためのミニコンサートを行ないたいと思います。」

甘く囁くような声。優しい響きが心地良い。
だが憲吾は、ぽか~んと突っ立ったままの状態。

「ど、どうしたの?憲吾。ちゃんと聞いてる?」
堪らず怪訝そうな表情で問う慶子。
「え?あ、ああ・・・うん。聞いてるよ。」
はっと我に帰る。慌てて椅子に座った。やっと心が身体の中に帰ったよう。

クスっと笑う慶子。
そしてゆっくりとヴァイオリンを構えると、ひと息置いてから、
ゆっくりと弦を弾き始めた。

ショパンエチュード”別れの曲”だった。
美しく哀しい旋律が流れて来た。だがオープニングにしては不似合いな曲だ。
しかもこれはピアノ曲だ。
憲吾が不可解な表情を浮かべる。

すると慶子は突然にメロディーを変えた。
クライスラー”愛の喜び”
その軽快で躍動感に溢れたメロディラインが心地良い。
慶子も躍動感一杯に全身が動く。そしてその右手が舞うようにしなる。
憲吾は、ただ見とれるばかり、未だ食事には口をつけられずにいた。

その時朝の陽射しが、窓から入って来た。
全身神々しく輝く慶子の立ちスタイル。

次にEエルガーの”愛の挨拶”が流れ、そしてEサティの”3つのジムノペディ”
こうして一気に4曲を弾き終えると部屋中、春の陽射しで一杯になっていた。

こうして世界屈指のヴァイオリニストの独演会が終わった。
世界でもっとも贅沢な観客は、大きな拍手を何度もした。

「母さん。最高だ。すっげえや!」
「ありがとう。憲吾。ああ・・良かったあ。」
慶子の額の汗が光る。
そして心の底からの感動を得た憲吾だった。



中断していた食事を始めると、憲吾は、それらを一気に平らげた。
慶子は優しいまなざしで、その姿をずっと見つめていた。
「よっぽどお腹が減ってたのね。」
「良い音楽と良い料理。最高だね。あはは・・」
「まあ、嬉しい事言ってくれちゃってぇ・・うふふ。」

2人は食事が終わると、リビングでひと息入れた。
ソファーに満足気な表情で、どっかと座り込む憲吾。
それとは対照的に、そっと優雅に座る慶子。

「ねえ母さん、1つ聞いて良い?」
「うん?なあに?」
「最初の曲なんだけど、あれって変でしょ?」
「ああ”別れの曲”ね。そうかもしれないわね。」

顔色1つ変えずに同意する慶子。
「今弾いた曲はね、全部あなたに聞いて貰いたい曲だったのよ。」
「え?そ、それって・・・」
驚いた憲吾がソファーから勢い良く起きた。

「昨日。夢を見たの。もう逢えないと思った人に逢えた夢を見たの。
私嬉しかったわ。」
慶子の目は遠くを見つめているようだった。
憲吾は、胸の高鳴りを覚えた。
それは僕だよ・・その言葉を言いたかった。だけどやっとの思いで止めた。

「久しぶりの出会いで心がすっごく踊ったわ。」
「よ、良かったじゃない。母さん、ずっと父さんひとすじだったからね。」
「うん。凄く幸せな気持ちになったわ。でもね・・」
その時慶子が、突然うつむいてしまった。
「でも?なんなの?」
憲吾も心配そうに慶子の肩に手を置こうとした。
その瞬間・・・

「夢から醒めたの。はっきりと・・・」
慶子が顔を上げると、頬が真っ赤に染まり瞳はじんわりと潤んでいた。
まるで縋るような目で、憲吾を見つめる慶子だった。

「母さん、どうしたんだい?」
憲吾は明らかに、その表情の意味を理解していた。
だけど、自分からは言えなかった。決して。

「”別れの曲”は、あの人との決別の為に弾いたの。」
「そ、それじゃあ・・後の曲は?」

憲吾の表情は、明らかに分かっている顔だった。
”愛の喜び””愛の挨拶”ときて、最後の”ジムノペディ”とくれば・・

慶子は、すっとソファーから立つと、再びヴァイオリンを手にした。
「もう一曲弾くわね。」
そう言うと、右手を身体の後ろに置いた。

すると憲吾の目の前で信じられない光景が現れた。

パラリ・・・
黒のドレスが、あっと言う間に下に全て落ちてしまったのだ。
憲吾は声を出す事ができないまま、ただ凍りついてしまった。

ドレスの下から、一糸も纏わぬ裸体が現出したのだった。
そう”ジムノペディ”とはギリシャ語で「裸のスポーツ」という
意味だったのだ。

きれいな立ち姿のポーズ。
ほんの少し垂れ気味だが、まだまだ張りを失わない乳房。
ちょっぴり太目の腰周りだが、全然弾力を失っていない太もも。
キレイに手入れをした三角地帯。
美しい真珠と称えられた慶子の肉体は、今だ健在だった。

「どう?キレイかしら?」
はにかみながら、上目使いで憲吾を見る。
「勿論さ。母さんすっごくキレイだ。」
憲吾は、立ち上がると、ゆっくりと慶子に近寄った。

「また後ろから支えてくれるかしら?」
「ああ、喜んで。」

互いに笑顔で見詰め合う。
「ねえ、キスして。」
慶子の求めに憲吾は、すっと唇を合わせた。
憲吾の両手が慶子の背中に回った。

「母さん、気付いていたの?」
「ええ、途中からね。」
「何か恥ずかしいなあ。」
「そんな事無いわよ。素晴らしかったわ。」
「そうなの。嬉しいなあ。」

もう一度キス。今度は互いの舌を奪い合う激しいやつだった。
「こんなおばちゃんでも良いの?」
「母さんは十分若くてキレイだよ。他の女性なんて目じゃないさ。」

更にきつく抱きしめる憲吾。
慶子は密着する憲吾の股間を感じた。

「ホントだ。凄く硬くなってるわね。あはは・・」
「だろ?嘘じゃないって分かったでしょ?」
「はいはい。お母さん嬉しいわ。」

憲吾はシャツを脱ぎ捨てた。
厚い胸板が男らしさをアピールする。
続いてゆっくりとズボンを脱ぐ。

呆れるぐらいに反り返ってる肉棒が目に入った。
慶子は右手でゆっくりと扱いた。
「母さんの手。凄く気持ちイイよ。」
「そう。じゃあもうちょっとサービスしちゃおっか。」

そういうと慶子は、しゃがんで憲吾の肉棒を口に含んだ。
「おおおう。ねっとりしてて気持ちイイ。」
慶子の頭が前後に何度も動く。そして憲吾の腰も動く。
堪らずに憲吾は、右手で慶子の頭を押さえた。
そして更に激しさを増す腰振り。
何度も顔に打ち付ける・・・そして。

「ああああ。で、出る・・」「そのままイッて!」
慶子の口に大量の放出。そして放心した表情の憲吾。


「それじゃあ、弾くわね。」
慶子が構えると、憲吾は後ろに回った。

シャコンヌのメロディが流れて来た。
幾重にも重なる荘厳なる和音が響く。
「この曲って父さんが大好きだったのでしょ?」
「ええそうよ。いつも聞き入っていたわ。」
「俺もこの曲は大好きだよ。何度聞いても飽きないよ。」
「そうなの、嬉しいわね。これからはあなたを想って弾くわ。」

憲吾の両手が慶子の乳房を揉み砕く。
「あああん。」
慶子の甘い吐息が漏れる。2つの音色のハーモニー。

更にヴァイオリンの音色に深みが増して来た。
憲吾の右手が股間に入った。
ぐっちょりと濡れていた。

指がピアノを弾くように軽快に動く。
「はああああん。気持ちイイよ。憲吾。」
楽器名は慶子。甘い音色が鳴り響く。

慶子はヴァイオリンを弾きながら、少しずつ足を広げて行った。
「ドラムを叩いて憲吾!」
憲吾は、ゆっくりと腰を沈めた。

「ああああん。最高。もっと・・もっとちょうだい!」
「母さん。母さん。」
「あああああ・・憲吾。愛しているわ。凄く愛している!」
「俺もだ、母さん。もう離さない。母さんは俺のものだ。」

美しい立ち姿の慶子。
そして後ろから突上げる憲吾。

その音色は、更に艶っぽく聞こえるようになった。

その時暖かな陽射しが棚の上に置いてある家族写真に
向って一斉に降り注がれた。

その慶子と憲吾が幸せそうに笑っている写真の横には、
あの四つ葉のクローバーが一緒に貼り付けられてあった。

                      (おわり)
                      
[2005/01/09]

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。