小説(転載) 気付かないけど、傍に 1/8
官能小説
あえてこのカテゴリにしておく。
気付かないけど、傍に
1
…痛い。
目蓋がぼやけて明るく感じるから、もう朝なんだろうな。
起きた時、全身が痛むように感じる事なんてよくある事だけど。今痛いのは、頭の方だよな…
寝ていた疲れからなのか、頭の芯に鉛が入ってるみたいに重く感じる事ってよくある。これもそういう寝惚けた感じの痛み…
「ほら、起きて起きて!」
…じゃない事は分かってるんだけどな。
奴は鼻を潰す事が目的らしく、さっきからぐいぐいと押されていて痛い。妙にちっこい柔らかいものを、布で覆っている感触。これは、靴下だと思う。
「お兄ちゃんってば!」
「少しは起こし方、ってものが無いか?」
いくらなんだって、こういう扱いは無いと思うんだけどな。一応、俺が兄なんだし。もう少しだけ、敬ってくれたって良さそうなものを。いや、敬えとは言わない。
せめて人間扱いして欲しい気がする。
「いいから起きる!」
「パンツ見えてるぞ」
「やだ、どこ見てるのよ」
寝惚けたまんまで薄目を開いたら、目の前に由悠のスカートの中が広がっていただけの話だ。何が悲しくて、妹のパンツを覗かなきゃならんのだ。にしても、真っ白なパンツって。もう少しだけ、色気づいたらどうなんだろう。
童顔で小柄な由悠は、中学生に間違われる事を時々愚痴っている。これを色気と考えれば、色気づいてるんだろうけど。好きな男が出来ただの何だのという話だけは、少しも聞いた事が無いからな。
あくび混じりに起き上がると、何かが鼻から伝い落ちる感覚があった。鉄錆びのようなこの匂いと味は、言わずと知れた、
「い、妹のパンツ見て鼻血出さないでよ」
必死にスカートを抑え、後ずさりながら言う由悠の顔は、心なし赤らんでいた。多分、これから俺が言わんとする事への、羞恥心が顔を赤らめさせているんだろう。
「お前が鼻にけりを入れたからだろうが!」
「まあ、まあ」
照れたような半笑いで、由悠が取りなすような顔を向ける。
「大体、欲情したんだったらだなあ!」
そう言って俺は、布団をめくって見せる。そう、欲情したのだったら俺の息子がびんびんに…立ってるよ。
「すけべ」
「男の朝の生理現象だ」
「言い訳はいいから、とっとと仕度する。ほら」
そう言って由悠が目の前に突き出してきた時計を見て、俺は二度寝しようかとかなり悩んだ。はっきり言って、今から遅刻を免れるには、相当気合いを入れて仕度して急いで出て…も無駄そうだったから。
「いや、土曜日は遅番だったから」
「無い無い」
俺の完璧なまでの言い訳を、由悠は即座に完膚なきまでに叩きのめした。
「な、なんとか間に合ったね」
「…」
「そ、それじゃ、わ、私は行くね」
「…ああ」
俺は息が切れきっていて、まともに喋る事すら出来無かった。よくもまあ、由悠の奴は全力疾走の後で喋れたもんだ。少なくとも俺には、その気力は残っていなかった。
このまま帰って寝ようかな。
十年前は新築だった校舎と、慌しく昇降口に入っていく生徒の流れを見ながら。ぼんやりとそう思っているうちに、自分の下駄箱の蓋を開いていた。生活習慣というものは、恐ろしいものだな。
「おはよう」
周囲で交わされている挨拶の声。
昇降口に詰めかけた生徒達が口々に挨拶をしているので。壁に当たって反響したその声や、靴を履き替える物音などが、潮騒にも似た音として聞えてくる。自分の周りをそういった喧騒がとり巻いている事を感じると、言葉の海の中に潜っているようにも感じられる。
「聞えなかったのか? おはよう、春日部」
「え? 俺?」
下駄箱の蓋を開けながら振り返ると、下駄箱の中から何かが落ちた気配が伝わってきた。
見られる可能性のあるのは、今声をかけてきた源太くらいのものだけれど。それでも、やっぱり他人に見せたく無い気持ちが先に立って、慌てて拾い上げる。
見覚えのある、ピンク色で縁取りされた白い封筒。宛先や差出人は確認していないけれど、多分、いつもの手紙だろう。
「わ、悪いな。全力疾走した疲れで、聴覚が弱っていたらしい」
「そんなもの弱るのか? それより…まあ、いいか。急ごうぜ」
長身かつ、すらっとした顔。素直に靡くその髪と、どこを取っても爽やか好青年の源太は。性格も外見を裏切るような事はしなかった。
こういう、隠したい事をそっとしておいてくれる心遣いが、有り難いんだよな。源太を同じクラス、同じ部活で持っている俺は恵まれてるなあ、なんてしみじみ思う。
「そうだな。折角、学校まで全力疾走したのが無駄になっちまう」
「そうそう」
白い歯を見せる源太に、俺の意思の承諾も聞かず、手が勝手に源太の胸を叩いていた。そして、俺の意思とは全く関わり無く、口が開いていた。
「爽やか過ぎ」
「…なんだよ、それ」
弱り切ったように苦笑する源太は、その表情さえも爽やかだった。
これから、俺内部で、源太の事を『爽やか源太君』と呼ぶ事に決めよう。しかし、神様も不公平だよ。どうしてこう、顔のいい男というのは何をしても似合うんだろうか。
気付かないけど、傍に
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…痛い。
目蓋がぼやけて明るく感じるから、もう朝なんだろうな。
起きた時、全身が痛むように感じる事なんてよくある事だけど。今痛いのは、頭の方だよな…
寝ていた疲れからなのか、頭の芯に鉛が入ってるみたいに重く感じる事ってよくある。これもそういう寝惚けた感じの痛み…
「ほら、起きて起きて!」
…じゃない事は分かってるんだけどな。
奴は鼻を潰す事が目的らしく、さっきからぐいぐいと押されていて痛い。妙にちっこい柔らかいものを、布で覆っている感触。これは、靴下だと思う。
「お兄ちゃんってば!」
「少しは起こし方、ってものが無いか?」
いくらなんだって、こういう扱いは無いと思うんだけどな。一応、俺が兄なんだし。もう少しだけ、敬ってくれたって良さそうなものを。いや、敬えとは言わない。
せめて人間扱いして欲しい気がする。
「いいから起きる!」
「パンツ見えてるぞ」
「やだ、どこ見てるのよ」
寝惚けたまんまで薄目を開いたら、目の前に由悠のスカートの中が広がっていただけの話だ。何が悲しくて、妹のパンツを覗かなきゃならんのだ。にしても、真っ白なパンツって。もう少しだけ、色気づいたらどうなんだろう。
童顔で小柄な由悠は、中学生に間違われる事を時々愚痴っている。これを色気と考えれば、色気づいてるんだろうけど。好きな男が出来ただの何だのという話だけは、少しも聞いた事が無いからな。
あくび混じりに起き上がると、何かが鼻から伝い落ちる感覚があった。鉄錆びのようなこの匂いと味は、言わずと知れた、
「い、妹のパンツ見て鼻血出さないでよ」
必死にスカートを抑え、後ずさりながら言う由悠の顔は、心なし赤らんでいた。多分、これから俺が言わんとする事への、羞恥心が顔を赤らめさせているんだろう。
「お前が鼻にけりを入れたからだろうが!」
「まあ、まあ」
照れたような半笑いで、由悠が取りなすような顔を向ける。
「大体、欲情したんだったらだなあ!」
そう言って俺は、布団をめくって見せる。そう、欲情したのだったら俺の息子がびんびんに…立ってるよ。
「すけべ」
「男の朝の生理現象だ」
「言い訳はいいから、とっとと仕度する。ほら」
そう言って由悠が目の前に突き出してきた時計を見て、俺は二度寝しようかとかなり悩んだ。はっきり言って、今から遅刻を免れるには、相当気合いを入れて仕度して急いで出て…も無駄そうだったから。
「いや、土曜日は遅番だったから」
「無い無い」
俺の完璧なまでの言い訳を、由悠は即座に完膚なきまでに叩きのめした。
「な、なんとか間に合ったね」
「…」
「そ、それじゃ、わ、私は行くね」
「…ああ」
俺は息が切れきっていて、まともに喋る事すら出来無かった。よくもまあ、由悠の奴は全力疾走の後で喋れたもんだ。少なくとも俺には、その気力は残っていなかった。
このまま帰って寝ようかな。
十年前は新築だった校舎と、慌しく昇降口に入っていく生徒の流れを見ながら。ぼんやりとそう思っているうちに、自分の下駄箱の蓋を開いていた。生活習慣というものは、恐ろしいものだな。
「おはよう」
周囲で交わされている挨拶の声。
昇降口に詰めかけた生徒達が口々に挨拶をしているので。壁に当たって反響したその声や、靴を履き替える物音などが、潮騒にも似た音として聞えてくる。自分の周りをそういった喧騒がとり巻いている事を感じると、言葉の海の中に潜っているようにも感じられる。
「聞えなかったのか? おはよう、春日部」
「え? 俺?」
下駄箱の蓋を開けながら振り返ると、下駄箱の中から何かが落ちた気配が伝わってきた。
見られる可能性のあるのは、今声をかけてきた源太くらいのものだけれど。それでも、やっぱり他人に見せたく無い気持ちが先に立って、慌てて拾い上げる。
見覚えのある、ピンク色で縁取りされた白い封筒。宛先や差出人は確認していないけれど、多分、いつもの手紙だろう。
「わ、悪いな。全力疾走した疲れで、聴覚が弱っていたらしい」
「そんなもの弱るのか? それより…まあ、いいか。急ごうぜ」
長身かつ、すらっとした顔。素直に靡くその髪と、どこを取っても爽やか好青年の源太は。性格も外見を裏切るような事はしなかった。
こういう、隠したい事をそっとしておいてくれる心遣いが、有り難いんだよな。源太を同じクラス、同じ部活で持っている俺は恵まれてるなあ、なんてしみじみ思う。
「そうだな。折角、学校まで全力疾走したのが無駄になっちまう」
「そうそう」
白い歯を見せる源太に、俺の意思の承諾も聞かず、手が勝手に源太の胸を叩いていた。そして、俺の意思とは全く関わり無く、口が開いていた。
「爽やか過ぎ」
「…なんだよ、それ」
弱り切ったように苦笑する源太は、その表情さえも爽やかだった。
これから、俺内部で、源太の事を『爽やか源太君』と呼ぶ事に決めよう。しかし、神様も不公平だよ。どうしてこう、顔のいい男というのは何をしても似合うんだろうか。
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