小説(転載) 気付かないけど、傍に 5/8
官能小説
気付かないけど、傍に
5
校門前の道路にずらっと並んだバスは、かなり異様な光景だった。学年の全クラスの生徒を収容する為だけに、来ているんだろうけれど。思ったよりも、全然多いような気がする。
二年の生徒だけが、朝のいつもの流れから逸れてバスの中に入っていく。集合、点呼がいちいちあった中学の頃と比べると、段違いに楽だ。けれど、どこの学校もそうだというわけじゃ無いらしいけれど。
「それじゃお兄ちゃん。怪我だけはしないでよ?」
「はいはい」
「ああ、もう。真面目に聞いてくれない。私は、本当に心配してるんだからね」
「俺だっていつまでも、お前と一緒にいるわけにはいかないだろう。いつか、お前が結婚すれば、お前と離れ離れになるんだしな」
真面目と言われて期待に応えないわけにはいくまい。そう思った俺は、真面目な顔をして、さながらに返してやった。由悠はきょとんとしながらも、呆れたような笑顔で言っていた。
「心配しなくても、お兄ちゃんが結婚するまで私も結婚しないから安心して」
「だったらお前、一生結婚出来無いぞ。俺なんか、一生一人ものなんだからな」
「おはよう…あ、気にしないでいいよ?」
朝の由悠との小粋でお洒落なトークに割って入ったのは、直美の怯えた眼差しだった。気にするな、と言われても。軽口の応酬なんてものは、水が差されればそれで立ち消えになってしまうものだからな。
「おはようございます。それじゃ、お兄ちゃん。行ってらっしゃい」
「おう」
手を振って去っていく由悠に、手を振り返して見送った後で。直美に視線を移してみる。さっきから気になっていた通り、ずっと俺のことを見ていたらしく。目を向けてやると、不自然なほど極端に視線を逸らした。
「おはよう、二人とも」
対応に困ってる俺を助けるかのように、颯爽と源太が現れた。この間合い、爽やかなだけでなく、本当に源太っていい奴だ。ここで感謝を口にしたとしても、さっぱり分からないだろうから、心の中でだけ思っておいてやる。
「聞いたよ、直美ちゃん。ヒロイン役に名乗り出たんだってね。応援するよ、頑張ってね」
「う、うん。ありがとう」
気弱そうに、ひきつりまくった笑顔を直美が浮かべた。照れたように見えなかったら、こういうひきつった笑顔っていうのは、いいもんじゃ無いけどな。
「それじゃ、バスに乗ろうよ」
源太に促され、直美を先にバスに乗せながら俺は思っていた。
結局のところ。俺にとっての直美ってのは、由悠とそれほど変わりが無いのかも知れない。近しくて、親しい存在ではあるけれど。もし俺が、直美の事が好きなんだとしたら。由悠の事を、もっと好きなんだと思うしな。
多分、恋愛とは感情の質が違うんだろう。それに、恐らく。直美が俺に抱いている、というその気持ちも。
道路がどんどん後ろに流れ、車内からは寝息しか聞えて来ない。
さっきまでカラオケのマイクを回したりしていたけれど。いつの間にか、みんなすっかり昼寝に入ってしまったらしい。俺も、眠いどころか、半分以上は眠ってるんだけどな。
騒がしくされるより、静かな方が運転はし易いんだろうか?
バスの運転手の心情に想いを馳せながら。まだ起きている若干の連中が、ひそひそごそごそと菓子を食べる音などが耳に心地良い。バスの立てる音と一緒になって、俺に眠れ、眠れと言っているようだった。
勿論、それに逆らう必要など俺にはどこにも無い。
寝ようと思いながら。逆らうでも無く寝ずにいて。寝てても起きててもどっちでもいい。こんな、なんか中途半端な状態が、ひどく気持ち良かった。
視界が淡く暗いオレンジ色の光になった事からして。どうやら、トンネルの中に入ったらしい。こもって反響するような音を聞きながら、俺の意識はだんだんと…
「きゃああああ!」
閉じかけていた目蓋が、下から跳ね上げられたように開く。
悲鳴そのものより、その切羽詰まった感じが体中に緊張感を与える。何が起きたのかと悲鳴の方を見ようとした時、急ブレーキの音が響いた。
体が前の方に持って行かれる。咄嗟に前の座席の背もたれを掴むと、全身でつっぱって堪える。それでも抑え切れない勢いに、堪えるようにして歯を食いしばりながら。何が起きているのか理解する為に、フロントガラスの向こうを見る。
急速に停まりながらバスが近付いているのは、車の群れだった。ごちゃっ、と入り混じって停まっている。
長い時間なのか、短い時間なのか。感覚の分からなくなっている中で、集中力だけが増していき。前の方に座っている源太と、目配せをしあった。よし、俺も源太も冷静さを保っている。バスが止まったら、即座に行動に移れるだろう。
直美の奴は、いつも怯えたような目をしているだけに。こういう時は、どれだけ怯えた目をしているんだろうか。ちょっと、興味が沸いた。
源太の隣の席にいるはずの直美の方を見ようとした時、視界が消えた。
何かがひしゃげて潰れるような音が、周囲を荒れ狂っている。雷のような火花が見え、それが蛍光灯なのかも知れないと思った時。
不意に襲ってきた頭痛と共に、視界が真っ暗になっていくのを感じた。
5
校門前の道路にずらっと並んだバスは、かなり異様な光景だった。学年の全クラスの生徒を収容する為だけに、来ているんだろうけれど。思ったよりも、全然多いような気がする。
二年の生徒だけが、朝のいつもの流れから逸れてバスの中に入っていく。集合、点呼がいちいちあった中学の頃と比べると、段違いに楽だ。けれど、どこの学校もそうだというわけじゃ無いらしいけれど。
「それじゃお兄ちゃん。怪我だけはしないでよ?」
「はいはい」
「ああ、もう。真面目に聞いてくれない。私は、本当に心配してるんだからね」
「俺だっていつまでも、お前と一緒にいるわけにはいかないだろう。いつか、お前が結婚すれば、お前と離れ離れになるんだしな」
真面目と言われて期待に応えないわけにはいくまい。そう思った俺は、真面目な顔をして、さながらに返してやった。由悠はきょとんとしながらも、呆れたような笑顔で言っていた。
「心配しなくても、お兄ちゃんが結婚するまで私も結婚しないから安心して」
「だったらお前、一生結婚出来無いぞ。俺なんか、一生一人ものなんだからな」
「おはよう…あ、気にしないでいいよ?」
朝の由悠との小粋でお洒落なトークに割って入ったのは、直美の怯えた眼差しだった。気にするな、と言われても。軽口の応酬なんてものは、水が差されればそれで立ち消えになってしまうものだからな。
「おはようございます。それじゃ、お兄ちゃん。行ってらっしゃい」
「おう」
手を振って去っていく由悠に、手を振り返して見送った後で。直美に視線を移してみる。さっきから気になっていた通り、ずっと俺のことを見ていたらしく。目を向けてやると、不自然なほど極端に視線を逸らした。
「おはよう、二人とも」
対応に困ってる俺を助けるかのように、颯爽と源太が現れた。この間合い、爽やかなだけでなく、本当に源太っていい奴だ。ここで感謝を口にしたとしても、さっぱり分からないだろうから、心の中でだけ思っておいてやる。
「聞いたよ、直美ちゃん。ヒロイン役に名乗り出たんだってね。応援するよ、頑張ってね」
「う、うん。ありがとう」
気弱そうに、ひきつりまくった笑顔を直美が浮かべた。照れたように見えなかったら、こういうひきつった笑顔っていうのは、いいもんじゃ無いけどな。
「それじゃ、バスに乗ろうよ」
源太に促され、直美を先にバスに乗せながら俺は思っていた。
結局のところ。俺にとっての直美ってのは、由悠とそれほど変わりが無いのかも知れない。近しくて、親しい存在ではあるけれど。もし俺が、直美の事が好きなんだとしたら。由悠の事を、もっと好きなんだと思うしな。
多分、恋愛とは感情の質が違うんだろう。それに、恐らく。直美が俺に抱いている、というその気持ちも。
道路がどんどん後ろに流れ、車内からは寝息しか聞えて来ない。
さっきまでカラオケのマイクを回したりしていたけれど。いつの間にか、みんなすっかり昼寝に入ってしまったらしい。俺も、眠いどころか、半分以上は眠ってるんだけどな。
騒がしくされるより、静かな方が運転はし易いんだろうか?
バスの運転手の心情に想いを馳せながら。まだ起きている若干の連中が、ひそひそごそごそと菓子を食べる音などが耳に心地良い。バスの立てる音と一緒になって、俺に眠れ、眠れと言っているようだった。
勿論、それに逆らう必要など俺にはどこにも無い。
寝ようと思いながら。逆らうでも無く寝ずにいて。寝てても起きててもどっちでもいい。こんな、なんか中途半端な状態が、ひどく気持ち良かった。
視界が淡く暗いオレンジ色の光になった事からして。どうやら、トンネルの中に入ったらしい。こもって反響するような音を聞きながら、俺の意識はだんだんと…
「きゃああああ!」
閉じかけていた目蓋が、下から跳ね上げられたように開く。
悲鳴そのものより、その切羽詰まった感じが体中に緊張感を与える。何が起きたのかと悲鳴の方を見ようとした時、急ブレーキの音が響いた。
体が前の方に持って行かれる。咄嗟に前の座席の背もたれを掴むと、全身でつっぱって堪える。それでも抑え切れない勢いに、堪えるようにして歯を食いしばりながら。何が起きているのか理解する為に、フロントガラスの向こうを見る。
急速に停まりながらバスが近付いているのは、車の群れだった。ごちゃっ、と入り混じって停まっている。
長い時間なのか、短い時間なのか。感覚の分からなくなっている中で、集中力だけが増していき。前の方に座っている源太と、目配せをしあった。よし、俺も源太も冷静さを保っている。バスが止まったら、即座に行動に移れるだろう。
直美の奴は、いつも怯えたような目をしているだけに。こういう時は、どれだけ怯えた目をしているんだろうか。ちょっと、興味が沸いた。
源太の隣の席にいるはずの直美の方を見ようとした時、視界が消えた。
何かがひしゃげて潰れるような音が、周囲を荒れ狂っている。雷のような火花が見え、それが蛍光灯なのかも知れないと思った時。
不意に襲ってきた頭痛と共に、視界が真っ暗になっていくのを感じた。
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