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小説(転載) 「十九歳」

官能小説
05 /27 2015
なぜこの作品を保存したのかまったく覚えていない。


 シルバーのメルセデスが停まったとき、男の横にはギャル風の女が座っていた。その頭の中にはゴキブリ1匹存在しないであろう笑顔を浮かべ、ベルサーチのスーツを着込んだ男にしなだれかかっている。
 わたしは書類を片手にしばらく男の様子を眺めていた。
 吹きすさぶ北風、鈍色の街角。コートに包まれたわたしの体は、それでも急に発熱をし、ランジェリーの隙間を汗の粒が一滴、肌を舐め下ろす。
 わたしは哄笑を浮かべながら男を見る。
 男はそんなわたしに気づくはずもなく、車を降りると豪奢なカフェの中に、バカな女を連れて消えていくのだった。

 3年前、男は小さなカレー屋を営んでいた。そして、わたしはバイトの短大生。男は35、わたしは19。妹いうには離れすぎ、親子というには近しい年の差だった。
「夢を見たんだ」
 閑散とした閉店前の店の中で男は言った。
「デートしてるんだ、けれど、相手が」
「相手が?」
「女子校生」
「どうしてそれがわかるんですか?」
「制服をいていたから」
「どんな?」
「セーラー服」
「いやらしい、マスター、願望があるんだ」
「そんなことあるもんか。若い女は嫌いだ」
「そうなんですか?」
「うん、18歳未満は嫌いだな。何だか恐くて」
「19歳ならどうですか?」
「19歳?」
「そう」
 いきなり沈黙が流れる。わたしは自分が発した言葉に思わずどぎまぎしてしまった。
「好きだよ」
「え?」
「19歳のかわいい女の子は大好きだ」
 その日、店が終わるとわたしは初めてマスターとセックスをした。
 バージンではなかった。けれど、気持ちのいいセックスをしたのは初めてだった。
「やめて、奥さんに悪い」
「こんなときにそんな言葉を使うもんじゃない」
「でも…」
「嫌なのか?」
 シャッターが閉じられ、狭い控え室に置かれたソファーの上でわたしは全裸に剥かれていく。胸は大きいが締りのない腰に太い手足。ぽっちゃりとした幼児体 型をわたしは恥じた。けれどマスターは丹念に、丁寧に、まるですぐに壊れる高級なガラス細工を扱うようにわたしを愛撫し始める。
「恥ずかしい」
「恥ずかしいもんか、この世で一番綺麗だよ」
「うそ、だって、ダイエットだって何回も失敗してるし、下腹だって出てるし」
「僕は鶏がらのような女は嫌いだ」
「腕だって、首だって、脚だって…」
 自分の欠点を口にする。そうすることでわたしは何かから逃れようとしている。
(遊びなんだ、真剣になっちゃいけないんだ)
 クリスマスのときのダイヤのピアス。ホワイトデーのときのグッチの財布。誕生日のときの薔薇の花束。
 わたしは今まで与えられた物を羅列することで感情を押し殺そうとする。行為は代償にしか過ぎない。お礼のつもりだと考える。わたしの粗末な肉体が感謝の形となるのならば、それでいい。
「好きなんだ、ずっと」
「いわないで、お願い」
「好きになっちゃいけないの?」
「いけない、苦しむのはヤだ」
「苦しいのはお互い様だ。僕は君が思ってるほど大人じゃない」
 わたしの膨らんだ乳房を舐り、未だ幼い秘部を探る。初めてじゃない、処女じゃないといい聞かせても、相手は一人。その男と2回しか経験していない。貧乏 で泣き虫で頼りなくて、それでも別れることのできない同い年の男との、性急で動物的で乱暴で、快楽を伴うことのないセックスを2度だけ。
「いや…」
 挿入がなされたとき、わたしは思わず呟いてしまった。
「痛い?」
 わたしは質問に首を振る。
「嫌なの、変になりそう」
「なればいい」
「なりたくない」
「僕はなりたい、ムチャクチャになってもいい」
「わたし一人だけを愛してくれる?」
「今だってそうだ」
「誰にも触れないでくれる?」
「今だって」
「わたしはわがままで泣き虫で弱虫で天邪鬼で人見知りが強くて、それで…」
 言葉はマスターの唇で遮られた。そして、緩急を持った抽送の中で、わたしはそこが、乱雑な控え室の安っぽいソファーの上だということを忘れてしまう。
「いやん、やん、いい…」
「好きだよ、大好きだ」
「いやん、いやん、やんやん、ダメ、変になっちゃう、変になっちゃうん!」
 わたしは達した。舞い上がり、突き落とされ、全身がゼリーのプールに沈んでいくような絶頂感。
 マスターはお腹の上に熱い迸りを放っていた。その、初夏に咲く、秋に実のなる花のような匂いは、わたしに喜びと、それに伴う微かな悲しみを与えてくれたのだった。

 程なくしてわたしは就職し、マスターとの関係は終わりを告げた。一応名の知れた銀行のセクレタリー部門。毎日を単調に過ごすわたしは、マスターの店がチェーン展開し、数多くのフランチャイズを持つまで成長したことを耳にしていた。
 その男が今、にやけた笑みを浮かべ、バカを煮詰めて型に嵌め、人の形に整えて、命を与えてしまった女と、道路脇に席を取る。
 わたしは時計を見た。ブレスレットタイプの国産時計は少しだけの余裕を教えてくれる。道路を横切り、店に入る。そして、何食わぬ顔で男のまん前のテーブルに座り、脚を組んで頬杖をついた。
「やっぱり君だ」
 バカがトイレにたった隙に、男はわたしに近づいてきた。
「お久しぶりです」
「最初、気づかなかったよ。ほんと、久しぶり」
 鼻にかかった低い声。身なりは変わっても昔のままだ。
「声、かけてくれれば良かったのに」
 男はわたしの前に座り、タバコに火をつける。
「あっと、君、タバコは…」
「いいんですよ、そんなこと気にしていたら、会社の中で生きていけない」
 19のわたしはタバコが大嫌いだった。それを男に告げると次の日から吸わなくなった。1日20本以上吸っていると言ってたはずなのに、わたしといるとき は1本も口にしない、苦痛も表に出さない。仕事の後も、食事の後も、セックスの後も。さりげない行為、押しつけがましくない優しさ。それが彼に惹かれた理 由ひとつかもしれない。
「かわいい女の子ですね」
「そんなこと思ってないくせに」
「ううん、ほんと、かわいい。けど、それだけ」
「彼女は僕の姪なんだ」
「姪御さんが車の中でしなだれかかるの?」
「そんなところから見ていたのか」
「わたしのときは妹でしたよね」
 男はわたしを誰かに紹介するとき、妹だといっていた。それは、彼の実年齢を知り、彼に兄弟がいないと知っているものに対しても。
 わたしはそれを不快には思わなかった。
 事実、3人姉妹の末っ子という境遇で育ってきたわたしにとって、男のような存在が現われたことは喜びと表現しても差し支えなかった。逞しくて、頭が良くて、うんと年上のお兄さん。
 身体の歓びと心の喜びは時と場合によって切り離される。
「どう、仕事の方は?」
 男は幾分ひきしまった笑顔で訊ねる。
「無我夢中です」
「大銀行だもんな、ウチとは雲泥の差だ」 
「トップといちOLじゃあ、比べものになりません」
「名刺持ってる?」
「はい」
 甘えん坊の女の子だった。19といえども、15、16の精神年齢しか持ち合わせていなかった。ボキャブラリーが貧困で、カワイイか可愛くないか、価値基 準はそれしか持ち合わせていなかった。だから、世間や人間に思い悩んだ。周囲は年齢に応じて生長を遂げる。わたし一人が置いてけぼり。男はそんなわたしに 的確なサポートをしてくれた。わたしが今、こうやって生きているのも、生きる自信を持つことができたのも、男のおかげかもしれない。
「セクレタリーなら重役とも顔が利くだろうなぁ」
「融資ですか?」
「まあね。ところで、会えないかな、時間と場所を変えて」
「それはお仕事ですか、プライベート?」
「うーん、両方」
「いいですよ、わたしもそれがいいたかったのかも」
「疲れてるんだ、最近、一人に戻りたい」
「わたしと会うんなら一人じゃないでしょ」
「いや、君と一緒なら、君がいれば、一人でがんばっていたころに戻れる」
 カワイイだけの女の子が戻ってきた。男は名刺をしまい、元の席に戻る。わたしは飲みかけのロイヤルミルクティーを啜る。彼は何を食べても美味しそうに全 てを平らげるわたしを誉めてくれた。そんなことを思い出しながら、にやけた顔で女と談笑する男を一瞥し、わたしは店を後にした。

 ホテルのレストランで食事を済ませ、バーのカウンターに座る。わたしは何かを期待し、少しだけ老けたであろう男の横顔を見る。
 髪の毛に少し、白いものが混じっている。疲労が数本の皺になって刻まれている。
 どんなに疲れていても前を見つめ続けている男は素敵だ。結果、成功を手に入れた男はもっと素敵だ。
 わたしはマスターとの関係を断ち切った後、一人のサラリーマンと付き合った。爽やかな笑顔と、筋肉質な体。両親と姉二人が口うるさい家。そこから早く逃 げ出したかったわたしは結婚願望が強かった。この人となら、一緒に生きて行ってもいいと思っていた。けれど、会社人間として、足下だけを見つめていた彼と の日々は、石橋のセメントをこねくり回すような生活しか想像できなかった。安定は甘美な退屈を与えてくれるが未来を堕落に書き換えてしまうことに気がつい た。ゴールにたどり着いてしまった双六のコマを見つめながら、サイコロをだけを転がす人生なんか真っ平だ。
 だからわたしは、その男と別れた。
「僕と一緒に初めて飲んだのが」
「ホワイトレディ。白いドレスを着たわたしをエスコートして、オーダーしてくれました」
 きついカクテルを無理して飲んだ。酔いつぶれたわたしを介抱し、しかし、男はわたしを求めなかった。彼がわたしを欲するときはわたしが平常心なときだけ。酔いでごまかそうとした自分をわたしは恥じた。
「きれいになった」
「ありがとうございます」
「あの子はウチのアルバイトなんだ」
「いけないんだ、従業員に手を出して」
「僕の車に乗りたいっていうもんだから、それだけなんだ。若い子は苦手だ」
「そういいながらわたしを」
「君は、失礼ないい方だけど、若くなかった」
「いいえ、未成年でしたよ」
「実年齢のことを言ってるんじゃない。君はきちんとした価値観を持つ、立派なレディだった。僕はそんな君のことが好きになったんだ」
「わたしを抱いたのは?」
「感情表現だ」
「苦しみました」
「僕だって。でも、何もしないでマスターベーションを繰り返すのはご免だ」
「するんだ」
「今だってするさ。ぼくには子供がいる。人間として、オスとしての役目は終わったんだ。だから、終わった後の虚無感はない」
「わたしは役目を終えていません。結婚だってまだだし」
「22だろ、焦ることない」
「このごろ思うんです。子供なんかいらない。セックスは気持ちよければいいって」
「そんなこと、言えるようになったんだ」
「もう、22ですから」
「気持ちいいだけのセックスってどんなのかな?僕には良く分からない」
「どうして?奥さんとは?」
「君と出会ってから、妻と一緒に寝たことがない。決して仲が悪いわけじゃないんだけど、したくない、できない」
「じゃあ」
「あ、チャンスがあれば誰かと寝たことはある。誤解しないで欲しい。僕はそこまでストイックじゃない」
「うん」
「でも、気持ちよくない。なんて言うか、豪華な食事を一人で食べている気分なんだ。感動を分かち合える相手とは出会えなかった」
「わたしとは?」
「分からない。でも、君が変わっていなければ」
 男は見つめる。わたしはとっくに決心がついている。わたしは大人になっている。男は昔から大人だ。コミュニケーションが言葉だけでないことなどとっくにわかっている。
 わたしはリザーブしている部屋のカギをカウンターに置いた。男はそれを見て、少しだけ下品な笑みを浮かべた。

 わたしが先に部屋に入り、男は後ろからついてきた。ドアが閉まると男は背後からわたしを抱きしめた。わたしは拒絶を示さない。
 無理な姿勢で唇を重ねる。男はすぐに胸元を探る。
「香水、変えたんだね」
「大人の匂い?」
「甘くて素敵だ。今の君に似合ってる」
 男はわたしを押し倒し、服を脱がしにかかる。わたしはじゅうたんの上に仰向けになり、男のなすがままとなる。
 わたしは簡単に裸になった。男も衣服を脱ぎ捨てる。
「いい匂いだ、君の匂いは素敵だ」
 わたしは頷くだけで何も答えない。
 男は乱暴にわたしをまさぐる。乳房を揉み、クレパスに指をさし入れてくる。
「ダメ、まだ痛い」
「完璧だ、昔のまま、いや、それ以上」
 大人には遠慮が不要だと思っているのか、行為に優しさがない。わたしは瑣末な落胆を覚えながら、それでも巧みな指の動きに濡れ始めるのが分かる。
「あん、そんな…」
「いいよ、きれいだ…」
 男はわたしを舐め尽くす。乳首に歯を立て、髪を握る。
 わたしは準備を整えた。体も心も彼を待ちうけていた。シャワーを浴びなくても嫌悪なんか感じない。清冽な肌よりも濁った湿り気が感情を高ぶらせてくれる。
「うん、どうしたの?」
 わたしをまさぐりながらも男はなかなか挿入しようとはしなかった。焦れたわたしは訊ねる。
「だめだ、酔ってるわけじゃ…」
 見ると男のモノは項垂れたままだ。
「もう…、いいわ、わたしが何とか」
 舌でなぞり、唾液を塗りこめる。男は何度も痙攣を始める。わたしは頃合を見計らって男を頬張る。見る見るうちに堅固に変化する。
「ああ…」
 頬張り、首を振りながら、わたしは口の中で舌を絡ませる。誰に教えてもらったわけでもない、けれども誰かにしたことはある、この男以外の誰かに。
「ああ、だめだ、もう…」
 さあ、これからというときに、男は簡単に達してしまった。わたしは突然の迸りにむせ返ってしまう。
「ケホ、ケホケホ…」
「ごめん、こんなはずじゃ…」
「ん、んん、うんん、いいんです、疲れてるんですよ、きっと」
 わたしは全裸のまま笑みを浮かべて立ち上がる。
「一休みすれば気分も落ち着くんじゃないですか?シャワー、浴びてくるから待っててくださいね」
 わたしはこれからに淡い期待を抱きながらバスルームへ消えた。
 シャワーを浴びながら、男の精液が流れ込んだ胃の辺りをさする。乳房に流れる飛沫が気持ちいい。わたしはこれからあの男に抱かれるんだと思うと19の自分に戻っていく気分になる。かわいいだけの自分が歓声を上げ、飛び跳ねながら男に抱きつこうとしている。
 けれど、バスローブを身にまとったわたしが見たものは誰もいないダブルの一室だった。
『すまない、やはり君を抱けそうにない。僕のことは永久に忘れてくれ。君に迷惑はかけない。もう2度と会うことはない』
 そんな文面の走り書きだけがメイキングされたままのベッドに置かれていた。

 あれから男とは会っていない。連絡もない。惨めな自分をさらけ出してしまったことに恥を覚えたのだろうか。けれど、わたしは男を思うと少女のように胸がキュンとなることがある。
 季節は変わり、夏がきた。
 わたしは打ち合わせに出かける重役と、国産リムジンのシートにいた。
「あ…」
 横にシルバーのメルセデスが信号で止まる。中には男と、この前とは別の若い女が乗っていた。女は、女の子は女子校生風の、これも頭をCTスキャンで切り開いてみれば、芋虫1匹存在しないようなバカ面だった。
「ふふふ…」
「どうしたんだね?」
「いえ」
 信号が青に変わり、互いの車は走り出す。街はいつもと同じ顔をしている。変わったものは何もない。わたしも、そしてあの男も。

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。