告白(転載) 【802】母への中出し
近親相姦告白・体験
近親相姦体験・願望告白 消滅サイト。投稿者別に時系列で追ってみる。
2004/5/13(木)14:36 - さとし (男)
始めまして、このページを見て僕も投稿したいと思います。
きっかけは今から22年前、僕は中学2年の14歳、母は36歳の頃でした。
僕は母が買い物に行った事を確認して、夫婦の寝室へ行きました。
そして、タンスの引出しから母のパンティを盗り、いつもの様にオナニーを始めました、暫くすると母が財布を忘れたと言って家に戻ってきました。
僕は、慌てて部屋を出ようとしましたが、時既に遅く、母は部屋に来ました
「なにやってんのよ」と、母が怒り始めたんです。
僕は何も言えず黙って母の言う事を聞いてました。
母の説教が始まり、暫く沈黙した後母は「今回はお父さんに黙って上げるから」
と言い「そんなに私の下着がいいの」て聞いてくるから、僕はうなずました。
すると母は「他所の家の下着なんか取ってないでしょうね」と聞くので「盗ってない」と言いました。(実際は盗ってたけど)
すると母は「これからはお母さんの下着で変な事しちゃ駄目よ」と言いながら僕の側に来て「これから二度としないように、お母さんがお仕置きをするから、立ちなさ
い」と母の言う通り僕は立ちました、僕は殴られるのかと思って目をつぶってました。
すると母は僕のオチンチンを触りながら「この事は誰にも言っちゃ駄目よ」と言いながらしゃがんで、オチンチンを口に含みフェラをしてくれました。
さっきまで萎えていたオチンチンがまた元気になりました、「友ちゃんも立派になったわね」と言いまたフェラをしてくれました、余りの気持ちよさに僕は数分もしないうちに母
の口の中に出してしまいました、量が多かったのか口の脇から少し垂れてました。
母はティッシュで、口の脇を拭きながら「ずいぶん多いのね、今度から我慢できなくなったら
お母さんに言ってね」と言いまた買い物に行きました。
週に3回はフェラをしてくれましたが、結局我慢できず毎日1回になりました。
そして、半年後とうとうSEXをするようになりました。
僕は半年後母とSEXをするようになりました。
始めの頃はフェラだけで済ませていたのですが、僕も等々我慢できず母に「やらせてよ」と言ったのですが、母は「これで我慢してちょうだい」と言うばかりでなかなかさせてくれませんでした、やはり親父の事を考えていたのでしょうか。
そして、僕は母を押し倒して母のスカートの中に手を入れパンティの上からアソコに指を入れました、母のアソコは少し湿ってましたそしてパンティを脱がそうとしましたが、ちょうど、玄関のチャイムがなりました、そうです、親父が帰って来たのでした、僕
と母は慌てて、服の乱れを直してました、すると母は「わかったわ、今度の日曜日、お父さんは出かけるみたいだから、それまで、我慢して」と言って玄関に向かいました。
そして日曜日が来ました、親父は朝から出かけたそうです、僕は熟睡していたので、親父が
出て行くのに気がつきませんでした、僕は、下半身に違和感を感じ起きてみると、母がいつもの
ように、フェラをしてました、そして、顔を上げると「友ちゃんおはよう、起きた、お父さん出かけたからこの間の約束、覚えているわね」と言うと僕は「うん」と答えました。
母はフェラを止め、立ち上がり服を脱ぎ素っ裸になりました、母は僕の隣に座り「まだ、女の人の肉体見た事ないんでしょう」と言って股を広げおマンコを見せ てくれました指で広げ「ここはオシッコが出る所で、この下がオチンチンを入れる所なのよ」と言って説明してくれました、母意外と毛深くてオマンコ
の周りにも毛が一杯ありました、花ビラはちょっと茶色かったけど、中はピンク色でした、母は「ここを舐めるとね気持ちがいいの」と言ってクリトリスの方に 指を差し「舐めてごらん」と言うので僕は言う通りに舐めました、そのうち母も気持ちがよくなったのか「アア・・・イイイ」とか声を出しました。
僕は我慢できず、「入れていい」と聞くと母は「判ったわ」と言って仰向けになり足を広げ僕を迎えてくれました、僕は初めてだったので母の誘導でオマンコに入れる事が出来ました。
ゆっくり入れるとその中は暖かく濡れていてなんとも言えない気分になりました、暫く余韻に浸って僕は
腰を動かしました、数分も立たないうちに僕は中に出してしまいました、母も「早いのね、まだ若いから
大丈夫よ」と言ってキュキュと中で締め付けたり緩めたりしました、すると、僕のオチンチンは再び元気になり、また腰を動かしました、でもすぐ中で終わって しまいます、それでも母は「いいのよ、気にしなくて慣れるまでの辛抱よ」と言ってまた、締めたり緩めたりして、僕のオチンチンはまた元気になり、腰をうご かしました、今度はある程度持った方ですが、やはりすぐ終わってしまいます、それでも母は嫌な顔をせず、受け入れてました、そのうち母が「今度は、お母さ んが上になるから」と言って僕を仰向けに寝かせ母が上になりオチンチンを握りながら、オマンコに宛がい腰を落として行きました、母は激しく上下に腰を動か し声を上げてました、結局その日は昼食をはさんで、10回ぐらいやりました。その日から、親父が仕事で遅くなる時とか、日曜祭日で出かけた時に僕たちは SEXをしてました、もちろん中出しです。
僕は「赤ちゃん出来るんじゃないの」と母に言うと「心配しなくていいから、出来ちゃったらお父さんの子供と言って産んじゃうから」と言ってくれます、そし て、僕が20歳で、母が42歳の時、親父は前から患っていた糖尿病が悪化して他界しました、その日を境に僕と母は毎日SEXするようになりました、もちろ ん中出しで
それで、半年後、母は妊娠してしまいました、もちろん僕の子供です。
母は「おろすから」と言って病院に行きました、その日はさすがに、SEXはしませんでしたが、フェラで済ませ
ました、1週間たってから、またSEXを始めました、相変わらず中出しで、僕も母も快楽に走ってます
それからまた、母が45歳の頃妊娠しました。母の生理も43歳すぎた頃には毎月こず、不定期だったので
妊娠したのかどうかが、わからず、結局つわりが在って妊娠に気ずいたのです。
もちろん、おろしました、それから、12年の月日がながれ、母は57歳、去年で生理が上がりました。
これで、「妊娠」という二文字に気兼ねなくSEXに励んでます。
もちろん中出しです。
2004/5/13(木)14:36 - さとし (男)
始めまして、このページを見て僕も投稿したいと思います。
きっかけは今から22年前、僕は中学2年の14歳、母は36歳の頃でした。
僕は母が買い物に行った事を確認して、夫婦の寝室へ行きました。
そして、タンスの引出しから母のパンティを盗り、いつもの様にオナニーを始めました、暫くすると母が財布を忘れたと言って家に戻ってきました。
僕は、慌てて部屋を出ようとしましたが、時既に遅く、母は部屋に来ました
「なにやってんのよ」と、母が怒り始めたんです。
僕は何も言えず黙って母の言う事を聞いてました。
母の説教が始まり、暫く沈黙した後母は「今回はお父さんに黙って上げるから」
と言い「そんなに私の下着がいいの」て聞いてくるから、僕はうなずました。
すると母は「他所の家の下着なんか取ってないでしょうね」と聞くので「盗ってない」と言いました。(実際は盗ってたけど)
すると母は「これからはお母さんの下着で変な事しちゃ駄目よ」と言いながら僕の側に来て「これから二度としないように、お母さんがお仕置きをするから、立ちなさ
い」と母の言う通り僕は立ちました、僕は殴られるのかと思って目をつぶってました。
すると母は僕のオチンチンを触りながら「この事は誰にも言っちゃ駄目よ」と言いながらしゃがんで、オチンチンを口に含みフェラをしてくれました。
さっきまで萎えていたオチンチンがまた元気になりました、「友ちゃんも立派になったわね」と言いまたフェラをしてくれました、余りの気持ちよさに僕は数分もしないうちに母
の口の中に出してしまいました、量が多かったのか口の脇から少し垂れてました。
母はティッシュで、口の脇を拭きながら「ずいぶん多いのね、今度から我慢できなくなったら
お母さんに言ってね」と言いまた買い物に行きました。
週に3回はフェラをしてくれましたが、結局我慢できず毎日1回になりました。
そして、半年後とうとうSEXをするようになりました。
僕は半年後母とSEXをするようになりました。
始めの頃はフェラだけで済ませていたのですが、僕も等々我慢できず母に「やらせてよ」と言ったのですが、母は「これで我慢してちょうだい」と言うばかりでなかなかさせてくれませんでした、やはり親父の事を考えていたのでしょうか。
そして、僕は母を押し倒して母のスカートの中に手を入れパンティの上からアソコに指を入れました、母のアソコは少し湿ってましたそしてパンティを脱がそうとしましたが、ちょうど、玄関のチャイムがなりました、そうです、親父が帰って来たのでした、僕
と母は慌てて、服の乱れを直してました、すると母は「わかったわ、今度の日曜日、お父さんは出かけるみたいだから、それまで、我慢して」と言って玄関に向かいました。
そして日曜日が来ました、親父は朝から出かけたそうです、僕は熟睡していたので、親父が
出て行くのに気がつきませんでした、僕は、下半身に違和感を感じ起きてみると、母がいつもの
ように、フェラをしてました、そして、顔を上げると「友ちゃんおはよう、起きた、お父さん出かけたからこの間の約束、覚えているわね」と言うと僕は「うん」と答えました。
母はフェラを止め、立ち上がり服を脱ぎ素っ裸になりました、母は僕の隣に座り「まだ、女の人の肉体見た事ないんでしょう」と言って股を広げおマンコを見せ てくれました指で広げ「ここはオシッコが出る所で、この下がオチンチンを入れる所なのよ」と言って説明してくれました、母意外と毛深くてオマンコ
の周りにも毛が一杯ありました、花ビラはちょっと茶色かったけど、中はピンク色でした、母は「ここを舐めるとね気持ちがいいの」と言ってクリトリスの方に 指を差し「舐めてごらん」と言うので僕は言う通りに舐めました、そのうち母も気持ちがよくなったのか「アア・・・イイイ」とか声を出しました。
僕は我慢できず、「入れていい」と聞くと母は「判ったわ」と言って仰向けになり足を広げ僕を迎えてくれました、僕は初めてだったので母の誘導でオマンコに入れる事が出来ました。
ゆっくり入れるとその中は暖かく濡れていてなんとも言えない気分になりました、暫く余韻に浸って僕は
腰を動かしました、数分も立たないうちに僕は中に出してしまいました、母も「早いのね、まだ若いから
大丈夫よ」と言ってキュキュと中で締め付けたり緩めたりしました、すると、僕のオチンチンは再び元気になり、また腰を動かしました、でもすぐ中で終わって しまいます、それでも母は「いいのよ、気にしなくて慣れるまでの辛抱よ」と言ってまた、締めたり緩めたりして、僕のオチンチンはまた元気になり、腰をうご かしました、今度はある程度持った方ですが、やはりすぐ終わってしまいます、それでも母は嫌な顔をせず、受け入れてました、そのうち母が「今度は、お母さ んが上になるから」と言って僕を仰向けに寝かせ母が上になりオチンチンを握りながら、オマンコに宛がい腰を落として行きました、母は激しく上下に腰を動か し声を上げてました、結局その日は昼食をはさんで、10回ぐらいやりました。その日から、親父が仕事で遅くなる時とか、日曜祭日で出かけた時に僕たちは SEXをしてました、もちろん中出しです。
僕は「赤ちゃん出来るんじゃないの」と母に言うと「心配しなくていいから、出来ちゃったらお父さんの子供と言って産んじゃうから」と言ってくれます、そし て、僕が20歳で、母が42歳の時、親父は前から患っていた糖尿病が悪化して他界しました、その日を境に僕と母は毎日SEXするようになりました、もちろ ん中出しで
それで、半年後、母は妊娠してしまいました、もちろん僕の子供です。
母は「おろすから」と言って病院に行きました、その日はさすがに、SEXはしませんでしたが、フェラで済ませ
ました、1週間たってから、またSEXを始めました、相変わらず中出しで、僕も母も快楽に走ってます
それからまた、母が45歳の頃妊娠しました。母の生理も43歳すぎた頃には毎月こず、不定期だったので
妊娠したのかどうかが、わからず、結局つわりが在って妊娠に気ずいたのです。
もちろん、おろしました、それから、12年の月日がながれ、母は57歳、去年で生理が上がりました。
これで、「妊娠」という二文字に気兼ねなくSEXに励んでます。
もちろん中出しです。
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