小説(転載) Eternal Delta 1/9
官能小説
登場人物
津月梨玖(つづき・りく)
主人公。母親が再婚し、恋人の遙紀と姉弟になった。
高杉遙紀(たかすぎ・はるき)
梨玖の義理の姉で恋人。
高杉浩紀(たかすぎ・ひろき)
遙紀の実の父。ポルノ作家で童話作家。
津月真利(つづき・まり)
梨玖の実の母。画家。小説の挿し絵も描く。
第0章 不本意ながら姉弟です
「結婚だぁー!?」
津月梨玖つづきりくは驚愕のあまり、そこがファミリーレストランであることを忘れて思いっきり大声で叫んだ。
梨玖の目の前には自分の母親がいる。その横には何度か会ったことのある中年男。そして梨玖の隣にいるのは、一応付き合っていることになっている高杉遙紀たかすぎはるき。遙紀の手は、ハンバーグステーキを切り分けようとしたまま止まっていた。
中年男というのは遙紀の父親の高杉浩紀ひろき。ポルノ小説なんて書いているらしい。でもって童話作家でもあるらしい。わけ判らん、と梨玖は思っていた。
自分の母親、津月真利まりは画家。最近は小説のイラストの仕事をやっている。
この二人の中年が、雑誌社で知り合って意気投合して何度かお茶してるうちに、それなりの関係になって再婚を決意した、のだそうだ。
「──ちょ、ちょっと待て!」
梨玖は思わず立ち上がった。周りの目なんて気にしてる場合じゃない。ウェイトレスが近づいてきて何やら言っているが、当然無視。
「二度と結婚しないって言ってたのはどこのどいつだ!」
「さ~。どこの誰だったかしら~?」
母はすっとぼけた。
梨玖の父親は、梨玖が小学校に上がる前、薄幸の風俗嬢に同情して金を貢ぎマンションを貢ぎ車を貢ぎダイヤを貢ぎ、最後には自分を貢いだ。が、手に手を取って愛の逃避行をした一週間後、母の執念により発見された父は、金を搾り取られて捨てられていた。
その後のさらなる母の執念により、詐欺の容疑で薄幸の風俗嬢は逮捕された。しかし、いくら母が説明しても、父は薄幸の風俗嬢は薄幸の風俗嬢なんだとかたくなに信じていた。信じたかったという父の気持ちは今の梨玖には多少なりとも判るが、当時の母には判らなかった。母は離婚届を突きつけた。父はあっさり受諾した。
それから父には会っていない。別に会いたいとは思わない。騙されていたとはいえ、それほどにまで人に同情できる父はいい人なんだろうと思う。だが、結果的には母と自分を裏切ったわけだから、無条件で許してやる気にはなれない。そもそも、まだ五歳にもなっていなかったので、あんまりよく憶えていないのだ。
男なんて!というのが口癖となった母は、女手一つで梨玖を育てた。偉いとは思うし尊敬もしてるけど、あまりにもパワフルすぎて、誰かこいつを止める男は出てこないかと思っていた。
しかし。それも相手による。
よりにもよってなんで、自分の彼女の父親だ!?
結婚したら姉弟になっちまうじゃねえか!
……そう、姉弟。姉と弟。それも大問題だ。
梨玖は三月生まれ。遙紀は四月生まれ。同級生なのにほとんど一歳違うのだ。それだけでも男としてなんか嫌だったのに、この上姉になるだと!?
「絶対反対だぞ!」
「やだわ~。母の幸せを素直に祝えないなんて」
──俺が不幸になるんだ!
椅子に座り直した梨玖は、テーブルを拳で叩いた。
「まあまあ、梨玖くん」
遙紀の父親が、手を伸ばして梨玖の肩をぽんぽんと叩いた。
「知らない仲でもないんだから。まったく見ず知らずよりマシだと思ってくれ」
思えるかぁー!
遙紀の父は呑気な人だった。どこまでも人の良さそうな顔をしている。詳しい病名は聞いていないが、ものすごい大病で妻を亡くしたらしい。あまりにも悲しすぎて逆に悲しい顔を見せないのか、それとも元々引きずらない人なのか。とにかくそんな悲しい経験をしたとはとても思えないほど、ほがらかな人だ。
「……と、父さん?」
フォークとナイフを握ったまま、一言も発しなかった遙紀が口を開いた。
「お兄ちゃんには言ったの?」
窺うような顔で遙紀が聞いた。
……そうだ。まだ希望があった。
遙紀には四つ上の浩巳ひろみという兄がいる。大学近くのアパートに下宿しているのだが、梨玖とも面識があって、結構気が合っている。
浩巳にも反対されたら考え直すかもしれない。
わずかな希望を持った梨玖だったが。
「昨日、電話で話しといた。好きにすりゃあいいじゃん、って言ってたな」
遙紀の父と兄は、梨玖のわずかな希望をうち砕いてくれた。
「……でもさぁ……結婚するってことは……うちに住むの?」
遙紀は不安な顔をした。
「結婚したら一緒に住まなきゃ」
至極当然、という風に母が答えた。
……住む?
梨玖は当たり前なことに今頃気づいた。
遙紀はますます不安な顔をした。
「……梨玖も一緒に住むわけ?」
「そうねえ。この子一人じゃ心配だしねえ」
……は?
一緒にって……えーっと。
梨玖はぎぎぎっとさび付いたロボットみたいに隣の遙紀を見た。
遙紀は嫌~な顔をしていた。
「……おい。なんだよ、その顔」
「だぁってさぁ」
「俺たち付き合ってんだぞ?」
「でもさぁ」
「なにが〝でも〟だよ」
「……けどさぁ……」
遙紀はすねたような顔でうつむいた。
……こいつ……。
俺がなんかやらしいことすると思ってんな……?
付き合ってたら別に一緒に住まなくたってそういうことにはそのうちなるわけで……。
……そういうことってどういうことだ?
判っていながら梨玖は自問した。
たとえば。風呂場で遭遇したり。着替え中に部屋に入ってしまったり。
あるいは。親が二人とも旅行に行って二人っきりの夜を過ごすだとか。
そういうこととはこういうことで、つまり、かなりおいしいシチュエーションが……。
……い、いいなあ……。
「梨玖~。よだれよだれ」
はっ。
母の言葉に梨玖は我に返った。見ると、遙紀がじとーっとこっちを睨んでいる。
梨玖は咳払いをした。
「……と、ともかく。考え直す気はないのか?」
「ないね」
母は即答した。その横で遙紀の父も頷いている。遙紀が大きなため息をついた。
「……こうなったら反対しても無駄なのよね……」
「無駄って……」
まだそういう関係になっていない梨玖としては、おいしいシチュエーションを逃したくはないが、やっぱり姉弟にはなりたくない。
しかし。反対しても無駄なのは事実だった。夫に裏切られてもめげることなく、息子を一人で育て上げた原動力は、その行動力と決断力だ。
会話を弾ませる親たちとは対照的に、子供たちはただ黙々と食事を続けた。
第0章 不本意ながら姉弟です 終わり
津月梨玖(つづき・りく)
主人公。母親が再婚し、恋人の遙紀と姉弟になった。
高杉遙紀(たかすぎ・はるき)
梨玖の義理の姉で恋人。
高杉浩紀(たかすぎ・ひろき)
遙紀の実の父。ポルノ作家で童話作家。
津月真利(つづき・まり)
梨玖の実の母。画家。小説の挿し絵も描く。
第0章 不本意ながら姉弟です
「結婚だぁー!?」
津月梨玖つづきりくは驚愕のあまり、そこがファミリーレストランであることを忘れて思いっきり大声で叫んだ。
梨玖の目の前には自分の母親がいる。その横には何度か会ったことのある中年男。そして梨玖の隣にいるのは、一応付き合っていることになっている高杉遙紀たかすぎはるき。遙紀の手は、ハンバーグステーキを切り分けようとしたまま止まっていた。
中年男というのは遙紀の父親の高杉浩紀ひろき。ポルノ小説なんて書いているらしい。でもって童話作家でもあるらしい。わけ判らん、と梨玖は思っていた。
自分の母親、津月真利まりは画家。最近は小説のイラストの仕事をやっている。
この二人の中年が、雑誌社で知り合って意気投合して何度かお茶してるうちに、それなりの関係になって再婚を決意した、のだそうだ。
「──ちょ、ちょっと待て!」
梨玖は思わず立ち上がった。周りの目なんて気にしてる場合じゃない。ウェイトレスが近づいてきて何やら言っているが、当然無視。
「二度と結婚しないって言ってたのはどこのどいつだ!」
「さ~。どこの誰だったかしら~?」
母はすっとぼけた。
梨玖の父親は、梨玖が小学校に上がる前、薄幸の風俗嬢に同情して金を貢ぎマンションを貢ぎ車を貢ぎダイヤを貢ぎ、最後には自分を貢いだ。が、手に手を取って愛の逃避行をした一週間後、母の執念により発見された父は、金を搾り取られて捨てられていた。
その後のさらなる母の執念により、詐欺の容疑で薄幸の風俗嬢は逮捕された。しかし、いくら母が説明しても、父は薄幸の風俗嬢は薄幸の風俗嬢なんだとかたくなに信じていた。信じたかったという父の気持ちは今の梨玖には多少なりとも判るが、当時の母には判らなかった。母は離婚届を突きつけた。父はあっさり受諾した。
それから父には会っていない。別に会いたいとは思わない。騙されていたとはいえ、それほどにまで人に同情できる父はいい人なんだろうと思う。だが、結果的には母と自分を裏切ったわけだから、無条件で許してやる気にはなれない。そもそも、まだ五歳にもなっていなかったので、あんまりよく憶えていないのだ。
男なんて!というのが口癖となった母は、女手一つで梨玖を育てた。偉いとは思うし尊敬もしてるけど、あまりにもパワフルすぎて、誰かこいつを止める男は出てこないかと思っていた。
しかし。それも相手による。
よりにもよってなんで、自分の彼女の父親だ!?
結婚したら姉弟になっちまうじゃねえか!
……そう、姉弟。姉と弟。それも大問題だ。
梨玖は三月生まれ。遙紀は四月生まれ。同級生なのにほとんど一歳違うのだ。それだけでも男としてなんか嫌だったのに、この上姉になるだと!?
「絶対反対だぞ!」
「やだわ~。母の幸せを素直に祝えないなんて」
──俺が不幸になるんだ!
椅子に座り直した梨玖は、テーブルを拳で叩いた。
「まあまあ、梨玖くん」
遙紀の父親が、手を伸ばして梨玖の肩をぽんぽんと叩いた。
「知らない仲でもないんだから。まったく見ず知らずよりマシだと思ってくれ」
思えるかぁー!
遙紀の父は呑気な人だった。どこまでも人の良さそうな顔をしている。詳しい病名は聞いていないが、ものすごい大病で妻を亡くしたらしい。あまりにも悲しすぎて逆に悲しい顔を見せないのか、それとも元々引きずらない人なのか。とにかくそんな悲しい経験をしたとはとても思えないほど、ほがらかな人だ。
「……と、父さん?」
フォークとナイフを握ったまま、一言も発しなかった遙紀が口を開いた。
「お兄ちゃんには言ったの?」
窺うような顔で遙紀が聞いた。
……そうだ。まだ希望があった。
遙紀には四つ上の浩巳ひろみという兄がいる。大学近くのアパートに下宿しているのだが、梨玖とも面識があって、結構気が合っている。
浩巳にも反対されたら考え直すかもしれない。
わずかな希望を持った梨玖だったが。
「昨日、電話で話しといた。好きにすりゃあいいじゃん、って言ってたな」
遙紀の父と兄は、梨玖のわずかな希望をうち砕いてくれた。
「……でもさぁ……結婚するってことは……うちに住むの?」
遙紀は不安な顔をした。
「結婚したら一緒に住まなきゃ」
至極当然、という風に母が答えた。
……住む?
梨玖は当たり前なことに今頃気づいた。
遙紀はますます不安な顔をした。
「……梨玖も一緒に住むわけ?」
「そうねえ。この子一人じゃ心配だしねえ」
……は?
一緒にって……えーっと。
梨玖はぎぎぎっとさび付いたロボットみたいに隣の遙紀を見た。
遙紀は嫌~な顔をしていた。
「……おい。なんだよ、その顔」
「だぁってさぁ」
「俺たち付き合ってんだぞ?」
「でもさぁ」
「なにが〝でも〟だよ」
「……けどさぁ……」
遙紀はすねたような顔でうつむいた。
……こいつ……。
俺がなんかやらしいことすると思ってんな……?
付き合ってたら別に一緒に住まなくたってそういうことにはそのうちなるわけで……。
……そういうことってどういうことだ?
判っていながら梨玖は自問した。
たとえば。風呂場で遭遇したり。着替え中に部屋に入ってしまったり。
あるいは。親が二人とも旅行に行って二人っきりの夜を過ごすだとか。
そういうこととはこういうことで、つまり、かなりおいしいシチュエーションが……。
……い、いいなあ……。
「梨玖~。よだれよだれ」
はっ。
母の言葉に梨玖は我に返った。見ると、遙紀がじとーっとこっちを睨んでいる。
梨玖は咳払いをした。
「……と、ともかく。考え直す気はないのか?」
「ないね」
母は即答した。その横で遙紀の父も頷いている。遙紀が大きなため息をついた。
「……こうなったら反対しても無駄なのよね……」
「無駄って……」
まだそういう関係になっていない梨玖としては、おいしいシチュエーションを逃したくはないが、やっぱり姉弟にはなりたくない。
しかし。反対しても無駄なのは事実だった。夫に裏切られてもめげることなく、息子を一人で育て上げた原動力は、その行動力と決断力だ。
会話を弾ませる親たちとは対照的に、子供たちはただ黙々と食事を続けた。
第0章 不本意ながら姉弟です 終わり
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