小説(転載) 「××市役所福祉課特別対策室」
官能小説
「××市役所福祉課特別対策室」
「田中さーん」
受付カウンター前のビニールソファーにに座っていたわたしは立ち上がる。
「お待たせしました。えーと、初めてのご利用ですね」
白いワイシャツに地味なネクタイを締めた中年男が言う。
「身分を証明するものと医師の診断書はお持ちですか」
わたしは免許書と感染症がないことを示す書類を示す。
「はい、結構です。では、この書類に印鑑を押してください。こことここ」
「ミトメですけど」
「結構ですよ。はい、結構です。で、本日のご希望は?」
書類に目を落としたまま男は言う。
「え?」
「色々コースがございまして。まあ、基本的にはくちと手で射精していただくというパタ
ーンですが、口内で射精、もしくはスマタ、自信がおありならアヌスという…」
「本番は?」
「法で禁止されてますので」
「分かりました。じゃあ、口の中でということで」
「口内発射ですね」
男は書類に記された「口内発射」の項目に丸を入れる。
「では、これを持って控え室へ」
「あのう…」
「何か?」
「女の子は選べないんですか?」
「それはですね、ウチはあくまでも住民の福祉という名目で行っているわけですから、そ
こまでは」
「そうですか」
わたしは男が差し出した書類を受け取り廊下を歩く。エレベーターに乗り、地下に降り、
長く暗い廊下を歩いていく。
「ここか」
ベニヤを張り付けただけのドアの上に「福祉対策特別室」の札。わたしは扉を開け、中
を見る。
「こちらへどうぞ」
わたしを見つけた、神経質そうな中年女が小さな受付カウンターから声をかける。わた
しは女に書類を差し出す。
「はい、ではこの番号札を持ってしばらくお待ちください」
無愛想で横柄な態度の女。平日の午後。わたし以外に待つものもいないのに、しばらく
も番号札もないだろうと、心の中で愚痴る。
BGMもない殺風景な部屋に長いすがひとつ。奥側はカーテンで仕切られ覗くことがで
きない。ベージュの壁は薄汚れ、「これが民間ならとっくに廃業だろうな」と、思いなが
らわたしは黙って呼ばれるのをじっと待つのだった。
「この不景気で税収入も見込めない。それに、前の市長の借金返済もあって市は破産状態
だ。常套手段じゃどうしようもない」
スペースは広いが装飾品の一切存在しない部屋で市長は言った。
「しかし、風俗というのは…」
「風俗の何がいけないんです?別に法を犯しているわけじゃない。ちゃんとした職業だし、
事業だ。何ら批判を受ける覚えはない。競輪競馬、博打がよくて風俗がいけないという理
屈は成り立たない」
「なるほど」
「余剰人員を整理するばかりがリストラでもありますまい。新しい部署をつくって新しい
仕事を作る。それも十分収入が見こめるものを。住民が本当に望んでいるサービスを行う
というのが行政の役目だと私は思っておるのです」
前市長が公印を使って銀行から一時借入金の融資を受けた。市長はそのまま行方不明。
いわゆる公金流用疑惑だ。新たに首長の座に就いたこの男は、市でも指折りの事業家でも
あり、名家の出身。その人脈と資金力で議会を牛耳ることなどわけはない。
「色々いう奴はおりますが、市が潤ってい
るのは事実ですし、他の方法を考え出せる奴もいない。だから、文句はいわせない。ただ」
「ただ?」
「異動を希望する若い男の職員が増えて困ってます。女の子に手を出すのはご法度だとい
うのはこの業界の常識ですのにね」
市長はそういって大声で笑った。
「次の方、10番の方、奥へどうぞ」
鷹揚のない女子職員の声に導かれ、わたしはカーテンの向こうへ足を踏み入れる。簡単
な仕切りで区切られた各スペースの前には白いカーテンがぶら下がっていて、風俗店と言
うより、病院の大部屋といった様相だ。
「お待たせしました。口内発射をご希望ですね」
わたしを迎えてくれたのは、年のころなら二十歳そこそこ。肩で切りそろえられた真っ
黒な髪と縁なしのメガネが印象的な、化粧の薄い、朴訥とした女だった。
女は他の部署と同じ事務の制服に身を包んでいる。胸に市章が刺繍された濃い水色の上着。
膝下まであるスカート。そして足下はスリッパ履き。
女は書類に目を通したまま踵を返し、わたしに背を向ける。そしてすたすた歩き始める。
わたしは慌てて後を追う。
(まさかこの女が)
公務員が天職で、それ以外には考えも及ばないような女。1日中、机に向かって書類を書
くか、パソコンのキーを叩いているのが何よりもお似合いの女。色気も何もあったもんじゃ
ない。
「はい、では、ここに入って」
女はそんなわたしの不安を払拭することもなく、一番奥のカーテンを開けた。
部屋の中は小さなベッドが置かれているだけで、バスタオルや鏡の類は存在しない。傍ら
にはティッシュの箱とごみ箱。そして、濡れティッシュとなんだか良く分からないスプレー。
壁は待ち合わせのスペースと同じくすんだベージュ色。天井の蛍光灯がジーと低い音を立
てている。
「はい、服を脱いでここに横になって」
女は事務的に言う。
「君が?」
「何か不満ですか?」
そのとき初めて、女はわたしの目を見る。
「い、いいえ…」
「そろそろ込み合ってくる時間ですから、早くしてください」
女はそういって自分も服を脱ぎ始めた。
「へえ」
メガネを取り、上着のボタンを外す。現われた白いブラウスの胸元は思った以上の盛り上
がりを見せている。
「な、何ですか」
「いや、けっこう胸、あるんだ」
彼女は恥ずかしそうにプイッと横を向く。その仕草は今までとのギャップも伴って愛らし
さを覚えてしまう。仕草だけでなく、メガネをとった瞳は黒目がちで、睫も長く反りかえっ
ている。俯く横顔は艶美を増し、背筋が思わずゾクッとなる。
「彼女、名前は?」
「山本です」
「山本、なに?」
「必要ないでしょう」
きつい口調で彼女は言う。しかし、今までのような憤りは覚えない。
彼女は微かな羞恥を見せながら、テキパキと衣装を脱いだ。上着を脱ぎ、スカートを下ろ
し、靴下を脱いでストッキングを下ろす。そして、ブラウスのボタンを外し、わたしに背を
向けてブラジャーを取る。
蛍光灯の白い明かりに佇む彼女はわたしに感嘆のため息を与えてくれた。実った乳房、ク
ビレた腰。ツヤとハリが備わった肌は病的に白くもなく、自分の知恵のなさを露呈してしま
うほど黒くもない。
「そんなにじろじろ見ないでください」
彼女は頬を紅潮させ、俯いた。
「じゃあ、始めます。口の中…、ですよね」
彼女はわたしの隣に横座りになり、言う。
「はい、お願いします」
わたしは素直に返事をする。
「では」
スプレーを手にし、わたしの身体に吹きつける。その冷たい感触に、思わず声を上げてし
まう。
「冷たい!何それ」
「消毒用のアルコールです」
「昨日、風呂には入ったよ」
「決められた手順ですから」
彼女はそれから、濡れティッシュを取って身体を拭き始める。
「そこまでするの?」
「規則ですから」
「そんなに汚いかな?俺の身体」
「例外は認められていません」
彼女はまるで、コレクターが自慢の壷を磨くかのようにわたしの体を拭く。そして、丁寧
丹念にペニスを拭うと、小さなため息をついた。
「では、始めます」
メガネを外し、ショーツ一枚姿になった彼女を見て、少し興奮気味だったわたしのペニス
は、消毒液の冷たさと、ごしごし拭われる力に縮んでいる。彼女はそんなわたしに指を添え、
徐に舌を這わせ始めた。
「おお…」
几帳面な態度とは裏腹に彼女のテクニックは巧みでツボを心得ている。先を舌先でテロテ
ロ擽ると、膨らんだ頭をトロリと舐める。そして、カリ首を拭い、裏筋をなぞり、横から竿
を唇ではさむ。わたしの肉棒は見る見るうちに固く、勃起する。
「うまい、上手だね」
わたしの誉め言葉に何の反応も示さず、彼女はしゃぶり続ける。そのそっけない態度が濃厚
な技に反比例し、妙な感慨を与えてくれる。
「ふう、さてと…」
十分な屹立を保っているわたしを見下ろし、彼女は刹那の休息を得た。そして、垂れ落ち
た髪を掻きあげ、ニ、三度舌なめずりをすると、大きく唇を開いてわたしを呑み込んでいく。
「おおお、すごい…!」
ズルっと奥まで含んだまま、彼女は首を上下させるわけでもなく、ただ、じっと根元に唇
を当てていた。しかし、わたしを納めた口の中では猛烈に舌が駆使されている。激しく吸い
こみながら内頬の粘膜が微妙に蠢いている。舌はぐるぐると螺旋を描き、先から根元まで絡
み付いてくる。その柔らかで暖かい感触にわたしは思わずうめき声を上げてしまう。
「すごい、すごいよ」
わたしは呟きながら彼女の胸に手を伸ばす。
「ダメ、ダメです」
「どうして」
「体には触れないでください」
「じゃあ、どうして服を脱ぐの」
「規則です」
冷たく言い放ち、再び咥えこむ。今度は髪を揺らしながら頭を上下させ、回転させる。も
ちろん、舌の動きは留まることを知らず、ぢゅぷぢゅぷと淫猥な音が狭い部屋の響き渡る。
「んん、んく…」
彼女の鼻から、切なく艶美な吐息が漏れる。
「き、君も感じてるんじゃないの?」
彼女は含んだまま首を横に振る。
「本当?」
首を縦に振る。
「入れて欲しいって思わない?」
「ふぉ、本番行為は禁止です」
「堅いんだね」
「規則ですから」
「規則規則って、お役所みたいに」
「ここは役所です、公務です」
「公務で人のチンチンしゃぶってるんだ」
「変ないい方しないでください」
「事実だろ」
「……」
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしてもう一度ほおばる。
「ああ、いい気持ちだ、イキそうだ」
「ん、んん、んぁあ、出ますか?」
「もうちょっとで…」
わたしの言葉に動きが速くなる。
「あああ、出る、出る!」
「ふうん、んくんく、んん…!」
わたしはとうとう、堪えきれずに口の中に吐き出した。彼女はしばらくわたしの迸りを受
け止めている。そして、徐に抜き取ると、ティッシュの中に吐き出し、丸めてごみ箱へ捨て
るのだった。
「例えば、昔の赤線。あれは国家が認めておったわけだ」
市長は言う。
「売防法以前の話ですね」
「本番しなければ法に触れない。法に触れないことを行政が行って悪いことはない」
「なるほど」
「金儲けなんてものは、あんた、人が欲しがるものを目の前にぶら下げてやる。それが基本。
役所だって、住民が本当に望んでいる物を与えてやる。税金を取りたてるなんて発想は古い、
古い。金は喜んで払ってもらうものなんだ」
「不公平感はありませんか?例えば、女の人は利用できないとか」
「この事業にかかる経費は独立採算。それでも十分余剰利益が出る。市が経営している事業
の中で唯一の黒字だ。それにね、名目はあくまでも福祉。あんた、本を読まない人が図書館
に文句を言いますか?町医者しかかかったことのない人が市民病院に文句を言いますか?同
じことですよ」
仕事が終わる午後五時。わたしは山本嬢に取材を申し入れた。
「東京の短大を卒業してェ、二十歳になります」
私服に着替え、アフター5の装いに身繕いした山本さんは、にこやかに微笑みながらはき
はき答えてくれる。役所の近くの喫茶店。わたしの目の前にはコーヒーカップ、彼女の前に
はアイスティーのグラスが置かれていた。
「なかなか就職口が見つかんなくて、こっちに帰って来たんです。でも、こっちでも働き口
が見つかんなくて、特別職?の募集があって、採用になりました」
「職種に対して戸惑いはありませんでしたか?」
「ないといえばウソになりますけどぉ。役所は福祉課のヘルパーだと親に言ってくれました
し、何といっても公務員でしょ。それにわたし、学生時代、風俗のアルバイトをしていたこ
とがあったんです」
「なるほど」
「もちろん、東京で風俗するのとは、お給料はぜんぜん違うけれど、公務員でしょ。ローン
も簡単に組めちゃうし、クレジットカードだって大丈夫だし」
「でも、どうしてあんなに無愛想なの?」
「仏頂面は規則なんです。一応公務ですから」
「なるほど」
「上半身裸になるのは早く終わってもらうため。本当はオッパイ触ってもらってもいいんだ
けれど、わたしは個人的に断ってるの」
薄手のセーターに包まれた彼女はダサい事務服姿とは違い、艶美に胸の盛り上がりを誇示
している。その中身を知っているだけに、わたしの心中は穏やかではない。
「どうして胸を触らせるのを断るんです?」
「敏感なんです、わたし、感じすぎちゃって、疲れちゃうんです」
「ほお」
「お口でするだけならそんなに困っちゃうこともないけど、スマタのコースなんかだと、パ
ンツも脱いじゃうわけでしょ。アソコがぬるぬるになっちゃって」
「入ってしまうことも?」
「はい…」
恥ずかしそうに彼女は俯く。
「そこのところをもう少し詳しく」
「そう…、ですね。まだ最初のころ、スマタコースのお客さんに跨ってたとき、オッパイを
しつこく弄くられたんです。わたし、濡れやすいタイプだから、アソコがすぐにぐちょぐちょ
になっちゃったんです。お客さんは下から突き上げてくるし、わたしも変な気分になっちゃっ
て、もういいやって」
「そのまま…」
「そのまま、ズブって…」
「入ちゃったんだ」
「そう、でも、すっごく気持ちよかった。だから、アンアン、キャンキャン、大声上げちゃっ
て。でも、そのお客さんひどいんですよ。そのままわたしの中に」
「中出し」
「うん、ドクドクって出しちゃったの。でも、本番は禁止でしょ。バレたら懲戒免職になっ
ちゃうの。だから、誰にもいえなくて。だから、それから、次の生理が来るまで、すっごく
不安だった」
「ほお」
「だから、それから、スマタのお客さんにはコンドームをつけてもらうことにしたの。する
とね、それは本番がOKだと勘違いされちゃって」
「断るんですか?」
「断りたいんだけど、わたしも嫌いじゃないし。ていうか、本当は中に入れてもらったほう
が気持ちいいし。でも、内緒にしてくださいね。本当にクビになっちゃうから」
「単純に健康な男子が射精するだけが目的じゃないんですよ」
市長は言う。
「例えば身障者の方たち。彼らの性欲処理はどうします」
「あ…」
「どんなに親切なボランティアといえども、性に関する悩みまでは解消してくれない。手足
が不自由でオナニーすらできない人たちはどうするんです」
「なるほど」
「これは問題ですよ。そんな方たちには無料で利用していただく。これは完全な福祉でしょ」
わたしは単純なエロ親父だとばかり思っていた市長の言葉に、感服してしまう。
「とにかく、赤字解消の役に立つ、寂しい人たち、女に縁のない人たちでも手軽に安価で気
持ちよくなれる。ウチの市の性的犯罪はゼロです。ま、そういうことです」
「田中さーん」
受付カウンター前のビニールソファーにに座っていたわたしは立ち上がる。
「お待たせしました。えーと、初めてのご利用ですね」
白いワイシャツに地味なネクタイを締めた中年男が言う。
「身分を証明するものと医師の診断書はお持ちですか」
わたしは免許書と感染症がないことを示す書類を示す。
「はい、結構です。では、この書類に印鑑を押してください。こことここ」
「ミトメですけど」
「結構ですよ。はい、結構です。で、本日のご希望は?」
書類に目を落としたまま男は言う。
「え?」
「色々コースがございまして。まあ、基本的にはくちと手で射精していただくというパタ
ーンですが、口内で射精、もしくはスマタ、自信がおありならアヌスという…」
「本番は?」
「法で禁止されてますので」
「分かりました。じゃあ、口の中でということで」
「口内発射ですね」
男は書類に記された「口内発射」の項目に丸を入れる。
「では、これを持って控え室へ」
「あのう…」
「何か?」
「女の子は選べないんですか?」
「それはですね、ウチはあくまでも住民の福祉という名目で行っているわけですから、そ
こまでは」
「そうですか」
わたしは男が差し出した書類を受け取り廊下を歩く。エレベーターに乗り、地下に降り、
長く暗い廊下を歩いていく。
「ここか」
ベニヤを張り付けただけのドアの上に「福祉対策特別室」の札。わたしは扉を開け、中
を見る。
「こちらへどうぞ」
わたしを見つけた、神経質そうな中年女が小さな受付カウンターから声をかける。わた
しは女に書類を差し出す。
「はい、ではこの番号札を持ってしばらくお待ちください」
無愛想で横柄な態度の女。平日の午後。わたし以外に待つものもいないのに、しばらく
も番号札もないだろうと、心の中で愚痴る。
BGMもない殺風景な部屋に長いすがひとつ。奥側はカーテンで仕切られ覗くことがで
きない。ベージュの壁は薄汚れ、「これが民間ならとっくに廃業だろうな」と、思いなが
らわたしは黙って呼ばれるのをじっと待つのだった。
「この不景気で税収入も見込めない。それに、前の市長の借金返済もあって市は破産状態
だ。常套手段じゃどうしようもない」
スペースは広いが装飾品の一切存在しない部屋で市長は言った。
「しかし、風俗というのは…」
「風俗の何がいけないんです?別に法を犯しているわけじゃない。ちゃんとした職業だし、
事業だ。何ら批判を受ける覚えはない。競輪競馬、博打がよくて風俗がいけないという理
屈は成り立たない」
「なるほど」
「余剰人員を整理するばかりがリストラでもありますまい。新しい部署をつくって新しい
仕事を作る。それも十分収入が見こめるものを。住民が本当に望んでいるサービスを行う
というのが行政の役目だと私は思っておるのです」
前市長が公印を使って銀行から一時借入金の融資を受けた。市長はそのまま行方不明。
いわゆる公金流用疑惑だ。新たに首長の座に就いたこの男は、市でも指折りの事業家でも
あり、名家の出身。その人脈と資金力で議会を牛耳ることなどわけはない。
「色々いう奴はおりますが、市が潤ってい
るのは事実ですし、他の方法を考え出せる奴もいない。だから、文句はいわせない。ただ」
「ただ?」
「異動を希望する若い男の職員が増えて困ってます。女の子に手を出すのはご法度だとい
うのはこの業界の常識ですのにね」
市長はそういって大声で笑った。
「次の方、10番の方、奥へどうぞ」
鷹揚のない女子職員の声に導かれ、わたしはカーテンの向こうへ足を踏み入れる。簡単
な仕切りで区切られた各スペースの前には白いカーテンがぶら下がっていて、風俗店と言
うより、病院の大部屋といった様相だ。
「お待たせしました。口内発射をご希望ですね」
わたしを迎えてくれたのは、年のころなら二十歳そこそこ。肩で切りそろえられた真っ
黒な髪と縁なしのメガネが印象的な、化粧の薄い、朴訥とした女だった。
女は他の部署と同じ事務の制服に身を包んでいる。胸に市章が刺繍された濃い水色の上着。
膝下まであるスカート。そして足下はスリッパ履き。
女は書類に目を通したまま踵を返し、わたしに背を向ける。そしてすたすた歩き始める。
わたしは慌てて後を追う。
(まさかこの女が)
公務員が天職で、それ以外には考えも及ばないような女。1日中、机に向かって書類を書
くか、パソコンのキーを叩いているのが何よりもお似合いの女。色気も何もあったもんじゃ
ない。
「はい、では、ここに入って」
女はそんなわたしの不安を払拭することもなく、一番奥のカーテンを開けた。
部屋の中は小さなベッドが置かれているだけで、バスタオルや鏡の類は存在しない。傍ら
にはティッシュの箱とごみ箱。そして、濡れティッシュとなんだか良く分からないスプレー。
壁は待ち合わせのスペースと同じくすんだベージュ色。天井の蛍光灯がジーと低い音を立
てている。
「はい、服を脱いでここに横になって」
女は事務的に言う。
「君が?」
「何か不満ですか?」
そのとき初めて、女はわたしの目を見る。
「い、いいえ…」
「そろそろ込み合ってくる時間ですから、早くしてください」
女はそういって自分も服を脱ぎ始めた。
「へえ」
メガネを取り、上着のボタンを外す。現われた白いブラウスの胸元は思った以上の盛り上
がりを見せている。
「な、何ですか」
「いや、けっこう胸、あるんだ」
彼女は恥ずかしそうにプイッと横を向く。その仕草は今までとのギャップも伴って愛らし
さを覚えてしまう。仕草だけでなく、メガネをとった瞳は黒目がちで、睫も長く反りかえっ
ている。俯く横顔は艶美を増し、背筋が思わずゾクッとなる。
「彼女、名前は?」
「山本です」
「山本、なに?」
「必要ないでしょう」
きつい口調で彼女は言う。しかし、今までのような憤りは覚えない。
彼女は微かな羞恥を見せながら、テキパキと衣装を脱いだ。上着を脱ぎ、スカートを下ろ
し、靴下を脱いでストッキングを下ろす。そして、ブラウスのボタンを外し、わたしに背を
向けてブラジャーを取る。
蛍光灯の白い明かりに佇む彼女はわたしに感嘆のため息を与えてくれた。実った乳房、ク
ビレた腰。ツヤとハリが備わった肌は病的に白くもなく、自分の知恵のなさを露呈してしま
うほど黒くもない。
「そんなにじろじろ見ないでください」
彼女は頬を紅潮させ、俯いた。
「じゃあ、始めます。口の中…、ですよね」
彼女はわたしの隣に横座りになり、言う。
「はい、お願いします」
わたしは素直に返事をする。
「では」
スプレーを手にし、わたしの身体に吹きつける。その冷たい感触に、思わず声を上げてし
まう。
「冷たい!何それ」
「消毒用のアルコールです」
「昨日、風呂には入ったよ」
「決められた手順ですから」
彼女はそれから、濡れティッシュを取って身体を拭き始める。
「そこまでするの?」
「規則ですから」
「そんなに汚いかな?俺の身体」
「例外は認められていません」
彼女はまるで、コレクターが自慢の壷を磨くかのようにわたしの体を拭く。そして、丁寧
丹念にペニスを拭うと、小さなため息をついた。
「では、始めます」
メガネを外し、ショーツ一枚姿になった彼女を見て、少し興奮気味だったわたしのペニス
は、消毒液の冷たさと、ごしごし拭われる力に縮んでいる。彼女はそんなわたしに指を添え、
徐に舌を這わせ始めた。
「おお…」
几帳面な態度とは裏腹に彼女のテクニックは巧みでツボを心得ている。先を舌先でテロテ
ロ擽ると、膨らんだ頭をトロリと舐める。そして、カリ首を拭い、裏筋をなぞり、横から竿
を唇ではさむ。わたしの肉棒は見る見るうちに固く、勃起する。
「うまい、上手だね」
わたしの誉め言葉に何の反応も示さず、彼女はしゃぶり続ける。そのそっけない態度が濃厚
な技に反比例し、妙な感慨を与えてくれる。
「ふう、さてと…」
十分な屹立を保っているわたしを見下ろし、彼女は刹那の休息を得た。そして、垂れ落ち
た髪を掻きあげ、ニ、三度舌なめずりをすると、大きく唇を開いてわたしを呑み込んでいく。
「おおお、すごい…!」
ズルっと奥まで含んだまま、彼女は首を上下させるわけでもなく、ただ、じっと根元に唇
を当てていた。しかし、わたしを納めた口の中では猛烈に舌が駆使されている。激しく吸い
こみながら内頬の粘膜が微妙に蠢いている。舌はぐるぐると螺旋を描き、先から根元まで絡
み付いてくる。その柔らかで暖かい感触にわたしは思わずうめき声を上げてしまう。
「すごい、すごいよ」
わたしは呟きながら彼女の胸に手を伸ばす。
「ダメ、ダメです」
「どうして」
「体には触れないでください」
「じゃあ、どうして服を脱ぐの」
「規則です」
冷たく言い放ち、再び咥えこむ。今度は髪を揺らしながら頭を上下させ、回転させる。も
ちろん、舌の動きは留まることを知らず、ぢゅぷぢゅぷと淫猥な音が狭い部屋の響き渡る。
「んん、んく…」
彼女の鼻から、切なく艶美な吐息が漏れる。
「き、君も感じてるんじゃないの?」
彼女は含んだまま首を横に振る。
「本当?」
首を縦に振る。
「入れて欲しいって思わない?」
「ふぉ、本番行為は禁止です」
「堅いんだね」
「規則ですから」
「規則規則って、お役所みたいに」
「ここは役所です、公務です」
「公務で人のチンチンしゃぶってるんだ」
「変ないい方しないでください」
「事実だろ」
「……」
彼女は少しだけ悲しそうな顔をしてもう一度ほおばる。
「ああ、いい気持ちだ、イキそうだ」
「ん、んん、んぁあ、出ますか?」
「もうちょっとで…」
わたしの言葉に動きが速くなる。
「あああ、出る、出る!」
「ふうん、んくんく、んん…!」
わたしはとうとう、堪えきれずに口の中に吐き出した。彼女はしばらくわたしの迸りを受
け止めている。そして、徐に抜き取ると、ティッシュの中に吐き出し、丸めてごみ箱へ捨て
るのだった。
「例えば、昔の赤線。あれは国家が認めておったわけだ」
市長は言う。
「売防法以前の話ですね」
「本番しなければ法に触れない。法に触れないことを行政が行って悪いことはない」
「なるほど」
「金儲けなんてものは、あんた、人が欲しがるものを目の前にぶら下げてやる。それが基本。
役所だって、住民が本当に望んでいる物を与えてやる。税金を取りたてるなんて発想は古い、
古い。金は喜んで払ってもらうものなんだ」
「不公平感はありませんか?例えば、女の人は利用できないとか」
「この事業にかかる経費は独立採算。それでも十分余剰利益が出る。市が経営している事業
の中で唯一の黒字だ。それにね、名目はあくまでも福祉。あんた、本を読まない人が図書館
に文句を言いますか?町医者しかかかったことのない人が市民病院に文句を言いますか?同
じことですよ」
仕事が終わる午後五時。わたしは山本嬢に取材を申し入れた。
「東京の短大を卒業してェ、二十歳になります」
私服に着替え、アフター5の装いに身繕いした山本さんは、にこやかに微笑みながらはき
はき答えてくれる。役所の近くの喫茶店。わたしの目の前にはコーヒーカップ、彼女の前に
はアイスティーのグラスが置かれていた。
「なかなか就職口が見つかんなくて、こっちに帰って来たんです。でも、こっちでも働き口
が見つかんなくて、特別職?の募集があって、採用になりました」
「職種に対して戸惑いはありませんでしたか?」
「ないといえばウソになりますけどぉ。役所は福祉課のヘルパーだと親に言ってくれました
し、何といっても公務員でしょ。それにわたし、学生時代、風俗のアルバイトをしていたこ
とがあったんです」
「なるほど」
「もちろん、東京で風俗するのとは、お給料はぜんぜん違うけれど、公務員でしょ。ローン
も簡単に組めちゃうし、クレジットカードだって大丈夫だし」
「でも、どうしてあんなに無愛想なの?」
「仏頂面は規則なんです。一応公務ですから」
「なるほど」
「上半身裸になるのは早く終わってもらうため。本当はオッパイ触ってもらってもいいんだ
けれど、わたしは個人的に断ってるの」
薄手のセーターに包まれた彼女はダサい事務服姿とは違い、艶美に胸の盛り上がりを誇示
している。その中身を知っているだけに、わたしの心中は穏やかではない。
「どうして胸を触らせるのを断るんです?」
「敏感なんです、わたし、感じすぎちゃって、疲れちゃうんです」
「ほお」
「お口でするだけならそんなに困っちゃうこともないけど、スマタのコースなんかだと、パ
ンツも脱いじゃうわけでしょ。アソコがぬるぬるになっちゃって」
「入ってしまうことも?」
「はい…」
恥ずかしそうに彼女は俯く。
「そこのところをもう少し詳しく」
「そう…、ですね。まだ最初のころ、スマタコースのお客さんに跨ってたとき、オッパイを
しつこく弄くられたんです。わたし、濡れやすいタイプだから、アソコがすぐにぐちょぐちょ
になっちゃったんです。お客さんは下から突き上げてくるし、わたしも変な気分になっちゃっ
て、もういいやって」
「そのまま…」
「そのまま、ズブって…」
「入ちゃったんだ」
「そう、でも、すっごく気持ちよかった。だから、アンアン、キャンキャン、大声上げちゃっ
て。でも、そのお客さんひどいんですよ。そのままわたしの中に」
「中出し」
「うん、ドクドクって出しちゃったの。でも、本番は禁止でしょ。バレたら懲戒免職になっ
ちゃうの。だから、誰にもいえなくて。だから、それから、次の生理が来るまで、すっごく
不安だった」
「ほお」
「だから、それから、スマタのお客さんにはコンドームをつけてもらうことにしたの。する
とね、それは本番がOKだと勘違いされちゃって」
「断るんですか?」
「断りたいんだけど、わたしも嫌いじゃないし。ていうか、本当は中に入れてもらったほう
が気持ちいいし。でも、内緒にしてくださいね。本当にクビになっちゃうから」
「単純に健康な男子が射精するだけが目的じゃないんですよ」
市長は言う。
「例えば身障者の方たち。彼らの性欲処理はどうします」
「あ…」
「どんなに親切なボランティアといえども、性に関する悩みまでは解消してくれない。手足
が不自由でオナニーすらできない人たちはどうするんです」
「なるほど」
「これは問題ですよ。そんな方たちには無料で利用していただく。これは完全な福祉でしょ」
わたしは単純なエロ親父だとばかり思っていた市長の言葉に、感服してしまう。
「とにかく、赤字解消の役に立つ、寂しい人たち、女に縁のない人たちでも手軽に安価で気
持ちよくなれる。ウチの市の性的犯罪はゼロです。ま、そういうことです」
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