小説(転載) ついてる少年 1/5
官能小説
-いつからだろう。自分のことを嫌いだしたのは。-
「・・・ガスは閉めたし、コンセントも・・・。」
一通りチェックが終わると僕は部屋を出た。
建て付けの悪い木のドアを閉めると、ノブに鍵を差し込む。
「・・・よしっと。」
すぐに元気良く駆け出したいところだが、古い建物が軋んだ音を立てないようにとそっと階段を下りる。
ギィ、ギィ・・・。
物心ついたときからずっと住んでいるアパートだが、居心地がいいなどと思ったことはない。
(・・・どうしてなんだろう。)
明らかに周りから浮いているボロアパートを抜け出すと、僕は自転車に飛び乗った。
いつも思うことだが、学校まで15km程の道のり。
自転車での通学はつらいものがある。
「・・・早く行かないと。」
しかしうちは貧しい。
バスの定期を買うお金なんて、ない。
(・・・どうして、なんだろうな。)
まだ完全に起きていなかった身体も、街路樹の歩道を抜けていくうちにだんだん目を覚まし始めた。
軽そうな自転車に乗る他校の生徒や眠そうなOLを追い越すと、いつもの横断歩道までもうすぐだ。
「ここの信号は短いくせにいつも引っかかるんだよな。」
多分今日も・・・いや、そう思ってるから逆に引っかからないか・・・?
キキキーーーッ。
大音響を立ててブレーキをかけると、横断歩道の前で自転車を止めた。
「やっぱり。・・・どうしてなんだろうな。」
(ツイてないんだよ。)
貧乏なのも、まともな親じゃないのも、あんな家に生まれたのも。
もてないのも、友達がいないのも、・・・信号に捕まるのも。
「ツイてない人間なんだよ、僕は。全てそれが原因なんだ。」
いつからだろうか、そう考えるようになったのは。
ちょっとしたことで腹を立てあきらめの感情が浮かぶたび、自分が嫌いになる。
でも、しょうがないじゃないか・・・。
確かに・・・あんな家にさえ生まれてこなければ、他人にとっては普通でも僕にとっては幸せな生活が送れただろうと思う。
・・・運が悪いと思うしかない。
信号が青に変わり、また自転車をこぎ始める。
学校まではまだまだ。
しかし不運なことが起こるのを見越して、早めに家を出てあるんだ。
はっきり言って学校になんか来たくない。
勉強は面白くないし、友達はいないし、それに・・・。
でも高校3年になる今まで、一日だって学校を休んだことなど無い。
風邪をひいても、お腹が痛くても。
ずる休みが出来るほど”裕福”な人種でないことはなんとなく分かってる。
「おはよ~う。」
その時、肩にぽんと手を置かれた。
早朝の教室。
誰もが僕の存在など見えないように、距離を置き、騒いでいる。
そんな僕に近づいてくるのは――。
「おはよっ、ていってんだろ?」
学校に来たくないもう一つの理由、それはこの武藤の存在。
「聞こえねぇのか、あぁ?」
机の周りを一緒に来ていた武藤の”取り巻き”たちが囲む。
僕は圧力に負け、小さな声で挨拶を返した。
「・・・おはよじゃねぇんだよ、コラ。」
大して似合ってもいない言葉を吐き、武藤は僕の顔をのぞき込んでくる。
「あぁ?」
何を聞かれているのかも分からない。答えられるわけがないのを分かっていて、何度もこいつは聞き返してくる。
相手を徹底的に黙らせ、威圧しないと気が済まないタイプなんだ。
「フン。」
バコッと僕の机を蹴ると武藤は自分の席に向かっていった。
大きな音を立てたが、誰も喋るのをやめたりはしない。僕がこいつらに目を付けられ、いじめられているのは知られているのだ。
そっと武藤の方を見ると先ほどとは違うにやけ顔で近くの女子に話しかけている。
が、その女子は露骨にいやな顔をし、話を切り上げたがっているようだった。
・・・・・・・・・。
武藤とは小学生の頃から不思議によく同じクラスになる。
そのたびに貧乏なことを笑いの種にされ、みんなの受けを取る道具にされた。
昔はそんな事考えたことはなくてただ悔しかったけど、今では分かる。
・・・自分のことを言われるよりも、家族や家庭のことを言われる方がつらいって。
たしかにあいつの家は会社をしていて大きな家に住んでいるけど、そんな事は本人とは関係ないじゃないか・・・。
そんなイヤミさに加えて、常に自分が一番でないと気が済まない「自己中」な性格なので、みんなからも嫌われている。
おまけにいい加減で調子がいいとなると・・・。
特に女子からはものすごく受けが悪い。
まぁ、友達も彼女もいない僕も一緒だけど・・・。
もう一度武藤の方を見ると、女子が無視するように武藤から離れていく。
武藤の人の話を全く聞かない会話に嫌気がさしたのかな?
「あぁ・・・。なんであんなヤツといつも一緒なんだ・・・。」
信号と一緒、ついてないからだよ、と思うとよけいに空しくなった。
-これは不運なのか。それとも・・・。-
狭いアパートの中を父の仕事仲間やギャンブル仲間だろう、無骨なオヤジどもが騒いでいる。
母の姿はやはり・・・ない。
突然父が死んだとの知らせを聞いたのは一昨日のことだった。
夜中に酔って帰宅するところを車にはねられたらしい。
最初聞いたときには「へぇ、そう・・・。」としか感じられなかった。
でも、ろくな親じゃなかったとはいえずっと一緒だった人間だ。次第に悲しみがこみ上げてくる。
「母さん・・・来てくれないのかな。」
父のギャンブル、暴力癖などに愛想を尽かして出ていった母はお通夜に姿を現していない。
・・・もしかしたら今頃、父さんが死んで喜んでいるかも知れない。
そう思うと悲しくて、心はもっと沈んでしまう。
・・・あのお婆さん、これから運が向いてくるって言ってたのに・・・。
僕はふと4,5日前に出会った、小さな老婆のことを思いだしていた。
「大丈夫?おばあちゃん。」
高校生の自転車の集団に煽られ道路に転んだ老婆を助けたのは、本当に偶然だった。
最初そのお婆さんは僕のことをとても厳しい眼差しで見つめてきていた。
(多分コカした奴らと一緒の「高校生」としか思えないんだろう・・・。)
そう思って立ち去ろうとすると・・・。
「待ちなされ。」
「?」
「お前さん・・・妙な運気を持っておるの。」
「うんき?」
「・・・今まで相当恵まれない人生を送ってきたじゃろう?」
さすがに初対面の人にいきなりそんな事を言われるとカチンとくるものがある。
が・・・ここはグッと我慢する・・・。
「・・・どうしてそんな事わかるの?」
「わしにはわかるのじゃ。」
そう言いきられても・・・と思ったけど、その半端じゃない皺の数はどこか人を信用させるものがある(気がする)。
僕はしばらくその自称占い師の語るうんちくに耳を傾けていた。
「まぁ・・・要するに僕はツイてないと。」
「そういうことじゃの。」
「ふぅん・・・。分かってはいたけど・・・本当にそうだったのか・・・?」
「こうして知り合ったのも何かの縁。わしが運気を変えてやろうかの。」
「そんな事できるの?」
「・・・・・・。」
老婆は答えずに、巾着の中から妙な置物を取り出した。
位牌のような・・・表札のような・・・。
「フンッ!!」
老婆がそれを両手に持ち力のこもった声でうなると、不意に目の前が真っ暗になった。
あれ・・・?どうした・・・目が回る・・・。
・・・・・・・・・。
「・・・これでお前さんは運に恵まれるようになるじゃろうて。」
おばあさんの声だけが聞こえてくる・・・。
「・・・しかしそれでお前さんが幸せになれるかどうかは別。それぞれの生き方もあるでの・・・。」
・・・しばらくして目の前が明るくなると、老婆の姿は消えていた。
「なんだったんだ、いったい。」
何やらよく分からない出来事だったけど、それから本当にツイてきているような気がしていた。
考えようによってはどっちにもとれるような事ばっかりだったけど。
・・・父さんが死んだのは不運・・・。それとも・・・?
その時ふっと肩を掴まれた。
「はじめ・・・か?」
がっちりとした体つき、少し薄くなりかけた頭、それに・・・父とそっくりな顔・・・。
「お前がはじめ・・・だな?」
「そうですが?」
「俺はお前の父さんの弟・・・つまりお前の叔父の、栄造だ。」
「叔父、さん・・・?」
・・・父さんに兄弟がいたのか?
父さん、勘当になったとかで家族のこととか話したこと無かったから・・・。
「実は・・・今日はお前を引き取りに来たんだ。」
「?」
「これから一人で生きていく訳にもいかないだろう?」
そうして僕は叔父の養子になることになった。
・・・今の生活から抜け出せる。
不謹慎だが、それだけでも父の死はツイている出来事だったと言えるかも知れない・・・。
続く
「・・・ガスは閉めたし、コンセントも・・・。」
一通りチェックが終わると僕は部屋を出た。
建て付けの悪い木のドアを閉めると、ノブに鍵を差し込む。
「・・・よしっと。」
すぐに元気良く駆け出したいところだが、古い建物が軋んだ音を立てないようにとそっと階段を下りる。
ギィ、ギィ・・・。
物心ついたときからずっと住んでいるアパートだが、居心地がいいなどと思ったことはない。
(・・・どうしてなんだろう。)
明らかに周りから浮いているボロアパートを抜け出すと、僕は自転車に飛び乗った。
いつも思うことだが、学校まで15km程の道のり。
自転車での通学はつらいものがある。
「・・・早く行かないと。」
しかしうちは貧しい。
バスの定期を買うお金なんて、ない。
(・・・どうして、なんだろうな。)
まだ完全に起きていなかった身体も、街路樹の歩道を抜けていくうちにだんだん目を覚まし始めた。
軽そうな自転車に乗る他校の生徒や眠そうなOLを追い越すと、いつもの横断歩道までもうすぐだ。
「ここの信号は短いくせにいつも引っかかるんだよな。」
多分今日も・・・いや、そう思ってるから逆に引っかからないか・・・?
キキキーーーッ。
大音響を立ててブレーキをかけると、横断歩道の前で自転車を止めた。
「やっぱり。・・・どうしてなんだろうな。」
(ツイてないんだよ。)
貧乏なのも、まともな親じゃないのも、あんな家に生まれたのも。
もてないのも、友達がいないのも、・・・信号に捕まるのも。
「ツイてない人間なんだよ、僕は。全てそれが原因なんだ。」
いつからだろうか、そう考えるようになったのは。
ちょっとしたことで腹を立てあきらめの感情が浮かぶたび、自分が嫌いになる。
でも、しょうがないじゃないか・・・。
確かに・・・あんな家にさえ生まれてこなければ、他人にとっては普通でも僕にとっては幸せな生活が送れただろうと思う。
・・・運が悪いと思うしかない。
信号が青に変わり、また自転車をこぎ始める。
学校まではまだまだ。
しかし不運なことが起こるのを見越して、早めに家を出てあるんだ。
はっきり言って学校になんか来たくない。
勉強は面白くないし、友達はいないし、それに・・・。
でも高校3年になる今まで、一日だって学校を休んだことなど無い。
風邪をひいても、お腹が痛くても。
ずる休みが出来るほど”裕福”な人種でないことはなんとなく分かってる。
「おはよ~う。」
その時、肩にぽんと手を置かれた。
早朝の教室。
誰もが僕の存在など見えないように、距離を置き、騒いでいる。
そんな僕に近づいてくるのは――。
「おはよっ、ていってんだろ?」
学校に来たくないもう一つの理由、それはこの武藤の存在。
「聞こえねぇのか、あぁ?」
机の周りを一緒に来ていた武藤の”取り巻き”たちが囲む。
僕は圧力に負け、小さな声で挨拶を返した。
「・・・おはよじゃねぇんだよ、コラ。」
大して似合ってもいない言葉を吐き、武藤は僕の顔をのぞき込んでくる。
「あぁ?」
何を聞かれているのかも分からない。答えられるわけがないのを分かっていて、何度もこいつは聞き返してくる。
相手を徹底的に黙らせ、威圧しないと気が済まないタイプなんだ。
「フン。」
バコッと僕の机を蹴ると武藤は自分の席に向かっていった。
大きな音を立てたが、誰も喋るのをやめたりはしない。僕がこいつらに目を付けられ、いじめられているのは知られているのだ。
そっと武藤の方を見ると先ほどとは違うにやけ顔で近くの女子に話しかけている。
が、その女子は露骨にいやな顔をし、話を切り上げたがっているようだった。
・・・・・・・・・。
武藤とは小学生の頃から不思議によく同じクラスになる。
そのたびに貧乏なことを笑いの種にされ、みんなの受けを取る道具にされた。
昔はそんな事考えたことはなくてただ悔しかったけど、今では分かる。
・・・自分のことを言われるよりも、家族や家庭のことを言われる方がつらいって。
たしかにあいつの家は会社をしていて大きな家に住んでいるけど、そんな事は本人とは関係ないじゃないか・・・。
そんなイヤミさに加えて、常に自分が一番でないと気が済まない「自己中」な性格なので、みんなからも嫌われている。
おまけにいい加減で調子がいいとなると・・・。
特に女子からはものすごく受けが悪い。
まぁ、友達も彼女もいない僕も一緒だけど・・・。
もう一度武藤の方を見ると、女子が無視するように武藤から離れていく。
武藤の人の話を全く聞かない会話に嫌気がさしたのかな?
「あぁ・・・。なんであんなヤツといつも一緒なんだ・・・。」
信号と一緒、ついてないからだよ、と思うとよけいに空しくなった。
-これは不運なのか。それとも・・・。-
狭いアパートの中を父の仕事仲間やギャンブル仲間だろう、無骨なオヤジどもが騒いでいる。
母の姿はやはり・・・ない。
突然父が死んだとの知らせを聞いたのは一昨日のことだった。
夜中に酔って帰宅するところを車にはねられたらしい。
最初聞いたときには「へぇ、そう・・・。」としか感じられなかった。
でも、ろくな親じゃなかったとはいえずっと一緒だった人間だ。次第に悲しみがこみ上げてくる。
「母さん・・・来てくれないのかな。」
父のギャンブル、暴力癖などに愛想を尽かして出ていった母はお通夜に姿を現していない。
・・・もしかしたら今頃、父さんが死んで喜んでいるかも知れない。
そう思うと悲しくて、心はもっと沈んでしまう。
・・・あのお婆さん、これから運が向いてくるって言ってたのに・・・。
僕はふと4,5日前に出会った、小さな老婆のことを思いだしていた。
「大丈夫?おばあちゃん。」
高校生の自転車の集団に煽られ道路に転んだ老婆を助けたのは、本当に偶然だった。
最初そのお婆さんは僕のことをとても厳しい眼差しで見つめてきていた。
(多分コカした奴らと一緒の「高校生」としか思えないんだろう・・・。)
そう思って立ち去ろうとすると・・・。
「待ちなされ。」
「?」
「お前さん・・・妙な運気を持っておるの。」
「うんき?」
「・・・今まで相当恵まれない人生を送ってきたじゃろう?」
さすがに初対面の人にいきなりそんな事を言われるとカチンとくるものがある。
が・・・ここはグッと我慢する・・・。
「・・・どうしてそんな事わかるの?」
「わしにはわかるのじゃ。」
そう言いきられても・・・と思ったけど、その半端じゃない皺の数はどこか人を信用させるものがある(気がする)。
僕はしばらくその自称占い師の語るうんちくに耳を傾けていた。
「まぁ・・・要するに僕はツイてないと。」
「そういうことじゃの。」
「ふぅん・・・。分かってはいたけど・・・本当にそうだったのか・・・?」
「こうして知り合ったのも何かの縁。わしが運気を変えてやろうかの。」
「そんな事できるの?」
「・・・・・・。」
老婆は答えずに、巾着の中から妙な置物を取り出した。
位牌のような・・・表札のような・・・。
「フンッ!!」
老婆がそれを両手に持ち力のこもった声でうなると、不意に目の前が真っ暗になった。
あれ・・・?どうした・・・目が回る・・・。
・・・・・・・・・。
「・・・これでお前さんは運に恵まれるようになるじゃろうて。」
おばあさんの声だけが聞こえてくる・・・。
「・・・しかしそれでお前さんが幸せになれるかどうかは別。それぞれの生き方もあるでの・・・。」
・・・しばらくして目の前が明るくなると、老婆の姿は消えていた。
「なんだったんだ、いったい。」
何やらよく分からない出来事だったけど、それから本当にツイてきているような気がしていた。
考えようによってはどっちにもとれるような事ばっかりだったけど。
・・・父さんが死んだのは不運・・・。それとも・・・?
その時ふっと肩を掴まれた。
「はじめ・・・か?」
がっちりとした体つき、少し薄くなりかけた頭、それに・・・父とそっくりな顔・・・。
「お前がはじめ・・・だな?」
「そうですが?」
「俺はお前の父さんの弟・・・つまりお前の叔父の、栄造だ。」
「叔父、さん・・・?」
・・・父さんに兄弟がいたのか?
父さん、勘当になったとかで家族のこととか話したこと無かったから・・・。
「実は・・・今日はお前を引き取りに来たんだ。」
「?」
「これから一人で生きていく訳にもいかないだろう?」
そうして僕は叔父の養子になることになった。
・・・今の生活から抜け出せる。
不謹慎だが、それだけでも父の死はツイている出来事だったと言えるかも知れない・・・。
続く
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