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小説(転載)  インセスタス Incest.4 優しい棘 1/3

官能小説
05 /03 2019
「いや、こういうわけなのだ、兄上の子よ」
 叔父は長い顎ひげをしゃくりあげ、
「こやつは──わしの息子だが──幼少の頃からおのが妹に恋焦がれておったのだ。
まあ、その頃はわしも取るに足らぬものだと思っておった。『ふたりともまだ子供、
大目に見てやるとしよう!』と。しかしそうではなかった。物心つく頃すでに、こ
のふたりはけしからぬ関係を互いの肉体に結んでおったのだ。それを聞き知ったわ
しは、とうてい信じることができなかったが、ともかく息子を呼びよせて叱責した
のだ。
『貴様がしたことは不届ききわまる所業だ。兄妹相姦など貴様の前に何ぴともした
ことなく、貴様の後も何ぴともしないことだろう。おお、我が一族の名は諸王の間
で恥辱と汚名にまみれるぞ! 貴様の悪徳は騎馬が千里を走りこの世のあまねく地
へ広めるであろう! 身を慎め、自戒せよ。さもなくば貴様はわしに呪い殺される
こととなるぞ!』
 そうしてわしはあやつから妹を遠ざけ、ふたりを隔てるように心を配った。しか
しどうだ、この妹までも──いや、この妹こそより強い愛でおのが兄を慕っていた
と思わねばならぬ。以後もふたりはわしの目を隠れ、悪魔の逢瀬に身を焦がしてお
ったのだから!
 この地下の場所は息子めがその逢瀬の場所にと密かに用意しておいたものに相違
あるまい。わしが狩りに行っておる間に、ふたりはここでかかる所業に及んでおっ
たのだ。しかし至高なる存在はけしてこのふたりを許しはせなんだ。アラーの雷は
地下もろともふたりを焦がしつくし、もろともに焼き殺した! けれども苦しみは
これでは終わるまい。かかる罪は未来永劫続くであろうから──」

                         千夜一夜物語 第十二夜




Incest.4 優しい棘



          1


 インセストは悪徳であるのか? ──という命題に、人はどう答えを出すべきな
のだろう。
 またもし、悪徳であると断罪するならば、人は過去犯してきたその事実をどう肯
定すべきなのか。人類の祖、楽園を追われたアダムとイブ。世界でたった二人の男
女。彼らはどうやっておのが子孫を増やしたのか? 神によってひとつがいだけ生
きることを赦されたノアの夫婦は? そして、明らかに父娘相姦の罪を犯したロト
を、神は、聖書は、弾劾したろうか?
 記録的信憑性のない聖書の時代を省くとしても、それが悪徳であるとするなら世
界はなぜこれだけ近親相姦者(インセスタス)を生んだのか。バイロンと姉オーガ
スタ、チェーザレ・ボルジアと妹ルクレチア、ニーチェと妹エリザベート、ワーズ
ワースと妹ドロシー、そして14歳の愛娘ベアトリーチェを監禁し陵辱したフラン
シスコ・チェンチ! ──それが罪であることを知りながら狂恋に身を任せた人々。
 人は、本当にインセストを嫌悪しているのだろうか? いや、嫌悪したがってい
るのではないか。嫌悪というヴェールに包んで、奥に潜む感情を隠しているのでは
ないか。それは恐怖であると同時に、羨望──。でなければ、人はあれほど美しい
インセストの物語を──ダレルやマンが書くように──紡ぐはずはない。
 パタン、と読んでいた本を閉じて、井澄潤は嘆息に似た息をもらした。皮で装丁
された表紙を、感情の読みとれない瞳で見やる。寄り添うように眠る、兄妹であり、
恋人である──少年と少女。
 井澄は思う。やはり──インセストは悪なのであろう。昼間伊藤正樹にはああ言
ったものの、公序良俗という人間社会を形成する規範にとって、やはりそれは悪で
しかありえない。そう、社会にとっては。
「…………」
 井澄は、今度ははっきりと表情に出して、深く嘆息した。社会にとっては悪、だ
から己にとっても悪──そう割りきれたら、人はどれだけ楽に生きていけることだ
ろう? だが、けしてそうではないことを井澄は知っている。インセストは個とい
う意味での人にとっては──けして悪ではない。人と人が求め逢うこと。どんな形
であれ、そこに悪という倫理が介在する余地があるだろうか? いや、そこに倫理
などない。あるのはただ、純然たる欲求だけしかない。
 そしてそこにこそ──インセストの悲劇があるのだろう。
 当人たちにとっては、自然な欲求によるものだとしても、社会はそれをけして善
しとはしない。悪と断罪され、有言無言の圧力によって必ず押し潰される。当人た
ちの想いが強ければ強いほど、それを押し潰そうとする見えない力は増大する。よ
り過酷な悲劇を伴って──
(──鉄の鎧戸のように、罪は落ちてくる)
 ダレルの言葉を呟きながら、井澄。おそらく、それは逃れようのないものなのだ
ろう。
 昼間、伊藤正樹と言葉を交わしたときのことを、井澄は思い浮かべた。戸惑いを
色濃く残した目。未だ自分の中に眠る感情の存在が信じられない(信じたくない?)
ような、そんな表情。まるで──鏡を見ているような気分だった。
 ふと、伊藤正樹のことを思った。奴はどうしているだろう? 全ての感情を押し
殺して、拒絶しただろうか。それとも全ての崩壊を覚悟して、何もかもを受け入れ
ただろうか?
 ふたたび、表紙に目をやる。微睡みに身を任せ、寄り添う兄と妹。社会という巨
大な圧力がふたりを押し潰し、やがてその命を奪うであろうことを、このふたりは
気づいていたのだろうか? この幸福に満ち満ちた寝顔は、すべてを知りつつもそ
れを受け入れ、束の間の幸福を享受する幼い恋人たちの顔なのだろうか?
 井澄は目を閉じた。
 奴はどうしているだろう? もう一度思う。
 奴はどう選択したのだろうか? 自らを偽ることを選んだか。それとも──。
 奴は──どうしているだろう?



「……っ……」
 舌を離すと、つうと唾液の線がナイトテーブルの薄明かりに反射してきらめいた。
そんなはずはないのに、なぜだかひどく甘い味がする。乃絵美の背に回した手が、
かすかに震えるのを感じながら、正樹はその感覚を振り払うように乱暴に、乃絵美
を抱き寄せた。
「……あっ」
 乃絵美が小さく声をあげる。触れあう肌が灼けつくように熱い。体をめぐるその
熱さに身を任せながら、正樹は片手でひとつひとつ、乃絵美のワイシャツのボタン
を外した。最後のひとつで、手が止まる。ためらいがちに顔を上げると、乃絵美が
じっと自分を見やっていた。
「…………」
 絡まる視線。むちゃくちゃにからまった糸のような想いが、頭の中で暴れている。
物心ついた頃から、ずっと傍にいた妹。いつまでも笑顔でいてほしいと願った、大
切な妹。
(なのに、俺は──)
 正樹は唇を噛んだ。そんな妹を自分は今欲しいと思っている。これでいいはずが
ない。いいはずがないのに、強い磁力に引かれるように、視線を外すことができな
い。乃絵美の潤んだ瞳が、冷めかけた理性を焦がし、正樹は乃絵美を抱く手に力を
込めた。左手で乃絵美を抱き寄せながら、右手で最後のボタンを外す。正樹はブラ
ウスの上から乃絵美の胸を軽くなぞった。
「──んっ」
 乃絵美が、くぐもったような声をあげた。ささやかだが、確かなふくらみが正樹
の指に弾力を返した。今度はゆっくりと、てのひら全体で撫でる。ブラウス越しに
じっとりと汗ばんだ乃絵美の胸が、正樹のてのひらに合わせて健気に上下した。ど
く、どく、どくという早鐘のような乃絵美の心音が肌を通して伝わってくる。
(乃絵美──)
 正樹は思う。どこでなにが、狂ってしまったのだろう。どうして今自分は、実の
妹とこんなことをしているのだろう?
 滾るように熱をもった思考は、答えを出してくれなかった。ただひとつ分かって
いるのは、自分は誰よりも、今自分の腕の中で吐息をもらすこの小さな少女を大切
に思っているという事実。──どんな宝石よりも。
 泣かせたくなかった。ずっと笑顔でいてほしかった。そのためなら自分は何でも
するつもりで、ずっとこの幼い手を引いてきた。転んだら抱き上げて、涙を拭いて
やって──だから。
 だから、俺は──この子が、今、この瞬間を望んでいるのなら。
「あっ」
 乃絵美が声をもらす。正樹がブラウスの下に手を差し込んだのだ。上へとずらす。
小振りな乃絵美の白い双丘が露わになる。
「お兄ちゃん」
 乃絵美がうわごとのように言った。「お兄ちゃん」。繰り返す。
「…………」
 正樹は返事をする代わりに、乃絵美の首筋にそっと口づけた。
「……っ……」
 乃絵美が声を殺す。ぶるっ、と肩が震えた。
 そう、この子が望むなら。この子がずっと──笑顔でいてくれるのなら。
 正樹は乃絵美の胸にそっと手を触れた。薄いが、果実のように張りがあるそれを、
痛くないようにゆっくりとさする。
「おに……ちゃ……あっ」
 俺は──堕ちていける。


          2


「伊藤正樹君、だね? 突然押し掛けてすまなかったね」
 あのときだった。乃絵美は思う。ひとりの人間の訪問が──あるいはひとりの人
間の言葉が、運命を変えてしまうことがあるのだとしたら、それは、あのときだっ
た。
 ある日曜日の午後──正樹の秋の大会のすぐ後だったから、10月の末くらいだ
った──伊藤家を訪れたその人物はそう言い、戸惑う正樹に右手を差し出した。
 片桐隆史。
 それが、その人物の名前だった。中肉中背の、少し鋭い目をした人。傍で聞いて
いた乃絵美はその名前について何の知識もなかったが、正樹は驚きを隠せないよう
だった。どうやら、陸上界では著名なアスリートらしい。そういえば、いつだか正
樹がテレビを観ながら口にしていた陸上選手のひとりが、そんな名前だったような
気がする。
 乃絵美は訪問客のために紅茶を煎れながら、リビングでのふたりの会話に耳を傾
けた。なぜか胸がさわぐ。この胸を走る言いようのない胸さわぎは、なんだろう?
そんな乃絵美の想いをよそに、正樹は身を乗り出すようにして突然の訪問者と、受
け取った名詞との間で視線をさまよわせている。
「片桐さん……あの片桐隆史さんですか?」
「ああ、よかった。実は『どちら様ですか?』なんて言われるんじゃないかと思っ
て、少し不安だったんだよ」
「まさか……! モントリオール国際競技会7位、サンフランシスコで総合5位、
スペイン大会も観ました。片桐さんほど海外で実績を残した選手を、知らないはず
がないですよ」
「有り難う。……スペインか、懐かしいな。予選落ちした大会なのに、よく覚えて
いてくれるね」
「そんな、あのアクシデントさえなかったら、片桐さんが決勝に行ってたに決まっ
てます。決勝に行ってたら、今度こそメダルだって無理な話じゃなかったはずです」
「そう言ってくれる人は多いんだけれどもね」
 苦笑めいた響きをにじませながら、片桐。
「結果がすべてとは言わないけれど、ほぼすべてであると僕は思うよ。隣コース走
者の転倒に巻き込まれて転倒──同情してくれる人は多いけれど、数字上の結果と
してみれば何も残せない大会だったな。少なくとも僕にとっては」
「…………」
「あ、すまない。君がそんな顔をする必要はないんだ。そう思ってくれていること
は素直に嬉しいよ。それに、今日は僕の話なんてどうでもいいんだ。今日は君の話
をしたくて、来たんだしね」
「俺の──ですか?」
 戸惑う正樹の声と、乃絵美が煎れた紅茶のカップを置く、こつ、という音が重な
った。片桐は「有り難う」と言ってカップを手に取り、話を続けた。トレイを胸に
抱えたまま、乃絵美はソファから三歩ほど離れたところに立った。
「知ってるかもしれないけど、僕は今は現役を退いていてね。後進を育てることに
専念してる」
「はい、たしか母校の城南大学でコーチをなさってるってなにかで読みました」
 城南。その名前くらいは乃絵美も知っている。陸上の名門中の名門。大学自体の
レベルも高く、リベラルな学風で知られ、八王子に大きなキャンパスを持つ私大。
「うん。まあ、引退しても情熱冷めやらずというかね。とにかくそんな仕事をして
るよ。陸上界に貢献──ってのは建前で、まあ、往生際が悪いんだな。自分じゃも
うあの舞台に立つことは無理だから、あの舞台に立ち、僕の代わりにテープを切っ
てくれる人間をひとりでも僕の手で送り出したい。それが正直なところさ」
 本当に突然な話で申し訳ないんだけれどね──片桐隆史という人がそう切り出し
たとき、乃絵美は一瞬、奇妙な不安感にとらわれた。無意識に、きゅっとトレイを
抱えた手に力がこもる。言いしれぬ不安。彼が次に用意しているひと言が、全てを
変えてしまうような──そんな予感がした。
「そうだね。単刀直入に言おう──」
 そして、その言葉がすべりでた。
「──伊藤君、城南に来ないか?」
「え?」
 正樹が驚きの声を上げ、同時に乃絵美の胸も強く鳴った。
「俺が……ですか?」
「ああ。正直に言ってしまえば、君のレベルは神奈川県下の高校生レベルからすれ
ば出色ではあるけれど、現在の城南のそれと比べればせいぜいが中の上と言ったと
ころだろう。けれどね、それは現時点での話だ。僕はね、実際──驚いてる。去年
から今年の頭にかけて意識的に君を見てたけど、フォームは荒いしストライドにも
ばらつきがある。いわゆる、荒削りの域を出ていないんだな。君の顧問の先生には
失礼だけど、君はスプリントのきちんとした指導を受けたことがないだろう? ほ
ぼ独学なんじゃないかな。極端に言ってしまえばそれが君が県下“一”になれずに
県下“有数”で止まっている最大の要因なわけだが……」
 片桐は言葉を切って、カップをソーサーに戻した。カチン、という音が乾いた部
屋に響き、乃絵美は僅かに身をすくませた。
「それだけに、驚いてる。君はセンスだけであれだけのタイムを出してるんだから
ね。私見だけど、まず間違いない。君の骨格、筋肉の付き方からみて、もう少しス
トライドを大きく正確に取って、フォームを整えれば、コンマ2秒、いや3秒は縮
められる」
 でもね、と片桐は続けた。ごくり、と正樹が息を飲む音が、乃絵美の耳に届いた。
「けれど、今のままでは無理だ。君にとっては今の状態こそが自然な常態であるだ
ろうからね。それを壊すことは、君自身の意志と努力では難しいだろう。どうして
も客観的な立場からの的確な指導、充分なスパンをもった計画的な練習が不可欠だ。
城南にはそれがある。君も色々なところから話が来ていると思うけど、他の大学で
は君の持ち味を殺すことを怖れて、それをしないだろうね」
「…………」
「どうだろう、少し考えてみてくれないか? 答えは今すぐでなくてもいい」
 穏やかな笑みを浮かべて、片桐。その言葉の端々から自信と、意志の強さが溢れ
ている。正樹は戸惑ったように中空を見やっている。迷ってるんだ、と乃絵美は思
った。正樹は今、岐路に立っている。スプリンターとしての岐路。しばらくして、
正樹はゆっくりと顔を上げた。
「しばらく、時間をくださいませんか?」
「ああ、もちろんだ。ゆっくり考えてくれていい」
 片桐の言葉に、正樹はうなずいた。迷いの中に、強い意志の光のともった目。ど
きり、と乃絵美の胸が鳴った。なぜだか、ひどく遠くに正樹を感じる。なぜだろう、
嬉しいことのはずなのに。祝福すべきことであるはずなのに。胸が不安と喪失感で
埋めつくされる。
 遠くへ行ってしまう。
 正樹が、自分の知らない遠くへ行ってしまう。
(どうして?)
 乃絵美は自問した。どうしてそれが怖いんだろう。寂しいから? ううん、それ
だけじゃない。──嫌なんだ。お兄ちゃんと離ればなれになるのが、嫌なんだ。ど
うして? どうして嫌なんだろう?
 ──どうして?



「ふ……はッ」
 答えは、もっとも近く──あるいはもっとも遠い場所にあった。何度目かのキス
とともに、乃絵美は理解した。子供の頃からずっと不思議に思っていた。どうして
お兄ちゃんを好きになっちゃいけないんだろう? 小学生の頃、クラスのわけ知り
の子が言った「兄妹は、結婚できないんだよ」という言葉に、乃絵美は強い疑問を
感じたことを思い出す。どうして、どうしていけないの?
 けれど──こうやって肌をあわせてみると、雪解けのようにすべてが分かる。た
とえどうであっても、わたしはお兄ちゃんが、この熱いぬくもりで自分を包んでく
れる、このいとしいひとが、好きなのだ。だから離れたくない。ずっと傍にいてほ
しい。キスをした夜にふと気づいたそのことを、今、体のすべてが確信している。
 だからこんなにも、胸がどきどきしている。
 こんなにも、体が熱をもっている──溶け合うくらい。
「……っ……」
 熱情が、体の中を駆けめぐり、思考すらやがて冒されていくような、そんな感覚
に乃絵美は身をまかせた。

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。