小説(転載) 蒲柳の母4-1
近親相姦小説掲載サイト「母親の香り 息子の匂い」は消滅。
由布の心が乱れ始めたのはユッコが東京に行った直後だった。 毎晩のように夕食後に話を聞いてくれていたユッコがいなくなり、 由布の不満のはけ口も、プライドを守ってくれる人もいなくなってしまった。 初めのうち、由布はユッコに電話を頻繁にしていた。 しかし、それも長くは続かなかった。
「ねぇ、ユッコ聞いてくれる。 木之元さん病気が見つかって入院することになっちゃったのよ。 1度入院したら完全に治るわけじゃないみたいだから、もう離婚は無理ね。 しかも、入院したら旦那さんが不倫をしてもわからないわよね。 かわいそうな人ね。」
相変わらず由布の話にはさりげなく相手をさげすむ内容が入っている。 ユッコも最初は由布の話につきあっていたが、仕事の忙しさや疲労もあり、 由布の愚痴につきあうことが少なくなっていった。
「そんなの私に関係ないじゃない。 なんで私にそんな話するのよ。」
「そんなこと言わないで聞いてくれてもいいじゃない。」
女同士が感情的なケンカを始めると関係の修復は難しい。
「お母さん、私の仕事知ってるでしょ。1日中電話でクレーム受けてるのよ。 どうして家に帰ってまでお母さんの愚痴を聞かされなくっちゃいけないのよ。 仕事なら『申し訳ありません』って言ってればいいけど、 お母さんお話って私には関係ないことばっかりなのよね。 もう私そんな話聞くのイヤなの。」
コールセンターで働くユッコの精神的な疲労も想像以上のものだった。 高校生のときのように由布の愚痴につきあうような余裕はなかった。
「愚痴ばっかりじゃないでしょ。 それに、ユッコしか話を聞いてくれる人がいないのよ。」
ユッコはなんとかして由布との話を終えたかった。
「おばちゃん同士で井戸端会議ができるでしょ。 どうして私じゃなくっちゃいけないのよ。もう私にそんな話はしないで。」
お互いの顔が見えない電話だとつい言い過ぎてしまうこともある。
「他人には言えないこともあるのよ。 ユッコだからお母さんだって安心して話ができるんじゃないの。 それを一方的に『もう話をしないで』って断ることないでしょ。」
由布が言うことももっともなことだった。 しかし、だからと言って毎日の電話につきあうほどユッコも暇ではなかった。
「私には私の生活があるのだから、もう用もないのに電話してこないで。」
たまたまユッコの機嫌が悪い日だったということもあったのかもしれない。 しかし、この言葉は由布のプライドを大いに傷つけた。
「わかったわよ。もうユッコに話を聞いてもらおうなんて思わないわよ。 もう電話しないからね。」
由布も感情的に電話を切ってしまった。 2人の会話はもはや支離滅裂だった。 ユッコではなく由布が電話を切ってしまったこともこの母娘の関係を象徴しているようだった。 しかし、この感情に任せて言ってしまった言葉がこんなに由布を苦しめることになるとは想像だにしなかったであろう。 ユッコに話を聞いてもらえなくなった由布は幹太に話しかけてみたりもした。 しかし、母と高校生の男子に共通の話題があるはずもなかった。 もちろん太一とも話があうことはなかった。 そして由布は閉鎖的になり、明らかに精神的に病み始めていた。 そんな頃、幹太が由布のことを心配してユッコに電話をしていた。
「ユッコ、お母さんから電話とかこないの?」
幹太はまだ由布とユッコのケンカのことを知らない。
「お母さんがどうかしたの?仕事で疲れているときにつまらない話ばかり言うから、 『もう電話してこないで』って言ってやったのよ。」
東京に出てユッコの言葉遣いがさらに乱暴になったと幹太は感じた。
「ユッコがいなくなってからお母さんがおかしいんだよ。 どうしたらいいかな。」
「おかしいって、なにがどうおかしいのよ。」
ユッコは多少責任を感じていた。 しかし、昔のように由布の愚痴を聞く生活にだけは戻る気がなかった。 そんなこともあり、ユッコの方から積極的に多くを聞き出そうとはしなかった。
「どうって、いつもイライラしてるって言うか。 とにかく、突然塞ぎ込んじゃったりして精神不安定って感じかな。」
幹太は正直な感想を伝えてみた。
「1度病院に連れて行ってみたら?」
ユッコは幹太との会話ですら真剣に続ける気がなかった。 短い言葉を発するだけで、幹太の用件を聞くだけで終わりにしたかった。
「あのお母さんが素直に病院なんか行くと思うの?」
幹太もユッコのプライドの高さには気がついていた。 ユッコももっともだと思った。
「じゃあ、私にもどうしたらいいかなんてわからないわよ。 第一、私はもう一緒に住んでいないのよ。どうしてそんな相談を私にするのよ。」
ユッコはもうこれ以上由布の問題にかかわりたくなかった。
「どうしてって、お母さんのことはユッコが1番良く知ってると思ったからさ。」
幹太にとっては当然の判断だった。
「1番良く知ってたかもしれないけど、今はもう1番じゃないでしょ。 幹太がなんとかしなさいよ。」
ユッコはもう由布を幹太に任せてしまいたかった。 幹太はこれ以上ユッコに頼っても無駄だと思った。
「ユッコ変わっちゃったね。昔はもっと優しかったのに。」
この言葉にユッコは感情が先に出てしまった。 1人で東京で暮らしているユッコにもストレスがたまっているのだろう。
「なによ。もう優しくないって言うの。 人間ってね働いたら変わるのよ。幹太も仕事したらわかるわよ。もう大変なんだから。 愚痴を言いたくはないけど、愚痴らなくっちゃやっていけないほどなんだからね。 だから、わかった。私は仕事で大変なの。もう、お母さんのことは私に振らないで。 そっちのことはそっちでなんとかして。」
幹太はこれ以上話をしても得られるものはないと感じた。
「わかったよ。なんとかしてみるよ。ありがとう。」
幹太はプライドの高い由布と、暴力的なユッコに育てられておとなしい性格になっていた。 無用なケンカはしたくなかった。 その一方で、ユッコは幹太の「ありがとう」という言葉が懐かしかった。 ユッコにとって幹太は精神安定剤だったのかもしれない。 幹太とじゃれあうことでユッコのストレスも解消されていたのだろうか。
「そういえば、最近誰からも『ありがとう』って言われてないなぁ。」
そう思いながら幹太との電話を切った。 幹太は電話を切ってこれからの由布との対応に気が重かった。 必要以上の責任感を背負ってしまったような気がしていた。
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