小説(転載) 「鬼ごっこ」
官能小説
二人の会話はなんだか哲学的な感じもする。
「鬼ごっこ」
「どうだった?」
ホテルのベッドに横たわり、わたしは荒い吐息をつきながら訊ねた。
「い、いや…」
浩一は激しい情事の余韻に浸りながら、それだけ答えるのがやっとのようだ。
「これでも若い女の子の方がよくって?」
「いや、そんなことはない。もう二度とそんなことは言わない」
わたしは35歳。同い年の浩一とは20年近い付き合いになる。付かず離れず、青い言葉で言えば友達以上、恋人未満。お互い恋愛感情を抱いたこともあったが、決して触れ合うことなくここまで続いてきた。
わたしは25歳のときに結婚し、浩一は30歳の時にわたしの知らない女と一緒になった。しかし彼は離婚、わたしは死別という形で一人身になる。それでも互 いの心内を打ち明けようとはしない。できない。あまりにも長すぎる関係はいびつな形となって二人を縛り付けてしまったのだろうか。
「とっても長い、鬼ごっこ」
「え?」
「ううん」
けれどわたしはやっと浩一を捕まえた。今度は浩一が鬼の番。けれど不器用なわたしはすぐに捕まってしまうだろう。それでもいい、それでいい、わたしは永遠に彼を追い求めてやる。
長い長い鬼ごっこ。
「やっぱり女は若いのがいいね。30過ぎた女なんてさ、見た目はよくても大味でさ。つつけば弾き返すって言うの?ピチピチしたハリのある肌、つるつるのヤツでさ、もう最高だよ」
クラス、クラブを問わず、気の合った同窓生たちだけで毎年開かれる忘年会。わたしと浩一もメンバーに加わっている。30も半ばになった歳ともなると、当然 各々違った環境で違った生活を送っている。けれど、このときだけは高校時代のまま。日ごろの煩わしさを忘れてたあいのない話に花を咲かせている。
かっては無口で厳格だった浩一も例外なく、酔いに任せて多弁になっていた。わたしはそんな浩一の横顔をじっと眺めている。
「いけないんだ、浩ちゃん。そうやってバイトの女のこに手、出してるんだ」
主婦歴十年の真由美が煮えた鍋を手際よく整えながら言う。
「晴れて独身に戻ったんだからな、楽しまなきゃ」
浩一は真っ赤に染まった目許を細めて言う。
「何言ってんだよ、別れた理由もお前の浮気が原因だろ」
真由美の夫でもある祐介がいう。二人は高校三年のときから付き合い始め、二十歳過ぎで結婚した。「出来ちゃった結婚だから、仕方ないよ」と、式のとき真由美は少し膨らんだお腹をさすっていた。その時の幸せそうな笑顔をわたしは忘れることが出来ない。
浩一はファーストフードの店長を経て、今は本部スタッフ、スーパーバイザーとして勤務している。毎日、チェーンの各店舗を回り、経営状況を把握し、指導するのが仕事らしい。立場としては店長より上になり、時にはバイトの教育にも口出しすることがあるという。
「頼りない店長のときは厳しく、逆に厳しい店長のときは優しくアルバイトに接するだろ、一発だよ。悩みの相談にでも乗る振りをして飲みにでも誘えばさ、もうこっちのもの」
「サイテー、軽蔑しちゃいそう」
「でもいいよな、ウチの女っ気て言えばパートのオバチャンくらいだもんなぁ」
「あら、不満なの?」
「あ、いや…」
「あなたはダメよね、お金はないし、お腹は出てるし、頭だってこんなに…」
「関係ないだろ、そんなの」
学生時代ラグビー部に在籍していた祐介は、背は低いが筋肉質の体格と真っ黒に日焼けした笑顔が印象的だった。真由美はそんな祐介に大胆にアタックした。同 じ勇気があればわたしと浩一の関係も変わっていたのかもしれない。もっと違った何かを手に入れることが出来たかもしれない。そういう風に考えると、少しだ け残念に思ったりもする。
「ねえ、ねえ、裕子はどう思う?」
真由美は祐介の薄くなった頭を撫ぜながら訊ねて来た。
「そうねぇ」
髪に白いものが混じり始めているが、昔と全く変わらない、いや、表情が温和になっただけ若返ったように見える浩一から目を離した。
「そうねぇ、そんなに若い子っていいのかしら」
「いいに決まってるよ、な、浩一」
「そりゃ、30前後でもいい女はいるよ。でもさ、基準が厳しくなるって言うのかな。若いっていうだけで甘くなる」
「何が?」
「スタイルにしても、顔にしても、少々難があっても若いっていうだけで」
「ふうん、じゃあ、ちょっと崩れた若い女の子と最高の30女じゃどっちがいいの?」
「うーん」
知らず知らずのうちにみんながわたしたちのテーブルに集まっていた。そして、わたしの質問に男連中は考え込む。
「具体的にいうわね、モー娘。の誰かと藤原紀香、飯島直子、どれを選ぶ?」
「おれ、ナッチがいい」
「やっぱり紀香だよ」
「松下由紀とかさ」
「鈴木京香がいいな、俺は」
「カゴちゃん」
「ロリコンか、お前は」
男たちは質問の意図を無視して互いの会話に夢中になる。夫となり、人の親となり、社会的地位や名誉を得て立派なオヤジになっても男の人は子供でいられる。それがとても羨ましい。
「かわいいもんね、男の子って」
「男の子って歳じゃないでしょ」
「裕子はどうなの?」
「何が?」
「そうねえ、例えばスマップなら誰がいい?」
「わたし中居クン」
「えー、慎吾ちゃんがいい」
「やっぱりキムタクよ」
「男前なのは吾郎ちゃんよ」
こうなってくると男も女も変わらない。妻、母、その他諸々の立場を脱ぎ捨てれば女も途端に少女に逆戻りできる。
わたしはそんな面々を傍観し、グラスを取って喉を潤した。
「そんなに若い子がいいのかなぁ」
わたしは未だ、どんなに若い女の子がいいか力説している浩一を見て呟く。
「よし」
グラスを空にし日本酒を注ぐ。一気に飲んで酔いを増幅させる。そして、大きく溜息をつくと、温気に揺らめく浩一を見据えた。
「裕子がそんなに酔っ払うなんて珍しいな」
帰りのタクシーの中で浩一はいった。
「いいじゃない、今日は年に一度だけ堂々と浩一に会える日なんだもの」
わたしは浩一の肩に頭を預けていう。
「車に乗ってこなかったのね」
「飲むからね」
「昔はそうじゃなかった、平気だった」
「若くないからな、危ない橋は渡りたくない」
「失うものなんてないくせに」
「自分はいいけど、事故ったりしちゃあ」
「らしくないなぁ、何だかがっかり」
師走の町に色とりどりのネオンが瞬いている。わたしは半ば空虚な気持ちでそんなイルミネーションを眺めている。
「…ん」
「どうした」
「ダメ、吐きそう」
「え!」
その言葉に浩一は狼狽する。
「すいません、運転手さん」
タクシーは止まる。二人は夜の町に吐き出される。
「大丈夫か?」
「だめ」
「吐いちゃえよ」
「こんなところじゃイヤ」
「まいったなぁ」
浩一は降り立った街角を見まわしている。暗い空にホテルのネオンがこれ見よがしに煌いている。
「休んでいこ」
言ったのはわたしの方だった。
「え?」
「30女がどんなにいいものか、教えてあげる」
浩一はわたしを見つめる。
「お前…」
「さ、恥ずかしいから早く」
わたしは先に立ってホテルのエントランスをくぐる。背中にうろたえている浩一が残る。
「おい、待てよ」
道往く人たちが不審な目で、あるいは哄笑を浮かべ浩一を見ていることだろう。逃げ出すか、それとも後を追ってきてくれるか。これは一種の賭けだ。
「まいったなぁ」
浩一はそう呟いてわたしの後に続いてきた。わたしは立ち止まり、浩一を迎えると、腕を絡ませエレベーターのボタンを押した。
シャワーを浴び、わたしはバスローブに身を包んで髪を拭いている。浩一はソファーに座り、俯き加減に手を組んでいる。
「吐きそうなんてウソだろ」
「うん」
わたしは微笑を浮かべ浩一の向かいに腰掛ける。
「だって我慢できなかったんだもん」
「何が」
「セックス」
動揺を露にする浩一。そんな彼を見てわたしは笑い声を上げる。
「ウソ、若い子の方がいいっていう浩一の言葉が」
「そんなこと」
浩一は手を組んだまま頭を横に振る。
「ウソつくの、巧くなったな」
「35年も生きていればウソくらい巧くなるわ」
「年増女のいやなところだ」
「若い子はウソつかないの?」
「つくさ、それでも」
「それでも?」
沈黙が流れる。わたしは寂しそうな顔で浩一を見る。
「イヤなの?わたしが、やっぱり…」
浩一は立ち上がった。
「浩一…」
「シャワー浴びてくる」
そういい残して彼は、バスルームに消えた。
「脱がして」
ベットの上で向かい合い、わたしは言った。
「いいのか?」
「何が?」
「いや…」
浩一は緊張している。わたしには分かる。悪ぶってみても浩一は素直でかわいい。昔とちっとも変わっちゃいない。
「若い子にもそんなこと聞くんだ」
「聞かないよ」
「どうして?」
「……」
わたしはバスローブを着たまま両手をついて顔を近づけた。
「キスして」
もはやどこにも逃げ場のない浩一はわたしの誘いに応じて唇を重ねてくれる。わたしは自ら彼の唇を割り、舌を入れる。絡め、歯の裏をなぞり、内頬を擽る。
「あ、はあ…」
顔を放したとき、浩一は驚きをわたしに見せた。
「どうしたの?」
「いや…」
「キスだけで感じちゃったの?」
悪戯な笑みをわたしは浮かべる。薄いローブに覆われた浩一の下半身は既に盛りあがりを見せている。
「もっと、もっと良くして上げる」
わたしは四つん這いの姿勢でにじり寄り、既に屹立したペニスをつまむ。
「ふふふ」
少年を誘惑するときのように、わざと艶美な笑みを浮かべ舌なめずりをする。そして、徐に顔面を近づけると、舌を伸ばしてなぞり始める。
「ん、ああ…」
浩一は嗚咽を漏らした。彼の歓ぶ声が耳に心地いい。
頭をなぞり、裏筋を擽った。カリ首を拭い、茎に吸いつく。そのまま袋を弄び、やがて大きく呑み込んでいく。
「ああ、ああ…」
「ふぅん、うんうん、ん、くふぅん…」
鼻にかかった吐息を漏らしながらわたしは浩一にしゃぶりつく。唾液の粘りを浩一に絡みつける。口蓋の滑らかさ、温度、全てを駆使して浩一を頂点に導いていく。
「ああ、ダメだ…」
「いいのよ、我慢しなくても」
「けど、出したら」
「いいの、飲んであげる、それとも…」
「そう、二回は…、きつい」
「大丈夫よ、大丈夫」
呟き愛撫に激しさを加える。くちゅくちゅ、ぢゅめぢゅめと淫猥な音が響き始める。
「ああ、ダメだ、出る、出る」
浩一はそのままわたしの口の中に迸りを放った。わたしはそれを一滴残らず受け止め、飲み干す。浩一が、無数の浩一がわたしの中に流れていく。浩一の温度がわたしと一緒になる。幸福?幸せ?確かに今は、この瞬間だけは絶頂にいるのかもしれない。
「浩一、つかまーえた」
わたしは大声で叫んでしまいそうになる。今度は自分が逃げる番になるにもかかわらず、確実に浩一がわたしを追いかけてくれるかどうか分からないのに。
とりあえず、浩一は、浩一の体から放たれた精液はわたしの胃の中で消化される。わたしの血と一緒になっていく。そう考えると何だか涙が零れそうになった。
「どう、きれい?」
わたしが差し出した手に導かれ、やっと浩一は裸にしてくれた。
「いやん、痛い」
「あ、ごめん」
浩一は力任せに抱きしめてくる。
「どうしたの?」
「いや、何だか」
「なに?」
「消えてなくなっちゃいそうなんだ」
「誰が?」
「裕子が」
浩一はわたしから視線をそらす。
「わたしは幽霊じゃないのよ。ちゃんとここにいるわ」
「分かってる、分かってるけど」
「けど?」
「不安なんだ」
「不安?」
「一人でいることに、恐いのかもしれない」
「寂しがり屋さん」
「そうかもしれない。だから、手当たり次第、店の女の子に手をつけてきたのかもしれない」
「前の奥さんは?慰めてくれなかったの?」
「彼女は…」
浩一は何かいいかけて口篭もる。
「若い子の体は挑発的に自己主張する。それを自分の肉体でこじ開けていく…」
浩一は決して暴力的で軽い男ではない。それはわたしが一番良く知っている。若いころは不良ぶって世の中を斜めに見つめていた。今は妙に明るく振舞って卑猥な話も平気でする。それは全部寂しさの裏返しだ。本当は一人でいることが恐いんだ。
それを別れた女は分からなかったのだろう。彼の強がりな外見とウソの行動を理解できず、慰めの言葉一つかけてあげることをしなかった。話を聞くこともなく、黙ってぶら下がっていれば何不自由ない日常を与えてくれると勘違いしていたに違いない。
「裕子を見ていると、裕子といると、自分が逆戻りしそうで、巧く言えないけど、全てに安心してしまうって言うか」
浩一はそんな強い男じゃない。泣き虫で気弱で、そのくせ見栄っ張りでうぬぼれや。そして、そんな全部を自分の中に押し込め、ウソを演じ続けているかわいそうな男の子。いつも母親を求めている迷子の少年。
「浩一はかわいい、昔から」
「この歳になって」
「わたしだって…、でも」
「でも?」
「わたしはあなたと同じだけ生きてきた。あなたはちゃんとわたしと一緒になれる」
わたしは浩一を抱きしめた。それは母親が幼子を抱きしめるように。
「あ…」
「ふふふ」
浩一はわたしのそんな行為だけで蘇る。触れなくてもわたしのオーラだけで男として機能する。
「さあ、わたしを味わって」
わたしは再び唇を重ねる。そして、抱き合ったままベッドに横たわる。浩一は唇をずらし、わたしの頬、あご、そして乳房を舐める。
「うん、そう、いい…」
唇から漏れる微かな喘ぎ声。ベットの軋みにかき消されてしまうようなか細い声。浩一は乳首を噛み、乳房を堪能した後下腹へ顔面をずり下ろしていく。そして、濃い色の茂みに覆われた女の部分に辿りついたとき、わたしは大きく身をよじる。
「あうん、やん…」
声は女でも言葉が少女に変わっていく。そう、二人が初めて出会ったころのように。わたしは昔のわたしになっていく。浩一が昔の彼に戻っていくように。
「やん、恥ずかしい」
「きれいだよ、裕子」
「うれしい」
「裕子」
「ああ、もういい、早くちょうだい」
「裕子」
「もう、もう、我慢できない」
十分に濡れそぼったわたしの部分がうねうねと浩一を待ち構えている。わたしは浩一を確かめたい。早く浩一と一つになりたい。
「よし」
浩一はわたしの入り口に突き当てる。すると、わたしの意思と呼応して部分は吸い込むように浩一を迎え入れる。
「あ…」
浩一は感嘆する。内部が浩一を締めつけて離さない。そして、奥へ奥へと誘っていく。もちろん、わたしにそんなテクニックは備わっていない。自分の思い通り に女性器を変化させることなど出来はしない。けれど、わたしの一部分である以上、意識が筋肉を支配している。意識通りに動いてくれる。
「うんん、いい、ん…、奥がいい、ああん、入ってるのが分かる。太い、固い…、浩一、すてき…」
わたしは全身で浩一を光悦の世界へ導いていく。決して淫乱じゃないと思っていた。SEXは嫌いじゃないけど、そのためだけに何かを犠牲にするのは真っ平だ と思っていた。亡くなった夫には悪いけど、あの人と接するときも半分は義務だった。けれど、今は違う。過去も、未来も、もちろん現在の全てを失っていい。 このままの感慨が永遠に続くと約束してくれるのなら、死んでしまっても悔いはない。
「ああ、浩一、浩一…」
「素敵だ、すばらしいよ、裕子」
「どう?わたしはいい、いい?」
「最高だ、最高だよ」
「ちょうだい、浩一をちょうだい、最後まで、全部わたしにちょうだい!」
浩一はわたしを貫き通すように激しく突き上げると、そのまま内部に吐き出した。わたしは微かに痙攣しながら彼を絞り取る。最後の一滴まで搾り取る。出来ることなら体液全てを、浩一を溶かし、その粘液までも吸い取りたい気持ちになる。
「ああ、熱い。浩一が一杯」
わたしは乱れた髪を掻き上げながら浩一を見た。うつろな視線を彼に注ぐ。
「浩一」
「うん?」
「ありがとう」
「いや…」
「で?」
「うん?」
「どうだった?」
「い、いや…」
わたしは浩一を抱きしめキスをする。
「やっと浩一を捕まえた。若い子がいいなんて、二度と言わせない」
「鬼ごっこ」
「どうだった?」
ホテルのベッドに横たわり、わたしは荒い吐息をつきながら訊ねた。
「い、いや…」
浩一は激しい情事の余韻に浸りながら、それだけ答えるのがやっとのようだ。
「これでも若い女の子の方がよくって?」
「いや、そんなことはない。もう二度とそんなことは言わない」
わたしは35歳。同い年の浩一とは20年近い付き合いになる。付かず離れず、青い言葉で言えば友達以上、恋人未満。お互い恋愛感情を抱いたこともあったが、決して触れ合うことなくここまで続いてきた。
わたしは25歳のときに結婚し、浩一は30歳の時にわたしの知らない女と一緒になった。しかし彼は離婚、わたしは死別という形で一人身になる。それでも互 いの心内を打ち明けようとはしない。できない。あまりにも長すぎる関係はいびつな形となって二人を縛り付けてしまったのだろうか。
「とっても長い、鬼ごっこ」
「え?」
「ううん」
けれどわたしはやっと浩一を捕まえた。今度は浩一が鬼の番。けれど不器用なわたしはすぐに捕まってしまうだろう。それでもいい、それでいい、わたしは永遠に彼を追い求めてやる。
長い長い鬼ごっこ。
「やっぱり女は若いのがいいね。30過ぎた女なんてさ、見た目はよくても大味でさ。つつけば弾き返すって言うの?ピチピチしたハリのある肌、つるつるのヤツでさ、もう最高だよ」
クラス、クラブを問わず、気の合った同窓生たちだけで毎年開かれる忘年会。わたしと浩一もメンバーに加わっている。30も半ばになった歳ともなると、当然 各々違った環境で違った生活を送っている。けれど、このときだけは高校時代のまま。日ごろの煩わしさを忘れてたあいのない話に花を咲かせている。
かっては無口で厳格だった浩一も例外なく、酔いに任せて多弁になっていた。わたしはそんな浩一の横顔をじっと眺めている。
「いけないんだ、浩ちゃん。そうやってバイトの女のこに手、出してるんだ」
主婦歴十年の真由美が煮えた鍋を手際よく整えながら言う。
「晴れて独身に戻ったんだからな、楽しまなきゃ」
浩一は真っ赤に染まった目許を細めて言う。
「何言ってんだよ、別れた理由もお前の浮気が原因だろ」
真由美の夫でもある祐介がいう。二人は高校三年のときから付き合い始め、二十歳過ぎで結婚した。「出来ちゃった結婚だから、仕方ないよ」と、式のとき真由美は少し膨らんだお腹をさすっていた。その時の幸せそうな笑顔をわたしは忘れることが出来ない。
浩一はファーストフードの店長を経て、今は本部スタッフ、スーパーバイザーとして勤務している。毎日、チェーンの各店舗を回り、経営状況を把握し、指導するのが仕事らしい。立場としては店長より上になり、時にはバイトの教育にも口出しすることがあるという。
「頼りない店長のときは厳しく、逆に厳しい店長のときは優しくアルバイトに接するだろ、一発だよ。悩みの相談にでも乗る振りをして飲みにでも誘えばさ、もうこっちのもの」
「サイテー、軽蔑しちゃいそう」
「でもいいよな、ウチの女っ気て言えばパートのオバチャンくらいだもんなぁ」
「あら、不満なの?」
「あ、いや…」
「あなたはダメよね、お金はないし、お腹は出てるし、頭だってこんなに…」
「関係ないだろ、そんなの」
学生時代ラグビー部に在籍していた祐介は、背は低いが筋肉質の体格と真っ黒に日焼けした笑顔が印象的だった。真由美はそんな祐介に大胆にアタックした。同 じ勇気があればわたしと浩一の関係も変わっていたのかもしれない。もっと違った何かを手に入れることが出来たかもしれない。そういう風に考えると、少しだ け残念に思ったりもする。
「ねえ、ねえ、裕子はどう思う?」
真由美は祐介の薄くなった頭を撫ぜながら訊ねて来た。
「そうねぇ」
髪に白いものが混じり始めているが、昔と全く変わらない、いや、表情が温和になっただけ若返ったように見える浩一から目を離した。
「そうねぇ、そんなに若い子っていいのかしら」
「いいに決まってるよ、な、浩一」
「そりゃ、30前後でもいい女はいるよ。でもさ、基準が厳しくなるって言うのかな。若いっていうだけで甘くなる」
「何が?」
「スタイルにしても、顔にしても、少々難があっても若いっていうだけで」
「ふうん、じゃあ、ちょっと崩れた若い女の子と最高の30女じゃどっちがいいの?」
「うーん」
知らず知らずのうちにみんながわたしたちのテーブルに集まっていた。そして、わたしの質問に男連中は考え込む。
「具体的にいうわね、モー娘。の誰かと藤原紀香、飯島直子、どれを選ぶ?」
「おれ、ナッチがいい」
「やっぱり紀香だよ」
「松下由紀とかさ」
「鈴木京香がいいな、俺は」
「カゴちゃん」
「ロリコンか、お前は」
男たちは質問の意図を無視して互いの会話に夢中になる。夫となり、人の親となり、社会的地位や名誉を得て立派なオヤジになっても男の人は子供でいられる。それがとても羨ましい。
「かわいいもんね、男の子って」
「男の子って歳じゃないでしょ」
「裕子はどうなの?」
「何が?」
「そうねえ、例えばスマップなら誰がいい?」
「わたし中居クン」
「えー、慎吾ちゃんがいい」
「やっぱりキムタクよ」
「男前なのは吾郎ちゃんよ」
こうなってくると男も女も変わらない。妻、母、その他諸々の立場を脱ぎ捨てれば女も途端に少女に逆戻りできる。
わたしはそんな面々を傍観し、グラスを取って喉を潤した。
「そんなに若い子がいいのかなぁ」
わたしは未だ、どんなに若い女の子がいいか力説している浩一を見て呟く。
「よし」
グラスを空にし日本酒を注ぐ。一気に飲んで酔いを増幅させる。そして、大きく溜息をつくと、温気に揺らめく浩一を見据えた。
「裕子がそんなに酔っ払うなんて珍しいな」
帰りのタクシーの中で浩一はいった。
「いいじゃない、今日は年に一度だけ堂々と浩一に会える日なんだもの」
わたしは浩一の肩に頭を預けていう。
「車に乗ってこなかったのね」
「飲むからね」
「昔はそうじゃなかった、平気だった」
「若くないからな、危ない橋は渡りたくない」
「失うものなんてないくせに」
「自分はいいけど、事故ったりしちゃあ」
「らしくないなぁ、何だかがっかり」
師走の町に色とりどりのネオンが瞬いている。わたしは半ば空虚な気持ちでそんなイルミネーションを眺めている。
「…ん」
「どうした」
「ダメ、吐きそう」
「え!」
その言葉に浩一は狼狽する。
「すいません、運転手さん」
タクシーは止まる。二人は夜の町に吐き出される。
「大丈夫か?」
「だめ」
「吐いちゃえよ」
「こんなところじゃイヤ」
「まいったなぁ」
浩一は降り立った街角を見まわしている。暗い空にホテルのネオンがこれ見よがしに煌いている。
「休んでいこ」
言ったのはわたしの方だった。
「え?」
「30女がどんなにいいものか、教えてあげる」
浩一はわたしを見つめる。
「お前…」
「さ、恥ずかしいから早く」
わたしは先に立ってホテルのエントランスをくぐる。背中にうろたえている浩一が残る。
「おい、待てよ」
道往く人たちが不審な目で、あるいは哄笑を浮かべ浩一を見ていることだろう。逃げ出すか、それとも後を追ってきてくれるか。これは一種の賭けだ。
「まいったなぁ」
浩一はそう呟いてわたしの後に続いてきた。わたしは立ち止まり、浩一を迎えると、腕を絡ませエレベーターのボタンを押した。
シャワーを浴び、わたしはバスローブに身を包んで髪を拭いている。浩一はソファーに座り、俯き加減に手を組んでいる。
「吐きそうなんてウソだろ」
「うん」
わたしは微笑を浮かべ浩一の向かいに腰掛ける。
「だって我慢できなかったんだもん」
「何が」
「セックス」
動揺を露にする浩一。そんな彼を見てわたしは笑い声を上げる。
「ウソ、若い子の方がいいっていう浩一の言葉が」
「そんなこと」
浩一は手を組んだまま頭を横に振る。
「ウソつくの、巧くなったな」
「35年も生きていればウソくらい巧くなるわ」
「年増女のいやなところだ」
「若い子はウソつかないの?」
「つくさ、それでも」
「それでも?」
沈黙が流れる。わたしは寂しそうな顔で浩一を見る。
「イヤなの?わたしが、やっぱり…」
浩一は立ち上がった。
「浩一…」
「シャワー浴びてくる」
そういい残して彼は、バスルームに消えた。
「脱がして」
ベットの上で向かい合い、わたしは言った。
「いいのか?」
「何が?」
「いや…」
浩一は緊張している。わたしには分かる。悪ぶってみても浩一は素直でかわいい。昔とちっとも変わっちゃいない。
「若い子にもそんなこと聞くんだ」
「聞かないよ」
「どうして?」
「……」
わたしはバスローブを着たまま両手をついて顔を近づけた。
「キスして」
もはやどこにも逃げ場のない浩一はわたしの誘いに応じて唇を重ねてくれる。わたしは自ら彼の唇を割り、舌を入れる。絡め、歯の裏をなぞり、内頬を擽る。
「あ、はあ…」
顔を放したとき、浩一は驚きをわたしに見せた。
「どうしたの?」
「いや…」
「キスだけで感じちゃったの?」
悪戯な笑みをわたしは浮かべる。薄いローブに覆われた浩一の下半身は既に盛りあがりを見せている。
「もっと、もっと良くして上げる」
わたしは四つん這いの姿勢でにじり寄り、既に屹立したペニスをつまむ。
「ふふふ」
少年を誘惑するときのように、わざと艶美な笑みを浮かべ舌なめずりをする。そして、徐に顔面を近づけると、舌を伸ばしてなぞり始める。
「ん、ああ…」
浩一は嗚咽を漏らした。彼の歓ぶ声が耳に心地いい。
頭をなぞり、裏筋を擽った。カリ首を拭い、茎に吸いつく。そのまま袋を弄び、やがて大きく呑み込んでいく。
「ああ、ああ…」
「ふぅん、うんうん、ん、くふぅん…」
鼻にかかった吐息を漏らしながらわたしは浩一にしゃぶりつく。唾液の粘りを浩一に絡みつける。口蓋の滑らかさ、温度、全てを駆使して浩一を頂点に導いていく。
「ああ、ダメだ…」
「いいのよ、我慢しなくても」
「けど、出したら」
「いいの、飲んであげる、それとも…」
「そう、二回は…、きつい」
「大丈夫よ、大丈夫」
呟き愛撫に激しさを加える。くちゅくちゅ、ぢゅめぢゅめと淫猥な音が響き始める。
「ああ、ダメだ、出る、出る」
浩一はそのままわたしの口の中に迸りを放った。わたしはそれを一滴残らず受け止め、飲み干す。浩一が、無数の浩一がわたしの中に流れていく。浩一の温度がわたしと一緒になる。幸福?幸せ?確かに今は、この瞬間だけは絶頂にいるのかもしれない。
「浩一、つかまーえた」
わたしは大声で叫んでしまいそうになる。今度は自分が逃げる番になるにもかかわらず、確実に浩一がわたしを追いかけてくれるかどうか分からないのに。
とりあえず、浩一は、浩一の体から放たれた精液はわたしの胃の中で消化される。わたしの血と一緒になっていく。そう考えると何だか涙が零れそうになった。
「どう、きれい?」
わたしが差し出した手に導かれ、やっと浩一は裸にしてくれた。
「いやん、痛い」
「あ、ごめん」
浩一は力任せに抱きしめてくる。
「どうしたの?」
「いや、何だか」
「なに?」
「消えてなくなっちゃいそうなんだ」
「誰が?」
「裕子が」
浩一はわたしから視線をそらす。
「わたしは幽霊じゃないのよ。ちゃんとここにいるわ」
「分かってる、分かってるけど」
「けど?」
「不安なんだ」
「不安?」
「一人でいることに、恐いのかもしれない」
「寂しがり屋さん」
「そうかもしれない。だから、手当たり次第、店の女の子に手をつけてきたのかもしれない」
「前の奥さんは?慰めてくれなかったの?」
「彼女は…」
浩一は何かいいかけて口篭もる。
「若い子の体は挑発的に自己主張する。それを自分の肉体でこじ開けていく…」
浩一は決して暴力的で軽い男ではない。それはわたしが一番良く知っている。若いころは不良ぶって世の中を斜めに見つめていた。今は妙に明るく振舞って卑猥な話も平気でする。それは全部寂しさの裏返しだ。本当は一人でいることが恐いんだ。
それを別れた女は分からなかったのだろう。彼の強がりな外見とウソの行動を理解できず、慰めの言葉一つかけてあげることをしなかった。話を聞くこともなく、黙ってぶら下がっていれば何不自由ない日常を与えてくれると勘違いしていたに違いない。
「裕子を見ていると、裕子といると、自分が逆戻りしそうで、巧く言えないけど、全てに安心してしまうって言うか」
浩一はそんな強い男じゃない。泣き虫で気弱で、そのくせ見栄っ張りでうぬぼれや。そして、そんな全部を自分の中に押し込め、ウソを演じ続けているかわいそうな男の子。いつも母親を求めている迷子の少年。
「浩一はかわいい、昔から」
「この歳になって」
「わたしだって…、でも」
「でも?」
「わたしはあなたと同じだけ生きてきた。あなたはちゃんとわたしと一緒になれる」
わたしは浩一を抱きしめた。それは母親が幼子を抱きしめるように。
「あ…」
「ふふふ」
浩一はわたしのそんな行為だけで蘇る。触れなくてもわたしのオーラだけで男として機能する。
「さあ、わたしを味わって」
わたしは再び唇を重ねる。そして、抱き合ったままベッドに横たわる。浩一は唇をずらし、わたしの頬、あご、そして乳房を舐める。
「うん、そう、いい…」
唇から漏れる微かな喘ぎ声。ベットの軋みにかき消されてしまうようなか細い声。浩一は乳首を噛み、乳房を堪能した後下腹へ顔面をずり下ろしていく。そして、濃い色の茂みに覆われた女の部分に辿りついたとき、わたしは大きく身をよじる。
「あうん、やん…」
声は女でも言葉が少女に変わっていく。そう、二人が初めて出会ったころのように。わたしは昔のわたしになっていく。浩一が昔の彼に戻っていくように。
「やん、恥ずかしい」
「きれいだよ、裕子」
「うれしい」
「裕子」
「ああ、もういい、早くちょうだい」
「裕子」
「もう、もう、我慢できない」
十分に濡れそぼったわたしの部分がうねうねと浩一を待ち構えている。わたしは浩一を確かめたい。早く浩一と一つになりたい。
「よし」
浩一はわたしの入り口に突き当てる。すると、わたしの意思と呼応して部分は吸い込むように浩一を迎え入れる。
「あ…」
浩一は感嘆する。内部が浩一を締めつけて離さない。そして、奥へ奥へと誘っていく。もちろん、わたしにそんなテクニックは備わっていない。自分の思い通り に女性器を変化させることなど出来はしない。けれど、わたしの一部分である以上、意識が筋肉を支配している。意識通りに動いてくれる。
「うんん、いい、ん…、奥がいい、ああん、入ってるのが分かる。太い、固い…、浩一、すてき…」
わたしは全身で浩一を光悦の世界へ導いていく。決して淫乱じゃないと思っていた。SEXは嫌いじゃないけど、そのためだけに何かを犠牲にするのは真っ平だ と思っていた。亡くなった夫には悪いけど、あの人と接するときも半分は義務だった。けれど、今は違う。過去も、未来も、もちろん現在の全てを失っていい。 このままの感慨が永遠に続くと約束してくれるのなら、死んでしまっても悔いはない。
「ああ、浩一、浩一…」
「素敵だ、すばらしいよ、裕子」
「どう?わたしはいい、いい?」
「最高だ、最高だよ」
「ちょうだい、浩一をちょうだい、最後まで、全部わたしにちょうだい!」
浩一はわたしを貫き通すように激しく突き上げると、そのまま内部に吐き出した。わたしは微かに痙攣しながら彼を絞り取る。最後の一滴まで搾り取る。出来ることなら体液全てを、浩一を溶かし、その粘液までも吸い取りたい気持ちになる。
「ああ、熱い。浩一が一杯」
わたしは乱れた髪を掻き上げながら浩一を見た。うつろな視線を彼に注ぐ。
「浩一」
「うん?」
「ありがとう」
「いや…」
「で?」
「うん?」
「どうだった?」
「い、いや…」
わたしは浩一を抱きしめキスをする。
「やっと浩一を捕まえた。若い子がいいなんて、二度と言わせない」
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