2ntブログ

告白(転載) 可愛い息子と

近親相姦告白・体験
07 /11 2022
掲載サイト「禁断の体験 エッチな告白集_」は消滅。

19歳の息子の部屋に洗濯物をもっていくと、いつものように後ろから私を抱っこして胸をまさぐってました。「オヤジ、今週ゴルフ行く?」「ええ、泊りだって。」「じゃあ土曜日ヤっちゃう。」私は無言で息子の部屋を出ました。(とうとうその気になったのね。)私は興奮してその夜は寝付けず、そっとクリトリスを弄りイっちゃいました。本当は私を犯す気なんてない息子。わかってたけど私は息子に「いいわよ。」と告げたんです。息子は怪訝そうな顔したけれど一気に期待が膨らんだみたい。夫は鼾が煩く一階で寝ています。私は2階の息子の隣のタンス部屋にベッドを置き寝ています。息子が私によからぬ欲望を抱いてると気づいた時、それもいいじゃない?って呟く私がいました。だってエッチしたいんだもの。オナニーだけじゃ満たされない、、。息子とのエッチを想像すると異常に興奮してた私なんです。彼と別れて半年近く。転勤で遠くに行っちゃったんです。3年近く続いて、凄く良かったのに。週末に友人と買い物と偽り彼と朝からホテルで楽しんでました。夫はもう「ダメ」で求めてきませんが薄々気づいてる。でも何も言いません。夫はゴルフ、私はセックス。しかも全て彼が出してくれてお金はかかりませんでした。そして夫はゴルフに出かけ、のそのそと起きてきた息子を車に乗せいつものラブホテルに。そうしていいか分からない息子に裸になってと言い、私もベッドの上で裸に。脚を拡げローターをそっとクリトリスに。よってきた息子に「まだ、だめえ!」と甘えるように言い思い切り声を上げ悶えました。「オチンチン!早くう!」背が高いしズボンの上から握った事もあるけど想像通りけっこう長くて大きい。でも咥えてあげると「やば、もう出そう!」とだらしない。「しょうがない子ね。じゃあ指でお母さんをイかせて。」「奥から手前にかきよせるように動かすの。わかった?」息子の指の動きに合わせ私も腰を浮かしくねらせます。「ああん、いくう!だめえ。まだだめえ!」「ぶって!ほっぺをぶつの!」「パシン!」「もっと強く。。「バシッ!」「そうよ!もっとぶって!」あとお尻をぶったり、腰をつよくつかんだり。時にはジュースを飲んでまぎらわせたり。そうやってイキそうになるのを止めるんです。一時間近くそんな事を。顔が熱い、そして全身も熱くなっていきます。もう止められない、、。「ひいいーー!」私は絶頂を迎え気が遠くなりました。後はちゃんとコンドームをしなさいと言い息子がしたいようにさせました。「このヤリマン女!誰とこんな事してんだよ?」「あ、もう別れたの!貴方がいいの貴方が好きなのお!」息子は怒りにまかせてもう顔が腫れるほど私をぶって、、。4度目が終わりさすがに息子もぐったり息子を抱き締めながら言い聞かせました。「ね、これでお母さん、貴方の女になっちゃったのよ。貴方が悪いのよ。だから時々お母さんとエッチな事しなきゃだめなの。わかった?」「うん。」そう答えた息子ですがまた私の口におちんちんを持ってきました。凄いわ。5回目、、、。

告白(転載) 母のスリップ姿

近親相姦告白・体験
07 /11 2022
掲載サイト「禁断の体験 エッチな告白集_」は消滅。

私、勉、現在40歳です、15歳の頃、母は、38歳でした。学校は、夏休みで、部屋で宿題をしていました。勉強に疲れて部屋を出て、茶の間で扇風機にあたっていると、茶の間から、外を見ると、母が白のスリップ姿で庭の手入れをしていました。太陽の光で白のスリップが透けて見えていました。母は、ブラジャーも着けず、パンティーも着けていませんでした。母は、まだオッパイの張りがあり、薄茶色の乳首が透けて見えて、お尻の割れ目も見えていました。私は、母のスリップ姿をしばらく見ていると、私のおちんちんが、だんだん大きくなり固くなってきました。私は、部屋に戻り、隠してあるポルノ雑誌を見ていたら、母の先ほどのスリップ姿を思い出していると、母が、家に入り、お風呂場に行く姿を見て、私は、部屋を出て母がシャワーを浴びるため、スリップを脱いでいるところでした。私は、ドアの隙間から覗き、母のシャワーを浴びる姿を見て、「お母さんとやりたい」とふいに、思ってしまい、私も裸になり、母のシャワーを浴びているところに飛び込み「何、勉、どうしたの」「いや、暑いから、シャワー浴びようと思って」「あっそう、じゃ、背中流してあげる」私の背中を石鹸をつけて洗ってもらい、母のオッパイが背中に当たりこれが、オッパイの感触かと思った、そして、母は、腕を洗ってくれて、私の指が母の陰毛にあたり、ちょうど,母のおまんこのところにいき、私は、少し指を伸ばし、母のおまんこの割れ目をいじっていた。母は、気づかず、今度は、私が母の背中を流してあげるため、石鹸をつけて洗ってあげた、母の白い肌に柔らかい肌、私は、何回も触りお尻まで洗ってしまった、母は、年のわりには、お尻が小さく、締りのあるお尻だった。シャワーで石鹸を流し、お風呂を出て、母は、白のスリップ姿で下着はつけずに、茶の間で横になっていた、白い足が広がり、私は、母の股間に顔をつけて、おまんこをじっと見ていた。

告白(転載) 眠った母

近親相姦告白・体験
07 /11 2022
掲載サイト「禁断の体験 エッチな告白集_」は消滅。

私は27歳になる男性です。彼女いない歴27年、もちろん童貞です。気も弱く、女性と話すのは苦手ですが、性欲は持て余し気味で、パソコンのエロ動画で毎日抜くのが日課でした。私の中学生の頃から母との2人暮らしで、母は近くの飲食店で働いており、毎日帰ってくるのは夜中の2時頃で、日によってはkなり酔っ払って帰ってくることもあります。数年前のことですが、この日はかなり酔っ払っており玄関口で倒れこんでいました。そんな母を私は、抱きかかえるようにベッドまで運びました。透けたブラウスの胸元からは大きな乳房がはみ出しており短いスカートは捲くれ上がりパンティが丸見え、それどころかパンティの横からは陰毛がはみだしており、私は気になってそっと母の股間に顔を近ずけました。母の股間に顔を近ずけると何とも言えない汗とアンモニアが混ざった甘酸っぱい匂いが漂い、なぜか私の股間は固くなっていました。私はそっと母のパンティを下にずらしました。母は泥酔状態で母の足元までパンティを下ろしても意識はありません母の股間は黒々した陰毛に覆われおり陰毛を掻き分けるとビラビラのひだがあり、その色はエロ動画のものとは程遠く、黒ずんで使い込まれたものでひだを押し広げると赤黒い陰部が口をあけています。私は母の顔をみましたが、母は小さく寝息を立ててたままです。私は構わず陰部の上のクリトリスらしき部分に指を擦り付けました。驚いた事に母に陰部は湿り気を帯び、私の指はスムーズ母の部分を刺激しており、そのうちにその部分は硬く大きくなってきました。湿り気を帯びた部分はさらに反応して愛液が溢れる様に湧き出してきます。そのうちに愛液は母の内腿はおろか、シーツまでもを濡らすほど愛液でまみれ黒々とした陰毛は濡れて光っていました。それから朝方までの2時間ほど私は母の陰部を弄び続けました。まるで夢のような光景で、私は指、舌、母のバックにあった化粧瓶などありとあらゆる物で母を愛撫し、それの母の陰部は応え続けました。陰部は大きく口をパックリと開けヒクヒクと脈打っており、指を挿入するとまるで絡みつくように私の指に絡みつきます。ふと気がつくとカーテンの隙間から陽が差し込んできはじめ私は慌てて母のパンティを履かせてから自分の部屋に戻り、先ほど余韻を楽しみながら扱きました。目が覚めると10時を過ぎておりリビングには先ほど目覚めたばかりの母がボーっと座っていました。化粧の残る母の顔でしたが、あきらかに高潮しており目元はうっすらと色付き昨日の余韻が残っているようでした。あれ以来 母が泥酔して帰ってくるのを楽しみにするようになりました。

告白(転載) 思春期の息子

近親相姦告白・体験
07 /11 2022
掲載サイト「禁断の体験 エッチな告白集_」は消滅。(1)〜(8)まで分割でアップされていたが、1つに

思春期の息子(1)
今から告白するのは、私の記憶に強く留まっていた息子との関係についてです。わがままな話ですが、ここで告白することで、過去を拭い去りたい、と自分勝手に思っています。この春に中学3年になる息子が小学校6年の時、夫に海外赴任の辞令が出て、子供の学校のこともあり単身で行ってもらうこととなりました。辞令は7月からで、その年の夏休みに息子も連れて赴任先に行ってきました。まだ仮住まいながらそこはコテージ風のホテルで、息子が特に気に入ったのが大きなバスタブのジャグジー。海外という開放感もあり、それまでやったことのない3人での混浴を何度か楽しみました。帰国後、息子との二人暮らしが始まりました。そして、あやふやな記憶ですが、10月に入ったある日の夕食の後、「ママ、パパのところに行った時みたいに、一緒にお風呂に入ろうよ」と息子が甘えてきたのです。父親が大好きな子だったので寂しいのだろうと思い、狭い我が家のお風呂に二人で入ることにしました。バスタブに入り学校や勉強のこと、友達のことを話し話題が途切れたころ突然、「ねえママ、僕もパパみたいにママのオッパイ、触っていい?」と言い出したのです。3人で入った時、夫が私の胸を触っていたのを、なんと、見ていたのでした。息子は私の驚いた顔を見て、伺うような目で「触っていい?」とさらに念押しをします。「どうしたの?赤ちゃんに戻っちゃったの?」とひやかすように言ったものの、気まずい空気が流れ、結局その気まずさに負けて息子の手を取ると、私の乳房に押し当てました。すると、おぼつかない仕草ながら、乳房を触るというより揉み始めたのです。実は、夫はジャグジーの気泡に紛れて私の下の感じるところも触っていて、今、息子によってその時の感覚が甦って来たのでした。気付けば、乳首は立って固くなっていて、どのくらいの時間が経ったのか。下腹部の奥の感覚が熱くなり始めたのをきっかけにして、「もう赤ちゃんの真似はやめて、体を洗いなさい」と息子の手を解き、洗い場に促しました。その時、私は息子のまだ可愛いけど大きくなったオチンチンを見逃しませんでした。バスタブに浸り息子が体を洗っている姿を見ながら手を股間に伸ばすと、潤い始めていて、なぜか母親として情けなくなった気がしました。それが息子に胸を触られていたからなのか、夫に触られていた記憶が甦ったからなのかわからず、こんなことは今日で最後、と自分に言い聞かせました。お風呂を出る時は別々で、先に出た息子は自分の部屋に行ったようです。なんとなくホッとして、寝室のドレッサーに向かいました。ところが、すぐにドアを開けて息子が入って来たのです。「どうしたの?」鏡に映った息子に聞きました。「もうひとつお願いがあるんだけど」なんか言いづらそうな表情が、鏡の中にあります。「何なの?」「僕もパパのようにママを触りたい。パパはママの下のほうも触ってた」ドキッとしました。息子はすべてしっかり見ていたのです。これには、お風呂場の時よりも驚きました。何かしゃべらなくてはいけない、訳もなくそう思って振り向きながら口から出た言葉が、「どこを触りたいの?」だったのです。なんでこんな言葉を口にしたのか、自分でもわかりません。そして、息子から消え入りそうな声で「オマンコ」と聞かされた時、頭の中で「なんで」「どうして」がこだましました。「まだ早いわ、大人になったら、そう、パパのようにネ、その時まで待てるわよね」そんなことを言った気がします。当然、納得できない顔の息子。しかし、諦めたような目をして、「じゃあ、今日はママと一緒に寝てもいい?」と息子が言った時は、安心して同意したのでした。この時から、添い寝をして眠る日が続きました。しかし、母親なのに、何が息子に起きたのかがわからない状態でした。そして、母親としての最初の留め金が外れた12月をむかえました。その日は、海外赴任をしている夫と連絡を取り合うために通い始めたパソコン教室で、時期的には早いのですが忘年会があり、お酒を飲んでの帰宅でした。お弁当は食べた?とか、勉強はした?とか話をした後、シャワーを浴びて寝室に入ると、もう息子は私のベッドで寝息を立てていました。息子の隣にもぐりこみ、しげしげと顔を見たのですが、まだまだ幼い顔。この子の口から「オマンコ」なんて言葉を聞くなんて、と成長の早さを感じていました。そこでちょっと悪戯をしたくなり、パジャマの上から息子の股間に手を伸ばしてしまいました。しばらく触っていると、眠っていたように小さく柔らかかったオチンチンが、むくむくと大きくなってきたのです。「ママ?」突然の声にびっくりしてしまいました。しかし、「起こしちゃったね」と言いながらも、オチンチンをさすっている手は止まりません。むしろ、パジャマ越しに握るようになっていました。息子は胸の谷間に頭を置いてじっとしています。小学生って射精するのかしら、なんて思ったのは、お酒のせいで理性が飛んじゃったのでしょうか。しばらくして腰がピクッと動き、「ママ、変な感じがする」と言うので、出ちゃったのかな、とパジャマをパンツごとずり下ろし覗き込むと、大きくなったままの首に皮を巻いたオチンチンがそこに見え、でも射精はしてないようでした。すると、「ママ?」「なあに?」「今度は僕の番だよ」と息子はすばやい動きで腰の位置にしがみつき、同じように私のパジャマをずり下げようとします。「待って。なにをしたいの?」と息子の顔を両手で押さえてこちらを向けると、「ママのオマンコが見たい」。そう言う息子の顔は真剣そのものでした。先に悪戯をしておきながら言えないことですが、ここで毅然とした態度を取っていれば、悩みを抱えることはなかったはずです。しかしその時は、自分がやった悪戯に気がとがめ、なおかつ息子に甘い母親だったので、息子のおねだりに対し、ついに言ってしまったのです。「見せてあげるから、ベッドからおりて」と。腰にしがみついている息子がベッドからおりると、覚悟を決め、腰を浮かしてベッドの上で下のパジャマとパンティを脱ぎ去りました。そして、体育座りの格好から両手を後ろについて、両足をやや開きました。息子はベッドに顔を乗せるように股間を覗き込みます。覗き込んで少しして、突然立ち上がると、薄ぼんやりとした部屋の照明を全開にしたのです。一瞬にして明るくなった部屋。「あっ」と言う声と同時に閉じた両足を、「ママ、見えない!」と開こうとする息子。まだ小さい羞恥心は残っていた気がします。しかし、息子の両手で大きく両足を開かされた時には、その羞恥心も消えてしまいました。「触っていい?」と上げた顔に目を合わせると、息子は勝手に許されたと思ったのか、幼い手で触り始めました。割れ目に沿って動いていた指が、割れ目を開こうと動いています。その指の動きがじれったく、結局私が広げてみせると、クリトリスの周辺を触り始めます。それまで、息子の手の動きを見ていたのですが、クリトリスを触られ始めて徐々に沸き起こる快感は、その度合いが強くなってきて、手の動きを追っていた視線は定まらなくなりました。「ママ、濡れて来たよ」。その声に、このままじゃいけない、と閉じようとして足を動かそうとしました。ところが、感じるごとに力を失いつつある身体より、息子の力が勝っていました。「まだっ!」と、力強く宣言する様に言い、閉じかけた足をより広く爪先が浮くくらいに広げ、濡れ始めたオマンコの目と鼻の先まで顔を近づけ、執拗にクリトリスを攻めてくるのです。恥ずかしい話ですが、息子が見ている前だというのに、きっと厭らしい液体が溢れて流れ出る寸前になっているに違いありません。まだ母親というプライドが上げそうになる声を止めてはいましたが、そこが十分すぎるくらいに濡れているのは確かでした。声を上げるのを何度も堪え、息子の私への悪戯をやっと終わらせた時には、身体の芯からぐったりしていて、まるでセックスの後のようでした。お互い相手に悪戯をした翌日からは、息子には一人で寝るように言い含めました。年末には夫も帰ってきます。息子とこんなことをしてしまったなんて、夫には口が裂けても言いえません。それに、夫が休暇や出張で帰ってきた時は、離れていた分を取り戻すかのように毎晩のようにセックスをします。とても息子が入れる余地はありません。私も言うまでもなく、夫に抱かれるほうが気持ちよく過ごせるのですから。春になり中学校に進学して、勉強、部活、新しい友達と忙しそうにしていて、息子もあの日のことは、記憶の奥にしまったのだろう、と思っていました。しかし・・・。6月も月末を迎えようという頃、その日は暑い土曜日の夜でした。テレビを見終わって、自分の部屋に戻る仕草を見せていた息子が振り返りざま、「僕、もう子供を作れるんだよ」と言うのです。「えっ、どういうこと?」と尋ねると、「ムセイした・・・」。聞き取れないくらい小さい声。再度尋ねます。「何?をしたの?」今度ははっきりした声で、「ムセイ」と聞こえました。「?」実は、ムセイが夢精とは知りませんでした。そもそも、夢精ということを知らなかったのです。男の子にそんな現象が起きるなんて。結局、その一部始終を息子から聞くこととなりました。中学生になってすぐエッチな夢を見てパンツを汚したこと、夢精については友達から聞いたこと、どうすれば子供が生まれるのかとセックスをするということを知ったこと、オナニーをしたこと、等々を。母親としてどう反応したらいいのか解らず、頭のどこかに12月の出来事がかすめてはいましたが、他愛もない話というより性教育に近い話をしていた気がします。

思春期の息子(2)
母親としてどう反応したらいいのか解らず、頭のどこかに12月の出来事がかすめてはいましたが、他愛もない話というより性教育に近い話をしていた気がします。 息子も、最初ははにかむような素振りでしたが、徐々に気楽に話していました。 ところが、不用意な私の質問が、その場を一変させてしまったのです。 「ねぇ、エッチな夢って、どんな夢を見たの?」。 ただ興味本位で訊いただけだったのですが、息子の様子が変わり、少しだけ話しづらそうにしていたのが、何かを吹っ切るように私の方を正視して口を開いたのです。 「ママが裸で、僕がママの身体を触って、ママが感じてくれて、それで僕がママと・・・」と。 今度はより鮮明に、12月の出来事が頭をよぎります。初めての夢精の時に見ていた夢が、あの出来事に影響されたのは明白です。 息子は、狼狽している私にお構いなしに話を続けます。 「ねえママ。本とかインターネットとかじゃ、女の人のアソコ、はっきり見えないんだ・・・」「ママは見せてくれたんで、だから、夢でも見ちゃった」「ねぇ、お願い、またママの見たい」「ママ、お願い。いいでしょ?」「触ってみたいし、お願い、いいでしょ」。 私は言葉を失っていました。息子の「お願い」だけが耳に残って、先ほどから何度となく頭をかすめた12月の記憶を、その時の快感という感覚とともに完全に甦らせてしまいました。 ただ、「ダメ!」という言葉を何度も何度も口にしたような気がします。 しかし、最後に息子から言われた「ママがシャワーを浴びたら、部屋に行っていいよね」に、強く拒否しなかった私がいました。 シャワーを浴びている間、本気で言っているんじゃない、と思い込んでいましたが、その思いも、あっけなく崩れてしまいます。 パジャマに着替えてドアを開けると、息子は目の前に立っていたのでした。 息子は私と一緒に寝室に入ると、すぐに私に抱きついてきて、以前とは比べようもないくらい慣れた感じで、下のパジャマを足元まで下ろしたのです。 次はパンティまでも引きおろそうとします。 「わかったから、そんなに引っ張らないで」と言ってしまい、もう、拒めません。 潔く息子の前でパンティを脱ぎベッドの上に座ると、両足を開いてまた下半身を露にしました。 しばらくは前回と同じ格好で覗き込んでいた息子は、今回は断ることなく触り始め、指で広げ、またもクリトリスをさすり出したのです。 すると徐々に、息子の指の動きは巧みになり、さらに口にする言葉までが変わってきました。 「ママ、すごく濡れてきている。気持ちよくなった?」。 息子に言われるまでもなく、完全に快楽に浸っている母親でした。 あらためて自分のことながら、本当に情けなくなってきます。 息子によってしっかりと快楽に浸ってしまい、後ろに伸ばして身体を支えている両手が何度もガクッと折れそうになり、感じてもらす吐息を間違いなく出していました。 何回となく聞かれた「ママ?気持ちいい?」に、答えることができません。 答える相手が息子だなんて・・・なおさらです。 それでもお構いなしで「すごく濡れてるよ、ママ。ふとんにまで垂れてきている」と、無邪気になのか知っていてなのか、まるで言葉で攻められているようです。 実際、その言葉でも快感を募らせていたのかもしれません。 すると突然、「ママ、指を入れてもいい?」と言うと、それまで動いていた指がクリトリスから離れ、かすかな抵抗感があって身体の中に入ってきました。 それが人差し指だとわかったのは、息子の手元を覗き込んだからでした。 今度は、かき回すように指が動き、同時に濡れているからこそ出る音が、私の快感をさらに刺激します。 私の身体に息子の指が入っている、と言う現実に、理性は消し飛んでいました。 そして、ついに息子が言ったのです。「ママ、僕のチンチンも入れていい?」。 この言葉に、一瞬、我に返って、快感によって瞑っていた目を開け息子を直視しました。「絶対ダメ!ママとこんなこと、ホントはしていけないことなのよ」。 自分としてはきつく言った気がしたのですが、よく思い起こしてみると、この間息子の指はしっかりと私の身体の中で動いていて、私の身体もそれに反応していたのですから、息子にしてみればさほど堪えなかったようです。 「1回だけ、お願い」「ホントに入れてみるだけ、すぐ終わりにするから」「試してみたいんだ、お願い」もっと哀願された気がします。 愚かな母親は決断しました。 1回だけ、入れたらすぐ抜く、パパを含め絶対他の人には言わない、これらを約束するのなら、という条件に息子が異を唱えるわけがありません。 「わかった」と言うや否や私の身体から指を抜くと、パジャマにしている短パンとパンツを素早く脱いだのでした。 息子のオチンチンは、十分に立派に大きくなっていました。 夫のペニスと比べると、その根元に毛は生えてなく、全体的にまだ子供という感じですが、オチンチンという呼び名に似合った可愛らしさはもうありません。 すぐに息子は、ベッドに飛び乗ってきました。 私は私の方を向いてそそり立っているオチンチンを手に取った時、感覚的ですが『ペニスだ』と思いました。 それからの息子は従順です。 私がペニスを持って広げた両足の間に誘導すると、膝を立ててにじり寄ってきます。 私は手にした息子のペニスを、さっきまで人差し指がかき回していた穴の入口に当て、その先を中に押さえ込むように動かしました。 すると、まだ十分に潤っていたからなのか、息子のペニスはスルッと私の身体の中に納まったのです。 息子は自分のペニスが埋没して、私と繋がった部分を興味に満ちた目で見つめています。 私の方はというと、挿入された時の感覚より、ペニスが自分の身体の中に入っているという快感がどこからとなく沸いてきていました。 そのせいなのか、結果的に自分で交わした約束を破り、無意識に手を伸ばすと抱きしめるように息子を引き寄せ、それに合わせ息子はゆっくり倒れるように私に覆いかぶさって来ました。 しかし、横になり重なった時、それまで動かなかった息子の体が小刻みに動き始めたのです。 「あっ!ダメ!」と言うが早いか、私は息子の胸を押してつながった身体を離すため腰を引きました。 まさに、間一髪というタイミングです。 抜けたばかりのペニスの先からは、白い液体が湧いたように溢れ出てきて、その液体を受け止めようと手を添えると、ピクッと動くと同時に白い液体が飛び出てきました。 受け取れなかった液体は、私の陰毛に垂れかかり、さらにふとんカバーにまでシミの後を作ってしまいました。 「出ちゃった」。 少し恥しがる様子を見せてそう言う息子に、手に取った液体をこぼさない様に立ち上がり、「ママはシャワーを浴びるけど、自分の部屋で寝なさいよ」と声をかけ、何もなかったように浴室に向かいました。 本当のところは、息子の顔を見ることができなかったのです。 シャワーの後部屋に戻り、カバーを交換してベッドにもぐっても、なかなか寝付けませんでした。 1回だけ、入れたらすぐ抜く、絶対人に言わない。こんな約束をしてまで、決してやってはいけないことをなぜしてしまったのか。 今となっては取り返しがつかないことなのですが、その後の息子を変えてしまったのが、「入れてみるだけ」の経験だったのは明らかです。 その日以降、しばらくは何事もなく過ぎていきました。 その何事もない日常に、余波を起こすきっかけとなったのが、夫からの「夏休みに帰る」という連絡だったと思います。 8月に2週間の休暇を取るから帰る、と言う夫からのメールがあった日の夜、シャワーを浴びた後にテレビを見ていて、そのままうとうととソファでうたた寝をしてしまいました。 ふと感じる人の気配で目を覚ますと、短パンに上半身裸で、首にバスタオルをかけた風呂上りの息子が傍らに立っていました。 「ママ、パパが帰って来るの、うれしい?」 唐突な質問に寝起きと言うこともあり、答えをためらっていると、ソファの前に座り込み、「パパが来る前にもう一度だけ」と、横になっている私の太ももの内側に手を置くのです。 言っている意味がよくわからず「もう一度?」に「ウン」と息子は答えます。 太ももの手は滑るように下腹部を経てウェストまで届こうとしています。 ここで状況がはっきりと理解できました。 しかし、時すでに遅く「ダメッ!」と言ったのがまるで合図のように、あっという間に下のパジャマは膝までずらされてしまいました。 「やめて!お願いだから」という言葉にもお構いなしに、今度はパンティに手を掛けようとします。 両足の内腿を合わせて脱がされないように抵抗すると、滑り落とされたパンティが股間で止まり、陰毛だけがくっきり現われてしまいました。 ただ、そこまでで、息子の動きは止まったのです。 力ずくで脱がされると一瞬思っただけに、拍子抜けです。 そして、この姿を見た息子の口から「ママ、下の毛丸見え」「ママって、カワイイんだね」と笑いながら言われ、合わせた両足の力も抜けてしまいました。 結局、リビングのソファにもたれかかり、下のパジャマもパンティも脱がされ、大きく足を広げられてしまいました。露になったクリトリスを愛撫され、恥ずかしい位に濡らし、またしても「入れてみるだけ」とペニスが挿入されました。動かずにしばらく抱き合い、息子が「あっ!」と呻くや否や私の身体から抜けたペニスから白い液が飛び出しました。前回とほとんど同じ展開でした。

思春期の息子(3)
それからしばらくして、夫が休暇で戻ってきました。 この8月の2週間は、本来ならば私にとって心弾む日々になるはずでした。 しかし、息子との出来事が心のしこりとなり、素直に喜べずにいました。 確かに、夫に抱かれている時は、息子とのことがすべて記憶から消えてしまいます。 ところが、自宅での夫とのセックスの後、もしかしたら息子が聞き耳を立てているのでは、と根拠のない不安と心配がよぎるのでした。 また、この間の息子は意図してなのか偶然なのか、部活だ、補習だと日中家を空けることが多く、その結果、外出も夫と二人で、温泉に泊まった際も息子は部活を優先して留守番、3人揃っての夕食も数えるくらいで、夫はそっけない息子が反抗期を迎えたと思い込み、少し寂しそうでした。 そして、夫が赴任先に戻った、まさにその夜、眠っている私のベッドに潜り込んで来る息子がいたのです。 その日は夫と買い物をし、そのまま成田に見送りと、気疲れもあり早めにベッドに入るとあっという間に寝入ってしまいました。 目を覚ましたのは、誰かが寝室に入ってくる影を感じたからで、その影が私の背中側に潜り込んでくるので、夫がベッドに入って来たとぼんやりとした頭で思って、再び眠りに入ろうとしました。 しかし、すぐにその眠りはパジャマ越しに胸を触ってくる手で遮られました。 そして、その手は下半身に移動するとあっという間にパンティの中に入ってきて、まだ潤ってもいないのに指を入れようとするのです。 「痛い…」と口にした時、夫はいないことに気付き、はっとして身体を起こしました。 振り向いた先にいるのは息子でした。 「何やってるの!」と怒っては見たものの、立ちひざの姿はパジャマとパンティが引き落とされて、下半身が丸見えの状態。 息子の視線でそれに気付いたのですが、パンティを引き上げるより先に息子のほうが早く下腹部に顔を埋め、両手でお尻を押さえて動こうとしません。 その息子の頭を押さえ、「放して!」と言ってもやはり何の返事もありません。 しかし、息子の口は微妙な位置にあり、すぐに私は息子の吐息の刺激に感じてしまい、言っていることに反して身体は正反対の反応を示すのでした。 またしても結局、息子にしがみつかれたまま倒れこみ、パンティをすっかり剥ぎ取られ、両足を大きく広げられ、息子に身体をゆだねてしまったのです。 この時は、私の身体に入った指が快感を溢れさせて、はしたない位喘ぎ声を出した気がします。 息子は、その私の淫らな姿に挑発されたのか、下着の中で射精してしまいました。 その後、汚した下着を脱いで下半身裸のまま、同じベッドで寝てしまったのです。 夫が赴任先に発った日以降は、再び息子が私の身体に触れることはありませんでした。夏から秋、秋から冬までの間は・・・。 しかし、年末になり、夫から帰るという連絡があった日、息子は風呂上りの私を部屋で待っていて、意思の弱い母親は「入れてみるだけ」という「お願い」に応じてしまったのです。 さらに、またも同じように夫が赴任先に発った日も。 駄目な母親はいけないこととわかりながら、息子の「お願い」を許してしまうのです。 浅はかな私は、あと半年で夫が戻ってくる、夫が戻ってくれば、息子は以前の息子に戻る、と思い込もうとしていました。 そんな思いの中、突然3月に夫が一時帰国しました。 2年と言う約束での赴任ですから、期限は今年の6月まで。 夫からは、その事前調整と聞かされました。 ただそのせいか、夫の毎日の帰りは遅く、息子にしてみたら毎日深夜に帰ってくる父親は、いないも同然みたいです。 「パパが日本に戻ってきても、毎日がこんなんじゃ、ママにとってあんまり変わんないんじゃない?」 夕食のあと、ソファに座ってテレビに向いたまま、息子が訊いてきます。 不思議なのですが、この時点では、私と息子の日々の会話は何事もないように交わされていました。 当たり前の母と子の会話なのです。 「引継ぎとか、いろいろあるんじゃない。毎日こんなんじゃ、体を壊しちゃうわよ」と答えると、「僕だけのママじゃなくなるんだね」とポツンと言うのです。 その姿が愛おしくなり、「どうしちゃったの?」と隣に座って顔を覗き込むと、「僕はママが大好きだ。だから、いつか、ちゃんとママとセックスがしたい」。 突然の言葉に唖然としました。 身体と思考が固まった状態です。 しばらくの沈黙があり、振り向いた息子はそんな私に体を預け、そのままソファの背にもたれかかりました。 この時、何かわからない漠然とした不安が私の心の中に芽生えてきたのですが、息子の手がスカートを捲り上げ始めて、不安を感じた気持ちが消えて現実に切り替わりました。 すでに息子の手はスカートの中で、活発に動いています。 「ダメ」「やめて」と言ったものの、私の方も以前ほど抵抗しない身体になってしまったようです。 ただ、「パパが帰って来るわよ」と言った後の息子は徐々に荒々しくなり、乱暴にパンティを下ろし片足にかかったまま両足を大きく広げ、クリトリスを撫で回します。 そして、今までは1本の指だったのがこの時は2本となり、十分に潤い始めた中をかき回すのでした。 もう私は、出る声を抑えることができなくなっていて、母というより女になっていました。 そのうちに息子が器用にジャージをパンツごと脱ぐと、そそり立ったペニスが私の前に現れます。 いつものようにそのペニスに手をそえたところ、「入れてみるだけ」の前に息子は私の服の上に射精してしまったのでした。 その夜、私は夫とセックスをしました。 そこで、自分の身体の反応の違いに気付いたのです。 感じていないわけではないのに、息子との時よりも濡れ方が少ないのです。 背徳が快楽を増してしまうのでしょうか。 夫に後ろめたさを感じながら、子宮の奥から湧き出るような濡れ方や感じ方は、息子に触られて初めて経験したことでした。 そしてついに、こんな私にばちが当たる時が来たのです。 4月も押し迫った頃、メールでのやり取りが多いために滅多に来ない国際電話で、「今しばらく残ることになった。しかし、年内で間違いなく帰れるから」と夫。 今思い起こすと、この連絡はその時に私が感じた以上に、精神的にショックを与えた気がします。 息子には、しばらく告げられませんでした。 その後、夫から直接聞いた息子は、ひと事のように「パパも大変だ」と、気にも留めていない様子なのです。 この時に、以前息子が口にした言葉を思い起こしていたなら、自分の振る舞いに気をつけることができたのかもしれません。 さらにこの頃、パソコン教室の女性講師が結婚を機に退職することになって、ゴールデンウィーク前に送別会を開催しようという計画があり、その幹事を私(もう2年近く通っていて、古株になっていました)がすることになってしまい、その慌しさがある面、精神的に参っている私を紛らわしていたようでした。 送別会は4月30日。その日は一生忘れられない、そして決して夫には知られてならない日となりました。 私が通っていたパソコン教室は、あるカルチャー・センターに属していて、かかる料金もその都度で手頃感があり、教えてくれる講師陣も気さくながら丁寧で、とても居心地がいい教室でした。メールでのやり取りを覚える、といった当初の目的を飛び越え、ついつい友達に会いに行く感覚で通っていました。 その教室があるカルチャー・センターのオーナーは、見た感じで私とさほど変わらない年齢に映り、今回の送別会に自ら参加してきて、実際会って話をしたのですが、やはり気さくで気取らない方というのが率直な印象でした。 送別会は、女性講師の将来のご主人も途中参加でかなり盛り上がり、お開きの段になって、会費をオーバーした分はオーナーが持ってくれるという、おまけまで付きました。 2次会に、と言う誘いにはさすがに気分的に乗れなくて、支払いを済ませたら帰りますと皆に伝え、オーナーと一緒に会計に向かいました。 「何か心配事でも?」会計を待っているときに、突然彼から切り出されました。 終始浮かない表情だったのが気になった、と言うのです。 そんな心遣いにほだされて、つい「主人の赴任が5ヵ月伸びちゃって・・・」と漏らしてしまったのです。 その後、海外赴任は約2年前から、中学生の息子がいて女親では手が回らない(さすがに、本当の話はできません)等々の話をしてしまいました。 すると、車で来ているから自宅の近くまで送ります、と言う申し出があり、躊躇していましたが、帰る方向が一緒だからと便乗することにしました。 車を置いてあるというホテルに向かうと、最上階のラウンジが素敵なので沈んだ気持ちも晴れるのでは、と言う提案。 内心、女心をくすぐるのがうまい人だなぁ、と思いながらもその提案を受け入れました。 確かにそのラウンジは、最上階からの眺めも洒落た照明の雰囲気も素晴らしく、以前は夫とこういう場所で楽しんだこともあったけど今は・・・、などと余計なことを考えてしまいましたが、彼の話は話題に富んでいて、今日初めて話をした相手なのに、一緒にいても飽きず、勧められるままカクテルの杯数もかなり重ねてしまいました。 運転を控え、彼がお茶を頼んでいた事に気付いたとき、もう10時になろうとしていました。 地下駐車場までの直通エレベーターには他に同乗する人もなく、あらためてラウンジの礼をと思い、お辞儀をしようとして酔いのせいでふらついてしまいました。 その時、彼がすくうように私を抱きとめ、そのまま抱きしめられたのです。 最初は支えるように、それが次第に胸を圧迫するくらい強い力に変わり、駐車場の階についてドアが開くまで抱きしめられていましたが、ひとたびドアが開くと何もなかったように車の方へ歩き出したのでした。ただ、私の手を取って。 彼の車はやはり、と言う感じで、BMWでした。 助手席側までエスコートされてドアを開けられ座り込むと、高鳴っている胸に手を当ててみました。 お酒のせいなのか、今の状況のせいなのか、高鳴っている理由が自分でもよくわからなくなっています。

思春期の息子(4)
お酒のせいなのか、今の状況のせいなのか、高鳴っている理由が自分でもよくわからなくなっています。 そこに、彼が乗り込んできて「お酒が効いたみたいですね、飲み物を買ってきましょうか」と私のほうを向いてたずねます。 大丈夫、と答えると、また彼が体を寄せて私の肩を抱き、今度は首筋にキスをするのでした。 その時、何でおとなしくされるままになっていたのか。本当に酔いのせいだったのでしょうか。首筋へのキスの間、目まで瞑っていたのです。 大人の男性とのやり取りが欲しかった、とは思いたくないのですが、夫が日常生活からいなくなり息子とのことで頭がいっぱいになっていて、そんな現実から逃げたかったのかもしれません。 彼が車を出す頃には、右手が私のスカートの上で、ゆっくりとももを撫でるように動いていて、私はその手を拒否することもしませんでした。 走り出した車の中は、ずっと無言のままの二人でした。 右手は私の足の上で、彼は片手で器用に運転しています。 私はまるっきり帰る道はわからず、彼が知っているという前提で同乗していたのです。 そんな状況でしたが、彼が突然ハンドルをきって、ある建物の中に入った時に、やっぱり、という感じで受け止めていました。 車を止めて、外に出た彼が助手席まで回ってドアを開け、口を開きました。 「休んでいきませんか?」 休んでいくのが自然の流れ、というような感じで彼が手を差し出します。 しばらく座ったままでいましたが、その手を取って車から降り、彼に導かれるままそのホテルに入ってしまいました。 今振り返って何度考えても、ここでもなぜそうしてしまったのかの理由がわかりません。 自分から望んだわけでも、投げやりになったわけでもなく、飲みすぎたお酒のせいとしても、夫以外の人とホテルに入る、そんな女では私はないと自分のことを思っていたのですから。 彼が部屋を選び、ボタンを押してキーを受け取り、エレベーターに乗り、肩に回った手が背中を滑って腰でとまり、押されるように部屋に入る。 その流れが、スローモーションのように感じて、部屋の中に入ってすぐ彼に抱きすくめられて、やっと本来の意識に戻りました。 そのタイミングで彼がキスをしようと唇を求めてきたので、わずかの差で顔を背けましたが、そのまま彼は、また首筋にキスをします。 ただし、今度は同時に左の胸を服の上から触り始めました。 そして、キスをした唇が、胸元まで滑って来ると、胸を触っていた手がブラウスのボタンをはずし始め、その動きはすばやく、すぐに前がはだけてブラが現れ、すぐさま胸の谷間まで再び唇が滑ってきました。 はだけたブラウスから入った手が背中に回った時、彼がつぶやきました。「思った通りのオッパイだ」と。 私の頭の中で「思った通り?」が、すぐさま反響しました。「思った通り」って、いったい・・・。 そんな思いが大きくなってきた時、背中に回った手がブラのホックをはずしたのです。 スッと胸の圧迫感が消えて、瞬時に冷静な思考が戻ってきました。こんなことをしてはダメだ、と。 部屋の入り口近くに立ったままだったので、くるっと回転して、ブラウスの中で背中まで回った彼の手を身体から離すと、「帰ります」と言うなりドアのノブに手を掛けました。 その手を彼が掴もうとしたので、背中で彼に勢いよくぶつかり、ホックがはずれたブラからこぼれる様に現れた乳房を手で隠し、足元に滑り落ちたバッグを取り上げ、ドアを開け通路に出ました。 視界の端に尻もち状態の彼が見えました。 走ってエレベーターに向かい、ドアが開くのを待ちきれない状態で乗り込み、とにかく一目散にホテルを飛び出ました。 たぶん、彼は部屋から追いかけてこなかったと思います。 それでも、無我夢中でホテルから離れました。 タクシーの空車ランプを見つけ、そのタクシーに乗り込み、シートに座り、やっと落ち着くことができました。 ブラのホックとはだけたブラウスのボタンをかけ、たぶんタクシーの運転手には変に思われたんだろうな、と考える余裕も出てきました。 すると、わけが解らなく涙が流れ出て来たのです。 いったい私は何をやっているのだろう、と。 そのタクシーの中で声を出さずに泣きながら、ひとり自分を責めていました。 家に着いたのは11時半を回った頃で、ここまで遅くなるとは言ってなかったので、もう寝ているのかも知れないと思いながら玄関のドアを開けると、意に反してすぐそこに息子が立っていました。 「どうしたの?」と切り出すと、「こっちこそどうしたのって、聞きたいよ」という答え。 「遅くなっちゃった」と答えながら靴を脱いでいると、「泣いてるの?ママ」と気付かれたようです。 なるべく顔を見せないように「何で泣かなきゃなんないのよ。ちょっと飲みすぎただけ」と白を切り、自分の部屋に向かいました。 「シャワーを浴びるわよ」と姿の見えない息子に言って浴室に入り、首筋にシャワーを浴びていると、つい先ほどのことが蘇り、不用意にホテルまでついて行った自分が情けなくて、また涙が流れてきました。 それでも、一線を越えることなく済んだので、涙ごと嫌な思いを洗い流した事にして、気分を切り替えて浴室を出ました。 そこで、うっかりして下着の着替えもパジャマも持って来なかったことに気付きました。 やはり、動揺していたようです。 汚れたものを身に着けられるわけもなく、バスタオルを身体に巻きつけ寝室に向かいました。 寝室でその姿のまま、新しいタオルで濡れた髪の毛を拭いていると、ふと人影を感じて振り返るや否や「何があったの?目が腫れてるじゃん」の声。 そこに息子がいたのです。 部屋に入ってきたことすら気付かなかったので、驚いてしまいました。 「急に現れて、びっくりするじゃない」と言いながら、バスタオルの端を差し込んで巻きつきを止めている左脇を、無意識の内に押さえていました。 扉近くに立ったままの息子は、私に何があって泣いたのかが知りたいようで、さかんにそのことを聞いてきます。 「パソコン教室で何かあった?」「まさか、いじめ?」「パパのこと?」。 「泣いてないって」そう答えると、再度髪の毛を拭き始めました。 その後、「洗濯機に入れておいて」と髪の毛を拭いて湿ったタオルを息子に放り投げ、背中を向けると「着替えるから」と、部屋から出るように仕向けました。 息子は受け取ったバスタオルを手に、「あっ・・・そう・・・」と、何か言いたそうな感じで動こうとしません。 「きっと涙が出るくらい笑い過ぎたからじゃない」と口にすると、逆に息子は近づいて来て真後ろに立ち、裸の肩を両手で包み込むように抱くと、「何かあったら、必ず僕に言って。ママが困ったら僕が何とかしてあげる」と言うのです。 背中越しに感じるのは、まるで頼もしいナイトのようです。 続けて、右手が肩から離れ首の前を交差して左肩に、顔を右肩に乗せるような仕種の後、「僕は本当にママが大好きなんだ」と言われました。 どこかで同じことを聞いた気が・・・、そんなことを思っていた数秒後、『ママとセックスがしたい』と言われた記憶が甦ってきたのです。 条件反射的に身体がこわばり、その反応が間違いなく息子に伝わりました。 すると、右肩にあった息子の顔が上がった瞬間、左のバスタオルを掴んだ右手が動き、私を巻いていた唯一の布はあっという間に取り除かれ、一糸まとわない全裸となってしまったのです。 さらにバスタオルが床に落ちると同時に、左肩を抱かれるようにクルッと身体を回され、全裸のまま息子に正対させられたのです。 抵抗しようにも両肘を掴まれ、そのまま押される格好で後ずさりし、ベッドに足を取られるように倒れこみました。 その上に息子が覆いかぶさってきたのです。 「お願い、離して」と、間違いなく大きな声をあげました。 ただ、息子は乱暴をするわけでもなく、私の両手をつかんで身体を重ねているだけで、私の顔の左横に顔をうずめたままなのです。 「手を離して」と、左側の顔の方に口を向けて、再度大きな声を出しました。 それでも、息子は黙ったままでした。 しばらくして「ママ?」と、顔をうずめたままで話し始めたのです。 「これまで練習みたいだったけど、ちゃんとセックスしたい」「ママだって、嫌だったら見せてくれたり、触らせてくれたり、入れさせてくれたりしないでしょ」「僕はほんとにママが好きなんだ」。 掛け布団に顔をうずめたままなので、話し方もぼそぼそとしていましたが、しかし、私の耳もとだったのでしっかりと聞こえました。 確かに、『見せてくれたり、触らせてくれたり、入れさせてくれたり』をしてしまったのです。 掴まれている両手を振りほどこうとしていた力が、抜けていました。 私の抵抗がなくなると、息子の手が私の腕を伝わり胸に辿り着き、乳房を揉み始めました。 これまで、お風呂に一緒に入った時を除くと、全てを脱ぐことはもちろんのこと、上半身を脱いだことはなく、このような状況で息子に胸を触られるのは初めてで、へんな言い方ですが新鮮に感じてしまいました。 そのうちに息子の顔が肩から胸に移動し、乳首を舐められ、徐々に快感が背筋から全身に伝わろうとしています。 突然、乳首から離れた息子の顔が私の目の前に現れました。 「ママ、大好きだよ」と言うと、唇にキスをしてきました。 そのままキスを受け入れると、しっかり舌を入れて来るのです。 驚くというより慌てた、と言うのが正しいかもしれません。舌を絡めてしまいました。 この後は、もう母親ではありません。 キスからまた胸に息子の口は移り、揉まれながら乳首を舌で撫でられ、徐々に手は下の方に動いて、きつく閉ざしたはずの両足だったのですが、足の付け根からひだを指でなぞられ、濡れ始めたひだの奥にその指が着く頃には、私の両足の力は抜けていました。 それにあわせて、押さえ切れなくなって声を出してしまい、相手が息子であることを忘れてしまっています。

思春期の息子(5)
それにあわせて、押さえ切れなくなって声を出してしまい、相手が息子であることを忘れてしまっています。 そして、胸から離れた口がおなかを通って下腹部に滑って行くようになって、息子がしようとしていることに気付きましたが、弱々しく「いやっ」というのが精一杯で、これまでの様に大きく足を広げられると、たぶんたっぷりと濡れているであろう厭らしい箇所で舌が動き始めました。 まさか、息子にクンニをされるとは・・・。 しかし、快感は十分に私を乱れさせていました。 いつの間にか着ていた服を脱いだ息子が体を起こし、私に体を重ねてきました。 ダメッ、と心の中で叫んではいるものの、もう声にはなりません。 そのうち、息子の大きく硬くなったペニスが股間を何度か突いてきます。 入れる場所がわからない?と思った矢先、快感と一緒にペニスが私の体の中に入ってきたのでした。 すぐに息子は、腰を激しく動かし始めました。 ただ、挿入されてからもそれまでと同じように感じていたかというと、なんとも言えません。 息子の動きに合わせて、「イヤッ」と言っていたような、あるいは心の中で言っていたような、あやふやな記憶しかないのです。 はっきりと残っている記憶は、腰を動かし始めてすぐに「うっ」という呻き声とともに、私の中に射精されたことでした。 「えっ、出ちゃったの?」とすぐ聞いたことを覚えています。 ところが、体を重ねた状態でいったん動きを止めた息子は、一度射精したのにもかかわらず大きさと硬さを持続させて、まだ私の身体の中にペニスを入れたままでいました。 そして、わずかの小休止の後に、また腰を動かし始めるのです。 こんな状況で続けてセックスをした経験はありません。 さらに、一度射精したためか行為の時間も長くなったこともあり、2回目の息子に強烈に感じてしまい、いってしまった後に気付いたのですが、両足をしっかりと息子の体に絡めていました。 ただ最悪なのが、二度目も私の中に出されてしまったことです。 まだ子供、という言葉が似合う中学生だから若いのは当然で、回復力もあるのでしょうが、どれだけの精液が私の中に出たのでしょうか。 私はぐったりとして動けなくなってしまい、息子のペニスが抜けた後から、精液が流れ出てくるのを感じてはいましたが、拭き取ることすらできませんでした。 私は息子に背を向けて、両足を閉じて流れ出る液体がベッドに落ちるのを防ごうとしました。 すると、そんな私に対し、腰というかお尻を持ち上げて身体を起こそうとする息子がいて、「何?」と聞いても「ダメ、今動きたくない」と言っても返事がありません。 身体に気だるさが残るなか、されるままにしていると、うつ伏せでお尻を突き出している状態になってしまいました。 えっ?まさか、と思う間もなく、またも硬くなったペニスで股間を突いてくるのです。 3回目?と、心の中で叫びました。 ただ、バックでやるのは勝手が違うようで、さらに私は足を閉じていたので、挿入する箇所がわからないのか見当違いの場所を突いて来ます。 アナルセックスはしたこともないし、しようとも思いません。 そこで、私の手でペニスを導いて挿入させたのでした。 今思うと、なんてことをしたと言われそうですが・・・。 息子はバックということが刺激的だったのか、子宮を突くかのように奥深くまで感じる速く激しい腰の動きで、3回目というのに一番過激だった気がします。 結局、私はその時もいってしまい、またまた身体の中に出されてしまいました。 その後、つながっていた身体を離し二人同時にベッドに倒れこみました。 しばらく横になったままでいましたが、ももを伝わり落ちてくる液体に気付き、シャワーを浴びるためにベッドから立ち上がりました。 激しい行為を続けたせいなのでしょうか、身体がふらついています。 「大丈夫?」という声と一緒に、息子が手を差し出してくれました。 その息子に連れられ、二人とも全裸で寝室を出て浴室に向かいました。 私がシャワーを浴びようとすると、息子がシャワーヘッドを持って身体にかけてくれます。 背中から胸にシャワーが移動したので横に目をやると、私の身体に視線をやった息子が一心にシャワーをかけているのです。 どうやら、見られているという感覚が私になくなったようです。 シャワーのあたる場所が、胸からおなか、そして下腹部へと行くと、突然息子はしゃがみこみ、ペニスを受け入れた股間にシャワーを集中させました。 そこからはかなりの精液が流れ出ているはずです。 その箇所を念入りに洗い流そうとする息子の手が、私の快感を再び呼び起こしてしまいました。 しばらくして、私が漏らす吐息でそれに気がついた息子は、背後に回ると4回目の挿入をバックで行ったのです。 私はバスルームの壁の手すりを両手でつかみ、身体を支えるのが精一杯で、しかしそれでも快感に悶えてしまうのです。 驚くことに、4回目も息子は射精しました。同じように私の身体の中に・・・。 翌日の5月1日は、息子も私もしっかり寝坊してしまい、息子が学校に飛び出た後も私は眠り込んでしまいました。 昼過ぎにようやく起き上がり、多少お酒が残っている頭で、思い出したくない昨日のことを振り返りました。 そこで不安が大きく広がったのが妊娠でした。 最近ではほとんど生理について無頓着になっていて、夫は必ずコンドームを付けてくれるし、自分の危険日がいつなのかがわからない状態です。 ましてや、昨日は4回の行為すべてにおいて、身体の中に出されてしまったのです。 子供がなかなかできなかったとはいえ、その原因が私なのか夫なのかがわかりません。 考えれば考えるほど不安が広がっていきます。 ただ、昨日の今日で妊娠がわかるはずもありません。 そのことを深刻に考えることをやめよう、と気持ちを切り替えました。 ところが今度は、息子と今後どう付き合っていったらいいのかを考えると、また別な不安が広がってきました。 それも考えたからといって、今ここで答えが出るはずもなく、気付くと時間は夕方になってしまいました。 そこで、気を紛らわせようと買い物に出ると、今度は目にした、走っている車からカルチャー・センターのオーナーのことを思い出したのです。 しかし、これについて答えはすぐに出せました。 パソコン教室をやめよう、と決めたのです。 すると、何も解決できないことばかりだったのが、ひとつでも解決できて、気分的に少しだけすっきりしたのでした。 買い物を終え、自宅に戻るとすでに息子は帰っていました。 食事の時は、何もなかったように時間は過ぎていきました。 傍目で見ても、昨夜抱き合った親子とは誰も思わないはずです。 その二人の間に別の空気が流れたのは、息子の一言からでした。 「ママ、一緒にシャワー浴びない?今日も、ママとセックスがしたい」。 私は自分の耳を疑いました。 そして、一線を越えてしまった怖さがもたげて来ました。 「なに馬鹿なことを言ってるの!」、そう言う私は真剣でした。「昨日のことは忘れなさい。それに、昨日までのことも」。 いつの間にか涙が流れてきました。 「ママも喜んでた、と思ってたよ」と息子は言うと、自分の部屋に戻って行きました。 30日は様々なことが起きて、忌まわしい意味で忘れられない一日でした。でも、 私の息子に対する接し方は距離を置くようになり、息子も私の態度に合わせるかのように見えない壁を作り始め、二人の間の会話は少なくなっていきました。 中学2年になって息子は部活のレギュラーになったこともあり、早朝と放課後遅くまでの練習が続きます。 携帯のメールで、『夕飯いらない。食べて帰る』というぶっきら棒な連絡を何度も受け、一人で夕食を取る日が増えましたが、かえってホッとしていました。 海外赴任になって3回目の夏の休暇で帰ってきた夫も、あまりに素っ気無い息子を訝しがっていました。 しかし、夫は部活での様子が気になってきたようで、息子の試合を見に行こうか、という提案もありましたが、二人だけで過ごす時間が欲しい、という甘えた素振りの言い訳で断り、結局夫は私のそばに居ることを選んだのでした。 その夫の気遣いが痛いほどわかるのに、夫に話せない息子との出来事が心に引っかかり、夫に抱かれるたびに不安が膨れてくるのでした。 夫が赴任先に戻り、息子の夏休みも残り少なくなったある日、私の出かける予定に合わせるように、友達とプールに行くと言う息子が、やたらと何時に戻るのかを聞いてきます。 またもや息子の思いを悪いように考えて、遅い時間を伝えました。 そして、伝えた時間よりかなり早く帰ってみると、玄関に女性用らしきスニーカーがあるのです。 息子の名前を呼びながら「誰か来ているの?」と部屋のドアを開けたところ、ベッドでシーツを肩まで引き上げている息子がいました。 そのシーツからは、よく陽に焼けた細いふくらはぎと、水着の跡が白く残った丸いお尻がはみ出ています。驚きと同時に、思わず『頭隠して尻隠さず』ということわざが頭に浮かび、可笑しくなってしまいました。 「ちゃんと服を着て、二人でリビングに来なさい。早くいらっしゃいよ」、そう声をかけるとドアを閉めました。 自分としては、冷静な振る舞いを見せたつもりでしたが、実際は心臓がドキドキしていました。 それはたぶん、息子が女の子とベッドに裸でいたからではなく、つい3ヵ月前に息子と抱き合っていたのは自分だったから、かも知れません。 しばらくして、二人はリビングに現れました。 女の子の方は、息子の陰に隠れるように入ってきて、息子の歩みが止まるとその隣に並びました。 「ずいぶん早い帰りじゃん」。息子は殊更無愛想に言います。 私はそんな息子より、隣の女の子に視線が留まって動きません。 よく陽に焼けていて健康的な感じがします。 色が抜けたデニムをかなり短く切ったパンツに、もしかして、息子のものかも知れないオーバーサイズの真っ白いTシャツ。 パンツから伸びた足は長く締まっていて、背丈もあるようです。 「立ったままじゃなく、座りなさいよ」と息子のほうに顔を向けて言い、ソファを示しました。

思春期の息子(6)
 「立ったままじゃなく、座りなさいよ」と息子のほうに顔を向けて言い、ソファを示しました。 その前のテーブルには、アイスコーヒーが入った二つのグラスが並んでいます。 私の前に座った二人はすぐに飲み物に手を伸ばしました。 あらためて女の子に目をやって気付いたのは、間違いなく年上のようです。 整った顔付きで、短めの髪が活発そうに見せています。 「初めまして、が、こんな風になってしまって、すみません」突然、その女の子が話し始めました。 彼女は大学1年生で、息子の中学校の卒業生、中学在学中は女子バスケット部で、高校に入ってからは高校のバスケ部にいながらコーチの代理で中学生の後輩を教えていた、息子と付き合い始めたのはこの夏から、等々のことを聞かされました。 つまり、息子の4歳上。よく見ると、クリッとした目のかわいい顔をしています。 「お母さんにこんなこと言うのは変ですけど、最後まではしてません」。正面を切ってきっぱりと言われると、やましい事はしていません、と言われているみたいで、私の考えって古いのかな、とも思ってしまいます。 とりあえず、親として今日のような関係は望まない、今後付き合いを続けていく場合は節度を持って、を伝え、帰ってもらいました。 息子は彼女を送ると言って出て行き、ひとり残され、テーブルの上の飲み残したグラスを見ていたら、なんだか息子を取られたような気がしてきて、再度息子を抱きしめて取り返したい衝動に駆られました。 しかし、それを戒めるように自分の情けなさも感じていて、『今日のような関係は望まない』と言いながら、自分は息子と関係を持ってしまったのです。 勝手で矛盾した話です。 そんな思いでいる中、息子は帰って来ました。 気まずいのか、真っ直ぐ自分の部屋に入ったままです。 夕飯の準備を始めましたが、あまりに音がしないので覗きに行くと、部屋は十分に暗くなっているのに明かりもつけずに、ベッドを背に床に座り込んでいました。 別にきつく叱った訳でもないのに、何をしょげているのか、ぼんやりと見えるその姿が無性に可愛く思えてきます。 そこで、何か話をしようと思い、息子の隣に座りました。 「今身長は何センチ?」 「177」 「クラスでも高い方でしょ?」 「上から5番。バレー部、剣道部、バスケ部、野球部、そして僕」 「そうなんだ。今日の彼女もけっこう高いんじゃない?」 「女で170だもん、でかいよ」 「思ったより高いのね。二人並んでたら、そんなに高く見えなかった」 「大学でも大きい方だってサ」 「中学生で大学生が彼女だなんて、ませてるわよ」 「彼女じゃないよ。アイツ、男だったら誰でもいいんだ」 こんな風な会話だった気がしますが、最後の言葉が中学生の息子の口から出たとは思えなくて、暗がりに慣れた目で息子の顔を覗き込みましたが、その表情は読みきれません。 すると、覗き込んだ私の方を向きながら、「僕が一番好きなのは、ママだけ」と、これまでも何度か耳にした言葉。 「そんなこと、もう言わないの」と答えながら、大学生の彼女より自分が選ばれたという、母親らしくない感情を覚えてしまいました。 その気持ちを見透かされたのでしょうか、息子の顔が目の前に近づくと、あっという間にキスをされてしまったのです。 そのキスが、息子を3ヵ月前に呼び戻してしまいました。 唇が離れた時、すでに息子の両腕で抱きすくめられていました。 「いけないと言われたけど、やっぱりママがいい。他の女の人じゃ嫌だ」。 この時の『他の女の人じゃ嫌だ』という息子の言葉が、記憶の底に心地よく刻まれました。 その言葉のせいでしょうか、それからのことは、態度ではっきりと拒否したかどうかはあやふやで、むしろ抱きすくめられたまま息子を抱き返してしまったのかもしれません。 真っ暗な部屋の硬いフローリングの上で、またもや抱き合って舌を絡めるキスをしてしまいました。 突然、「さっきはいきなりズボンとパンツを下ろされて、口でやられた」と、キスから唇を離した息子が話し始めました。 意味が解らない、といった表情を見せると、息子は「フェラチオ」と早口で言い、続けて「ママには僕がやってあげた」。暗がりでなければ、赤くなった顔を見られたことでしょう。「僕はママとしかキスはしない、そう決めてる」、そう言う息子を私はしっかり抱きしめていました。 フローリングの上で抱き合ったまま、私は着ている服すべて、といってもTシャツ、デニム、ブラにパンティ、それらをすっかり脱がされていました。 私を全裸にしてすぐ息子もすべての服を脱ぎ去り、私の身体に抱きつこうとします。 その時、先ほどの会話が私の意識に残っていて、無意識にある行動に走ってしまいました。 私は覆い被さろうとする息子をさえぎり、いきり立っているペニスを両手で掴むと口に含んだのです。 夫のモノを口に含んだのは、何時かも思い出せないほど昔のことでしたので、初めはぎこちなかったかもしれません。 それでもすぐに、私の口や舌はすぐに反応し始めました。 表情はわからないものの、突然だったので息子は驚いたに違いありません。 その内に、息子の吐く息が深くなり、私の頭や髪の毛を触っていた手の動きが激しくなってきました。 突然、ペニスが喉奥深く突くかのように腰が動いた後、口の中に生暖かい液体が飛び出てきました。 そして、私の頭上で息子の「ウッ」という声と一緒に何度か口の中のペニスが小刻みに動き、その動きが止むのを待ってペニスを手と口から離しました。 感覚的にですが、かなりの量が口の中に出された気がします。 暗い部屋に息子を残し洗面所で口をゆすいでいると、すぐに息子が入ってくる音がしました。 顔を上げると、目の前の鏡には裸のふたりが映っています。 息子は背後から私の腰に腕をまわし、背中に頬を乗せました。 口をゆすぎ終わって再び顔をあげると、それを待っていたかのように背中から顔を離し、腰に回していた右手を私の中心部に伸ばし、探し出すようにひだの中をなぞってクリトリスに辿り着くと、その指先をゆっくりと撫で回し始めるのです。 少しの間があって、私が感じてきたのがわかるのか、今しがた射精したばかりなのにすでに大きくなったペニスが、私の内股に分け入って来ました。 そしてついに、息子は私の腰を持ち上げ、ペニスを挿入しようと試み始めました。 その動きを邪魔するように腰を動かすのですが、私の身体は私の意思とは裏腹に、受け入れる準備には十分なのです。 結果的には、ただ単に焦らしただけでした。 ついに、二人とも一言も言葉を発しないまま、息子のペニスは私の中に入って来ました。 そこで漏らした私の声が合図となり、私の声と息子の荒い息遣いだけが狭い洗面所で響き始めたのです。 この時も私はいってしまい、その時身体に触れた洗面台のひんやりした感触が、火照った身体に気持ちよかったのを妙にはっきりと覚えています。 しかし、また身体の中に出されてしまいました。 この日を境にして徐々にですが、息子とのぎくしゃくした関係は和らぎましたが、それと反比例するように、身体への接触が過激になってきて、それまでなかった息子の行動、例えば胸を触ってくる、スカートの中に手を入れてくる、その入れた手がさらに下着の中にまで入ってくる、あるいはペニスをこれ見よがしに隠しもせず、私の反応を楽しむかのように室内を歩き回る、といったことが頻繁に行われるようになったのです。 いくら鈍い私でも、母と子という関係が危うくなってきたのを感じ取りました。 それまではあまり身に着けなかったガーターやボディスーツを、家にいるときにも着るようになったのです。 そんな日々のある日、生理が遅れていることに気付きました。 初めは、遅れている気がする、そんな程度だったのですが、10月の声を聞いて改めて計算してみると、見事に生理が止まっているのです。 考えられるのは、夏休みも終わり間際の洗面所でのセックスです。 関係を持った時はすべて身体の中に出されて、避妊についてなにも施していないので、妊娠していてもおかしくはありません。 すぐに、妊娠しているかどうかを判定する薬を購入しました。 ところが、結果が怖くて、その判定薬を使うのをためらってしまうのです。 息子に相談、いや、話すこともできず、精神的にかなり参ってしまいました。 そんな状態で無為に10月も過ぎてしまいそうになり、ついに日曜日に決断し、判定薬を使ったのです。 その結果は、妊娠していない、でした。皮肉なもので、その翌日、不順だった生理が始まりました。 妊娠していないことがわかり、本当にホッとしました。 いつも生理中は憂鬱になるのに、その時だけは妙に浮かれた気分でした。 ただ、2~3日経って不意に「避妊」しなきゃ、と思って塞ぎ込んだり、また何日か経つと正しいのは「セックスをしない」ことなんだ、と思い立ち毅然とした態度で息子と接しようと虚勢を張ったり、何でこんなことになってしまったのかを思い病んだり、情緒不安定の期間がしばらく続いた気がします。 そんな状態の中で、あの30日をありありと思い出させるような、忘れられない、しかし忘れ去りたい出来事が、再び起きてしまいました。 11月も末になった土曜日の午後、本を買いに寄った書店のショーウィンドー越しに見えたのは、なんと息子と例の女子大生の中睦まじく歩いている姿でした。 受け取った本を落としそうになるほどの驚きです。 あの夏の日以来、息子の口から彼女のことは一言も出なかったのですから。 私が帰宅しても、やはり息子は帰っていませんでした。 ただでさえ、部活動も一段落し近づく年末の喧騒に浮かれそうな週末です。 案の定、日が暮れてから届いたメールは「夕飯はいらない」。家に帰って来た時は、9時を過ぎていました。 帰ってくるまで、女子大生と歩いていたことを言おうか言うまいか考えていたのに、息子の姿を見たとたん、口を突いたのは「今日一緒に歩いていたでしょ。まだ付き合っていたの!」。それまでいろいろと、どういった言葉で切り出そうかと考えていた時間が、無駄になってしまいました。 その時の私の言い方は詰問口調になっていたようです。

思春期の息子(7)
その時の私の言い方は詰問口調になっていたようです。 乱暴な口調で「付き合ってなんかいねぇよ」と言う反抗的な返事が息子からありました。 しかし、嫌々ながらも渋る様子もさほどなく、これまでの経緯を話し出しました。 来年の試合を頑張って、と言う呼び出しを受けて夕ご飯をご馳走になったのが今日。 そこでまた「まだ先輩後輩の立場でいよう」と言われたこと、あの日以降会ったのは2・3回位で、ハンバーガーを奢ってもらう程度の付き合い、ということでした。 息子の言うことすべてを信用したわけじゃないのですが、どこか安心した感情を覚えたのは事実です。 以前にも感じたことがある、母親らしくない感情が湧き出ていました。 すると、その心の動きを見透かされたのでしょうか、「ママ以外の女の人を好きになんかならないよ」と大人びたことを言った後に、「ねぇ、もしかして、嫉妬した?」と笑ったような目で続けるのです。 バカなことを言ってるんじゃない、ぐらいのことを言ってやり返してもよかったのでしょうが、見透かされたことが動揺につながって、顔を背けるくらいしかできませんでした。 その私の反応で増長したのか、「嫉妬したんでしょ」とうるさいくらいまとわりつきます。 「何度も言うけど、ママだけが好きなんだ」。そう言うと今度は、ソファに座った私の前に座り込み、私の膝の上に組んだ手を乗せ、さらにその上に顔を乗せて、笑ったような上目使いで私を見るのです。 なぜかその目を見返すことができなくて、目をそらしている私に息子は言葉を続けます。 「人には言えないけど、初めての人がママなんだもん」 「ママが大好きだって、ママもわかってるはず」 「ホントは毎日でもママとセックスしたい」 話の内容についてはおぼろげです。 言っている内容が徐々に過激になっていく息子の声を聞いているうちに、だんだん頭がボウッとしてしまう錯覚に陥りました。 そして、ついにその頭に衝撃が走る言葉が出たのです。 「ずっと我慢してるけど、僕がその気になったら、ママが嫌がってもやれる、絶対に」。 言っている意味の本音が見えてきて、『絶対に』の言葉が重くのしかかります。 膝の上の息子の目は、もう笑ってはいません。 体格や腕力では、すでに息子に敵うわけがないのは確かな事実です。 初めて息子に恐怖を感じました。 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと左腕が腰に巻きつき、抱きかかえられ、目の前には息子の大きな背中しか見えなくなり、そこで我に返り、何をやるの、とか、離しなさい、とか、ダメ、いや、様々な言葉を叫びました。 しかし、完全に手遅れでした。 息子は叫ぶ私にお構いなしで、スカートのボタンをはずし始め、それをさせまいと目の前の背中を力任せに叩き、足をばたつかせましたが全く怯みません。 叩くたびに低い音を出す大きな背中がさえぎって、自分の腰から先が何も見えないまま、スカートのボタンが外れる、ストッキングが破ける、といったことが感覚でもわかり、悪いことは重なり、こんなときに限ってガーターは外出から帰ったときに脱いでしまっていて、最後にはもがく様な抵抗もあえなく力ずくでお腹を押えられ、スカート、ストッキングとソックスも一緒に剥ぎ取られ、残ったたった1枚の下着も乱暴に脱がされてしまったのでした。 それでも足をばたつかせて、息子の広い背中の前で抵抗を続けるのですが、結局最後には左足を抱えるように押えられ、動きが取れなくなったとたん大きく持ち上げられ、すべてをさらけ出す格好となったのです。 そこで動きをいったん止めた息子は、私の身体を押さえ込んだまま振り返り、「ねっ、ママ」と言い放ったのでした。ここで感じた怖さは、子供にではなく男に対してのものでした。 再び私に背中を見せた息子は、左足だけを大きく跳ね上げるように抱えて、私が一番感じてしまう、そして息子にとっても一番の好奇の対象を、すでに勝手知ったといった風で触り始めました。 悲しい性で、感じ始めるまでに時間はかかりませんでした。 「もう濡れているよ」という声に、抵抗できる私ではありませんでした。 文字にしてあらためて、「30日の出来事」よりショックを感じています。 思い出しながらキーボードを叩いていると、身体が震えてきました。 気持ちのどこかで、この出来事を30日の陰にして、忘れようとしていたのかもしれません。 ただ、ふと、本当に必死に抵抗したのか、ということが頭をもたげてきました。 どこかで、息子の行動を軽く見ていたのか、あるいは潜在意識で望んでいたのか。 なぜか、強く否定できない私がいます。 このわだかまりのような気持ちを晴らすには、もう少し心の整理が必要です。 あまりにも生々しい告白に、ドキドキして興奮してしまいます(このような表現は失礼かもしれませんが) 淫らな女に変わってしまってから、私は快感の真っ只中に堕ちてしまいました。 最初が指でいかされ、次は身体を入れ替えた息子に両足を大きく広げられてクンニでいかされ、その後も、両足を広げられたまま指や口でクリトリスを刺激され、また、身体の中に入った指でも2度や3度ではすまないくらいに、何度もいかされました。 繰り返し湧き上がるエクスタシーによって、たぶん、息子から弄ばされることに無抵抗になってしまった気がします。 自分の身体がこんなに何度も何度も反応するとは、私自身も思ってもみませんでした。 息子が私の身体から離れた時、やっと足を下ろすことができましたが、自分の意思で身体を動かすことすら困難になっていました。 そんな状態の中、虚ろになった目で足のほうを見やると服を脱いでいる息子がいて、なんで服を?という疑問がすぐに、またも降りかかるかもしれない行為が恐れとなって頭をよぎり、両足を閉じようと動かしました。 しかし、それに気付いた息子が足の間に体を割り入れ、すべてを脱ぎ終わるやまた私の両足を広げ、それまでの快感でまだ十分に潤っていたのでしょうか、あっさりと私の身体の中にペニスを押し入れたのです。 もうそれは、微かな快感しか伴わない挿入でした。 次に息子が取った行動は、下半身がつながったままで何の反応もない私の身体を起こし、座ったまま抱き合った格好になると、上半身に着ていた服を脱がし始め、最後のブラをはずすと一緒に横になり、腰を動かし始めたのです。 あれだけ何度となく快感に浸って、もうそんな感覚には戻らないと思っていた私の身体が、またもや快感を感じ始め、それが先ほどよりもっと強く感じるようになり、はしたなく大きな声を出していました。 行為の終わりは、結局また身体の中への射精でした。 その後に力ない声で「もうやめて」と言うのが精一杯な私を、息子は裸のまま抱きかかえて、私の寝室まで運びベッドに横たえさせてくれました。 トイレに行かなくては、と思いつつも、ベッドに横たわったら身体をあまり動かしたくなくなり、ベッドを汚してしまう、と、ほんの少し感じる腿についた液体をぼんやりした頭で考えながら、さらには、息子に抱きかかえられてしまった、肌寒さに掛け布団をかけなきゃ、等とも思っていた気がします。 ところが、そんな私に息子はまたも襲いかかってきたのです。 「やめて」と叫び、手足を動かし拒んだものの、当然何の抵抗にもなりません。 振り上げた手は押えられ、蹴ろうと折り曲げた膝はそのまま押さえ込まれ、息子は体を押し付けるように私に乗りかかり、またもやペニスを挿入されてしまったのです。 両足は息子の腕と体で押し広げられ、両方の乳房は乱暴につかまれ、腰が動くたびに出し入れされるペニスがお腹の子宮に当たる気がして、快感なのか苦痛なのかがわからない入り混じった感覚の中、またも中に出されてしまう、という怖れも薄れてしまっていました。 そして、これが終わりではなく、再度の始まりだったのです。 弛緩し切って動くのもままならない私を息子は自在に扱い、セックス、というよりペニスの挿入と激しい動きを何度も何度も繰り返すのでした。 どこで覚えたのか、あるいは目にしたのか、私が知らない体位、いえ、もともと知っているセックスの体位がかなり少ない私にとっての知らない体位を、あれこれ試すように挿入を繰り返すのです。 もしかすると、そのたびごとに射精をしていたのかもしれません。 もはや、どんな体位で何回目なのかもわからず、その間はまるで犯されているとしか思えず、この悪夢から目を覚ましたい、それ以外に考えていませんでした。 本当の最後は、二人とも荒い息のままベッドに倒れこみ、耳元で息子が吐き出す息と音を感じながら、すぐに深い眠りについたのでした。 今、嫌悪する気持ちに堪えながら思い返してみて、その気持ちとは逆に、身体の反応は別だった気がしてなりません。 拒否の言葉を口にしていたとしても、身体は拒んではいなかった。そのように思えるのです。 次の日は朝早く目が覚め、掛け布団は身体の上にかけられていて、横では息子が寝息を立てて目を覚ます様子もありません。 息子を起こさないようにベッドから出ると、何も着ていないにもかかわらず肌寒い空気がむしろ心地よく感じました。 ただ、真っ先に気付いたのは、昨夜の出来事を認識したくない私に、それが本当に起こったことなのだと教えるかのような、内股に感じる精液が乾いたごわつきでした。 すぐさまシャワーを浴びました。 そして、昨晩のことを記憶から消そうと努力しました。 しかし、シャワーの後にリビングに入ると、私の服や下着が散乱しており、ストッキングにいたっては破れて部屋の端に投げ捨てられていて、忘れようとしている記憶が逆に鮮明に思い出される始末です。 何から手をつけたらいいのかわからないまま、冷蔵庫から出した緑茶に口をつけて初めて喉の渇きを感じ、今度はそのお茶を続けざまに飲んだせいか、バスタオルを巻きつけただけの身体が湯冷めで寒く感じ始めてきました。 渋る気持ちを奮い立たせ、着替えの衣服を取るためにためらいながら寝室に向かいました。

思春期の息子(8)
渋る気持ちを奮い立たせ、着替えの衣服を取るためにためらいながら寝室に向かいました。 やはり、すでに息子は起きていました。 暖房が入っていない部屋で、ベッドの上に裸で胡坐をかいて、いかにも今起きましたという顔をしています。 その時の私は、いったいどんな顔をして、どんな表情で息子を見ていたのでしょうか、自分でもわかりません。 息子は何かばつの悪そうな表情にも見えるし、ふてぶてしくも見えます。 二人の間には言葉にできない深い沈黙が漂っていました。 「お願いだから、もうやめて」。私が、これだけの言葉を口にするのに、どれだけの思いが頭の中を巡ったことか。 「お願い」、と再度口にした時です。突然電話からメロディが流れ、いいタイミングとばかりに近くにいた息子が受話器を取りました。 すると、「パパ?」と言う声。夫からの電話のようです。 手を伸ばして受話器を受け取ろうとすると、息子は背を向け夫との話を続けます。 そして、「来月15日に帰ってくるってさ」と言うと、受話器を私に渡し部屋から出て行きました。 まさか夫は、夫婦の寝室で裸の息子が電話に出たとも、私がバスタオル一枚だとも知らずに、明るい声で「やっと帰れる」と受話器の向こうで言っています。 ちゃんとした受け答えができないまま、夫はまだ仕事中だからと電話を切りました。 切れた受話器を持ったまま、理由がわからず私は泣いてしまいました。 その日の私は、ほとんどを寝室で過ごし、リビングはもちろんのことダイニングやキッチンにすら立ち入りませんでした。 食欲もなく1日を過ごし、外が暗くなった頃、寝室を出ました。 そこで、暗い廊下に出て、初めて息子が家にいないことに気づいたのです。 あんなことがあったのに、いないとなると気になってしまいます。 この後、どういう態度で息子と向き合ったらいいのかわからなくなっているのに、いつ出かけたのか、どこへ出かけたのか、意味もなく不安になってしまいました。 そんなところに、コンビニの袋をぶら下げて息子は、何事もなかったように帰って来たのです。 「お腹すかない?ママ」。顔を合わせてすぐに出た息子の言葉でした。「おにぎりや弁当を買ってきた」。 息子の態度がいつもと変わらず、私の困惑した思いを払拭しました。 それでも、はっきりさせておかなければいけないことがあります。 息子が買ってきた食事を二人で、これまでと同じように普通に取った後、母親として口を開きました。 「来月にはパパが戻ってくる。それが理由じゃないけど、昨日のようなことは最後にして。やってはいけないことだから」と。 たぶん、もっとたくさんの言葉を話した気がしますが、最後でもう終わりにして、ということを強調していました。 すると、思わぬ答えが返って来たのです。「最後にするから、ラブホテルに行ってみたい。そこで最後にするから」。 その答えに、私の思考は一瞬止まってしまい、言っている意味を理解するまでの時間がしばらくかかりました。最後にラブホテルって? 息子が言ったことの真意がわかってからは、うろたえてしまい、そんなことを聞けるわけない、昨日が最後、やっていけないことをやっている、これらを繰り返し言い続けていました。 しかし、「ママ、お願いだから」という息子に、返答をあやふやにしたのは私でした。 返答をあやふやのままにして、12月を迎えてしまいました。 月が替わってからは、夫が帰ってくる仕度、といっても送られて来る衣類の洗濯と整理や新しいベッドカバー等の買い物がほとんどで、衣類以外の送られて来た書籍や書類等は箱を積み重ねたまま。 そんな雑務に没頭していることで、息子からの「お願い」を忘れていたかったのだと思います。 そして、やっと夫の約2年5ヵ月の海外赴任が終了しました。 夫が戻ってきて迎えたお正月は、久しぶりにゆったりとした時間で過ごせました。 息子を入れた3人で、夫の不在中に何事もなかったように、赴任する前の親子に戻れた気がします。息子の背は、かなり伸びていますが。 しかし、夫が会社に、息子は学校へと行くようになって、私の頭から「お願い」が消えかかろうとしていた1月末、今思うと当然に、でも、その時は突然に、そのお願いが再び息子の口から出たのです。 やはり息子は忘れていませんでした。 その日は、夫が新年会で帰宅が遅くなる、という金曜日でした。 夕食後の洗い物の時です。「ママ」と呼ぶ声があり、両手がふさがっているのですぐに振り向けないでいたところ、背後の息子から包み込まれるように抱きすくめられたのです。 その手はしっかりと、私の胸を服の上から押えるように触っています。 「ママ、忘れてないよね」。 肩越しの声だけで、息子の顔は見えません。 そんな息子に一瞬怖さを感じました。 やはり、前回の出来事が、わたしの心に何かを刷り込んだのでしょうか。 何度も何度も過ちを繰り返す母親は、最後にする、という言葉を信じて息子のお願いに応じてしまったのでした。 それは、翌日土曜日。 夫は会社の同僚と新年初のゴルフで、朝早く出かけました。 息子はそれを知った上でのことだったようです。 私は、ありえないとは思いましたが、万が一にも知っている人に会わないようにと、郊外のホテルをネットで探し、午前中の早い時間に家を出ました。 車内の息子はまるで遊びにでも行くような様子で、口数が自然と少なくなる私と違い、はしゃいでいた気がします。 ラブホテルに入ったのは、カルチャー・センターのオーナーの時を除くと、何年も前に夫と入った時以来で、自分で初めてやるキーの受取りや受取りと同時に行うカードでの精算に手間取ってしまい、他の人と重なってしまうのではないかという気の焦りがあって、余計慌てふためきました。 やっとの思いで部屋に入りホッとした後で、息子が最初にとった行動は、部屋の中を見て回ることで、私もつられて見て回りましたが、特にバスルームでは、その広さとバスタブの大きさに驚き、さらに、ベッドは円形で枕元には操作パネルがあって、ベッドが振動するボタンもあり、息子の表情が好奇に満ちて幼い子供のようでした。 しかし、それも束の間、「じゃあママ、約束だよ、僕の言う通りにして」と息子。 何を言ってるの?と話をあらためて聞くと、本当に最後になるのなら、と首を縦に振った後、「すべて僕の言う通りにして」にまで首を振ってしまったらしいのです。 すでにホテルの部屋の中。 正直怖いとも思いましたが、その時の私は開き直っていました。 「ママが嫌と言うことはしないで」と固く約束させ、息子に従うことにしました。 その最初の指示が「服を全部脱いで」。 やっぱり、と言う気持ちで脱ぎ始めましたが、息子はその私の様子を見るわけでもなく、操作パネルの脇にある小さいバスケットに入った白い紙の袋を手に取り、「何?これ」と言いながら中をのぞき込んでいます。 すると、「えっ!これって置いてるんだ」と言うので、私も並んで見てみるとそれはコンドームでした。 即座に頭に浮かんだのは、避妊でした。 少しためらいながら、「ねぇ、今日はこれをつけて」と、どんな反応を示すかわからないまま口に出してみると、あっさり「わかった」と言う返事。 紙袋から出した小さな袋をさらに破り、中から出したコンドームをしげしげと見ています。 初めて見たのかしら、と息子の顔を見ると、「ママ、全部脱いで」と私がたしなめられてしまいました。 最後の2枚、ブラとパンティだけとなり、動きを止めた私でしたが、ベッドで横たわり私をじっと見ている息子に無言の圧力を感じ、母親と女を区切っている一線を飛び越え全てを脱ぎ去りました。 息子はじっと私を見つめたままです。居間まで書いてきたことは、息子が中学2年生のときの出来事です。そして、今の息子は高校1年。時間の経過って早いものですね。小学生のときのちょっとした過ちが、ここで告白するようなことにつながってしまい、告白する出来事はまだ現在も続いているのですから。

告白(転載) 母の映像

近親相姦告白・体験
07 /10 2022
掲載サイト「禁断の体験 エッチな告白集_」は消滅。いくつかあるカテゴリーの内「母・義母」のみ紹介。

先日、実家に帰り物置を整理した時に段ボールを見つけた。開けてみると中にはバレーボールのユニフォームや写真などが入っていた。 母は昔、実業団に入っていたのでその時のものだとすぐに理解した。母がいたチームは有名な会社だったので、これは貴重だと思い実家の部屋で色々と見ていた。 段ボールの中にビデオテープが数本あり、再生して内容を調べる事にした。 すると、その中で衝撃的な内容のものが! 場所は小さな体育館のようなところ。多分、練習場所なんだろう。ユニフォームを着た女性がバレーボールの練習をしている。監督みたいな男性の声が響いている。やがて、試合形式みたいな感じになった。 しかし、これには驚いた。 まず最初にミスをした選手がいきなりジャージのズボンを脱いだのだ。脱いだ下にはブルマだったが…。カメラもそれに合わせ、ズームになった。 なんと、最初のミスをしたのは若き日の母だった。 罰ゲーム程度だったと思ったが過激になっていった。どうやらミスをするたびに脱いでいってるようだった。 最初はジャージのズボン、次はユニフォームのシャツ、次にTシャツ、最後はなんとブラジャー!完全に胸を出して試合をしている。 母はブラジャーの姿になっていた。もちろん、周りに男性の姿も映っている。 何人かは胸をあらわに試合をしていたが、その胸を出した選手がミスをした瞬間にタイムがかかった。 監督らしき人物の周りに選手が集まってきた。その人物はミスをした選手を怒鳴ると、「お願いします」と選手達から声があがった。 ミスをした選手の前に男性が立つと、その選手が座り込む。カメラのアングルが替わると!なんと、そこにはフェラのシーンが。周りでは他の選手も上半身を脱ぎはじめブルマ一枚になろうとしていた。 カメラはフェラを移していたので周りはあまり映らなかったが胸をあらわにした母が通過するのが見えた。一瞬だったが、母の姿にフェラより興奮してしまった。 フェラはある程度経過すると、今度はかわりがわるくわえる選手が代わっていった。 当然、母の番もやって来た。この映像はいつころだか分からないが母の顔はかなり幼く見えた。 その幼い顔の母が決して豊かとは言えない胸をあらわにして、男性のものをくわえている。 母は口にくわえ、片手で男性のを握り動かしている。表情は特別何もない。3分もしないうちに「次」と言われ口から離した。ここで母は笑顔になり、次の人に交換となった。 最初から5、6人目だろうか、突然フェラされている男性が自分でしごきだすと、その時くわえていた女性の口に白濁液を発射させた。 女性は口を閉じた後、それを飲んだようだった。そして「ありがとうございます。」と一言。 だが、監督らしき人物は「まだ半分もいってないじゃないか。おーい、ひらい。お前も注入してやれ」そういうと別の男性が現れフェラが再開された。流れは今までと同じでやはり口に出された女性は飲んだ後に「ありがとうございました」だった。 まだ数人残っていたようだったが、選手は上半身裸のまま練習に戻っていった。とカメラのアングルが横になる。 とそこには監督らしき人物が、あの最初にミスをした選手をはめていた映像だった。 女性はバックから入れられ、ブルマと下着は足元までさげられている。監督らしき人物はハメている女性の両手をつかんで腰を動かしていたが目線は練習の方をみているような感じだった。 二人の態勢は同じまま繰り返されている。 女性は小刻みに「あんあん」と声を出していた。カメラの影響はフェラの時と違い、あらゆるアングルに変化している。女性の表情は恍惚で口があいている。胸はうごきに連動しながらふるふるとしていた。結合部分になると女性のあそこは毛が無く、挿入している場所がはっきり見えた。 やがて男性の腰の動きが速くなり、そして結合された場所から抜くと女性のお尻に白濁液が発射された。 男性はそれを指ですくい女性の口へ。女性は下着とブルマをあげると男性に尻をポンと叩かれ戻っていった。映像はそこで終了した。 あまりのすごさにオナニーをしながら見てしまった。と同時に母のフェラや胸の映像にショックを受けながらも、ハメられたのが別人で少し安心した。 他の映像を見るまでは… もちろん他のテープも見てみた。 ラベルの貼ってあるのは試合や記録の普通のようでものだったがラベルが無いのは、先ほど同様な感じだった。 次に見たのは、母中心のダイジェストのようなものだった。 まず、先程より更に若くセーラー服姿の母が映った。カメラに自己紹介をしている。 その後、横にいる男性が「うちでキャプテンをしていました。アタッカーで…」と母の説明をしているようだったが「まだ経験は無いと思うのでよろしくお願いします。」と最後に一言。 次にカメラの方から「じゃあ今日練習を体験しながらみんなに紹介しよう。君のユニフォームだよ。着替えなさい」と。 母は「更衣室は」と尋ねたが横にいる男性は「ここで着替えなさい。〇〇(会社名)くらいになるとどこでも着替えられなくちゃ」と言った。 母は恥ずかしがっていたが、やがてスカートの中から緑のブルマを脱ぐと、受けとったオレンジ色のブルマをはきスカートを下ろした。 そして、セーラー服を脱ぎ、シャツになるとユニフォームを着た。次に場面が体育館に替わる。 体育館が映しだされ、母がチームの人に紹介されていた。 そこに男性が選手の一人に話しかけた。「来月から合流するから、よろしく頼むな。ちなみに経験がないらしい。かんつうしきを今やってあげてくれ」その話しを聞いた選手は母にシャワー室に行こうと誘い連れていった。 次の映像では母が戻ってくるところだった。 母がコートの中にひいてあるマットの方へ誘導された。そして男性が3人立っている方へ。一人の選手が母へ話しかける。 「学生のバレーボールと違ってお金を貰ってプレイするから、私らは体で答えなければならないの。今から教えるから、覚えてね」 そういうと、選手が分散し男性のもとへ。 男性のズボンが下ろされ、それぞれのチンポが現れた。母は驚いた表情だ。 選手は一人の男性につき、4、5人ついていた。やがて、宴が始まった。 一人が男性のチンポをゆっくりしごき始めた。男性は横になっていく。他の女性はユニフォームをまくり胸をあらわにすると男性に揉まれたり乳首を吸われたりしている。 選手の一人が母に「まずは手でしてごらん」と誘う。母はもちろん拒否している。が腕を掴まれると男性のチンポの方へ。 無理やりチンポを握らされ他の女性の手で押さえられながらしごかされていた。 そして、近くにいた選手に母のユニフォームをまくられた。胸が現れた母は必死に隠そうとするが、他の人が母に群がる。あらゆる場所から伸びた手が母の胸を揉み始めていた。 「じゃあ次はお口だね。まついさん、やってみせてあげて」そういうと、近くにいた選手が母がしごいていたチンポを口の中に入れた。「ほら、よく見てね。これは毎日するんだから早く覚えないと。」と母に見せながら説明していく。歯があたらないようにとか、舌を使うとか一通り説明をする。 すると「じゃあ、やってみようか」と声がかかる。母は首を横に振り嫌がっている。 しかし、口を強引に開けられると男性が動き母の口の中へ。 男性は頭をおさえ、腰を動かしている。母は涙目になっていたが、頭を抑えられている。 胸は乳首を中心に責められ、下半身はブルマの上から触られていた。 やがて母の口の中のチンポが別の男性のに替わる。 次の男性のチンポは意外と長かった。母の口では根元まで入らないようだ。 それでも男性は腰を動かし、やがて「かんつうしきだけど、どうする?」と男性が女性に話しかけた。 「とりあえず、最初だから飲んでもらおう。口でいいよ」 女性がいう。 男性は息遣いが激しくなる。 女性は母に「これから口の中に栄養だしてもらうんだから飲んでね。出しちゃ駄目だからね」そういうと、男性は「あああ~」と力が抜けるような声。 すかさず女性が「飲んで!」と母に言う。母はせきこんだが、口からは何も出なかったところを見ると、どうやら白濁液を飲んだようだ。 しかし、まだ終わりでは無い。 選手達は母を押さえると、ブルマを脱がし下着を脱がした。幼い時の母のオマンコが映しだされる。 また例の女性が母に話す。 「いよいよ、かんつうしきだよ。これからお世話になる人が沢山いるんだから今のうちに覚えようね」 そして男性と女性が母の前に。 「ここに入れてもらうんだからね。あと、練習の時は必ず後ろから。」 母の顔の前で挿入が行われた。母は先程のフェラの影響かぐったりしていた。やがて母は複数の選手に抱えられると、男性が後にまわる。と同時に前戯無しの挿入! 母の体が激しく反応した。男性は腰を動かす。先程見本となった男性は母の前にまわり、口の中へ。そして母の胸を楽しんでいた。 恐らく母の初体験だろうが、いきなり上下の口に同時挿入されていた。 やがて後ろの男性がオマンコから抜くと口に入れていた男性が後ろから挿入した。 前にまわった男性は母の口に入れた瞬間、体が反応している。 周りの選手から「のんで~」の声。最後の男性はかなり時間がかかった。後ろから母の胸をもんだり、背中を舐めたり楽しんでいる様子だった。だが、やはりオマンコから抜くと母の口に行き発射したようだった。と、映像がここで切り替わった。母のレ××紛いの映像にショックを受けながらも興奮はしていた。 ふと画面を見ると次の映像だった。 場所はどこかの部屋の中のようだ。ただ、映像ではすでに例のようなシーンが始まっていた。 母ともうひとりの女性がソファーに座っている。二人ともいつものようにユニフォームとブルマだ。すでに二人は両手でチンポを握り口の中にもチンポが。周りには沢山の男性がいるようだ。両手に握っているチンポは顔に向かっている。 この映像の時点で二人の顔には白濁液がべっとりとついている。 母な方は顎から白濁液が垂れていた。 男性達は口や手でイカセテもらっているらしく、発射すると交換しているようだ。 かなり発射されたのだろう。太ももの谷間には白濁液が貯まっていた。オレンジのユニフォームにも白濁液がかかっている。20分程、ひたすらテコキとフェラの映像だった。特に盛り上がる訳も無く、テープがそこで終了した。 2本目を見て汚されていく母を見て… 興奮していた。 他にもラベルが無いビデオがあるが、まだ見てはいない。ただ、段ボールの中にあるユニフォームを拡げてみた。このユニフォームを着た母は試合で勇気と感動を、それ以外では快楽を与えたと感じた。 ユニフォームは数着入っていたが、ビニールに入っていたブルマだけは染みのような後が見られ洗濯していないようだった。特に匂いはしなかったけれど… ブルマの内側にニックネームらしき「クンニちゃん」と書いてあった。笑えなかったが(ちなみに母の現役のニックネームはそれに近い…) 例のラベルの無いテープを再生しました。 場面はお風呂でした。当然、みんな全裸です。 かなり広いお風呂なので寮とかなのでしょうか?ワイワイとなごやかな雰囲気です。 カメラを向けられると、女性達は恥ずかしがる事も無くピースなどしています。中には立って両手でピースをしてる女性も。 と、ここで気になったのは、全員アソコの毛がありません。もちろんワレメがどうなっているか分かります。 ここで母の姿が映りました。母は別の女性に背中を流してもらっていました。カメラが近づくと手を振っています。画面は母の正面にまわり、胸は見れましたが下はうつりませんでした。 20分程でこのテープは終了しました。 確かに普通に考えたらすごい内容ですが、今まで見たテープに較べたらたいしたことないものでした。 しょうがないので、次のテープへ。 始まった場面はバスの中でした。ウェアを着ているところを見ると遠征の移動中でしょうか? カメラはバスの前の方から後部席の方へ移動します。 一番後ろの席につくとあの監督らしき人物が。「これ、録画始まってるの?」とカメラの人物らしき人が「はい、大丈夫です」と答えると、監督らしき人物が「始めるか」と言い右に座っていた選手の頭を自分の方に寄せました。 そして腰を動かすとチャックをはずし、ズボンと下着を下ろしたのです。 再び座席に腰をおろすと横の選手はその人物のを口の中へ。またもフェラが始まりました。 何事もないかのように黙々とフェラをしています。男性の方は選手の頭を手で押さえています。 画面に映らないので他の選手の様子は分かりませんが、音声は賑やかな感じです。 ブチュウブチュと口から出入りしている音がします。 「そろそろ準備だな」 男性が言うと選手はズボンを下げました。中からは例のオレンジ色のブルマが。男性はすかさずブルマの中に手を入れました。どうやらアソコを触っているようです。 フェラとクンニのシーンが交互に映ります。「じゃ、いれよか」男性が再び言います。 選手はチンポから口を離すと立ち上がりブルマを足首まで下ろしました。 ブルマの下に下着ははいていませんでした。そして勃起している男性のを自分の中へ。選手は男性の膝の上にカメラの方を向くように座りました。 そして男性が腰を動かし選手が上下に動きます。 それと同時に大きな喘ぎ声が。「あ~」「あん」などの声が続きます。 選手の顔は目を閉じて快楽の表情です。 しばらくして、カメラの方から「監督、胸を出した方が」男性が「ああ、そうか。ほな、上脱ぎ」と言うと選手はウェアの上を脱いでいきます。 ユニフォームが現れると男性はそれをまくりました。 中のブラも上げると胸がついに現れました。男性は後ろから胸を揉むようにして腰の動きを再開します。 動きが激しくなり選手の喘ぎも更に大きくなります。 やがて動きが止まるとビクンビクンとなりました。少ししてから選手が立ち上がります。 アソコがアップになると、ワレメから白濁液が。選手はそれを拭くそぶりも見せずブルマをあげ席に戻りました。 ここで場面がかわりました。 外の景色になり、バスから選手が降りてきます。みんなが降りると体育館の中へ。 中に入ると、別のチームが練習していました。 ユニフォームを見ると、聞いた事がある会社名でした。すると男性が近づいてきます。 男性は練習している選手を呼び集合させました。 そして「監督の〇〇です。ようこそ。明日からよろしくお願いします。」と挨拶。 こちら側の男性も挨拶をしました。 向こうの監督は選手に「じゃあスタッフの方を案内してやれ」というと、こちらの男性数名と体育館を後にしました。 こちらの監督は「えーと、今日は誰だ」と選手達にいうと3人の選手が前に出ました。 その中に母も入っていました。 監督は「本日はこのメンバーです。一応、他のメンバーもお世話しますので。あと、うちは撮影するんですがOKですか?」と言うと向こうの監督さんは「うちもしますよ」と回答。 こちらの監督は選手の一人に「じゃあ頼むな」というと体育館を出ていった。 次にカメラが切り替わると選手はウェアを脱ぎユニフォームとブルマになった。 先程、監督に言われた選手が他の選手に指示をする。 すると、みんなユニフォームをまくり胸をだす。「お願いします」と言うと、向こうの監督や男性達が選手達の前へ。胸を揉むもの、乳首を吸うなどの行動へ。 監督は「オマンコ出来るのは脱いじゃってて」そういうとさっき呼ばれた3人はユニフォームやブルマを脱ぎはじめた。 もちろん母もそのうちの一人だった。向こうも監督と男性達で3人。その意味は理解出来た。 やがて例の宴が。 一人の男性につき複数の選手がフェラやキス、マンズリが始まる。 体育館では女性の喘ぎが響いていた。そして母が映った時には正常位での挿入が始まっていた。毛の無いワレメに男性のチンポが出入りしている。 母は今までに聞いた事の無い喘ぎをしていたが、表情は笑顔でいた事に複雑な思いだった。 選ばれた3人はみな、ブルマの下には下着をつけていなかった。 挿入された3人は全て中だしだった。異様な事に中だしされた選手は白濁液を拭く事も無くブルマをあげた。 結構なシーンだったが場面がかなりカットされていたのが残念でした。 さらにテープは続いていました。 なにやら部屋の中です。そこには向こうのチームの選手が立っています。横にいる男性が説明を始めた。 「これは、うちで去年まで現役でしたが膝を痛めて今は接待係をしています。意外にこっちが向いていたみたいで今は毎日10人くらいしてるのかな?口は上手なので皆さんに満足してもらえますよ。あ、ちなみに〇〇(母のチーム名)さんは、こまめにクリーニングしてます?」 そういうとカメラの手前から声が「うちは毎日ですね」 すると先程説明した男性が 「この子のは、これを始めてから洗ってないんですよ。ほらあちこちに仕事の後が」 カメラが寄って行く。上下青のユニフォームに白い染みが無数にあった。 「おお」と声があがる。やがて画面に数人の男性が映るとフェラと手コキが始まった。 女性バイキングユニフォームやブルマを脱ぐそぶりは無い。カメラもたまにブルマのアップになるくらいだった。 次々と女性に白濁液がかけられていく。ユニフォームやブルマから垂れていく白濁液。それは、意外といやらしい光景だった。
    

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。