小説(転載) 弱者の妖光 2/6(未完)
官能小説
三
寝室とクロゼットの仕切りは、0.2ミリのレースのみである。
山田は膝を抱えて、口を手で覆っているが、そこ数秒の間で体内の水分が汗腺
から全て噴出してしまい、大粒の汗が次から次へと流れ落ちている。
予想していた最悪の事態が彼を襲い、気を狂わせた。
それは、寝室の照明が光光と灯され、七瀬が入室してきたからだ。
レースの向うに七瀬の姿が表れた。風呂上りで素っ裸である。
だが、山田には淫楽を愉しむ余裕など何処にも無かった。この時ばかりは自分
が犯した罪を呪った。
不法侵入。それも上司の部屋にである。
明くる日の紙面に、変態男逮捕と見出しに載り、手錠を掛けられた自分の姿が
写し出されている様子が頭を過った。
七瀬の体が反転して山田の正面に立った。一瞬、目と目が合った。
「か! 課長!! 違うんです。あの、これには、あの、訳があって、あの…」
心の中で必死に弁解をする山田であるが、七瀬はそんな山田の心境など知ら
ぬといった態度で、鏡台へ向かい髪を乾かし始めたのだった。
「はぁ、はぁ…どうしてだ? どうして課長は俺の姿に気付かなかったのだ?」
山田にはまだツキがあった。
幸いにも、レースの薄い壁が光を遮断してくれていたのだ。七瀬の目には白い
レースが映るだけでクロゼットの中は見えていないのである。
しかし、これで安全が確保された訳ではない、もし七瀬がレースを開けたら…
その時は、何の言い訳も立たない状況になるであろう。
後悔ばかりが山田の体を覆っている。
「何故、外へ逃げなかったのだろう…外へ出てさえいれば…いや、欲を出して
浸入したことが元々の間違いだった…」
弱気なままであれば、こんな非常事態を引き出す事はなかった。
やはり自分は、弱い生き方をしなければいけない人間なんだと改めて痛感して
いるのであった。
──クロゼットの中で30分が経過した。
七瀬は、髪を乾かした後、一旦部屋を出たが直ぐに帰ってきている。
手には、山田が捜し求めている書類の束があった。
椅子に座ると、くるっと回転をして山田の正面に体を向けたのだ。勿論、全裸
のままである。
再び、山田の前に七瀬の裸が目に映った。
姿を見られていないことに、心なしか余裕が浮かぶ山田は七瀬の身体を眺める
勇気が沸いていた。
「こ、これが…課長の裸なんだ、す、凄い、課長の身体って、こうなっていた
のか…」
背広姿と裸体を比べ、その違いを愉しむ山田である。いつしか下半身の肉棒
は、ズボンからはみ出しそうなくらい突き出し、反応していた。
いつも厳しい眼差しの職場と違い、目の前の七瀬課長は、一人の女の姿であ
る。毎日アップにしている髪を、肩までおろし寛いでいる姿は優しいお姉さん
を印象つけさせる。
そして書類の隙間から、ふくよかな胸が見え隠れし、その左右の中心部には丸
く、つんと突き出た乳房が照明の光に眩しく並んでいた。
肌も、綺麗に輝き、若さと違った熟年の張りがありそうだ。そして何と言っ
ても、脂ののった肉付きのよい身体は、山田を獣化させるには、充分な魅力を
放しているのである。
口では敵わなくても、体力では勝る筈だ…無防備な獲物は、弱者の山田を錯
覚させてしまっていたのだ。
四
隣の空間で、獣が潜んでいるとも知らない七瀬は、書類を一枚一枚読みつづ
けている。
山田の目が、まるで餓えた獣のように輝いた。
「相手は裸の女だ。今、飛び出し、襲った所で、全裸で外へ逃げるわけにはい
くまい…俺の前で、裸でいるあんたが悪いんだ…」
呪文を唱えるように、己に勇気と野望を叩き込む、餓えた男。
力が漲り、すくっと、立ち上がった。
その時。
「あら? おかしいわね。最後の一枚が無いわ…もお!! 金額の合計を出し
た肝心な一枚が無いじゃないの!! あのバカ!!」
ドンッ!! と、書類を机に投げ出す七瀬。
天を向いて反り立っていた山田の肉棒が、一瞬にして萎えた…
「し、しまった!! 書類の事を忘れていた!! 凄い剣幕だ…」
七瀬の裸を見る以上に、心臓が高鳴っている。目の前の七瀬は七瀬課長の顔
に変っていたからだ。
携帯を手にする七瀬。
「携帯?……ああっ!? まさか…俺に? た、た、た、大変だ!! 携帯は
ポケットの中だ、今、連絡されると、ここで着信音が鳴ってしまう!」
七瀬が携帯のボタンを押している。
山田はポケットから慌てて携帯を出した。震える手、いや、震えるのではな
く、揺れているといった方が適切かもしれない。
電源を切ろうとするが、動揺のあまり、携帯を持つ手が左右に揺れて切れない
のである。
七瀬が携帯を耳に当てた。
「最悪だ!! 最悪の事態だ!! ここに居る事が知れてしまう!!」
「…………? あのバカ! 電源を切ってるわ!!」
「た…助かったぁ…」
間一髪、間に合った。
全身の力が抜け、放心状態の山田。水をかぶったようにシャツはびっしょり
濡らして、おそらく体内に水分は残っておらず、口の中はカラカラになり、唇
は乾ききっていた。
──真っ暗な闇を駆け出した。
七瀬がトイレに入っている間に、書類一枚を鞄の中に詰め込み、山田は部屋
から抜け出したのだ。
「ごめんだ!! こんな体験は二度とごめんだ!!」
後悔しながら、己の罪を懺悔した。一歩間違えれば犯罪者になりかねないの
である。だが、一歩間違えなかった事が、女に餓えた男に火を灯してしまった
事を、彼はまだ知らない。
──結局、弱者。
山田は、途中で七瀬に連絡をいれた。勿論、無かった書類が有るのだという
証を教えるためにだ。
「山田君!! 最後の書類忘れてるわよ!!」
「そんなはず無いですよ。ちゃんと渡してますから、課長の探し方が悪いので
はないですか?…例えば、鞄の中とか」
自身満々の受け答えをする山田に、少し戸惑う七瀬。
無いはずはないのだ。今先、この手で鞄の中に届けたのだからね。受話器の向
う側で山田は勝ち誇っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ…それじゃもう一度、鞄を探してみるから…だけど
何度も見たのよね……ぶつぶつ……あっ!!」
受話器の向う側で、七瀬の驚く声に優越感を覚える山田。
「ほうら課長、あったでしょ? 迷惑だな、自分の失態をいちいち連絡されて
は…」
「バカッー!! これは社内旅行の案内状じゃないのよ!! こんなのつけて
どうする気なの! 本当にあんたはー!!」
「あ、あれ? いえ、そ、それは…お、おかしいな、間違ったかな、あの…」
「明日、憶えてらっしゃい!!」
弱者は、やはり弱者…。
(3)へつづく・・・
寝室とクロゼットの仕切りは、0.2ミリのレースのみである。
山田は膝を抱えて、口を手で覆っているが、そこ数秒の間で体内の水分が汗腺
から全て噴出してしまい、大粒の汗が次から次へと流れ落ちている。
予想していた最悪の事態が彼を襲い、気を狂わせた。
それは、寝室の照明が光光と灯され、七瀬が入室してきたからだ。
レースの向うに七瀬の姿が表れた。風呂上りで素っ裸である。
だが、山田には淫楽を愉しむ余裕など何処にも無かった。この時ばかりは自分
が犯した罪を呪った。
不法侵入。それも上司の部屋にである。
明くる日の紙面に、変態男逮捕と見出しに載り、手錠を掛けられた自分の姿が
写し出されている様子が頭を過った。
七瀬の体が反転して山田の正面に立った。一瞬、目と目が合った。
「か! 課長!! 違うんです。あの、これには、あの、訳があって、あの…」
心の中で必死に弁解をする山田であるが、七瀬はそんな山田の心境など知ら
ぬといった態度で、鏡台へ向かい髪を乾かし始めたのだった。
「はぁ、はぁ…どうしてだ? どうして課長は俺の姿に気付かなかったのだ?」
山田にはまだツキがあった。
幸いにも、レースの薄い壁が光を遮断してくれていたのだ。七瀬の目には白い
レースが映るだけでクロゼットの中は見えていないのである。
しかし、これで安全が確保された訳ではない、もし七瀬がレースを開けたら…
その時は、何の言い訳も立たない状況になるであろう。
後悔ばかりが山田の体を覆っている。
「何故、外へ逃げなかったのだろう…外へ出てさえいれば…いや、欲を出して
浸入したことが元々の間違いだった…」
弱気なままであれば、こんな非常事態を引き出す事はなかった。
やはり自分は、弱い生き方をしなければいけない人間なんだと改めて痛感して
いるのであった。
──クロゼットの中で30分が経過した。
七瀬は、髪を乾かした後、一旦部屋を出たが直ぐに帰ってきている。
手には、山田が捜し求めている書類の束があった。
椅子に座ると、くるっと回転をして山田の正面に体を向けたのだ。勿論、全裸
のままである。
再び、山田の前に七瀬の裸が目に映った。
姿を見られていないことに、心なしか余裕が浮かぶ山田は七瀬の身体を眺める
勇気が沸いていた。
「こ、これが…課長の裸なんだ、す、凄い、課長の身体って、こうなっていた
のか…」
背広姿と裸体を比べ、その違いを愉しむ山田である。いつしか下半身の肉棒
は、ズボンからはみ出しそうなくらい突き出し、反応していた。
いつも厳しい眼差しの職場と違い、目の前の七瀬課長は、一人の女の姿であ
る。毎日アップにしている髪を、肩までおろし寛いでいる姿は優しいお姉さん
を印象つけさせる。
そして書類の隙間から、ふくよかな胸が見え隠れし、その左右の中心部には丸
く、つんと突き出た乳房が照明の光に眩しく並んでいた。
肌も、綺麗に輝き、若さと違った熟年の張りがありそうだ。そして何と言っ
ても、脂ののった肉付きのよい身体は、山田を獣化させるには、充分な魅力を
放しているのである。
口では敵わなくても、体力では勝る筈だ…無防備な獲物は、弱者の山田を錯
覚させてしまっていたのだ。
四
隣の空間で、獣が潜んでいるとも知らない七瀬は、書類を一枚一枚読みつづ
けている。
山田の目が、まるで餓えた獣のように輝いた。
「相手は裸の女だ。今、飛び出し、襲った所で、全裸で外へ逃げるわけにはい
くまい…俺の前で、裸でいるあんたが悪いんだ…」
呪文を唱えるように、己に勇気と野望を叩き込む、餓えた男。
力が漲り、すくっと、立ち上がった。
その時。
「あら? おかしいわね。最後の一枚が無いわ…もお!! 金額の合計を出し
た肝心な一枚が無いじゃないの!! あのバカ!!」
ドンッ!! と、書類を机に投げ出す七瀬。
天を向いて反り立っていた山田の肉棒が、一瞬にして萎えた…
「し、しまった!! 書類の事を忘れていた!! 凄い剣幕だ…」
七瀬の裸を見る以上に、心臓が高鳴っている。目の前の七瀬は七瀬課長の顔
に変っていたからだ。
携帯を手にする七瀬。
「携帯?……ああっ!? まさか…俺に? た、た、た、大変だ!! 携帯は
ポケットの中だ、今、連絡されると、ここで着信音が鳴ってしまう!」
七瀬が携帯のボタンを押している。
山田はポケットから慌てて携帯を出した。震える手、いや、震えるのではな
く、揺れているといった方が適切かもしれない。
電源を切ろうとするが、動揺のあまり、携帯を持つ手が左右に揺れて切れない
のである。
七瀬が携帯を耳に当てた。
「最悪だ!! 最悪の事態だ!! ここに居る事が知れてしまう!!」
「…………? あのバカ! 電源を切ってるわ!!」
「た…助かったぁ…」
間一髪、間に合った。
全身の力が抜け、放心状態の山田。水をかぶったようにシャツはびっしょり
濡らして、おそらく体内に水分は残っておらず、口の中はカラカラになり、唇
は乾ききっていた。
──真っ暗な闇を駆け出した。
七瀬がトイレに入っている間に、書類一枚を鞄の中に詰め込み、山田は部屋
から抜け出したのだ。
「ごめんだ!! こんな体験は二度とごめんだ!!」
後悔しながら、己の罪を懺悔した。一歩間違えれば犯罪者になりかねないの
である。だが、一歩間違えなかった事が、女に餓えた男に火を灯してしまった
事を、彼はまだ知らない。
──結局、弱者。
山田は、途中で七瀬に連絡をいれた。勿論、無かった書類が有るのだという
証を教えるためにだ。
「山田君!! 最後の書類忘れてるわよ!!」
「そんなはず無いですよ。ちゃんと渡してますから、課長の探し方が悪いので
はないですか?…例えば、鞄の中とか」
自身満々の受け答えをする山田に、少し戸惑う七瀬。
無いはずはないのだ。今先、この手で鞄の中に届けたのだからね。受話器の向
う側で山田は勝ち誇っていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ…それじゃもう一度、鞄を探してみるから…だけど
何度も見たのよね……ぶつぶつ……あっ!!」
受話器の向う側で、七瀬の驚く声に優越感を覚える山田。
「ほうら課長、あったでしょ? 迷惑だな、自分の失態をいちいち連絡されて
は…」
「バカッー!! これは社内旅行の案内状じゃないのよ!! こんなのつけて
どうする気なの! 本当にあんたはー!!」
「あ、あれ? いえ、そ、それは…お、おかしいな、間違ったかな、あの…」
「明日、憶えてらっしゃい!!」
弱者は、やはり弱者…。
(3)へつづく・・・
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