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小説(転載) 弱者の妖光 6/6(未完)

官能小説
05 /16 2015


 二日後。

 七瀬は、会社に出社していた。 その表情はどことなく不安にかられ、怯え
ている様子であった。
そして、出社してくる社員に、昨日は何も無かったか、さりげなく聞いている
のである。

「何も有りませんでしたよ」

 その言葉に、ほっとする七瀬であった。
だが、気持ちが晴れたのもほんの束の間で、知らぬ間に、山田が出社している
姿を見るや、再び不安が彼女を包み始めるのであった。

──朝礼

「…ええっと、以上で福島出張の報告を終わります…」

 七瀬は、何事も無かったように嘘の出張報告を済ませた。顔では平素を保っ
ていたが、内心は山田の存在に苦しみ、怯え続けていた。
だが、当の山田は何時もと変わりなく、疑いの眼差しも見せないのである。そ
れが逆に、不気味に感じる七瀬であった。

「疑っていないのかしら…それとも忘れてる? それだったらいいのだけど」

 一日中七瀬は、その事で葛藤を繰り返えさなければいけなかった。
山田から、話しを持ち出してきたら幾通りかの案を考え出しているのだが、相
手が何の素振りを見せない以上、行き詰まる状態でいるのだ。

 「本当に、本当に何も感づいていないのかしら…でも、こんな不安な心境で
毎日を過さなければいけないなんて私には無理だわ。押えるべき所は押えてお
かないと、取り返しがつかない事になりかねないわ…はぁ…」

 と、思う七瀬は、山田に話しを持ちかける決心をしたのだった。
しかし、その行為は山田の思う壺なのである。話し掛けない事で七瀬を追い込
み、その重圧に負けた時、話を持ち出してくるだろうと彼は推測していたのだ。
それは、話を持ち出すことにより、七瀬は自らの罪を認めた事になる。

「あの、山田くん…今日、時間、あるかしら? 話しが…」

 七瀬が、山田を呼び止めたのは終了時間1時間前であった。

「今日は…残業がありますけど、それが終わってからなら」
「そ、そう。それなら終わってから食事でも…」
「ええ? 嫌だな…課長から食事を誘われるなんて、何か企みがありそうで…
んー、話しだけなら事務所でいいですよ。僕は」
「な、何言ってるのよ、企みなんてあるわけないでしょ。いいわよ、じゃ、仕
事が終わってからお願いするわ」

 賑わう店舗内での会話なら、上手く交わせると予測していた七瀬であったが
山田が一枚上手であった。
話合いなら、絶対、事務所内、そして二人だけで、と決めていた山田。気弱な
彼は、周りの雰囲気に流され、七瀬の話術にはまる恐れがあると自分自身を読
みきっていたのである。

 七瀬は、男と二人だけで室内にこもるのが不安であった。だが、その相手が
気弱な山田であれば多少、不安も和らぐのである。
しかし、その気の緩みが、山田の策略にはまる原因であると、彼女はまだ知ら
ない。




──事務所の時計がPM8:00を示していた。

 既に、二人を残して他の社員は退社している。
こつこつと、仕事を進める山田。その間も七瀬は、山田が何処まで知っている
のか不安にかられるのである。

 机の上で、両手を合わせた拳に額を当てると、目を閉じて何度も深い溜息を
つくのであった。

「くっくっ、いいぞいいぞ、悩んで悩み続けるんだ。そうやって精神的重荷を
背負っていけばいくだけ、俺の戦略にはまる確率は増えるんだ…」

 山田は、苦痛に耐える七瀬の姿を見て、興奮をおぼえた。
さて…そろそろいい頃合いだな。時計を見た山田は足音を忍ばせて、七瀬の机
の前に立った。

「課長…課長?」

 二言言葉しても気付かない七瀬。それだけ、悩みの深みから抜け出せていな
い証拠である。山田はニヤッと笑うと、もう一度言葉した。

「課長、終わりましたよ!」
「はっ! あっ、そ、そう…ごめんなさい、気が付かなかったわ…ふぅ」
「相当、お疲れのようですけど、大丈夫ですか? 何処となく頬も痩せている
ような…ふふっ」
「ええ、大丈夫よ、気にしないで…」

 何処となく、自分の苦境を知ったような山田の気遣いに、一瞬、背筋に悪寒
が走る七瀬。

 二人は、事務室内の一部を、高さ2メートルのガラスパーテーションで区切
られた応接へと場所を移した。テーブルをはさんでソファーへ座ると、暫く沈
黙が続いた。

 山田は、七瀬が口を開くまで待っていた、いや、どう切り出そうか迷ってい
る七瀬の悩ましい表情を愉しんでいる、と、言った方がよいかもしれない。

「あのね…山田くん、この前の事だけど…」
「この前? …ああ、あの湖で会った時の話しですね。それが何か?」

 山田は、七瀬を安心させる為に、何も気にしていない素振りを見せた。どこ
となく七瀬の表情が和らいだ。

「ええ、実はあの時、慌てていたもので説明出来なかったの…一日目の出張の
途中で、妹が緊急入院したと連絡があって、それで時間をみて見舞いに行って
いたのよ、その時に偶然貴方に会って…勿論、その後、直ぐに引き返して会議
には支障なく出席しているわ」
「それが、何か問題でも? 空き時間を利用して見舞いに行って、後日、支障
無く会議に出席した…それで、いいのではないですか?」

 意外であった。もう少し山田が疑問を問い掛けてくるものと考えていたのだ
が、あっさりと納得してくれたのだ。心配性な自分を呆れ、そして笑いさえも
浮かべて安堵する七瀬である。

「そ、そうね。私、何を気にしてたのかしら…くすっ、御免なさい。余計な時
間を取らせてしまって…私っておかしいわね」
「ふふっ、課長っておかしいですよ。本当におかしいですよ…三日目の会議が
キャンセルになっているのに、出席しているなんて…」

 山田は、口元を吊り上がせると、誇り高気にニヤついた。
 すっかり安心しきっている七瀬を、再びどん底へ陥れる悦びを肌で感じ取る
彼は、強張る七瀬の表情を愉しんだ。

「え? …何を言っているの」
「あれ? 課長は知らなかったのですか。三日目に出席予定の連中が新幹線の
故障で出席できなくなって延期になっているのを。それだけではないですよ、
一日目の出席名簿に課長の名前があるけど、出席したのは代行の社員だったよ
うですね…違いますか? 七瀬課長」

 さすがに動揺を隠せない七瀬。そして勝ち誇ったように笑う山田。二人の表
情は、明らかに天と地の差があるくらい違っているのである。

 ふてぶてしい態度をとる山田であるが、正直、内心は恐怖に怯えている一面
もある。
いつ、七瀬が怒鳴り出すのか心配になり、そして何よりも相手の背面には社長
の影がついているので、これを切っ掛けにクビになる可能性もあるのでは、と
七瀬以上の恐怖を味わっているのかもしれない。

 そう簡単に、性格は変れるものではないようだ…。


(7)へつづく・・・

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。