小説(転載) 妻のヌード 3/4
官能小説
小説『妻のヌード』
(3)
僕はリビングルームに一人取り残された。
今まで座っていたソファーがないので、床に直接あぐらをかいた。僕はほとんどストレートで飲んでいたが、ちっとも酔えなかった。
二階から、ソファーを固定しているのだろうか、コトコト、っと音がする。それに、複数の人間が部屋を歩き回る足音。
頭がカーッと熱くなった。
何故だ。何故、僕を入れないんだ。
由美子は今全裸だ。着ていたものはすべてシャワールームにあるはずだ。全裸にバスタオル一枚だけであの部屋に入ったのだ。そのバスタオルも、取り上げられて細川の首に巻きつけられている。
由美子が、由美子だけが全裸のまま、ソファーの上に横になって、それを細川だけでなく、柿崎や幸子さんが好奇の目で見ている。
まるで晒し者じゃないか・・・。
不思議だった。こんな時に限って、僕は由美子の日常のさりげない仕草を思い出していた。
さっきまで、あそこのキッチンにあんな風に立っていたっけ・・・。僕のこのグラスにこんな風に氷を入れてくれたっけ・・・。
僕の妄想の中で、由美子はまるでスライドショーのコマ送りみたいに服を着ていたり、全裸になったりしていた。
でも、何故か僕は全裸の由美子をハッキリとは想像できないでいた。由美子の身体の特徴を思い出せないでいた。あのたわわな乳房はどんな形をしていたっけ?由美子の秘部のヘアーはどんな形をしていたっけ?
皆んなの前で、僕だけをつまはじきにした皆んなの前で、由美子はその全裸の身体を隠すことなく晒しているに違いない。乳房の形も、秘部のヘアーの形も、僕以外の皆んなはハッキリと見ているんだ。
もう気が狂いそうだ。こんな焦れるような切ない思いはもうたくさんだ。
僕はフーッと、長い長いため息をついた。
由美子、ハッキリ判ったよ。僕の愛する由美子。どうか、僕から離れて行かないでおくれ。由美子の全裸の身体は、いや由美子は、本当は僕のものなんだ。誰が何と言おうと、絶対に僕一人のものなんだ。
僕はもう止めさせようと思った。こんなことはもうたくさんだ。これ以上このままでいたら気が狂いそうになる。夫の権限で、キッパリと止めさせよう。そのまま、皆んなと喧嘩になったってかまわない。皆んな帰してしまおう。由美子を僕の元に取り戻そう。
唇に運んでいた水割りのコップをテーブルに叩きつけるように置くと、僕は二階へと上がっていった。
そして、部屋の前まで来て、おもいっきりドアをノックした。いや、しようと思った時だった。
部屋の中から、由美子の声が聞こえたんだ。
「幸子さん、私、きれい?」
僕は、由美子のしんみりした声に、思わずノックする手をためらった。
「大丈夫。とってもきれいよ」
「お世辞じゃなくて?」
皆んなの笑う声がした。
「いきなりだったでしょう。何か、私の身体、ちゃんとしてるかなって、ずっと思ってたの。まさか細川さんには聞けないし・・・」
「そんなことないわ。というより、正直なところ圧倒されちゃったわ。女の人の身体って、こんなに美しいものなのね。かえって、私、服を着ているのが恥かしいくらいよ」
「そう?だったらいいけど・・・」
「ただ、由美子さん、ずいぶん大胆ね。私、由美子さんが、恥ずかしくって縮こまっちゃってるんじゃないかってずっと心配してたんだけど、でも安心したわ」
「そうかしら?でも不思議なのよ。今、私、ちっとも恥ずかしくない。ものすごく開放的な気分・・・」
「そう。これがありのままの本当の由美子さんなのさ。皆んな判ったろう?」細川の声が続く。
「そうなのよね。あらためて自己紹介するわ。これが由美子です。どうぞよろしく・・・」
お辞儀でもしたんだろう。皆んなの笑う声がした。
僕はドアをノック出来ないでいた。
由美子は今とっても幸せなんじないか。とってもきらめいているんじゃないか。それを僕の一存でぶち壊しにしていいのか。そんな権利が僕にあるのか。
主役は細川ではない。もちろん柿崎夫婦でもない。主役はあくまでも由美子なんだ。
僕は、そのままドアの外に立ちすくんでいた。
「これでいいかしら?こういう髪型もいいんじゃない」
幸子さんが、由美子の髪を手直ししているのだろうか。
「そうねえ。若い頃はこんな風にしていたこともあったのよ」とこれは由美子。
「また、こんな髪型にしてみようかしら」
細川が言った。
「幸子さん、由美子さんのネックレス、外してくれます?どうも目障りで・・・」
「ええ、いいわ。でも、とっても似合ってるのに・・・」
たぶん、結婚一周年の時、僕が買ってやったものだ。
「何か安っぽくて・・・」
「あら、これ結構高かったはずよ」由美子が憤慨したように言う。
「いや、そういう意味じゃなくってね、そんな宝飾品なんていらないんだ。そんなものが安っぽく見えるくらい、由美子さんは美しいってことさ」
「なるほど。そうね。身体につけているもの全部はずしちゃいましょう」と幸子さん。
「私のこと、本当にすっぽんぽんにしちゃうのね。でもいいわ。だけど、全部って言ったって、このネックレスと、あとは・・・、イヤリングだけだわ」
「イヤリングも外しちゃいましょう。とっても似合ってるけど・・・」
僕は静かに聞いていた。そのイヤリングを買ってやったのは、たしか由美子の誕生日の時だ。由美子は大喜びしたっけ・・・。
由美子はされるままになっているのだろうか。抵抗する声は聞こえない。
「それと・・・、由美子さんの汗、拭いてくれます。風邪ひかしちゃいけないから・・・」
「ちょっと待って・・・。このキヘイ、なかなか外れなくって・・・」
「よし、俺がやってやろう。由美子さん、いいかい?」と柿崎の声。あいつ、でしゃばりやがって・・・。
「いいですよぉ。私、自分でやります」
由美子は手を動かして、柿崎からバスタオルを取り上げようとしたに違いない。あたり前だ。何で、柿崎が由美子の身体を拭かなければならないんだ。由美子が拒否するのはあたり前だ。
その時、ポーズを作っていた姿勢を崩したからだろうか。「由美子さん、動かないで!」と細川のするどい声がした。
「そうなの?」細川に聞くように、「じゃあ、仕方がないわね。お願いします」と柿崎に言った。
「何か、あいつに悪い気がするな」と柿崎。
僕はその光景を想像していた。
たぶん、由美子はソファーの上に横になっている。両手は上にあげて頭の後ろで組んでいるだろう。たぶん、片足はソファーの肘掛の上に、もう片方の足は床にちょっと曲げるようにして垂らしているに違いない。
さっきまで僕が座っていたソファーに、由美子が全裸の身体で寝そべっている。
そうだとすれば、由美子は全裸の身体のすべてを、本当に奥底までも皆んなの前に晒している、・・・ということになる。
由美子の全裸の身体は、ウエストのあたりで甘美な曲線を見せているに違いない。
いつも、僕の堅い腰を締め付ける肉付きのいい太腿も、部屋の照明の下で露わになっているに違いない。
由美子の全裸の身体を取り巻くように、後ろから幸子さんが、前から柿崎が、群がっている。
細川は由美子のすべてを、一つも見落とさないように凝視しながら鉛筆を走らせているに違いない。
柿崎のちょっと興奮した声が聞こえる。
「由美子さん、ヘアーは薄いんだね」
柿崎は、由美子の全裸の身体を拭きながら、由美子のヘアーを観察しているのだろうか。
「手入れか何かしているんですか」
「そんなこと何もしてないわあ。イヤーね。変なとこ見ないで!」これは由美子。
「でも、脇の下は剃っているんでしょう。きれいに始末されているわ」とこれは幸子さん。
「私、もともと薄いたちなの。脇の下は、時々、主人の髭剃りを借りて剃っているだけだわ。ほら、うぶ毛みたいのが生えているでしょう」
「ほんとだあ。やっぱり女性はこうじゃなくっちゃ・・・」
これは柿崎の声。柿崎は由美子の脇の下をのぞいたに違いない。
細川の声が聞こえる。
「うん。裸婦を描く時ね、女性のヘアーをいかにうまく描くかがポイントになるんだ」
足音がする。細川が由美子の近くに行ったのだろうか。
「幸子さん、ちょっと櫛貸して。いいかい、この髪の毛をね、こうやって耳が出るようにして、後ろに掻き揚げるんだ。ほら、襟足が見えるようになるだろう」
由美子のうなじから首筋、肩にかけて、甘い曲線が現れたに違いない。
僕は知っている。由美子の性感帯の一つだ。
由美子は照れたように細川を見上げているのだろうか。細川の手や櫛が由美子の性感帯に触れて、由美子の身体を感じさせているんじゃないだろうか。
「脇の下のヘアーはまったく問題ない。それから・・・」
それから?それから何だ。
「このアンダーヘアーだけどね。由美子さん、ちょっとゴメン。こうやって下腹部にべったりくっついているとダメだからね。おい、柿崎、バスタオル貸せ。由美子さん、ちょっと拭くよ。いいかい?」
え?細川のやつ、由美子の下腹部を拭いているのだろうか。
「いやーね。そんなとこまで・・・。でも、これで二度目よ。私、自分でやるって言うのに動いちゃダメだって・・・。でも、さっきは私に断らなかったのに・・・。皆んながいると違うのね」
「こうやって拭いてからね。ん、もうちょっと脚を開いて・・・。そう。こうして手でフワフワッとヘアーを持ち上げるんだ」
その時、ほんの一瞬だったかもしれないが、僕はハッキリ聞いた。由美子の声にならないような、ため息のような声。亭主の僕しか知らない、あの時の声。
「あっ!ゴメン。触れちゃったかい?」
「・・・、ううん」由美子のちょっと照れたような声。
「こうするとね。ほら、幸子さん、離れて見てごらん」
たぶん、細川と幸子さんが由美子から距離をおいて、由美子の全裸の身体を見ているに違いない。柿崎はどこにいるんだ。まだ由美子の近くに居るんだろうか。近くにいて、されるがままの由美子を見ているんだろうか。
「ほら、きれいだろう。俺もこんなにすばらしいヌードモデルははじめてだ」
「あら、ヌードモデルですって・・・。由美子さんいいの?言わしといて・・・。由美子さんはモデルじゃないわ。私と同じ、れっきとした主婦なんですからね」
細川はそんなことにお構いなく、
「あとは、ポイントは瞳だ。由美子さん、こっちを向いて。ほら、いいだろう。モデルによってはね、恥かしくてたまらなくて、瞳が変に卑しくなってしまうモデルがいるんだ。でも、由美子さんは堂々としている。この瞳で見られていると、逆に俺が由美子さんに見られているような錯覚に陥るよ」
「そうよ。細川さんを観察しているの。面白い坊やだと思って・・・」
さっきから、由美子の言葉使いが妙に馴れ馴れしいような気がしていた。普段、由美子は細川に対してこんな口の訊き方はしない。気のせいだろうか?
「あら。じゃあ私達は?」と幸子さん。
「そうねえ、幸子さんや柿崎さんは、従順なる召使い、ってとこかな」
「あら、ずいぶんね」
柿崎が、
「おい、幸子、見てみろ。由美子さんはまだ、下っ腹が出っ張ってないぞ」と言った。
「何よ、私のは体質なの。由美子さんは特別」
由美子の笑う声。寝たままの姿勢でいるとすれば、由美子の腹は笑いながら小さく脈打っているに違いない。
「うるさいなあ。二人とも出て行ってもらうぞ」
これは細川の声。
「そうよぉ。私は細川さんだけにオッケーしたんですからね。見たいと言うなら別にかまわないけど、用がないなら出て行ってもらいますからね」
でも、咎めているような由美子の声ではない。
「わかりましたです、ご主人様。静かにしておりますから、今しばらく、ご主人様のお身体を拝見させて頂きたく存じます」
皆んなの大笑いする声が聞こえた。
「でも・・・、由美子さん、いや?」幸子さんが聞く。
「そんなことないけど・・・。柿崎さんに見られるのはちょっと恥かしいけど・・・、でも、柿崎さん、おとなしいから許してあげる」
由美子はどんな気持ちでいるのだろう。少なくともいやがっているようには聞こえなかった。いや、むしろ、見られる快感、さっき細川が言っていた賞賛される快感を感じているのではないだろうか。
「じゃあ、由美子さん。今度は背中を見せてくれるかな」と細川。
「はい」ずいぶん素直に応じるものだ。
今度は後ろ向きに寝たんだろう。ソファーのきしむ音が聞こえた。
「足はどうするの?」
「うん、曲げてね。ソファーの中にすっぽり収まるように」
「落ちないかしら?何かこの姿勢、苦しい」
たぶん、ソファーの近くにいた幸子さんが、
「もっと足を中に入れたほうがいいわ」と由美子の足を抱えるように持ち上げたに違いない。
「あなた、何見てるの。あっちの方へ移動して!」と幸子さんが柿崎に言う声がした。
「そこにいたら、由美子さんがかわいそう・・・」
たぶん、柿崎は由美子のお尻の真後ろにいて、幸子さんは由美子の秘部が柿崎の目に触れるのが嫌だったのだろうか。そうだとしたら、これは由美子のことを思ってくれたからだろうか、それとも自分以外の女性の秘部を見せたくなかったからだろうか。
「あら。丸見えになってる?」と由美子があっけらかんと幸子さんに聞く声。
「大丈夫。誰にも見えないから・・・」
「幸子さん。由美子さんのそこのホクロ、チャーミングだろう?」細川が言う。
「あら、こんなところにホクロがあるのねえ」
「えー、どこ?」と由美子の声。
「ここ」と幸子さんはそのホクロを指で指したに違いない。
「ああ、お尻の上の所ね。それ、子供の頃はずいぶん気になったわ。でもビキニの水着を着ても隠れちゃうし、そのうち気にならなくなって忘れちゃったわ」
僕はそんな所にホクロがあることを知らない。
僕は静かにドアの前を離れた。これ以上ここにいたら、もっと自分が惨めになる。
シャワールームを覗いてみると、由美子がさっきまで着ていた服が、几帳面な由美子らしく、脱衣カゴの中にきちんとたたんで置まれていた。夕食前まで子供を抱っこしていた時に着ていた服、キッチンに立っていた時に着ていた服。
何か、今の由美子がそこから脱け出して、別世界に行ってしまったような気がした。
子供部屋を覗くと、腕白坊主が柿崎の子供と一緒に、寝相悪く、でもスヤスヤと寝むっている。僕は、寝相を直してから、布団を掛け直して上げた。
お前の母さんは・・・、普段、腕白でお前が散々てこずらせているお前の母さんは・・・、今、すぐ隣りの部屋で、一人の美しい女性に戻って、とっても輝いているよ。
(3)
僕はリビングルームに一人取り残された。
今まで座っていたソファーがないので、床に直接あぐらをかいた。僕はほとんどストレートで飲んでいたが、ちっとも酔えなかった。
二階から、ソファーを固定しているのだろうか、コトコト、っと音がする。それに、複数の人間が部屋を歩き回る足音。
頭がカーッと熱くなった。
何故だ。何故、僕を入れないんだ。
由美子は今全裸だ。着ていたものはすべてシャワールームにあるはずだ。全裸にバスタオル一枚だけであの部屋に入ったのだ。そのバスタオルも、取り上げられて細川の首に巻きつけられている。
由美子が、由美子だけが全裸のまま、ソファーの上に横になって、それを細川だけでなく、柿崎や幸子さんが好奇の目で見ている。
まるで晒し者じゃないか・・・。
不思議だった。こんな時に限って、僕は由美子の日常のさりげない仕草を思い出していた。
さっきまで、あそこのキッチンにあんな風に立っていたっけ・・・。僕のこのグラスにこんな風に氷を入れてくれたっけ・・・。
僕の妄想の中で、由美子はまるでスライドショーのコマ送りみたいに服を着ていたり、全裸になったりしていた。
でも、何故か僕は全裸の由美子をハッキリとは想像できないでいた。由美子の身体の特徴を思い出せないでいた。あのたわわな乳房はどんな形をしていたっけ?由美子の秘部のヘアーはどんな形をしていたっけ?
皆んなの前で、僕だけをつまはじきにした皆んなの前で、由美子はその全裸の身体を隠すことなく晒しているに違いない。乳房の形も、秘部のヘアーの形も、僕以外の皆んなはハッキリと見ているんだ。
もう気が狂いそうだ。こんな焦れるような切ない思いはもうたくさんだ。
僕はフーッと、長い長いため息をついた。
由美子、ハッキリ判ったよ。僕の愛する由美子。どうか、僕から離れて行かないでおくれ。由美子の全裸の身体は、いや由美子は、本当は僕のものなんだ。誰が何と言おうと、絶対に僕一人のものなんだ。
僕はもう止めさせようと思った。こんなことはもうたくさんだ。これ以上このままでいたら気が狂いそうになる。夫の権限で、キッパリと止めさせよう。そのまま、皆んなと喧嘩になったってかまわない。皆んな帰してしまおう。由美子を僕の元に取り戻そう。
唇に運んでいた水割りのコップをテーブルに叩きつけるように置くと、僕は二階へと上がっていった。
そして、部屋の前まで来て、おもいっきりドアをノックした。いや、しようと思った時だった。
部屋の中から、由美子の声が聞こえたんだ。
「幸子さん、私、きれい?」
僕は、由美子のしんみりした声に、思わずノックする手をためらった。
「大丈夫。とってもきれいよ」
「お世辞じゃなくて?」
皆んなの笑う声がした。
「いきなりだったでしょう。何か、私の身体、ちゃんとしてるかなって、ずっと思ってたの。まさか細川さんには聞けないし・・・」
「そんなことないわ。というより、正直なところ圧倒されちゃったわ。女の人の身体って、こんなに美しいものなのね。かえって、私、服を着ているのが恥かしいくらいよ」
「そう?だったらいいけど・・・」
「ただ、由美子さん、ずいぶん大胆ね。私、由美子さんが、恥ずかしくって縮こまっちゃってるんじゃないかってずっと心配してたんだけど、でも安心したわ」
「そうかしら?でも不思議なのよ。今、私、ちっとも恥ずかしくない。ものすごく開放的な気分・・・」
「そう。これがありのままの本当の由美子さんなのさ。皆んな判ったろう?」細川の声が続く。
「そうなのよね。あらためて自己紹介するわ。これが由美子です。どうぞよろしく・・・」
お辞儀でもしたんだろう。皆んなの笑う声がした。
僕はドアをノック出来ないでいた。
由美子は今とっても幸せなんじないか。とってもきらめいているんじゃないか。それを僕の一存でぶち壊しにしていいのか。そんな権利が僕にあるのか。
主役は細川ではない。もちろん柿崎夫婦でもない。主役はあくまでも由美子なんだ。
僕は、そのままドアの外に立ちすくんでいた。
「これでいいかしら?こういう髪型もいいんじゃない」
幸子さんが、由美子の髪を手直ししているのだろうか。
「そうねえ。若い頃はこんな風にしていたこともあったのよ」とこれは由美子。
「また、こんな髪型にしてみようかしら」
細川が言った。
「幸子さん、由美子さんのネックレス、外してくれます?どうも目障りで・・・」
「ええ、いいわ。でも、とっても似合ってるのに・・・」
たぶん、結婚一周年の時、僕が買ってやったものだ。
「何か安っぽくて・・・」
「あら、これ結構高かったはずよ」由美子が憤慨したように言う。
「いや、そういう意味じゃなくってね、そんな宝飾品なんていらないんだ。そんなものが安っぽく見えるくらい、由美子さんは美しいってことさ」
「なるほど。そうね。身体につけているもの全部はずしちゃいましょう」と幸子さん。
「私のこと、本当にすっぽんぽんにしちゃうのね。でもいいわ。だけど、全部って言ったって、このネックレスと、あとは・・・、イヤリングだけだわ」
「イヤリングも外しちゃいましょう。とっても似合ってるけど・・・」
僕は静かに聞いていた。そのイヤリングを買ってやったのは、たしか由美子の誕生日の時だ。由美子は大喜びしたっけ・・・。
由美子はされるままになっているのだろうか。抵抗する声は聞こえない。
「それと・・・、由美子さんの汗、拭いてくれます。風邪ひかしちゃいけないから・・・」
「ちょっと待って・・・。このキヘイ、なかなか外れなくって・・・」
「よし、俺がやってやろう。由美子さん、いいかい?」と柿崎の声。あいつ、でしゃばりやがって・・・。
「いいですよぉ。私、自分でやります」
由美子は手を動かして、柿崎からバスタオルを取り上げようとしたに違いない。あたり前だ。何で、柿崎が由美子の身体を拭かなければならないんだ。由美子が拒否するのはあたり前だ。
その時、ポーズを作っていた姿勢を崩したからだろうか。「由美子さん、動かないで!」と細川のするどい声がした。
「そうなの?」細川に聞くように、「じゃあ、仕方がないわね。お願いします」と柿崎に言った。
「何か、あいつに悪い気がするな」と柿崎。
僕はその光景を想像していた。
たぶん、由美子はソファーの上に横になっている。両手は上にあげて頭の後ろで組んでいるだろう。たぶん、片足はソファーの肘掛の上に、もう片方の足は床にちょっと曲げるようにして垂らしているに違いない。
さっきまで僕が座っていたソファーに、由美子が全裸の身体で寝そべっている。
そうだとすれば、由美子は全裸の身体のすべてを、本当に奥底までも皆んなの前に晒している、・・・ということになる。
由美子の全裸の身体は、ウエストのあたりで甘美な曲線を見せているに違いない。
いつも、僕の堅い腰を締め付ける肉付きのいい太腿も、部屋の照明の下で露わになっているに違いない。
由美子の全裸の身体を取り巻くように、後ろから幸子さんが、前から柿崎が、群がっている。
細川は由美子のすべてを、一つも見落とさないように凝視しながら鉛筆を走らせているに違いない。
柿崎のちょっと興奮した声が聞こえる。
「由美子さん、ヘアーは薄いんだね」
柿崎は、由美子の全裸の身体を拭きながら、由美子のヘアーを観察しているのだろうか。
「手入れか何かしているんですか」
「そんなこと何もしてないわあ。イヤーね。変なとこ見ないで!」これは由美子。
「でも、脇の下は剃っているんでしょう。きれいに始末されているわ」とこれは幸子さん。
「私、もともと薄いたちなの。脇の下は、時々、主人の髭剃りを借りて剃っているだけだわ。ほら、うぶ毛みたいのが生えているでしょう」
「ほんとだあ。やっぱり女性はこうじゃなくっちゃ・・・」
これは柿崎の声。柿崎は由美子の脇の下をのぞいたに違いない。
細川の声が聞こえる。
「うん。裸婦を描く時ね、女性のヘアーをいかにうまく描くかがポイントになるんだ」
足音がする。細川が由美子の近くに行ったのだろうか。
「幸子さん、ちょっと櫛貸して。いいかい、この髪の毛をね、こうやって耳が出るようにして、後ろに掻き揚げるんだ。ほら、襟足が見えるようになるだろう」
由美子のうなじから首筋、肩にかけて、甘い曲線が現れたに違いない。
僕は知っている。由美子の性感帯の一つだ。
由美子は照れたように細川を見上げているのだろうか。細川の手や櫛が由美子の性感帯に触れて、由美子の身体を感じさせているんじゃないだろうか。
「脇の下のヘアーはまったく問題ない。それから・・・」
それから?それから何だ。
「このアンダーヘアーだけどね。由美子さん、ちょっとゴメン。こうやって下腹部にべったりくっついているとダメだからね。おい、柿崎、バスタオル貸せ。由美子さん、ちょっと拭くよ。いいかい?」
え?細川のやつ、由美子の下腹部を拭いているのだろうか。
「いやーね。そんなとこまで・・・。でも、これで二度目よ。私、自分でやるって言うのに動いちゃダメだって・・・。でも、さっきは私に断らなかったのに・・・。皆んながいると違うのね」
「こうやって拭いてからね。ん、もうちょっと脚を開いて・・・。そう。こうして手でフワフワッとヘアーを持ち上げるんだ」
その時、ほんの一瞬だったかもしれないが、僕はハッキリ聞いた。由美子の声にならないような、ため息のような声。亭主の僕しか知らない、あの時の声。
「あっ!ゴメン。触れちゃったかい?」
「・・・、ううん」由美子のちょっと照れたような声。
「こうするとね。ほら、幸子さん、離れて見てごらん」
たぶん、細川と幸子さんが由美子から距離をおいて、由美子の全裸の身体を見ているに違いない。柿崎はどこにいるんだ。まだ由美子の近くに居るんだろうか。近くにいて、されるがままの由美子を見ているんだろうか。
「ほら、きれいだろう。俺もこんなにすばらしいヌードモデルははじめてだ」
「あら、ヌードモデルですって・・・。由美子さんいいの?言わしといて・・・。由美子さんはモデルじゃないわ。私と同じ、れっきとした主婦なんですからね」
細川はそんなことにお構いなく、
「あとは、ポイントは瞳だ。由美子さん、こっちを向いて。ほら、いいだろう。モデルによってはね、恥かしくてたまらなくて、瞳が変に卑しくなってしまうモデルがいるんだ。でも、由美子さんは堂々としている。この瞳で見られていると、逆に俺が由美子さんに見られているような錯覚に陥るよ」
「そうよ。細川さんを観察しているの。面白い坊やだと思って・・・」
さっきから、由美子の言葉使いが妙に馴れ馴れしいような気がしていた。普段、由美子は細川に対してこんな口の訊き方はしない。気のせいだろうか?
「あら。じゃあ私達は?」と幸子さん。
「そうねえ、幸子さんや柿崎さんは、従順なる召使い、ってとこかな」
「あら、ずいぶんね」
柿崎が、
「おい、幸子、見てみろ。由美子さんはまだ、下っ腹が出っ張ってないぞ」と言った。
「何よ、私のは体質なの。由美子さんは特別」
由美子の笑う声。寝たままの姿勢でいるとすれば、由美子の腹は笑いながら小さく脈打っているに違いない。
「うるさいなあ。二人とも出て行ってもらうぞ」
これは細川の声。
「そうよぉ。私は細川さんだけにオッケーしたんですからね。見たいと言うなら別にかまわないけど、用がないなら出て行ってもらいますからね」
でも、咎めているような由美子の声ではない。
「わかりましたです、ご主人様。静かにしておりますから、今しばらく、ご主人様のお身体を拝見させて頂きたく存じます」
皆んなの大笑いする声が聞こえた。
「でも・・・、由美子さん、いや?」幸子さんが聞く。
「そんなことないけど・・・。柿崎さんに見られるのはちょっと恥かしいけど・・・、でも、柿崎さん、おとなしいから許してあげる」
由美子はどんな気持ちでいるのだろう。少なくともいやがっているようには聞こえなかった。いや、むしろ、見られる快感、さっき細川が言っていた賞賛される快感を感じているのではないだろうか。
「じゃあ、由美子さん。今度は背中を見せてくれるかな」と細川。
「はい」ずいぶん素直に応じるものだ。
今度は後ろ向きに寝たんだろう。ソファーのきしむ音が聞こえた。
「足はどうするの?」
「うん、曲げてね。ソファーの中にすっぽり収まるように」
「落ちないかしら?何かこの姿勢、苦しい」
たぶん、ソファーの近くにいた幸子さんが、
「もっと足を中に入れたほうがいいわ」と由美子の足を抱えるように持ち上げたに違いない。
「あなた、何見てるの。あっちの方へ移動して!」と幸子さんが柿崎に言う声がした。
「そこにいたら、由美子さんがかわいそう・・・」
たぶん、柿崎は由美子のお尻の真後ろにいて、幸子さんは由美子の秘部が柿崎の目に触れるのが嫌だったのだろうか。そうだとしたら、これは由美子のことを思ってくれたからだろうか、それとも自分以外の女性の秘部を見せたくなかったからだろうか。
「あら。丸見えになってる?」と由美子があっけらかんと幸子さんに聞く声。
「大丈夫。誰にも見えないから・・・」
「幸子さん。由美子さんのそこのホクロ、チャーミングだろう?」細川が言う。
「あら、こんなところにホクロがあるのねえ」
「えー、どこ?」と由美子の声。
「ここ」と幸子さんはそのホクロを指で指したに違いない。
「ああ、お尻の上の所ね。それ、子供の頃はずいぶん気になったわ。でもビキニの水着を着ても隠れちゃうし、そのうち気にならなくなって忘れちゃったわ」
僕はそんな所にホクロがあることを知らない。
僕は静かにドアの前を離れた。これ以上ここにいたら、もっと自分が惨めになる。
シャワールームを覗いてみると、由美子がさっきまで着ていた服が、几帳面な由美子らしく、脱衣カゴの中にきちんとたたんで置まれていた。夕食前まで子供を抱っこしていた時に着ていた服、キッチンに立っていた時に着ていた服。
何か、今の由美子がそこから脱け出して、別世界に行ってしまったような気がした。
子供部屋を覗くと、腕白坊主が柿崎の子供と一緒に、寝相悪く、でもスヤスヤと寝むっている。僕は、寝相を直してから、布団を掛け直して上げた。
お前の母さんは・・・、普段、腕白でお前が散々てこずらせているお前の母さんは・・・、今、すぐ隣りの部屋で、一人の美しい女性に戻って、とっても輝いているよ。
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