小説(転載) 『妹』
近親相姦小説
始.初めに。
この小説はもしかすると、あなたの精神に悪影響を及ぼすことになるかも知れません。
しかしながら、もし、そう言う事になっても、当方は責任を負いかねます。
あなたに良識がありますように。
『妹』
起.過去、もしくは原点。
妹は弱い娘だった。
病弱なわけではない。所謂(いわゆる)、『気が弱い』というやつだ。
妹が幼かった頃、両親は毎晩夫婦喧嘩してた。夫婦喧嘩が始まると、まだ小学生の俺は妹を守るように抱きしめて寝た。明日こそ両親達は離婚するのではないか、そして両親が離婚すればこんな嫌な思いをしなくてもよいのではと考えながら。しかし両親は離婚しなかった。なぜなら祖父が古い考えの持ち主で、母に絶対離婚させなかったからだ。毎日夜が来るのが嫌だった。
俺が中学に上がった頃、父はあまり家に帰ってこなくなり、夫婦喧嘩は少なくなった。しかし、母親がヒステリーを起こす様になり、気弱な妹によく当たっていた。妹は母親に叱られるたび、俺に抱き付いて泣いていた。だがそのうち、俺もあまり家に居たくないため遅くまで家に帰らなくなる様になると、妹は次第に自分の殻に閉じこもる様になった。学校にも行かず、部屋に鍵を掛けずっと一人で居た。妹は対人恐怖症になっていた。
妹が中学生の頃には、小学生時代の登校拒否が益々酷くなり、学校にはほとんど行かなかった。さすがに俺も妹の心の病と、母親の酷いヒステリーに気が付き、母が妹に当たらない様気を付けた。その為か、妹の心も、ついでに母の機嫌も、次第に回復していった。しかしその頃の俺は、この妹も含めた家族関係に嫌気が差していた。
俺は高校を卒業したのを機に一人暮しをはじめた。そのうち、俺と入れ替わる様に高校に進学した妹は、嫌なことがある度に俺の家に来る様になった。はじめは邪険にしていたが、家事をしてくれる様になったので、俺も何も言わないことにした。本当はただ、帰れといわれた時の妹の悲しい顔を見たくなかっただけだったのかも知れない。一月も経つと妹は俺の家で暮らしていたが、この時俺は何も言わないことにした。妹がどれほど親元に帰りたくないと考えているのが分かったからだ。
俺は両親に妹の対人恐怖症の療養という事で、この事に口出しさせなかった。なぜなら、俺と二人で居る時の妹は普通の女の子だったからだ。少しずつ慣らしていけば妹は本当に普通の女の子になると思った。
一年経った今では、妹は普通の物静かな女の子になった。笑顔も見せるし、時折冗談も言う。相変わらず学校には行かなかったが、本をよく読むし、俺も勉強を教えているので人並み程の知識はある。気が弱いのは変わらなかったが。
しかし、この頃には俺も、妹は一生俺の元から離れようとはしないのだろうと漠然と考えていた。同じように妹もそう考えていたのだろう。そして、そう考えていながら、それ以上考えるのは二人ともやめた。もしかしたら、俺も妹も幸せだったのかもしれない。なぜなら俺の目の届くところに妹がいることで俺も妹もお互いに安心できたからだ。
もしかしたら、この先の運命は、妹が俺の妹として生まれた時から決まっていたのかもしれない。
承.今、または平穏な日々。
昼前、俺は大学の構内を歩いていた。前の講義が早めに終わったので、その分早めに学食に行く事にした。昨日は俺も妹も夜遅くまで起きてサッカーの国際試合を見ていたので、お互い寝坊して朝食をちゃんと食べなかったのだ。
「先輩」
後ろから声をかけられ、振り向くとポニーテールの女の子が居た。後輩の高田紀子だ。背丈が俺の肩あたりまであり、女の子としては高い方だろう。スレンダーな体にぴったりしたシャツとスリムジーンズを着て、その上にちょっとだぶついた上着を羽織っている。
鞄を肩に掛けているところを見ると、今頃到着したのだろう。
「よお、紀子ちゃん。どうしたんだよ、こんな時間に」
彼女はえへへと笑い、「今日は寝坊しちゃって、今到着したとこです」といって照れくさそうに頭を掻いた。たぶん彼女も俺達と同じ事をしたのだろう。
「これからお昼ですか?」
「うん。学食だけど、一緒に行く?」
「ハイ! 行きます行きます。実はご飯食べずに来ちゃって、お腹すいてるんですよ。」
学食に入ると暇な学生達が集まっていた。多分、俺か紀子ちゃんと同じか、講義の無い学生だろう。俺達は券売機からメニューを選び、料理を受け取って適当な席に付き食事を始めた。食事をしながら、俺と紀子ちゃんはいろいろと話をした。
「本当ですよ。私料理には自信があるんですから」
「へぇ、うらやましいな。俺なんか、料理あんまり得意じゃなくてさ」
「先輩、ご飯ちゃんと食べてますか?」
「普段はね。今日は寝坊しちゃって朝、ろくに食べなかったけど。…俺そんなにがっついてた?」
「いえ、そう言う訳では無いんですけど…」
彼女は急にもじもじし始めた。
「あの、先輩。もしよろしければ、先輩のおうちにご飯作りに行っていいですか?」
俺は一瞬彼女が何を言っているのかわからなくて、彼女を見つめてしまった。見つめられるた紀子ちゃんは顔を赤くしてうつむいてしまう。薄々気付いてはいたのだが、やはり彼女は俺のことを気に入ってくれているらしい。
その気持ちは素直に嬉しい。しかし、家には妹が居るのだ。妹はまだ完全に対人恐怖症が直ってるわけでは無い。そんな妹のことを考えると、あまり人を家に入れたくは無かった。
「うう~ん、ごめん。実は俺の部屋散らかってて女の子を呼べるような状態じゃないんだ。また今度にしてくれないかな」
「そ、そうですか…。そうですよね、いきなりこんな事言われても、困りますよね。すいません」
「いや、気持ちはとても嬉しいよ、ありがとう。ごめんね、いつもだらしなくてさ」
「それじゃあ、先輩…。私のうちにならご飯、食べに来てくれますか…?」
紀子ちゃんは普段の彼女がしないような気弱そうな顔で俺を見つめてきた。そのとたん俺の心臓が高鳴った。
「もちろん、喜んで」
俺は心の動揺を隠しながら答え、そして、彼女は嬉しそうに笑った。
俺と紀子ちゃんは、今日の晩、彼女の家にご飯を食べに行く約束をした。それから、お互いの講義を終え、一緒に大学を出た後そのまま彼女の家に向かった。
紀子ちゃんの料理は美味しかった。この事を彼女に言うと、とても嬉しそうな顔をして、照れた。そしてそれを見た俺も、なぜか同じように照れた。舞い上がっているのだろうか、どうもはじめて一人暮しの女の子の家に来てしまったため調子が出ないらしい。そんな俺に紀子ちゃんは色々話し掛けてくる。俺の口は心の中とは反対にとても流暢に紀子ちゃんと会話していた。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「いえいえ、お粗末さまでした」
紀子ちゃんは少しはにかみながら答えた。
「先輩、食後にビールでも飲みますか?」
「いや、そこまでしてもらったら悪いし、今日はもう帰るよ」
俺は立ち上って上着を取ろうとした。その時一緒に彼女も立ち上った。
「先輩、待ってください!」
彼女にしては珍しい声色だった。だから俺はつい彼女をまじまじと見てしまった。見つめられた彼女は、あ、と言ってまた俯いてしまった。
「あの。あのっ」
彼女は上目使いに俺を見た。その気弱そうに俺を見る表情を見たとき、俺はいつの間にか彼女を抱き締めていた。
守らないと。
何故かその気持ちだけが俺の心の中を占めていた。
「ああ、先輩、先輩…。好きです、大好きです。…とても嬉しい…」
彼女も俺の首に腕を回してくる。俺は何人かの女の子と付き合った事は有ったが、ここまで心を揺さぶられたのは初めてだった。
いつの間にか、俺は彼女をフローリングの床の上に押し倒していた。キスをして、もう一度自分の下にいる少女の潤んだ瞳を見る。
…ああなるほど。この子の目は、昔の妹に似ているんだ…。
「ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
紀子ちゃん、いや、紀子とのことがあってから二週間程経っていた。
大学から帰ってきた俺を、いつもの通り妹、優香が口ずさんでいた唄を中断して出迎えてくれた。白いワンピースの上に淡い緑のエプロンを付け、腰まである長い髪を一本の三つ編みにして洗い物をしていた。この長い髪は妹のトレードマークだった。中断していた唄の続きを歌いながら色白の手がてきぱきと皿を洗っていく。俺は妹の唄を聞きながら、その背中を見つめ、昔の妹と比べる。俺の記憶にある妹に比べて随分明るくなった。こうしてるとほんとに普通の十七歳の女の子だと思う。
もう、俺の役目は終わりか?
その考えが浮かんだ。そうかも知れない。
「なぁに」
見つめられたのに気付いたらしい。困ったような顔をして俺を見た。昔の死んだような目は無かった。その時の妹は、色白のきめこまかい肌のせいで白磁で出来た人形の様だった。今は多少気弱そうな目をしているが、ちゃんと生きた目をしている。そんなことが、とても嬉しかった。
「ん、何でも無い。気になったら謝るよ。ごめんな」
妹は笑った。
転.少しずつ変わっていく日々。
昼前の講義がやっと終わった。相変わらず、この時間は長く感じる。俺は妹が作った弁当を食べようと、バックから出そうとしたが、無い。どうやら忘れてしまった様だ。しょうがないので学食へ行こうとした時、携帯がなった。
「もしもし?」
どうやら公衆電話から掛けてるらしい。耳障りなブザーと雑踏の音が聞こえてきた。
「…お兄ちゃん?」
「優香!? 外に出て大丈夫なのか?」
「う、うん。少し怖いけど大丈夫…。あのね、お兄ちゃんお弁当忘れたでしょう?だからね、お弁当持ってきたよ。優香と一緒に食べよう」
「ああ、分かったよ。今どこ? すぐそっち行くから」
俺は正門で待っていた優香と落ち合うと、キャンパスでもあまり人の来ない芝生に腰を下ろした。優香は持ってきたバックから手作り弁当とお茶を取り出し、俺達は昼食を取り始めた。
俺の大学に初めて、しかも一人でここまで来た興奮の為か、妹は饒舌になっていた。俺はそんな妹の話に相槌を打ちながら妹の料理を食べた。そして、俺がそろそろ食べ終わるぐらいの頃、「せんぱ、あ」という声がした。俺がゆっくり振り向くと、そこには紀子がいた。妹に気付かずに声を掛けてしまったのだろう。そのまま妹を睨む。その紀子の顔には嫉妬の色が見えた。そして睨まれた妹は萎縮して俺の後ろに隠れてしまう。
「先輩、その人は誰ですか!?」
俺は紀子がこんなにも嫉妬深い性格だとは思わなかった。荒げられた声に妹は更に怯え俺に強く抱きつき、その姿を見た紀子は更に頭にきたらしく、顔を真っ赤にした。見事な泥沼だった。
「紀子、落ち着け。妹が怯えてる」
俺は幾分怒ったような声で言った。この一週間でずいぶん紀子という娘の性格がわかった。この子は俺に嫌われるの恐れている。こういう言い方をすれば少し落ち着くだろう。
「あ…。妹さん、ですか?」
俺は妹に挨拶させようと思った。しかし妹はまだ紀子を怖がって俺から離れようとはせず、ただぽろぽろと涙を流していた。
『先輩、今日はほんとにすいませんでした』
その日の夜、妹が寝た時、俺は紀子に電話を掛けた。俺は紀子に事情を話して良いものか迷ったが、紀子の誠実さは承知していたため、これからも誤解がないように妹のことを話しておくことにした。そして、妹が対人恐怖症であること、家庭の事情で今は俺の部屋にいることを伝えた。さすがに、妹が俺の部屋に居る事には紀子も驚いたらしいが、特になにも言わなかった。たぶん、今日妹を怯えさせてしまった事が負い目になっているのだろう。ここまで聞かされた紀子はただ、「明日謝りに行きます」、とだけ言った。確かに、妹にはちゃんと紀子のことを説明して置いた方が良いだろう。一通り話したところで俺は電話を置き、横になった。
「…お兄ちゃん。お兄ちゃん」
気が付くと妹が横にいた。知らないうちに寝ていたらしい。俺と妹は当たり前のことだが、離れて寝ていた。妹はリビングで寝て、俺はロフトで寝ていた。妹はいつの間にかロフトに来ていた。ここで暮らすようになってから俺の寝床に来ることは無かったのに。
「お兄ちゃん」
呟くような小さな声だ。
暗がりの中、妹の瞳の場所だけが分かった。後々考えると、その時の妹の様子は少しおかしかった。俺はじっと見つめてくる妹の視線から逃れるように天井を見つめた。
「あの、紀子さんは、お兄ちゃんの…」
「そうだよ」
妹が息を飲むのが分かった。
「明日、紀子が、優香に謝りに来るそうだ。優香もあいつと仲良くしてやってくれ」
そう言おうとした。
しかし、その台詞は最後までちゃんと言えなかった。妹が俺にのしかかり、そのまま抱き付いてしまったからだ。
「優香…」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。嫌だ、嫌だよ。どこにも行かないで。優香を独りぼっちにしないで。もう独りぼっちは嫌なの。お願い、お兄ちゃん。優香、何でもお兄ちゃんの言うこと聞くから、二度と独りぼっちにしないで。お願い、お願い」
妹は俺にしがみつきながら、嗚咽混じりに言った。妹の涙が、俺の胸を濡らしてゆく。
俺はただ胸の上で泣きじゃくっている優香を抱きしめた。妹の頭を撫でてやりながら、こうして妹を抱きしめてやるのは何年ぶりだろうと考えた。
しばらくすると、優香は次第に落ち着きを取り戻していった。
「落ち着いたか?」
「…うん。
ごめんねお兄ちゃん。優香、いつまでたってもお兄ちゃんに迷惑かけてばかりで。
おかしいよね。
優香、お兄ちゃんと紀子さんが付き合ったら、お兄ちゃんがいなくなるんじゃないかって、思っちゃって」
妹は体を起こし、俺から離れた。しかし、妹の手は震える程強く俺の腕を掴んでいた。
きらきらと光るものが俺の胸の上に落ちてくる。
「そうしたら。そうしたらね。
急に悲しくなって。
急に恐くなって。
…ごめん、お兄ちゃん。本当に御免なさい。もう、行くから」
今にも泣き出しそうな顔。
薄暗い部屋の中なのに、妹のその表情だけがまるで明かりの下であるかのように、はっきりと見えた。
今度は俺が妹を強く抱きしめた。
「優香、大丈夫。これからも、俺はお前と一緒に居るから」
「本当?」
俺は「ああ」と妹の可愛らしい耳にささやいた。妹は次第に体から力を抜いて、俺に体を預けた。俺はその時、妹が俺の中に染み込んでくる錯覚を見た。そしてその錯覚は、とても甘美なものだった。
「お兄ちゃん、優香ね、こう、お兄ちゃんに抱きしめられているとすごく安心するの…。とても気持ちいい…」
妹も同じ思いを感じている。俺は直感的にそう思った。
「…。」
妹が小声で何かを呟いた。俺にはその言葉が良く聞こえなかった。
「何?」
優香が俺を見上げる。暗さに目が慣れたためか、先程よりも妹の顔がはっきりと見える。
笑顔。
無邪気で透明な笑顔。だが俺はその笑顔を見たとき、なぜだか背筋を疾る怖気(おぞけ)を感じた。
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
俺は何も答えられない。妹の、優香の笑顔に魅せられ、釘付けになっていた。
「お兄ちゃんの勇気を優香に分けてください。お願い、お兄ちゃん」
少しずつ近付いてくる妹に、俺は呆然としたままだった。俺の思考は優香が言っている意味を解釈したが、俺の意志はその意味を無視し、別の意味を探させた。
「お願い、お兄ちゃんを分けて。そうすれば優香、強くなれると思うの。ううん。強くなれるよ。だって、お兄ちゃんが一緒なんだもの。強くなれない訳、無いよ」
俺と妹の額が当たった。
依然、俺の思考は空転し続けていた。妹は自分の寝間着に手をかける。俺の思考は妹の望む答えだけを弾き出し続けていた。
「お兄ちゃん、お願い…」
俺の心臓は壊れてしまいそうな程、高鳴っていた。俺は、狂ったような思考を続ける頭で、考える。
俺は、俺が愛しているのは?
「お兄ちゃん」
優香は俺にキスをした。
もう何年も一緒にいた彼女は何よりも、何よりも愛おしかった。
結.昨日と似た、変わってしまった朝。
ピン、ポーン。
何の音だろう? 俺はまどろみの中で、考えた。うるさいな、そう思ったとき、俺の隣でごそごそと音がした。誰か居る。誰だろう。だが、とても大事な人だと思う。俺の大事な人は、俺に手を伸ばすとそのまま優しく撫でてくれた。あまりの心地よさに俺は、その手を撫で返した。
ピン、ポーン。
ゆっくりと俺の思考は覚醒していく。そうだ、隣にいるのは優香だ。優香は布団から這い出すと、小気味よいとんとんという足音で、ロフトから降りていった。
ピン、ポーン。
このとき俺は完全に目を覚ました。急いで起きると、自分が裸なのに気付く。ついで、昨晩何があったかも思い出す。
ピン、ポーン。
手早く下着とズボンを着ると大声で返事をした。それに訪問者も答える。
「あ、あの、紀子です」
「ちょ、ちょっと待っててね!」
手近にあったTシャツをかぶりながらロフトを駆け下りる。
ドアがゆっくり開く音がする。
「あっ」
紀子が小さく声を上げた。その声がして、やっと俺も玄関の方を見た。
俺が見たのは、艶やかな腰まである黒髪と滑らかなラインを描く下半身。そして、唖然とする紀子の顔。
全裸の優香は、俺の方を向いて、笑った…。
98/07/09(Fri)・初稿
99/05/12(Wed)・改稿
99/05/19(Wed)・改稿
~了~
この小説はもしかすると、あなたの精神に悪影響を及ぼすことになるかも知れません。
しかしながら、もし、そう言う事になっても、当方は責任を負いかねます。
あなたに良識がありますように。
『妹』
起.過去、もしくは原点。
妹は弱い娘だった。
病弱なわけではない。所謂(いわゆる)、『気が弱い』というやつだ。
妹が幼かった頃、両親は毎晩夫婦喧嘩してた。夫婦喧嘩が始まると、まだ小学生の俺は妹を守るように抱きしめて寝た。明日こそ両親達は離婚するのではないか、そして両親が離婚すればこんな嫌な思いをしなくてもよいのではと考えながら。しかし両親は離婚しなかった。なぜなら祖父が古い考えの持ち主で、母に絶対離婚させなかったからだ。毎日夜が来るのが嫌だった。
俺が中学に上がった頃、父はあまり家に帰ってこなくなり、夫婦喧嘩は少なくなった。しかし、母親がヒステリーを起こす様になり、気弱な妹によく当たっていた。妹は母親に叱られるたび、俺に抱き付いて泣いていた。だがそのうち、俺もあまり家に居たくないため遅くまで家に帰らなくなる様になると、妹は次第に自分の殻に閉じこもる様になった。学校にも行かず、部屋に鍵を掛けずっと一人で居た。妹は対人恐怖症になっていた。
妹が中学生の頃には、小学生時代の登校拒否が益々酷くなり、学校にはほとんど行かなかった。さすがに俺も妹の心の病と、母親の酷いヒステリーに気が付き、母が妹に当たらない様気を付けた。その為か、妹の心も、ついでに母の機嫌も、次第に回復していった。しかしその頃の俺は、この妹も含めた家族関係に嫌気が差していた。
俺は高校を卒業したのを機に一人暮しをはじめた。そのうち、俺と入れ替わる様に高校に進学した妹は、嫌なことがある度に俺の家に来る様になった。はじめは邪険にしていたが、家事をしてくれる様になったので、俺も何も言わないことにした。本当はただ、帰れといわれた時の妹の悲しい顔を見たくなかっただけだったのかも知れない。一月も経つと妹は俺の家で暮らしていたが、この時俺は何も言わないことにした。妹がどれほど親元に帰りたくないと考えているのが分かったからだ。
俺は両親に妹の対人恐怖症の療養という事で、この事に口出しさせなかった。なぜなら、俺と二人で居る時の妹は普通の女の子だったからだ。少しずつ慣らしていけば妹は本当に普通の女の子になると思った。
一年経った今では、妹は普通の物静かな女の子になった。笑顔も見せるし、時折冗談も言う。相変わらず学校には行かなかったが、本をよく読むし、俺も勉強を教えているので人並み程の知識はある。気が弱いのは変わらなかったが。
しかし、この頃には俺も、妹は一生俺の元から離れようとはしないのだろうと漠然と考えていた。同じように妹もそう考えていたのだろう。そして、そう考えていながら、それ以上考えるのは二人ともやめた。もしかしたら、俺も妹も幸せだったのかもしれない。なぜなら俺の目の届くところに妹がいることで俺も妹もお互いに安心できたからだ。
もしかしたら、この先の運命は、妹が俺の妹として生まれた時から決まっていたのかもしれない。
承.今、または平穏な日々。
昼前、俺は大学の構内を歩いていた。前の講義が早めに終わったので、その分早めに学食に行く事にした。昨日は俺も妹も夜遅くまで起きてサッカーの国際試合を見ていたので、お互い寝坊して朝食をちゃんと食べなかったのだ。
「先輩」
後ろから声をかけられ、振り向くとポニーテールの女の子が居た。後輩の高田紀子だ。背丈が俺の肩あたりまであり、女の子としては高い方だろう。スレンダーな体にぴったりしたシャツとスリムジーンズを着て、その上にちょっとだぶついた上着を羽織っている。
鞄を肩に掛けているところを見ると、今頃到着したのだろう。
「よお、紀子ちゃん。どうしたんだよ、こんな時間に」
彼女はえへへと笑い、「今日は寝坊しちゃって、今到着したとこです」といって照れくさそうに頭を掻いた。たぶん彼女も俺達と同じ事をしたのだろう。
「これからお昼ですか?」
「うん。学食だけど、一緒に行く?」
「ハイ! 行きます行きます。実はご飯食べずに来ちゃって、お腹すいてるんですよ。」
学食に入ると暇な学生達が集まっていた。多分、俺か紀子ちゃんと同じか、講義の無い学生だろう。俺達は券売機からメニューを選び、料理を受け取って適当な席に付き食事を始めた。食事をしながら、俺と紀子ちゃんはいろいろと話をした。
「本当ですよ。私料理には自信があるんですから」
「へぇ、うらやましいな。俺なんか、料理あんまり得意じゃなくてさ」
「先輩、ご飯ちゃんと食べてますか?」
「普段はね。今日は寝坊しちゃって朝、ろくに食べなかったけど。…俺そんなにがっついてた?」
「いえ、そう言う訳では無いんですけど…」
彼女は急にもじもじし始めた。
「あの、先輩。もしよろしければ、先輩のおうちにご飯作りに行っていいですか?」
俺は一瞬彼女が何を言っているのかわからなくて、彼女を見つめてしまった。見つめられるた紀子ちゃんは顔を赤くしてうつむいてしまう。薄々気付いてはいたのだが、やはり彼女は俺のことを気に入ってくれているらしい。
その気持ちは素直に嬉しい。しかし、家には妹が居るのだ。妹はまだ完全に対人恐怖症が直ってるわけでは無い。そんな妹のことを考えると、あまり人を家に入れたくは無かった。
「うう~ん、ごめん。実は俺の部屋散らかってて女の子を呼べるような状態じゃないんだ。また今度にしてくれないかな」
「そ、そうですか…。そうですよね、いきなりこんな事言われても、困りますよね。すいません」
「いや、気持ちはとても嬉しいよ、ありがとう。ごめんね、いつもだらしなくてさ」
「それじゃあ、先輩…。私のうちにならご飯、食べに来てくれますか…?」
紀子ちゃんは普段の彼女がしないような気弱そうな顔で俺を見つめてきた。そのとたん俺の心臓が高鳴った。
「もちろん、喜んで」
俺は心の動揺を隠しながら答え、そして、彼女は嬉しそうに笑った。
俺と紀子ちゃんは、今日の晩、彼女の家にご飯を食べに行く約束をした。それから、お互いの講義を終え、一緒に大学を出た後そのまま彼女の家に向かった。
紀子ちゃんの料理は美味しかった。この事を彼女に言うと、とても嬉しそうな顔をして、照れた。そしてそれを見た俺も、なぜか同じように照れた。舞い上がっているのだろうか、どうもはじめて一人暮しの女の子の家に来てしまったため調子が出ないらしい。そんな俺に紀子ちゃんは色々話し掛けてくる。俺の口は心の中とは反対にとても流暢に紀子ちゃんと会話していた。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「いえいえ、お粗末さまでした」
紀子ちゃんは少しはにかみながら答えた。
「先輩、食後にビールでも飲みますか?」
「いや、そこまでしてもらったら悪いし、今日はもう帰るよ」
俺は立ち上って上着を取ろうとした。その時一緒に彼女も立ち上った。
「先輩、待ってください!」
彼女にしては珍しい声色だった。だから俺はつい彼女をまじまじと見てしまった。見つめられた彼女は、あ、と言ってまた俯いてしまった。
「あの。あのっ」
彼女は上目使いに俺を見た。その気弱そうに俺を見る表情を見たとき、俺はいつの間にか彼女を抱き締めていた。
守らないと。
何故かその気持ちだけが俺の心の中を占めていた。
「ああ、先輩、先輩…。好きです、大好きです。…とても嬉しい…」
彼女も俺の首に腕を回してくる。俺は何人かの女の子と付き合った事は有ったが、ここまで心を揺さぶられたのは初めてだった。
いつの間にか、俺は彼女をフローリングの床の上に押し倒していた。キスをして、もう一度自分の下にいる少女の潤んだ瞳を見る。
…ああなるほど。この子の目は、昔の妹に似ているんだ…。
「ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
紀子ちゃん、いや、紀子とのことがあってから二週間程経っていた。
大学から帰ってきた俺を、いつもの通り妹、優香が口ずさんでいた唄を中断して出迎えてくれた。白いワンピースの上に淡い緑のエプロンを付け、腰まである長い髪を一本の三つ編みにして洗い物をしていた。この長い髪は妹のトレードマークだった。中断していた唄の続きを歌いながら色白の手がてきぱきと皿を洗っていく。俺は妹の唄を聞きながら、その背中を見つめ、昔の妹と比べる。俺の記憶にある妹に比べて随分明るくなった。こうしてるとほんとに普通の十七歳の女の子だと思う。
もう、俺の役目は終わりか?
その考えが浮かんだ。そうかも知れない。
「なぁに」
見つめられたのに気付いたらしい。困ったような顔をして俺を見た。昔の死んだような目は無かった。その時の妹は、色白のきめこまかい肌のせいで白磁で出来た人形の様だった。今は多少気弱そうな目をしているが、ちゃんと生きた目をしている。そんなことが、とても嬉しかった。
「ん、何でも無い。気になったら謝るよ。ごめんな」
妹は笑った。
転.少しずつ変わっていく日々。
昼前の講義がやっと終わった。相変わらず、この時間は長く感じる。俺は妹が作った弁当を食べようと、バックから出そうとしたが、無い。どうやら忘れてしまった様だ。しょうがないので学食へ行こうとした時、携帯がなった。
「もしもし?」
どうやら公衆電話から掛けてるらしい。耳障りなブザーと雑踏の音が聞こえてきた。
「…お兄ちゃん?」
「優香!? 外に出て大丈夫なのか?」
「う、うん。少し怖いけど大丈夫…。あのね、お兄ちゃんお弁当忘れたでしょう?だからね、お弁当持ってきたよ。優香と一緒に食べよう」
「ああ、分かったよ。今どこ? すぐそっち行くから」
俺は正門で待っていた優香と落ち合うと、キャンパスでもあまり人の来ない芝生に腰を下ろした。優香は持ってきたバックから手作り弁当とお茶を取り出し、俺達は昼食を取り始めた。
俺の大学に初めて、しかも一人でここまで来た興奮の為か、妹は饒舌になっていた。俺はそんな妹の話に相槌を打ちながら妹の料理を食べた。そして、俺がそろそろ食べ終わるぐらいの頃、「せんぱ、あ」という声がした。俺がゆっくり振り向くと、そこには紀子がいた。妹に気付かずに声を掛けてしまったのだろう。そのまま妹を睨む。その紀子の顔には嫉妬の色が見えた。そして睨まれた妹は萎縮して俺の後ろに隠れてしまう。
「先輩、その人は誰ですか!?」
俺は紀子がこんなにも嫉妬深い性格だとは思わなかった。荒げられた声に妹は更に怯え俺に強く抱きつき、その姿を見た紀子は更に頭にきたらしく、顔を真っ赤にした。見事な泥沼だった。
「紀子、落ち着け。妹が怯えてる」
俺は幾分怒ったような声で言った。この一週間でずいぶん紀子という娘の性格がわかった。この子は俺に嫌われるの恐れている。こういう言い方をすれば少し落ち着くだろう。
「あ…。妹さん、ですか?」
俺は妹に挨拶させようと思った。しかし妹はまだ紀子を怖がって俺から離れようとはせず、ただぽろぽろと涙を流していた。
『先輩、今日はほんとにすいませんでした』
その日の夜、妹が寝た時、俺は紀子に電話を掛けた。俺は紀子に事情を話して良いものか迷ったが、紀子の誠実さは承知していたため、これからも誤解がないように妹のことを話しておくことにした。そして、妹が対人恐怖症であること、家庭の事情で今は俺の部屋にいることを伝えた。さすがに、妹が俺の部屋に居る事には紀子も驚いたらしいが、特になにも言わなかった。たぶん、今日妹を怯えさせてしまった事が負い目になっているのだろう。ここまで聞かされた紀子はただ、「明日謝りに行きます」、とだけ言った。確かに、妹にはちゃんと紀子のことを説明して置いた方が良いだろう。一通り話したところで俺は電話を置き、横になった。
「…お兄ちゃん。お兄ちゃん」
気が付くと妹が横にいた。知らないうちに寝ていたらしい。俺と妹は当たり前のことだが、離れて寝ていた。妹はリビングで寝て、俺はロフトで寝ていた。妹はいつの間にかロフトに来ていた。ここで暮らすようになってから俺の寝床に来ることは無かったのに。
「お兄ちゃん」
呟くような小さな声だ。
暗がりの中、妹の瞳の場所だけが分かった。後々考えると、その時の妹の様子は少しおかしかった。俺はじっと見つめてくる妹の視線から逃れるように天井を見つめた。
「あの、紀子さんは、お兄ちゃんの…」
「そうだよ」
妹が息を飲むのが分かった。
「明日、紀子が、優香に謝りに来るそうだ。優香もあいつと仲良くしてやってくれ」
そう言おうとした。
しかし、その台詞は最後までちゃんと言えなかった。妹が俺にのしかかり、そのまま抱き付いてしまったからだ。
「優香…」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。嫌だ、嫌だよ。どこにも行かないで。優香を独りぼっちにしないで。もう独りぼっちは嫌なの。お願い、お兄ちゃん。優香、何でもお兄ちゃんの言うこと聞くから、二度と独りぼっちにしないで。お願い、お願い」
妹は俺にしがみつきながら、嗚咽混じりに言った。妹の涙が、俺の胸を濡らしてゆく。
俺はただ胸の上で泣きじゃくっている優香を抱きしめた。妹の頭を撫でてやりながら、こうして妹を抱きしめてやるのは何年ぶりだろうと考えた。
しばらくすると、優香は次第に落ち着きを取り戻していった。
「落ち着いたか?」
「…うん。
ごめんねお兄ちゃん。優香、いつまでたってもお兄ちゃんに迷惑かけてばかりで。
おかしいよね。
優香、お兄ちゃんと紀子さんが付き合ったら、お兄ちゃんがいなくなるんじゃないかって、思っちゃって」
妹は体を起こし、俺から離れた。しかし、妹の手は震える程強く俺の腕を掴んでいた。
きらきらと光るものが俺の胸の上に落ちてくる。
「そうしたら。そうしたらね。
急に悲しくなって。
急に恐くなって。
…ごめん、お兄ちゃん。本当に御免なさい。もう、行くから」
今にも泣き出しそうな顔。
薄暗い部屋の中なのに、妹のその表情だけがまるで明かりの下であるかのように、はっきりと見えた。
今度は俺が妹を強く抱きしめた。
「優香、大丈夫。これからも、俺はお前と一緒に居るから」
「本当?」
俺は「ああ」と妹の可愛らしい耳にささやいた。妹は次第に体から力を抜いて、俺に体を預けた。俺はその時、妹が俺の中に染み込んでくる錯覚を見た。そしてその錯覚は、とても甘美なものだった。
「お兄ちゃん、優香ね、こう、お兄ちゃんに抱きしめられているとすごく安心するの…。とても気持ちいい…」
妹も同じ思いを感じている。俺は直感的にそう思った。
「…。」
妹が小声で何かを呟いた。俺にはその言葉が良く聞こえなかった。
「何?」
優香が俺を見上げる。暗さに目が慣れたためか、先程よりも妹の顔がはっきりと見える。
笑顔。
無邪気で透明な笑顔。だが俺はその笑顔を見たとき、なぜだか背筋を疾る怖気(おぞけ)を感じた。
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
俺は何も答えられない。妹の、優香の笑顔に魅せられ、釘付けになっていた。
「お兄ちゃんの勇気を優香に分けてください。お願い、お兄ちゃん」
少しずつ近付いてくる妹に、俺は呆然としたままだった。俺の思考は優香が言っている意味を解釈したが、俺の意志はその意味を無視し、別の意味を探させた。
「お願い、お兄ちゃんを分けて。そうすれば優香、強くなれると思うの。ううん。強くなれるよ。だって、お兄ちゃんが一緒なんだもの。強くなれない訳、無いよ」
俺と妹の額が当たった。
依然、俺の思考は空転し続けていた。妹は自分の寝間着に手をかける。俺の思考は妹の望む答えだけを弾き出し続けていた。
「お兄ちゃん、お願い…」
俺の心臓は壊れてしまいそうな程、高鳴っていた。俺は、狂ったような思考を続ける頭で、考える。
俺は、俺が愛しているのは?
「お兄ちゃん」
優香は俺にキスをした。
もう何年も一緒にいた彼女は何よりも、何よりも愛おしかった。
結.昨日と似た、変わってしまった朝。
ピン、ポーン。
何の音だろう? 俺はまどろみの中で、考えた。うるさいな、そう思ったとき、俺の隣でごそごそと音がした。誰か居る。誰だろう。だが、とても大事な人だと思う。俺の大事な人は、俺に手を伸ばすとそのまま優しく撫でてくれた。あまりの心地よさに俺は、その手を撫で返した。
ピン、ポーン。
ゆっくりと俺の思考は覚醒していく。そうだ、隣にいるのは優香だ。優香は布団から這い出すと、小気味よいとんとんという足音で、ロフトから降りていった。
ピン、ポーン。
このとき俺は完全に目を覚ました。急いで起きると、自分が裸なのに気付く。ついで、昨晩何があったかも思い出す。
ピン、ポーン。
手早く下着とズボンを着ると大声で返事をした。それに訪問者も答える。
「あ、あの、紀子です」
「ちょ、ちょっと待っててね!」
手近にあったTシャツをかぶりながらロフトを駆け下りる。
ドアがゆっくり開く音がする。
「あっ」
紀子が小さく声を上げた。その声がして、やっと俺も玄関の方を見た。
俺が見たのは、艶やかな腰まである黒髪と滑らかなラインを描く下半身。そして、唖然とする紀子の顔。
全裸の優香は、俺の方を向いて、笑った…。
98/07/09(Fri)・初稿
99/05/12(Wed)・改稿
99/05/19(Wed)・改稿
~了~
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