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小説(転載) Eternal Delta 5/9

官能小説
08 /28 2018
第2章 確認なんてしなくても〈2〉

 先に裸になった……ならされた遙紀は、先に風呂場に入っていた。
 かけ湯をし、湯船に浸かる。
 膝を立てて両腕で抱え、いろんなことを考え始める。
 今から裸の梨玖が入ってくる。それを見るだけでも恐ろしいのに。
 何もしないなんて言っていたが、絶対信用は出来ない。きっと昼間みたいな恥ずかしいことをするつもりなんだ。いやそれどころか、今度こそ本気でバージンを奪うつもりなのかも……。
 ──やだぁっ!
 昼間は修祐とのこともあったので、同意するしかなかったというか、あそこで拒否したら嫌われるかもしれないと思った。
 だけど、今度は違う。修祐のことは関係ない。ただ単に梨玖がやりたいだけ。
 遙紀にはまだなんの覚悟も出来ていない。
 第一、どうして風呂場なの!?
 初体験がこんなところなんて!
 ……そりゃ、車のバックシートとか、公園の草むらとか、学校の屋上なんてところよりはマシかもしれないけど……別にラブホテルに行きたいとかいうわけでもないし……。
 ──じゃなくて!
 ばしゃんっ!と遙紀は顔面を水面に叩きつけた。
 場所が問題なわけじゃなくて……いや問題だけど……あたしやっぱりまだダメよ~!
 なんとかして逃げられないだろうかと考えた。
 だがこんな狭っ苦しい風呂場では逃げ場なんてないし、風呂場から逃げ出せたとしても足の速い梨玖にはあっさりとっ捕まってしまう。
 ……どうしよう。
 本気で拒否したら梨玖だってやめてくれる……かな。
 だけど昼間みたいに「俺とするのが嫌なのか?」なんて聞かれたら困るし……。
 風呂の湯の熱と恥ずかしさのせいで、遙紀の顔は真っ赤っかになっていた。時々、梨玖に嫌われる可能性を考えて青ざめる。
 悩んでいた時間は一分にも満たない。答えが出ないうちに、梨玖が入ってきた。
 風呂場のドアが開く音に、遙紀は身をすくませた。そっちを見ないようにうつむく。
「遙紀、先に髪の毛洗うか?」
「……え?」
 聞かれて遙紀は思わず振り返ってしまった。
 梨玖は湯船のすぐそばに立っていた。遙紀の目線はちょうど梨玖の腰。なのだが、梨玖は腰にタオルを巻いていた。
 ……少しほっとした。いきなりあんなものは見たくない。どんなものか知らないが。
 湯船はなんとか二人並んで座れるぐらいの広さはある。洗い場の方も同じぐらい。二人並べるとはいっても並びたくない。
 さっさと洗ってさっさと上がってしまおう。そう考えて、遙紀は先に髪を洗うことにした。梨玖と場所を交代する。
 一度見られたとはいっても、やっぱり裸は恥ずかしい。梨玖の視線を過剰に意識しつつ、遙紀はシャワーの栓を捻った。
 梨玖は湯船の縁に両肘を置き、その上にあごを載せてじーっと遙紀を見ている。少し手を伸ばせば届く距離。
 ……やっぱり絶対触らないなんて信用できないよね。
 全身を緊張させ、遙紀はシャワーで髪を濡らした。シャンプーを手に取り髪につけ、汚れを落とすだけですぐにシャワーで流す。もう一度シャンプーを手にして髪を泡立てる。またシャワーで流して次はリンス。
 一週間に一度、遙紀はトリートメントをする。今日はそうしようと思っていた日なのだが、それどころじゃない。そんな時間はない。
 リンスを髪になじませているときに、遙紀はちらっと梨玖を見た。
 梨玖はずっと同じ恰好で遙紀を見ていた。なにやら笑っているらしい。
「……ねえ」
「なんだ?」
「……なんか楽しいの?」
「めっちゃ楽しい」
「……なにが?」
「いろいろ」
 ……やっぱり変態よ、こいつ。遙紀は確信した。
 ため息をついて、リンスを洗い流す。顔を上げて頭のてっぺんからシャワーをかけていると、べちょっ、とした感触をヘソの上辺りに感じた。
 何事かと思って視線を下げる。みぞおちの部分に泡立ったスポンジがくっついていた。もちろん勝手にくっついているわけじゃない。スポンジから梨玖の手が伸びていた。
「……なにやってんの?」
「洗ってやろーと思ってさ」
「自分でするわよ!」
「遠慮すんな」
「遠慮じゃない! だいたい、あたしに触らないって言ったじゃない!」
 信用してなかったけど。
「俺が触ってるんじゃなくて、スポンジが触ってんだよ」
「ヘ、ヘリクツ言──ひゃぁんっ!」
 いきなりスポンジで胸を撫でられた。背中に悪寒のようなものが走った。
 直接手や舌で触られるのとはなんだか全然違う感じで、ぞくっとはしたけど、それだけだった。昼間のが快感だったとは認めたくない。しかしあれに比べれば今のはあんまり感じなかった。が、遙紀は真っ赤っかになって硬直した。
 自分の声が、思いっきり反響したからだ。それも嬌声が。
 まさかとは思うが家の外に聞こえてないだろうか。
「り、梨玖! あんたねぇ──やぁんっ」
 文句を言いかけた遙紀だったが、何度も乳首をこねくり回されて、身体がだんだん言うことを聞かなくなってきたのを自覚した。
「や……梨玖、やめ……んっ……」
「お前って感じやすいのかなー」
「し、知らなっ……あ……」
 感じやすいとダメなんだろうか。なんてことを頭の片隅で心配しながら、遙紀は必死で声を出さないように我慢していた。シャワーが出しっぱなしなのはすっかり忘れている。
 なんで逃げられないんだろう。
 身体が言うことを聞かないのも原因だが、それだけじゃないような気がする。
 胸への攻撃は止まない。それどころか、梨玖は空いた左手に石鹸をこすりつけて泡立て、遙紀の背中や尻を撫で始めた。
「やっ……だ、だめ……」
 本格的に触ってきた。このままどんどん攻撃がエスカレートして、本当に最後の最後までやってしまうのかもしれない。
 ……こんなところで?
「やだっ……梨玖、や……やめ……て……」
 遙紀はかすれるような声で訴えた。どうせ聞いてくれない、とも思ったのだが。
 梨玖の手がぴたりと止まった。慌てたように遙紀から手を離す。
「あ、わ、判った、やめる、やめるから泣くなって!」
「……え?」
 泣くって、誰が……?
 疑問に思った遙紀は、視界が曇っていることに気づいた。瞬きすると、涙がこぼれた。
「泣かなくたっていーだろー……」
 梨玖が仕方ないな、といった感じでうなだれた。
 遙紀はムカついた。シャワーを掴んで梨玖に向ける。
「──バカぁっ!」
「のぁっ!」
 ばしゃーっ!と梨玖の顔面に容赦なく湯が降りかかる。
「おい! やめろって! い、息でき……ね……!」
 湯の向こうで梨玖がもがいている。しかし遙紀は全然気が済まない。シャワーを梨玖に投げつけた。かこーんっ!と見事に額にヒットした。梨玖は湯船に沈んだ。
 身体についた泡をシャワーで流し、遙紀はさっさと風呂場を出ようと立ち上がった。そして磨りガラスのドアに手をかけた瞬間。
「──ただいまー」
 遙紀はぎくっとした。ドアに手をかけたままで動きが止まる。
「梨玖ー、遙紀ちゃーん。イチゴ買ってきたのー。食べなーい?」
 母の声だった。
 ……どうしよー……。
 出るに出られなくなって、遙紀は焦った。
「……お袋か?」
 ざぶっと湯から顔を上げて、梨玖が聞いた。振り返って遙紀はこくこくと頷いた。
「……まずいな」
「ま、まずいなって、あんた……!」
 親公認だから平気だとか言ってたのは誰だ。
「梨玖ー? 遙紀ちゃーん。いないのー?」
 声がだんだん近くなってきた。ここを覗きに来るのは時間の問題だ。
「俺が出る」
 いつの間にか湯船から上がっていた梨玖が、遙紀の肩を引いてドアを開けた。
「ちょ、ちょっと! どうすんの!?」
「いーから入ってろ」
 と、頭を押し返された。
 ドアを少ーしだけ開けて、脱衣所にいる梨玖の様子を除く。
「なんか呼んだかぁー?」
 いつも通りの呑気な声で、梨玖がバスルームの外に向かって言った。
「ああ、なんだ。お風呂入ってたの? 遙紀ちゃんは?」
「あー……便所じゃねぇの?」
 その説明に遙紀はずっこけた。
 ……も、もうちょっと違うごまかし方できないの!?
 しかし母はそれで納得していた。
「あっそう。イチゴ買ってきたのよ。食べるでしょ?」
「ああ。あとで食う。それより親父は?」
「まだよ。担当さんとハシゴしてるの。さっき三件目に行ったわ。帰るの夜中ね。あ、梨玖。お風呂もう上がる? 母さん早く入りたいんだけど」
「今入ったばっかだって」
「あらそう。早くしてね」
 母の足音が遠ざかっていった。そのすぐ後、ドアの開く音がしたので、おそらく寝室に入ったのだろう。
「遙紀、今のうちに部屋に行け」
「う、うん」
 頷き、遙紀は脱衣所に出たが。
「あ!」
「なんだ?」
「き、着替えもバスタオルも持ってきてない……」
 梨玖に無理やり連れてこられたのだから当たり前だが。
「さっきの服着てりゃいいだろ? あ、いや着替えてる暇ないぞ。そのまま行け」
「え!?」
「しょうがないだろ」
「誰のせいよ!」
「俺のバスタオル使えばいいから。あとで返せよ」
 何を偉そうに言っているのかと遙紀は何か言いたくて仕方ない。
 バスルームから二階の部屋に行くには、玄関前を通らなければいけない。こんな夜にいきなり誰かが訪ねてくるなんてことはないと思うが、やっぱりちょっとセミヌードは勇気がいる。
「早く行けって」
 バスタオルを押しつけられ、遙紀は仕方なく身体に巻いた。それから梨玖に脱がされて辺りに散乱していた服を抱え、バスルームを出た。
 足音を立てないようにゆっくりそーっと歩く。
 バスルームの向かいが父の書斎。書斎とは名ばかりで、本が山積みになっているだけの部屋。その隣が両親の寝室。さらに隣の部屋がリビング。その向こうが玄関だ。
 廊下をまっすぐ慎重に歩き、玄関まで着た遙紀は、猛ダッシュで階段を駆け上がった。ここまで来れば足音はどうでもいい。それより早く服を着たい。



 部屋に飛び込んだ遙紀は、入ってすぐ左手にあるタンスに飛びつき、最初に掴んだ下着を大急ぎではいた。続けてブラジャーを着け、さっき着ていた服を再び着る。
「……はあ」
 遙紀は大きく息をついた。
 やっとこれで落ち着ける。
 自分のバスタオルで髪の滴を拭き取る。生乾きのままで、梨玖のバスタオルを持って部屋を出た。
 階段を下り、バスルームへ向かって廊下を歩いていると、突然視界が遮られた。
「ああ、遙紀ちゃん」
 両親の寝室のドアが開いて、母が顔を出したのだった。
「あ、えっと、お、お帰りなさい」
「ただいま。晩ご飯は? 作ってくれたの?」
「あ、うん、適当に作った」
「そう、ごめんね。もうちょっと早く帰るつもりだったんだけど。イチゴ買ってきたの。食べる?」
「う、うん。あ、あたし洗うから。お母さん疲れてるでしょ?」
「あらそーお? じゃあお願いね」
 そう言って母は部屋に引っ込みかけた。が、遙紀の手元を見て変な顔をした。
「あら。それ、梨玖のバスタオルじゃなかった?」
「え!? あ、あの……さ、さっきね、忘れたから持ってきてくれって言われたの」
「あらまあ。おマヌケさんな子だわ」
 自分の息子に向かってムチャクチャ言ってる、と遙紀は思ったが、ドスケベという言葉も付け足したいとも思った。



 ヘタを切り取って水洗いしたイチゴを、ガラスの器に四等分する。つもりだったが、数が合わなくて一皿だけ他より少なくなってしまった。
 ……これは梨玖の分にしてやろう。
 一番少ない皿にラップをし、油性ペンで「りく」と名前を書く。もう一皿ラップをして、それには「父」と書いた。
 他の二つに練乳と砂糖をかけ、フォークを二つ持って母の部屋に行く。
「ああ、ありがとー」
「練乳いらなかったかな?」
「あら。イチゴには練乳でしょ?」
 皿とフォークを受け取り、母は笑って言った。
 この義理の母とは結構食べ物の趣味が合う。そのお陰か、子供と後妻の仲がうまくいかないという電話相談の定番の悩みがない。以前からよく知っていたという理由もあると思うが。
「父さんと一緒に仕事するの?」
 部屋の入口で遙紀は立ち話を始めた。
「そうなのよ。今度イラスト集出すんだけどね。それにお父さんがちょっと話を書くことになったの」
「童話みたいな?」
「そうねえ。詩って言った方がいいかしら」
「……あたしにも読めるかな?」
「あら。読んだことないの?」
「だって父さんの書くのって……」
「あ、そうねえ。童話とポルノだもんねえ」
「童話だったら読めるけど……」
 ポルノ小説なんて読みたくない。しかし父親の仕事をよく知りたいとも思うので、できれば普通の小説を書いて欲しい。梨玖や修祐を除いて、父がポルノ作家だということを知っているのは親友の女の子が一人だけ。それ以外には童話作家だとしか言っていない。
 息子ならともかく、娘としては父親がポルノ作家だとは言いたくないというか……。
 ……ひょっとして梨玖って父さんの小説読んでるのかな?
 その手の雑誌やビデオは未成年者に販売してはいけないという表向きの決まりはあるが、小説の場合はどうなんだろうか? 
「今度出すイラスト集はね、風景画が多いから。遙紀ちゃんでも大丈夫よ」
「あ、そうなの? じゃあ、出たら読ませてね」
「あら、もちろん。あ、それでね、しばらく編集部に通うことになると思うのよ。だから夕食の用意とかお願いね」
「うん、いいけど……父さんも?」
 また両親揃って家を空けたりしたら、今日みたいに梨玖が変態になって襲いかかってくるかもしれない。
「ああ、お父さんはあんまり出ないと思うわ。他の仕事もあるし」
「あ、そうなんだ」
 かなりほっとした。
 どちらか一人いてくれれば安心だ。
 ……そうでもないかも。
「あがったぞー」
 ガラス戸が開いて、梨玖が廊下に出てきた。全身から湯気を立ち上らせている。
 早く上がれと言っていた母は、「あらやだ、もう上がったの」と言ってイチゴの入った器をダイニングの方へ持っていった。
「あー、それくれ」
 梨玖が母の後を追いかけた。
「ちゃんと分けてくれてるわよ」
 自分の分を冷蔵庫にしまい、母は着替えを持ってバスルームへ向かった。
 梨玖が冷蔵庫を開けて中を覗き込んだ。二階へ行きかけた遙紀に声をかけてくる。
「……なあ、これお前が分けたのか?」
「そーよ」
「なんか差別感じるんだけどさ」
 大粒のイチゴなので、一つ少ないだけでものすごい差があるように見える。
「気のせいよ」
 言い捨てて、遙紀は階段を上がった。



「──なあ、遙紀」
 遙紀が部屋に入ってすぐに、梨玖がやってきた。遙紀は部屋の真ん中のテーブルでイチゴを食べながらテレビを見ている。梨玖は視界を遮るようにテレビの前を通って遙紀の隣に座った。
「……まだ怒ってっか?」
「当たり前でしょ!」
 遙紀は眉を吊り上げて梨玖に怒鳴った。
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないの!?」
「……いや、あれは礼儀がどうこうってことじゃないと思うけどな」
「いいのよ、なんでも!」
 遙紀は梨玖を無視して猛然とイチゴを食べる。
「……なあ」
「なによ!」
「宿題……」
「自分でやるって言ったでしょ」
「直接触ってないだろ?」
「触ったじゃない、背中!」
 梨玖ははっとしたような顔で青ざめた。
「せ、石鹸越し」
「男らしくないわよ、あんた!」
「た~の~む~! 俺一人で出来るわけねぇんだからさー!」
「いや」
「遙紀~!」
「訴えてる暇あったらさっさと部屋戻ってやってくれば?」
「……んじゃ、最後の手段だ」
「は?──ちょっ……!」
 どさっと後ろに押し倒された。梨玖が覆い被さっている。
 ……さ、最後の手段って……。
 生真面目な顔をした梨玖が真上にいる。遙紀の心臓の音が大きくなってきた。
 う、うわ、ちょ、ちょっと、待って……。
 そんな見たこともないような顔で見つめられたりしたら、どきどきしちゃって動けないじゃないのよ!
 今度こそ本当にされちゃうんだろうか。こんな成り行きみたいな?……それもなんか嫌だってば……もっとちゃんと自然な感じで……って、そうじゃなくて……。
「……遙紀」
「ななななに!?」
「覚悟しろ」
 でででできない!
 この場合、拒否していいんだろうか。梨玖にすれば、拒否されても宿題を写させてもらえるという特典があるし、拒否されなかったらそれはそれで満足するんだろう。
 遙紀にすれば、宿題なんか見せてやるもんかと頑固に思う一方、最後までやるのはまだ恐い。
 ……どっちがマシなんだろう。
 もちろん、宿題を見せてやる方がマシだというのは判っている。だけどそれは自分が折れるということになるわけだし……。
 梨玖がにやりと笑った。遙紀は赤面しながら青ざめた。
「いくぞ」
 梨玖の手が、遙紀の、脇の辺りに触れた。
「……え」
 いきなり服を脱がされるのか、胸を掴まれるのかするんだと思っていたのだが。
 ピアノを弾くときやキーボードを叩くときのように、梨玖の指が細か~く動いた。
「──ひゃははははははっ!」
 遙紀は背中を反らせて大笑いした。
「弱点知ってんだぞー。ここだろ」
 梨玖の手が腰に移動した。
「いやぁ~~っ! や、や、や、やめ……!」
 あまりにも古典的でバカバカしい攻撃に遙紀は腹が立ったのだが、笑いが止まらなくて文句が言えない。なんとか身体をねじらせて梨玖の魔の手から逃れようとするのだが、太股の上に乗られているのでまるっきり動けない。
 そのうち引きつったような声になり、身体が痙攣してきた。
「た、た、たす……け……!」
「やめて欲しかったら宿題見せろー」
「い、い、い……や……!」
「んじゃ、やめねぇー」
「きゃーーっ! わ、わかっ……!」
「なんだ?」
「わかっ、わかった、から、や、やめ……」
「よっしゃ」
 勝ち誇った顔で、梨玖は攻撃をやめた。
 ……負けた。
 やっと自由になった遙紀は、寝転んだまま、ぜいぜいと息をついた。
 ……なんであたしはこんな奴の彼女なんだろ……しかも姉弟……。
 遙紀は世の理不尽を嘆いた。



 翌日。朝の九時から梨玖に付き合わされていた。こいつがこんな朝早く起きるというのは奇跡だが、おそらく今日一日かかっても宿題を写し終えるのは不可能だろうと遙紀は思った。もっとも、明日の始業式にすぐ提出するわけでもないが。
「明日学校どーする?」
「え?」
 二人は一階にいた。梨玖はリビングで宿題を写していて、遙紀は向かいのダイニングで昼食の冷やし中華を作っていた。母は出版社へ出掛け、父は奥の書斎で執筆中だ。ちなみに父が昨日帰ってきたのは夜中の二時だ。寝ていたのだが、べろべろに酔っぱらった父の大声で目が覚めてしまった。
「どーするって、なにが?」
 皿をテーブルに三つ並べ、麺を三等分する。その上にハムや薄焼き卵やキュウリの千切りを置いていく。
「だからな、一緒に行ったらなんか言われねぇかな」
「……あんた妙なとこ気を遣うのね」
「お前、気にしねぇのか?」
「いや……そりゃ、変にからかわれるのはアレだけど……元々付き合ってたわけだし、いいんじゃないの? どうせすぐバレるわよ」
「……やっぱお前、神経図太いな」
「なによ、それ」
 バカにされたような気がして、遙紀はむっとした。
 ……また少なくしてやろうかな。
 出来上がった冷やし中華を見て、遙紀は本気で考えた。
 父の分を書斎に持っていき、自分と梨玖の分をリビングへ持っていこうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
 リビングのテーブルに皿を置いて、遙紀は玄関に向かった。
「──はい?」
 ドアを開けると、難しい顔をして立っている女の子がいた。
 遙紀よりかなり背が低く、ロリータな顔をしていて、長い髪をバレッタでまとめ上げ、黒いレザーのズボンをはき、頭のてっぺんには変装用の伊達眼鏡がある。
「久遠くおん? あんたいつ帰ってきたの?」
 崎元さきもと久遠。遙紀の同級生で、一年の時に知り合って以来の親友だ。生まれたときからモデルをやっていて、現在は親が経営する事務所で女優とか歌手とか色々やっている。久遠という名前は芸能人にするために両親がつけたらしい。
 普段はかなりクールな恰好をしているが、テレビの中では頭の線が切れた天然アイドルを演じている。時々辛口トークをして、他の芸能人やマスコミたちを混乱させている。
 学校を優先している久遠は、平日は夕方以降、土日にフルタイムで芸能活動をしている。春休みの間は映画の撮影で沖縄に行っていた。
 右手の甲をあごに当て、肘を左手で支えるという考え込むような恰好で、久遠は高杉家の玄関の一点を見つめていた。
「久遠?」
「……ねえ、遙紀ちゃん」
「え?」
 アニメなどで声を演じるときには必ずロリータ系ヒロイン役をする久遠は、その甲高い声のままで、器用にも冷たい声を出した。
「どうして梨玖ちゃんの名字がかかってるの?」
「……え?」
 遙紀ははっとした。玄関から身を乗り出し、自分の家の表札を見る。別に見なくても判っているのだが。
 当然ながら、そこには二つ並んだ表札がある。
「遙紀ちゃん?」
「な、なに?」
「私に内緒で梨玖ちゃんと結婚したの?」
 こけ。
 遙紀は地面に顔面をぶつけそうになった。
「なんでよ!」
「だってそうなんでしょー?」
「違うってば!」
「じゃあこの表札なに?」
「……えっと」
 遙紀は言い淀んだ。やっぱりバレるのは嫌かも。
「どういうことなの~?」
 久遠の声と顔は詰問調になっていた。
 別に自分が後ろめたく感じることはない。結婚したのは父だ。梨玖と同居しているのはその副次的な結果というか……。
「入るよ」
「あ、ちょっと、久遠!」
 久遠は勝手にずかずかと家に上がっていった。



「ああーっ! ホントにいるーっ!」
 リビングの入口で、久遠が梨玖を指差し叫んだ。
「……なんで来るんだよ、てめぇ……」
 梨玖は心底嫌な顔をしていた。
「いつの間に結婚したの!?」
 久遠が梨玖に詰め寄った。
「いつって、一週間ぐらい前」
「ひっどぉーいっ! 私に内緒でそんなことするなんて!」
「はあ? なんでお前に言わなきゃいけないんだよ」
「親友なんだから当たり前でしょー!」
「……いつお前が親友になったんだ」
「あああ! そんな人非人だなんて思わなかったぁ! 今までの友情はどこ行ったの!?」
「最初っから友情なんかないだろーがよ」
「いやーんっ! ひどぉーいっ!」
 久遠は大げさに泣きマネをした。
 遙紀は額に手を当てていた。なにやら頭痛がする。
 ……噛み合ってないわ、全然。
「なあ、遙紀。こいつなに言ってんだ?」
 梨玖が変な顔で久遠を指差す。
「……あのね、久遠」
 久遠の肩にぽんと手を置いた。
「結婚したのは、うちの父さんと梨玖のお母さんなの」
「……ふぇ? おじさん?……と、おばさん?」
「そう」
 久遠はしかめっ面をした。
「うそぉ」
「ホント。だいたいね、あたしはともかく、梨玖はまだ結婚できないでしょ?」
 梨玖はまだ十六歳だ。あと二年は法律的に結婚できない。
「……あ、そっかぁ」
 久遠はあっさり納得した。
「そういえばそうだっけ──え!?」
「な、なによ」
「じゃ、じゃあ、もしかして、同棲!?」
「同居!」
 怒鳴りながら遙紀は訂正した。
 ……やっぱりバレるのは嫌だ。
 ため息をついた遙紀に、久遠がにやぁっと笑いかけた。
「ひょっとしてもうやっちゃった?」
「……え!? な、なにが!?」
 何が聞きたいのか判ってはいたが、はっきり答えるわけにはいかない。
「やっだぁ。アレよ、アレ」
「あ、あれって……」
「だってもう一週間なんでしょ? やってないことないわよねー、梨玖ちゃん?」
 聞かれた梨玖は無視していた。冷やし中華を食べることに集中しているらしい。
「梨玖ちゃ~ん? まさかまだなのぉ?」
「んなこと聞くな! 他人にベラベラしゃべるこっちゃねぇだろ!」
 さすがに梨玖も羞恥心を持っていたらしい。遙紀はほっとした。昨日のことをベラベラしゃべられたらどうしようかと思っていた。
「えー。いいじゃない、親友なんだしー」
「てめぇは親友じゃなくて悪友だ!」
「またまた照れちゃって」
「うるせぇ! 帰れ!」
「やっだもーん」
 いつもの光景が始まった。久遠は梨玖をからかうことに情熱を注いでいる。
 遙紀は二人を放っておいて、冷やし中華を食べ始めた。
「あ、そういえば遙紀ちゃん」
「……なに?」
「要するに遙紀ちゃんと梨玖ちゃんは姉弟なわけでしょ?」
「そーよ」
「姉弟ってぇ、結婚できるの?」
 久遠は可愛らしく首を傾げて、さらっと疑問を投げかけた。
「……え?」
 遙紀は梨玖と顔を見合わせた。梨玖は唖然としていた。
「……いや、待てよ。血の繋がりはないんだから大丈夫だろ?」
「でもぉ、戸籍上は姉弟でしょ? じゃあやっぱり出来ないんじゃないの?」
「……そ、そうなのか?」
「知らないわよ、あたしに聞かれたって……」
 ……出来ないのかな?
 別に常日頃から梨玖と結婚したい!と思っていたわけじゃない。だが、いずれそうなるかもしれないなあと思ったりはする。そもそも家族になってしまった以上、別れるなんてことはあり得ないような気がしていた。そんなことになったら気まずくて仕方ない。
 法律なんて全然判らない。血の繋がった兄弟姉妹が結婚できないのは当然としても、連れ子同士でも駄目なのか?
 連れ子同士が恋仲になるのは物語としてはよくある。自分たちの場合は順序が逆だが。しかし現実にそんな例はあるんだろうか。その場合のフォローは、法律ではしていないのだろうか。
 ……六法全書って、あったっけ。
 遙紀は父の書斎をあさってみようと考えた。


第2章 確認なんてしなくても 終わり

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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。

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