小説(転載) わたしの好きな兄だから! 3/4
近親相姦小説
第3章 秋~オトコVSオンナ
学食の窓の外では、立ち並んだプラタナスが黄に染まった葉を一枚、また一枚と宙に放っていた。
ふぅ・・・。
大好きなハンバーグランチも半分残したままで、智香はぼんやりと外を眺めていた。
変わらないものって、あるのかな・・・。
何かが動きはじめているのはわかっていた。
なんとなく過ぎていく自分の学園生活とは裏腹に、兄の身の回りでは新しい時が広がりつつある。
「それで、決めたのか。幹高。」
先週の土曜日の夕食で、久しぶりに帰ったお父さんが言った時、お兄ちゃんは短くうなずいた。
「そうか。」
あの時はなんの事かゼンゼンわかんなかったけれど・・・。
中庭に植えられた数十本の広葉樹は、濃赤と黄を青い空の背景に散らして、その眺めだけで胸が少し痛かった。
秋って、なんとなく好きになれないな。だって、寂しいんだもの。
あ、ハンバーグ冷たくなっちゃった。どうしよ。
箸でチョンチョンと表面をつつくと、デミグラスソースを舐める。やっぱり、冷たくなるとおいしくないなあ。
「よ、智香ちゃん。」
頭の上からの声に顔を上げた。
「・・・キョーイチ。」
「珍しく、元気ないじゃん。」
相変わらず制服の胸元を着崩した恭一は、むかいの席に座ると両肘をついて智香の方を見た。
「うん。」
今はとても、キョーイチに張り合う元気はないや。
「な~んか、拍子抜けだなあ。ほれ!」
前髪のぱらぱらとかかった額を中指でピン!とはじいた。
「な、何するの?」
「どーせ、ミキちゃんが文化祭でバタバタしてるから『お兄ちゃんに会えなくてさみしいよ~。』だろ。」
「・・・違うわよ。」
最初からわかってたもん。どうせいろんな役押し付けられて、暇がなくなるって。
でも、そんなことじゃないんだ。
「ふーん。」
冴えない表情の智香を顔を斜め下から覗き込むと、恭一はつまらなそうに息を吐いた。
「俺も、中夜祭のスペシャルバンドのメンバーに選ばれちゃってさ、結構忙しいんだ。」
「ふーん。」
だから、何よ。キョーイチがエレキやってるくらい、知ってるもん。
「でさ、そのバンド、なんとボーカルがあの豆タンクだぜ。」
「え、江梨奈が?そんなこと聞いてないよ。」
落としていた視線を上げると、智香は恭一の顔を見つめた。にやりと笑うと、恭一は続けた。
「さっきの委員会で決まったの。まったく、あいつと掛け合わなきゃならんとはね。」
・・・そっか。江梨奈、すっごく歌うまいから。
ああ、でもなんか、うらやましい。報明の中夜祭って言ったら、この辺りじゃすごく有名だもん。他校の生徒もいっぱい来るし・・・。
「それはいいとして、報明祭って言ったら、最後は舞台演劇だろ。」
「うん・・・。」
「それで今年は、『ロック調シェークスピア』なんだと。それで俺達スペシャルバンドがそのままバックに入って演奏するんだよ。」
いいな。江梨奈。わたしなんて、なんの特技もないんだもの。
「そういうのはさすがに初めてだからさ、結構興奮してんだよなあ。演劇部の奴ら、演技だけはすげぇから。ここで一発、俺のテクを披露してだな、ミキちゃんのハートを・・・・・・」
そうなんだよね。わたしには何にもない。お父さんに言われたみたいに。でも、お兄ちゃんは・・・。
「智香ちゃん。」
え?
「俺の話、聞いてる?」
「あ、あ、うん。」
「たく、調子出ないなあ。もっと元気ださんと。俺も張り合いがないよ。」
あれ?
ぼんやり学食の外の廊下を見ると、見慣れた姿が向かい合っている。
大沢さんと、お兄ちゃんだ。でも、いつもとなんとなく違う感じ・・・。
春に委員になってから、何かと言うと引っ張りまわされているのは知っていたけれど、今は何か大沢さんの方がお兄ちゃんに頼み込んでいる感じだ。
あ。
幹高は、しばらく考え込んでいる風に見えたが、ふい、と向きを変えて歩み去っていった。
いつも引き締まって隙のない大沢さんが、あんな顔するなんて・・・。
「ふうん。」
智香と視線の先を見ていた恭一が口を開いた。
「ま、いい気味だ。あのサド女。」
「え?どういう事?」
恭一の表情に、今まで智香が見たことのない寂しげな色が浮かんでいた。そして、怒りにも似た口調。
「あの女会長、演劇部の部長でもあるんだよ。ま、報明伝統の演劇部だからな、珍しい事じゃないけどね。」
え?ゼンゼン意味がわかんないよ。
「さて、行こうかな。智香ちゃん、元気出せよ。じゃないと、こっちも拍子抜けだからさ。」
立ち上がると、残っていたハンバーグをつまみ上げて口に放り込んだ。
「・・・え、どういう事、それって?」
「ふふ、コドモは知らなくっていい事。じゃあな。」
「もう!バカにして!」
「そうそう、その調子。」
芝居がかったいつもの調子でテーブルの間を歩いていく恭一。もう、みんなしてわたしをかやの外に置いて!わたしだって、わたしだって、いつまでも子どもじゃないんだから。
・・・はあ、でも。
『智香は真面目にやってるだろうな。お前は大した取り柄は何もないんだからな、いい話が来るのを待ってる位しかないんだぞ。』
この間のお父さんの言葉が頭から離れない。わたしとお兄ちゃんの距離はどんどん開いていく・・・。
智香は窓の外をみて、もう一度ため息をついた。
さらに中庭の木々の赤みが増す中、文化祭までの2週間はあっという間に過ぎた。
クラスの模擬店の準備や、日々の学園生活に追われる間、ずっと続いていた青く高い秋の空とは裏腹に、智香の気分が晴れ渡ることは一度もなかった。
そして今、ライトアップされた舞台の袖。智香の前には中夜祭のステージを目の前に、緊張を隠せない江梨奈が立っていた。
「ああ、チカ。すっごくドキドキしてる。わたしちゃんと歌えるかな。」
「大丈夫、大丈夫。」
緑色のタンクトップに、わざと膝や裾が擦り切れたジーンズ。わずかに覗いたおへそに、銀の十字架をあしらった金属製のベルト。もともと押し出しの強い江梨奈のボディだもの、歌う前からみんな釘付けに決まってる。
「・・・でも。」
それでも不安そうに江梨奈は言った。
「演劇部の『ロックン・シェークスピア』、主役が怪我とかで、中止になりそうなんでしょ?じゃ、わたしたちがメインってことじゃない。」
講堂をいっぱいに埋めた学生達の笑い声が響いてきた。舞台上を覗き込むと、男子二人組みの漫談が続いている。スペシャルバンドはこの次だ。
「もう、江梨奈、いつもの強気は何処よ。そんなことじゃ、キョーイチに負けちゃうよ。」
あ、目の色が変わった。
「・・・う。うん。そうだよね、よし。」
江梨奈はこぶしでポンっと胸を叩いた。
「お、気合入ってるみたいだな、豆タンク。」
ギターを抱えた恭一がバンドのメンバーと共に現れた。パーマのかかった長い髪に、ぼろぼろのTシャツとジーンズ。他のメンツも似たりよったりだ。
「おまえも、その髪下ろせよ。」
恭一は江梨奈のひっつめお下げを解いて、両手で髪をくしゃくしゃにした。
一瞬、驚いたような江梨奈の視線が恭一と絡んだ。
「よっしゃ、これでワイルド&フリーだぜ。うしっ、行くか!」
「よっしゃあ!!」
掛け声を上げると、恭一も含めた4人の男達がバタバタとステージに上がっていく。
江梨奈も、智香にうなずくと、前を向いて舞台に駆けていく。
ウワーツ!
眩し。・・・でもカッコイイ。わたしがあそこに立ったら、あんな歓声が上がるかな・・・。
「ファーストナンバー、『ミー・アンド・ボギーマギー』、いくよ!」
江梨奈は四方からのライトに照らされて、右手を高く上げる。静かな出だしはやがて、テンポを上げてハスキーな声を際立たせていく。
「そうか、お前にも話すべきだったかもしれないな。」
たくさんの本の積みあがった部屋の床に腰を下ろしたお兄ちゃんはあの時、言った。
「ごめん、だって・・・。」
その前の日、内緒で忍び込んだ部屋で見た、英語だらけの願書。
「謝ることはないよ。こういう事は家族の問題だからね、智香だけに話さなかったのは悪かった。」
いつの間にか、曲はゆっくりとしたラブバラードに変わっている。
・・・Loving You、I Always・・・
どうして、涙が出るんだろう・・・。ねえ、教えて、お兄ちゃん。わたし、どうすればいいの。こんなに、こんなにお兄ちゃんのこと、好きなのに。
恭一がゆっくりと舞台の前に進み出て、静かにソロを弾き上げる。歌うのを止めた江 梨奈と視線が合い、どちらともなく微笑む。
「3月には出発するよ。語学学校でみっちりやってから、カレッジに上がるつもりだ。」
眩しい舞台の眺めが霞んで見える。昔のわたしだったら、言ったと思う。
『ゼッタイ、やだよ。なんでアメリカの大学になんか行くの?』って。
でも、いつからだろう。前みたいに素直に側に寄れない。お兄ちゃん、行かないで!って言いたいのに。
総立ちの大歓声の中で、バンドのメンバー達が両手を上げて応える。
ああ、わたしってダメだ・・・。
「気持ち良かった!」
戻ってきた江梨奈が、汗の吹き出した顔で智香の肩に手をかけた。
「どう?よかったでしょ・・・。あれ、どしたのチカ。」
「ううん、なんでもない。凄かったよ、江梨奈。きっとプロにもなれちゃうね。」
「はは、誉めすぎ。でも、ちょっと、アイツに乗せられちゃったっていうのもあると思う。」
離れた場所で汗を拭く恭一を見やった。江梨奈の表情は、夏の頃の敵意に溢れたものとはどこか違って見えた。
「・・・あいつ、凄いよ。練習の時から思ってたけど。やっぱ、幹高さんと釣り合いたいっていうだけのことはある。」
智香も、他のバンドのメンバーと話す恭一を見た。
「負けられないな。」
江梨奈が呟いた時、ブレザー姿の委員らしき男子学生が、恭一たちに何やら話しかけた。
「・・・やるの?」
驚いたような声が聞こえた時、暗くなっていた舞台にスポットライトが当たった。人の背ほど場所に設えられたバルコニー型の足場の上に、薄いピンクのドレスを着た女性が浮かび上がる。豊かにウェーブのかかった黒髪は、白いリボンでまとめられて肩に流れ落ちていた。
「いくぞ。」
江梨奈を除いたバンドのメンバーが、舞台前の一段下がった場所に移動していく。
スクリーンにざわめく木々の影と、大きな満月が映し出された。
「ああ、月よ。あの人は誰?今日のあの時からわたしの心を捉えて離さないあの方は・・・。」
眉のきりっと締まったその女性は、よく通る声で訴えかける。
・・・あの人、大沢さんだ。すっごい奇麗だ。まるでお姫様みたい・・・。
「チカ。」
スポットに目をとられていた智香の脇腹を、江梨奈がつついた。
「見て、あそこ。」
まだスポットの当たっていない木のオブジェクトのそばに、見慣れた体型の影があった。
・・・まさか。
「ちょっと、江梨奈。」
江梨奈はうん、とくびを縦に振った。舞台の下でギターを取った恭一も、あっけにとられてその影を見上げている。
「おお、美しい方よ。」
太く朗々と通る声とともに、その影は立ち上がった。裾のつまったタイツ風のズボンに、銀色のベルトで腰が止められた裾の長い上着は濃紺。オールバックに決められた秀でた額の下には、智香のよく知っている太い眉と、切れ長の瞳。
「お兄ちゃん!!」
スポットライトが当たると、講堂の中がざわめく。報明伝統の舞台が中止になるであろうことは、生徒の間では周知の事実だった。
「一目見た時からわたしの心はあなたに奪われてしまいました。」
「ああ、あなたはいったいどなたなのですか。愛しい方。わたくしの心もまた、あなたの虜となったのです。」
低いベースの音が響き始め、7色の光が舞台を踊る。その瞬間、バルコニーの大沢千秋の身体が宙を舞った。
「すっごい。あれ、ワイヤーで吊ってるよ。」
あ、アタマが真っ白だ。なんで、お兄ちゃんがこんな所で演劇部に混じってるの?
「わたしは、ロミオ。モンタギュー家のロミオ。」
歌う調子でロミオ=幹高が始めると、バンドの音がメロディを奏で始め、舞台の中央にジュリエット=千秋が舞い下りる。
木々を象った緑色の衣装に身を包んだ数人が背後から現われ、唱和する。
「ロミオ、モンタギュー家のロミオ。」
ドレスを翻しながら幹高に近寄ると、歌うような高い声。
「ああ、ロミオ。わたしはジュリエット。キャプレット家のジュリエット。」
今度は星々を象った黄色い衣装の幾人かが現われ、8ビートのリズムに合わせて叫ぶ。
「ジュリエット、キャプレット家のジュリエット。」
ぐるぐると回るライトの中で、群舞が始まった。スローだったビートは、次第にダンス調へと変わっていく。
「どうなってるの、これ・・・。」
アタマの中をいろいろな情報がぐるぐると駆け巡る。お兄ちゃんへの想い、お父さんの言葉、積み上げられた参考書、自己嫌悪、英語だらけの出願書、シェークスピアと書かれた本・・・。
ああ・・・。そっか。
幹高と千秋を中心に続く群舞は、やがてミュージカル調のダンスへと変わっていった。中世調の衣装が剥がれ落ちると、フレアスカートに黒の皮ジャン、60年代風のスタイルに早変わりする。
また、かやの外だったんだ。わたし。
何処かで聞いたダンサブルな曲とともに、大音響のアナウンス。
「Come On Everybody,Let’s Dance!!」
舞台上の7色の照明が一気に客席まで広がると、講堂はダンスホール状態に。
智香は、リズミカルに踊る幹高をぼんやりと見ていた。そして、江梨奈のつぶやき。
「・・・似合ってるな、会長と幹高さん。」
「ど~してだよ!」
カラオケボックスの椅子にふんぞり返って、恭一は叫んだ。
「ミキは演劇部のやつらと行っちまうし、後の奴等はどうしたってんだよ!」
「も、もう飲みすぎると・・・。」
「しょうよ~!!」
智香の隣で江梨奈も大声を上げる。
「せっかくの打ち上げじゃない!な~んで帰っちゃうのよ。」
それは、あんた達が・・・。なんで、二人ともこんな荒れてるの。わたしのほうが叫びたいくらいだってのに。
「ビール、ビール。江梨奈、もう1杯だ。お前も飲むだろ?」
「もっちよ!わらしはカクテル!」
立ち上がってインターホンを取る江梨奈。ああ、なんでこの店、高校生相手に平気でお酒出すわけ?
「つまんねえな~。付き合い悪すぎだぜ、あいつら。」
「けーっ、恭一のジントクのなさだってぇ。自分ばっか目立とうとすっからだよ。」
江梨奈が舌を出して言った。
わたし、帰りたい・・・。
「智香ちゃんも飲みなよ。飲めんでしょ~。」
・・・キョーイチ、目が据わってるよ。
「わ、わたしはジュースでいいよ。」
「暗い、暗いよ、智香ちゃん。ほら、お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで~。」
う~。なんでこんな事に。
「恭一。」
唐突に立ち上がった江梨奈がマイクを突き出した。
「勝負よ。」
「ナニ?」
「あたしはね~、あんたとは決着をつけないとイカン、と思ってたわけよ。」
「で、カラオケバトルか?だいたい、江梨奈、お前は生意気なんだよ。ちったあ、智香ちゃんを見習え!・・・おっ?」
モニターに歌合戦モードのグラフィックが表示された。
「たく、勝手な奴だな。しゃあね、俺のジツリキを見せたるわ。」
R&B調のイントロが流れ始める。マイクを持った江梨奈がソファーの上に立ちあがった。
「パンツ見えっぞ!」
「うっさいわね。あんたに見られても恥ずかしくないよ~だ。」
うわぁ、もうメチャクチャ・・・。
「忘れな~いで~、あなたと~・・・」
「もう、ソ連はないぞ~。熊のぬいぐるみは何処に~。」
キョーイチがわけのわからない合いの手を入れる。
92点。
「俺はCLAYだ!!」
「粘土細工、引っ込め~。」
95点。
「Hold On Me、形のな~い・・・。」
「あくまでジャパR&Bかあ?なら、KUBOJAじゃ!」
90点。
「ならこれはどうよ!」
な、なんかわたしのわかんない曲が・・・。
「Janetか?なら俺はMichealだ!」「Robertaよ。」「Stevie!」「なら、Diana。」「God Fatherじゃ、ゲロッパ!」「負けるか、はあああ、Tinaよ!」・・・・・。
ぜんぜんわたしには入り込む余地がないよ。英語はわかんない~。
恭一と江梨奈は汗だくになってソファにもたれかかった。
「よし、これで決まりだ。」
「さ、出るわよ。」
チャカチャカ~ン。
905対・・・905?
「何~?」
白いカッターシャツの胸元を大きくはだけた恭一が床にずり落ちた。
「なんで、あんたと同点なのよ。だから機械採点なんてぇ!」
「うるさい。自分のミジュクさを棚に上げんなっての。そういうカラダだけのオコドモだから、ミキの目に留まんないんだよ。」
「・・・それはあんたこそ、でしょ。まんまとあんなオンナに持ってかれてさ。」
まだどんよりとした目で江梨奈が恭一を睨み付ける。
え?え?
「わかってねえな、江梨奈。そういうんじゃないんだよ。最初から出来ゲームだったってこと。」
「ああっ、どうでもいいのよ。そんなこと!」
グラスに残ったカクテルを飲み干すと、江梨奈はドンッとガラステーブルを叩いた。
「だいたい、わたしの何処がコドモだって言うのよ。」
「さあね。俺がそう思うからさ。」
「知りもしないクセに!」
「そんなもん、普段を見りゃあわかる。」
「ちょ、ちょっと、二人とも~。」
なんか、険悪になってきた。も、もう、お開きにした方が。
「チカは黙ってて。こいつとは決着つけなきゃならないんだから!」
キャー、なんでそうなるの!?
江梨奈はおもむろにTシャツを脱ぎ捨てると、ピンク色のブラも外して恭一の前に立ち塞がった。
「どうよ!これの何処がコドモ?」
一回、わたしも触わっちゃった事のある、形のいい胸。
恭一は座って足を組んだまま、平然と言った。
「ま、確かに胸は大きいわな。」
「ふ、ふん。どうせあんたはホモ男だもん。わたしの魅力なんて、わかるわけないでしょ。」
少し怯んだ感じの江梨奈。でも、これってヤバクない。
「な~んか、俺のこと、誤解してない?」
立ち上がると、江梨奈を見下ろす。
「別に、男に限ったわけじゃないんだよ。ジンブツ本位って奴。ミキはなんたって魅力的だから、付き合いたかっただけさ。だから、こういう事もできちゃうわけ。」
う、うわぁぁぁ・・・。
江梨奈の解けたセミロングの頭に手を当てると、身を屈めて唇に唇を当てた。驚いたように江梨奈の目が見開かれたが、恭一の手が強引に押え込んで、キスはかなり長い間続いた。
ちょ、ちょっと・・・。なんか、すっごく・・・。
恭一の開かれた口からちらちらと赤いものが忍び込んでいくさまが見えた。
「どう?大人のキスは?」
身体を放すと、江梨奈の瞳が怒りに燃える。
「そ、それくらいわたしだって知ってるもの。」
「そう?じゃ、ホンキで勝負するかい?」
恭一もシャツを脱ぎ捨てると半裸になる。
ああ、ヤバイ、ヤバイよ~。誰かこの非常識な二人をなんとかして。
智香はボックスの外を覗いながら、小窓の辺りに身体を寄せた。
外から見られたら、大変なことになっちゃう。え、ええっ~!!
既にショーツ一枚でソファの上に横になった江梨奈の上に、恭一が覆い被さろうとしている。
「きょ、キョーイチ、まずいよ。」
ソファの上から智香の方を振り向くと、恭一は軽くウィンクする。下になった江梨奈も、親指を立てて、ふんっと構えて見せた。
だ、か、ら、そういうことじゃなくって~。
コンコン。
部屋の入り口が叩かれた。
ギャッ!!
ドアに駆け寄ると、自分から開けて外に出る。
トレイの上に黄色いドリンクを乗せた背の高いウエイターが、驚いたように智香を見た。
「あ、これ、わたしの!」
トレイからドリンクを取り上げると、ゴクゴクと飲み干した。
「あ、それ・・・。」
「ごちそうさま。はい。」
空になったグラスを渡すと、ウエイターはまいっか、という風に厨房の方に戻っていく。
ふう、やばかった。見つかったら停学もんじゃない、もう。
ため息をついて再び部屋のドアを開けると・・・。
ゲッ!な、なんてコトを!!
ペチャペチャと舐めあう音が響いていた。江梨奈の形のいいお尻がこちらにむいていて、その下に恭一の顔がある。そして、江梨奈の口は恭一の足の間当たりにあって・・・。
江梨奈の唇が、頭の上下する度に捲れて、立ち上がった逸物がライトに照らされてヌメヌメとした光を放つ。恭一もお尻に両手をあてがうと、ぐいっと肉を開くようにして、ピンク色に光る剥き出しの秘部に舌を這わせていた。
「ほら、我慢してないで、イッちゃいなさいよ。」
唇を放すと、右手で根元をひねるようにしながら上下に動かす。
「けっ、そんなテクじゃ俺はイかせらんないよ。」
まだ余裕のありそうな恭一は、左手を江梨奈の身体の下から抜き出すと、唾液以外のもので光り始めた秘部の入口へと中指を這わせる。そして、親指を敏感な突起にゆるやかに擦りつけると、江梨奈の形のいい眉が少し歪んだ。
「ほら、そっちこそヤバイんじゃないか?」
「な、これからよ。」
言葉と同時に深く咥え込むと、根元を左手で抑え、袋に右手を添えて激しく上下動を始めた。
恭一の顔にも堪えるような表情が浮かぶ。
うそ・・・。あんなに飲み込んじゃって苦しくないの・・・。あ、江梨奈の顔、感じてるみたい・・・。
ドックン、ドックン、ドックン。
心臓の音が聞こえて、顔が火照ってくる。あ、指が、入っちゃった・・・。キョーイチの舌が江梨奈のクリちゃんを舐め上げて。
あ、江梨奈の顔。わたしも、気持ちいいとあんな顔になるのかな。あれがお兄ちゃんだったら、わたし。
え?あ、あれれ・・・・。
突然、頭の後ろを何かに押されたような感覚がして、視界が歪んだ。尋常でないほどの火照りが身体中を駆け巡り、座り込みたくなる。二人の絡み合う音が遠くに聞こえて、妙に感覚がふわふわする。
あれ、わたし、酔っ払ってる・・・?あ!
ぼんやりし始めた意識の中で、さっき飲み干した黄色いジュースを思い出した。
ふらふらしながら、ステージの上に立つと、マイクを握った。
もう、勝手に二人で盛り上がらないでよ!
「わたしだって、したいんだから!!」
マイクをぺろりと舐めると、思いっきり叫ぶ。
「お兄ちゃ~ん!」
ハウリングが起きて、部屋中がビンビンと振動する。恭一と江梨奈が動きを止めると、ステージの上に立つ智香を見た。
「ち、チカ。」
「智香ちゃん・・・。」
わたしだって、わたしだって、もうコドモじゃないんだもん。
アタマがぼーっとして何にも考えられない。ただ、見て欲しい。わたしだって、もう、なんでもできるだから!
「ほら、みて、見てよ。わたしだって、もう・・・。」
白いシャツのボタンに手をかけて、ゆっくりと脱ぎ捨てる。
見て、ねぇ、お兄ちゃん、もうこんなに大きいんだから・・・。
チェックのスカートのホックを外し、床に落とす。淡いグリーンのブラとショーツがステージのライトで輝いて見えた。
「ちょっと、チカ!」
ブラのフロントホックに手を掛けた瞬間、何もかも霞んで、膝に力が入らなくなるのがわかった。
「・・・あ~あ、やっちゃったか・・。」
キョーイチの声が遠くに聞こえる。あ、なんか床がグルグル回ってる~。
「大丈夫かな。」
しゃがみ込む気配。江梨奈かな・・・。二人のくすくす笑いが聞こえる。ど~せ、わたしはゼンゼン飲めないもん。
「かわいいな。」
「うん。だって、わたしの親友だもの。」
遠くに声が聞こえる。
「・・・ね、もういいよね、幹高さんのこと。」
「ああ。おまえも、わかってたんだろ?」
「うん、最近、気付いた。」
「智香ちゃん、大丈夫かな? 少しはわかってるのか。」
「・・・うん。多分。はっきりとじゃないけど、勘は鋭いもの。だから、ちゃんとさせてあげたい。」
「そっか、じゃ、俺と同じ考えってわけか・・・。」
江梨奈の低い笑い声。どうして、笑ってるの?
「やっぱ、負けちゃうよね。十何年の想いだもの。」
「そーだな・・・。でも、大丈夫かな。勝てる見込み、ほとんどゼロだぜ。」
「ふん、女の子は、当たって砕けられるの。」
「・・・ああ。そうだな。」
両側の頬に、暖かい感触。くちびる? ね、わたし、眠く、なってる・・・・。
秋の終わり、期末試験の結果が張り出された職員室前の掲示板ではセンセーションが巻き起こっていた。
「嘘だろ?ウド田が・・・。」
「な、何で・・・。」
廊下を通りかかった智香と江梨奈は、足を止めて今日何度も見た試験の順位表に目をやった。
五教科の総合順位で二年半、トップを守り続けていた大沢千秋会長の名前は一番上にはない。
「すごいね、幹高さん。」
ひっつめおさげをやめて、髪を下ろした江梨奈が言う。
「うん。」
・・・お兄ちゃん、すごいね。
「言ってたもの。勉強は、道具じゃないって。試験用の勉強なんて、始めればきっと、お兄ちゃんには簡単なものなのよ。」
江梨奈は少しうらやましそうに智香を見つめた。
「ほんとお兄ちゃんのこと、アイしてるんだね、チカは。」
「うん。」
そうだよ。わたし、誰よりお兄ちゃんのこと愛してるんだ。
「それより江梨奈、キョーイチとちゃんとやってる?」
「う、うん。まあね。」
少しうつむき加減に江梨奈は言った。
「そっか。わたしも、ガンバルね。だって、このままじゃ、嫌だもの。」
「ん、そうだ。その意気。じゃないと、わたしも恭一も浮かばれんもの。」
「そう、そう。」
ざわめく生徒達の横を、二人はゆっくりと通り過ぎていった。
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学食の窓の外では、立ち並んだプラタナスが黄に染まった葉を一枚、また一枚と宙に放っていた。
ふぅ・・・。
大好きなハンバーグランチも半分残したままで、智香はぼんやりと外を眺めていた。
変わらないものって、あるのかな・・・。
何かが動きはじめているのはわかっていた。
なんとなく過ぎていく自分の学園生活とは裏腹に、兄の身の回りでは新しい時が広がりつつある。
「それで、決めたのか。幹高。」
先週の土曜日の夕食で、久しぶりに帰ったお父さんが言った時、お兄ちゃんは短くうなずいた。
「そうか。」
あの時はなんの事かゼンゼンわかんなかったけれど・・・。
中庭に植えられた数十本の広葉樹は、濃赤と黄を青い空の背景に散らして、その眺めだけで胸が少し痛かった。
秋って、なんとなく好きになれないな。だって、寂しいんだもの。
あ、ハンバーグ冷たくなっちゃった。どうしよ。
箸でチョンチョンと表面をつつくと、デミグラスソースを舐める。やっぱり、冷たくなるとおいしくないなあ。
「よ、智香ちゃん。」
頭の上からの声に顔を上げた。
「・・・キョーイチ。」
「珍しく、元気ないじゃん。」
相変わらず制服の胸元を着崩した恭一は、むかいの席に座ると両肘をついて智香の方を見た。
「うん。」
今はとても、キョーイチに張り合う元気はないや。
「な~んか、拍子抜けだなあ。ほれ!」
前髪のぱらぱらとかかった額を中指でピン!とはじいた。
「な、何するの?」
「どーせ、ミキちゃんが文化祭でバタバタしてるから『お兄ちゃんに会えなくてさみしいよ~。』だろ。」
「・・・違うわよ。」
最初からわかってたもん。どうせいろんな役押し付けられて、暇がなくなるって。
でも、そんなことじゃないんだ。
「ふーん。」
冴えない表情の智香を顔を斜め下から覗き込むと、恭一はつまらなそうに息を吐いた。
「俺も、中夜祭のスペシャルバンドのメンバーに選ばれちゃってさ、結構忙しいんだ。」
「ふーん。」
だから、何よ。キョーイチがエレキやってるくらい、知ってるもん。
「でさ、そのバンド、なんとボーカルがあの豆タンクだぜ。」
「え、江梨奈が?そんなこと聞いてないよ。」
落としていた視線を上げると、智香は恭一の顔を見つめた。にやりと笑うと、恭一は続けた。
「さっきの委員会で決まったの。まったく、あいつと掛け合わなきゃならんとはね。」
・・・そっか。江梨奈、すっごく歌うまいから。
ああ、でもなんか、うらやましい。報明の中夜祭って言ったら、この辺りじゃすごく有名だもん。他校の生徒もいっぱい来るし・・・。
「それはいいとして、報明祭って言ったら、最後は舞台演劇だろ。」
「うん・・・。」
「それで今年は、『ロック調シェークスピア』なんだと。それで俺達スペシャルバンドがそのままバックに入って演奏するんだよ。」
いいな。江梨奈。わたしなんて、なんの特技もないんだもの。
「そういうのはさすがに初めてだからさ、結構興奮してんだよなあ。演劇部の奴ら、演技だけはすげぇから。ここで一発、俺のテクを披露してだな、ミキちゃんのハートを・・・・・・」
そうなんだよね。わたしには何にもない。お父さんに言われたみたいに。でも、お兄ちゃんは・・・。
「智香ちゃん。」
え?
「俺の話、聞いてる?」
「あ、あ、うん。」
「たく、調子出ないなあ。もっと元気ださんと。俺も張り合いがないよ。」
あれ?
ぼんやり学食の外の廊下を見ると、見慣れた姿が向かい合っている。
大沢さんと、お兄ちゃんだ。でも、いつもとなんとなく違う感じ・・・。
春に委員になってから、何かと言うと引っ張りまわされているのは知っていたけれど、今は何か大沢さんの方がお兄ちゃんに頼み込んでいる感じだ。
あ。
幹高は、しばらく考え込んでいる風に見えたが、ふい、と向きを変えて歩み去っていった。
いつも引き締まって隙のない大沢さんが、あんな顔するなんて・・・。
「ふうん。」
智香と視線の先を見ていた恭一が口を開いた。
「ま、いい気味だ。あのサド女。」
「え?どういう事?」
恭一の表情に、今まで智香が見たことのない寂しげな色が浮かんでいた。そして、怒りにも似た口調。
「あの女会長、演劇部の部長でもあるんだよ。ま、報明伝統の演劇部だからな、珍しい事じゃないけどね。」
え?ゼンゼン意味がわかんないよ。
「さて、行こうかな。智香ちゃん、元気出せよ。じゃないと、こっちも拍子抜けだからさ。」
立ち上がると、残っていたハンバーグをつまみ上げて口に放り込んだ。
「・・・え、どういう事、それって?」
「ふふ、コドモは知らなくっていい事。じゃあな。」
「もう!バカにして!」
「そうそう、その調子。」
芝居がかったいつもの調子でテーブルの間を歩いていく恭一。もう、みんなしてわたしをかやの外に置いて!わたしだって、わたしだって、いつまでも子どもじゃないんだから。
・・・はあ、でも。
『智香は真面目にやってるだろうな。お前は大した取り柄は何もないんだからな、いい話が来るのを待ってる位しかないんだぞ。』
この間のお父さんの言葉が頭から離れない。わたしとお兄ちゃんの距離はどんどん開いていく・・・。
智香は窓の外をみて、もう一度ため息をついた。
さらに中庭の木々の赤みが増す中、文化祭までの2週間はあっという間に過ぎた。
クラスの模擬店の準備や、日々の学園生活に追われる間、ずっと続いていた青く高い秋の空とは裏腹に、智香の気分が晴れ渡ることは一度もなかった。
そして今、ライトアップされた舞台の袖。智香の前には中夜祭のステージを目の前に、緊張を隠せない江梨奈が立っていた。
「ああ、チカ。すっごくドキドキしてる。わたしちゃんと歌えるかな。」
「大丈夫、大丈夫。」
緑色のタンクトップに、わざと膝や裾が擦り切れたジーンズ。わずかに覗いたおへそに、銀の十字架をあしらった金属製のベルト。もともと押し出しの強い江梨奈のボディだもの、歌う前からみんな釘付けに決まってる。
「・・・でも。」
それでも不安そうに江梨奈は言った。
「演劇部の『ロックン・シェークスピア』、主役が怪我とかで、中止になりそうなんでしょ?じゃ、わたしたちがメインってことじゃない。」
講堂をいっぱいに埋めた学生達の笑い声が響いてきた。舞台上を覗き込むと、男子二人組みの漫談が続いている。スペシャルバンドはこの次だ。
「もう、江梨奈、いつもの強気は何処よ。そんなことじゃ、キョーイチに負けちゃうよ。」
あ、目の色が変わった。
「・・・う。うん。そうだよね、よし。」
江梨奈はこぶしでポンっと胸を叩いた。
「お、気合入ってるみたいだな、豆タンク。」
ギターを抱えた恭一がバンドのメンバーと共に現れた。パーマのかかった長い髪に、ぼろぼろのTシャツとジーンズ。他のメンツも似たりよったりだ。
「おまえも、その髪下ろせよ。」
恭一は江梨奈のひっつめお下げを解いて、両手で髪をくしゃくしゃにした。
一瞬、驚いたような江梨奈の視線が恭一と絡んだ。
「よっしゃ、これでワイルド&フリーだぜ。うしっ、行くか!」
「よっしゃあ!!」
掛け声を上げると、恭一も含めた4人の男達がバタバタとステージに上がっていく。
江梨奈も、智香にうなずくと、前を向いて舞台に駆けていく。
ウワーツ!
眩し。・・・でもカッコイイ。わたしがあそこに立ったら、あんな歓声が上がるかな・・・。
「ファーストナンバー、『ミー・アンド・ボギーマギー』、いくよ!」
江梨奈は四方からのライトに照らされて、右手を高く上げる。静かな出だしはやがて、テンポを上げてハスキーな声を際立たせていく。
「そうか、お前にも話すべきだったかもしれないな。」
たくさんの本の積みあがった部屋の床に腰を下ろしたお兄ちゃんはあの時、言った。
「ごめん、だって・・・。」
その前の日、内緒で忍び込んだ部屋で見た、英語だらけの願書。
「謝ることはないよ。こういう事は家族の問題だからね、智香だけに話さなかったのは悪かった。」
いつの間にか、曲はゆっくりとしたラブバラードに変わっている。
・・・Loving You、I Always・・・
どうして、涙が出るんだろう・・・。ねえ、教えて、お兄ちゃん。わたし、どうすればいいの。こんなに、こんなにお兄ちゃんのこと、好きなのに。
恭一がゆっくりと舞台の前に進み出て、静かにソロを弾き上げる。歌うのを止めた江 梨奈と視線が合い、どちらともなく微笑む。
「3月には出発するよ。語学学校でみっちりやってから、カレッジに上がるつもりだ。」
眩しい舞台の眺めが霞んで見える。昔のわたしだったら、言ったと思う。
『ゼッタイ、やだよ。なんでアメリカの大学になんか行くの?』って。
でも、いつからだろう。前みたいに素直に側に寄れない。お兄ちゃん、行かないで!って言いたいのに。
総立ちの大歓声の中で、バンドのメンバー達が両手を上げて応える。
ああ、わたしってダメだ・・・。
「気持ち良かった!」
戻ってきた江梨奈が、汗の吹き出した顔で智香の肩に手をかけた。
「どう?よかったでしょ・・・。あれ、どしたのチカ。」
「ううん、なんでもない。凄かったよ、江梨奈。きっとプロにもなれちゃうね。」
「はは、誉めすぎ。でも、ちょっと、アイツに乗せられちゃったっていうのもあると思う。」
離れた場所で汗を拭く恭一を見やった。江梨奈の表情は、夏の頃の敵意に溢れたものとはどこか違って見えた。
「・・・あいつ、凄いよ。練習の時から思ってたけど。やっぱ、幹高さんと釣り合いたいっていうだけのことはある。」
智香も、他のバンドのメンバーと話す恭一を見た。
「負けられないな。」
江梨奈が呟いた時、ブレザー姿の委員らしき男子学生が、恭一たちに何やら話しかけた。
「・・・やるの?」
驚いたような声が聞こえた時、暗くなっていた舞台にスポットライトが当たった。人の背ほど場所に設えられたバルコニー型の足場の上に、薄いピンクのドレスを着た女性が浮かび上がる。豊かにウェーブのかかった黒髪は、白いリボンでまとめられて肩に流れ落ちていた。
「いくぞ。」
江梨奈を除いたバンドのメンバーが、舞台前の一段下がった場所に移動していく。
スクリーンにざわめく木々の影と、大きな満月が映し出された。
「ああ、月よ。あの人は誰?今日のあの時からわたしの心を捉えて離さないあの方は・・・。」
眉のきりっと締まったその女性は、よく通る声で訴えかける。
・・・あの人、大沢さんだ。すっごい奇麗だ。まるでお姫様みたい・・・。
「チカ。」
スポットに目をとられていた智香の脇腹を、江梨奈がつついた。
「見て、あそこ。」
まだスポットの当たっていない木のオブジェクトのそばに、見慣れた体型の影があった。
・・・まさか。
「ちょっと、江梨奈。」
江梨奈はうん、とくびを縦に振った。舞台の下でギターを取った恭一も、あっけにとられてその影を見上げている。
「おお、美しい方よ。」
太く朗々と通る声とともに、その影は立ち上がった。裾のつまったタイツ風のズボンに、銀色のベルトで腰が止められた裾の長い上着は濃紺。オールバックに決められた秀でた額の下には、智香のよく知っている太い眉と、切れ長の瞳。
「お兄ちゃん!!」
スポットライトが当たると、講堂の中がざわめく。報明伝統の舞台が中止になるであろうことは、生徒の間では周知の事実だった。
「一目見た時からわたしの心はあなたに奪われてしまいました。」
「ああ、あなたはいったいどなたなのですか。愛しい方。わたくしの心もまた、あなたの虜となったのです。」
低いベースの音が響き始め、7色の光が舞台を踊る。その瞬間、バルコニーの大沢千秋の身体が宙を舞った。
「すっごい。あれ、ワイヤーで吊ってるよ。」
あ、アタマが真っ白だ。なんで、お兄ちゃんがこんな所で演劇部に混じってるの?
「わたしは、ロミオ。モンタギュー家のロミオ。」
歌う調子でロミオ=幹高が始めると、バンドの音がメロディを奏で始め、舞台の中央にジュリエット=千秋が舞い下りる。
木々を象った緑色の衣装に身を包んだ数人が背後から現われ、唱和する。
「ロミオ、モンタギュー家のロミオ。」
ドレスを翻しながら幹高に近寄ると、歌うような高い声。
「ああ、ロミオ。わたしはジュリエット。キャプレット家のジュリエット。」
今度は星々を象った黄色い衣装の幾人かが現われ、8ビートのリズムに合わせて叫ぶ。
「ジュリエット、キャプレット家のジュリエット。」
ぐるぐると回るライトの中で、群舞が始まった。スローだったビートは、次第にダンス調へと変わっていく。
「どうなってるの、これ・・・。」
アタマの中をいろいろな情報がぐるぐると駆け巡る。お兄ちゃんへの想い、お父さんの言葉、積み上げられた参考書、自己嫌悪、英語だらけの出願書、シェークスピアと書かれた本・・・。
ああ・・・。そっか。
幹高と千秋を中心に続く群舞は、やがてミュージカル調のダンスへと変わっていった。中世調の衣装が剥がれ落ちると、フレアスカートに黒の皮ジャン、60年代風のスタイルに早変わりする。
また、かやの外だったんだ。わたし。
何処かで聞いたダンサブルな曲とともに、大音響のアナウンス。
「Come On Everybody,Let’s Dance!!」
舞台上の7色の照明が一気に客席まで広がると、講堂はダンスホール状態に。
智香は、リズミカルに踊る幹高をぼんやりと見ていた。そして、江梨奈のつぶやき。
「・・・似合ってるな、会長と幹高さん。」
「ど~してだよ!」
カラオケボックスの椅子にふんぞり返って、恭一は叫んだ。
「ミキは演劇部のやつらと行っちまうし、後の奴等はどうしたってんだよ!」
「も、もう飲みすぎると・・・。」
「しょうよ~!!」
智香の隣で江梨奈も大声を上げる。
「せっかくの打ち上げじゃない!な~んで帰っちゃうのよ。」
それは、あんた達が・・・。なんで、二人ともこんな荒れてるの。わたしのほうが叫びたいくらいだってのに。
「ビール、ビール。江梨奈、もう1杯だ。お前も飲むだろ?」
「もっちよ!わらしはカクテル!」
立ち上がってインターホンを取る江梨奈。ああ、なんでこの店、高校生相手に平気でお酒出すわけ?
「つまんねえな~。付き合い悪すぎだぜ、あいつら。」
「けーっ、恭一のジントクのなさだってぇ。自分ばっか目立とうとすっからだよ。」
江梨奈が舌を出して言った。
わたし、帰りたい・・・。
「智香ちゃんも飲みなよ。飲めんでしょ~。」
・・・キョーイチ、目が据わってるよ。
「わ、わたしはジュースでいいよ。」
「暗い、暗いよ、智香ちゃん。ほら、お兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで~。」
う~。なんでこんな事に。
「恭一。」
唐突に立ち上がった江梨奈がマイクを突き出した。
「勝負よ。」
「ナニ?」
「あたしはね~、あんたとは決着をつけないとイカン、と思ってたわけよ。」
「で、カラオケバトルか?だいたい、江梨奈、お前は生意気なんだよ。ちったあ、智香ちゃんを見習え!・・・おっ?」
モニターに歌合戦モードのグラフィックが表示された。
「たく、勝手な奴だな。しゃあね、俺のジツリキを見せたるわ。」
R&B調のイントロが流れ始める。マイクを持った江梨奈がソファーの上に立ちあがった。
「パンツ見えっぞ!」
「うっさいわね。あんたに見られても恥ずかしくないよ~だ。」
うわぁ、もうメチャクチャ・・・。
「忘れな~いで~、あなたと~・・・」
「もう、ソ連はないぞ~。熊のぬいぐるみは何処に~。」
キョーイチがわけのわからない合いの手を入れる。
92点。
「俺はCLAYだ!!」
「粘土細工、引っ込め~。」
95点。
「Hold On Me、形のな~い・・・。」
「あくまでジャパR&Bかあ?なら、KUBOJAじゃ!」
90点。
「ならこれはどうよ!」
な、なんかわたしのわかんない曲が・・・。
「Janetか?なら俺はMichealだ!」「Robertaよ。」「Stevie!」「なら、Diana。」「God Fatherじゃ、ゲロッパ!」「負けるか、はあああ、Tinaよ!」・・・・・。
ぜんぜんわたしには入り込む余地がないよ。英語はわかんない~。
恭一と江梨奈は汗だくになってソファにもたれかかった。
「よし、これで決まりだ。」
「さ、出るわよ。」
チャカチャカ~ン。
905対・・・905?
「何~?」
白いカッターシャツの胸元を大きくはだけた恭一が床にずり落ちた。
「なんで、あんたと同点なのよ。だから機械採点なんてぇ!」
「うるさい。自分のミジュクさを棚に上げんなっての。そういうカラダだけのオコドモだから、ミキの目に留まんないんだよ。」
「・・・それはあんたこそ、でしょ。まんまとあんなオンナに持ってかれてさ。」
まだどんよりとした目で江梨奈が恭一を睨み付ける。
え?え?
「わかってねえな、江梨奈。そういうんじゃないんだよ。最初から出来ゲームだったってこと。」
「ああっ、どうでもいいのよ。そんなこと!」
グラスに残ったカクテルを飲み干すと、江梨奈はドンッとガラステーブルを叩いた。
「だいたい、わたしの何処がコドモだって言うのよ。」
「さあね。俺がそう思うからさ。」
「知りもしないクセに!」
「そんなもん、普段を見りゃあわかる。」
「ちょ、ちょっと、二人とも~。」
なんか、険悪になってきた。も、もう、お開きにした方が。
「チカは黙ってて。こいつとは決着つけなきゃならないんだから!」
キャー、なんでそうなるの!?
江梨奈はおもむろにTシャツを脱ぎ捨てると、ピンク色のブラも外して恭一の前に立ち塞がった。
「どうよ!これの何処がコドモ?」
一回、わたしも触わっちゃった事のある、形のいい胸。
恭一は座って足を組んだまま、平然と言った。
「ま、確かに胸は大きいわな。」
「ふ、ふん。どうせあんたはホモ男だもん。わたしの魅力なんて、わかるわけないでしょ。」
少し怯んだ感じの江梨奈。でも、これってヤバクない。
「な~んか、俺のこと、誤解してない?」
立ち上がると、江梨奈を見下ろす。
「別に、男に限ったわけじゃないんだよ。ジンブツ本位って奴。ミキはなんたって魅力的だから、付き合いたかっただけさ。だから、こういう事もできちゃうわけ。」
う、うわぁぁぁ・・・。
江梨奈の解けたセミロングの頭に手を当てると、身を屈めて唇に唇を当てた。驚いたように江梨奈の目が見開かれたが、恭一の手が強引に押え込んで、キスはかなり長い間続いた。
ちょ、ちょっと・・・。なんか、すっごく・・・。
恭一の開かれた口からちらちらと赤いものが忍び込んでいくさまが見えた。
「どう?大人のキスは?」
身体を放すと、江梨奈の瞳が怒りに燃える。
「そ、それくらいわたしだって知ってるもの。」
「そう?じゃ、ホンキで勝負するかい?」
恭一もシャツを脱ぎ捨てると半裸になる。
ああ、ヤバイ、ヤバイよ~。誰かこの非常識な二人をなんとかして。
智香はボックスの外を覗いながら、小窓の辺りに身体を寄せた。
外から見られたら、大変なことになっちゃう。え、ええっ~!!
既にショーツ一枚でソファの上に横になった江梨奈の上に、恭一が覆い被さろうとしている。
「きょ、キョーイチ、まずいよ。」
ソファの上から智香の方を振り向くと、恭一は軽くウィンクする。下になった江梨奈も、親指を立てて、ふんっと構えて見せた。
だ、か、ら、そういうことじゃなくって~。
コンコン。
部屋の入り口が叩かれた。
ギャッ!!
ドアに駆け寄ると、自分から開けて外に出る。
トレイの上に黄色いドリンクを乗せた背の高いウエイターが、驚いたように智香を見た。
「あ、これ、わたしの!」
トレイからドリンクを取り上げると、ゴクゴクと飲み干した。
「あ、それ・・・。」
「ごちそうさま。はい。」
空になったグラスを渡すと、ウエイターはまいっか、という風に厨房の方に戻っていく。
ふう、やばかった。見つかったら停学もんじゃない、もう。
ため息をついて再び部屋のドアを開けると・・・。
ゲッ!な、なんてコトを!!
ペチャペチャと舐めあう音が響いていた。江梨奈の形のいいお尻がこちらにむいていて、その下に恭一の顔がある。そして、江梨奈の口は恭一の足の間当たりにあって・・・。
江梨奈の唇が、頭の上下する度に捲れて、立ち上がった逸物がライトに照らされてヌメヌメとした光を放つ。恭一もお尻に両手をあてがうと、ぐいっと肉を開くようにして、ピンク色に光る剥き出しの秘部に舌を這わせていた。
「ほら、我慢してないで、イッちゃいなさいよ。」
唇を放すと、右手で根元をひねるようにしながら上下に動かす。
「けっ、そんなテクじゃ俺はイかせらんないよ。」
まだ余裕のありそうな恭一は、左手を江梨奈の身体の下から抜き出すと、唾液以外のもので光り始めた秘部の入口へと中指を這わせる。そして、親指を敏感な突起にゆるやかに擦りつけると、江梨奈の形のいい眉が少し歪んだ。
「ほら、そっちこそヤバイんじゃないか?」
「な、これからよ。」
言葉と同時に深く咥え込むと、根元を左手で抑え、袋に右手を添えて激しく上下動を始めた。
恭一の顔にも堪えるような表情が浮かぶ。
うそ・・・。あんなに飲み込んじゃって苦しくないの・・・。あ、江梨奈の顔、感じてるみたい・・・。
ドックン、ドックン、ドックン。
心臓の音が聞こえて、顔が火照ってくる。あ、指が、入っちゃった・・・。キョーイチの舌が江梨奈のクリちゃんを舐め上げて。
あ、江梨奈の顔。わたしも、気持ちいいとあんな顔になるのかな。あれがお兄ちゃんだったら、わたし。
え?あ、あれれ・・・・。
突然、頭の後ろを何かに押されたような感覚がして、視界が歪んだ。尋常でないほどの火照りが身体中を駆け巡り、座り込みたくなる。二人の絡み合う音が遠くに聞こえて、妙に感覚がふわふわする。
あれ、わたし、酔っ払ってる・・・?あ!
ぼんやりし始めた意識の中で、さっき飲み干した黄色いジュースを思い出した。
ふらふらしながら、ステージの上に立つと、マイクを握った。
もう、勝手に二人で盛り上がらないでよ!
「わたしだって、したいんだから!!」
マイクをぺろりと舐めると、思いっきり叫ぶ。
「お兄ちゃ~ん!」
ハウリングが起きて、部屋中がビンビンと振動する。恭一と江梨奈が動きを止めると、ステージの上に立つ智香を見た。
「ち、チカ。」
「智香ちゃん・・・。」
わたしだって、わたしだって、もうコドモじゃないんだもん。
アタマがぼーっとして何にも考えられない。ただ、見て欲しい。わたしだって、もう、なんでもできるだから!
「ほら、みて、見てよ。わたしだって、もう・・・。」
白いシャツのボタンに手をかけて、ゆっくりと脱ぎ捨てる。
見て、ねぇ、お兄ちゃん、もうこんなに大きいんだから・・・。
チェックのスカートのホックを外し、床に落とす。淡いグリーンのブラとショーツがステージのライトで輝いて見えた。
「ちょっと、チカ!」
ブラのフロントホックに手を掛けた瞬間、何もかも霞んで、膝に力が入らなくなるのがわかった。
「・・・あ~あ、やっちゃったか・・。」
キョーイチの声が遠くに聞こえる。あ、なんか床がグルグル回ってる~。
「大丈夫かな。」
しゃがみ込む気配。江梨奈かな・・・。二人のくすくす笑いが聞こえる。ど~せ、わたしはゼンゼン飲めないもん。
「かわいいな。」
「うん。だって、わたしの親友だもの。」
遠くに声が聞こえる。
「・・・ね、もういいよね、幹高さんのこと。」
「ああ。おまえも、わかってたんだろ?」
「うん、最近、気付いた。」
「智香ちゃん、大丈夫かな? 少しはわかってるのか。」
「・・・うん。多分。はっきりとじゃないけど、勘は鋭いもの。だから、ちゃんとさせてあげたい。」
「そっか、じゃ、俺と同じ考えってわけか・・・。」
江梨奈の低い笑い声。どうして、笑ってるの?
「やっぱ、負けちゃうよね。十何年の想いだもの。」
「そーだな・・・。でも、大丈夫かな。勝てる見込み、ほとんどゼロだぜ。」
「ふん、女の子は、当たって砕けられるの。」
「・・・ああ。そうだな。」
両側の頬に、暖かい感触。くちびる? ね、わたし、眠く、なってる・・・・。
秋の終わり、期末試験の結果が張り出された職員室前の掲示板ではセンセーションが巻き起こっていた。
「嘘だろ?ウド田が・・・。」
「な、何で・・・。」
廊下を通りかかった智香と江梨奈は、足を止めて今日何度も見た試験の順位表に目をやった。
五教科の総合順位で二年半、トップを守り続けていた大沢千秋会長の名前は一番上にはない。
「すごいね、幹高さん。」
ひっつめおさげをやめて、髪を下ろした江梨奈が言う。
「うん。」
・・・お兄ちゃん、すごいね。
「言ってたもの。勉強は、道具じゃないって。試験用の勉強なんて、始めればきっと、お兄ちゃんには簡単なものなのよ。」
江梨奈は少しうらやましそうに智香を見つめた。
「ほんとお兄ちゃんのこと、アイしてるんだね、チカは。」
「うん。」
そうだよ。わたし、誰よりお兄ちゃんのこと愛してるんだ。
「それより江梨奈、キョーイチとちゃんとやってる?」
「う、うん。まあね。」
少しうつむき加減に江梨奈は言った。
「そっか。わたしも、ガンバルね。だって、このままじゃ、嫌だもの。」
「ん、そうだ。その意気。じゃないと、わたしも恭一も浮かばれんもの。」
「そう、そう。」
ざわめく生徒達の横を、二人はゆっくりと通り過ぎていった。
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