小説(転載) Coffee Shop 4/7
官能小説竹内は、肌寒さを覚え、目を開けた。今の時期は夕方になると急に冷え込む。
「おはようございます。」
竹内が驚いて振り向くと、美知がさきほどの体勢のまま、こちらを見ている。
「竹内さん、まつげ長いんですね。」
美知の言葉で、自分が美知を見つめていたように、美知もまた、自分の寝顔を見ていたのだと分かり、竹内は焦った。
「い…いびき、かいてなかった?」
他に言葉が浮かばず、竹内が尋ねると、美知は真顔で
「かいてました。」
と答える。慌てながら謝る竹内を見て、美知はくすくす笑い出した。
「うそです。静かに寝てましたよ。」
ほっとする竹内の隣で美知が起きあがり、車の外へ降りた。竹内もドアを開けると、膝の上に自分の上着が掛けられていることに気づいた。美知がかけてくれたのだろう。
上着を着ながら、美知のそばにより、富士山を見上げた。富士山は夕日に照らされて、赤く染まっている。写 真で見たときよりも色は薄いが、十分美しいと思った。きれいですね、という美知の言葉に、竹内はうなずいた。
「竹内さん。」
美知に呼ばれて振り返ると、美知が竹内を見上げている。夕日に照らされているせいか、美知の顔が赤い。
「私、竹内さんのこと…、好きです。………よかったら…、」
「ちょ、ちょっと待って。」
続きを言おうとする美知を、竹内が止めた。竹内は片手で額を押さえ、美知を見た。夕日に照らされていたからではなく、想いを打ち明ける恥ずかしさで、頬を染めていたのだ。
「また、先手をとられたのか…。」
竹内は小声でつぶやくが、美知にはその言葉が聞き取れなかったようで、不安そうに竹内を見上げている。
「俺がいずれ言おうと思っていたんだ…。まったく…。最初のデートは喫茶店の奥さんの小細工だし、告白もきみからで…。」
竹内は指を折り、数えながら続けた。
「まあ、結果オーライってことにしよう。」
竹内の返事を聞き、更に頬を染める美知の耳元に、竹内はそっと手を添え、美知の唇に軽く口づけする。先ほど触れないでいた美知の唇はやはりやわらかかった。
帰り際、立ち寄ったレストランで食事をしていると、竹内の携帯電話が鳴った。会社の同僚からだった。竹内は、しばらく話をし、電話を切ると、
「帰りに会社に寄っていいかな。」
と美知に尋ねた。竹内の同僚が、会社に資料を忘れ、もし近くにいるなら届けて欲しいと言ったらしい。今、山梨だからと断ったが、遅くてもいいから、と言う。自分が行くのが面 倒くさいだけなんだろ、と竹内があきれた。
美知は別に構わないし、自分も竹内の会社が見てみたいと答えた。
東京に戻ってくると、九時をまわっていた。ビルの管理人室に行くと、同僚が電話で事情を説明していてくれたらしく、竹内はすんなりと鍵を受け取った。美知は竹内の後ろから、しんと静まりかえったビルの廊下を歩いて行った。
エレベーターは止まっているので、五階にある竹内のオフィスまでは、常夜灯の明かりだけの薄暗い階段をのぼらねばならない。
「誰もいない会社って、妙な感じがするなあ。」
竹内が言うと、美知は内緒で忍び込んだ気分だ、と笑った。
竹内がオフィスのドアの鍵を開け、スイッチをつけると、部屋の一画だけ、蛍光灯がついた。たくさんのデスクが並び、コンピューターの間に挟まれるようにして、たくさんのファイルが雑然とつまれてある。美知は珍しそうに部屋の中を見渡している。竹内は、早足で部屋の奥へ行き、大きなスチール棚の引き出しを開けた。
「あれー、どこだあ。」
そう言いながら、あちこち調べ始めた。
「ごめんね。すぐに済むから。あっ、ちなみに俺の机はそこ。」
美知は竹内が指さしたデスクに近づき、少し前かがみになって見ていた。竹内のデスクは他のデスクよりも片づいていた。デスクマットの下には、同僚たちと一緒に撮ったらしい写 真が挟んである。
竹内は、探し物が見つからないらしく、携帯電話で同僚に場所を尋ね、何やら文句を言ったあと、電話を切り、美知を呼んだ。
「ごめん、隣らしい。」
竹内は美知とオフィスを出て、鍵をかけ、廊下の突き当たりの角を曲がったところにある、ドアの鍵を開けた。
狭い部屋の壁には、五段ほどの棚があり、そこにはズラッと資料が並んでいた。竹内は部屋の電気をつけると、棚の前にしゃがみこんで、何冊かのファイルを抜き取り、部屋の中央の大きな机の上に広げた。
美知は、部屋を少しのぞいたあと、廊下の窓際に行った。窓の下には、夜景が広がっている。明かりのついたビルもある。目線を移すと、車のライトの黄色い光と、反対車線の赤いバックライトの光が行き交う様子も見える。美知はしばらくその光景を眺めた。
「あった、あった。」
ようやく竹内が資料を見つけ、部屋の電気を消して部屋を出た。ドアの鍵をかけようとした竹内が、ふと窓際の美知に目をやった。
美知はじっと窓の外を眺めている。
「何か、見える?」
竹内が美知のそばに来ると、美知は、車のライトの光が生きているようでおもしろい、と言った。
富士山が見たいと言ったり、車のライトが生きているみたいだと言ったり、竹内は美知の興味の矛先に、不思議だな、と思いながら、美知の横顔を見つめた。
瞳に夜景の光が移っている。夜景をじっと眺めている美知は、竹内の視線に気づかないらしく、静けさが二人を包んだ。
竹内は、美知の肩に手を置くと、美知の耳元に軽く口づけした。
「あっ…。」
驚いた美知は、一歩後ずさりし、口づけされた耳を片手で押さえた。美知の頬がみるみるうちに紅潮し、目が潤んでくる。
「びっくりした…。」
そう言いながら、美知が耳に当てた手を下ろしたとき、竹内はもう一度美知の耳元に唇をあてた。
「やっ。」
声になるかどうかの美知のつぶやきを聞き、竹内は耳を押さえようとする美知の手を押さえ、なおも耳元を刺激する。美知は反対側の手を竹内の胸にあて、少し抵抗しようとしたが、竹内に抱きしめられ、そのまま動けなくなった。
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