小説(転載) 教育実習 2/5
官能小説
授業が終わり、職員室に諒と歩きながら、岡原は自分の授業の感想を尋ねた。諒は、授業を始める前に別 の話で盛り上がっていた生徒たちが、岡原が授業を始めたとたん、授業に集中し、よく質問の手があがることに感動したと答えた。
「一年生のときから受け持たれているんですか?」
と尋ねる諒に、岡原は二年生になってからだと答えた。まだ数ヶ月しか受け持っていないのに、生徒たちの信頼を集めていることを知った諒は、自分の担当が岡原であることを幸せに思った。
教師の仕事は、夕方五時になれば終わるというものではない。岡原の学校でも、教師たちは夜遅くまで学校に残っている。実習生たちは、自分の担当教師が帰るまでは帰りづらい雰囲気を感じた。といっても、実習生たちには膨大な課題があるので、担当教師を待つというよりも、課題を終えるために学校に残っているというのが現状だった。
諒もまた、実習生の控え室で、自分の授業案を作成したり、大学に提出する日誌を書いたりしていたので、学校を出るのは十時すぎという毎日だった。
「庄野さんの担当の先生って、岡原先生でしょ?」
同じ実習生の一人が諒に声をかけた。
「いいなあ、若くって。おまけにさ、ちょっとかっこいいと思わない?」
そういって、もう一人の実習生と話し始めた。
「私の担当なんて、おっかないわよー。発音間違えると、生徒たちの前で注意されるんだから。」
英語科の二人は、自分の担当教師のことをいろいろ言っている。諒は、少し笑いながらできあがった授業案を岡原に見せると言って控え室を出た。
岡原は職員室でコーヒーを飲みながら、仕事をしている。
「おう、庄野先生。まだ残ってたのか?」
岡原が諒から授業案を受け取り、内容をチェックした。
「うん、いいんじゃないの?明日の授業、これでやってみて。」
岡原に言われて、諒はうれしそうに笑った。
「ところで、こんな時間に帰りのバスあるの?」
見ると十時をとっくに過ぎている。
「僕、これから帰るから、よかったら乗せていこうか?」
「いいんですか?」
岡原の言葉に、諒はうれしそうに答える。実際、連日のタクシーでの帰宅で、諒の財布の中身は厳しくなっていたのだ。他の実習生は学校のすぐ近くに住んでいるので、自転車や徒歩のようだが、諒だけは少し遠い場所だった。
諒がかばんを持って職員出入口まで行くと、革のジャンバーを着た岡原が待っていた。
「はい、これ。」
岡原は諒にフルフェイスのヘルメットを渡す。
「えっ。バイクですか?」
驚く諒の前に、岡原が自分のバイクを引っ張ってきた。バイクのことをよく知らない諒は、岡原のバイクが大きいことに驚いた。黒い車体が出入口の蛍光灯に照らされてキラリと光る。
「だいじょうぶ。安全運転だから。乗って。」
岡原が、戸惑う諒の頭にヘルメットをかぶせる。岡原に手伝ってもらいながら、諒はスカートの裾を押さえ、バイク後部にまたがり、前に座った岡原の腰に手をあてる。
そのとたんに岡原が振り返った。
「ああ、違うよ。バイクの後ろに乗るときは、シートの後ろのバーを握って…そう、それ。あともう片方は僕の肩に置いて。」
岡原の背中との距離があり、躰を支えるものが手だけになる諒にとって、その体勢は、妙に不安定な感じがする。
「すみません。バイクに乗せてもらうの初めてで…。」
諒は、岡原の腰に手をまわそうとしたことを謝った。岡原にそれを嫌がられたような気がしたのだ。
「僕としては、抱きついてもらった方が嬉しいんだけどね。こっちの方が、バランスがとりやすいんだ。」
諒の顔が少し赤いことに気が付いた岡原は、そう言ってエンジンをかけた。
「じゃあ、また明日。」
岡原は教えられた場所まで諒を送ると、そのまま帰っていった。そのあたりには街灯がなく暗くて、諒の表情は岡原には見えなかった。全身に響くようなエンジンの音と振動から解放された諒は、小さくため息をつき、頬に手をあてた。
「すごかったね…。」
小さな声で諒がつぶやく。岡原のバイクのエンジン音がまだ遠くから聞こえていた。
次の日、諒が教壇にたった。すでに何回も授業をしているので、比較的順調に授業はすすんだ。岡原も徐々に上手な授業ができるようになった諒を見て、安心していたため、授業に遅れ気味の生徒のそばで指導していた。
「庄野せんせー。」
生徒の一人が手をあげた。
「今のところだけど、そのやり方、まだ習ってないよー。塾では高校生でやるって言ってたんだけど。」
諒の表情が変わった。岡原もその声に気づき黒板を見た。確かに中学生には不向きな解法が書かれている。
諒は慌てて訂正し、授業を再開したが、生真面目なところがある諒にとっては、自分の勉強不足を生徒に指摘された動揺が授業最後まで尾をひいた。
放課後、部活の指導を終えた岡原が職員室に戻ると、隣の加納が岡原に声をかけた。
「さっき、庄野先生が来て、岡原先生を探していたよ。」
諒の失敗のあと、授業が詰まっていたため、まともに話をしていなかった岡原は、たぶん今日のことだろうと思い、実習生の控え室に向かった。しかし、諒の姿が見えず、職員室にもどろうとしたとき、隣の校舎の二階廊下に諒の姿を見つけた。どうやら諒も岡原を探しているようだ。岡原は諒のところまで走っていった。
「庄野先生。」
岡原がかけた声に振り返った諒の目には、みるみる涙があふれてきた。
「すみません。私、私…。」
泣き出す諒を見て、岡原は加納の言葉を思い出した。
「きれいな子は指導しにくいですよ。」
岡原は加納の言った意味がようやく分かった。相手が男ならば、こんなことで泣くな、と一喝もできる。けれども相手は女。しかもきれいな子ときては、どう対応してよいものか分からないのだ。
(弱ったな…。)
諒の失敗は本当に些細なミスで、大したことではなかった。よくあることだし、岡原自身も何度か同じような経験をしているが、泣くようなことではない。しかし、経験も少なく、生徒たちとの交流も少ない実習生にとっては、些細なことでもショックなのだろう。
とにかく目の前で泣く諒をなぐさめねばいけないし、他の先生に見られでもしたら、あとで説明するのも面 倒だ。ただでさえ、うるさい先生連中は、岡原にとっても嫌な相手なのだ。岡原は諒にどこかで話をしようと声をかけた。諒は涙をぽろぽろこぼしながら、うなずく。
そのとき、校内放送がかかり、職員会議が始まることを告げた。
「なんだよ。こんなときに。」
岡原は職員会議があったことを思い出し、諒に控え室で待つように言って、階段を駆け下りていった。
「一年生のときから受け持たれているんですか?」
と尋ねる諒に、岡原は二年生になってからだと答えた。まだ数ヶ月しか受け持っていないのに、生徒たちの信頼を集めていることを知った諒は、自分の担当が岡原であることを幸せに思った。
教師の仕事は、夕方五時になれば終わるというものではない。岡原の学校でも、教師たちは夜遅くまで学校に残っている。実習生たちは、自分の担当教師が帰るまでは帰りづらい雰囲気を感じた。といっても、実習生たちには膨大な課題があるので、担当教師を待つというよりも、課題を終えるために学校に残っているというのが現状だった。
諒もまた、実習生の控え室で、自分の授業案を作成したり、大学に提出する日誌を書いたりしていたので、学校を出るのは十時すぎという毎日だった。
「庄野さんの担当の先生って、岡原先生でしょ?」
同じ実習生の一人が諒に声をかけた。
「いいなあ、若くって。おまけにさ、ちょっとかっこいいと思わない?」
そういって、もう一人の実習生と話し始めた。
「私の担当なんて、おっかないわよー。発音間違えると、生徒たちの前で注意されるんだから。」
英語科の二人は、自分の担当教師のことをいろいろ言っている。諒は、少し笑いながらできあがった授業案を岡原に見せると言って控え室を出た。
岡原は職員室でコーヒーを飲みながら、仕事をしている。
「おう、庄野先生。まだ残ってたのか?」
岡原が諒から授業案を受け取り、内容をチェックした。
「うん、いいんじゃないの?明日の授業、これでやってみて。」
岡原に言われて、諒はうれしそうに笑った。
「ところで、こんな時間に帰りのバスあるの?」
見ると十時をとっくに過ぎている。
「僕、これから帰るから、よかったら乗せていこうか?」
「いいんですか?」
岡原の言葉に、諒はうれしそうに答える。実際、連日のタクシーでの帰宅で、諒の財布の中身は厳しくなっていたのだ。他の実習生は学校のすぐ近くに住んでいるので、自転車や徒歩のようだが、諒だけは少し遠い場所だった。
諒がかばんを持って職員出入口まで行くと、革のジャンバーを着た岡原が待っていた。
「はい、これ。」
岡原は諒にフルフェイスのヘルメットを渡す。
「えっ。バイクですか?」
驚く諒の前に、岡原が自分のバイクを引っ張ってきた。バイクのことをよく知らない諒は、岡原のバイクが大きいことに驚いた。黒い車体が出入口の蛍光灯に照らされてキラリと光る。
「だいじょうぶ。安全運転だから。乗って。」
岡原が、戸惑う諒の頭にヘルメットをかぶせる。岡原に手伝ってもらいながら、諒はスカートの裾を押さえ、バイク後部にまたがり、前に座った岡原の腰に手をあてる。
そのとたんに岡原が振り返った。
「ああ、違うよ。バイクの後ろに乗るときは、シートの後ろのバーを握って…そう、それ。あともう片方は僕の肩に置いて。」
岡原の背中との距離があり、躰を支えるものが手だけになる諒にとって、その体勢は、妙に不安定な感じがする。
「すみません。バイクに乗せてもらうの初めてで…。」
諒は、岡原の腰に手をまわそうとしたことを謝った。岡原にそれを嫌がられたような気がしたのだ。
「僕としては、抱きついてもらった方が嬉しいんだけどね。こっちの方が、バランスがとりやすいんだ。」
諒の顔が少し赤いことに気が付いた岡原は、そう言ってエンジンをかけた。
「じゃあ、また明日。」
岡原は教えられた場所まで諒を送ると、そのまま帰っていった。そのあたりには街灯がなく暗くて、諒の表情は岡原には見えなかった。全身に響くようなエンジンの音と振動から解放された諒は、小さくため息をつき、頬に手をあてた。
「すごかったね…。」
小さな声で諒がつぶやく。岡原のバイクのエンジン音がまだ遠くから聞こえていた。
次の日、諒が教壇にたった。すでに何回も授業をしているので、比較的順調に授業はすすんだ。岡原も徐々に上手な授業ができるようになった諒を見て、安心していたため、授業に遅れ気味の生徒のそばで指導していた。
「庄野せんせー。」
生徒の一人が手をあげた。
「今のところだけど、そのやり方、まだ習ってないよー。塾では高校生でやるって言ってたんだけど。」
諒の表情が変わった。岡原もその声に気づき黒板を見た。確かに中学生には不向きな解法が書かれている。
諒は慌てて訂正し、授業を再開したが、生真面目なところがある諒にとっては、自分の勉強不足を生徒に指摘された動揺が授業最後まで尾をひいた。
放課後、部活の指導を終えた岡原が職員室に戻ると、隣の加納が岡原に声をかけた。
「さっき、庄野先生が来て、岡原先生を探していたよ。」
諒の失敗のあと、授業が詰まっていたため、まともに話をしていなかった岡原は、たぶん今日のことだろうと思い、実習生の控え室に向かった。しかし、諒の姿が見えず、職員室にもどろうとしたとき、隣の校舎の二階廊下に諒の姿を見つけた。どうやら諒も岡原を探しているようだ。岡原は諒のところまで走っていった。
「庄野先生。」
岡原がかけた声に振り返った諒の目には、みるみる涙があふれてきた。
「すみません。私、私…。」
泣き出す諒を見て、岡原は加納の言葉を思い出した。
「きれいな子は指導しにくいですよ。」
岡原は加納の言った意味がようやく分かった。相手が男ならば、こんなことで泣くな、と一喝もできる。けれども相手は女。しかもきれいな子ときては、どう対応してよいものか分からないのだ。
(弱ったな…。)
諒の失敗は本当に些細なミスで、大したことではなかった。よくあることだし、岡原自身も何度か同じような経験をしているが、泣くようなことではない。しかし、経験も少なく、生徒たちとの交流も少ない実習生にとっては、些細なことでもショックなのだろう。
とにかく目の前で泣く諒をなぐさめねばいけないし、他の先生に見られでもしたら、あとで説明するのも面 倒だ。ただでさえ、うるさい先生連中は、岡原にとっても嫌な相手なのだ。岡原は諒にどこかで話をしようと声をかけた。諒は涙をぽろぽろこぼしながら、うなずく。
そのとき、校内放送がかかり、職員会議が始まることを告げた。
「なんだよ。こんなときに。」
岡原は職員会議があったことを思い出し、諒に控え室で待つように言って、階段を駆け下りていった。
コメント