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告白(転載) 【わかめ酒・枕営業】入院中の息子のペニスを握る母さんの手コキでザーメン性処理【陰核ムニムニ】

近親相姦告白・体験
11 /24 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
高2の息子が部活の練習中に怪我をして右手を複雑骨折してしまったんです。
とりあえず一週間ほど入院することになり、私が病院に着替えや差し入れを持って行って世話をすることになりました。
入院して5日目のことです、息子が「母さん、ぶちゃけお願いあんだけどさ」と言ってきました。
「なに?」
「あれが溜まっちゃってんだよね…」
「あれって?」
「あれっつったらアレだよ」
「なによ?」
すると息子は視線を自分の股間のところに持っていったんです。それでようやく私も息子の言いたいことは理解できました。
「あと2日だから我慢しなさい」
「んなこと言っても、退院しても右手がこれじゃヌケねえし。看護婦さん見てると勃起しちゃってヤベえんだよ。このままじゃ看護婦さんにお願いしちゃうかも。ねえ母さんヌイてくれよ」
息子の要求に驚きましたが、確かにこの年代の男の子が何日もオナニーできないのは辛いかもしれません。
それに本当に看護婦さんに淫らなことを要求したりしたら大変なので、しかたなく手でしてあげることにしました。
掛け布団をどけると、すでにパジャマの上からもわかるくらいに勃起していました。
「恥ずかしいからチンコは見ないでよ」と言うので、パジャマは脱がさないままパンツの中に手を入れてアレを握ってみます。
夫と比べると少し細い気がしましたが、硬さはさすがは10代というか。カチカチに膨張していてものすごい熱を持っています。
「じゃあいくわよ」
とりあえず何度かこすっていると、息子が「やべっ、ちょー気持ちいい。もうイキそ…母さんティッシュ!」と言いいます。
「えっもう?」慌ててティッシュでアレを包み込むとほぼ同時に、生暖かい液体を放出させたのでした。
「これですっきりしたでしょ?」
「んん、もう一回いいかな?」
「うそ、もっとなの?」
一度射精した後も、息子のペニスは硬いままでした。仕方なくもう一度手でしてあげると今度はさっきより長持ちしましたが、最後は同じくらいの量のザーメンをティッシュに吐き出しました。
その日は2度の手コキで満足してくれましたが、翌日もまた息子に要求され、退院してからも家で性処理してあげています。
昨日はとうとう口でしてあげたら、終わったあと私も興奮したみたいでアソコが少し濡れていました。
このまま行くとエッチまでしちゃいそうで少し不安です。

告白(転載) 【チンカス・遅漏】夫との性生活で性欲が満たされない母は息子と秘密の性交関係【息子の亀頭】

近親相姦告白・体験
11 /24 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
薄暗い中、「おい。」と声が掛かります。
私はそっとパジャマを下着ごと下ろし、夫を布団の中に迎え入れます。
前戯もそこそこに、夫は私の中に。
声をを出すことは許されません。大体5~6分で夫は果てます。
無口ですが真面目で優しい夫。セックス以外に不満はありません。
私は高校時代からオナニーしていました。
いろんな事を想像しながらイクまでやめない激しいオナニー、、、。
でも、実際の性生活は期待を裏切るものでした。
誰かに激しく犯されたい、、、。
せめて妄想の世界だけでも充実させようとペニスのおもちゃを購入し、跨って激しく腰を振り下ろしていました。
ある夜夫がいない夜、おもちゃをゆっくり出し入れしながら「誰か、、誰か、、お願い、、」
いつものようにつぶやきながらオナニー、、、。
人の気配を感じて振り向くと高校2年生の息子が。
「嫌!」下半身裸の私は、あわてて部屋から逃げ出そうとしましたが息子にだっこされ、布団に押し倒されました。
「いいから、ほら、脚を開きなよ。」
蛍光灯を点けられ明るい部屋の中、息子はおもちゃを私の中に。
何度も促されついに大きく脚をひらいた私。
「あ、いやあ、イク、イっちゃう、、、見ないでえ!」
全身を痙攣させ達した私。恥ずかしさで手で覆い身動きできない私でした。
「可愛いよ。すごく可愛いよ。」
息子は私のあそこを指で弄り続けながら言い続けました。
「コンドームある?」
私は靴下を入れてあるタンスの引き出しを指差しました。
全裸にされた私は、なんのためらいもなく息子を受け入れそしてキスを。
「舌を出して、、、」
夫とキスした記憶はありません。
ディープキスも初めて。でも、なんという気持ちよさでしょう!
「あんな大きいの入れてたから、俺のじゃダメだね。」
「そんな事ないわ。凄く気持ちいい!もっと、もっと突いて!」
息子がイきそうになるのと同時に私も盛り上がり、身体がイクというより精神的に達した感じだった私。
週末は車で30分のショッピングセンターに入り浸りだった私。
今は夫には買い物と言いながら、息子とラブホテルで愛し合っています。

告白(転載) 【お母さんのクリトリス】息子と禁断の関係になった母親とのセックスで情欲の関係【母とラブホでギシアン】

近親相姦告白・体験
11 /24 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
47歳の母親です。先日離婚した26才の息子が帰って来て再び一緒に暮らし始めました。
落ち込んで元気のない息子を励まし、以前にまして溺愛しようと思った矢先、息子は私の寝室に来て、
「俺、全然してなくて溜まってるんだ。頭が変になりそう。」と言って求めてきました。
私は息子が可哀想に思え息子の行為を受け入れました。
私が息子のオナニーを手伝う位の気持ちでしたが、息子は唇を重ね舌を入れてきました。それに答えるしかなく私も舌を絡ませていました。
息子は私の胸を揉み始めると服のボタンを外していきました。前がはだけ息子は背中に手を回しブラのホックを外しました。
「母さんの胸、大きくて綺麗だ。」息子は乳首に吸い付きました。
私もバツイチで長い間、エッチはご無沙汰していました。
男の人とエッチすることはもう無いと思っていたのですが、心の中では「したい。」と思うことも多々ありました。
息子の手が下半身に伸び太ももを触られるとアソコが潤うのを感じました。
なんて淫らな母親なのでしょう。息子の愛撫に濡れてしまうなんて。
息子の手が太ももを何度も撫でてから、下着の中に入ってきた時は、心臓が張り裂けそうなほど興奮していました。
指先が一番敏感な部分に触れたとき、思わず淫らな声を上げていました。
「母さん、感じてるんだね。俺、母さんに一杯感じて欲しい。」
息子は乳首を吸い、指で敏感な部分を撫でてくれました。
「あぁぁー、あぁぁー」私は母親をという立場を完全に失っていました。
「母さん、気持ちいい?」
「気持ちいい。私、イッちゃいそう。」
「イッていいよ。」
「あぁぁーダメ。我慢できない。」
私は体を反らせ腰を浮かし昇天しました。体から力が抜けました。
息子はグッタリしている私の両足を広げました。
「母さんのココ、綺麗だよ。」
「いや、恥ずかしい。」
「俺、母さんのすべてが見たいんだ。」
そう言うと息子は私の股に顔を埋めアソコに舌を這わせてきました。
「いや、ダメよ。」
私は恥ずかしくて抵抗しましたが息子は離れてはくれず、舌を動かしてきました。
「あぁぁーダメ。」と言いながら息子の絶妙な舌の動きに感じ出しました。指とは違う気持ち良さがありました。
「母さん、俺のも舐めてくれよ。」と言うと息子は体を反転させ私の顔に跨りました。目の前にある逞しい肉棒に舌を這わせました。
私は大切な物を扱うように丁寧に舌を這わせ亀頭を口に含みました。
でも息子の舌の動きに感じすぎて声が出て上手く銜えられませんでした。
「感じすぎて集中できない。」と息子を制止し口に銜えました。
息子のモノを銜えながら「こんな固くて大きなモノを入れられたらどんなに気持ちいいのかしら。」と考えると身震いしました。
息子に「このまま口でイカす?それとも母さんの中でイキたい?」と聞きました。
「両方がいい。最初は口に出したい。」と息子は答えました。
私は息子のモノを握り亀頭を銜え必死で擦りました。
「あぁぁー母さんイキそう。」
「イカせてあげる。」
「あぁぁー我慢できない。イクよイクッ。」
息子の熱い精液が口の中に広がりました。私はそれを飲み干すと息子は再度、私を愛撫し始めました。
今度はクリを触りながら反対の指を中に挿入し動かしてきました。両方を同時に責められ、経験したことのない快楽に襲われました。
「あぁぁーいい。またイッちゃう。」
私は叫びました。波のように立て続けに2回もイキ「もうだめ、入れて欲しい。」と息子にしがみつきました。
息子は私の股に体を入れ肉棒を握り私の中に押し込んできました。
「母さんの中に入ってるよ。」と息子は腰を前後に動かしました。
「あぁぁーいい。凄い。こんなに気持ちいいの初めて。」
「母さんの中も気持ちいいよ。」
「私もいいーまた、イキそう。」
「俺もイキそうになってきた。イッてもいい?」
「いいよ。来て。一杯出して。」
「あぁぁーイクよ。」息子の肉棒が脈打つのを感じた。
「母さん、凄い良かったよ。」
「私も。もう体が動かない。」
その日を境に私達は、誰に邪魔されることもなく毎夜、愛し合っている。

告白(転載) 【恥垢・陰部】少女時代に性的虐待を受けた母が不倫セックスにのめり込んだ一人の先輩からの報告【ベロキス舐め舐め】

近親相姦告白・体験
11 /24 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
自分は21歳です。
高校卒業後、在学中から続けているGSで働いています。
自分が高校生の時両親は離婚して母親が家を出て行きました。
原因は母の浮気です。
理由は父から漠然としか聞かされておらず、離婚後も母は自分の働くガソリンスタンドに頻繁に給油に来ていたので、それ程寂しくはなかったのですが、最近は3~4か月程会っていません。
最近、会社を辞めた上司の送別会を上司の親友と自分の3人で実施したのですが、辞める上司が自分の母の事をよく知っていると聞かされ、自分は離婚後の母の生活を全く知らなかったので(TELのみ)上司の部屋に行って教えてもらったんです。
先輩と母親が関係を持っていたのは離婚前後から一年程だそうです。
父からは離婚の際に母親は不倫して、新しい男が出来たから別れると聞いていたのですが、自分も思春期であまり詳しく聞くのも抵抗があって深く聞けませんでした。
離婚後、たまに会いに来てくれる母も普段通りやさしく、変わってないと思っていたのですが母親の離婚原因の浮気相手はどこかのバーの雇われ店長で貢いだ金が約200万。
その男も行方をくらまし、返済がどうにもならなくて父に告白、父激怒で夜に母が家を飛び出したときに出会い系で泊まる所を探していた母に連絡をつけて泊めたのが当時、23歳だった先輩だったそうです。
普通の母だと思っていましたが話を聞くとなかなか波瀾万丈な人生を送っていてこれが他人の事なら「スゲーおばさんだー」で終わりますが、自分の母親となる とそうはいきませんその時は一夜だけの関係になると母と先輩は思ったらしく、後腐れないと思ったのかかなり詳細に浮気に至るまでの過程を聞いたそうです。
母が浮気癖がついた要因は亡くなったじいちゃんの家庭内セクハラが嫌で家に居たくない、それで外に行くがする事も無くついつい出会い系を使いだしてそれで浮気癖がついたと言っていたらしい。
まあ母は自分から見ても地味可愛い感じの外見だし、誘えば男はそこそこ着いて来ると思う母がナンパされてる所は何度か見た。
それでもお母さんが他人の男とSEXするなんてなかなか子供の時は考えられませんでしたバーの店長とは本気の浮気、出会い系でつまみ食い。
中には20歳以下の若い男とか、ヤクザくずれの墨在り土方とか何でもアリ。
売春はした事無いけど、たまにお金を置いていく人もいたりしたそうだ。
そんな母の浮気体験談をたくさん聞かされた。
ショックだったまさか、母がそんな事する様な人とは信じられなかったので。
浮気は父のついた嘘だと思っていた何でこんな内容を知ってるかというと辞めた先輩がわざわざメールで後日、全部教えてくれたから。
先輩の部屋で見たハメ撮りは離婚も済んで、頻繁に先輩の部屋に来るようになって撮られたモノ。
離婚協議をしている時、母は1週間位、家に帰って来なかった。
実家にも帰ってない。
母は旅館に泊ってたと言っていたが違った。
離婚前はずっと先輩の家に居たんだそうだ。
電話で親父と離婚協議してる時もメチャメチャ俺は心配してたのに、母は先輩とねんごろの関係に。
結局母は離婚して実家にも居づらくて、それからは先輩の家で半同棲してたらしい。
先輩に聞いた衝撃の事実母は自分を産んだ後(自分は出来ちゃった婚だったみたい)ばあちゃんの命令で避妊手術を受けさせられていたらしく生でやるのが普通だったらしい。
メチャクチャ好きものヤリマン痴女で浮気のホントの理由は母の性癖だろって先輩が言ってた。
最初は先輩とだけ付き合っていたようだが、次第に浮気をコソコソとするようになったらしい。
1年近くそういった関係が続いて、先輩もお金もそれなりに使うし、飽きてきたので、今後は泊めてほしかったらビデオを撮らせろと伝え、しぶしぶ母に了承させたらしい。
ここで何故先輩が自分と、昔遊んでいた女が親子だと判ったかといううと自分の名字はメチャクチャ珍しくて県内に2軒しかない名字母の旧姓のままの免許を見た事があって、自分がバイトに来た時に直ぐに気づいていたらしい。
その事は親しい同期にだけは喋っていたそうだ。
ずっと先輩はそれに気付きながら、自分に接していてメチャクチャ優越感に浸っていたんだが、それを俺に伝えようとした事があったらしい。
でも、先程の一緒に送別会をした先輩が自分の事を可愛がってくれていて口止めしてくれていたそうだ。
なんか、へこむわ先輩の部屋で撮られた母のハメ撮り個撮。
見た事ある服着てる。
あっ、あれ俺の中学の卒業式に着てきたスーツじゃん。
まだその時の写真とかも持ってるよ。
嫌がってたとか言う割には何でわざわざおしゃれしてんのよ。
ソファーに腰掛けて何かAVの冒頭のインタビューシーンみたいなのが写ってる。
どこが感じやすいですか?とか興奮してますか?とか先輩のふざけた声が聞こえる。
それに母はちゃんとにやにやしながら答えてんだわ。
ブラとパンティーが見えるように服を捲りあげられて先輩にバイブとローター使われてた。
俺はここで耐えられなくなって、映像を早送りにした後、少しして消してもらった。
素人の撮影なので何かスムーズには撮れてなかったが、AVばりにフェラシーンとか入れてる所とかが写ってた。
辞めた先輩はちょっと性格が悪くて送別会を開いてもらえなかった。
それで唯一の同期の親友が俺を誘って送別会を開いたんだが、その間も元職場の悪口ばっかり言ってた。
そんな性格だから俺に母との関係を全部喋ってやろうとずっと考えていたんだとか。
自分は母は離婚後一人暮らしして喫茶店の手伝いをしてるよと母から聞いていたんだが、実際は働いておらず、たまに温泉でコンパニオンをしていたらしい。
この情報は地元の友人が高校卒業後、会社の忘年会で行った温泉でコンパニオン呼んだら自分の母親が来てびっくりしたと聞かされた事があった。
俺はウソだろとその場は誤魔化したが、先輩の話を聞くと事実だったようだ。
平日は先輩の部屋、週末は温泉コンパニオンで深夜帰宅だったらしい。
ピンクコンパニオンではなく普通のコンパニオンだったとは本人は言い張ってたらしいが。
その母があまり先輩の部屋に来なくなった。
どうやら新しい愛人が出来たらしい。
愛人の正体は自分達と住んでいた時の近所にある商店街の電気屋の親父だった。
コンパニオンで宴会に呼ばれた時にその電気屋の親父が来ていたらしく、離婚して大変だろって口説かれたらしい。
俺は母のTEL以外は教えられてなかったのでどこで独り暮らししてたかは知らなかったのだが、実は自分の家から車で3分程のムチャクチャ近所だったのだ。
電気屋の親父が家財道具で家電一式全部用意してやるから、付き合おうって口説かれて、ほぼ電気屋の愛人に。
先輩の部屋にはこの頃から月イチ来ればいいぐらいの関係になっていた様であまり先輩も母もお互い執着はしてなかったみたい。
たまに来た母とヤッて近況を尋ねる位の関係だったみたい。
今はこの電気屋は潰れて商店街からは居なくなっているけど、一時でも近所に母親を愛人にしていた男がいたなんてなんて言ったらいいか今も営業してたら絶対、店に乗り込んで電気屋のあのハゲデブ親父をボコボコにしてたと思う。
電気屋の親父は50過ぎたかっこ悪いおっさんだったので家電を貰ってしまった後はあまり上手くいかなくなったようで親爺とトラブる事が多くなって親爺に部 屋を出ていけと言われ、ちょっとガラの悪い男に頼んで親爺を脅して、今度はその部屋でそのガラの悪い男と暮らしだしたらしい。
その男は働いてなかったので、結局母がフルタイムで働く事になって先輩が就職先の世話をする事になった。
無茶苦茶だよお母さん・・・自分の母がこんなに破天荒な人間だと周りが本当に苦労する。

告白(転載) 【息子のチンポを挿れる母】親子なのに息子と初体験SEXした母親の禁断体験【つわり・月経 】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
この前息子の部屋が散らかってるので簡単に掃除していました。
そのときDVDがでてきました。近親相姦ものでした。何?私は驚きました。
よりによって近親相姦。あの子まさかこんな趣味があるのかしら。近親相姦に。
それは母と息子のものでした。
私は息子が帰って来たあと、息子に、
「あなた何これ?」
「あっ、勝手にさわんなよ」
息子は取り返そうとしましたが私は渡さず、
「あなたおかしいんじゃない」
「うるさいな」
「もしかしてお母さんとこんなことしたいと思ってるの?」
「どうでもいいだろ」
否定はしませんでした。
信じられない。私は37歳、息子は15歳です。
私が尚も返さないと、
「返さないんならやっちゃうぞ」
「できるもんならやってみなさいいよ!」
私は興奮してたので、そういってしまってたみたいです。
息子はしばらく黙ったと思ったら、
「いいんだな」
そういうと取り返すのを諦めたのか私を捕まえてその場に押し倒しました。
そのあと息子は、
「返してよ・・・」と小さな声でいいました。
この子はなんだかんだ言ってもやる勇気ないんだ。
私は急に強気になり、
「お母さんをやる勇気もないくせに生意気をいいなさんな」
「こんなの見るのおかしいよ」
私が離れようと思ったそのとき、息子が私の乳房を揉んできたんです。
私は思わず、
「きゃっ、嫌」って言ってしまいました。
「あなた自分のしてることわかってるの?」
「やっていいんだろ?」
「何いってるの?」
「やれるもんならやってみろって言っただろ」
息子は私の服を脱がせ始めました。
てこずってはいましたが私は息子の力には勝てず時間はかかりましたが全て脱がされました。
そして息子も裸になりました。
信じられない。ペニスはビンビンでした。
私達は全裸になり、もはや息子をとめられない状態になってました。
息子は私の乳房を吸ってきました。
力では勝てないので抵抗はしませんでしたが、
「こんなことすると後悔するよ」
「私達は親子なのよ」
「こんなことしてはいけないのよ」
諭しはしてましたがもはや息子はもうとまらない雰囲気でした。
やがて息子は、俺もう我慢できない。
そういうとペニスを私のあそこに入れようとし始めました。
息子のペニスを握って入れさせるのだけはやめさせなきゃと思いましたが、私は両手をおさえつけられ、息子は今度は手をつかわず入れようとしてきました。
ちょっと時間がたったとき、私の中に息子のペニスの先が入りさらに押し込まれました。
息子は、
「ここが女のあそこなんだね」そういうと腰を突きたて始めました。
「いい感触」そういいながら息子は腰を振り続けました。
私は息子のなすがままに貫かれるだけでした。
やがて息子は息が荒くなり、
「うっ」というと私の中に精子をだしました。
その後息子は急に冷静になり、
「お母さんごめん」と言いましたが、私は「今更遅いよ」といいました。
その日はそれっきりでした。
息子が夏休みに入りあれ以来初めて2人きりになりました。
今朝息子が背後から私を抱き締め、
「俺あのときのことが忘れられない」
「もうだめよ、あれっきりにしよう」
しかし息子は納得しません。私の乳房を揉んできました。
そしてスカートに手を入れあそこも触りだしました。
私は息子の力に勝てないのはわかっていたので好きなようにさせました。
しばらくして私もこの前のことを思い出していました。
「お母さんすごい濡れてる」
「お母さん感じちゃうじゃない・・・」
「感じていいよ」
私はもう抵抗する気持はなくなっていました。
息子は私のパンティーを脱がすと後ろから突いてきました。
私は「だめよ」とほとんどその気のない口だけの抵抗をしていました。
息子がお尻の辺りを突くので、
「ここよ」そういって私が導いてあげました。
もうどうせするんだから、私はそう思ってました。
息子は押し込んできました。けっこう大きめなんです。息子のもの。太くていい感じなんです。
私は、もう私達はこの関係やめられなくなるんだろうな、って思いました。
心の中の抵抗は今日の関係でなくなっていました。
その後私達は息子の部屋でもう1回SEXしました。
今後2人きりの時間が増えるんできっと何度も息子に求められるんでしょうね。
私、今日の2回目で初めて息子のペニスでイカされました。
夏休み直前の思わぬ出来事でした。
息子は私が始めての女だったようです。
「お母さんが初めての女でよかったの?」
「いくつになってもこの事実は消えないのよ」って聞くと、
「よかったよ」って言ってました。
私は自らの体で息子に初体験させることになってしまい戸惑いはあります。

告白(転載) 【淫乱で性欲の強い母】お風呂で母のオシッコを見せて息子に性教育【妊婦】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
私には10歳になる息子と8歳の娘がいます。息子が去年位から性に目覚め出して、
「女の人ってどこからオシッコでるの?」
「あそこにチンチン無いけど、どうなってるの?」とか聞いてくる始末。
私は「あそこに小さいチンチン付いててそこからでるの」って適当にあしらってました。
ある日お風呂に入ってると、いきなり息子が来て、
「女の人にはチンチンないじゃん、嘘付き」と言われました。
どうやら性教育があったらしいのです。
「ねぇ、見せてよ。お母さんがだめなら妹の見る」とまで言い出します。
娘を巻き込むわけにはいかないので、私はしぶしぶ承諾しました。
ただ約束として、誰にも言わない。娘には手を出さない事を言いました。
私は、湯舟に腰掛け、息子を前に座らせました。
息子は正座して食い入るように見ています。
私はここに来てためらいがでましたが、これもこの子のため…とゆっくり足を広げました。
手で広げると息子は顔を近づけます。
「もうこれでいいでしょ?」言う私に、
「これがチンチン?」と私のクリを触りました。
突然の事に体がビクッと反応しました。
「お母さん大丈夫?」問い掛ける息子に、
「今日はもう終わりにしましょ、いいでしょ?」と言うと息子が、
「オシッコはどこから出るの?見せて?」とまたクリを今度は愛撫するように触ってきました。
この時気付きました。息子は全部知ってるのでは?と。
私は「わかったからやめて」と「そこにいると濡れるわよ」と言い、足を広げ出しました。
最初はチョロチョロでしたが、尿意があったこともあり、大量に出ました。
この間10分にも20分にも感じました。
すべて見終わると息子は満足したように帰って行きました。
今後私たちはどうなるのか、それだけが心配です。

告白(転載) 【陰毛・陰嚢】母親に欲情した息子に生挿入で犯され膣内射精で禁断レイプ体験【息子の裏筋舐める母】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
小さい頃からおとなしい子で、自分の意見を言う事などなかった息子でした。
私は39で息子は17歳になりました。
この連休の事で、今年は主人が休日当番になりましたので出かける予定もなく、息子と二人でのんびりした時間になるはずでした。
この暖かい、暑いくらいのお天気で、昼食の後にいつも少しの時間、転寝をしてしまい、気がついた時には、既に息子に襲われていたのです。
スカートは捲くられ、息子は身体の中に突き刺さって、押さえ込まれているような状況で、激しく突かれてしまっている下半身は身動きできず、強烈なまでの刺激が生み出されていました。
あのおとなしい子が、こんな事をするなんて・・・
それにしても、朝方に主人と交じり合った気持ち良さが残っているのでしょうか?
息子に突きまわされている下半身は、気持ち良さで充満している感じです。
抵抗も何も、身体中に伝わっている気持ちよさに勝てるわけがなくて、ソファーでイってしまう快感は、理性もなくされていました。
息子の射精は容赦なく身体中に飛び散って、妊娠の心配が頭を巡りながらも、体の奥に飛び込んでくるのを受け入れてしまっています。
興奮が冷めたのでしょうか、息子が逃げるように私から離れて部屋に戻って行きました。
私はシャワーを浴びに、少しでも息子の精液を出したくて・・・
でも驚かされたのは、私の下着が切り裂かれていた事でした。
私が寝ている間にハサミか何かで切り裂いたのでしょう。そこまでして、それほどまでに、私を・・・
息子を責める気持ちが薄れていきました。
変でしょうが、あのおとなしい息子が、私をそこまでして求めてくれた事が嬉しくて、この後どうなっていくか分かりませんが、静かな夕食を息子と二人で食べました。

告白(転載) 【陰毛・陰嚢】これが愛だね泣けるね…母とのセックス【息子の裏筋舐める母】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
昔の話(昭和26年)だが、お袋(42歳)が私(小2)と兄を連れて離婚前提で親父と
別居し、お袋の実家にいきました。
お袋とは小6まで一つ布団で一緒に寝ていました。

寝る時はお袋は「こうすると温かいから」と言って必ずお袋の両脚の間に私の両脚を
挟んで寝てました。
お袋は寝る時は腰巻に寝巻きでズロースはつけずに寝てました。

私の両脚にお袋の陰毛が触るのですが、当時は純真無垢の子供でしたからなんとも思
わず本当に温かく、お袋に抱かれて寝ていました。

小5位の時でしょうか、下半身に違和感(快感)を覚え目が覚めましたが、寝たふりを続
けました。
その後、たびたび同じことがあり、ある晩とうとう耐え切れずお袋にしがみつ
いてしまいました。
私が目覚めたことに気がついたお袋は「シーッ」と言い、それまでしごいていたチンチン
の手の動きを早めました。
とうとう耐え切れずお袋の手の中へ射精してしまいました。
お袋は枕カバーでチンチンと自分の手を拭いていました。

その後は枕元にちり紙が置かれ
るようになり、後処理はちり紙になりました。
そんなことが暫く続き、6年生になった頃には皮は剥け、私も性の知識も豊富に
なり、お袋のおマンコに手を差し入れるようになりました。

おマンコは濡れ、クリの部分に指先が当たった時などは「ウッ、ウッ、ハー」とお袋の
抑えた声さえだすようになっていました。
ある晩、今まで手でしごいていたお袋が口に咥えてくれたのです。

お袋の口の中の温かさ、口元での締まり、手でのしごきとはまったく違った感触
に、手でのしごきでは結構持続していたのですが、この初めての快感ではかなり
早くお袋の口の中に射精してしまいました。

そのままウトウトとしていると、また下半身の温かさに気がつき目を開けると目の前
にお袋のお尻があり、おマンコがはっきり見えました。
豆電球に照らせれてヌラヌラと光って、少し黒ずんだ小陰唇、別にグロとも思わ
ず(これが女のおマンコかと思った)、指で小陰唇を開いたり、クリをさすたり
まじまじと観察(?)していました。

すでにお袋の感じる場所はクリだと知っていたので、お尻を両手で抱えクリに舌を這わせ
69の体勢で舐めあいました。
それでもお袋は挿入はさせてくれず、いつも手か口の中での射精ばかりでしたが、それ
でも私は満足していたのです。

中学生になるとさすがにお袋と一緒の布団で寝るわけにはいかず、同じ部屋の別々
の布団で寝るようになりましたが、
「ヒロちゃん、温かいからこっちにおいで」と私を自分の布団に入れてくれたり、
「そっちにいくよ」といったりで、互いの布団を行ったり来たりの状態で関係が続
きました。

この頃は性的知識は相当身につけていましたが、おマンコへの挿入がしたくてしたく
てたまりません。

それまで時々お袋は、お尻をこちらえ向け(側臥位)おマンコの間に私のチンチン
を挟んで逝かせてくれてました(今でいう素股)。

私に陰毛が生えだした時は、生え揃う過程が面白いといって毎回観察されて完全に
生え揃った頃に「ヒロちゃんも大人になったね、今日は上になって」言われたのですが、
いつもお袋主導の関係(勿論おっぱいを吸ったり、揉んだりはしていましたが)でし
たので意味が判らずにいると、寝巻き、腰巻を肌蹴てM字開脚をしています。

M字開脚の間に身体を入れ、上から見下ろすお袋の裸は初めてです。
ちょっと垂れ気味
に横に開いた乳房、胸から下腹部、黒々とした陰毛。
割れ目から顔を出したクリと小陰唇、お袋の手はいつものようにチンチンを握ってし
ごいていましたが、自分から濡れ光るおマンコの入り口に私のチンチンをあてがいました。

初めてのことなので戸惑ってといると、「そのまま腰で突いて・・・・」言われるままに
腰を前に突き出すとニュルっとした感覚と同時に温かさを感じ、今までの口でするのと
はまったく違った感触でした。

突き入れると同時に「ウッ、ファ〜」吐息とも喘ぎともつかない声がお袋
の口から漏れます。
その後のことも判らずそのままにしていると「腰を・・動かして・・・」と教えられ前後に2、
3度抜き差しすると今度は「いい〜」とはっきり言葉を口にだしました。

なんせ初めて生でおマンコを経験したわけですからいつものように(咥え、舐められる
時は10分程度は持続できた)いかず、お袋の声を聞くと同時に中に射精してしまい
ました。

自分の出した精液がお袋の奥の壁に当たった気がして、口でされるのとは大違いです。
「ヒロちゃん、初めてだからしょうがないね」
とお袋はいたわってくれ、自分の股間から流れでる私の精液をちり紙で拭いていました。

それからの主導権は私に移り、指を使ってクリで逝かせ、舌を使って逝かせ、そのたび
にお袋の口からは「いい〜、もっと・・・もっと」抑え気味な喘ぎを漏らすようになり
ました。
いくら部屋数が多い家とはいっても、寝静まってからの女性のあの声は結構聞こえるも
のだと思います。

生理日は遣らせてくれず、安全日は生中出し、危険日は私が「いくよ」と声を掛ける
とお袋は自ら腰をひいて外だしでした。
この頃になると、お袋のおマンコでの抜き差しも15〜20分は持続できるようになり、
お袋もわたしのチンチンでその間に2〜3度は逝っていたようです。

お袋の逝く時は、脚を突っ張り「ウ〜ンッ・・・ハ〜」と吐息を漏らすから判りました。
私が逝く時は必ず「いくよ〜」と声をかけるのが合図でした。

乳首を舌先で転がしたり、優しく噛んだりするとお袋も感じることも知りました。
中学生の間に体位も覚えました。

最初はやはりお袋のM字開脚で始まり、クンニ、フェラ、指マンそして正常位
で挿入。お袋のおマンコに抜き差しするチンチンとあそこの濡れ具合が増してきてク
チャクチャ、二チャ二チャたてる音に興奮を覚えたことです。

感じてくるとお袋の左右に振られる顔、喘ぎ声、私の腰にしっかりと巻きついた脚。
次は後背位、バックからの挿入です。

いつ頃だったでしょうか、69の最中にお袋自ら「このまま入れて・・・」と四つん
ばいのままお尻を突き出して以来です。

この時はお袋の口から「い〜〜・・・奥・・まで」といつもと違った喘ぎ声をだしました。
側臥位は以前から知っていましたので大体この3パターンがいつものコースでした。

ある時、私の股間に顔を埋めてチンチンを咥えていたお袋はそのまま身体をずり上げ
て来て私の股間に跨り、勃起したチンチンを自分のおマンコにあてがい、そのまま腰
を落としてきました。
初めての騎乗位の体験でした。

私の股間に跨り腰を振るお袋を見上げ、揺れるおっぱい、張ったり緩んだりするお
腹、時々見える陰毛の影。お袋が後ろに両手をつくと小陰唇まで見え、出し入れさ
れるチンチンがヌラヌラと光ってみえました。

私も腰を上下に使うと、奥まで届くのでしょう、喘ぎ声がかわります。
お袋も自分の感じる部分にチンチンの先を当てるかのように前後左右に動かしたり、
腰を回したりして「ヒロちゃん、いくよ・・・」私の上に突っ伏してしまいました。

と同時に、それまで耐えていたものを一気にお袋のなかに射精しました。
中学の時は新しく加わった体位の組み合わせで関係をしていました。

そのうち座敷蔵(普段住居として使用する蔵)でお袋と寝起きするようになりましたが、
部屋は別々です。
蔵作は冬暖かく、夏は涼しく、最大のお袋とのメリットは防音性に優れていたことです。

それまで抑え気味だったお袋の喘ぎ声が限度はありましたが、はばかりなく出せること
です。
お袋の喘ぐ時に発する言葉も断然多くなりました。
高校に進学すると、三つ上の兄は就職して同居家族は叔父夫婦との4人になりましたの
でもう夜の関係は一つの布団で寝ていようが夫婦同然の生活でした。

高校生になるとお袋はチンチンを咥え、舐めながら、
「ヒロちゃんのこれも立派な大人になったね〜」
と愛おしいそうに丁寧に咥え、舐めてそれから自らのおマンコに入れるのです。

お袋が後ろ向きに上に乗ると動くたびに、アナルがヒクつき閉じたり開いたり、前屈みに
なり、動くたびにおマンコに抜き差しするチンチンが小陰唇を巻き込んで出し入れさ
れるのです。

50歳を超えたお袋でしたが、お尻はそれなりにありましたが、まだクビレもあり、
おっぱいは多少垂れ気味にはなっていましたが、近所の同年輩のおばさん達と比べると
まだまだ若いといった感じです。

松葉くずしの体位の時は「チンチンが奥の一番感じる部分に当たる」と言ってお袋
の好きな体位でした。
こんな関係も私の高校卒業=遠方就職で一時的に終わりました。

最後の夜は一晩中ほとんど寝ずにありとあらゆる体位でずにお袋と交じりあいました。
「もうヒロちゃんとは会えないんだね・・・・」
あの時に流す涙とは違った本当に別れを惜しむ涙を流していました。

「盆、暮れには必ず帰ってくるんだよ」
と言って送り出してくれました。
24歳で結婚するまで帰省のたびにお袋と交じり合いました。
60歳でも女は出来るんですよ。

この結婚の時は、口に出しては言いませんでしたが、彼女に私を取られると思ったの
でしょうか、猛烈に反対され、親子の縁を切るとまで言われました。

その頃は帰省もせずお袋との関係も疎遠になっており、なんとか説き伏せやっと了解
を取り付け結婚しました。

男女二人の子供も出来て孫を抱いたお袋はすっかりいいお祖母ちゃんになり、それ
までのことは棚にあげ、嫁さんに、
「夫婦は夜の営みがなくなったら終わりだよ」
と変な知恵をつけ77歳でこの世を去りました。

58歳で亡くなった兄の変わりに、一昨年お袋の23回忌を営み昔のお袋との封印を
解くつもりで書いてみました。

告白(転載) 【パパの前で息子とヤル母】ラブホテルで母子相姦情事の背徳親子の禁断な性交体験【リモコンバイブ】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
「母ちゃん・・・」
お酒臭い息をして、しんちゃんの手が私の乳房をつかんで来たとき、心臓がばくばくして何も言えなかった。
私も裸、しんちゃんも裸、そうされても不思議じゃない格好で二人はベッドの上に座っていた。
酔っぱらっているのはしんちゃんだけで、私はほとんどしらふだった。
一昨日、田舎から帰ってくる途中で、余りの渋滞に二人とも疲れてしまって、泊まって、翌日の朝早く出よう・・ってことで、ラブホテルに入った。
携帯でいろんなホテルへ電話したけど、開いて無くて。
古河の小さいホテル。
寝るだけの予定だったのに、部屋の中に入って、二人でビールを飲んで、
しんちゃんは親子でも、照れくさい、とか言って、3本も飲んで。
二人でカラオケしてる間は良かったのだけど、その間中も飲んでて、かなり出来上がってしまった。
終いには、Hビデオを見始めたりしたもんだから、私もつきあいきれなくなってチョット腹も立ったし。
「お風呂入って寝るわよ」
そう言って、さっさとお風呂に入った。
けっこう大きなバスタブで、ゆったり身体も伸ばせて、周りが全部鏡で48にしてはそんなにスタイル悪くないな、なんて考えながら自分の裸をポーズをとって 見直したりして、ちょっとイタズラ心でお風呂場に置いてあった大人のオモチャ、ピンクのローターであそこも慰めたりしました。
イイ気分で出てきたら、私の服が全部無かった。
それに部屋の電気がほとんど消されてて・・・。
「しんちゃん、なに子供みたいなイタズラしてんのよ」
バスタオルを巻き付けて、ベッドの所に行ったら、しんちゃんは真っ裸。
ベッドの上に仰向けになって、陰茎を握りしめていました。
びっくりして声も出なかった。
ベッドの脇に立ちすくんでたら、しんちゃんが手を伸ばしてきて、ベッドの上に座らされた。
「興奮しちゃったんだ・・、ほら」
しんちゃんに指さされて、後ろを振り向いたら、お風呂場が全部見えてた。
壁だと思ってた所、お風呂場の内側の鏡だと思ってた所がマジックミラーみたいになってて、全部見えてた。
「母ちゃん・・」
あっという間に、バスタオルを取られて、乳房をつかまれて、キスされて・・・。
全部見られてたかと思うと、恥ずかしさで頭に血が上って、抵抗することさえ忘れてた。
ベッドの上に仰向けにされて、ペッティングされ始めて、しんちゃんの指がまだ濡れてる私のあそこに入ってきたとき、初めてちょっと抵抗した。
「しんちゃん、親子なのよ、やめてよ・・」
しんちゃんの指がクリトリスを弄り始めて、もう私は抵抗すら出来なかった。
夫が亡くなってから6年、オナニーしかしたことのない私の身体を、快感が駆けめぐって、乳房を吸われて、お臍を舐められて、しんちゃんの舌があそこを嬲り始めた時には、喘ぎ声さえ上げてしまった。
足首を掴まれて、海老のように身体を曲げられ、大股開きにされて、しんちゃんの陰茎が押し入ってきたときは、思わずしんちゃんにしがみついて、背中に爪を立ててしまった。
もうそこから先は、私はイキまくり、しんちゃんの腰がリズミカルに動き始めたら、すぐ絶頂しちゃった。
しんちゃんがいつの間にか灯りを点けてて、天井を見たら25歳の筋肉質の「オトコ」の身体の下で、私が犯されてるのが丸見え。
しんちゃんの腰が早く動いたり、わざとゆっくり動いたり、それを見ててますます変になって、感じちゃって叫び声を上げてた。
「母ちゃん、母ちゃん、オレ、出そうだよ・・、ガマン出来ない・・」
「いいか、母ちゃんの中、射精しちゃうよ・・」
気持ちよくてぼ~っとしてる私の耳元にキスしながら、しんちゃんがそう言って動きが激しくなってきた。
「いい、しんちゃん、いっぱいして!」
私もお尻を揺すってしんちゃんの動きに応えながら、言ってしまった。
「母ちゃん!」
「しんちゃん!」
ほとんど、同時に叫んで、ディープキスしながらフィニッシュ。
しんちゃんから私の中にいっぱい熱いモノが打ち込まれてきた。
そのまま、私は気を失うように寝ちゃった。
朝方、しんちゃんのキスで目が覚めて、生まれて初めてモーニングセックス。
後背位でされたのも、初めて。
3回目の前には、一緒に入ったお風呂場で、大人のオモチャ。
自分では怖くて使えなかったヤラシクてちょっと大きいヴァイブを入れられて、そのままベッドまで歩かされて、ヴァイブで弄られながら、乳房や体中を舐められて、絶頂しかけた最後の最後に、しんちゃんの堅くて太い陰茎を挿入され、一緒にイっちゃった。
結局ラブホテルを出たのは、朝の10時、家に帰り着いたら、二人ともすぐお互いの部屋で寝ちゃって。
今朝起きて、私の寝てるベッドサイドまで来てしんちゃんが真剣な顔で言ったこと。
「母ちゃん、オレ今日会社休むから・・・」
それから、2時間くらい前まで、ずっとセックス。
私の中にしんちゃんの精液がいっぱい。
これから、どうなるか分かんないけど。

告白(転載) 【親子で交尾体験談】俺が母にしか欲情しない理由はわからないが、今でも母はセフレだ【ママの生理】

近親相姦告白・体験
11 /22 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
俺は19歳のとき父親に家をたたき出された、母親を力ずくで強姦したのがばれたからだ。

母は小柄で色白で色気タップリのマゾ女で、当時性欲の塊だった俺にはとても我慢なんて出来なかったのだ。

家をたたきだされた俺は独力で就職、3年前に結婚した。そんな俺に2ヶ月前朗報が届いた。父親がくたばったのだ。

葬式の夜、俺は7年ぶりに母を犯した。喪服姿のまま父の位牌の前で押し倒したのだ。

柔道の寝技のように上から覆い被さり、両手で母の頭を固定し唇を奪った。母の口の中に俺の舌を差込みチュウチュウと音をたてながら、10分以上ディープキスをしつづけた。

母は既に覚悟していたらしく、終始目を閉じ、まったく抵抗しなかった。そして母を引き起こし、たっぷりフェラチオさせた後、四つん這いにし、後ろから挿入、胸をはだけ、垂れた胸を揉みながら思いっきり中出しした。

当然のことながらそれ以来母は俺の女になった。以来なにかと口実を見つけては週に1度は実家(母の家)に泊まりこみ、生前父が寝ていた寝室で母を犯し続ける生活が続いている。

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。