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告白(転載) 【お母さんのクリトリス】ド変態家族!兄妹でエッチな関係を容認する母【母とラブホでギシアン】

近親相姦告白・体験
12 /14 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
郊外の建売住宅に住んでいる41歳の主婦です。
主人は外国航路の船員で一度出航すると3ヶ月は帰ってきません。
家には高校1年の娘と中学2年の息子がいます。

去年のある暑い日のことでした。
私は昼間パートに出ていますが、その日は気分がすぐれず早退しました。
汗をかいていたのでお風呂場の横の洗面所にいくと、ガタガタというあわてた音がして、素っ裸の2人が台所のほうへ逃げていきました。
ちらと見えた息子のあれは
「うわっ!」
と思うくらい元気でした。
今までも、2人で一緒にシャワーを浴びたりしてて、仲がいいな、と大して心配もしていませんでした。
私自身も、2つ下の弟と、中学になってからもさわりっこした覚えがあるので、今回もどきっとしたけど、ふざけてさわったりしていたんだろう、とたかをくくっていました。

ところが、娘がひとりでお風呂に入っているとき、洗濯物をしまいに娘の部屋にいくと、パソコンがついたままで、画面にHの動画が写っていたのです。
「娘も興味あるんだなあ」
と思いつつ、つい動画をクリックしてみると、聞きなれた2人の声が!

息子の上に馬乗りになった娘が腰をふりながらあえいでいるんです。
しかも初めてではない感じで、動きも夫婦並みにぴったりあっていたのです。

息子がデジカメでとったらしく、娘のまだういういしいあそこに刺さっている息子の元気なアレが丸見えでした。
「大きい~・・」
私は主人ともう半年以上していないので、刺激で頭が変になりそうで、思わず胸をつかんで見ていました。

ほかにもあるのだろうか・・ファイルの保存のとこからさぐると、あるわあるわ、20くらいあります。
娘が出てきた気配がしたので、あわてて終了しそれ以上は見られませんでした。
2人が外出している時に見ると、娘が息子の長い(20センチ程)のを、舌で裏からなめあげるようにフェラしてるのがありました。
他にも洗面所の鏡の前で抱き合っているとこや、そのままうしろから娘の大きな胸を揉まれながら娘が屈託ない笑顔でムービーに撮っているのや、アップではげしくディープキスをしているのもありました。

セックス最中のもたくさんありましたが、いちばんすごかったのが、娘が息子のを手でしてあげているムービーで、居間の床に裸で向かい合ってさわりあっているうち、娘が
「してあげるわ」
と後ろにまわって、手で揉んであげながら撮っているんです。

「あ、あ!」
というなり息子が勢いよく射精して、2mほど先まで飛んで
「すっご~い!」
といいながら白い液を撮って
「なあ、しよ~!」
と娘の興奮した声で終わっていました。

娘のまだかわいいあそこや、息子のきれいな肌色のオチンチン(主人の倍はあります)のアップの画像もいっぱい・・・。
 見ているうち我慢できなくなって、久々にひとりHをしました。こっそりコピーして自分のパソコンで見るたんびにしてしまいます。
・・・正直、息子としたいです。

主人と結婚する前は3人の彼氏とHをしましたが息子ほど立派な持ち物の人はいませんでした。ネットで見ると巨根の素晴らしさを良く目にします。
私も子宮の奥をガンガン突かれて気を失うほどの快感を得てみたい・・・。
近頃は毎日、こんなことを考えています。

告白(転載) 【チンカス・遅漏】息子の誕生日に母親と近親相姦で初体験の秘密性交【息子の亀頭】

近親相姦告白・体験
12 /14 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
私は3つ年下の夫を持つ55歳の主婦です。24歳と22歳の息子がいます。
4年前のことです。上の息子が大学二年生で東京に出ていました。
マザコン気のある上の子は中学生まで一緒に寝ていましたし、高校に入ったばかりの頃は一緒にお風呂に入ったこともありました。
なので夏や冬の長期休業には家に必ず帰省していました。
二十歳になることもあり、お祝いも兼ねて息子のアパートに様子を見に行くことにしたのです。
学校だった息子は部屋にはいなく、合鍵ではいると中は学生としては安心できるものばかりでちょっと残念でしたが、ベッドの上に腰掛けるとそれを見つけてしまったのです。
エッチなビデオでした。
内容は「近親相姦」「お母さんと・・・」「熟母」などといったお母さんと息子さんのエッチしているビデオばかりでした。
息子が帰ってきたのは部屋に入ってから二時間後でした。
夕方になり電気をつけて夕飯の支度をしていました。
息子は驚いていましたが私にすぐ抱きつき、子どもの頃からの癖でお尻を撫で回しました。
夕飯を食べながら学校のことや友人のことを聞きました。
そして彼女はいるのと聞くと、いないよといってまた抱きついてきました。
さっきのビデオから察するに私や同じような年代の母性ある女性を性の対象としているのだなと、確信を持ちました。
私は率直に言うことにしました。
ベッドのしたのエッチなビデについて挙げた上で好きな人は熟女なのであるか聞くと、恥ずかしそうにうんと頷きました。
同じ歳の子から告白されたこともあったそうですが、私のことを考えると受け入れることができなかったと言いました。
そして話を少し変え、成人のお祝いについて聞きました。
金曜日なので土日と泊まって色々してあげようと思って行ってきたのです。
息子は答えずして、私のためにプレゼントを用意してくれていました。
アルバイトをして買ったという指輪でした。それを渡してくれてのです。
私は息子の気持ちを察しました。そして何が欲しいのか聞きました。
息子は私とエッチしたいといいました。初めてのセックスをしてほしいのだと。
私は覚悟していましたが、戸惑いました。
下の子がいるし、夫との夜の生活はありませんでしたが、家族としての一線を越えることに…。
でも、息子が大人になれると信じ、そして私を愛してくれる気持ちを思って決断しました。
その日はシャワーを浴びて寝ました。
久しぶりに同じベッドにもぐり抱き合って寝ました。
翌日、都心へと出かけると、母からのプレゼントの前に食事をしたり、用意しておいた予算からプレゼントを買ってあげたりしました。
夜になり少しおしゃれなレストランで食事を済ませると電車で繁華街のある某有名ホテル街へとむかいました。
ネットで調べておいたホテルに入り、部屋に入りました。
ベッドの上に腰掛けると、息子は本当にさせてくれるのと不安そうに聞いてきたので抱きついてキスをしてあげました。
すると息子は安心したようで、抱きつき服の上から胸を揉みはじめました。
シャワーを浴びましょうというと服を脱ぎ、全裸になった私たちはバスルームでお互いの身体を洗いました。
息子のオチンチンが意外と大きく立派なことに気づき、うれしさ反面私の中に入ってくると考えると恥ずかしくなりました。
ベッドに戻りバスローブを脱ぐとディープキスをしました。
舌を絡めていくうちに息子の手は私の股間や胸を直に触ったり、指を挿入したりしました。
思わず喘いでしまうと息子はオチンチンを硬直させていました。
それを私は手でしごいてやりいつの間にかベッドの上に横に成っていました。
息子の顔の上にまたがりオチンチンを口にほおばると、口の中や舌でそれを刺激しました。
息子のそれは口の中で大きくなり、今すぐにでもはじけそうでした。
息子も私のアソコを舐めてくれ、何度もいきそうになりました。
二人とも逝きそうになり、私は息子のオチンチンを中に挿入することにしました。
息子を仰向けに寝かせ、そそり立つ性器を私の中に導きいれました。
息子は私の腰の動きに任していましたが、より快楽を求めようとしたのか、途中から思い切り突き上げてくれるようになりました。
そのためすぐにいってしまい、バックで突いてくれるように頼みました。
息子のバックは夫や数年前に浮気した相手よりも上手く、息子も初めてだったためか私と一緒にいってしまいました。
中に放出された精液は膣の奥に当たり、その感覚でどうにでもなりたいと思いました。
息子の子種が膣から流れ出し、一部が内腿を伝うことが心地よかったのです。
それから少し休み、再び騎乗位や正上位でもう一度中出しされました。
息子とのセックスはプレゼントで一度限りにしようと思っていましたが、息子との禁じられたセックスの快感とその大きな性器を肉体で感じてからは、病み付きになっていたのかもしれません。
朝方ホテルを出る前にバスルームの中でシャワーや浴槽の中で挿入してもらっていました。
それからです。何かといっては理由をつけて上京し、息子とセックスをしています。
アパートでする日常的なセックスが好きなようで、裸エプロン姿で犯される事もあります。

告白(転載) 【息子のチンポを挿れる母】息子の性欲に弄ばれてセックスする母親と禁断関係【つわり・月経 】

近親相姦告白・体験
12 /14 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
朝、夫が家を出た後の我が家は、いきなり押し黙った行き詰まる雰囲気になります。
キッチンで片付けをしていても、洗濯機のところにそっと逃げていても、中三の息子がきっと後ろから体を寄せてきて、腰に腕を回し、私の体に愛撫を加えてきます。
もう何を言っても、抵抗しても無駄だと分かっているので、ただ早く済ませてくれるようにと、抵抗はしない協力的にもしないという態度で無言でされるままになっています。
息子は私の怯えや諦めの表情に味を占めて、ネチネチと自分のしたいようにしてきます。
母親が体を反応させてしまうのを見ては喜び、濡れてくるのを見ては喜び、小さな喘ぎを漏らすのを聞いては喜び、ニヤニヤ笑っています。
私の上で、あるいは後ろから、散々に腰を使ってかき回して、満足の精を朝から三度も私の中に注ぎ込みました。
先日も夫が出張の時に息子が買い物に行こうと言って、車でショッピングモールへ向かいました。食料品などを買いながら普通の親子してたので、私はホットしてたんです。でも、家に帰れば息子の計画がすぐに分かりました。
「これで、今日明日は外に出る用事が無いね」息子の無邪気な笑顔に私は怯えました。
息子とふたりっきり、家で缶詰になる2日間が始まったのです。
昼間はほとんど、ソファか絨毯の上でいいように転がされてました。
長い責めでも区切りがつく度に、私は母親のけじめとして服を着直し、シワや汚れがひどければ下着も服も着替えて服装を整えましたが、それも束の間、せっか く綺麗にしてもいずれ息子が纏わりついて、ボタンは外され、スカートは皺くちゃにまくりあげられ、下着もズルズル脱がされてしまうのです。
そんな休みの間中、私の体の奥は常に妙なソワソワした感じが続いていて、息子がその気になれば即座にスムーズに挿入されてしまいます。
難なく受け入れてしまう自分の体が、本当に恨めしい・・・。
土曜の買い物で、私の知らないうちに息子が電動歯ブラシを買っていました。
これを使われたときには、本当にショックで、はじめ必死に逃げようとしましたが、すぐに体がどうにもならなくなり、それを使う息子の手首を握り締めたままで、人生初めて機械でイカされてました。

告白(転載) 【ローション体験談】秘密の体験談@大学生のぐうたら息子に犯されちゃった母親の赤裸々な告白【ワンワンスタイル】

近親相姦告白・体験
12 /14 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
私は42歳の主婦です。
夫と息子の三人で平和に暮らしていました。
所が夫が単身赴任してから大学1年の息子が学校をさぼるようになりました。
始めは厳しく注意しましたが、だんだん反抗するようになり、暴力もふるうようになりました。
母親の私をお前と呼び、すべて命令口調です。
夫に話し、注意してもらったらよけいにダメでした。
大学生の息子は「なぜ告げ口したか」と言って怒鳴り、私を突き倒しました。
うつ伏せになった私の腰のあたりを跨いで息子が座りました。
私は苦しくてたまりませんでした。
息子に「告げ口してごめんなさい」と何度も言わされました。
息子は「罰だ」と言ってスカートをめくり、私のお尻を叩き始めました。
息子に座られたままで動くことは出来ませんでした。
「小さいとき僕もお前に叩かれたからお相子だ」と言ってました。
それからは、私は息子に注意はしませんでした。
1ヶ月後、夫が帰ってきたときに息子に注意しました。
反抗的な息子の態度に夫が怒り、息子を殴りました。
翌日夫は帰っていきました。
そして夫への怒りが私へ向けられました。
私は後ろ手に縛られ、倒されました。
「クソ親父に仕返しだ」と言いながら、私はスカートとショーツを脱がされました。
「お前の股を僕が見たと知ったら、親父のやつ悔しいだろうな。」と言いながら、足を閉じていた私に股を開くように命令しました。
拒否できる状況ではありませんでした。
夫以外にあそこを見せたのは初めてです。
息子もしばらく見つめていましたが、近寄ってきてアソコを弄り始めました。
私は怖いと思っていた息子に簡単にイカされてしまいました。
ぐったりしていたら、いきなり息子がのしかかってきて挿入してきました。
まさかここまでするとは思いませんでした。
息子の固いペニスに奥をつかれる度に私は狂ったように叫んでいました。
このときから毎日息子に犯されています。
単身赴任する前も夫とは月に1回くらいでした。
子供が大きくなるにつれ、子供を気にして最近は思い切りしたこともありませんでした。
ところが息子は毎日したがります。
若くて体力のある息子に犯されると、夫には悪いですが、私も感じてしまいます。
この年でも毎日できる自分に驚いています。
今では息子は学校もさぼらず、暴力も振るいませんが、私に対しては夫のような態度で振る舞っています。
私も息子と二人きりの状態が長くなり、毎日セックスもしていると親子というより夫婦のような錯覚に襲われます。
でも夫に気づかれたらと思うと怖くなる時があります。
私が我慢していれば息子も真面目に学校に通ってくれますし、平和な家庭が保たれます。
他人の家庭は知りませんが我が家はこれでいいと思うようになりました。

告白(転載) 【陰毛・陰嚢】私が21歳で母が45歳の時、ある寒い夜のこと【息子の裏筋舐める母】

近親相姦告白・体験
12 /14 2020
掲載サイト「萌えるセクース体験談・エロ話【ピクピクん】」は消滅。
あれは今から十年前の事です。
私が21歳で母が45歳の時でした。

母は私が小学校2年の時、父と離婚し、私を引き取り実家に帰り、町工場で働きながら私を 育てて来ました。
小さい頃は母に対して特別な感情など持つ事もありませんでしたが、異性にいや、性に興味を持ち始めた頃から母を女として見るようになりました。
母にと言うより女性の体に興味があると言うのが本当の所だったのです。

内気だったので女性と話をする事も出来ず、もちろん彼女も出来なかった私にとって、母は一番身近な女性だったのです。

まず最初にした事が風呂に入っている母を覗く事でした。
田舎の家だったので風呂場は木造作りで壁板に所々穴が開 いており、そこから覗いていました。

しかし母の胸は見えても、肝心な女性器は毛で覆われていて見えません。
どうしても女性器が見たい!私の想いは募るばか りでした。
風呂場では遠くて見えない、ならば近くで見るしかない、そう思った私は母が寝ている時に見る事にしました。

田舎の狭い家で二間しかなかったので すが、その間は渡り廊下みたいなものでつながっていました。
祖父母が奥の部屋で私と母が入口側の部屋で寝ていました。
貧乏でしたので寝る時は母と一つの布団で寝ていました。
母はネグリジェのような物を来ていましたが、夏場は暑いので裾ははだけている事が多かったです。

その日も下着が丸見えの状態でした。
私 は懐中電灯で母の股間を照らして見ました。
ショーツの脇から陰毛が3本ほど出ています。
それを見ただけで、心臓は早鐘を打ったようになり、私の股間は痛いくらいに勃起していました。

ゆっくり近づきショーツに手をかけました。
脱がすと起きてしまう恐れがあったので、あの部分を少し横にめくる事にしました。
震える手で恐る恐るずらしてみました。
私の目の前に夢にまで見た母の性器が現れました。
遂に私は母の性器を目の当たりにしたのです。

ショーツで引っ張られ少し口を開いた状態のそれは私にとって衝撃的な光景でした。
急激に快感が押し寄せ、それだけで射精してしまいました。

「うーん」不意に母がうめいたので慌て て手を離し寝たふりをしました。
これ以上は無理だと思いトイレに行き、パンツについた液を拭き取り、母のものを思い出しながら自慰をし再度放出しました。
今までした中で一番の快感を感じました。

それからも時々、気づかれそうになりながらも、覗いて自慰のおかずにしていました。
回を重ねるうちに当然の事ながら次は挿入したくなって来ました。
毎日挿入する事を考えて自慰をしていましたが、結局行動に移す事が出来ませんでしたが、一度だけそれに近い事はした事があります。

ある冬の寒い晩の事です。
夏は良いのですが、冬は寒くて布団の中で引っ付いて寝ていました。
母は私に背を向け寝ています。
私は寒いふりをしていつも以上にくっつきました。
母のお尻の部分に私のペニスが当たり、段々大きくなって来ました。
気持ちいいので押し付けてみました。
母は軽い寝息を立てています。

私は大胆になり自分のパンツを下ろし、直に母の性器と思われる部分に当てました、私のペニスと母の性器の間には薄いショーツの布一枚があるだけです。
軽くピストンの真似事をしただけで射精してしまいました。

母の下着にべっとり精液が着きましたが、バレたらバレてもいいやと思い、そのまま寝てしまいました、しかし、その後も母は何も言わず、二人の間には何事も無く、高校を卒業して、就職の為に田舎を後にしました。

就職してから彼女も出来て童貞ともおさらばする事が出来ました。
母の事もすっかり忘れていましたが、卒業して3年後の盆の帰省の時、その事は起こったのです。

久し振りに帰省した晩、風呂に入り母とビールを飲みながら話をしました。
「お前もお酒が飲める年になったんだね」と母は嬉しそうに言いながらビールを美味しそうに飲んでいました。私も嬉しくなり、母に何度も注ぎました。

12時を過ぎ、酔いも回ってきたので寝る事にしました。
母は「飲み過ぎたわ、明日起きれるかしら」と言いながらも嬉しそうに笑い寝床につきました。

夜中に喉が乾き水を飲みに起き、トイレに行って帰って来て母を見ると高校時代に見た時と同じ様に、ネグリジェの裾がはだけ、 ショーツが丸見え状態でした。
突然頭の中にあの時の事が蘇って来ました。

高校時代に2年余り挿入したいと思い続けた母のおまんこがショーツを着けているとはいえ、無防備にそこに横たわっています。
私は「ゴクリ」と生唾を飲み込みました。母は軽いいびきをかいて寝ています。

体を少し揺すってみましたが、まったく起きる気配がありません、あの時の快感が頭に浮かび、股間ははちきれそうになっていました、
「長年の夢を叶える時だ!」酒の酔いも手伝い何の見境も無くなった私は行動に移す事にしました。

挿入前に起きられたら、拒まれ抵抗されるに決まっています。
下着を脱がしたら起きてしまうと思ったのでハサミを取って 来てあの部分、デルタ地帯を覆っている布を切り離す事にしました。

震える手でハサミが母の体に当たらないように気を付けながら切り取りました。
切った布を めくると懐かしい母のおまんこが少し薄くなった陰毛の中に息づいていました。
早く挿入したい!挿入してしまえば後は何とかなる、そう思っていました。

酒 の酔 いが無ければそんなむちゃくちゃな考えはしなかったでしょう、母のおまんこに口を付け舌で唾液を軽くつけ、先走りを垂らしながらいきり立っている自分のペ ニ スに唾液を塗り、母の足を開き、ゆっくりとペニスの先を母のおまんこの少し開き気味になっている膣口に押しつけました。

お互いの物を唾液で濡らしてあったの でそれだけで亀頭の部分がヌルッとした感じで入りました、母の中に入っている、そう思っただけでもう爆発しそうでした。

少し気持ちが落ち着いた所で腰をぐっと突き出すと母のおまんこの中を押し開くようにして入って行き、そして根元までスッポリ入りました、脳天まで突き抜けるような快感がおそいました、必死 で我慢してからゆっくりとピストンを開始しました。

しばらくすると母が「うーん」とうめき、薄目を開けました。
しかし、まだ何が起きているのか理解出来な いようで「えっ、なに…どうしたの?」とすっとんきょうな声を出していましたが、下腹部の異常に気付くと「何しているの!止めなさい!」と叫びながら母の 必死の抵抗が始まりました。
両手で私の胸を押し返そうとします。

私はそうはさせじと母の両肩をしっかり抱きしめ動かれないように押さえつけます。
すると今 度は下半身をひねって私のペニスを抜こうとします。
その間も「いやぁー、止めて!」と泣き叫んでいます。

耳元で「じいちゃん、ばあちゃんに聞こえるよ」と ささやくと急に大人しくなりました。
その前から隣は気になっていたらしく、泣き叫ぶと言っても大声を出すほどでは無かったのです。

その間もピストンは続け ていたので母のおまんこもグチュグチュに濡れています。
今考えればそんな禁断な状態に母も興奮していたのかも知れません。
母は涙を流しながら観念したのかじっとはしています。

また私はゆっくりと動き始めました。
動く度にヌチャヌチャと音がします。
母は何かを我慢するかのように眉間にシワをよせていましたが、やがてシーツを握りしめ、体をそらし始めました、段々ピストンのスピードを速めると遂に母の両腕が私の背中に回り、抱きついて来ました。

下から下腹部 を押し付けて来ます。
息が荒くなっています。
母が感じている!そう思うと嬉しくなり更にピストンを速めました。

そして今まで感じた事が無いほどの快感が押し寄せ、思い切り母の中へ放出していました。
それを感じとったのか母も思い切りのけぞり、両脚を膠着させ逝きました、私は母に覆い被さったまま肩で大きく 息をしていました。

母も息も絶え絶えの様子で横たわっています。
お互いに何も言いません。
と言うか言葉がないと言った方が正しいでしょうか。
下になっている母が可愛く見え、唇を合わせると母も舌を絡めて来ます。
しばらくそうしていると私のペニスがまた大きくなって来ました。

それに気付いた母は「アラッ! やっぱり若いわね」と言いながら二人の結合部分に手を持って行き、じかに私のものを触り、「硬くて大きい」と言いながらさすっていました、

「不思議なもの ね、お前が出て来た所にまた帰ってくるなんて…」
「高校の時からやんちゃなおちんちんだったわね」
「えっ、知っていたの?」と私が聞くと
「当たり前じゃな い、気付かないはずがないでしょう?あんな 事されて…」

母はそれ以上の事をされたら叱りとばすつもりだった事、年頃だから性に興味があるのは仕方ないと思って知らないふりをしていた事を話した。
「でも今日はさすがに酔っていたせいもあって気付かなかったわ、しょうがない子ね!」と軽く笑った。
そして「これは夢よ!2人とも夢を見ているの、だから 目が覚めたらおしまい。分かった?約束よ!」母は私に言いながら自分にも言い聞かせているようでした。

私は「まだ目が覚めていないよ」と言いながらまたピストンを始めました、母も
「今日は起きれないかもと言ったでしょう?」と言いながら背中に手を回して来ました。
結局その後、朝まで3回ほど交わりました。
中出しでしたが幸いに妊娠もせずに済みました。

母とはその夜限りでしたが良い思い出として残っています。その後は以前の親子関係でいます

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。