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小説(転載)  気付かないけど、傍に 8/8

官能小説
02 /26 2019
気付かないけど、傍に

8

 


 さっきから蝉がうるさかった。
 源太の家もそうだったけれど、直美の家も近くに林があるからな。もっとも、ここの近くにある林は、森と言っても良いくらいのもので。小学校の時、夏休みの自由研究なんていうと、虫取り網を片手に分け入ったものだ。
「また、来てやって下さいね」
「はい」
 夏の暑い最中に、きっちりネクタイを締めて。けれど、これぐらいしか礼儀を表現する方法を知らない俺は。窮屈な襟首を気にせずに、直美の家を後にした。
 隣を歩いている由悠も、終始無言のままだった。
 出ていった時のまま。掃除もせずにそのままだという直美の部屋は、とても綺麗に片付いていた。女の子の部屋らしく、幾つか置かれた人形よりも。大きな本棚一面に置かれた演劇の本が、俺に重くのしかかっていた。
 毎日、夜遅くまで、一生懸命練習していたという直美。
 必死に練習した成果を、結局、ほんの少しだけ発揮する事も二度と無いんだと思うと。ひどく、馬鹿みたいに思えて。そんな馬鹿さ加減が、いかにも直美らしくて。本棚一面の演劇の本を見ているうちに、目頭が熱くなっていた。
 急にいなくなってしまった実感がなかなかわいてこない源太は、家族もそうみたいだった。いつも遊びに行った時のように出された麦茶を飲みながら。寂しそうに笑うおばさんが、何故か今も目蓋に焼きついて離れずにいる。
 源太の奴は、どうせ今でも爽やかな笑顔を振り撒いてるんだろうし。直美の奴は、怯えた目でおどおどしてるんだろう。まあ、俺がいなくても、直美の事は源太に任せておけば安心出来るしな。
「気付かなかったよね…」
「そうだな」
 熱を持ったアスファルトが揺らいでいて、その中を排気ガスを散らして車が走っていく。左右を確認して道を渡りながら、街路樹に止まった蝉の声をうるさく感じていた。
「死、ってこんなにも傍にあるんだね」
「ああ」
「いつ死んじゃうか、分からないんだよね。だから、だから。やりたい事を後回しにしないで、自分に正直に生きないと…死んじゃってからじゃ、遅いもんね」
 それには応えず、由悠の頭に手を乗せてひっぱり寄せてやった。予想しなかった行動らしく、バランスを崩れて倒れ込んできた由悠がべったりとひっつく。肌に浮いた汗同士がすれあって、不意に、外気の温度に気付いてみたりする。
「暑いよう、お兄ちゃん」
「俺は今、お前を引き寄せたいんだ」
 かなり恥ずかしい事を言った気がする。
 由悠の照れ具合を見ていれば分かるけれど。それよりも、自分で自分の言った妙な台詞が。気になって仕方が無かった。言わなければ良かったと後悔しても、既に遅い。
「私は…」
 はにかんだように笑った由悠が、腕を絡めてくる。
 それはそれで、かなり恥ずかしいと思うけれど。ここで逆らうと、さっきの自分の言葉に追い討ちをかけられる気がして。何も言えなかった。
「よし、今から家に帰ってさっそく励むぞ」
「ば、ばかな事大きな声で言わないでよね」
「何がだ? 俺は演劇部の練習に励むと言っただけだぞ」
 頬を大きく膨らませた由悠が、俺のほっぺたを掴んでねじり上げた。痛くも何とも無いが、かなりくすぐったいな。これは。
「じゃ…やるか?」
「ばかあ! それより、今日は部活があるんでしょ?」
「そういやそうだな」
「私も…演劇部に入るよ」
 由悠の笑顔の下に、色々な思いが見えたけれど。俺はそれには触れなかった。俺だってまだ、あいつらの事をどう受けとめていいのか分からないし。何より、自分の感情を上手く説明する事なんて出来無い事だから。
「ねえ、お兄ちゃん」
 なんだ? と言いかけた時、唇が塞がれて返事が出来無かった。不意うちに戸惑っていると、にへらと子供っぽい笑顔を浮かべた由悠が、言っていた。
「傍にあって気付かなかったもの、まだあったよ」
「そう、だな」
 由悠の事がこんなに愛しかった事だとか。大好きな人がずっと傍にいた事にも。俺は全然気付いていなかった。他にも、もっと気付いていない事があるんだと思う。
 でも
 それでいいんじゃ無いか、と俺なんかは思う。
 鬱陶しく鳴き続ける蝉の声に空を見上げると。真っ青な空に、巨大な入道雲がそびえ立っていた。その白くて堂々としたでかさを見ているうちに、なんだか俺は、気分が晴れていた。

小説(転載)  気付かないけど、傍に 7/8

官能小説
02 /26 2019
気付かないけど、傍に

7

 


 合わせ続けた唇が、緊張と恥ずかしさから強張ったように感じる。
 自然と舌が延びて由悠の舌を求める。びくっと震えながらも、だんだんと。ゆっくり、次第に貪るように。由悠も俺の舌を求めてくる。
 舌が絡まり、唾液が混じる。
 首の後ろで、由悠の手が重ね合わされた事を感じた。そして、由悠も俺を引き寄せるように、力を入れる。互いを引き寄せ合って、隙間も無いくらい俺達はべったりとくっついていた。
 ひたすらに舌を絡ませあい、喉を鳴らす。
 もっと俺を由悠に。由悠を俺に。
 考える事といったら、ただひたすらそれだけで。ただひたすら夢中に、由悠が欲しかった。可愛いからとか、そういう事だけじゃなくて。由悠が由悠としてそこにいるから、俺は由悠が欲しい。
 服を捲り上げた俺の手は、ブラジャーをずらしてそっと胸にふれる。すべすべとした柔らかい由悠の胸は、優しい暖かさを持っていた。
 伸ばした指のひらが、つん、と立った乳首を見つける。
「ん…」
 合わさった唇の合間から、由悠が吐息を洩らす。感じていてくれる事が嬉しくて。そして、壊れてしまいそうだったから。俺は、優しくもみ上げるようにしながら、指の先で乳首をついてやる。
 由悠の鼻息が、だんだんと荒くなってくる。それがとても愛しくて、俺はもっと由悠を気持ち良くさせたいと思う。
「はあっ、はぁっ。ふうっ、ふう…」
 息が苦しくなったらしく、口を離した由悠が艶っぽい吐息をもらす。俺の口と由悠の口の間を、透明な液がつつっと結んでいて。見ていて、とてもいやらしかった。由悠もそれに気付いたのか、頬を染めると上目遣いに悪戯っぽく笑う。
 由悠と離れている刻が耐えられなくて、俺はまた唇を吸う。胸を玩ぶ事をやめないから、息が苦しそうだったけれど。由悠も、ただひたすらに俺の舌を求めてくる。
「あ…」
 目を閉じていた由悠は、嬉しそうにそう洩らして俺を見る。
 さっきから、パンツの中で苦しそうにしている俺のものは。何枚かの布越しに由悠の太腿の柔らかさに触れて、暴れ回っていた。
 首の後ろにあった由悠の手が、ゆっくりと下りて俺のパンツの中に滑り込んでくる。そして、俺のものを包み込むと。固くなった感触を楽しむように、優しく動いた。
「うふふ…お兄ちゃん」
 糸をひいた唾液の向こうで。快楽に頬を染め、息を荒くしながら。嬉しそうに由悠が微笑んだ。
 由悠を抱きとめていた左手はそのままにして、右手を由悠のスカートの中に入れる。由悠のものを探り当てようとした俺の指は、べたべたに濡れた布の感触に止まった。
「あ…」
 自分がどうなっているのかを俺に知られて、由悠が恥ずかしそうに目を伏せる。それでも、俺のものを包み込んだ手の感触を自信にしたように、ゆっくりと目を上げる。
 脇から指を滑り込ませた俺は、柔らかな唇のようにつるっとした感触に、指を這わせる。
「はうっ…」
 俺のものの反応を楽しんでいたような余裕が、由悠の顔から消えて。ただ、押し寄せるなにかに耐えるように。恥ずかしそうな顔を歪めて、由悠は目を閉じた。
 ガラスコップの縁を回すように、由悠に指を滑らせる。細かく震える肩とまつげを見て、嬉しさがこみ上げてくる。小さな突起に指が触れると、由悠は大きく身をすくませた。
「あ…あ…」
 由悠が嬉しそうに俺の顔を見上げる。
 これ以上無いくらいに大きくなっていた俺のものが。限界を知らないように、由悠の掌に包まれた中でもっと大きくなっていた。それが嬉しいらしく、由悠が悪戯っぽく微笑む。
「由悠…」
「…うん。いいよ」
 少しの怯えと。そして、それよりもたくさんの喜びに支えられるようにして。由悠が頷いて、ことんと、頭を俺の胸につける。
 両手で抱きとめながら、由悠をベッドに倒していく。小さな由悠。のしかかって俺の体重をかけたら、潰れてしまいそうなくらいに。
 両手で由悠のパンツの端をひっかけると、一気に滑り降ろした。ねちょ、っと。とてもいやらしい音がして、パンツに由悠の液が溜まっているのが見える。
 まだ俺のものを掴んでいる由悠の手をそのままにして、俺もパンツを下ろす。由悠の位置からは見えないだろうけれど、それがどれだけ由悠を欲しがっているかはわかっているはずだった。
 スカートをめくりあげると、外から入ってくる月明かりに、由悠の部分だけが光って見えていた。
「あんまり見ないで…」
 甘ったるく囁く由悠に、思わず頬が緩む。こいつの甘えん坊なところは、昔っからちっとも変わっていないんだな。
 由悠に軽く口付けしてから、手探りで俺のものを由悠の部分に近づけようとする。けれど、勝手がわからずに、じっとりと焦りが襲ってくる。俺の焦りが分かったのか、視線を逸らしながら、由悠の手がゆっくりと俺のものを導いてくれた。
 くちゅ
 小さな唇に先端が包まれた感触が伝わってくる。探り当てた安堵感と一緒に、それだけで達してしまいそうになるくらいの気持ち良さがやってくる。
 まだ俺のものを離さない由悠の手に、そっと手を添えてやると。由悠はゆっくりと離した手を、俺の背中へと回した。不安なのか、服をしっかりと掴んでいる。
「いくぞ」
 目を見ながら言ってやると、由悠は目だけでこっくりと頷いた。
 ゆっくり、ゆっくりと由悠の中に入っていく。痛くしないように、優しく。由悠は苦痛からか、顔を歪ませて両足をつっぱっていた。
「痛いか?」
 聞きながら、馬鹿なことを聞いているなと自分で思った。
 痛がっているのが分かっているんだから、わざわざ確認してどうしようというのだろうか。でも、何を確認したいのか。多分、分かっていないけれど、分かっているんだろう。
「ううん。平気」
 由悠が苦痛の下で、一生懸命にっこりと笑ってみせる。
 これが聞きたかったのかも知れない。由悠を傷つける事に怯えながらも、由悠が欲しくてたまらないから。由悠の気持ちに、後押しして欲しくて。
「あうっ!」
 由悠が悲鳴を上げる。
 ある程度まで入ると、由悠の中は更にきつくなっていた。まだ、半分くらいしか入っていないけれど、この辺りが限界なのかも知れない。
 そう思ったけれど、由悠は俺にしがみつく力を緩めようとはしなかった。必死に抱き寄せて、自分の中へ、中へと導こうとしている。そんな由悠の態度に、そして、俺自身の欲望のままに。一気に突き挿れた。
「ううっ」
 歯を食いしばって大きく身を逸らした由悠が、ゆっくりと肩を落とし、呼吸を和らげて行く。今、一つになってる。由悠と一つになってるんだ。
 由悠の中は、とても暖かかった。
 他に色んな感情も浮かんでくるけれど、とにかく、暖かかった。
 息を荒くしている由悠の頬に手を当てて、髪を撫でてやる。おずおずと目を開いた由悠は、にっこりと笑うと。俺の下で、ぎこちなく、腰を動かし始めた。
「由悠…?」
「へ、へいき…だから。お兄ちゃんに、私で気持ち良くなって欲しいの」
 由悠の動きはとてもぎくしゃくしていて。そして、痛そうなことが分かったけれど。由悠が自分から動いてくれているという事が、気持ち良くて仕方が無かった。
 由悠を抱き締めて口の中に舌を入れると、懸命な努力だけで動いていた由悠の体は止まった。無理はしなくていい。けれど、けれど俺は由悠の中で動きたい。由悠の膣内をかきまわしたい。
 俺の気持ちを代弁するように舌を暴れさせる。由悠もそれに合わせて、舌を絡ませてくる。
 気がつくと舌だけでなく、俺は腰を大きく動かしていた。舌の動きを再現するように、温かい由悠の中を動き回り。きゅっとしめつけてくる由悠に、俺の背筋にぞくぞくとした快感が登ってくる。
「あっ…」
 少しは感じてくれたのか、由悠が声を上げた時が。俺の限界だった。
 由悠の体をしっかりと抱き寄せると、膣内に注ぎ込む。こんなに愛しくて可愛い由悠の中に、俺をぶちまけたくて仕方が無くて。幽かに浮かぶ、様々な想念を、ただ、由悠が好きだという気持ちで打ち消して。ひたすら膣内へ、出していた。
「あああぁぁ…」
 由悠が目を細めて、嬉しそうに声を洩らす。
 由悠との行為は、自分でする事など比べ物にならないくらい、気持ち良くて。由悠と一つになれたという事が、一番気持ち良くて。
 だからなのか、これまでに無いくらいに吐き出しているはずの俺のものは。自分でも信じられないくらい、大量に勢い良く吐き続けている。少し治まっても、きつくしめつける由悠に搾り取られるように出し続けていた。
「なかに、お兄ちゃんがいっぱい…あっ」
 えへへと笑った由悠はそう言った後で、顔を赤くしていった。
 きゅっ、と一度可愛くしめつけた後。細かく震えた由悠の体から、急に力が抜けていった。無性に可愛くなった俺は、さらさらの由悠の髪を撫でて頬にキスをしながら。耳元に囁いていた。
「いったのか?」
「…ばかぁ」
 口元を両手で隠して見上げてくる由悠を、俺はしっかりと抱き締めていた。
 確かな存在
 かけがえの無い由悠
 それを腕の中で感じているうちに。窓の外から聞えていた蝉の声が、だんだんと遠くなっていった。重くなってきた目蓋の向こうに、由悠の優しい笑顔を見ながら。

小説(転載)  気付かないけど、傍に 6/8

官能小説
02 /26 2019
気付かないけど、傍に

6

 


 真夏の一日。
 源太と直美。それに由悠を誘って、海にいる。
 直美の水着姿を見たのは、体育の時間くらいのものだったはずだ。じろじろ見ていると、由悠がたしなめるようにして俺の頭を叩く。由悠の水着を褒めて無いとかで、怒ってたんだっけ。
「へ、変…かな?」
「いや、別に」
 正直、その水着は直美に似合ってると思った。なんというか、その。思ってたよりも大きな胸をしている、とかじゃなくて。
 水着になった直美を見て、こいつも女なんだな、と思ったりもした。元から女だとは思っていたけれど、なんというか。いつも考えている、直美も女なんだという感覚よりも。もっと、感情でというか。素直に、女なんだな、と思う事が出来た。
「お兄ちゃん」
 由悠が呼びかけてくる声に、ふと振り返る。その声の調子は、今まで聞いた事が無いくらい暗いものだった。表情も、それに合わせるように暗くなっている。
 それを見ているうちに、俺は不意にある事に気付いていた。
「お兄ちゃん」
 四人で海に行った事なんて無かったんだって。だいたい、俺は…

「お兄ちゃん…」
 しゃくり上げるような声が、白い天井に広がっていた。
 方向感覚がはっきりとしない。鈍い痛みが、頭中に広がっている。吹き込んでくる風に揺れているんだろう。白いカーテンが揺らぐ向こうに、夜の空が見えていた。
 ここは、どこだ?
 頭を振りつつ起き上がろうとする。そして、右肩から腰にかけて走った痛みに、思わず声を洩らしていた。
「お兄ちゃん?」
 息をのむ声に続いて、由悠が俺の事を見ているのが見えた。大きく見開かれた目が、徐々に表情を変えていって。涙でぐっしょり塗れた顔を、笑顔で一杯にしながら飛びついてきた。
「うわ、っておい」
 咄嗟だったので、由悠の体重すら支えられずひっくり返りながら。左腕から、透明な管が伸びている事に気付いていた。とすると、ここは。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 ひたすら呼びかけながら顔をすりつけてくる由悠の頭を、軽く撫でてやった。柔らかい髪の毛の感触が、掌一面で感じられる。
 漠然とした不安が、全身を包み込んでくる。
 理由は、見当はつくけれど、考えたくは無かった。それと同時に、由悠が華奢で柔らかい、女の子の体をしている事に気がつく。すりつけられている胸の感触に、場違いにもどきどきして。
 そう、妹相手に女を感じて、変だと思っているからどきどきしているんだ。
 決して、このどうしようも無い不安が。胸から喉にかけてを虚無で覆われたようなこの感覚が、原因なわけでは無くて。

 由悠が静かに首を振った。
 開ききった窓からは、夜も遅い時間だというのに蝉の声が聞こえてきていた。毛穴がぴりぴりするようだ。肌の下で、皮膚が蠢いているように、どうしようも無い感覚が押し寄せてくる。
 コールに呼ばれて飛んできた看護婦と、その後で来た医者の話によれば。頭を何針も縫う怪我だったわりに、回復は早いらしい。数日ベッドで眠って、抜糸を済ませれば退院していいとの事だった。
 近くでホテルを取る為に動いていた父親と、待合室で憔悴していた母親を由悠が呼び。俺が笑顔で手を振ってやると、二人とも安心したように帰っていった。本当は由悠にも帰って欲しかったんだけれど、こいつは残ると言って聞かなかった。
「お兄ちゃん」
 由悠が心配そうな顔を、俺の方に向けてくる。自分で自分の状態の分かっている俺は、由悠から目を逸らした。多分鏡を見れば、直美だって驚くくらいの怯えた表情をしているんだろう。
 けど、直美と怯えた表情対決をする事は出来無い。もう、出来無いんだ。
 寒かった。ひたすら寒かった。悲しいとか、なんだとか。全然分からない。胸全体をぽっかりとした空洞が覆い尽くしているようで。そして、震えるくらいに寒かった。
 由悠が俺の事をじっと見ている。心配されているのが分かるから、それを吹き飛ばしてやる為に、明るく笑って冗談の一つでも言ってやりたかった。
「何も、」
 けれど、
「何も出来無かった」
 俺の口から出たのは、
「俺は何も出来無かったんだ」
 ただひたすら、後悔する言葉だけだった。
 何かが出来たかなんて、俺には分からない。けれど、けれど。目の前でとても親しい友だちの源太と直美が。他にも大勢の、毎日のように顔を合わせていたクラスメートが。上から降ってきた岩や土砂に潰されたっていうのに。俺は、俺には何もする事が出来無かったんだ。
 もっと、俺は何かが出来ると思っていた。
 自分が思っていた以上に、自分がちっぽけな存在なんだという事が分かってしまって。何も出来無かった俺なんかが生き残って。何でもわかったような顔してて、何も出来無いくせに、どうしようも無い奴のくせに。生き残って。
 ただひたすら、何も出来無かったことが哀しくて。辛くて。嫌で。
「お兄ちゃん」
 由悠の細い指が、俺の頬を拭う。涙? 俺は泣いてるのか? 泣けば済むとでも思っているのか?
「私ね。他の皆さんには悪いと思うけど。お兄ちゃんが生きていてくれたことが、とっても嬉しいんだよ。ここで、本当に。本当に安らかなお兄ちゃんの寝顔を見ていたら、」
 ぼやけた熱い視界の中で、由悠の目に溢れていた涙が、頬を伝い落ちるのが見えた。
「もう、会えないんじゃ無いかって思って」
 俺の顔をしっかりと両手でおさえると、由悠が顔を近づけてきた。そしてそのまま、唇が合わさる。
 由悠とのキスは、海の匂いがした。
 唐突に、本当に思いがけずにした行動だったんだろう。我に返った由悠が、真っ赤になった顔を慌てて逸らそうとする。けれど、何故かとても落ちつく事の出来た俺は、由悠を放す事が出来無かった。
 由悠の頭を抱えて、唇を合わせ続ける。一瞬だけ、びくっとした由悠は。それから力を抜くと、目を閉じて俺に体を預けてきた。
 両手できつく、きつく抱き締めた由悠の体はとても細くて。柔らかくて。壊れてしまうんじゃ無いかと思ったけれど、俺は、壊してしまいたいと思うくらいに。由悠をしっかりと抱き締めた。

小説(転載)  気付かないけど、傍に 5/8

官能小説
02 /26 2019
気付かないけど、傍に

5

 


 校門前の道路にずらっと並んだバスは、かなり異様な光景だった。学年の全クラスの生徒を収容する為だけに、来ているんだろうけれど。思ったよりも、全然多いような気がする。
 二年の生徒だけが、朝のいつもの流れから逸れてバスの中に入っていく。集合、点呼がいちいちあった中学の頃と比べると、段違いに楽だ。けれど、どこの学校もそうだというわけじゃ無いらしいけれど。
「それじゃお兄ちゃん。怪我だけはしないでよ?」
「はいはい」
「ああ、もう。真面目に聞いてくれない。私は、本当に心配してるんだからね」
「俺だっていつまでも、お前と一緒にいるわけにはいかないだろう。いつか、お前が結婚すれば、お前と離れ離れになるんだしな」
 真面目と言われて期待に応えないわけにはいくまい。そう思った俺は、真面目な顔をして、さながらに返してやった。由悠はきょとんとしながらも、呆れたような笑顔で言っていた。
「心配しなくても、お兄ちゃんが結婚するまで私も結婚しないから安心して」
「だったらお前、一生結婚出来無いぞ。俺なんか、一生一人ものなんだからな」
「おはよう…あ、気にしないでいいよ?」
 朝の由悠との小粋でお洒落なトークに割って入ったのは、直美の怯えた眼差しだった。気にするな、と言われても。軽口の応酬なんてものは、水が差されればそれで立ち消えになってしまうものだからな。
「おはようございます。それじゃ、お兄ちゃん。行ってらっしゃい」
「おう」
 手を振って去っていく由悠に、手を振り返して見送った後で。直美に視線を移してみる。さっきから気になっていた通り、ずっと俺のことを見ていたらしく。目を向けてやると、不自然なほど極端に視線を逸らした。
「おはよう、二人とも」
 対応に困ってる俺を助けるかのように、颯爽と源太が現れた。この間合い、爽やかなだけでなく、本当に源太っていい奴だ。ここで感謝を口にしたとしても、さっぱり分からないだろうから、心の中でだけ思っておいてやる。
「聞いたよ、直美ちゃん。ヒロイン役に名乗り出たんだってね。応援するよ、頑張ってね」
「う、うん。ありがとう」
 気弱そうに、ひきつりまくった笑顔を直美が浮かべた。照れたように見えなかったら、こういうひきつった笑顔っていうのは、いいもんじゃ無いけどな。
「それじゃ、バスに乗ろうよ」
 源太に促され、直美を先にバスに乗せながら俺は思っていた。
 結局のところ。俺にとっての直美ってのは、由悠とそれほど変わりが無いのかも知れない。近しくて、親しい存在ではあるけれど。もし俺が、直美の事が好きなんだとしたら。由悠の事を、もっと好きなんだと思うしな。
 多分、恋愛とは感情の質が違うんだろう。それに、恐らく。直美が俺に抱いている、というその気持ちも。

 道路がどんどん後ろに流れ、車内からは寝息しか聞えて来ない。
 さっきまでカラオケのマイクを回したりしていたけれど。いつの間にか、みんなすっかり昼寝に入ってしまったらしい。俺も、眠いどころか、半分以上は眠ってるんだけどな。
 騒がしくされるより、静かな方が運転はし易いんだろうか?
 バスの運転手の心情に想いを馳せながら。まだ起きている若干の連中が、ひそひそごそごそと菓子を食べる音などが耳に心地良い。バスの立てる音と一緒になって、俺に眠れ、眠れと言っているようだった。
 勿論、それに逆らう必要など俺にはどこにも無い。
 寝ようと思いながら。逆らうでも無く寝ずにいて。寝てても起きててもどっちでもいい。こんな、なんか中途半端な状態が、ひどく気持ち良かった。
 視界が淡く暗いオレンジ色の光になった事からして。どうやら、トンネルの中に入ったらしい。こもって反響するような音を聞きながら、俺の意識はだんだんと…
「きゃああああ!」
 閉じかけていた目蓋が、下から跳ね上げられたように開く。
 悲鳴そのものより、その切羽詰まった感じが体中に緊張感を与える。何が起きたのかと悲鳴の方を見ようとした時、急ブレーキの音が響いた。
 体が前の方に持って行かれる。咄嗟に前の座席の背もたれを掴むと、全身でつっぱって堪える。それでも抑え切れない勢いに、堪えるようにして歯を食いしばりながら。何が起きているのか理解する為に、フロントガラスの向こうを見る。
 急速に停まりながらバスが近付いているのは、車の群れだった。ごちゃっ、と入り混じって停まっている。
 長い時間なのか、短い時間なのか。感覚の分からなくなっている中で、集中力だけが増していき。前の方に座っている源太と、目配せをしあった。よし、俺も源太も冷静さを保っている。バスが止まったら、即座に行動に移れるだろう。
 直美の奴は、いつも怯えたような目をしているだけに。こういう時は、どれだけ怯えた目をしているんだろうか。ちょっと、興味が沸いた。
 源太の隣の席にいるはずの直美の方を見ようとした時、視界が消えた。
 何かがひしゃげて潰れるような音が、周囲を荒れ狂っている。雷のような火花が見え、それが蛍光灯なのかも知れないと思った時。
 不意に襲ってきた頭痛と共に、視界が真っ暗になっていくのを感じた。

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。