第10章 別れ
いつもの時間に綾香がやってきたが、少しうつむき加減で落ち込んでいるように見
えた。
「どうしたの?なにか嫌なことでもあった?」
「綾香、ひっこしするの。」
ぼくは一瞬凍り付いた。こんな関係である。のこのこ引っ越し先まで遊びに行くわ
けにはいくまい。事実上の別れであった。引っ越し先を聞いてみると、電車を何回
も乗り継がなければいけないようなところだった。
ぼくたちはベンチに座った。
「綾香、ひっこしししたくない。お兄ちゃんと会えなくなるのはいや。」
そう言うと綾香は抱きついてきた。ぼくは優しく綾香の頭を撫でてやった。
「会えなくなってもずっと友達だろ?」
「……うん。」
綾香は顔をあげるとぼくの顔をじっと見つめていた。ぼくは綾香の手をとるとぎゅ
っと握った。綾香も握り返した。
「じゃあ、綾香ひっこしの手伝いしなきゃいけないから……。」
「そっか。」
綾香は歩きだしながらも何度も何度もぼくの方を振り返った。ぼくも綾香の背中を
ずっと見つめていた。
ぼくのかわいい綾香。彼女との出会いは偶然の繰り返しだった。今のこの関係も、
神が与えてくれたような感じすらした。息を弾ませて走る綾香。ぼくを見上げて笑
顔を浮かべる綾香。友達と楽しく談笑する綾香。ぼくにとって、彼女の全てが輝い
ていた。そんな彼女と自分との関係が許されるなど、夢にも思っていなかった。
この幸福な時間はぼくは一生涯忘れない。
ありがとう、綾香。
おわり