小説(転載) 天狗村奇談 サーカスの夜 その2
近親相姦小説
掲載サイト「母と少年 禁断の部屋」は消滅。
客席からステージに進む母にさらに大きな拍手が起こった。きっと、母の美貌が観客を喜ばせたのだろう。
「へえ、いいケツしてるな」
後ろからそんな声が聞こえ、ぼくは不快な思いをした。
ステージに上がった母に賀来はうやうやしくおじぎをした。母は大勢の視線を浴びるのが恥ずかしいらしく、顔を赤らめ俯いている。
賀来の助手が箱の蓋を開けると、賀来がもう一度おじぎをしながら、どうぞお入り下さい、と手で指し示した。母は恐る恐る箱に入り、中で窮屈そうに座った。
「では・・・」
賀来は蓋を閉めた。
音楽が高鳴り、観客が固唾を飲んで見守るなかで蓋が開けられると、箱の中には母の姿はなく、代わりに鎖につながれた一頭の虎が出てきた。
グォーッという虎の吠える声と、観客の割れんばかりの拍手が交差しているなかで、ぼくは、消えた母がいったいどこから現れるのだろうとドキドキしながら待っていた。
ところが母は現れず、箱をかたづけさせた賀来は、その虎でショーを始めてしまったのだ。
賀来は鞭を振るって、虎に綱渡りをさせたり、火の輪くぐりをさせている。ぼく以外、もう、誰も消えてしまった母のことなど気にしてはいないかのようだった。ぼくはふと、さっきの母から聞いた「神隠し」という言葉を思い出した。もしかして、このまま母がいなくなってしまうのではないか・・・そんな不安に駆られ、ぼくはいても立ってもいられなくなってきた。
しかも、猛獣ショーが終わると、今度は空中ブランコの女性達が出てきてアラビア風の踊りを始めたのだ。
遠い異国を感じさせる不思議な音色が鳴り響き、煌びやかな衣装をまとった女性達の踊りは、それはそれで心を引かれるものだったが、ぼくはもう不安で堪らなくて、楽しむどころではなかった。
しかし、女性達の踊りが終わると、やっとのことでステージにさっきの箱がもう一度運び込まれた。
箱と一緒に出てきた賀来が、蓋を開けて中を見せ、中には何も入っていないことを観客に見せた。それからまた蓋をし、黒い布をかける。
場を盛り上げる音楽が鳴り響き、賀来はえいっ、と布を剥いだ。
箱の各面がパタパタと外れ、母がはっとしたような表情で立ち上がったのを見て、ぼくはやっと胸を撫で下ろすことができた。
拍手を浴びながら母が席に戻ってきた。母は席に着きながらぼくに言った。
「どうしたのそんな顔をして。心配だったの?」
「うん・・・お母さんがこのままいなくなっちゃうような気がして・・・心配だった」
「馬鹿ねえ、そんなことあるわけないでしょう」
母は微笑み、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。
「本日は、我が賀来サーカスにおいで下さいましてありがとうございました。なお、最終日は成人男子のみの入場となります。本日とは違った趣向をご用意しておりますので、ぜひ今一度お運びください。それでは」
賀来の挨拶でサーカスは終わった。ステージに当たっていたライトが消え、テントの中は裸電球だけの薄ぼんやりした明るさにもどった。
ぼくと母は、天の川を見上げながら家路へと急いだ。
つぎの日、学校では夕べのサーカスの話題でもちきりだった。
ぼくも輪の中に入って、あれがよかった、これがすごかったと語り合った。けれどぼくは、ロドリゲスのことを思い出すと胸が痛んだ。あまりに醜く、可哀想だと思いながらも、つい笑ってしまった自分に良心の呵責を覚えていたのだ。
それから数日の間、何事もない平穏な毎日が過ぎていった。
ぼくは毎日、神社の境内から真っ青な空に向かってぽこんと飛び出した黄色いテントを見上げながら、学校に行き帰りした。
そして、サーカスは毎晩盛況だった。遠くの村からも毎晩観客が詰めかけてくるのだという。学校でもあいかわらずその話題が中心で、中には親と一緒に二度も三度も見に行く子までいた。
やがて、一週間が瞬く間に過ぎ、公演の最終日を迎えた。
「サーカスも今日で終わりだね」
「うん、今日は子供の入れない日なんだよね。何でだろうね」
ぼく達は教室の窓から身を乗り出して、明日にはなくなってしまうテントを眺めやった。 平凡な村に突然現れた黄色いテント。その中で繰り広げられた胸躍る異世界が、テントとともにどこかへ行ってしまうのかと思うと、ぼくは堪らない寂しさを覚えた。ところが、夕方家に帰ると、家に異変が起こっていた。母がお昼頃に黙って家を出たまま、帰ってこないというのだ。
「こんなことは今までなかったのに・・・」
と、祖母はおろおろしていた。隣り近所にも聞いたが誰も母の姿は見ていないそうなのだ。
確かに変だった。この時間には、母は必ず台所で食事の用意をしているはずだ。母の性格からして、家事を放り出してどこかに行ってしまうなんてありえないことだった。
ぼくは驚きながら、とっさに母に聞いたサヨちゃんの話しを思い出していた。
もしかして母は、サーカス団に捕らえられ、どこかに連れ去られようとしているのではないか・・・そんな考えが浮かんだのだ。
自分でも、あまりに馬鹿げた想像だと思ったが、ほかに考えられる理由も思いつかなかった。何しろ狭い村のことだ。変わったことがあれば、すぐに近所の人が教えてくれる。
やがて役場から帰ってきた父も、祖母から事情を聞いて顔色を変えた。そのくせ父は、妻を捜しにいくなんて男の沽券に関わるとでも思っているらしく、ちゃぶ台の前に座り込んで、祖母に用意させた酒を陰気な顔で飲み始めたのである。
外が真っ暗になっても、母は帰ってこなかった。
ぼくと祖母は互いに不安な表情で、何度も顔を見合わせたが、父はだんだん怒った顔になって酒を飲み続けるばかりだった。近所に聞きにいこうともしなかった。
さらに時間が過ぎ、夜の闇はますます濃くなっていく。ぼくはもう、我慢ができなかった。
「ちょっと捜しに行ってくるよ」
ぼくは台所で祖母に耳打ちし、父に見つからないように、勝手口からそっと家を抜け出した。
家を出ると、ぼくは必死にサーカスのテントを目指して走り出した。とにかく、行ってみようと思ったのだ。
空にはいつもと同じように天の川がかかっている。星明かりに照らされながらぼくは走り続け、息を切らしながら境内に駆け上がった。
サーカスは今日も満員らしく、中から大勢の観客の熱気が伝わってきた。テントの周りには誰もおらず、入場口も無人だった。もう終盤に近づいているので切符を切る係も中に引っ込んだらしい。
ぼくは入場口の幕をめくり、中を覗き込んだ。一週間前と同じように、饐えたような動物の匂いと観客の熱気が充満している。
ぼくは意を決っしてテントの中に入り、最後尾の席の後ろに屈み込んだ。満員の観客の目はステージに注がれていて、ぼくに気がつく者は一人もいなかった。ぼくは観客の後ろ姿を見渡してみた。
もし母がいれば、髪型とか雰囲気で見つけられると思ったが、あまりにも観客が多すぎて捜しようもなかった。それに、考えてみれば今日は男しか入れない日だった。
(何をやっているんだろう、ぼくは・・・)
見当はずれなことをしていた自分に呆れながら、ふとぼくは今夜の観客の雰囲気が一週間前と違うことに気がついた。それは、大人の男しか入場していないのだから当然とも言えるが、それにしてもこれだけ熱気でむんむんしているくせに、妙に静かすぎた。
ステージに目をやるとちょうど賀来が出てきたところだった。
「・・・演目も残り二つとなりました。長らくお待たせいたしましたが、つぎはいよいよお待ちかねの演目です。さて、皆さん、噂でお聞き及びのことと存知ますが、この演目につきましては公の場にていっさい口外なさらぬようお願い申し上げます。耳から耳へ内緒で伝えて頂きたい、というのが私どもの希望でございます。もちろん皆さんはそのようにして噂を聞きつけ、今夜おこしになったものと存じます。くれぐれもご内密に、そして存分にお楽しみ下さい」
賀来の、奇妙な口上だった。
このときぼくは賀来の秘密めいた言葉に、いったい何が始まるのだろうと、つい母のことも忘れて胸をときめかせてしまった。しかし、音楽が鳴り響き、幕が開いた瞬間、ぼくはカミナリに打たれたような衝撃を受けた。
一輪車を抱えた母が、信じられないような姿でステージに現れたのだ。
客席からステージに進む母にさらに大きな拍手が起こった。きっと、母の美貌が観客を喜ばせたのだろう。
「へえ、いいケツしてるな」
後ろからそんな声が聞こえ、ぼくは不快な思いをした。
ステージに上がった母に賀来はうやうやしくおじぎをした。母は大勢の視線を浴びるのが恥ずかしいらしく、顔を赤らめ俯いている。
賀来の助手が箱の蓋を開けると、賀来がもう一度おじぎをしながら、どうぞお入り下さい、と手で指し示した。母は恐る恐る箱に入り、中で窮屈そうに座った。
「では・・・」
賀来は蓋を閉めた。
音楽が高鳴り、観客が固唾を飲んで見守るなかで蓋が開けられると、箱の中には母の姿はなく、代わりに鎖につながれた一頭の虎が出てきた。
グォーッという虎の吠える声と、観客の割れんばかりの拍手が交差しているなかで、ぼくは、消えた母がいったいどこから現れるのだろうとドキドキしながら待っていた。
ところが母は現れず、箱をかたづけさせた賀来は、その虎でショーを始めてしまったのだ。
賀来は鞭を振るって、虎に綱渡りをさせたり、火の輪くぐりをさせている。ぼく以外、もう、誰も消えてしまった母のことなど気にしてはいないかのようだった。ぼくはふと、さっきの母から聞いた「神隠し」という言葉を思い出した。もしかして、このまま母がいなくなってしまうのではないか・・・そんな不安に駆られ、ぼくはいても立ってもいられなくなってきた。
しかも、猛獣ショーが終わると、今度は空中ブランコの女性達が出てきてアラビア風の踊りを始めたのだ。
遠い異国を感じさせる不思議な音色が鳴り響き、煌びやかな衣装をまとった女性達の踊りは、それはそれで心を引かれるものだったが、ぼくはもう不安で堪らなくて、楽しむどころではなかった。
しかし、女性達の踊りが終わると、やっとのことでステージにさっきの箱がもう一度運び込まれた。
箱と一緒に出てきた賀来が、蓋を開けて中を見せ、中には何も入っていないことを観客に見せた。それからまた蓋をし、黒い布をかける。
場を盛り上げる音楽が鳴り響き、賀来はえいっ、と布を剥いだ。
箱の各面がパタパタと外れ、母がはっとしたような表情で立ち上がったのを見て、ぼくはやっと胸を撫で下ろすことができた。
拍手を浴びながら母が席に戻ってきた。母は席に着きながらぼくに言った。
「どうしたのそんな顔をして。心配だったの?」
「うん・・・お母さんがこのままいなくなっちゃうような気がして・・・心配だった」
「馬鹿ねえ、そんなことあるわけないでしょう」
母は微笑み、ぼくの頭を優しく撫でてくれた。
「本日は、我が賀来サーカスにおいで下さいましてありがとうございました。なお、最終日は成人男子のみの入場となります。本日とは違った趣向をご用意しておりますので、ぜひ今一度お運びください。それでは」
賀来の挨拶でサーカスは終わった。ステージに当たっていたライトが消え、テントの中は裸電球だけの薄ぼんやりした明るさにもどった。
ぼくと母は、天の川を見上げながら家路へと急いだ。
つぎの日、学校では夕べのサーカスの話題でもちきりだった。
ぼくも輪の中に入って、あれがよかった、これがすごかったと語り合った。けれどぼくは、ロドリゲスのことを思い出すと胸が痛んだ。あまりに醜く、可哀想だと思いながらも、つい笑ってしまった自分に良心の呵責を覚えていたのだ。
それから数日の間、何事もない平穏な毎日が過ぎていった。
ぼくは毎日、神社の境内から真っ青な空に向かってぽこんと飛び出した黄色いテントを見上げながら、学校に行き帰りした。
そして、サーカスは毎晩盛況だった。遠くの村からも毎晩観客が詰めかけてくるのだという。学校でもあいかわらずその話題が中心で、中には親と一緒に二度も三度も見に行く子までいた。
やがて、一週間が瞬く間に過ぎ、公演の最終日を迎えた。
「サーカスも今日で終わりだね」
「うん、今日は子供の入れない日なんだよね。何でだろうね」
ぼく達は教室の窓から身を乗り出して、明日にはなくなってしまうテントを眺めやった。 平凡な村に突然現れた黄色いテント。その中で繰り広げられた胸躍る異世界が、テントとともにどこかへ行ってしまうのかと思うと、ぼくは堪らない寂しさを覚えた。ところが、夕方家に帰ると、家に異変が起こっていた。母がお昼頃に黙って家を出たまま、帰ってこないというのだ。
「こんなことは今までなかったのに・・・」
と、祖母はおろおろしていた。隣り近所にも聞いたが誰も母の姿は見ていないそうなのだ。
確かに変だった。この時間には、母は必ず台所で食事の用意をしているはずだ。母の性格からして、家事を放り出してどこかに行ってしまうなんてありえないことだった。
ぼくは驚きながら、とっさに母に聞いたサヨちゃんの話しを思い出していた。
もしかして母は、サーカス団に捕らえられ、どこかに連れ去られようとしているのではないか・・・そんな考えが浮かんだのだ。
自分でも、あまりに馬鹿げた想像だと思ったが、ほかに考えられる理由も思いつかなかった。何しろ狭い村のことだ。変わったことがあれば、すぐに近所の人が教えてくれる。
やがて役場から帰ってきた父も、祖母から事情を聞いて顔色を変えた。そのくせ父は、妻を捜しにいくなんて男の沽券に関わるとでも思っているらしく、ちゃぶ台の前に座り込んで、祖母に用意させた酒を陰気な顔で飲み始めたのである。
外が真っ暗になっても、母は帰ってこなかった。
ぼくと祖母は互いに不安な表情で、何度も顔を見合わせたが、父はだんだん怒った顔になって酒を飲み続けるばかりだった。近所に聞きにいこうともしなかった。
さらに時間が過ぎ、夜の闇はますます濃くなっていく。ぼくはもう、我慢ができなかった。
「ちょっと捜しに行ってくるよ」
ぼくは台所で祖母に耳打ちし、父に見つからないように、勝手口からそっと家を抜け出した。
家を出ると、ぼくは必死にサーカスのテントを目指して走り出した。とにかく、行ってみようと思ったのだ。
空にはいつもと同じように天の川がかかっている。星明かりに照らされながらぼくは走り続け、息を切らしながら境内に駆け上がった。
サーカスは今日も満員らしく、中から大勢の観客の熱気が伝わってきた。テントの周りには誰もおらず、入場口も無人だった。もう終盤に近づいているので切符を切る係も中に引っ込んだらしい。
ぼくは入場口の幕をめくり、中を覗き込んだ。一週間前と同じように、饐えたような動物の匂いと観客の熱気が充満している。
ぼくは意を決っしてテントの中に入り、最後尾の席の後ろに屈み込んだ。満員の観客の目はステージに注がれていて、ぼくに気がつく者は一人もいなかった。ぼくは観客の後ろ姿を見渡してみた。
もし母がいれば、髪型とか雰囲気で見つけられると思ったが、あまりにも観客が多すぎて捜しようもなかった。それに、考えてみれば今日は男しか入れない日だった。
(何をやっているんだろう、ぼくは・・・)
見当はずれなことをしていた自分に呆れながら、ふとぼくは今夜の観客の雰囲気が一週間前と違うことに気がついた。それは、大人の男しか入場していないのだから当然とも言えるが、それにしてもこれだけ熱気でむんむんしているくせに、妙に静かすぎた。
ステージに目をやるとちょうど賀来が出てきたところだった。
「・・・演目も残り二つとなりました。長らくお待たせいたしましたが、つぎはいよいよお待ちかねの演目です。さて、皆さん、噂でお聞き及びのことと存知ますが、この演目につきましては公の場にていっさい口外なさらぬようお願い申し上げます。耳から耳へ内緒で伝えて頂きたい、というのが私どもの希望でございます。もちろん皆さんはそのようにして噂を聞きつけ、今夜おこしになったものと存じます。くれぐれもご内密に、そして存分にお楽しみ下さい」
賀来の、奇妙な口上だった。
このときぼくは賀来の秘密めいた言葉に、いったい何が始まるのだろうと、つい母のことも忘れて胸をときめかせてしまった。しかし、音楽が鳴り響き、幕が開いた瞬間、ぼくはカミナリに打たれたような衝撃を受けた。
一輪車を抱えた母が、信じられないような姿でステージに現れたのだ。