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告白(転載) 6 田所は計算済みの行動であることなど母は気がつきません

近親相姦告白・体験
02 /20 2021
「母の第三の夫は息子の私です」は消滅サイト。
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当時は、まだ扇風機があればいい方でしたので
夏に行水で涼を取るのは当たり前でした。

飲み友達で我が家にしよっ中来ていた
田所でしたので母も風呂場に向かう田所を
不思議がることもせず当たり前のようにその
行動を見ていたようです。

母は田所の脱ぎ散らかした服をハンガーに
掛けてタオルと父の浴衣を持って風呂場に行き
田所に声を掛け 脱衣籠に浴衣を起きましたが、

そのとき田所の脱いだブリーフが目に留まり
思わず手に取り股間の辺りの匂いを嗅いで
しまうのでした。

そこには男の汗の匂いと はっきりと判る肉棒と
精の匂いがして頭がシビレ身体の芯が熱くなる
感じがし女唇が濡れて来たそうです。


母はmだ33歳になったばかりですんで女盛りです。
なおかつ2ヶ月も父と離れて暮らしていたので
身体が知らぬ間に疼いていたとしても
不思議はありません。


その上突然、田所の汗に匂う逞しい男の
裸体を目の当たりにして今まで父親程の年上の
田所に対して感じたことの無かった男を
この時初めて意識したようでした。


行水をして さっぱりした顔の田所は床の間を
背にして胡坐をかいて座りましたが、父より一回り

大きな体に父の浴衣は小さかったので
座っている家に前がはだけて行きます。

田所は計算済みの行動であることなど母は
気がつきません。


その時、母が驚いたのは、田所がパンツを
穿いていなかったことでした。


ビールをうまそうに飲みながら 
いつものように口の上手い田所は、明るく楽しそうに
話をしていましたが、身体が動く度に浴衣の前が

はだけて行き とうとう股間の男根が丸見えに
なるのでした。

この事は最初から田所が計算しつくしたことで
わざと母に見せながら母の反応を窺っていたのです。


田所の肉棒は半立ちの状態でしたが、
赤黒くえらを張って血管を浮き上がらせたそれは
父の肉棒より一回り以上もたくましく今までに
見たことも無い 立派な物だったと母は言います。


始めはチラリチラリと見え隠れする男根を、
ドキドキしながら盗み見ていた母でしたが
丸見えになったときはさすがに顔が赤くなって

喉がからからになり頭の中がボッとなり何も
考えられなくなりました。

田所は其の時を待っていたのでしょう、いきなり
母の右手を掴むと自分の方に引き寄せ肉棒を
握らせたのでした。

突然手を引かれた母は、田所の方に倒れこみ
そうになり、あわててそこにあるものを掴んだら
田所の肉棒だったのでした。

母が「ハッ」と思ったときには、佐藤に肩を抱かれ 
身動きできない状態で唇を吸われて田所の舌が
母の唇の中に入り込もうとしています。

告白(転載) 5 裏にある狙いに、はめられてしまった両親

近親相姦告白・体験
02 /20 2021
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昭和40年の頃頃の話になります、
当時、父「行男」39歳で 母「真弓」33歳。

私「英雄」10歳(小4)で田所さんは「浩一」と言います。 
当時52~5歳の位でなかったかと思います。

私の家は代々農家でした。 
お祖父さんの頃に片手間に雑貨屋を
営んでおりました。

その頃始めました辺りは近所に百貨店が
出来るまでの間は結構繁盛して痛そうです。

百貨店出来てからは、ほとんど
売れなくなったようです。

貸家業もしていたので食べるには
そこそこ困りませんでしたが、
雑貨業がそろそろ辞めようとしていた
ときのことです。

父は店をたたんだ後の就職先はまだ
決めておりませんでした。

そんな時に近所に住んでいて飲み友達の
田所さんが「それならワシん所の仕事を手伝って
くれんか?」と言ってきました。

田所さんは「田所組」と言う40人程の人足を
使う土建屋です。

大手の土木会社の下請けをしており仕事は
殆ど地方の山の中での請負仕事だったようです。

雪の無い四月~雪の降り出す十一月頃までが
特に忙しく出稼ぎ仕事で今で言う単身赴任でした。

山の中で電話も無い様な所での仕事ですので
父は仕事を引き受けるのを渋っていましたが、
田所は毎日のように家に通って来ては両親を
口説いておりました。 


しかし田所には、その裏にある狙いが
あったようです。

両親はとうとう根負けをしてしまい、
期間は四月から十月一杯で八月のお盆には
一時帰郷出来る事と言う条件で出稼ぎに
行くことになりました。

父は三月の終わりに長野の山奥へ
出稼ぎに行きました。

その後、父と母は月に一度位のペースで
手紙のやり取りをして連絡しあっていました。

田所の家は我が家の近所に在りましたが、
「田所組」の事務所は、少し離れた「K市」の
駅前にありました。

田所は月の初めの一~二週間ほどは
事務所を中心に仕事をし残りの月の半分を
現場で過ごすということを毎月だったようです。


当時の給料は銀行振り込みなど無い時代なので、
田所が月初めに現場から戻ったついでに父の
給料を母に手渡すことになっていました。

五月の初めの夜に田所は家を訪れ 
母に初めての父の給料を手渡しました。


その際母は、お酒と手料理でもてなしましたが、
この辺は田舎のためにそのこと自体は別に珍しい
ことではなくてむしろ当たり前のことで 

誰かが家に訪ねてくればお酒と肴でもてなすのは、
いつものことでしたし田所もいつものように楽しそうに
父の近況などを話して帰ってゆきました。

そして次の六月の初めに 田所がいよいよ
本性を現したのでした。


前の日に田所より電話があり「明日の午前中に
行く」とのことでしたので母は、子供達を学校に

送り出してから いつものように酒と肴の用意を
して田所の来るのを待っていたのでした。

梅雨の前にもかかわらず暑い日が何日か
続いたときで、その日も朝から真夏のような
暑い日でした。

十時過ぎに家に来た田所は背広を手に持ち 
いつものネクタイを外して全身汗まみれ
だったそうです。

給料を母に手渡して居間に訪された田所は、
母に「汗をかいて気持ちが悪いから、行水させて
欲しい」と言い、その場で着ている物を脱ぎ 

パンツ一枚になると勝手知ったる家とばかりに
風呂場に行きました。

告白(転載) 4 旅行から帰ってきた二か月後は夫婦になっていました

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02 /20 2021
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私もそこまでされてしまっては、急にいたたまれなさが
こみ上げてきて、母を横抱きに抱きしめるとその
可愛らしい唇にむしゃぶりつきました。

母は手で私の身体を退けようともがきます。

私は右手を母のオマンコに這わせると、 
そこは決してお湯の湿り気ではない、
ぬめとした、淫汁で溢れていました。

「いや、いや、やめて、おねがい、秀雄やめてよ」
母は抵抗しながらもがきましたが・・・私が右手の

中指をオマンコ中に入れ 親指はクリトリスを
擦り上げてやると、「あ~ん・・・」と身体を
仰け反らせ抵抗がそこでおとなしくなるのでした。

「あ~あ~ん、だめ、だめよ~ いいっ~あん~、いやっ~
いやあ~こんなことだめだっててば~だめ~~~~」

私が今度は母の乳房を吸い上げると 
母は更に身体を仰け反らせながら身悶えるのでした。

「あ~あ~ん いい~~~だめっ~あっあっ
そこっ~、そこっだめ~~」私は母を床に寝かせると、

左手で乳房を愛撫しオマンコの中に入れた右手の
指を二本にして円を描くように掻き回して口と舌で
クリトリスを愛撫しました。

「ああっあっあっ~だめっだめ~、秀雄・・ああっ~ 
秀雄だめよ~いいっいいわ~ あん~、あん~、だめっ、
もうだめよっきゃ~~あ、いくっ~、母さんっいく~~」

母は身体をビクンビクンと強縮させとうとう
耐えられなくなって行ってしまいました。

私は母の身体を抱擁するようにして
覆いかぶさるとその可愛らしい唇にキスをしました。

それに答えてくれるように母も舌を差し入れてくれます。
そうしているうちに私の肉棒は勃起し母のオマンコを
擦りにかかりました。

「ああ~だっだめよ~、秀雄~それは、
そればかりはだめよ~~」目を瞑り弱く顔を振りながら

母はそう言うのですが、その言葉とは逆で母はもう~
自ら股を開き腰をせり上げてオマンコに肉棒を
導き入れようとしているではありませんか。

私の肉棒は母のオマンコに吸い込まれるように
一気に入って行きます。

「あうんっ・・だめよ・・ああ~いいんん・・・
あんっ、あん・・・はああ~~秀雄、いいの~? 
母さんでいいの~?・・・あんっ 母さんを
嫌いにならない?」

「いいよ母さん好きだよ。母さんの身体最高だよ!・・・
おお~いいよ~~」そう言うと私は思いっきり腰を
打ちつけくるのでした。
母のオマンコに肉棒を何度も出し入れし続けました。

「ああ~いいの~ いいのよ~~久しぶりだから
母さんだめになりそうよ~~」そう言って母は私の
腰に合わせて 腰をいやらしくせり上げてくるのでした。

「あっあっ~秀雄のチンボいい~硬くていいわ~~ 
あん、あん、狂っちゃう~~母さん久しぶりに、 

狂っちゃうう~~ 秀雄、いいの、もっと、母さんを
狂わせて~~」 母は両手、両足を私の腰に回すと
私にすがりながら腰を激しく振っていました。

「母さんのオマンコ凄いよ。 
母さん・・・・父さんのと、どちらが良い?」

「あん、ああ~~秀雄よ~~秀雄の
チンボのほうがいいわ~~ 気持ちいいわ~~
あん、もうもう母さん行きそうよ~~」

私と母はもう親子の関係ではなく男と女に
なっていたのでした。

私はそのとき「ふっ」とある悪戯な考えが
浮かびあだり、母をもっとイジメたくなるのでした。

「田所のおじさんと、どちらがいいの?」
それを聞いた母の体が、一瞬凍りついたように
固まるのでした。

急に密着していた手を緩めると、ドキッとした
様な顔で私を見つめ「分かっていたの?」と
不安そうに聞くのでした。

私はニヤリとしながら
「そりゃ~あれだけ派手にすれば誰だって判るよ」

『田所さん』とは、私の実家の近所に住んでいた
土建屋の社長です。

そして私の亡くなった父の
飲み友達の一人でもありました。

家にもよく遊びに来ていた社長さんでしたので、
隙間をうかがってた母の浮気相手をしていたのです。

しかし其の事で私は以前からどうしても
腑に落ちない事が有るので、母にこのときばかりと
聞いてみたのです。

「だけど・・・子供の俺でさえ気が付いていたのに、
どうして親父によくバレなかったな?・・・」そう言うと、
母は私がビックリするようなことをいうのでした。

「お父さんはねえ・・・私と田所さんとの仲を
知っていたのよ・・・全部、知っていて母さんを
許していてくれたのよ・・・」

「えっ!!!」今度は私が身体を固まらせる番でした。
まさか母からそんな答えが返ってくるとは
思いませんでしたので、私は唖然としてしまうのでした。

そんな私の顔を母は、何とも言えない可愛らしく
そしていやらしい微笑みを浮かべて見つめるのでした。

母は目を瞑ると今度は腰を丸く動かし始めながら
「あん~、もうそんなことより~ ねえっねえ~早く~ 
ねえ~おねがいよ~~母さんを行かせて~~
秀雄のチンボで狂わせて~~」そう言うと

母はまた私にしがみつきながら激しく腰を
振りながらキスをしてくるのでした。

それからは、もう何がなんだか分からずに私は、
ただひたすら腰を振り肉棒を母のオマンコに打ち付け、
溜まった精子を何度も何度も吐き出したのでした。

そんなことから、二泊三日の旅行は三泊四日に
なってしまい、二人は朝も昼も夜もただひたすらに
お互いの身体を貪り合い求め合い欲情の限りを
尽くすのでした。

そのような関係になってしまxちうたので、
旅から帰ってからも母は毎日私の家に
通ってきておりました。

ちょうど二ヶ月もしたであろうか、とうとう一緒に
住むようになりました。

そして外では仲の好い親子として、二人だけのときは
「綾子」「貴方」と呼び合う新婚の夫婦のような
暮らしをするようになっていました。

そして淫らなセックスを夜が来ると楽しむように
なっていく内に寝物語として母の浮気の話を
聞きだすようになっていくのでした。

そんなわけで次の話からは母の浮気についての
話をしたいと思います。

母がいかに父を忘れて田所の意のままに
なって行ったかを お話していきたいと思います。

長くなりますがこのお話に少しお付き合い
していただければ幸いです。

告白(転載) 3 風呂場で母と男と女になってしまいました

近親相姦告白・体験
02 /20 2021
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すると母がタオルで私の後ろを洗い始め
「ねえ、英雄・・・あなた真弓さんが亡くなって

からどうしているの?」「何のことだよ?」
「だから・・男の人は溜まるんでしょ?・・

・誰かとセックスしているの?」
「そんなのいる訳ないだろ」私は
益々恥ずかしくなり下を向いていました。

そんな私の背中を見て不憫にでも
思ったのだろうか。母は言葉なく洗っていて
くれていたのでした。

そして母は「可愛そうに・・・・・だからこんな
おばあさんの私の身体でもオチンボを大きくな
るのね」と言ったかと思うと急に、

予想もしていない事を言い出すのでした。

「ねえ・・・英雄、母さんにオチンボ見せて?」と
何かいい事を思いついたかのように、
楽しそうに言うのでした。

「なんだよ?・・・いきなり」。
「だって・・・男の人のオチンボ見るの久しぶり
なんだもの」「お父さんのと比べて見たいのよ」
「ねえー少しだけならいいでしょ?」と言って
私の股間を覗き込むのでした。そう

ズバリ言われると 私も『まあ、いいか』と
言う気持ちになったのです。

それとなんとなく前から思った件も合ったので、
「父と比べる」と言う言葉も何となく気になって
いたので、「しょうがね~えな!」と、

母の「言うとおりに股間を見せましたのでした。

「あ~ん・・立って見せてよ」と言うので母の
目の前に立つと 私の肉棒を前から横から、
まじまじと見ては、「お父さんのより立派だわ・・・
エラも張ってて真弓さんもこれなら幸せ
だったわよね~」と、

うっとりしながら、言ったかと思うと、
いきなりパクッと私の肉棒を咥え込み
はじめたのでした。

なんとも卑猥な、ジュルジュルと音を出しては
フェラチオを始めるのでした。

私は恥ずかしさもあって、
「な、何すんだよ!やめろよ~!」と、とっさに
言ったのです

が、私は「だってえ・・・美味しそうなんですもの・・・
母さんに任せて、母さんが出させて上げるから」と
言って、右手で肉棒ををしごきながら亀頭部を
シャブリ上げたのです。

「やめろよ~」と言ってはみたものの・・・
私もまんざらではは無い普通じゃない気持ち

良さになってきたので、とうとう誘惑に負けてしまい
目を瞑り肉棒を母に委ねてしました。

母の時々上目使いで私を見つめる目が
怪しく光っていたのでした。

私は今まで亡くなった妻の真弓からも、
こんなにすばらしいフェラチオを経験したこと
がありませんでした。それこそ「あ~っ」という間に
達してしまい気が付いた時にはもう母の口の中に
大量の精子を放出していたのでした。

母は最期の一滴まで喉を鳴らしながら
搾り取るようにして飲み干すと「一杯出たね、
美味しかったわよとウットリとした顔を私に
向けるのでした。

告白(転載) 2 母の白い背中を 洗うのでした

近親相姦告白・体験
02 /20 2021
「母の第三の夫は息子の私です」は消滅サイト。画像が挿入されているがオリジナルのネガのまま紹介する。
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私は10年間連れ添った愛する家内を膠原病と言う
深刻な病で亡くして生きる気持ちや目的さえ無くし
仕事も辞めて家でただぶらぶらしておりました。

半年以上もしょうがない時を過ごしておりました。

そんな時に実家の兄から電話があり「夏の家族旅行を
計画していたのでしたが 子供達が二人とも部活で忙しいと

いうことで、予約していた温泉をキャンセルするのも
もったいないしといことで、母も楽しみにしていたので、
お前が母を温泉に連れて行ってくれないか?」との話に
なったのでした。

私も妻を亡くし、長く妻の思い出に浸っていないで、
いずれ仕事を探したり外に出ようと思っていたので
引き受けることにしました。

当日久しぶりに母を車に乗せて車で観光しながらも
早い時間に旅館に着きました。

ここの旅館の売りのひとつに 八つの異なった
お風呂があり二人とも早速お風呂に入って
出てから食事所で夕食をしてました。

その後連れ立ってまた二人で
お風呂に入りに行きました。

その時に母が突然「こっちの家族風呂に
入りたいから一緒に入っておくれ」と言
い出したのです。

「親孝行に背中でも流してやるか」と
同意して檜の湯へ入りましたが、浴衣を脱
いだ母の姿ををみて 私は思わず全身が
熱くなるのを覚えるのでした。

58歳の母の身体は尻も豊かで張りがあり
丸く肉が付きウエストもくびれています。


もともと童顔で若く見られるタイプの母でしたので、
ツンと上を向いた乳首などは、私には、とても
刺激的で肉棒痛いほど勃起してしまうのでした。

母はお構いなしに デルタの陰毛も隠隠さず
浴室へ行きます。

お互い湯船に向かい合ながら「ああ~いいお湯ねえ~」と
母は今度は、湯船のふちに腰を下ろし顔の汗を拭きながら、
どこも隠そうとはせずに壁に背をもたれています。

私の目の前では母のいくぶん開いた両足の間からは
陰毛の中に息づく黒いのが丸見えでした。

私も恥ずかしくなり「母さん丸見えだよ」と言うと
「あら、そーお」と言って「別に変わっているものが付いてい
るわけじゃあないんだから

「貴方だって早くに亡くなった妻のをいつも見ていたんでしょ?」と
言って可愛らしく微笑みます。

「そういうお話じゃあないだろう」私はところ嫌わず
勃起してしまった肉棒を見られるのが気まずくて 
そそくさと湯から上がって二組ある鏡の右側に座り
勃起してしまった男根を隠すように石鹸で洗い始めました。


母も隣に座って股を洗い始めたので 
私は「母背中を洗ってあげるよ」と母の白い背中を
洗うのでした。

私の男根は、益々いきり立っていきます。

しばらくしてから、「今度は母さんが洗ってあげるよ」と
言って私の背中を洗ってくれるのでした。

その時でした。
「あっ!」母が叫んだのは勃起した私の男根見たときでした。
私は気恥ずかしさがこみ上げてきてあわてて横を向きました。

画像掲示板 娘の痴態 タイトル:まだ結婚する前の娘

妄想
02 /20 2021
娘の痴態はお嬢様の痴態画像を投稿し親子で楽しむ大人の画像掲示板サイトです!
ニックネーム:たけし(60歳)  投稿日 2018 02/21 00:40
写真を整理していたら10年前の夏に撮影した結婚する前の娘の写真が見つかりました。このころはデジカメの日付設定をちゃんとしていなかったので、時刻までは思い出せません。場所は家族旅行の宿泊先のホテルです。懐かしいですね。
DSCF1998.jpg DSCF2001.jpg DSCF2007.jpg

ニックネーム:安藤恵介(62歳)  投稿日 2018 02/22 10:00
お嬢さんの笑顔が素敵で羨ましいです。


ニックネーム:たけし(60歳)  投稿日 2018 02/23 00:30
コメントありがとうございます。また遊びに行きたいとおねだりされて一ヶ月後に同じホテルに娘と二人きりで泊まりました。
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eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。