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小説(転載) 妻のヌード 4/4

官能小説
05 /16 2018
小説『妻のヌード』


(4)

 しばらくして、柿崎夫婦は降りてきた。
 僕は、一人で空になったグラスを握り締めていた。テレビのニュースが、今日のプロ野球の結果を流している。
「あら。ごめんなさい。水割り作りましょうね」幸子さんがキッチンに立つ。
「二人、ちゃんとやってたかい?」さりげなく僕は聞いた。
「大丈夫だよ」言葉少なに柿崎が言う。
「由美子さん、とってもきれいでしたよ。私達、見とれちゃった。ねえ」
「幸子さんも描いてもらえばいいのに」僕は言った。
 何も、由美子だけが恥かしい思いをすることはない。幸子さんにもやらせたらいいんだ。幸子さんは、由美子だけを晒しものにして・・・、しかもその現場をしっかり見て・・・、卑怯じゃないか。
「こいつはダメさ。そんな度胸はないし。第一、由美子さんの後じゃなぁ、こいつが可哀想さ」
「あら、私だってそんなに捨てたもんじゃないのよ。さっきからずいぶんね」
「ただなあ、由美子さんとってもきれいだった。俺も最初は戸惑ったけど、でもちっとも厭らしい気持ちはおきなかった」
「本当?」幸子さんが冷やかすように言う。
「何か、古代ギリシャの彫像を見てるって感じでなぁ。すっかり目の保養をさせてもらったよ。なぁ」
「そうねえ。細川さんが言ってたけど、本当に女性のヌードって美しいわ。私も、機会があればやってもいいかなあ、って思っちゃった」

 僕は、その後が気になった。だって、由美子と細川はそのまま降りて来ないからだ。
「ええと・・・、それで、まだ終わらないのかい」
「ええ、何か細川さんがもう少し描きたいって・・・。私達追い出されちゃったの」と幸子さん。
 えっ?
「私達がいると集中出来ないって・・・」
「あのやろう、俺達が出るとすぐ鍵を掛けやがった」憤慨するように柿崎が言う。
「でも、由美子さん大丈夫かしら・・・。ずいぶん疲れてたみたい」
「細川のやりたい放題だな」と柿崎。
 僕と目があって、「いや、変な意味じゃないけどさ」柿崎があわてて言った。
 でも、幸子さんが意味深な表情を見せていたのを僕は見逃さなかった。幸子さんはその雰囲気から、何かがあったのを、いや何かが起こるのを察したのかもしれない。由美子と細川の間にある親密な空気を感じたのかもしれない。
 さっきと違って、柿崎夫婦がにぎやかだ。僕は耳を澄ませることが出来なかった。
 僕はどうしようか迷っていた。今すぐあの部屋に駆け込もうか?
 でも、二階を見上げても、ドアは何者をも拒絶するようにピシッと閉まっている。柿崎が言うように鍵もしっかりと掛かっているのだろう。由美子、全裸で無抵抗の由美子と、そして細川の二人だけを中に残して・・・。
 僕は神経質に、さらに耳を澄ませた。
 幸子さんが、テレビのボリュームをわざと大きくした。

 十分、いやニ十分くらい時間が経っただろうか。
 二階のドアが開いて、細川がスケッチブックをパラパラめくりながら降りてきた。
 上を見上げると、細川に続いて部屋を出て来た由美子が、葡萄色のバスタオルを身体に巻いて、ゆっくりと、けだるそうにシャワールームに入るのが見えた。
 今度は何も言わせない。
 僕は階段を駆け上がった。細川はそんな僕をにやにやしながら見ている。
 階段の途中ですれ違った細川に僕は言った。
「そのスケッチブック、よこせ」
「もうちょっと手を加えたいんだけどなぁ」
「いや、もういい」
「あとで、きちんと額に入れて由美子さんにやるよ」
「もう止めてくれ。もうたくさんだ。ともかく、よこせ!」
「だって、これはお前のものじゃなくて由美子さんのだろう」
「やかましい。由美子は僕の女房だ」
 僕は無理やりスケッチブックをひったくった。
 そのまま、シャワールームの前まで駆け上がると一階を見下ろした。
 ブラブラと身体一つだけで、階段を降りて行く細川。リビングルームから上を見上げている柿崎夫婦。でも、何かとてもよそよそしい感じがした。

 シャワールームには鍵が掛かっていなかった。まるで僕が来るのを予期していたように・・・。
 由美子がバスタオルを身体に巻いたまま、放心したように、鏡に自分の顔を映していた。
 そして、静かに僕の方に振り向くと、ピエロのようにおどけて見せた。
「スケッチブック、取り上げてきたぞ。あいつらいい気になりやがって・・・」
「あゝ、そうね。そういう約束だったわね」あまり関心なさそうに言う。
 目が少し充血している。泣いていたのだろうか。それとも、目に汗が入っただけなのだろうか。
 僕はスケッチブックをパラパラッとめくってみた。由美子も脇から覗いていたが、
「どう?そんなに捨てたもんではないでしょう?」
「うん。きれいだよ」
 二十枚くらいだろうか、由美子のいろいろなシチュエーションの裸像が抽象的に描かれていた。
「どう?見直した?」
 パラパラとめくっていくと確かに由美子のものなんだろうが、秘部やヘアーがしっかりと描かれている。
 やっぱりナ。僕は深く深く息を吐いた。
 由美子はそんな僕に気がついたのだろうか。言い訳をするように言った。
「ほんとに無茶なんだから。あなたが言ったんですからね、私のこと晒しものにして・・・」
 ふんぎりをつけるように、「でも、これでお仕舞い」と言った。
 僕には聞きたいことが山ほどあった。でも、どういう風に聞いていったらいいかわからない。僕は言葉を探していた。
 由美子は、鏡の中からそんな僕を面白そうに見ている。どうしたの?と、言葉には出さずに首を傾げて見せた。
「恥かしくなかったのか?」自分でもつまらないことを聞くものだ。
「そりゃあ恥かしかったわよ。細川さんたら、私にいろんな格好をさせるんですもの。でもね、それを意識してたらやってられないって思って、どこかで自分を納得させてるっていうか、開き直ってたの」
 由美子がちょっと考えるように言う。
「でもね、不思議なのよ。そのうちに、少しも恥ずかしいと思わなくなったの。不安も消しとんじゃった。どう?私を見て!って感じよ」
「何故、僕を部屋に入れなかったんだ?」
「心配だった?」クスッと笑う。
「うんと心配させようと思って・・・。でも、逆に聞きたいわ。女房を他人の前で裸にしたってどんな心境だった?」
「しょうがないやつだ」
「何かね、本当の自分を取り戻してみたかったの。あなたがそばにいたら、きっと意識しちゃってダメだったでしょうね。あなたの前ではあんなふうに大胆になれなかったと思うわ」
 僕は気になっていたことを聞いた。
「何もなかったんだろうな?」
「何って?」
「細川とさ・・・」
「何言ってるの。そんなことあるわけないじゃない」
 本当だろうか?
 きっと、僕は嫉妬に満ちた、猜疑心に満ちた表情をしていたに違いない。
 由美子はそんな僕を少し押しのけるようにして離れて立つと、巻きつけていたバスタオルの胸の結び目をほどいて、身体から落とした。
 由美子の全裸の身体の全体が、僕の目の前にあった。
「どう?」
 僕はドキッとした。
「私が汚れているように見える?」
 シャワールームの照明の中で、確かに女神のような清純な裸像が輝いていた。
「これでも信じてもらえない?」
「・・・・・・」
「そうね・・・、信じてもらえないならそれでもいいわ。だって、信じてもらう方法って、ほかにないもの」
 遠いところを見るように言う。
「でもね、正直言うとね。細川さんにその瞬間だけは愛されてるって感じたわ。変でしょう・・・。でも、確かにそう感じたの。もし、セックスを挑まれたら・・・、私、拒まなかったかもしれない」
「・・・・・・」
「・・・・・・、ふふふ」由美子が何かを思い出したように笑う。
「何だ?」
「あのね、最後の時ね。細川さんたらね、・・・・・・。いえ、止めとくわ。私と細川さんだけの秘密・・・」
「やっぱり何かあったんだな」
「う~ん、そうかなあ。でもね、これは秘密。細川さんが結婚したら、その奥さんにだけ、こっそり教えてあげるわ」
 その時、僕は由美子を信じようと思った。いや、信じなければいけないと思った。
 問い詰めたところで、由美子が話すとも思えない。何かがあったようだが、でも、それは少なくとも不健全なものではないように思えた。
 それに、由美子の全裸の身体は清純そのものだった。何もなかったことを由美子の身体が正直に証明していた。
「もう止めましょう、こんな話し・・・。私はあなたの妻なんですからね」

「柿崎のやつ、お前のこと誉めてたぞ。綺麗だったって・・・」
「そう?」
 由美子は鏡の中で髪の毛を直している。鏡の中に由美子の豊満な乳房が写っている。
「ちょっとおっぱい、下がってきたかな」バストを持ち上げるようにする。
「そんなことないよ」
 僕は由美子の両肩を抱えるようにして、僕の方を向かせると、その美しい身体を、頭の先からつま先まで見つめた。肌が、うっすらと汗ばんでいる。
「両手を上に上げてくれ」
「何?」
「いやかい?いやならいいんだけど・・・」
「そんなことないわ。いいわよ。あなたの言う通り、何でもするわ」
 由美子は両手を上げて、頭の後ろで組んだ。僕は、脇のうぶ毛を見たかったのだ。
「ちょっと後ろを向いてくれないか」
「今度は後ろね。はい」
 由美子は、微笑しながら、髪を掻き上げるようにして、くるっと後ろを向いた。
 いや、点検するっていうんじゃないんだ。僕はただ単純に、由美子の身体を見たかったのさ。由美子の美しさを再確認したかったんだ。

 その時、僕らはセックスをしなかった。いや、一階の彼等のことが気になったからじゃない。
 そうじゃなくて、由美子の全裸の身体を見ていると何か犯すべからざるもののような気がして、とてもそんな気にならなかった。
 僕は十分過ぎるくらい勃起していた。由美子もそれに気がついていた。もし、僕が抱こうとしたら、由美子は抵抗せず黙って受け入れたに違いない。たぶん、聖母のような微笑をもって・・・。
 だけど、僕は、その時、そこで由美子を抱いたら、由美子が壊れてしまうような気がしたんだ。
 僕はただ、いとおしむように、肩からわき腹、そして腰のラインを両手でさすりながら、観察するように由美子の全裸の身体を見ていた。
 背中から腰にかけて見ていくと腰の右側のちょっと上の所に大き目のホクロがあった。これだな。
「えっ、何?」由美子が聞く。
 僕はじっとそのホクロを見た。
「どうしたの」
「こんなところにホクロがあったのか。はじめて知ったよ」
 僕は、もう一度スケッチブックを広げてみた。何枚かの中に後ろ向きの絵があって、細川はしっかりとホクロを描き込んでいた。
「今度、ゆっくり、君の身体のホクロの数でも数えるかな。いいかい?」
「そんなことしてどうするの?」
 いたずらっ子を見るように僕を見た。
「でも、そうね。気が向いたらね」
 僕は由美子の唇に軽くキスをすると、わざと突き放すようにして、言った。
「早くシャワー浴びてこいよ。皆んな待ってるから・・・」
「うん。そうする」
由美子は、足元に落ちているバスタオルを拾ってシャワールームに入りかけたが、ひょっこり顔を出し、
「あ、それからね、幸子さんにね、お酒のつまみ、適当に冷蔵庫を開けて作ってくれるように言ってて」と言った。

 シャワールームから出た由美子は、また元の服を着て、皆んなの所に降りてきた。
 さっきから、柿崎が仕事での失敗談を面白おかしく喋りまくっている。
「ねえ、ねえ、私も中に入れて・・・」と由美子はいつの間にかその中に溶け込んでいく。
 まるで、今までのことがすべて幻だったように、誰もさっきのことには触れなかった。でも、由美子はちょっといつもと違ってはしゃいでいたかな?
 夜遅くまで皆んなで飲み明かしたが、途中で子供が起きだし、女性二人が寝かしつけに行ったが、そのまま起きて来なかった。そのまま寝てしまったのだろう。

 話しはそれでお仕舞い。
 夫婦なんてそんなものさ。そう奇妙きてれつなことがあるわけではない。
 柿崎夫婦や細川とのつき合いもあいかわらず続いている。
 その後、細川から、僕の勤め先に電話があって、由美子をもう一度描かせてもらえないか、と頼まれたことがあったが、僕はきっぱりと断った。由美子に聞いても同じことを言ったに違いない。

 あ、言い忘れたが、由美子は結局髪型は変えなかったな。
 それと、由美子の身体にホクロがいくつあるか、僕はまだ知らないんだ。

小説(転載) 妻のヌード 3/4

官能小説
05 /16 2018
小説『妻のヌード』


(3)

 僕はリビングルームに一人取り残された。
 今まで座っていたソファーがないので、床に直接あぐらをかいた。僕はほとんどストレートで飲んでいたが、ちっとも酔えなかった。
 二階から、ソファーを固定しているのだろうか、コトコト、っと音がする。それに、複数の人間が部屋を歩き回る足音。
 頭がカーッと熱くなった。
 何故だ。何故、僕を入れないんだ。
 由美子は今全裸だ。着ていたものはすべてシャワールームにあるはずだ。全裸にバスタオル一枚だけであの部屋に入ったのだ。そのバスタオルも、取り上げられて細川の首に巻きつけられている。
 由美子が、由美子だけが全裸のまま、ソファーの上に横になって、それを細川だけでなく、柿崎や幸子さんが好奇の目で見ている。
 まるで晒し者じゃないか・・・。

 不思議だった。こんな時に限って、僕は由美子の日常のさりげない仕草を思い出していた。
 さっきまで、あそこのキッチンにあんな風に立っていたっけ・・・。僕のこのグラスにこんな風に氷を入れてくれたっけ・・・。
 僕の妄想の中で、由美子はまるでスライドショーのコマ送りみたいに服を着ていたり、全裸になったりしていた。
 でも、何故か僕は全裸の由美子をハッキリとは想像できないでいた。由美子の身体の特徴を思い出せないでいた。あのたわわな乳房はどんな形をしていたっけ?由美子の秘部のヘアーはどんな形をしていたっけ?
 皆んなの前で、僕だけをつまはじきにした皆んなの前で、由美子はその全裸の身体を隠すことなく晒しているに違いない。乳房の形も、秘部のヘアーの形も、僕以外の皆んなはハッキリと見ているんだ。
 もう気が狂いそうだ。こんな焦れるような切ない思いはもうたくさんだ。
 僕はフーッと、長い長いため息をついた。
 由美子、ハッキリ判ったよ。僕の愛する由美子。どうか、僕から離れて行かないでおくれ。由美子の全裸の身体は、いや由美子は、本当は僕のものなんだ。誰が何と言おうと、絶対に僕一人のものなんだ。
 僕はもう止めさせようと思った。こんなことはもうたくさんだ。これ以上このままでいたら気が狂いそうになる。夫の権限で、キッパリと止めさせよう。そのまま、皆んなと喧嘩になったってかまわない。皆んな帰してしまおう。由美子を僕の元に取り戻そう。

 唇に運んでいた水割りのコップをテーブルに叩きつけるように置くと、僕は二階へと上がっていった。
 そして、部屋の前まで来て、おもいっきりドアをノックした。いや、しようと思った時だった。
 部屋の中から、由美子の声が聞こえたんだ。
「幸子さん、私、きれい?」
 僕は、由美子のしんみりした声に、思わずノックする手をためらった。
「大丈夫。とってもきれいよ」
「お世辞じゃなくて?」
 皆んなの笑う声がした。
「いきなりだったでしょう。何か、私の身体、ちゃんとしてるかなって、ずっと思ってたの。まさか細川さんには聞けないし・・・」
「そんなことないわ。というより、正直なところ圧倒されちゃったわ。女の人の身体って、こんなに美しいものなのね。かえって、私、服を着ているのが恥かしいくらいよ」
「そう?だったらいいけど・・・」
「ただ、由美子さん、ずいぶん大胆ね。私、由美子さんが、恥ずかしくって縮こまっちゃってるんじゃないかってずっと心配してたんだけど、でも安心したわ」
「そうかしら?でも不思議なのよ。今、私、ちっとも恥ずかしくない。ものすごく開放的な気分・・・」
「そう。これがありのままの本当の由美子さんなのさ。皆んな判ったろう?」細川の声が続く。
「そうなのよね。あらためて自己紹介するわ。これが由美子です。どうぞよろしく・・・」
 お辞儀でもしたんだろう。皆んなの笑う声がした。
 僕はドアをノック出来ないでいた。
 由美子は今とっても幸せなんじないか。とってもきらめいているんじゃないか。それを僕の一存でぶち壊しにしていいのか。そんな権利が僕にあるのか。
 主役は細川ではない。もちろん柿崎夫婦でもない。主役はあくまでも由美子なんだ。
 僕は、そのままドアの外に立ちすくんでいた。

「これでいいかしら?こういう髪型もいいんじゃない」
 幸子さんが、由美子の髪を手直ししているのだろうか。
「そうねえ。若い頃はこんな風にしていたこともあったのよ」とこれは由美子。
「また、こんな髪型にしてみようかしら」
 細川が言った。
「幸子さん、由美子さんのネックレス、外してくれます?どうも目障りで・・・」
「ええ、いいわ。でも、とっても似合ってるのに・・・」
 たぶん、結婚一周年の時、僕が買ってやったものだ。
「何か安っぽくて・・・」
「あら、これ結構高かったはずよ」由美子が憤慨したように言う。
「いや、そういう意味じゃなくってね、そんな宝飾品なんていらないんだ。そんなものが安っぽく見えるくらい、由美子さんは美しいってことさ」
「なるほど。そうね。身体につけているもの全部はずしちゃいましょう」と幸子さん。
「私のこと、本当にすっぽんぽんにしちゃうのね。でもいいわ。だけど、全部って言ったって、このネックレスと、あとは・・・、イヤリングだけだわ」
「イヤリングも外しちゃいましょう。とっても似合ってるけど・・・」
 僕は静かに聞いていた。そのイヤリングを買ってやったのは、たしか由美子の誕生日の時だ。由美子は大喜びしたっけ・・・。
 由美子はされるままになっているのだろうか。抵抗する声は聞こえない。
「それと・・・、由美子さんの汗、拭いてくれます。風邪ひかしちゃいけないから・・・」
「ちょっと待って・・・。このキヘイ、なかなか外れなくって・・・」
「よし、俺がやってやろう。由美子さん、いいかい?」と柿崎の声。あいつ、でしゃばりやがって・・・。
「いいですよぉ。私、自分でやります」
 由美子は手を動かして、柿崎からバスタオルを取り上げようとしたに違いない。あたり前だ。何で、柿崎が由美子の身体を拭かなければならないんだ。由美子が拒否するのはあたり前だ。
 その時、ポーズを作っていた姿勢を崩したからだろうか。「由美子さん、動かないで!」と細川のするどい声がした。
「そうなの?」細川に聞くように、「じゃあ、仕方がないわね。お願いします」と柿崎に言った。
「何か、あいつに悪い気がするな」と柿崎。

 僕はその光景を想像していた。
 たぶん、由美子はソファーの上に横になっている。両手は上にあげて頭の後ろで組んでいるだろう。たぶん、片足はソファーの肘掛の上に、もう片方の足は床にちょっと曲げるようにして垂らしているに違いない。
 さっきまで僕が座っていたソファーに、由美子が全裸の身体で寝そべっている。
 そうだとすれば、由美子は全裸の身体のすべてを、本当に奥底までも皆んなの前に晒している、・・・ということになる。
 由美子の全裸の身体は、ウエストのあたりで甘美な曲線を見せているに違いない。
 いつも、僕の堅い腰を締め付ける肉付きのいい太腿も、部屋の照明の下で露わになっているに違いない。
 由美子の全裸の身体を取り巻くように、後ろから幸子さんが、前から柿崎が、群がっている。
 細川は由美子のすべてを、一つも見落とさないように凝視しながら鉛筆を走らせているに違いない。
 柿崎のちょっと興奮した声が聞こえる。
「由美子さん、ヘアーは薄いんだね」
 柿崎は、由美子の全裸の身体を拭きながら、由美子のヘアーを観察しているのだろうか。
「手入れか何かしているんですか」
「そんなこと何もしてないわあ。イヤーね。変なとこ見ないで!」これは由美子。
「でも、脇の下は剃っているんでしょう。きれいに始末されているわ」とこれは幸子さん。
「私、もともと薄いたちなの。脇の下は、時々、主人の髭剃りを借りて剃っているだけだわ。ほら、うぶ毛みたいのが生えているでしょう」
「ほんとだあ。やっぱり女性はこうじゃなくっちゃ・・・」
 これは柿崎の声。柿崎は由美子の脇の下をのぞいたに違いない。
 細川の声が聞こえる。
「うん。裸婦を描く時ね、女性のヘアーをいかにうまく描くかがポイントになるんだ」
 足音がする。細川が由美子の近くに行ったのだろうか。
「幸子さん、ちょっと櫛貸して。いいかい、この髪の毛をね、こうやって耳が出るようにして、後ろに掻き揚げるんだ。ほら、襟足が見えるようになるだろう」
 由美子のうなじから首筋、肩にかけて、甘い曲線が現れたに違いない。
 僕は知っている。由美子の性感帯の一つだ。
 由美子は照れたように細川を見上げているのだろうか。細川の手や櫛が由美子の性感帯に触れて、由美子の身体を感じさせているんじゃないだろうか。
「脇の下のヘアーはまったく問題ない。それから・・・」
 それから?それから何だ。
「このアンダーヘアーだけどね。由美子さん、ちょっとゴメン。こうやって下腹部にべったりくっついているとダメだからね。おい、柿崎、バスタオル貸せ。由美子さん、ちょっと拭くよ。いいかい?」
 え?細川のやつ、由美子の下腹部を拭いているのだろうか。
「いやーね。そんなとこまで・・・。でも、これで二度目よ。私、自分でやるって言うのに動いちゃダメだって・・・。でも、さっきは私に断らなかったのに・・・。皆んながいると違うのね」
「こうやって拭いてからね。ん、もうちょっと脚を開いて・・・。そう。こうして手でフワフワッとヘアーを持ち上げるんだ」
 その時、ほんの一瞬だったかもしれないが、僕はハッキリ聞いた。由美子の声にならないような、ため息のような声。亭主の僕しか知らない、あの時の声。
「あっ!ゴメン。触れちゃったかい?」
「・・・、ううん」由美子のちょっと照れたような声。
「こうするとね。ほら、幸子さん、離れて見てごらん」
 たぶん、細川と幸子さんが由美子から距離をおいて、由美子の全裸の身体を見ているに違いない。柿崎はどこにいるんだ。まだ由美子の近くに居るんだろうか。近くにいて、されるがままの由美子を見ているんだろうか。
「ほら、きれいだろう。俺もこんなにすばらしいヌードモデルははじめてだ」
「あら、ヌードモデルですって・・・。由美子さんいいの?言わしといて・・・。由美子さんはモデルじゃないわ。私と同じ、れっきとした主婦なんですからね」
 細川はそんなことにお構いなく、
「あとは、ポイントは瞳だ。由美子さん、こっちを向いて。ほら、いいだろう。モデルによってはね、恥かしくてたまらなくて、瞳が変に卑しくなってしまうモデルがいるんだ。でも、由美子さんは堂々としている。この瞳で見られていると、逆に俺が由美子さんに見られているような錯覚に陥るよ」
「そうよ。細川さんを観察しているの。面白い坊やだと思って・・・」
 さっきから、由美子の言葉使いが妙に馴れ馴れしいような気がしていた。普段、由美子は細川に対してこんな口の訊き方はしない。気のせいだろうか?
「あら。じゃあ私達は?」と幸子さん。
「そうねえ、幸子さんや柿崎さんは、従順なる召使い、ってとこかな」
「あら、ずいぶんね」
 柿崎が、
「おい、幸子、見てみろ。由美子さんはまだ、下っ腹が出っ張ってないぞ」と言った。
「何よ、私のは体質なの。由美子さんは特別」
 由美子の笑う声。寝たままの姿勢でいるとすれば、由美子の腹は笑いながら小さく脈打っているに違いない。
「うるさいなあ。二人とも出て行ってもらうぞ」
 これは細川の声。
「そうよぉ。私は細川さんだけにオッケーしたんですからね。見たいと言うなら別にかまわないけど、用がないなら出て行ってもらいますからね」
 でも、咎めているような由美子の声ではない。
「わかりましたです、ご主人様。静かにしておりますから、今しばらく、ご主人様のお身体を拝見させて頂きたく存じます」
 皆んなの大笑いする声が聞こえた。
「でも・・・、由美子さん、いや?」幸子さんが聞く。
「そんなことないけど・・・。柿崎さんに見られるのはちょっと恥かしいけど・・・、でも、柿崎さん、おとなしいから許してあげる」
 由美子はどんな気持ちでいるのだろう。少なくともいやがっているようには聞こえなかった。いや、むしろ、見られる快感、さっき細川が言っていた賞賛される快感を感じているのではないだろうか。

「じゃあ、由美子さん。今度は背中を見せてくれるかな」と細川。
「はい」ずいぶん素直に応じるものだ。
 今度は後ろ向きに寝たんだろう。ソファーのきしむ音が聞こえた。
「足はどうするの?」
「うん、曲げてね。ソファーの中にすっぽり収まるように」
「落ちないかしら?何かこの姿勢、苦しい」
 たぶん、ソファーの近くにいた幸子さんが、
「もっと足を中に入れたほうがいいわ」と由美子の足を抱えるように持ち上げたに違いない。
「あなた、何見てるの。あっちの方へ移動して!」と幸子さんが柿崎に言う声がした。
「そこにいたら、由美子さんがかわいそう・・・」
 たぶん、柿崎は由美子のお尻の真後ろにいて、幸子さんは由美子の秘部が柿崎の目に触れるのが嫌だったのだろうか。そうだとしたら、これは由美子のことを思ってくれたからだろうか、それとも自分以外の女性の秘部を見せたくなかったからだろうか。
「あら。丸見えになってる?」と由美子があっけらかんと幸子さんに聞く声。
「大丈夫。誰にも見えないから・・・」
「幸子さん。由美子さんのそこのホクロ、チャーミングだろう?」細川が言う。
「あら、こんなところにホクロがあるのねえ」
「えー、どこ?」と由美子の声。
「ここ」と幸子さんはそのホクロを指で指したに違いない。
「ああ、お尻の上の所ね。それ、子供の頃はずいぶん気になったわ。でもビキニの水着を着ても隠れちゃうし、そのうち気にならなくなって忘れちゃったわ」
 僕はそんな所にホクロがあることを知らない。

 僕は静かにドアの前を離れた。これ以上ここにいたら、もっと自分が惨めになる。
 シャワールームを覗いてみると、由美子がさっきまで着ていた服が、几帳面な由美子らしく、脱衣カゴの中にきちんとたたんで置まれていた。夕食前まで子供を抱っこしていた時に着ていた服、キッチンに立っていた時に着ていた服。
 何か、今の由美子がそこから脱け出して、別世界に行ってしまったような気がした。
 子供部屋を覗くと、腕白坊主が柿崎の子供と一緒に、寝相悪く、でもスヤスヤと寝むっている。僕は、寝相を直してから、布団を掛け直して上げた。
 お前の母さんは・・・、普段、腕白でお前が散々てこずらせているお前の母さんは・・・、今、すぐ隣りの部屋で、一人の美しい女性に戻って、とっても輝いているよ。

小説(転載) 妻のヌード 2/4

官能小説
05 /16 2018
小説『妻のヌード』


(2)

 僕と柿崎夫婦は、白けた感じで座っていた。
 二階からかすかに声が聞こえる。由美子が笑っているようだ。
 細川は由美子に何を話しているのだろう。由美子は何をおかしそうに笑っているのだろう。
 由美子はもうバスタオルを身体から外しただろうか。
「何話してるのかしら・・・。楽しそうね」幸子さんが僕に水割りをつくってくれる。
「後悔してるんじゃない?」
 僕は笑うしかなかった。
「でも、普段あまりかまってやらない罰よ」
 僕は何も言えなかった。

 しばらくすると、二階からまったく声が聞こえなくなった。
 絵を描くのにバスタオルを身体に巻いたままできるわけがない。とっくに細川が取り上げているはずだ。
 とっくの昔に由美子はバスタオルを取り上げられて、その全裸の身体を細川の目の前に晒しているに違いない。細川の目は由美子のすべてを見ているはずだ。
 時々、ギシッと音がする。
 それが、ギシッギシッ、というセックスのリズムではないことを僕は注意深く確認していた。
 何を馬鹿なこと考えてるんだ。由美子がそんなことするわけがないじゃないか。これは足音だ。きっと、ポーズを変えたりしているんだ。
 細川は、全裸の由美子の身体の向きを変えたり、前を向かせたり、後ろを向かせたりしているのだろう。
 由美子の手の位置を動かして、由美子が乳房や秘部を隠そうとするのを止めさせているに違いない。そして、由美子の全裸の身体の全てを前や後ろからねめ回しているに違いない。
 由美子は嫌がっているだろうか。嫌がっていないだろうか。
 沈黙が、よけいに僕の耳をそばだたせる。
 ・・・。でも声は聞こえない。また、ギシッと音がした。
 由美子は立ったままでいるのだろうか。床に寝そべったりさせられていないだろうか。
 あの部屋には何もない。隅のほうにダンボールに入れた古本が置いてあるだけだ。カーペットもなく剥き出しの床の上に、全裸のまま由美子は寝そべっているのだろうか。
 細川が、変な格好を指図してはいないだろうか。脚を強引に開かせたりしていないだろうか。
 細川の手が由美子の身体に触れたりしていないのだろうか。

 時間が静かに流れる。

 また、音がする。何か擦れるような音。それから、ギシッという音。
 由美子はむき出しの床に寝そべっているのだろうか。全裸のままで・・・。そうだとしたら全く無防備じゃないか。
 何か囁いているような声が聞こえた。いや、聞こえたような気がした。
 何をやっているんだ。まさか・・・。
 由美子の全裸の身体を前にして、細川が平常でいられるはずがない。細川はすでに勃起しているんじゃないだろうか。勃起した細川は、寝そべっている全裸の由美子の、あのカモシカのような両脚を押し広げて、嫌がる由美子を無理やり・・・。
 いや、きっと違うさ。僕は、由美子を信じている。本当に・・・?信じているさ。いや、信じたい。
 由美子は、きっといろいろなポーズを取らされているだけなんだ。第一、もし変なことをされたら、由美子が黙っているはずがないじゃないか・・・。

 柿崎が落ち着かないようにタバコをスパスパふかしている。これは僕も同じだ。二人とも滑稽なくらい落ち着かなかった。
 つけっ放しのテレビではプロ野球が終盤をむかえていた。野球好きな僕や柿崎が、いつもとは違って静かにゲームを見ていた。
「でも、由美子さん、素敵!とっても凄いことだって、私、思うわ」
 幸子さんがその沈黙を破るように言った。幸子さんだけが変に落ち着いている。
「お前もやりたいなんて言うんじゃないだろうな?」柿崎が心配そうに幸子さんに聞く。
「そう言ったらどうする?」
「そうだな。俺だったら、たぶん我慢できないだろうな。腕に賭けても止めさせるよ」
「ふふふ・・・」
「・・・やっぱりまずかったかな?」僕は幸子さんに聞いてみた。
「そんなことないと思うわ。今、由美子さんとっても輝いていると思うの。そうね、女だったら一回はやってみたい、ってところかな」
「おいおい」柿崎があわてたように言う。
「大丈夫よ。私はきっとできないわ」
「あたり前だ」
「でもね、これは私の想像だけど・・・。たぶん、由美子さん、もう明日のドライブのことは何も言わないはずよ。勝手に麻雀でも何でもやってくれって・・・」そう言って笑った。
 そういうことだったのかな、と僕は思った。

 どのくらい時間がたっただろうか。一時間くらいのようにも思えるし、ほんの数十分くらいのようにも思える。
 突然、話し声がよみがえった。笑い声はなく、どちらかと言えば細川の声が多く、由美子の小さな声がそれに続いている感じだ。
 鍵を外す音がシーンとした家中に響いて、それから二階のドアがゆっくりと開いた。
 細川が二階の吹上から顔を覗かせ、
「誰か、そのソファーを持ってきてくれないか」と僕が座っているソファーを指差す。
 たまたま、僕一人が幅の長いソファーを占領していた。けっして豪華なものではないが、洒落た刺繍の入った、由美子お気に入りのものだ。
「よし」と僕が持って行こうとすると、由美子が何か言っているのだろうか、細川が部屋の中に聞き返している。そして言った。
「お前じゃなく、柿崎が持って来てくれないか。由美子さんのご指名だ」
「僕じゃダメなのか?」
「うん。由美子さんがそう言ってる」
 何故だ?
「おい、どけよ」柿崎に言われて僕は仕方なく腰を上げた。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だ。持って行けるよ」
 柿崎のやつ、ひょっとしたら由美子のヌードを見れるとあって興奮していやがる。
 小柄な柿崎が大きなソファーを担って、ふらふらしながら階段を上って行く。あっ、壁にぶつけやがった。
「ちょっと無理そうだな。よし、俺が下に降りて行こう」
 細川が階段の途中まで下りて来て、柿崎と二人でソファーを担いで、またゆっくりと階段を上っていく。
 僕は何もできず、ただジッと見ていた。
 よく見ると、細川はさっき由美子が身体に巻きつけていた葡萄色のバスタオルを首から下げている。
 ちょっと待てよ・・・。ということは、由美子は全裸の身体ひとつであの部屋にいることになる。他に由美子の身体を覆うものは何もないはずだ。そこに柿崎が行くことになるのか。由美子は、僕じゃなく柿崎に自分の全裸の身体を見られてもいいってことなのか。
「そのバスタオル、どうしたんだ?」僕はツバを飲み込むようにして聞いた。
「ああ、これか。ちょっと暑くてね。汗を拭くのに、由美子さんから借りたんだ」
 さっき、由美子の全裸の身体を覆っていたバスタオルで、細川が汗を拭っている。きっと細川が無理やり取り上げたに違いない。きっとそうだ。
 それに、今日はそんなに暑くはないじゃないか。何でそんなに汗をかかなければならないんだ。
「バスタオル、もうひとつ持っていくか」僕は平然を装って聞いた。
「いや、いい。二人で使っているから・・・」
「由美子も汗をかいてるのか?」
「お互い熱気がすごくてね。そりゃあ汗も出るさ」
 それが由美子に聞こえたのだろうか。部屋の中から由美子の笑う声がした。
「これで拭いてやってるよ。大丈夫だ」
 僕は頭がくらくらした。

 細川が、
「それから・・・、幸子さん。すいませんが、由美子さんの髪が乱れているので、櫛を持って来てくれませんか」
 髪が乱れている?何で髪が乱れるんだ。乱れるはずなんてないじゃないか。
「いいわよ。スタイリストやってあげる。櫛、どこにあるのかしら?」
 待ってましたとばかり立ち上がった幸子さんが、僕に聞く。
 そんなの判らないさ。
「お前のを使ったらいいじゃないか」と柿崎。
「あゝ、そうね」
 幸子さんは、自分のバックの中から櫛を取り出すと、ちょっと早足で二人を追った。
「ソファーをドアにぶつけないようにな」細川が柿崎に言う。余計なお世話だ。僕の家だ。いや、僕と由美子の家だ。
「わかってるよ」これは柿崎のちょっと上ずった声。もうすぐ、由美子の全裸の身体が見れるのだ。
 上を見上げると細川と目が合った。
 細川がニャッと笑った。それが僕には、お前の女房を貰ったぞ、という勝利者の笑いに思えた。
 二人が、どうにかこうにかソファーを部屋の中に入れて、最後に幸子さんが入った。
 由美子は全裸のまま柿崎夫婦を迎えたのだろう。立ったまま迎えたのだろうか。それとも、寝そべっているのだろうか。
「イヤーね」と言う由美子の声がした。柿崎がからかっているのだろうか。まだドアが開いているからよく聞こえる。
 幸子さんのちょっと興奮した笑い声がした。
 僕は、二人がすぐ出て来ると思った。でも、なかなか出てこない。
 細川の「いいかい?」と言う声がした。
「別に・・・、いいわよ」と由美子の声。
 柿崎夫婦は、あの部屋にいることの許可をもらったのだろうか。それにしても、由美子はいとも簡単にオッケーしたものだ。
 話し声が聞こえて、その中には由美子の笑い声も混じっていた。
 しばらくして、そのままドアが閉まった。それから、少し間を置いてカチャッと鍵がかかった。由美子が命じたのだろう。

小説(転載) 妻のヌード 1/4

官能小説
05 /16 2018
厳密には官能小説ではないのかもしれないが・・・まあよしとしよう。
小説『妻のヌード』


(1)

「どうせ考えるなら、もう少しましなこと考えられないの?」
 妻の由美子がちょっとふくれた顔で言った。いや、明日の予定のことさ。僕は、皆んなで麻雀でもやろうって提案したんだ。
 土曜日の夜、日頃の悪友が僕の家に集まって飲み始めた時のことだ。柿崎と細川は僕の大学時代からの親友で、僕や柿崎が結婚してからは、妻の由美子や柿崎の奥さんの幸子さんも一緒になって、つきあいがずっと続いている。
 最初の話しでは、明日は皆んなでドライブにでも行こうってことだったんだ。でも、こうやって飲み始めてみると、何か明日出かけるのが億劫になってきた。今日はゆっくり飲み明かして、テツマンでもして、そして、明日は皆んなで昼寝でもしながらのんびりしたい気分だった。
「せっかく準備したのに・・・」
 由美子は、怒っているというよりも、がっかりしてるっていうか、淋しそうな顔をしている。
 柿崎の奥さんの幸子さんが、由美子に気を遣ってくれて言った。
「そうよ。由美子さんの言う通りよ。明日はドライブに行くってことだったんでしょ?」
 それにしても、幸子さんは麻雀が人一倍好きだし、それに普段は勤めている。本心は、僕の意見に賛成なはずなんだが・・・。
 この中では、由美子だけが専業主婦である。そうだったな。由美子は明日のこと楽しみにしていたっけ。
「さっさと行く先を考えなさいよ。そうしないと、飲まさないわよ」幸子さんはそう言って、由美子に目で笑った。
 しょうがない。女性二人を敵に回す勇気はなかった。でも、ドライブに行くとなると今日はあんまり遅くまで飲めないな。

 子供たちが起きている間はまるで遊園地と化したようなリビングルームが、夜も更けて子供達を寝かしつけると、急に大人びた雰囲気になる。
 女性二人が、キッチンで酒のつまみをつくっている間、僕ら男性三人は、しかたなく明日のドライブの行き先を探すことにした。
 リビングルームの壁に、銀行でもらったセザンヌの裸婦のカレンダーが掛かっている。何気なく目をやった細川が、
「何か、思いっきり芸術したい気分だなあ」と言った。
 細川は絵の造詣に深く、自分でも油絵を描いている。今日も車のトランクには道具一式が入っているはずだ。
 妻の由美子が、「これ、口に合うかしら」と酒のつまみをテーブルの上に広げながら、
「そうねえ。美術館なんか行ってみたいわね」と言った。
 そういえば、由美子は美術が趣味で、もちろん素人に毛の生えた程度でしかないのだが、それでも結婚前のデートの時はよく引きずり回されたものだ。結婚して子供ができてからは、すっかり所帯地味てしまって、そんな所にはしばらく行っていない。
 細川が、つまみを口の中に放り込みながら言った。
「由美子さん、こんな話し知ってますか。中世のヨーロッパではね、お客さんが来ると、自分の妻を裸にしてお客さんをもてなしたっていうんだ。お客さんに妻のヌードを披露してもてなす。これはね、今で言えば酒のつまみを出すのと一緒なんですよ」
「あらあら、はしたないこと。じゃあ今日は、おつまみは止めましょうか」
 由美子が細川のグラスに氷を入れながら冗談めかして言う。まだドライブの一件が残っているのだろうか。
 柿崎が笑いながら「それはひどい!」と言った。
「いや、そうじゃなくってね。決して自分の奥さんを蔑んでるんじゃないんだ。むしろ自慢するっていうのかな。よくあるでしょう、我が家自慢の掛け軸を見せるとか、庭を見せるとか・・・」
「なるほどな。家にはそんなものないけどな」と僕。
「ほら、こういうセザンヌの裸婦を見ても、ちっとも厭らしくない。もし品のない厭らしいものだったら、銀行でもこんなカレンダーは作らないさ。由美子さんだって、こんな所に掛けたりしないでしょう?」
「それはそうですけど・・・」
「裸を恥ずかしいと思うようになったのはごく最近のことなんです。日本でも江戸時代は皆んな男女混浴があたりまえだったのさ。女の人もね、夏なんか庭先にたらいを出して水浴びするなんて昔はざらにあったようです。家の人や外を歩いてる人が覗こうと何しようと勝手なんです。全然気にしない。昔の人は皆んな堂々としていた。皆んな自分に自信があった。それが、今ではポルノと混同して、ヌードといえばセックス、裸を見せることが恥ずかしい、と思うようになっている」
「そりゃそうだよな。生まれたまんまだからな。何も、恥かしがることはないのかもしれん」と柿崎。
「というよりもね、女性は裸が一番美しいんだ。どんなに着飾った女性を描いても、裸婦には絶対にかなわない」
「だから、画家は裸婦を描くのかな。多いもんな。こういう裸の芸術って」と僕。
「そう言われてみれば、そうかもしれんな。こいつの裸、はじめてみた時はドキドキしたもんな」と柿崎。
「何言ってるの、皆んなの前で・・・」とこれは幸子さん。
「今じゃ生活くさくってぜんぜん興奮しないけどな。この前なんか、こいつ風呂からバスタオルのまま出てきてね、部屋の中歩き回ってたらさ、そのバスタオルが落ちちゃってね。うちの居間でだろう。ドキッとしたけど、あら失礼!なんてもんさ。女も羞恥心がなくなったら終わりだな」
「イヤ~ね。皆んなに言うことないじゃない」

 ・・・そういえば、僕が由美子の全裸の身体をハッキリ見たのはいつのことだろうか。
 いや、それよりも、今までにそんなことあっただろうか。セックスの時は、犯す?のに懸命で、身体をくまなく見たりしないしな。
 由美子はとても潔癖なところがあって、ベットのルームライトは暗くするし、ふだん風呂に入る時も鍵をかける。

 細川が柿崎に聞いた。
「柿崎。お前、幸子さんの裸を見た時、どんな感じがした?」
「だから・・・、ドキッとしただけだよ」
「そうかなあ。それだけじゃないと思うんだけどなぁ。こう、何ていうかなぁ、胸がときめかなかったか?」
「いや、俺達はいつもセックスは真っ裸でやるんだ。真っ裸になって、ヨーイドンなんてもんさ。なあ。だから見慣れてるさ。珍しくもない」
「あなた、やめて!」と幸子さん。そのままキッチンに逃げてしまった。
「だけどさ。いつもはベッドの上だろう。これは裸があたり前さ。でも、ここのようなリビングルームで、幸子さんだけが一人で裸でいるっていうのは、言ってみれば非日常的なことだろう。ものすごく刺戟的だと思わないか」
「そうかなあ」
「残念なのは、幸子さんがそうしたくてそうなったんではないってことさ。堂々と柿崎に見せ付けて、ポーズをつくってやったらよかったんですよ」
 なるほど細川は芸術家のはしくれだ。考え方が違う。
「俺の絵のサークルでね。時々ヌードデッサンをすることがあるんです。モデルはプロを呼ぶんだけど、お金かかるしね。それで、サークルの仲間からジャンケンで選んだり、仲間の奥さんや娘さんに頼んだりすることもあるんだ」
「本当?信じられないわ。素人の人達でしょう?」と由美子。
「皆んな堂々としたもんですよ。一度モデルをやってくれた人が、自分からまたやりたい、って言う人、結構多いんだ。ある人が言ってたな、自分の裸を見られるのって、恋をした時に胸がキュンとなるでしょう、あの気持ちに似ているって。何か、とっても開放的な気分になるらしい。自分の身体を鑑賞してくれている、美しいものとして賞賛してくれているっていうのは、愛する人に好かれている、という気持ちと同じものらしいんです」
「何となく判るような気がするわ」由美子が頷く。
「裸を恥ずかしいと思うのは、女性が年を取って、おっぱいが垂れて来たりね、無駄な筋肉がついたりして、自分の身体に自信が持てなくなってしまう。そうなると人に見せるのはちょっと、っていうのは判らないでもないけどね」
 柿崎が幸子さんに向かって、「じゃあ、お前はダメだな」と言った。
「そんなことないさ。俺は女性の裸は見慣れている。服を着てても十分想像はつくさ。由美子さんや幸子さんのヌード、最高だと思うよ」
「イヤーね。細川さんはエッチなんだから・・・」と幸子さん。
「だから、それが間違っているんですよ。ヌードとポルノは違うんです。もっと自分に自信をもって・・・。俺もずいぶんと裸婦を描いてきたけど、一番描きたいと思うのは幸子さんや由美子さんの年代なんです。ちょうど、青い果実のような年代が過ぎて、身体が成熟して丸みを帯びてくる。身体の曲線が最も美しくなるんです。有名な裸婦像はほとんどお二人くらいの年代なんだ」
「でも、女性だけっていうのは不公平じゃない?」と幸子さんが言う。
「もちろん男性のヌードもあります。俺も一回だけモデルをやらされたことがあります」
「全部脱いで?」と驚いたように由美子が聞く。
「そう。すっぽんぽんで」
「で、どんな気分でした?」とこれも由美子。
 由美子は、こんな細川のハッタリ話しにとても関心を持っているようだ。いつの間にか細川の脇にしっかり座り込んでいる。
「仲間の家の一室を借りてやったんだけど、何もない部屋でね。さすがに服を脱ぐ時は恥ずかしかったです。でも、皆んな真剣だしね。こっちがもじもじしてたらかえって失礼さ。最初だけだったな、恥かしかったのは・・・」
「そんなものかしらねぇ・・・」
「それで、どうなんだ。その・・・、つまり、大きくしちゃうのか?」柿崎が茶化すように言う。
「お前は卑猥だからいかん。そんな風になるわけないじゃないか。自然に任せるのさ。何もないんだが、そうだなぁ、朝立ちみたいに大きくなれば大きくなる。普通だったら普通のままさ。ありのままでいいのさ」
 幸子さんがキッチンに立ちながらクスクス笑っている。
「でも、不思議なんですよね。男性が女性のヌードを描くから、女性が男性のヌードを描きたいか、っていうとそうではなくて、女性もやっぱり裸婦を描きたいらしいんです」
「そりゃそうだよな。男の裸なんか見たくもない」と柿崎。
「俺達が女性の裸を見るのは、柿崎みたいなスケベな奴がストリップを見るのとは根本的に違う。俺達はその女性を賞賛したくて見るんだ。ひょっとしたら、その女性も気づいていない、その女性の美しさを引き出してあげるために見るんだ。これは女性の特権さ。女性の方も、見られることで、自分の美しさに気が付く。そうだなあ・・・。見ようとする執念と見られたいとする執念が、画用紙の上で火花を散らして、その結果として、すぐれた芸術が生まれるって訳さ」
「ふ~ん」
「たぶんね、由美子さんや幸子さんには、自分でも気づいていない素晴らしいものが、きっとたくさんあると思いますよ。でも、それはあなた方が自分をすべてあからさまにして、曝け出さないとダメなんだ、きっと・・・」
 僕にはよくわからない。それに、そんなこと僕にはどうでもいい。僕は水割りのお代わりをした。
「何だったら、お二人をうちのサークルにご推挙しますけど・・・」
「冗談じゃないわ・・・」とこれは幸子さん。
「そうよねえ。知らない人がたくさんいるんでしょう。ちょっとねえ・・・」と由美子。
「なら、俺だけならいいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど・・・」
「お前の言い方は、細川の前だったらいいって聞こえるぞ」とからかいながら僕。
 細川は、ちょっといたずらっぽい目で由美子を見た。
「何だったら、由美子さん、俺が描くからモデルやってみませんか。今日だったらいいでしょう。皆んな知っている人ばかりなんだから。道具、持って来ているし・・・」
「エー・・・、まさか!こうみえても私は人妻ですからね。まず主人の了解をとらなきゃ」
 由美子は、僕が反対すると思っている。
 細川が僕に聞いた。
「かまわないだろう?きれいに描くから・・・」
「どうぞどうぞ、細川。僕が許す。好きにやってくれ」
 皆んな酒が入っている。どうせ冗談なのだ。僕がここで堅物になれば、皆んなに酒のつまみにされてしまう。
「あらあら、うれしいこと。私がモデルですって」
 キッチンに行こうと立ち上がった由美子が、大げさにモデルのポーズを作って見せた。
「あら、素敵!」幸子さんが拍手をした。
「この格好でいいんだったらいいですよ。でも、裸はダメ。第一、主人が許さないわ。ねえ」と僕を見る。
 由美子の今日の格好は、ジーンズにティーシャツとカーディガン。とても似合っているけど、さっぱりしたものだ。モデルの服装ではない。
「いや、それはダメさ。やっぱり全部脱いでもらわないと」
 柿崎夫婦も、どうせ酒の席の冗談と拍手喝采をした。
「俺達を中世のヨーロッパみたいにもてなしてくれるってわけか」
「いいじゃない、やってもらったら?由美子さん、まだ若いし、スタイルも本当のモデルみたい。記念になるわ。やってもらいなさいよ」幸子さんも酒が入っている。
「えー、でも・・・」とまた僕を見る。
「僕は別にかまわないよ。そうだそうだ、すっぽんぽんにしてしまえ」
 由美子は僕を軽くにらんだが、でも目が笑っている。それに、どうせ酒の席のヨタ話しさ。
「皆んなで私のことからかって・・・。それに私の裸をみたら、皆んながっかりするわ」
「そんなことないよ。こいつ、子供を産んだくせにまだ若いんだ。おっぱいなんかまだピンクなんだぞ」
「何言ってるの。私恥ずかしいわ。それに、モデル料、高いわよ」
 話しを切り上げるように、エプロンの後ろの紐を締めなおしながらキッチンに立った。そして、別の酒のつまみをつくる準備をはじめた。
「でも、いいわねえ。私、ちょっとドキドキしちゃった。そんなこと考えるだけでも胸がときめくって感じ。子供ができて、しっかり主婦しちゃってるとそんなことすっかり忘れてしまうのよね」
 そりゃそうだよな。そんなことできるわけがない。やはり、日常的なものから非日常的なものに移るのは、なかなか難しいのだ。
 僕は、ホッとした反面、正直言ってちょっとがっかりした。心の片隅に、皆んなに由美子の美しいヌードを見せつけて自慢してやりたい気持ちがあったのかな。

 普通だったら、大笑いになって、これでお開き。話題は別なところに行くのだが、その日は違った。
「じゃあ、俺、絵の道具持ってくるよ」
 細川は、自分の車に絵の道具を取りに行ったのである。
 由美子が驚いたように細川を目で追い、それから、あわてて僕の方を見た。
「おい、細川のやつ、本気だぞ」柿崎が言った。
「何か白けるな」と僕。あくまでも冗談なのだ。
「何よ。あなたが細川さんを乗せちゃうからじゃない。あなたがいいって言ったのよ」
 由美子がどうしたらいいのかわからないように僕に責任転嫁した。表情がこわばっていた。
 そのうちに、細川がすっかり道具を整えた。
 茶目っ気のある目で、
「さあ、やりましょう。じゃあ、由美子さん、まず、全部脱いで下さい」と言った。
 由美子は、固まったように動かなかった。
「どうします?できますか?ここまで来てできないんですか?」
 僕には細川の性格がわかっている。どうせ、最初から他人の女房の裸なんて描けるわけがない。ただ、からかっているだけなんだ。暇つぶしに道具を持ってきただけだ。ダメならダメで、横顔でも描いていればいい。そのくらいに考えているんだ。
 でも、由美子はそれを真に受けた。
「あなた、本当にいいの?」
 僕の方をキリッとした目で見つめた。僕はギクッとした。
「・・・・・・」
 まさかこうなるとは思っていなかった。
 これは脈があるとみたのだろう。細川が言った。
「由美子さんにとって、こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれない。ここで引き下がったらあなたの負けだ」
「いいじゃない、記念になるわ。描いてもらったら?」とこれは幸子さん。さっきから、何か、けしかけているような感じだ。自分が裸になるわけではないんだ。由美子だけが裸になるんだから・・・。
「大丈夫!由美子さん、きれいに描きますよ。ちっとも恥かしいことじゃない。あなたの美しさを十分に出してあげるから・・・」
 由美子は、ちょっと首を傾げるようにして考えていた。そして細川に聞いた。
「私は、ただ裸でいればいいんですね?」
「そうです。裸になるなんて大げさに考えないで、ただ生まれたままの、ありのままの自然な姿でいてくれればいいんです」
「で・・・、細川さんはただ描くだけですね」
「そう、そうです。ただ、それだけのことです」
「ただ、それだけのこと?そうね。そうなのよね」
 由美子は、もう一度、僕に視線を合わせた。
 僕も頷かざるを得なかった。

 ただ、今になって思う。
 もし、僕が断固拒否したとしたら、由美子は納得しただろうか?確かに僕が断固ダメだと言えば由美子はやらなかっただろう。でも・・・、由美子の中に何かしこりが残ったような気がするのだ。

「いいわ。断ったら、何か自分が情けないわ。でも細川さん、私の裸を見てもがっかりしないでね」
 由美子は硬い表情を残してさっと立ち上がった。
「私、シャワーを浴びてくるわ」
 幸子さんが心配そうに、「本当にやる気なの?」と聞いたが、
「何よ、幸子さん、さっきからけしかけてるくせに・・・。大丈夫。それに亭主公認だし・・・」と由美子は僕を見て笑う。
「おい。彼女本当にやる気だぞ。いいのか?」と柿崎。
「・・・いいさ。別に減るもんでもなし。かまわないさ」僕はあえて平然を装った。
「でもね。皆んなの前じゃイヤ。二階で、細川さんと二人だけで描いてもらうわ」
 二人だけ?
 二階に、将来子供が大きくなったときに子供部屋で使う予定の空き部屋がある。
「あなた、それでいいわね?それからね、細川さん。その絵、私に下さらない?」
「もちろんいいですよ。今日はクロッキー程度ですけど・・・」
「いいわ。モデル料はそのクロッキーを全部私にくれること。それが条件よ」
 由美子が身体からエプロンを外した。
 幸子さんがそれを受け取りながら、「大丈夫よ。由美子さんならできるわ」と言った。
 シャワールームは二階にもある。
 この家は、二階へはリビングルームから上がるように設計されている。シャレた洋風建築っていうのかな。だから、リビングルームから階段も二階の出入りもすっかり見渡せるのだ。
 その階段を、由美子は髪を掻き上げるようにしてゆっくりと上がって行く。全員の視線を浴びながら・・・。
「お前、ちゃんとできるのか?」僕も変な聞き方をしたものだ。
 由美子は階段の途中から僕の方をジッと見ると、すぐ視線を反らせた。何かよそよそしかった。
「ちゃんと描くから安心しろよ。俺も由美子さんも大人だから大丈夫さ」
 細川は何が大丈夫だというのだろう。

 しばらくして、二階から由美子の声がした。
「細川さん。準備できましたけど・・・。最初から全部脱いでいた方がいいんでしょう?」
 皆んな、吹上になっている二階を見上げた。由美子が身体に葡萄色のバスタオルを巻いている姿がちょっと見えた。
「そう、裸のままでいて下さい。今行きます」
 細川が道具片手にゆっくりとした動作で二階に上がって行く。
「僕も行こう」
 ちょっと心配になって、僕は柿崎の後を追おうとした。
 その声が由美子に聞こえたのだろう。
「あなたは来ないで。細川さんだけでいいわ」鋭い声が返ってきた。
 何故だ?
「・・・ということで。それじゃ行って来ます。ごきげんよう」
 細川が茶目っ気たっぷりに言ったが、僕の心配そうな顔を見ると、
「大丈夫だよ。ただ描くだけだから。あんまり難しく考えるな」と突き放すように言った。
 僕は何も言えなかった。

 空き部屋の前で、由美子は全裸にバスタオルを巻きつけただけの身体で待っていたのだろう。
「この部屋でいいかしら。雑然としてますけど・・・」
「いいです。いいです。これで十分です」
 幸子さんが、「私、手伝いましょうか?」と声をかけたが、
「いいわ、大丈夫よ。誰も来ないで・・・」
 そう言うと、部屋のドアをバタンと閉めた。鍵をかける音がした。

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。