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小説(転載) Eternal Delta 3/9

官能小説
08 /27 2018
第1章 彼女の初体験の相手〈2〉

 服の上から胸に触れると、遙紀はびくりと体を震わせた。
「……んな緊張すんなよ」
「だ、だって……!」
 するなって方が無理か。自分もちょっと緊張してる。
 シャツの中に手を入れ、背中に回す。ブラジャーのホックを外そうとしているのだが、遙紀はいちいち身体をびくびくさせる。
 やっとホックを外せて、梨玖は考えた。
 ……やっぱ脱がせた方がいいのかな?
 着たままというのもそれはそれでいいのかもしれないが。最初ぐらい普通にやろう。
「遙紀」
「え……?」
「Tシャツ脱いで」
「……え、あ、あの、自分で……!?」
「脱がせて欲しいのか?」
「バ、バカ! そ、そうじゃなくて!」
 まあ、自分から脱ぐというのが恥ずかしいんだろうとは思う。
 Tシャツをすぽっと脱がせ、ブラジャーも取り去る。遙紀の顔はゆでダコみたいになっていた。
 決して大きくはないが、想像してたより胸は膨らんでいた。形は悪くない、と思う。真っ白できれいだ。左胸に触れると、遙紀はさっきよりももっと体を震わせた。心音の早さが手のひらに伝わってくる。
「遙紀」
「んっ、な、なに……?」
「カップサイズは?」
「え!? あ、あの……B……」
「へー……結構あるんだな……」
 実はAカップだと思っていた。着痩せするタイプなんだろうか。
 キスをしながら遙紀を押し倒す。どうやら遙紀はキスが好きらしい。いや自分も好きだが、突然やっても怒らないし、積極的に舌を絡めてくる。自分のやり方がうまいのかどうか知らないが。
 寝転ぶと、胸の膨らみは小さくなった。それぐらいはまあ判っていたが。
 二つの胸を両手でもてあそぶ。声を出すのが恥ずかしいのか、遙紀は必死な顔で我慢しているらしい。
 ……なんかつまらん。
 声が聞きたいんだ、声が。キスの時みたいな。
 やり方がまずいのかもしれないと思い、梨玖は胸に顔を近づけ、ピンク色の突起をぺろっと舐めた。
「ひゃぁんっ!」
 やたら可愛い声を上げて、遙紀が身体をのけ反らせた。
 ──いい!
 梨玖は調子に乗って、何度も乳首を舐めた。そのたびに遙紀が嬌声を上げる。
「……り……梨玖……や、やめ……はぁんっ!」
「なんで? 気持ちいいだろ?」
「だ……だから……いやぁんっ!」
 くわー! 可愛い!
 悶える姿がこんなにいいもんだとは想像以上だ。しかも遙紀がだ。
 今度は舌で転がしてみた。
「ひゃっ!……あっ、やっ、んっ……!」
 おー、反応の仕方が違うな。などと感心しながら舌での愛撫を続け、右手は徐々に下へ下げていった。
 膝丈の少しタイトなスカート。腰のホックを外し、ファスナーを開ける。左手で腰を浮かせ、スカートを取り去る。
 白くて少しレースの入った下着。純潔そのもの。いくら酒を飲んでいて正常な状態ではなかったとはいえ、遙紀が好きでもない男に体を許したなんて信じられない。
 身体の位置を後ろへずらし、梨玖は遙紀の両足の間に入った。
 そーっと人差し指で下着の上から触る。
「んっ……」
 またちょっと反応が違っていた。
 つついたり、なでてみたり。
 遙紀の声を楽しんでいるうちに、下着がだんだん湿ってきた。
 ……濡れてきた……のか?
 もしかしたら遙紀は感じやすいのかもしれない。初めても同然だから敏感なのかも。
 下着を脱がせた。遙紀は完全に裸になった。
 梨玖はその部分にじいっと見入った。その手の雑誌は読むし、同級生の家でその兄の持っていたアダルトビデオも見たことがある。だからセックスの仕方は知っている。どうすれば女の子が喜ぶか、なんてことも知識としてはなんとなく判っている。
 しかし、生で見たのは当たり前だが初めてだ。どういうものであるのか知っていても、やっぱりこの目で見るとものすごくショッキングだ。
「……梨玖……?」
 何もしなくなったから不審に思ったのか、遙紀が紅潮した顔で呼んだ。
 我に返った梨玖は、一本線のその割れ目に指を這わせた。
「あっ、やっ……!」
 直接触られると感じ方が違うのか。反応の仕方がまた違う。
 割れ目でなく、その周りをしばらくこすってみる。それからそっと人差し指の第一関節だけ中に入れる。
 ぬるっとしていた。が、まだ駄目だろうかとなんとなく思った。
 指を上下──遙紀からすれば前後だろうが、動かしていると、遙紀はひときわ大きな声を上げて身体をびくびくさせた。
 梨玖の指は小さな突起に触れていた。割れ目を押し開いて、それをむき出しにする。
 指で転がすと、遙紀の反応はいっそう激しくなった。
 女の子というより、何度も経験している大人の女に見えた。それに少し唖然としつつも、梨玖もだんだん興奮してくる。
 濡れ方が充分になってきたかと思い、梨玖は中指を入れた。
「ふぁっ……!」
「……あ、あれ?」
 梨玖は疑問を感じた。
「え……あんっ……な……なに?……やぁっ……」
 悶えながら遙紀が聞いてくる。指を動かすのをやめていないからだが。
 指が全然中に入らない。めちゃくちゃ狭い。
 変だと思って指を抜いた。両手の人差し指で割れ目をぐっと開き、中を見る。が、いまいちよく判らない。穴の中にまた小さな穴があるような気がするが。
 もう一度、中指を入れてみた。やっぱり狭い。ものすごい抵抗がある。
 たった一回だけで、受け入れやすくなっているとは思わないが、それにしても。
「……遙紀?」
 声をかけながらも、淫猥な音を立てて指を動かすのはやめない。
「んっ……な……なに……はあっ……」
「ホントにやったのか?」
「うぁ……ん……あ……」
 今のはどれが返事なんだろう。梨玖は指を抜いて、もう一度聞いた。
「ホントにその幼なじみとやったのか?」
「な……なに……が……?」
 遙紀ははぁはぁと息をついている。胸が大きく上下していた。
「だからさ。まだ膜あるみたいなんだけど」
「……まく……?」
「処女膜」
「……え?」
「その時、痛くなかったか?」
「え、だ、だから、全然なんにも憶えてないってば……」
 女の場合、最初の痛みは身を切られるようなほどだと、その手の本に書いてある。身体を切られて意識を戻さない奴がいるか? もちろん、その後でまた酔いが回って記憶を失ったということもあるだろうが。
「起きた時どこにいたんだ?」
「……だから修祐の部屋……」
「じゃなくて、ベッドとか床の上とか」
「……床」
「汚れてたか?」
「え?」
「だからさ、お前と幼なじみがいた辺り、白いもんで汚れてなかったか?」
「……判んない。でも、汚れてたら判ると思うけど。フローリングだったし」
「じゃあ、気がつかなかったんだな?」
「うん……でも、白いのって何?」
「精液」
「……え」
 遙紀は絶句した。
「なかったってことは、出してないんだろ。だとしたら、途中でやめたんじゃないか?」
 それに血も出るはずではないのか。そんなものが出ていて気づかないはずないと思う。
「え、や、やめた?」
「酔ってたんだろ? 運動したら酔いが回るの早いぜ」
「あ……そっか……じゃあ、あたし……きゃっ!」
 ほっとしたような声で言いかけた遙紀が、悲鳴を上げる。
 梨玖が、遙紀の太股の間に顔を突っ込んだのだ。
「り、梨玖?」
 顔を突っ込んだというより、ただうつむいたのだが。
 最初はただの欲だった。好きな女は抱かなきゃいけないとでも思っていたのかもしれない。しかし遙紀が他の男に抱かれたなんて聞いて、別の感情が出た。たぶん焦ったのだ。最初の奴のことなんて忘れさせてやる、記憶にないなら自分を最初の男と勘違いさせてやろう、と。
 だが、遙紀がまだバージンだと判った今は、なんだか馬鹿らしくなった。別に焦らなくても、遙紀が浮気をするわけない。同じ家に住んでいればいつだって出来る。たとえ他の男が現れたとしても、遙紀と一緒に暮らしている自分に誰が勝てる?
 焦らなくたって、遙紀はずっとここにいる。
 そう考えて、梨玖は笑いたくなった。
「……や、ちょ、ちょっと、梨玖、こ、こそばいってば……!」
 声を上げずに笑う梨玖の髪が、遙紀の太股にこすれている。
 むくっと顔を上げ、遙紀の身体を抱き上げた。
「え、な、なに?」
 遙紀をベッド横の壁にもたれさせる。膝を立てて座っている状態。
「……梨玖?」
 不思議そうに自分を見る。
 梨玖は何も答えずに、唇に吸い付いた。
「……んっ……」
 キスをしているときの遙紀は、幸せそうな顔をする。それも好きだけど、やっぱりもうちょっと、さっきの恥ずかしそうに悶える顔が見たい。
 口から首筋へ降り、赤ん坊のように乳首をくわえる。
「ひゃぅんっ!」
 どうやら胸はかなり弱いらしい。反応が一番大きいような気がする。しかし、これでは遙紀の顔が見られない。口を離して両手で遙紀の両胸を包み込む。そして先端をつまんだり転がしたりする。
 遙紀は両手を身体の横につき、何かに必死で耐えている。
「……り……梨玖……」
「なんだ?」
「ま、まだ……?」
「なにが?」
「ま、まだ……するの……?」
「まだなんにもしてないだろ?」
「し、してるじゃ──あぅんっ!」
 梨玖はいきなり指を突っ込んだ。中は充分濡れている。さっきより指は入りやすくなっていた。
「イキたいだろ?」
「んぁっ……ど、どこ……に……?」
「……んな親父ギャグみたいなこと言うな」
「だ、だって……なんのことか判んな……あんっ……」
「……もーいーから。黙ってされてろ。あ、いや黙るな」
 興味はあるとはいっても、その手の雑誌を進んで読むのは恥ずかしいのだろう。だから保健の授業程度のことしか知らず、俗語に関しての知識はないわけだ。あんまりあって欲しいと思わないが。
「あっ、いやぁっ、はうっ……」
 指を出し入れするたびに遙紀が声を上げる。たった指一本なのにかなりきつい。
 胸や中への愛撫を続けながら、遙紀の表情を楽しむ。
 そのうち、声の間隔が短くなってきた。達するのかな?と思ったとき。
「いやっ……り、梨玖ぅ!」
「へ?──って、おい!」
 がばっ!と遙紀に頭を抱え込まれた。目の前は胸。頬に柔らかいものが当たって気持ちいいのだが、それどころじゃない。
 こ、これじゃ、顔が見れん!
 振りほどこうにも、ものすごい力で締め付けられていて全然動けない。たぶん何かに捕まっていないと不安なんだろうとは思うが、遙紀にこんな力が出せるとは思わなかった。
「ああっ、あん、あ、や、うぁ、あああっ」
 頭の上に遙紀の息がかかる。おそらく自分の頭の上に顔を埋めているんだろう。
 向かい合って座り込み、頭を抱えられ、指は遙紀の中へ入れるという、変な恰好。
 ……しょーがねぇな。
 顔を眺めるのは諦めた。諦めるしかないが。
 声だけ楽しむことにして、梨玖は指を動かすスピードを上げた。
「あ、やっ、あ、あああっ──!!」
 梨玖の頭を締め付ける力が強くなり、遙紀が今までとまったく違う声を上げて身体を痙攣させた。
 一瞬の間を置いて、ふっと遙紀の腕の力が緩んだ。梨玖が指を抜いて顔を上げる。
 だらっと両腕を垂らし、遙紀は力無くうなだれていた。
「……遙紀?」
 フルマラソンを全力疾走したみたいに、遙紀は何度も胸を上下させていた。
「気持ちよかった……か?」
 達したみたいではあるが、気持ちよかったかどうかに関しては聞かないと判らない。何せ自分だって女にこういうことをするのは初めてだ。
 呼吸しかせず、まったく動かない遙紀の顔を覗き込んだ。
「……遙紀?」
「……う……」
「おーい?」
「──バカぁっ!」
「へ?」
 遙紀は泣いていた。顔と同じぐらい、目が赤くなっていた。
「な、なに泣いてんだ……!?」
 い、痛かったのか?
 そんな顔は全然してなかったような気がするが。
 遙紀はぼろぼろ泣き始めた。小さな子供みたいに両手で涙を拭っている。
「……も……やだぁ……」
「へ?……やっぱ痛かったのか?」
 もしかして気持ち悪かった……とか?
「そ……じゃな……い……」
「違うのか? じゃあなんで……」
「……だって……あ、あたし、あんな……」
「あんな?」
「……あんなことして……変な声出して……」
「いや、したのは俺だろ。変な声でもないし」
「……でも、あんなの、あたし……すごくいやらしい子みたい……」
 えーっと。
 感じて悶えて嬌声上げてたのが恥ずかしい、ってことか?
「あ、あのな? あんなもん、全然恥ずかしいことじゃ……いや、恥ずかしいかもしれないけど、あれぐらい誰でもやるんだからさ」
 指で達したぐらいでスケベだなんていう奴は、よっぽど純情な奴だ。
 ……ってことは、こいつ結構、純情なのか? 興味はあるくせに?
 免疫がないだけだろうとは思うが。
「……もうしない……」
「へ?」
「もうしたくない。絶対いや。梨玖にあんなの見られるなんて絶対やだ」
「……って……あ、あのな、俺以外の誰に見せる気だ」
「誰にも見せない! もう絶対いや!」
「……だからなぁ……」
 梨玖は困った。今は別にいいが、このままでは一生、なんにも出来ない。
「……なあ、遙紀」
 遙紀の腕を掴んで顔から離し、あごを手で持ち上げて視線を合わせた。
「気持ちよかっただろ?」
「しっ、知らない! 判んない!」
 遙紀は全身赤くなった。どうも言動が子供っぽくなっている。いつもはもっと落ち着いているのに。
「俺、悶えてるお前の顔好きだな」
「へ、変態!」
「さっきも言ったぞ、それ。だいたいあれが嫌いだっていう男の方が変だって。それにあのあえぎ声も好きだなー」
「やっ、やだバカ! 変なこと言わないで!」
「全然変じゃねぇよ。すっげぇ可愛かったぞ」
「~~~~!!」
 遙紀が睨みつけるのだが、赤面しているためにまったく迫力はない。逆に可愛い。
 普段あまり可愛いなんて梨玖は言わない。なので遙紀は聞き慣れていないからまた恥ずかしいんだろう。
「恥ずかしいのは判るけど、俺は全然やらしい奴だなんて思わないから。男と女が当たり前なことしてるだけなんだからさ。そんなに嫌がるなよ」
「……だって……」
「悪いことやってるわけじゃないんだからさ。そりゃ、考えなしにやりまくるのはどうかと思うけど、俺そんなことしないから」
「……でも……」
「キスは?」
「え?」
「お前、キスするの好きだろ? ディープな奴」
「……え、えっと……」
「あれだって性的に興奮するためだぜ? 前戯って奴」
「……ちょっと違うもん」
 すねたような顔でそう言った。やっぱりいつもより態度が子供だ。
「俺からすれば一緒だな。キスしてるときの顔とか声とかすっげぇ好きなんだ」
「え、あ、あの、い、いつもそんなの観察してるの?」
「当たり前だろ」
「な、なんで!?」
「可愛いから」
「あんた今日変よ!」
「お前も今ちょっと変だぜ」
「誰がしたのよぉ!」
「も一回して欲しい?」
「いいいいいらないってば!」
「じゃあ、また今度な」
「やだってばぁ!」
 ひとしきりからかって満足した梨玖は、ベッドを降りた。
「遙紀」
「なななによぉ!」
「もう春だっていってもさ、そのままじゃ風邪引くぞ」
「え?……あ」
 遙紀は自分の身体を見下ろした。すっぽんぽん。しかも足を広げてたりして。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
 膝をぺたっと閉じて降ろし、胸を両腕で隠した。
「み、見るな、バカぁっ!」
「もう全部見たって」
「やだぁ、もう!」
 半泣きで遙紀はきょろきょろした。服を探しているんだろう。梨玖は脱がせた服をベッドの下に落としていたのだ。それを拾って遙紀に渡す。
「あ、あっち向いてて!」
「……だから全部見たってのに……」
「いいから!」
「へいへい」
 こういう恥じらいも可愛いなあとか思いながら、梨玖は遙紀に背を向け、宿題の続きをやろうかとテーブルに向かった。
 テーブルを元の位置に戻していると、ベランダの方からトラックの音がした。こっちは家の裏の方だ。なんだろうと思って、ベランダに出てみた。
 裏の空き家の前、つまりすぐ目の前の道路にトラックが二台止まっていた。
「売れたのか、あの家」
 単純にそう考えた。
「……梨玖? なんかあるの?」
 いつもの落ち着いた声で遙紀が聞く。
 引っ越しみたいだ、と言いながら部屋の中に戻った。
「引っ越し?」
 下着をつけただけの遙紀が聞き返したとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、やだ、どうしよ」
「俺出るよ」
「うん。お願い」
 どうせセールスマンか何かだろうと思って、梨玖は部屋を出た。



 階段を下りていくと、正面から右手にかけて玄関がある。さほど広いわけでもないが、梨玖の元の家よりは広い。
 ドアを開ける前にまたチャイムが鳴った。しつこいセールスマンだな、と思い、セールスマンはしつこくて当たり前か、と思った。
「──はい?」
 自分でも愛想悪すぎと思う声でドアを開けた。
 そこにいたのは、背広を着たサラリーマンでもなく、郵便局員でもなく、借金の取り立て屋でもなかった。
 自分と同い年ぐらいの、若い男。
 眼鏡をかけていて、自分よりもう少し背が高く、かなりの二枚目。
 印象としては、モテる東大生。
 その東大予備軍は、梨玖を見て驚いていた。梨玖は嫌な予感がした。
「……どちら様?」
「あ……あの、高杉さんのお宅じゃ……?」
「そうだけど?」
 この家には、名字が二つある。高杉と津月。両親は夫婦別姓を選んだのだ。なので、表玄関には表札が二つ並んでいる。
「あの、遙紀……さん、います?」
 梨玖は内心で舌打ちした。
 こいつ、遙紀を呼び捨てにしようとした。ということは。
「……あれ?」
 遙紀の声がした。同時に階段を下りてくる音がする。
 ……降りてこなくていいのに……。
 名指しされたのだから、呼びに行かなければならなかったのだが。いないと言ってやろうかと考えてしまっていた。
 玄関まで来た遙紀が、サンダルをはきながら言った。
「修祐? なんでいるの?」
「……久しぶり」
 二人の間に、親しげな空気が流れた。梨玖は自分が除け者のような気がした。
 修祐というと、遙紀の幼なじみで、遙紀とセックスしようとした男。
 ……自分が勝てないかもしれない男が、現れてしまった。


第1章 彼女の初体験の相手 終わり

小説(転載) Eternal Delta 2/9

官能小説
08 /27 2018
新規登場人物
工藤修祐(くどう・しゅうすけ)
 遙紀の幼なじみ。親の転勤で引っ越していた。


第1章 彼女の初体験の相手〈1〉

 市立高鳥たかとり高校に通う梨玖は、この春から二年生になる。一年の時は遙紀と同じクラスだった。しかし今度は別のクラスの方がいいかもしれない。同棲か!と冷やかされずに済むからだ。
 三月の末に入籍した母と新しい父は、梨玖の期待を裏切って新婚旅行には行かなかった。二人とも仕事がいっぱいで旅行どころじゃないらしい。
 おいしいシチュエーションにありつけることなく、同居生活は一週間が過ぎた。



 いくら頭では判っていても、彼女はやっぱり彼女であって、姉ではない。
 最初から姉として会っていれば踏ん切りもつくかもしれない。しかし、初めて見たときから異性として意識してしまっているので、やっぱり家族とは思えない。
 家の中をラフな恰好でうろつき回る遙紀を見るたびに、梨玖はびくびくしてしまう。
 どきどきじゃなくてびくびく。
 何に怯えているのかは、自分ではよく判らない。
 嫌がっていたわりに、遙紀は平然と日々を過ごしている。そう見えるだけかもしれないが、母と同じ女だけに神経図太いのかもしれないと思う。



 あと二日で新学期が始まるというその日。梨玖は重大なことに気づいた。
 ……宿題やってねぇ。
 春休みといえど、高鳥高校では主要五教科の問題集が課題として出される。夏や冬に比べれば量的には少ないが、たった二日で出来るものではない。
 自力では。
 いい口実見つけたぞ、と梨玖はほくそ笑み、問題集とノートを抱えて部屋を出た。
 中流階級の一戸建て。狭いながらもちょっとした庭があり、ガレージ付き。一階にはダイニングキッチンとリビング、バスルームとトイレ、八畳の両親の部屋。二階は六畳の部屋が二つ。広いベランダとトイレ。
 ついこの間まで父娘二人だけの住まいだったにしては、ちょっと広すぎるような気がする。四人家族となった今でちょうどいい大きさだろう。最初から再婚する気があったんだろうか。しかし兄となった浩巳が大学を卒業して帰ってきたら、自分は追い出されてしまうのではないかとちょっと心配だ。
 南側の部屋を出た梨玖は、北側の部屋の前で立ち止まる。
 時間は昼を過ぎたところ。両親は二人揃って出版社へ出掛けた。夕方まで帰らない。
 ──おいしいシチュエーション、ゲット!
 ガッツポーズをしてから、梨玖は大きく深呼吸した。
 付き合い出して半年。数回この家に入ったことはある。遙紀の部屋にも入ったことがある。一番最初はさすがに緊張したが、そのあとは平常心でいられた。
 しかし今は、初めて入ったときのようにどきどき、いや、びくびくしていた。
 一時間ほど前に起きたばかりの梨玖は、母が用意していた朝食を食べ、そのあと部屋に戻った。ダイニングから二階に上がるには玄関前を通る。その時、遙紀の運動靴はあったような気がする。誘って出掛けようかと思っていたのだが、実に都合よく課題のことを思い出したのだ。遙紀が出ていった様子はない。ドアの開く音はしなかった。
 意を決してドアをノックしようと右手を挙げ──
 ──がちゃっ! ごちぃんっ!
 思いっきり顔面にドアがぶつかってきた。
「~~~~!!」
 問題集とノートをばらまき、梨玖は鼻を押さえてうずくまった。
「……あれ? なにやってんの?」
 変態を見るかのような遙紀の表情。梨玖は怒鳴った。
「なにじゃねぇだろ! 急に開けんな!」
「だ、だって、そんなところにいるなんて思わなかったんだもん。なにやってたの?」
「……いや、えーっと」
 襲いに来たとは言えず、梨玖は困った。
「あ! 宿題! 写させてもらおうと思ってさ!」
「……なに、そのとってつけたような説明は?」
「……気のせいだ」
 梨玖は冷や汗をかいた。
「あたし、お昼食べるんだけど。梨玖は?」
「は?……ああ、さっき起きて朝飯食ったばっかなんだ」
「じゃあ、いらないのね」
 遙紀はさっさと階段を下りていった。
「あ、おい! いる! 食うよ!」
 梨玖は慌てて後を追いかけた。



 父娘二人暮らしだっただけに、遙紀は料理がうまい。今日の昼食はサンドイッチ。
 ……サンドイッチ?
 作る手間がかかるのは判る。しかしだ。なんでサンドイッチなんだ? もーちょっと手作りっぽいもん食いてぇなぁ。
「宿題やるんでしょ?」
 包丁を持って、遙紀が言った。鍋でゆで卵を作っている間に食パンの耳を切り落としている。ほかにも、ハムとかレタスとかトマトとか、野菜をいっぱい並べていた。
 とってつけた説明を信用してくれてるわけか。実際、宿題はやらないといけないが。
 優しさに感動していると、遙紀はゆで卵の殻むいて、と頼んできた。
 喜んでお手伝いいたしますとも!などと言いながら、梨玖は鍋の湯を捨ててゆで卵を鷲掴みにした。
「──あっちぃ!」
 梨玖はゆでたばかりの卵を床に落とした。
「もー。熱いに決まってるじゃない。お湯捨てたら水で冷やすのよ」
 遙紀はまるっきり熱さを感じていないかのように素手で卵を広い、鍋に戻した。水を入れた鍋をテーブルの上に置く。
「すぐには冷めないからね。卵をね、ごろっと転がすの。そしたらむきやすいから」
「……へーい」
 言われたとおりにごろっと転がし、殻をむく。
 地道な作業を繰り返し、三つの卵を全部むき終えると、今度はみじん切りにしてと頼まれた。それが済むと、梨玖には手伝えることがなくなった。遙紀はてきぱきとサンドイッチを作り上げていく。
 ……うーん。実に家庭的な奴だ。
 自分も母が仕事で忙しいときには、家事を手伝わされていた。だが料理はしなかった。
 遙紀の動作に見惚れてから五分後。サンドイッチが出来た。コーヒーを入れて、二階に上がる。
 廊下に散らかしっぱなしだった問題集とノートを回収し、遙紀の部屋に入った。
 女の子らしい部屋というと、すぐにピンクのカーテンとかぬいぐるみを想像するが、遙紀の部屋にそんな物はない。モノトーンで統一されていて、テレビ、ベッド、机、タンス、ステレオ、本棚などがあるだけ。梨玖の部屋とあまり変わりない。一見すると男の部屋だ。だが遙紀がクールな性格をしているというわけでもない。部屋がクールなだけだ。
 壁に立てかけられていたテーブルを部屋の中央に置き、昼食を載せて問題集とノートを広げる。
 梨玖は遙紀の向かいではなく角を挟んだ隣に座った。これは別に意図してのことではなくて、教えてもらいやすいからだ。
 といってもやっぱり、より近くにいると色々と考えてしまう。
 長袖のTシャツに膝丈スカート。肩につくぐらいの髪は、バレッタで一つにまとめてある。白いうなじが目に飛び込む。
 遙紀は美人だ。可愛いというより美人顔。目立たないが、整った顔立ちだ。それをいち早く見抜いてモーションかけた自分は偉いと思っていた。
 一年の一学期は何とも思っていなかった。二学期になって一番面倒くさい体育委員に選ばれてしまった梨玖は、同じく選ばれてしまった遙紀と体育祭の準備で苦労した。何度か帰り道を一緒に歩いた。気さくな遙紀とは話しやすく、よく気のつく優しい奴だということを知って、次第に惹かれていった。
 体育祭が終わると、体育委員の仕事なんてなくなる。口実がなくなって焦った梨玖は、思い切ってデートに誘った。お茶しないかと言っただけだが。遙紀はあっさりOKした。
 初デート中に付き合ってくれと告白し、遙紀はやっぱりさらっとOKしてくれた。
 それから半年。特に何の問題もなく、いい関係を続けている。とりあえずキスは済ませていた。が、それから先に進めない。
 それっぽいムードになったかなーと思ったら、遙紀は突然なにかを思い出し、二人の間に漂った色気のある空気は霧散する。
 遙紀はその手のことには奥手で、キスぐらいで照れる、なんてことはない。それなりに興味はあるらしいのだが、どうしてだかガードが堅い。
 ひょっとして自分はムード作りがヘタなのかもしれない、と最近不安になる。
 せっかく「一つ屋根の下」なんだから、ここらでそういう関係にならないと、男としてどうかと思う。
 などと、遙紀のノートを写しながら、梨玖は勝手なことを考えていた。
「あのさぁ、梨玖?」
「──は!? なんだ!?」
 サンドイッチをかじりながら顔を覗き込んできた遙紀にびびった。
「……なに、声ひっくり返してんの?」
「いや、別に。なんだ?」
「あのねぇ、おばさ……じゃなくて、お母さんってさ、父さんのどこが気に入ったんだと思う?」
「……それを俺に聞くか?」
「だって、自分の親のことなんだから判るでしょ?」
「判んねぇよ。特にお袋のことは」
 単純明快な猪突猛進型母親だと思っていたのだが、再婚を決意するほど好きな男が出来たなんて、未だに信じられない。
「こっちこそ聞きたいんだけどな。おじ……親父って、お袋のどこがいいんだ?」
「そりゃ……あのパワフルさじゃないの?」
「……お前のお袋ってあんなんだったのか?」
「ううん。お花とお茶が趣味っていう大和撫子だったらしいけど」
 遙紀も母親の記憶はほとんどないらしい。小学校に入ってすぐに亡くなったと聞いた。
「……親父って変な趣味に変わったんだな」
「お母さんも変よ」
「…………」
 自分の親をけなし合うことに不毛を感じた。今はどちらもが両方の親なのだ。
「……でさぁ」
「なんだ?」
「……弟か妹が……出来るのかな?」
「……は?」
 何が聞きたいのかと思えば。
 兄貴がいるくせにまだ兄弟が欲しいのか? それとも女の兄弟が欲しいとか?
 そう考えた梨玖だったが、遙紀の態度を見て、なんか違うらしいと気づいた。
 遙紀の表情は、一言で言うとはにかんだ顔だった。
「……お前、なに考えてんだ?」
「え、だ、だって、ほら、まだお母さん若いし……産むでしょ、やっぱり……」
「そりゃまあ……やることやってりゃ出来るだろうけどな……」
 ……やること。
 やるよな、やっぱ。あの親たちも。
 母は三十七歳。新しい父は四十歳。まだ性欲はあるはずだよな、と思うが。
 遙紀のその照れたような表情は、両親の性生活について考えてしまったからか、弟か妹が出来るかもしれないという期待からか。
 やっぱりその手のことに疎いわけでも興味がないわけでも恥ずかしいわけでもないらしい。しかしだ。親の性生活なんてどうでもいい、というか考えたくもない。そんなことより、自分たちの進展について考えるべきだ。
 どこか呆けたような顔で、遙紀はサンドイッチにかぶりついている。何を考えているのやら。親のことから自分たちのことへと思考が飛躍してくれてたらいいのだが。
「……遙紀」
「え?」
 きれいな円形の歯形がついたサンドイッチを手にして、遙紀が振り向く。
 梨玖は自分の口元を指差した。
「ついてる」
「え? ほんと?」
 小さい子供みたいで恥ずかしいのか、遙紀はさっきとは違う照れ方で口元を拭おうとした。常套手段というのはうまくいく回数が多いから常套手段となるのだ。
 口元を拭ってやる振りをして、梨玖は遙紀の頬に手を当て、自分の口で何もついていない遙紀の口をついばむ。
 軽く触れただけで梨玖は離れた。当然これだけで終わるわけがない。真っ昼間だろうがなんだろうが、まったくなんの邪魔も入らないチャンスなんてそうそうない。一週間、同居してみて判った。一階に親がいると思うと、キスするのさえ、ためらわれてしまう。それどころかこの部屋に入るのも躊躇する。まだ他人だった時には、遙紀の父が家にいてもキスぐらい平気でしてたのに。
「……なに?」
 突然何をするのかと聞きたいのだろうか。しかし梨玖にすれば突然じゃない。だいたいくすぼっていたスケベ心にさらに火をつけたのは遙紀の方だ。
 ベッドは部屋の右手奥。梨玖の正面。やっぱり床の上はまずいだろうか。ベッドに上がった方がいいかな。などと考えながら梨玖はテーブルを押しのけ、再びキスを迫る。
「宿題やりに来たんじゃなかった?」
「……いいよ、あとで」
 なんでこうなんだろうか、こいつは。
 もちろん全然ムードなんて作らなかったし、梨玖がそれ目当てで来たとはいっても今のはなんの脈絡もないキスだった。
 しかしだ。昨日今日付き合い出したばかりの中学生カップルじゃない。いや、今時の中学生ならキスぐらいばんばんやってるかもしれない。それ以上かも。
 自分たちは高校生だ。付き合って半年。興味があるなら、もうちょっと協力的になってくれてもいいんじゃないのか。
 キスだけなら遙紀は抵抗しない。なのでとりあえず、キスでその気にさせてみようと思った。それでその気になるならとっくの昔にそれなりの関係になっているはずだが。
 肩に手を置き、再び口づけ、今度は気持ちよくなるキスをする。
 遙紀は素直に口を開き、梨玖の舌を受け入れた。
 まず最初にマヨネーズの味がした。
 お互いの唾液が混じり、音を立てて糸を引いてどちらも口がべたべたになって、主導権を握っているはずの梨玖は、頭がぼうっとなり始めた。
 いや、自分が気持ちよくなってどうする。まずは遙紀の思考を停止させないと。
「……ふ……んぁ……」
 いつも梨玖を興奮させるその声は、時々息苦しそうに聞こえたりもする。ひょっとして、ただの息継ぎなのかもしれない。しかしキスを終えた後の遙紀の表情は妙に色っぽい。
 いつもより長く遙紀の口の中を味わう。途中で梨玖のシャツを握ってきた遙紀の手が、すとんと下に落ちた。
 そろそろいいかな?
 梨玖はゆっくり口を離した。
「……あ……」
 もうほとんど頭真っ白、という感じの顔で、遙紀が呟いた。
 よし、残念がってるな。と梨玖は確信した。
「……遙紀」
 言いながら、触れるだけのキスをした。
「ん……なに……?」
 どうしてもっとしてくれないのかという響きが混じっていた。ような気がした。
「ヤらして」
 ずばりストレート。
 こうはっきり言えば、拒否は難しいだろう。と梨玖は考えた。
 仮にも自分たちは恋人同士た。恋人というと、普通はそれなりのことをするわけだ。それなのに拒否するなんて、余程の事情があるか、あるいは相手のことをそれほど好きじゃないかだ。
 余程の事情があるとは思えない。遙紀はいたって健康なはずだ。母親と同じ病気は持っていないと言っていたし、変な病気も持っていないはず。いや持っているわけない。行為に支障がある身体だとも考えにくい。
 だったら。自分のことを好きじゃないのか?
 確かに自分から告白した。遙紀の口から「好き」という言葉は聞いていない。自分が遙紀を好きなぐらいに、自分のことを好きでいてくれているという自信はない。だけど、そんなことは考えたくなかった。遊びで男とキスをするような女の子じゃないと思いたい。
 プラトニックな関係のままなんて嫌だ。まったく手を出さないで、大事にしてやりたいんだ、なんてことをいう男なんて信じられない。
 興味はある。身体的理由はない。自分を嫌いというわけでもない。なら別に……。
 遙紀はうつろな目で梨玖を見た。
「……………………………………………………………………え?」
 うわ。長っ。
 恐竜並の伝達スピードだ。と梨玖は思った。それからやばい、と思った。
 ぼうっとしてたはずの遙紀の目に、はっきりとした色が戻っていた。驚きに変わるのはあっという間だった。
「え、あ、な、な、なに、い……って……」
 梨玖の手に、遙紀の緊張が伝わってきた。
「なにじゃないだろ。アレやろって言ってんだよ」
「ああああああれ、あれって……」
「お前それ、とぼけてんのか? 照れてんのか?」
「え、だ、だって、あの……」
 遙紀はうろたえていた。見て判るほどに狼狽している。
「ま、まだそういうのってちょっと……」
「全然早くねぇよ。半年だぞ? みんな一ヶ月もすりゃやってるって」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「んなことあるよ」
「で、でも、あたしはまだ──きゃ!」
 遙紀が小さく悲鳴を上げた。梨玖が有無を言わせず担ぎ上げたのだ。
「ちょ、ちょっと、梨玖!?」
 軽いとは言えない。身長一六〇ほどの遙紀の体重は、五〇キロあるかないかってぐらいだろうと思う。全然太っていないし、痩せてもいない。平均的体重なのだろうが、しかしプロレスラーでもない梨玖が抱き上げるにはやっぱり重い。
 だが、たったの一メートルの距離だ。これくらい抱えられなくてどうする。
 落とすように、ベッドの上に遙紀を投げ出した。また小さく悲鳴を上げた遙紀が起き上がらないうちに、その上にのしかかった。
「梨──」
 何か文句を言いかけたんだろう遙紀が、梨玖の顔を見て黙った。
「……無理やりなんてしたくないんだよ。だから……」
「あ……あの……」
 遙紀は困っていた。まだ拒否したいのか。
 しかし、遙紀は一向に恥じらう様子を見せず、むしろ青ざめていた。梨玖を怖がっているという感じではない。
「……俺とするのが嫌なのか?」
「え……?」
「俺のこと好きじゃないのか?」
「そ、そんなこと言ってない……」
「じゃあなんで! そんなに嫌がるんだよ!」
 遙紀は目を逸らした。後ろめたいような顔をして。
「お前……まさか、母親と同じ病気だとか……?」
 どんな病気だったのか聞いてもどうせ判らないが、性行為で移るような病気なのか?
 だが遙紀は首を振った。
「じゃあなんだよ!」
「……梨玖は……」
 遙紀は目を逸らしたまま言った。
「……なんだよ」
「……前に誰かと付き合ってた?」
「は?……女と付き合うのは初めてだって前に言っただろ?」
「だったら……誰ともやったことないんでしょ?」
「当たり前……って、お前もしかして、俺が経験ないから不安だって言うのか?」
「……そうじゃなくて……」
 何かを堪えるような顔で、遙紀は呟いた。
「あたし……初めてじゃないの」
「……は?」
 初めてじゃない? なにが?
 ……アレが?
「あ、え? けど、お前も男いなかったって……」
 そう言ってから気づいた。
 堪えるような顔。それって、もしかして。
「……レイプされたとか?」
「──え!?」
 大きく目を見開き、遙紀は梨玖の顔を見た。
「ち、違う! そういうことじゃなくて!」
「じゃ……エンコー?」
「そ、そんなことしないわよ!」
「じゃあなんだよ……男もいないのにどうやって……あ、自分で?」
 遙紀の顔は赤くなった。
「違うってば!」
「なんなんだよ……」
「だ、だから……」
 赤い顔が一気に青くなった。
「……付き合ってたわけじゃないんだけど……」
「好きでもない奴とやった……ってことか?」
「う、うん……あの、友達としては好きだったけど……」
 梨玖は、遙紀の太股の上に座り込んだ。大きく息をつく。
 ……なんてこった。
 俺が遙紀の最初の男になるんだとばっかり思ってたのに……。
 全身の力が抜けた。勝手に幻想を持っていただけかもしれないけど、遙紀が好きでもない奴と簡単にするような……。
 ……あれ?
 梨玖は疑問に思った。ただの友達とやるような女の子が、なんで自分とはしたがらないんだ?
「……梨玖?」
「へ?」
「……怒った?」
「は? いや……怒りはしないけど……」
 遙紀は自分の所有物じゃない。怒る権利なんてない。が、かなりショックだ。
「……ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「だって……そんな軽い奴だなんて思われたくなかったの。あたしだって最初ぐらい好きな人としたかったの。でもお酒飲んでなにやったかなんて憶えてなくて……」
 ああ、なるほど。俺とやったら処女じゃないってバレ……。
「──え、おい、ちょっと待て。酒!?」
 半泣きしている遙紀は頷いた。
「お前、酒なんか全然飲めないだろ!?」
 自慢じゃないが……いや、かなり自慢だが、梨玖は一升瓶を一気飲みできる。昔から母の晩酌に付き合わされ、今は新しい父の晩酌にも付き合う。
 遙紀はみりんの匂いで酔っぱらう。うどん出汁を作るときはふらふらになっている。この前のバレンタインの時は、酒好きの梨玖のためにウィスキーボンボンを作ってくれたが、作った翌日に二日酔いになっていた。
「水だと思って飲んじゃったの」
「なんで……いや、そもそもその相手って誰だ? 俺の知ってる奴か?」
 だとしたら、今度会ったとき殴りそうだが。
「たぶん知らないと思う……梨玖、長谷はせ中学でしょ?」
 梨玖が一週間前まで住んでいた家はもっと西の方だ。遙紀とは別の中学。
「ああ……って、中学の同級生か?」
「まあそれはそうだけど……あの、幼なじみだったの」
「へ?……お前そんなのいたのか?」
「うん。うちの裏に住んでたんだけど、中学卒業してすぐ引っ越したの」
 そう言えば、この家の裏には空き家がある。まだ比較的新しい家で、なんで買い手がつかないんだろうと思っていたが。
「で……そいつに酒飲まされて……?」
「え? そんなことする奴じゃないわよ……それより梨玖……」
「は?」
「……重いんだけど」
「へ、あ、ああ、わりい」
 梨玖は素直に遙紀の上から退いた。二人でベッドの上に座り込む。
 言ってしまって気が楽になったのか、今さら我慢する必要なくなったと思ったのか、遙紀の表情は平静とは言えないが、さっきよりは落ち着いてきたようだ。
「三年の時の正月にね、修祐しゅうすけ……って名前なんだけど、家に遊びに行ったの」
 梨玖は再びショックを受けた。
 自分以外の男の名前を、遙紀が呼び捨てにしてる。細かいことだと言われようが、ショックはショックだ。
「で、あの……おもち食べたのよ」
「……もち?」
「うん……喉に詰まらせちゃって……慌ててそこに置いてあったペットボトル飲んだの」
「……それが酒だったって?」
「だって……ミネラルウォーターの入れ物だったのよ? 水だって思うでしょ?」
「日本酒か?」
「たぶん……最初は判らなかったの。おもち流し込んでから、なんか頭くらくらしてきちゃって……修祐もおかしいなって言いながら飲んでたわ」
「匂いで判るだろ、普通!」
「あたしは匂いどころじゃなかったし、修祐って花粉症なの」
「……それ、春だろ? 正月って言わなかったか?」
「花粉っていうのは年中飛んでるわよ」
「そりゃまあ……んで?」
「えっと……あたしそのまま倒れちゃって……修祐もあんまり強い方じゃなくて……気がついたら、二人とも修祐の部屋にいたの」
「……部屋……」
 信じられない。彼女の口から他の男の部屋にいたと告白されるなんて。幼なじみなら部屋に入ったことぐらい何度でもあるだろうけど。
「……頭痛くなって気がついたんだけど……その時……下着はいてなかったの。服は着てたんだけどブラジャーずれてたし……修祐が隣で寝てて……あの、その、ズボンも下着もはいてなかったから……」
「……あれが目に入った?」
「う、うん。あたし悲鳴上げちゃって……それで修祐も起きたんだけど、あいつも全然憶えてなくて……でも二人ともそんな恰好って、何かあったと思うでしょ?」
「……ない方が変だな」
 不本意ながらもそう答えた。
 何が悲しくて彼女の初体験を聞かなきゃいけないんだ? 相手は自分じゃないのに。
「で、でもね、二人とも憶えてないんだから何もなかったことにしようって……」
「男はいいけどさ、女の場合はそういうわけにはいかないんじゃねぇのか?」
「うん……あたし最初は忘れてたの。憶えてないんだから忘れるのなんて簡単だって思ってたの。でも、初めて梨玖にキスされたときに思い出したの。あたし、処女じゃないんだって……知られたらきっと嫌われると思って……」
「き、嫌うって……あ、あのなぁ……そりゃ気にしないっていったら嘘だけど、俺と知り合う前の話だろ? 昔の男のことなんて気にしてたらきりがないだろ?」
「……でも……あたし、梨玖が誰かと付き合ってたなんて聞いたら嫌だと思うな……」
 なんていうセリフを聞いて、梨玖は思わず赤面した。
 こ、こいつ、かなりトランスしてやがるな……。
 これほど素直に遙紀が自分の気持ちを話したことなんてない。
「……あのな、遙紀」
 肩を掴み、遙紀の顔を覗き込んだ。
「その時のことは全然憶えてないんだろ?」
「……うん」
「だったら、気持ち的にはホントにやったって感じはないんだろ?」
「……そうだけど……」
「じゃあ問題ないな。憶えてないのなんて数に入らない」
「……詭弁だと思う、それ」
「いーんだよ、なんでも」
 そう言って、長いキスをした。
「……遙紀」
「ん……」
 思考が飛んだらしい遙紀は、ぼうっと返事をした。
「俺のこと好きだよな?」
「……ん……」
 なにか間があったように思うが。気にしないでおこう。
「じゃあ、いいよな?」
「ん……え?」
 遙紀ははっとしたように梨玖を見た。
「今さら嫌だなんて言うなよ。好きな奴とやりたいって言っただろ? 俺だってそうなんだよ」
「……あ、で、でも……」
 遙紀は照れた。完全に赤面した。それが可愛くて、意地悪なことを言いたくなった。
「そいつはよくて、俺は嫌なのか?」
「そ、そういう聞き方って……卑怯だと思う……」
「いーよ。卑怯でも鬼畜でもなんとでも呼べよ。遙紀に言われても平気だね」
「……なんかそれ、変態っぽいよ」
「かもな」
 男なんてみんな変態の気があるんじゃないかと思う。


第1章 〈2〉へ

小説(転載) Eternal Delta 1/9

官能小説
08 /27 2018
登場人物
津月梨玖(つづき・りく)
 主人公。母親が再婚し、恋人の遙紀と姉弟になった。
高杉遙紀(たかすぎ・はるき)
 梨玖の義理の姉で恋人。
高杉浩紀(たかすぎ・ひろき)
 遙紀の実の父。ポルノ作家で童話作家。
津月真利(つづき・まり)
 梨玖の実の母。画家。小説の挿し絵も描く。


第0章 不本意ながら姉弟です

「結婚だぁー!?」
 津月梨玖つづきりくは驚愕のあまり、そこがファミリーレストランであることを忘れて思いっきり大声で叫んだ。
 梨玖の目の前には自分の母親がいる。その横には何度か会ったことのある中年男。そして梨玖の隣にいるのは、一応付き合っていることになっている高杉遙紀たかすぎはるき。遙紀の手は、ハンバーグステーキを切り分けようとしたまま止まっていた。
 中年男というのは遙紀の父親の高杉浩紀ひろき。ポルノ小説なんて書いているらしい。でもって童話作家でもあるらしい。わけ判らん、と梨玖は思っていた。
 自分の母親、津月真利まりは画家。最近は小説のイラストの仕事をやっている。
 この二人の中年が、雑誌社で知り合って意気投合して何度かお茶してるうちに、それなりの関係になって再婚を決意した、のだそうだ。
「──ちょ、ちょっと待て!」
 梨玖は思わず立ち上がった。周りの目なんて気にしてる場合じゃない。ウェイトレスが近づいてきて何やら言っているが、当然無視。
「二度と結婚しないって言ってたのはどこのどいつだ!」
「さ~。どこの誰だったかしら~?」
 母はすっとぼけた。
 梨玖の父親は、梨玖が小学校に上がる前、薄幸の風俗嬢に同情して金を貢ぎマンションを貢ぎ車を貢ぎダイヤを貢ぎ、最後には自分を貢いだ。が、手に手を取って愛の逃避行をした一週間後、母の執念により発見された父は、金を搾り取られて捨てられていた。
 その後のさらなる母の執念により、詐欺の容疑で薄幸の風俗嬢は逮捕された。しかし、いくら母が説明しても、父は薄幸の風俗嬢は薄幸の風俗嬢なんだとかたくなに信じていた。信じたかったという父の気持ちは今の梨玖には多少なりとも判るが、当時の母には判らなかった。母は離婚届を突きつけた。父はあっさり受諾した。
 それから父には会っていない。別に会いたいとは思わない。騙されていたとはいえ、それほどにまで人に同情できる父はいい人なんだろうと思う。だが、結果的には母と自分を裏切ったわけだから、無条件で許してやる気にはなれない。そもそも、まだ五歳にもなっていなかったので、あんまりよく憶えていないのだ。
 男なんて!というのが口癖となった母は、女手一つで梨玖を育てた。偉いとは思うし尊敬もしてるけど、あまりにもパワフルすぎて、誰かこいつを止める男は出てこないかと思っていた。
 しかし。それも相手による。
 よりにもよってなんで、自分の彼女の父親だ!?
 結婚したら姉弟になっちまうじゃねえか!
 ……そう、姉弟。姉と弟。それも大問題だ。
 梨玖は三月生まれ。遙紀は四月生まれ。同級生なのにほとんど一歳違うのだ。それだけでも男としてなんか嫌だったのに、この上姉になるだと!?
「絶対反対だぞ!」
「やだわ~。母の幸せを素直に祝えないなんて」
 ──俺が不幸になるんだ!
 椅子に座り直した梨玖は、テーブルを拳で叩いた。
「まあまあ、梨玖くん」
 遙紀の父親が、手を伸ばして梨玖の肩をぽんぽんと叩いた。
「知らない仲でもないんだから。まったく見ず知らずよりマシだと思ってくれ」
 思えるかぁー!
 遙紀の父は呑気な人だった。どこまでも人の良さそうな顔をしている。詳しい病名は聞いていないが、ものすごい大病で妻を亡くしたらしい。あまりにも悲しすぎて逆に悲しい顔を見せないのか、それとも元々引きずらない人なのか。とにかくそんな悲しい経験をしたとはとても思えないほど、ほがらかな人だ。
「……と、父さん?」
 フォークとナイフを握ったまま、一言も発しなかった遙紀が口を開いた。
「お兄ちゃんには言ったの?」
 窺うような顔で遙紀が聞いた。
 ……そうだ。まだ希望があった。
 遙紀には四つ上の浩巳ひろみという兄がいる。大学近くのアパートに下宿しているのだが、梨玖とも面識があって、結構気が合っている。
 浩巳にも反対されたら考え直すかもしれない。
 わずかな希望を持った梨玖だったが。
「昨日、電話で話しといた。好きにすりゃあいいじゃん、って言ってたな」
 遙紀の父と兄は、梨玖のわずかな希望をうち砕いてくれた。
「……でもさぁ……結婚するってことは……うちに住むの?」
 遙紀は不安な顔をした。
「結婚したら一緒に住まなきゃ」
 至極当然、という風に母が答えた。
 ……住む?
 梨玖は当たり前なことに今頃気づいた。
 遙紀はますます不安な顔をした。
「……梨玖も一緒に住むわけ?」
「そうねえ。この子一人じゃ心配だしねえ」
 ……は?
 一緒にって……えーっと。
 梨玖はぎぎぎっとさび付いたロボットみたいに隣の遙紀を見た。
 遙紀は嫌~な顔をしていた。
「……おい。なんだよ、その顔」
「だぁってさぁ」
「俺たち付き合ってんだぞ?」
「でもさぁ」
「なにが〝でも〟だよ」
「……けどさぁ……」
 遙紀はすねたような顔でうつむいた。
 ……こいつ……。
 俺がなんかやらしいことすると思ってんな……?
 付き合ってたら別に一緒に住まなくたってそういうことにはそのうちなるわけで……。
 ……そういうことってどういうことだ?
 判っていながら梨玖は自問した。
 たとえば。風呂場で遭遇したり。着替え中に部屋に入ってしまったり。
 あるいは。親が二人とも旅行に行って二人っきりの夜を過ごすだとか。
 そういうこととはこういうことで、つまり、かなりおいしいシチュエーションが……。
 ……い、いいなあ……。
「梨玖~。よだれよだれ」
 はっ。
 母の言葉に梨玖は我に返った。見ると、遙紀がじとーっとこっちを睨んでいる。
 梨玖は咳払いをした。
「……と、ともかく。考え直す気はないのか?」
「ないね」
 母は即答した。その横で遙紀の父も頷いている。遙紀が大きなため息をついた。
「……こうなったら反対しても無駄なのよね……」
「無駄って……」
 まだそういう関係になっていない梨玖としては、おいしいシチュエーションを逃したくはないが、やっぱり姉弟にはなりたくない。
 しかし。反対しても無駄なのは事実だった。夫に裏切られてもめげることなく、息子を一人で育て上げた原動力は、その行動力と決断力だ。
 会話を弾ませる親たちとは対照的に、子供たちはただ黙々と食事を続けた。


第0章 不本意ながら姉弟です 終わり

eroerojiji

小さい頃からエロいことが好き。そのまま大人になってしまったエロジジイです。